マンション建替え円滑化法105条1項による容積率の割増し、個人施行方式による建替え
民事|再開発|マンション建て替え円滑化法105条1項、同5条2項および同45条1項
目次
質問:
私は築50年のマンションの管理組合の理事をしています。この度、マンションの耐震補強の話が持ち上がり、補強した場合に掛かる費用と、建て替えした場合に掛 かる費用などを比較検討してきましたが、委託している管理会社の親会社である不動産デベロッパー会社より、「建設費負担なしで従前組合員の床面積1.0倍以 上。建て替え期間(4年間)の賃料相当額提供。」という条件で当該デベロッパーを参加組合員に選定し、個人施行方式で建て替えさせて貰えないか、という提案が 来ました。
当該マンションは容積率の限度一杯に建てられており、デベロッパーに等価交換で売却できるような容積率の余裕はありません。本当にそのような建て替 え計画が可能なのでしょうか。また、「個人施行方式」とはどういう意味でしょうか。
回答:
1.マンション建て替え円滑化法の手続を用いて建て替え手続する場合、同条105条1項の特例を適用することができ、都市計画図に記載された、いわゆる「基 準容積率」に対して最大75パーセント割増しを受けることができます。この割増しされた容積率をデベロッパーに売却することにより、建設費用の負担無く建て替 えをすることができる場合があります。
2.当該マンションの建て替えにおいて、容積率の緩和により従来の建物より大きな建物の建築が可能となり、増加した建物についてデベロッパーに売却することに なりますが、デベロッパーに帰属される建物(保留床と言います)の面積は、実態上、管理組合と参加組合員の間の容積率の売買に他なりません。保留床をどのくら い与えるかということは、売買条件となり当事者の自由交渉により定めることができます。そして、当該マンションの底地の地価状況、建築費予算額によっては、 「建設費負担なしで、権利床(旧建物の区分所有者が取得する新建物)還元率100パーセント。更に4年間の賃料補助」という条件提示があったとしても、更に有 利に交渉することができる場合もあります。例えば、「建設費負担なしで、権利床110パーセント。更に4年間の賃料補助」という条件も有り得るところです。理 事会で意思統一して、権利床の還元率について、デベロッパーと交渉されることをお勧め致します。
3.なお、参加組合員を選定するタイミングは、正式な建替組合設立前の、従前マンションの管理組合における「建替え推進決議」後で、「建替え決議」前に行われ ることが多くなっています。参加組合員候補選定決議の決議案を作成するための、候補者選定方法として、プロポーザル方式(技術提案書競技方式)や、コンペ方式 (設計競技方式)などがあります。早い段階で、権利床の還元率を意識して、交渉を開始すると良いでしょう。従前マンションの販売元系列のデベロッパーに拘る必 要はありません。
4.個人施行方式は、組合施行方式と並ぶマンション建替え円滑化法による建て替えの手法で、行政庁に対する事業計画認可申請や、権利変換計画認可申請などを、 組合ではなく、区分所有者の全会一致決議により区分所有者から指定された、特定の組合員(参加組合員も含む)が手続を行う方法です。区分所有者全員から手続を 一任される形になりますので、組合施行方式に比べて、最初の同意手続以外の場面で、区分所有者の意見が反映されにくい懸念があります。再建築に関して各区分所 有者の意思を反映させたいということであれば、個人施行方式は回避された方が良いでしょう。以上の点に関し法的知識が不足するようであれば専門的な弁護士と相 談、協議してください。
5.マンション建替え円滑化法に関する関連事例集参照。
解説:
1.容積率の割増について
マンションの建替え等の円滑化に関する法律(以下マンション建替円滑化法)の手続を用いて建て替え手続する場合、同条105条1項の特例を適用することが でき、都市計画図に記載された、いわゆる「基準容積率」から最大75パーセント割増しを受けることができます。マンション建替え円滑化法105条1項が、各地 方自治体に容積率の緩和について権限を与え、各自治体が容積率緩和に関する基準(要綱など)を策定して、個別マンションの容積率を緩和するという仕組みになっ ています。
マンション建替え円滑化法第105条(容積率の特例)
第1項 その敷地面積が政令で定める規模以上であるマンションのうち、要除却認定マンションに係るマンションの建替えにより新たに建築されるマンションで、特 定行政庁が交通上、安全上、防火上及び衛生上支障がなく、かつ、その建ぺい率(建築面積の敷地面積に対する割合をいう。)、容積率(延べ面積の敷地面積に対す る割合をいう。以下この項において同じ。)及び各部分の高さについて総合的な配慮がなされていることにより市街地の環境の整備改善に資すると認めて許可したも のの容積率は、その許可の範囲内において、建築基準法第五十二条第一項から第九項まで又は第五十七条の二第六項の規定による限度を超えるものとすることができ る。
※参考URL東京都マンション建替法容積率許可要綱の策定について
※参考文書東京都マンション建替法容積率許可要綱
※東京都マンション建替法容積率許可要綱抜粋>割増容積率の限度は、計画敷地が存する区域により、次の表に定める数値(以下「割増容積率の最高限度」という。)を超えることができない。
>区域割増容積率の最高限度
>環状第七号線の内側の区域---基準容積率の 0.75 倍又は 300%のいずれか低い数値>上欄以外の特別区の区域---基準容積率の 0.5 倍又は 250%のいずれか低い数値>多摩の核都市及び都市基盤の整備された区域---基準容積率の 0.5 倍又は 200%のいずれか低い数値>なお、割増し後の容積率は 1,000 パーセントを超えることはできない。
この割増しされた容積率をデベロッパーに売却することにより、建設費用の負担無く建て替えをすることができる場合があります。
このような容積率割増しの制度趣旨は、マンション建替え円滑化法全体の制度趣旨と基本的に同じです。大規模災害や建築技術の進歩を受けて更新された建築基準 法の耐震基準に、既存の建物を建て替えすることにより適合させるようにして、地域全体の防災機能を高め、国民生活の安全と国民経済の発展に寄与しようとする趣 旨です。
※マンション建替え円滑化法第1条(目的)
この法律は、マンション建替事業、除却する必要のあるマンションに係る特別の措置及びマンション敷地売却事業について定めることにより、マンションにおける良 好な居住環境の確保並びに地震によるマンションの倒壊その他の被害からの国民の生命、身体及び財産の保護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な 発展に寄与することを目的とする。
2.容積率の割増と建築費について
当該マンションの建て替えにおいて、建築費の負担が問題となりますが、建築費をデベロッパーが負担し、その対価としてデベロッパーが新建物の一部を取得す るという方法が行われます。等価交換の一種であり、デベロッパーに帰属される保留床の面積は、実態上、管理組合と参加組合員の間の容積率の売買に他なりませ ん。割増し容積率で、建設費・事業費の全てを賄うことができる場合は、次の様な計算式が成り立ちます。基準容積率+円滑化法105条1項の割増し容積率 = 区分所有者の権利床+参加組合員の保留床 権利床と保留床の割合を決めるのは容積率の売買条件であり、当事者の自由交渉により定めることができます。そして、当該マンションの底地の地価状況によって は、「建設費負担なしで、権利床還元率100パーセント。更に4年間の賃料補助」という条件提示があったとしても、更に有利に交渉することができる場合もあり ます。例えば、「建設費負担なしで、権利床110パーセント。更に4年間の賃料補助」という条件も有り得るところです。
例えば、建設費坪75万円、容積率100パーセントあたりの地価1坪100万円、割増し容積率が基準容積率の75パーセントであれば、次の様な計算となり、 建設費の負担無く建て替えることができることになります。当然ながら、建築方法によって建築費が変わってきますし、地価動向によって容積率100パーセントあ たりの地価も変わってきます。
権利床(坪)=α
保留床(坪)=0.75×α
保留床売却価格=75×α万円
権利床建築費=75×α万円
マンション管理組合の理事会で意思統一して、権利床の還元率について、デベロッパーと交渉されることをお勧め致します。
3.マンション建替え事業の手順
なお、参加組合員を選定するタイミングは、正式な建替組合設立前の(従来のマンション管理組合とは別に建て替え組合設立します)、従前マンションの管理組 合における「建替え推進決議」後で、「建替え決議」前に行われることが多くなっています。建替え決議と同時に、これに付随して参加組合員を選定する場合もあります。
マンション建て替え円滑化法によるマンション建替え事業の手順を示します。
建築士による耐震診断(建築物の耐震改修の促進に関する法律第7条など)
↓
マンション管理組合において、耐震補強と、建て替えの費用対効果を検討する(耐震補強をする場合の見積もり算出、及び、建て替え構想計画の策定)
参考=国土交通省、マンションの建替えか修繕かを判断するためのマニュアル
↓管理組合総会における建替え推進決議(建替え推進方針の確認決議)
参考=国土交通省、マンションの建替えに向けた合意形成に関するマニュアル
↓調査設計計画費を支出して、具体的な計画案の立案
↓
事業協力者選定決議(参加組合員選定決議)
↓
建て替え決議の議題となる、建て替え基本計画の策定
↓
建替え決議(区分所有法62条の法定建替え、又は全員一致による任意建替え決議)
↓
建替え組合設立認可申請、または個人施行による建替え事業の認可申請(組合施行について円滑化法9条1項、個人施行について円滑化法45条1項)
↓
事業計画変更認可申請
↓
権利変換計画認可申請
↓
権利変換期日
↓
建物除却(取り壊し、解体工事)
↓
新マンション建設工事
↓
再入居、新管理組合創立総会
参加組合員候補選定決議の決議案を作成するための、候補者選定方法として、プロポーザル方式(技術提案書競技方式、人を選ぶ方式)や、コンペ方式(設計競技 方式、設計案を選ぶ方式)などがあります。早い段階で権利床の還元率を意識して、交渉を開始すると良いでしょう。従前マンションの販売元系列のデベロッパーに 拘る必要はありません。
なお、床面積ベースの還元率を重視しすぎると却って資産価値を損ねてしまう場合もありますので注意が必要です。参加組合員によって、建物のブランド力や企画 力や販売力が異なり、建物竣工後の転売価値(坪単価)に大きく差異を生じる場合があるからです。床面積が狭くなっても、逆に資産価値が高くなる場合もあります ので、慎重に検討することが必要です。
4.個人施工方式について
個人施行方式は、組合施行方式と並ぶマンション建替え円滑化法による建て替えの手法で、行政庁に対する事業計画認可申請や、権利変換計画認可申請などを、 建替え組合ではなく、区分所有者の全会一致決議により区分所有者から指定された、特定の組合員(参加組合員も含む)が手続を行う方法です。根拠規定は、マン ション建て替え円滑化法5条2項および同45条1項です。
この個人施行者に対する同意手続の中で、「権利床の還元率を面積比で8割以上とする」というような最低条件のみ定めて合意してしまう事例があります。このよ うな同意方法は、デベロッパーのフリーハンドを招きやすく、区分所有者の利益を害する結果となってしまうリスクがあります。
個人施行者は区分所有者全員から手続を一任される形になりますので、組合施行方式に比べて、最初の同意手続以外の場面で、区分所有者の意見が反映されにくい 懸念があります。他方、建替え組合の決議を省略できる分、手続が迅速化するメリットは有ります。事業計画の認可申請も、事業計画の変更申請も、権利変換計画の 認可申請も全て、個人施行者が行政庁に対して単独で申請することができます。このようなメリットはありますが一般論として、各区分所有者の利益保護という点か らは、個人施行方式は回避された方が良いでしょう。
以上