新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1741、2017/01/18 15:53 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働事件、最高裁平成27年6月8日判決】

労災保険給付と打切補償

質問:
 従業員Xが業務上負傷して療養のため休業しているのですが,療養開始後3年を経過しても負傷は治っておりません。
 労働基準法では、業務上負傷で療養するため休業する期間は解雇できないことになっていますが(労基法19条1項本文)、労基法81条、75条に定められてい る打ち切り補償を行えば、解雇できるという規定があります(労基法19条1項但書き)。そこで、法で定められている打ち切り補償をして解雇することが可能で しょうか。Xは労災保険法に基づく療養補償給付(労災保険法12条の8第1項1号)を受けていて、使用者としては直接療養に必要な費用を支払ってはいないた め、労基法75条1項に定めている「使用者は、その費用で必要な療養を行い」「必要な療養の費用を負担し」に該当するのか疑問なので相談しました。


回答:

1 労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」といいます。)に基づく療養補償給付(同法12条の8第1項1号)を受けている場合でも,解雇制限の例外を定 める労基法19条1項ただし書は適用され、労働契約法16条に該当しない限り(解雇が社会通念上相当ではないとされない限り),平均賃金の1200日分の打切 補償を行った上で,Xを解雇することができます。

2 この問題(労働者が労災保険法に基づく療養補償給付を受けている場合でも、使用者が負担する療養補償と言えるか)について最高裁平成27年6月8日判決 は,以下のように述べて,肯定に解しています。

「労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には,労働基準法75条による療養補償を 受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に,使用者は,当該労働者につき,同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより,解雇制限の除外事由を定 める同法19条1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。」

 最高裁判決は、労基法19条1項但し書きの趣旨から妥当な解釈と思われます。このような解釈をとっても労働者側に特段不利益をかすことにはにはなりません し、使用者の負担軽減を図った本条の趣旨にもが合致します。


解説:

1 解雇制限と打切補償

(1) 解雇制限

 労働契約法16条で、解雇には合理的理由が必要とされ、社会通念上相当と認められない解雇は無効です。更に、使用者は,労働者が業務上負傷等をして療養の ために休業する期間及びその後30日間は,解雇することができません(労基法19条1項本文)。

 ただし,使用者が,労基法81条で定める打切補償を支払う場合は,例外として解雇が有効とされています(同法19条1項ただし書前段)。

(2) 打切補償

ア 意義

 労基法81条が定める打切補償とは,療養補償(労基法75条)を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても負傷等が治らない場合において,使用者が行う 平均賃金の1200日分の補償をいいます。使用者は,打切補償を行った後は,労基法の規定による補償を行わなくてもよいことになります(同法81条)。

 この打切補償ができるのは、療養補償を受ける労働者だけです。療養補償とは,労働者が業務上負傷等をした場合において,使用者に課せられた,その費用で行 う必要な療養,又は必要な療養の費用の負担のことをいいます(労基法75条)。

イ 制度趣旨

 打切補償の制度趣旨は,「使用者において,相当額の補償を行うことにより,以後の災害補償を打ち切ることができるものとするとともに,同法19条1項ただ し書においてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とし,当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする」ものです(最高 裁平成27年6月8日判決)。

 使用者は,労働者の保護のため労基法19条1項本文の規定により、労働者が業務上負傷等をして療養のために休業する期間及びその後30日間は,解雇するこ とができません(労基法19条1項本文)が、療養期間の長期化による解雇制限についての使用者の負担を考慮し、使用者が療養開始後3年間、その負担で療養補償 を行った場合には、打切補償をすることにより解雇を認め使用者の負担を制限するのが打切補償の制度です。労働者の業務上の負傷に関しての負担について、使用者 と労働者の公平を図った制度です。使用者は3年間、自らの負担で療養補償を行った場合に打切り補償を行うことにより、初めて解雇ができるようになるのですが、 労働者が労災保険法に基づく療養補償給付を受けている場合。労災保険による給付であることからでも使用者が負担する療養補償と言えるかが問題となります。文言 上はどちらにも解釈することが可能です。

 そこで、労災保険と労基法上の災害補償との関係について検討が必要になります。

2 労災保険法に基づく保険給付

(1) 目的

 労働者災害補償保険(以下「労災保険」といいます。)は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,障害,死亡等に対して迅速かつ公正な保護をする ため,必要な保険給付を行い,あわせて,業務上の事由又は通勤により負傷し,又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進,当該労働者及びその遺族の援護,労働 者の安全及び衛生の確保等を図り,もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とします(労災保険法1条)。

(2) 保険給付の範囲

 労災保険法に基づく保険給付は,大きくは,以下の2つに分かれます(労災保険法7条1項。3つ目として,平成12年改正で加えられた「二次健康診断等給 付」があります。)。

@ 労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡(いわゆる「業務災害」)に関する保険給付
A 労働者の通勤による負傷,疾病,障害又は死亡(いわゆる「通勤災害」)に関する保険給付

(3) 保険給付の種類

労災保険法に基づく保険給付には,
@ 療養補償給付/療養給付
A 休業補償給付/休業給付
B 障害補償給付/障害給付
C 遺族補償給付/遺族給付
D 葬祭料/葬祭給付
E 傷病補償年金/傷病年金
F 介護補償給付/介護給付
の7つがあります(前者が業務災害に関する保険給付/後者が通勤災害に関する保険給付。労災保険法12条の8第1項,同法21条)。

(3) 労基法上の災害補償との関係

 労災保険法上の給付と労基法上の災害補償との関係に関し、傷害補償年金に関しては労基法84条に規定があります。

ア 労基法84条
労基法に規定する災害補償の事由について,労災保険法に基づいて労基法の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては,使用者は,補償の 責を免れます(労基法84条)。

イ 労災保険法19条
(ア) 業務上負傷等をした労働者が,当該負傷等に係る療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後において傷病補償年金を受けることとなった場 合には,労基法19条1項の規定の適用については,当該使用者は,それぞれ,当該3年を経過した日又は傷病補償年金を受けることとなった日において,同法81 条の規定により打切補償を支払ったものとみなされます(労災保険法19条)。
(イ) 傷病補償年金とは,業務上負傷等をした労働者が,当該負傷等に係る療養の開始後1年6か月を経過した日において以下のいずれにも該当するとき,又は同日後以下のいずれにも 該当することなったときに(特にA「傷病等級に該当すること」が必要),その状態が継続している間,当該労働者に対して支給される保険給付をいいます(労災保 険法12条の8第3項)。
@ 当該負傷等が治っていないこと。
A 当該負傷等による障害の程度が厚生労働省令で定める傷病等級に該当すること。

ウ 労基法84条のように明文がない場合について(最高裁平成27年6月8日判決)
労災保険法に基づく保険給付と労基法上の災害補償との関係について,前掲最高裁平成27年6月8日判決は,労災保険法に基づく保険給付の実質につき「使用者の 労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解する・・・(最高裁昭和・・・52年10月25日第三小法廷判決・・・参照)」ことを 前提に,「労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める各保険給付は,これらに対応する労働基準法上の災害補償に代わるものということができる。」と します。

3 労災保険給付と打切補償

(1) 問題点

 労働者が業務上負傷等をした場合,労災保険法に基づく保険給付により労働者の救済が図られること(療養補償給付につき同法12条の8第1項1号参照)がほ とんどであるところ,同法に基づく保険給付は,「使用者の費用をもって行われるもの」ではありません。そこで、療養補償は使用者の費用をもって行われるもので ある(同法75条)という労基法の文言をどのようにかするかが問題となります。

 労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者は,解雇制限に関する労基法19条1項の適用に関しては,同項ただし書が打切補償の根拠規定 として掲げる同法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるものとみることができるか,という問題です。

(2) 最高裁判決

ア この点,争いのあるところでしたが、前掲最高裁平成27年6月8日判決は,肯定(使用者に有利)に解しました(この判例の控訴審では否定され、労働者に 有利な結論でした)。

イ 最高裁判決は,その理由について,打切補償の制度趣旨(前記1(2)イ)に言及しつつも,労災保険法に基づく保険給付の実質及び労基法上の災害補償との 関係(前記2(3)ウ参照)等を根拠にして,「同法において使用者の義務とされている災害補償は,これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行わ れている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので,使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基 づく保険給付が行われている場合とで,同項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべきものとはいい難い」と述べます。

(3) 分析

ア この問題点につき否定(労働者に有利)に解した原判決(東京高裁平成25年7月10日判決)を紹介します。
                  
『労基法81条は,同法の「第75条の規定によって補償を受ける労働者」が療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らない場合において,打切補償を支払う ことができる旨を定めており,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者については何ら触れていない。また,労基法84条1項は,労 災保険法に基づいて災害補償に相当する給付がなされるべきものである場合には,使用者はこの災害補償をする義務を免れるものとしているにとどまり,この場合に 使用者が災害補償を行ったものとみなすなどとは規定していない。そうすると,労基法の文言上,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労 働者が労基法81条所定の「第75条の規定によって補償を受けている労働者」に該当するものと解することは困難というほかはない。
このように解すると,使用者は,療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らずに労働ができない労働者に対し,災害補償を行っている場合には打切補償を支払 うことにより解雇することが可能となるが,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付がなされている場合には打切補償の支払によって解雇することができ ないこととなる。しかし,労基法19条1項ただし書前段の打切補償の支払による解雇制限解除の趣旨は,療養が長期化した場合に使用者の災害補償の負担を軽減す ることにあると解されるので(〈証拠略〉),このような差が設けられたことは合理的といえる。もっとも,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付がな されている場合においても,雇用関係が継続する限り,使用者は社会保険料等を負担し続けなければならない。しかし,使用者の負担がこうした範囲にとどまる限り においては,症状が未だ固定せず回復する可能性がある労働者について解雇制限を解除せず,その職場への復帰の可能性を維持して労働者を保護する趣旨によるもの と解されるのであって,使用者による社会保険料等の負担が不合理なものとはいえない。
また,前記のように解すると,療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らずに労働ができない労働者について,傷病補償年金の支給がされている場合には打切 補償を支払ったものとみなされて解雇が可能となるのに対し,療養補償給付及び休業補償給付の支給がなされているにとどまる場合には使用者が現実に打切補償を支 払っても解雇することができないという大きな差が生じることとなる。しかし,症状が厚生労働省令で定める重篤な傷病等級に該当する場合においては,復職の可能 性が低いものとして雇用関係を解消することを認めるのに対し,症状がそこまで重くない場合には,復職の可能性を維持して労働者を保護しようとする趣旨によるも のと解されるのであって,上記のような差異も合理的というべきである(〈証拠略〉)。
したがって,法は,以上のような趣旨から,療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らずに労働ができない労働者が労災保険法に基づく療養補償給付及び休業 補償給付を受給している場合においては,使用者が打切補償を支払うことにより解雇することはできないものと定めているものと解するのが相当である。』

イ 負傷等が重く傷病等級に該当し傷病補償年金が支給されていた場合等は,打切補償(労基法81条)が支払われたものとみなされ解雇制限の例外規定(同法19 条1項ただし書)が適用されるのですが(労災保険法19条)(前記2(2)イ参照),本件では,負傷等がそれほど重くなく,傷病補償年金が支払われていなかっ たため,解雇制限の例外規定と打切補償の規定の適用が真正面から問題となりました。この問題が争われた事件は意外と少なく,この事件が最初ではないかとも言わ れています。

 労基法の文言及び打切補償の支払による解雇制限解除の趣旨(療養が長期化した場合に使用者の災害補償の負担を軽減すること)を重視すると、最高裁判決の結論 に至ります。もっとも,法解釈としてはこのような立場に立ちつつも,労働者が業務上負傷等をした場合,労災保険法に基づく保険給付により労働者の救済が図られ ることがほとんどである現実に鑑みて,立法的解決が図られるべきであるとの見解が見られるところでした。

 そのような観点からすると,労災保険法に基づく保険給付と労基法上の災害補償との同質性を論証することにより,労基法19条1項ただし書の適用を肯定した最 高裁判決の立場は,法的安定性を維持しつつ現実的妥当性を実現する立場として,優れているものと考えられます。

<参照条文>
労働基準法
(解雇制限)
第19条 使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によつて休業 する期間及びその後30日間は,解雇してはならない。ただし,使用者が,第81条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のた めに事業の継続が不可能となつた場合においては,この限りでない。
A 前項但書後段の場合においては,その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。
(療養補償)
第75条 労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかつた場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならな い。
A 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は,厚生労働省令で定める。
(打切補償)
第81条 第75条の規定によつて補償を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては,使用者は,平均賃金の1200 日分の打切補償を行い,その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
(他の法律との関係)
第84条 この法律に規定する災害補償の事由について,労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)又は厚生労働省令で指定する法令に基づいてこの法律の 災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては,使用者は,補償の責を免れる。
A 使用者は,この法律による補償を行つた場合においては,同一の事由については,その価額の限度において民法〔明治29年4月法律第89号〕による損害賠償 の責を免れる。

労働者災害補償保険法
〔法律の目的〕
第1条 労働者災害補償保険は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,障害,死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため,必要な保険給付を行い, あわせて,業務上の事由又は通勤により負傷し,又は疾病にかかつた労働者の社会復帰の促進,当該労働者及びその遺族の援護,労働者の安全及び衛生の確保等を図 り,もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。
〔保険給付の範囲〕
第7条 この法律による保険給付は,次に掲げる保険給付とする。
一 労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
二 労働者の通勤による負傷,疾病,障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
三 二次健康診断等給付
A 前項第2号の通勤とは,労働者が,就業に関し,次に掲げる移動を,合理的な経路及び方法により行うことをいい,業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第1号に掲げる往復に先行し,又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
B 労働者が,前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し,又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては,当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる 移動は,第1項第2号の通勤としない。ただし,当該逸脱又は中断が,日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うため の最小限度のものである場合は,当該逸脱又は中断の間を除き,この限りでない。
〔業務災害に関する保険給付〕
第12条の8 第7条第1項第1号の業務災害に関する保険給付は,次に掲げる保険給付とする。
一 療養補償給付
二 休業補償給付
三 障害補償給付
四 遺族補償給付
五 葬祭料
六 傷病補償年金
七 介護補償給付
A 前項の保険給付(傷病補償年金及び介護補償給付を除く。)は,労働基準法第75条から第77条まで,第79条及び第80条に規定する災害補償の事由又は船 員法(昭和22年法律第100号)第89条第1項,第91条第1項,第92条本文,第93条及び第94条に規定する災害補償の事由(同法第91条第1項にあつ ては,労働基準法第76条第1項に規定する災害補償の事由に相当する部分に限る。)が生じた場合に,補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対 し,その請求に基づいて行う。
B 傷病補償年金は,業務上負傷し,又は疾病にかかつた労働者が,当該負傷又は疾病に係る療養の開始後1年6箇月を経過した日において次の各号のいずれにも該 当するとき,又は同日後次の各号のいずれにも該当することとなつたときに,その状態が継続している間,当該労働者に対して支給する。
一 当該負傷又は疾病が治つていないこと。
二 当該負傷又は疾病による障害の程度が厚生労働省令で定める傷病等級に該当すること。
C 介護補償給付は,障害補償年金又は傷病補償年金を受ける権利を有する労働者が,その受ける権利を有する障害補償年金又は傷病補償年金の支給事由となる障害 であつて厚生労働省令で定める程度のものにより,常時又は随時介護を要する状態にあり,かつ,常時又は随時介護を受けているときに,当該介護を受けている間 (次に掲げる間を除く。),当該労働者に対し,その請求に基づいて行う。
一 障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)第5条第11項に規定する障害者支援施設(以下「障害者支援施 設」という。)に入所している間(同条第7項に規定する生活介護(以下「生活介護」という。)を受けている場合に限る。)
二 障害者支援施設(生活介護を行うものに限る。)に準ずる施設として厚生労働大臣が定めるものに入所している間
三 病院又は診療所に入院している間
〔労働基準法との関係〕
第19条 業務上負傷し,又は疾病にかかつた労働者が,当該負傷又は疾病に係る療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合又は同日後 において傷病補償年金を受けることとなつた場合には,労働基準法第19条第1項の規定の適用については,当該使用者は,それぞれ,当該3年を経過した日又は傷 病補償年金を受けることとなつた日において,同法第81条の規定により打切補償を支払つたものとみなす。
〔通勤災害に関する保険給付〕
第21条 第7条第1項第2号の通勤災害に関する保険給付は,次に掲げる保険給付とする。
一 療養給付
二 休業給付
三 障害給付
四 遺族給付
五 葬祭給付
六 傷病年金
七 介護給付

労働契約法
(解雇)
第16条 解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。

<参照判例>
最高裁平成27年6月8日判決
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人・・・の上告受理申立て理由について
1 本件は,業務上の疾病により休業し労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けているXが,Yから打 切補償として平均賃金の1200日分相当額の支払を受けた上でされた解雇につき,Xは労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該 当せず,上記解雇は同法19条1項ただし書所定の場合に該当するものではなく同項に違反し無効であるなどと主張して,Yを相手に,労働契約上の地位の確認等を 求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 学校法人であるYは,Yに勤務する勤務員が業務上の事由等により疾病にり患した場合などの災害補償に関し,労災保険法による給付以外にYの行う法定外補償等について,Y勤 務員災害補償規程(以下「本件規程」という。)を定めている。
本件規程には,Yにおいて,〈1〉専任の勤務員が業務災害等により欠勤し,3年を経過しても就業できない場合は,勤続年数に応じた所定の期間を休職とする旨の 規定(13条),〈2〉専任の勤務員が休職期間を満了してもなお休職事由が消滅しないときは,解職とする旨の規定(14条3号),〈3〉労災保険法に基づく休 業補償等を受けている者のうちYから法定外補償金の支払を受けている者が上記〈2〉の規定等に該当して解職となるときは,労働基準法81条の規定を適用し,平 均賃金の1200日分相当額を打切補償金として支払う旨の規定(9条)がある(なお,上記〈1〉につき,本件規程13条は,2号において,勤続年数が満10年 以上20年未満の者について,休職期間を2年と定めている。)。
(2) Xは,平成9年4月1日にYとの間で労働契約を締結してYにおいて勤務していたが,同14年3月頃から肩凝り等の症状を訴えるようになり,同15年3月13日,頸肩腕症候 群(以下「本件疾病」という。)にり患しているとの診断を受けた。Xは,同年4月以降,本件疾病が原因で欠勤を繰り返すようになり,平成18年1月17日から 長期にわたり欠勤した。
(3) 平成19年11月6日,中央労働基準監督署長は,同15年3月20日の時点で本件疾病は業務上の疾病に当たるものと認定し,Xに対し,療養補償給付及び休業補償給付を支給 する旨の決定をした。これを受けて,Yは,同年6月3日以降のXの欠勤について,本件規程13条所定の業務災害による欠勤に当たるものと認定した。
(4) Yは,平成21年1月17日,Xの同18年1月17日以降の欠勤が3年を経過したが,本件疾病の症状にはほとんど変化がなく,就労できない状態が続いていたことから,本件 規程13条2号に基づき,Xを同21年1月17日から2年間の休職とした。
(5) 平成23年1月17日に上記の休職期間が経過したが,Xは,Yからの復職の求めに応じず,Yに対し職場復帰の訓練を要求した。これを受けて,Yは,Xが職場復帰をすること ができないことは明らかであるとして,同年10月24日,本件規程9条所定の打切補償金として平均賃金の1200日分相当額である1629万3996円を支 払った上で,同月31日付けでXを解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。
(6) Yは,Xに対し,平成21年5月26日,同23年10月21日及び同24年1月11日,本件規程に基づく法定外補償金として合計1896万0506円を支払った。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件解雇は労働基準法19条1項に違反し無効であるとして,Xの労働契約上の地位の確認を求 める請求を認容すべきものとした。
労働基準法81条は,同法75条の規定によって補償を受ける労働者が療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らない場合において,打切補償を行うことがで きる旨を定めており,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者については何ら触れていないこと等からすると,労働基準法の文言上, 労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者が労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該当するものと解 することは困難である。したがって,本件解雇は,同法19条1項ただし書所定の場合に該当するものとはいえず,同項に違反し無効であるというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 労災保険法は,業務上の疾病などの業務災害に対し迅速かつ公正な保護をするための労働者災害補償保険制度(以下「労災保険制度」という。)の創設等を目的として制定され, 業務上の疾病などに対する使用者の補償義務を定める労働基準法と同日に公布,施行されている。業務災害に対する補償及び労災保険制度については,労働基準法第 8章が使用者の災害補償義務を規定する一方,労災保険法12条の8第1項が同法に基づく保険給付を規定しており,これらの関係につき,同条2項が,療養補償給 付を始めとする同条1項1号から5号までに定める各保険給付は労働基準法75条から77条まで,79条及び80条において使用者が災害補償を行うべきものとさ れている事由が生じた場合に行われるものである旨を規定し,同法84条1項が,労災保険法に基づいて上記各保険給付が行われるべき場合には使用者はその給付の 範囲内において災害補償の義務を免れる旨を規定するなどしている。また,労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める上記各保険給付の内容は,労働基 準法75条から77条まで,79条及び80条の各規定に定められた使用者による災害補償の内容にそれぞれ対応するものとなっている。
上記のような労災保険法の制定の目的並びに業務災害に対する補償に係る労働基準法及び労災保険法の規定の内容等に鑑みると,業務災害に関する労災保険制度は, 労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として,その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため,使用者によ る災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ,このような労災保険法に基づく保険給付の実質は,使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が 保険給付の形式で行うものであると解するのが相当である(最高裁昭和・・・52年10月25日第三小法廷判決・・・参照)。このように,労災保険法12条の8 第1項1号から5号までに定める各保険給付は,これらに対応する労働基準法上の災害補償に代わるものということができる。
(2) 労働基準法81条の定める打切補償の制度は,使用者において,相当額の補償を行うことにより,以後の災害補償を打ち切ることができるものとするとともに,同法19条1項た だし書においてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とし,当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする制度であるとい えるところ,上記(1)のような労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の災害補償との関係等によれば,同法において使用者の義務とされている災害 補償は,これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので,使用者自らの負担に より災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで,同項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべき ものとはいい難い。また,後者の場合には打切補償として相当額の支払がされても傷害又は疾病が治るまでの間は労災保険法に基づき必要な療養補償給付がされるこ となども勘案すれば,これらの場合につき同項ただし書の適用の有無につき異なる取扱いがされなければ労働者の利益につきその保護を欠くことになるものともいい 難い。
そうすると,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者は,解雇制限に関する労働基準法19条1項の適用に関しては,同項ただし書が打切補 償の根拠規定として掲げる同法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるものとみるのが相当である。
(3) したがって,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には,労働基準法75条による療養補償を受 ける労働者が上記の状況にある場合と同様に,使用者は,当該労働者につき,同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより,解雇制限の除外事由を定め る同法19条1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。
5 これを本件についてみると,上告人は,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受けている被上告人が療養開始後3年を経過してもその疾病が治らな いことから,平均賃金の1200日分相当額の支払をしたものであり,労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれる者に対して 同法81条の規定による打切補償を行ったものとして,同法19条1項ただし書の規定により本件について同項本文の解雇制限の適用はなく,本件解雇は同項に違反 するものではないというべきである。
6 以上と異なる見解に立って,本件解雇が労働基準法19条1項に違反し無効であるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があ る。論旨はこれと同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,本件解雇の有効性に関する労働契約法16条該当性の有無等について更に審 理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


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