質問:
マンションの管理組合の理事長をしています。区分所有者のひとりが管理費、修繕費積立金を1年(約38万円)ほど滞納しており、管理組合の理事会でも懸案事 項となりました。この管理費、修繕費積立金というのは、滞納のまま放置すると何年で時効消滅してしまうのでしょうか。回収するにはどうしたらよいでしょうか? 噂では、この滞納している区分所有者がマンションの専有部分を売りに出していると聞きました。売却されてしまった場合にはどうやって請求したらよいのでしょう か。
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回答:
1、マンションの管理費、修繕費積立金の債請求権は、民法169条の定期給付債権として、各請求権の弁済期から5年の短期消滅時効に掛かるとされています
(最判平成16.4.23判決)。5年以上滞納される前に、具体的な手続きが必要です。
2、マンションの管理費、修繕費積立金の請求権は、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という)8条、7条1項の債権に該当し、当該区分所有者
及びその特定承継人に対して請求できるとされています。判例では、区分所有者が権利を譲渡した後でも旧区分所有者にも請求でき、各義務者は不真正連帯債務の関
係にあると解釈されています(大阪地判平成21.3.21判決)ので、前区分所有者ないし現区分所有者あるいは双方に対して請求をすることが可能です。
3、具体的な回収方法は、@内容証明通知書で、催告をする、A簡易裁判所に訴訟提起して債務名義(強制執行できる書類=勝訴判決など)を取得した上で改めて支
払いを求める、B強制執行で回収する、という順番になります。簡易裁判所の訴訟であれば、管理組合の理事長が自分で簡易裁判所に出頭して訴訟遂行することがで
きるでしょう。
なお、簡易裁判所の事物管轄は、裁判所法で訴額が140万円未満と定められているので、管理費の滞納がこの範囲に収まっているうちに手続きする
ことをお勧め致します。弁護士や司法書士に、書面作成の継続相談を受けながら自分で手続きすることも十分可能です。
4 区分所有者が、区分建物を処分する場合、管理費等の未納がある場合は、通常、買主が未納分を売買代金から控除して代金を決済するのが通常です。買主として
は、上記の通り支払い義務を引き継ぐ訳ですから、代金決済の際精算するのは当然と言えます。問題は、引き継ぎの時点で5年間の時効消滅期間が経過している未払
い分の処理です。しかし、この点ついても新たな買主は管理組合に対して、時効消滅等主張するのは望ましいことではないので、その分についても売買代金から控除
して精算し、未払い分については管理組合に支払うというのが通常の買主の対応と考えられます。ただし、あくまで時効消滅を主張されると請求できないことになり
ます。
解説:
1 マンション管理費の消滅時効
マンションにおける管理費(修繕積立金を含みます)について判例(最判平成16.4.23判決)は、毎月の管理費債権は「管理規約の規定に基づいて,区分所
有者に対して発生するものであり,その具体的な額は総会の決議によって確定し,月ごとに所定の方法で支払われるものである。このような本件の管理費等の債権
は,基本権たる定期金債権から派生する支分権として,民法169条所定の債権に当たるものというべきである。」とし、「その具体的な額が共用部分等の管理に要
する費用の増減に伴い,総会の決議により増減することがあるとしても,そのことは,上記の結論を左右するものではない」として、例え金額の増減があったとして
も月ごとに支払われるものである以上、5年間の短期消滅時効に服するものと考えています。
よって弁済期から5年以内に何らかの法的手段によって時効を中断させない限り、毎月生じる管理費債権は時効により消滅し、以後請求をすることができなくなり
ます。そこで時効による消滅を免れる為、時効の中断事由を生じさせることが必要となってきます。5年というのは消滅時効が生じてしまう期限ですから、準備期間
も必要ですので、数ヶ月前、実際には半年以上前には手続きを開始する必要があります。
なお、管理費の弁済期は、管理規約で定められていますが、「前月末日」と定められ銀行口座からの自動引き落としがなされる管理組合が多い様です。
(定期給付債権の短期消滅時効)
第百六十九条 年又はこれより短い時期によって定めた金銭その他の物の給付を目的とする債権は、五年間行使しないときは、消滅する。
2 消滅時効を防止する方法(時効の中断事由)
民法には、時効を中断させる事由について147条で具体的に定めています。
(時効の中断事由)
第百四十七条 時効は、次に掲げる事由によって中断する。
一 請求
二 差押え、仮差押え又は仮処分
三 承認
1号「請求」について
ここでいう「請求」は訴訟提起など、裁判所における請求を指します(民法153条)。訴状を提出して裁判を起こす場合はもちろん、調停を申し立てた場合など
が含まれます。一般的に手始めに行われる「内容証明郵便」で請求する行為は、民法153条の「催告」に該当し、時効の中断事由にはなりません。内容証明が届い
た後6ヶ月以内に裁判上の請求、支払い督促の申し立て等の民法153条が定める一定の訴訟行為に着手しないと、中断にはなりません。
2号「差押え、仮差押え又は仮処分」
これは、債務名義に基づいて差押え命令が債務者に送達されたり、民事保全法に基づいて債務者の財産に対する保全命令が送達されたときに時効中断の効力を生じ
ます(民法155条)。ご相談のケースでは、未だ判決も取得しておられないようですし、保全手続きも予定されておられないようですので、本号が適用になるケー
スは少ないかと思います。
3号「承認」について
この「承認」には、@債務の一部を弁済した場合、A利息の一部を支払った場合、B債務者が債務の支払いに猶予を求めた場合などが該当します。もちろん、当事
者間で「債務承認確認書」を取り交わしても債務承認の法的効力が発生することになります。「債務整理」などで行われる債権調査は、債務の存否を確認するために
猶予を求める行為となり、ここでいう「承認」には該当しないとされています。
なお、時効中断の効力は当事者とその承継人にも及ぶとされていますので、区分所有者が代わった場合でも、新しい区分所有者に時効中断の効力を主張することが
可能です(第148条)時効中断事由を証明する書類は大切に保管するようにして下さい。
民法148条(時効の中断の効力が及ぶ者の範囲)前条の規定による時効の中断は、その中断の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有
する。
第153条(催告)催告は、六箇月以内に、裁判上の請求、支払督促の申立て、和解の申立て、民事調停法 若しくは家事事件手続法
による調停の申立て、破産手続参加、再生手続参加、更生手続参加、差押え、仮差押え又は仮処分をしなければ、時効の中断の効力を生じない。
参考判例、最高裁判所平成16年4月23日判決、管理費等請求事件
『本件の管理費等の債権は,前記のとおり,管理規約の規定に基づいて,区分所有者に対して発生するものであり,その具体的な額は総会の決議によって確定し,月
ごとに所定の方法で支払われるものである。このような本件の管理費等の債権は,基本権たる定期金債権から派生する支分権として,民法169条所定の債権に当た
るものというべきである。その具体的な額が共用部分等の管理に要する費用の増減に伴い,総会の決議により増減することがあるとしても,そのことは,上記の結論
を左右するものではない。』
2 特定承継人に対する請求
区分所有建物であるマンションの管理費債権は、区分所有法8条の債権に該当します。これらの条文では管理費債権について、当該区分所有者及びその包括承継人
(相続人など)のみならず、その特定承継人(買い受け人など)に対しても請求ができると定められています。
この特定承継人について、現在の区分所有者以外に一度所有権を取得したがその後所有権を喪失している、いわゆる「中間取得者」についても区分法第8条の責任
を負うか否かが問題となりますが、大阪地裁平成21年3月12日判決においてこの8条の意義について「共用部分やその共有に属する附属部分等に関する適正な維
持管理を図るという上記改正の目的に則り,単に共有物についての共有者間の債権の保護を図るにとどまらず,区分所有における団体的管理のための経費にかかる債
権について,広くその履行の確保を図る必要があったことによるもの」として、管理費等は「建物及び敷地の現状を維持・修繕する等のために使用されるものであ
り,当該建物等の全体の価値に化体しているということができ,中間取得者といえども,その所有にかかる期間中は上記価値を享受し」、かつ、物件を売却する際に
もその建物の価値に対応するものとして利益を受けているので、中間取得者もその管理費滞納の責任を負い、管理費債権の滞納の有無についての善意悪意を問わず、
同条の定める「特定承継人」に該当するものと判断しています。
さらに同判例は、旧区分所有者が権利を譲渡した後も請求できることはもちろんのこと、現在の区分所有者との間においては不真正連帯債務の関係にあると解釈し
ていますので新旧区分所有者双方に対して請求することも可能となります。よって万が一、専有部分が売却されてしまった場合であっても、旧所有者又は新所有者
(管理費の滞納があることを知らなかった場合にも)あるいは双方に滞納分の管理費を請求することができるのです。
区分所有法
(先取特権)
第7条第1項 区分所有者は、共用部分、建物の敷地若しくは共用部分以外の建物の附属施設につき他の区分所有者に対して有する債権又は規約若しくは集会の決議
に基づき他の区分所有者に対して有する債権について、債務者の区分所有権(共用部分に関する権利及び敷地利用権を含む。)及び建物に備え付けた動産の上に先取
特権を有する。管理者又は管理組合法人がその職務又は業務を行うにつき区分所有者に対して有する債権についても、同様とする。
2項、3項 (略)
(特定承継人の責任)
第8条 前条第一項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる。
参考判例、大阪地方裁判所平成21年3月12日判決、管理費等請求事件
『区分所有法8条は,「前条第1項に規定する債権は,債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる。」と定めるところ,被告のように既に区分
所有建物の所有権を喪失したいわゆる「中間取得者」についても,同条に定める責任を負うのか否かについて問題となるので,以下,検討する。
同条は,昭和58年5月21日法律第51号による区分所有法の改正によって新設されたものであるが,上記改正前に存した同法15条(以下「旧15条」とい
う。)は,「共有者が共用部分につき他の共有者に対して有する債権は,その特定承継人に対しても行うことができる。」とし,共有物一般に関する民法254条の
規定をそのまま共用部分の共有関係に当てはめていたにすぎなかった。
しかるに,旧15条が廃止され,8条が新設されたのは,共用部分やその共有に属する附属部分等に関する適正な維持管理を図るという上記改正の目的に則り,単
に共有物についての共有者間の債権の保護を図るにとどまらず,区分所有における団体的管理のための経費にかかる債権について,広くその履行の確保を図る必要が
あったことによるものと解されるところである。
かかる同条が新設された趣旨に加え,区分所有建物の管理費等は,建物及び敷地の現状を維持・修繕する等のために使用されるものであり,当該建物等の全体の価
値に化体しているということができ,中間取得者といえども,その所有にかかる期間中は上記価値を享受しているのであるし,また,中間取得者においては,売買等
による換価処分の際,上記建物等に化体した価値に対応する利益を享受しているのであるから,かかる債権の行使を中間取得者に対し認めたとしても必ずしも不当と
はいえない。
さらには,同条の文言は「区分所有者の特定承継人」と規定するのみで,その善悪等の主観的態様はもちろん,現に区分所有権を有している特定承継人に限定して
いるわけではないし,一方で,中間取得者が上記「特定承継人」に該当しないとすると,本件被告のように訴訟中,あるいは,敗訴判決確定後に,区分所有権を譲渡
すれば,中間取得者はその責任を免れることになり,管理組合等の管理費の負担者側の実質的保護に欠けることになりかねない。
以上によれば,被告のような中間取得者であっても,区分所有法8条に定める「区分所有者の特定承継人」に当たるというべきである。』
3、具体的な回収方法
まず、管理費の支払いを求める催告書を請求可能な相手方である旧区分所有者(中間取得者含む)および現区分所有者に内容証明郵便で差し出しましょう。振込口
座を指定して支払いを求め、支払いが無い場合は法的手続きに移行すると警告する内容です。この催告書で任意の支払いを受けられない場合には、催告書が相手に届
いてから6ヶ月以内に訴訟を提起することが必要になります。もし6ヶ月以内に訴訟が提起できない場合には催告による時効中断の効力が生じませんので注意が必要
です。そして訴訟で勝訴判決を得て債務名義を得れば、強制執行に着手し、銀行口座等の差押さえ(管理費の引き落とし口座など)あるいは当該区分所有建物の差押
さえをして滞納されている管理費を回収していくことになります。
滞納区分所有者が、マンションを売却に出している場合は、不動産仲介業者が、売却契約書に付随する重要事項説明書で、管理費の滞納額について買主に説明する
義務を負っています。仲介業者から、管理組合(管理会社)に対して、管理費の滞納状況について問い合わせがきますので、管理組合として、滞納額を正確に回答す
る必要があります。通常、売買契約の当事者間で、滞納額を買主が負担することを前提として、売買金額を決めることになります。管理費等が消滅時効の期間を経過
していたとしても、未払い金があれば全額を回答する必要があります。その場合、買主としては、消滅時効期間が経過していたとしても債務としては存在しているの
ですから、通常は、未払い金を代金から差し引いて支払うことになるでしょう。もちろん買主が消滅時効を援用するという前提で購入する場合もあるでしょうが、極
めてまれな場合と言えます。一般的には、売却の際、未払いの管理費等はたとえ消滅時効期間が経過していても代金決済の際、差し引いてその後、買主が管理組合に
支払うことが一般的です。
なお、滞納額が140万円以上となる場合には、裁判所法33条で地方裁判所の管轄となり、基本的に弁護士を依頼しないで訴訟を遂行していくことが難しくなり
ますので、滞納額が簡易裁判所の事物管轄の範囲内である140万円未満であるうちに、また、5年間の消滅時効期間が経過してしまう前に、早めに手を打たれるこ
とをお勧め致します。
請求額が140万円未満で簡易裁判所の事物管轄内であれば、弁護士は内容証明通知の作成から強制執行による回収まで書面作成の依頼や継続相談による方法で お力になることができますので、お気軽にご相談ください。
<参考条文>
裁判所法
第33条 (裁判権)
第1項 簡易裁判所は、次の事項について第一審の裁判権を有する。
第一号 訴訟の目的の価額が百四十万円を超えない請求(行政事件訴訟に係る請求を除く。)
第二号 罰金以下の刑に当たる罪、選択刑として罰金が定められている罪又は刑法第百八十六条 、第二百五十二条若しくは第二百五十六条の罪に係る訴訟
第2項 簡易裁判所は、禁錮以上の刑を科することができない。ただし、刑法第百三十条 の罪若しくはその未遂罪、同法第百八十六条
の罪、同法第二百三十五条 の罪若しくはその未遂罪、同法第二百五十二条 、第二百五十四条若しくは第二百五十六条の罪、古物営業法
(昭和二十四年法律第百八号)第三十一条 から第三十三条 までの罪若しくは質屋営業法 (昭和二十五年法律第百五十八号)第三十条 から第三十二条
までの罪に係る事件又はこれらの罪と他の罪とにつき刑法第五十四条第一項
の規定によりこれらの罪の刑をもつて処断すべき事件においては、三年以下の懲役を科することができる。
第3項 簡易裁判所は、前項の制限を超える刑を科するのを相当と認めるときは、訴訟法の定めるところにより事件を地方裁判所に移さなければならない。