迷惑防止条例違反と勾留請求阻止
刑事|痴漢|最高裁平成26年11月17日決定
目次
質問:
先ほど警察から、夫が電車内の痴漢行為で現行犯逮捕されていると、連絡がありました。詳しいことは分かりませんが、東京都内の電車内で女性のお尻を服の上 から触ったということのようです。
夫は会社員ですが、3日後に会社の重要な会議が予定されており,このままですと,会議に出席できず,仕事上支障が生じてしまうのではないかと心配です。なん とか会社にわからないように身柄拘束から解放されることはできないでしょうか。
回答:
1 警察の説明では、ご主人は電車内で女性のお尻を服の上から触ってしまったということのようですが,事実とすれば、いわゆる迷惑防止条例違反(公衆に著しく 迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反)を行ってしまったことになります。
2 現在,逮捕されている段階とのことですので,今後逮捕勾留の手続きにより最大23日間の身柄拘束が行われる可能性があります。早期の身柄解放のためには勾 留する必要性はないとして,勾留請求の阻止,あるいは勾留請求却下を求める必要があります。
3 逮捕の手続きでは最大48時間身柄を拘束することができますが,逮捕されている側としてはこの間に,検察官に対し,勾留請求阻止の活動を行い,勾留請求 後は裁判所に対して勾留請求の却下を求める必要があります。勾留が認めら得た後でも勾留決定に対する準抗告により、勾留決定を争うことができます。そのため, 迅速な弁護活動が必要です。
4 これらの身柄拘束に対する対抗手段をとりあなたを身柄拘束から解放するため,迅速に活動することができる弁護士に依頼されることが必要です。
5 勾留阻止に関する関連事例集参照。
解説:
1 いわゆる迷惑防止条例違反について
いわゆる迷惑防止条例違反は,正式には,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」違反といいます。同条例は,現在,全国で制定さ れております。
例えば,東京都における迷惑防止条例では,「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為」であって,「公共の場所又は公共の乗物において、 衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」が禁止されております(同条例5条1項1号)。この場合,「六月以下の懲役又は五十万円以 下の罰金」に処せられることになります(同条例8条1項2号)。
あなたは,電車という「公共の乗物」において,女性のお尻を,服の上から触るという,女性を「著しく羞恥させ」る行為をしてしまったのですから,上記迷惑 防止条例に該当することは明らかです。
2 勾留に対する身柄釈放のための活動
⑴ 勾留に対する活動の流れ
勾留は,検察官が裁判官に対して勾留請求をし(刑事訴訟法204条,同法205条),勾留請求を受けた裁判官が,勾留の理由と必要性を判断して決定し ます(同法207条)。したがって,弁護人としては,まず,検察官に対して勾留請求をしないよう求めることになります。その後、勾留請求をされた場合には,裁 判官に対して,勾留請求の却下を求めることとなります。このような活動を行ったうえ,勾留が認められてしまった場合には,勾留の取消しを求めて,準抗告(同法 429条1項2号)を行うこととなります。
本件の場合,3日後の会社の会議に出席する必要があり,時間的に極めて短いので,できれば検察官の勾留請求を阻止できることが理想的です。そのため, 事件が検察官に送致された時点で,直ちに勾留請求阻止の活動を行う必要があります。
⑵ 具体的な主張内容
勾留が認められるためには,①罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があること(刑事訴訟法60条1項柱書),②刑事訴訟法60条1項各号に該当す る事由(「勾留の理由」)があること,③「勾留の必要性」があることが要件とされています。上述のとおり,本件では,①が認められることは明らかですので,勾 留を阻止するためには②及び③の要件を充足しないことを具体的に主張していくことになります。本件においては,②の要件は,罪証を隠滅すると疑うに足りる相当 な理由があるか否か,という点が問題になると思われます。
ア 罪証隠滅すると疑うに足りる相当な理由がないこと
「罪証隠滅すると疑うに足りる相当な理由」とは、抽象的可能性では足りず具体的な事実にもとづけられた蓋然性の程度が必要です。本件では,客観的証拠 は,逮捕段階で警察が収集してしまうと思われますので,罪証隠滅の対象にならないと考えられます。そこで,罪証隠滅の対象になりうると思われる証拠は,被害者 の女性の供述内容であると思われます。すなわち,あなたが,身柄解放された場合,被害者の女性に接触し,威迫などして痴漢がなかったと供述するよう迫るなど し,女性の供述を変更させてしまうのではないか,というおそれがあると捜査機関や裁判所が判断しかねない可能性があります。
そこで,現実的には,そのような可能性がないということを主張していかなければなりません。具体的には,女性とは面識がないので,連絡先なども当然わ からず,連絡することは不可能であること,痴漢の現場は,普段使わない電車なので,待ち伏せすることもできないことなどを主張していくことになります。そもそ も連絡先を知らない人に対して,現実的に接触することなどできないのですから,基本的にはこの主張は認められてしかるべきです。
しかし,従来の実務の運用では,勾留請求が却下されたり,準抗告が認められたりする可能性は極めて低い状況にありました。その背後には,抽象的にでも 被害者等と接触できる可能性があるのであれば,罪証隠滅の可能性は否定できない,という考え方があったのではないか,と推測できます。これに対して,最決平成 26年11月17日は,通勤電車内で行われた痴漢につき,被疑者が被疑事実を否認していた事件において,勾留決定に対する準抗告を認めました。同決定は,罪証 隠滅のおそれの有無を,抽象的ではなく,具体的かつ現実的に検討しているものと評価でき,妥当であると言えます。
同決定が出されてから,勾留についての実務の運用が変化しているように感じます。現在,勾留請求の却下率は,同決定が出る前に比べ,相当程度上昇して おります。また,勾留請求の却下率が上昇していることに伴い,検察官と適切に交渉を行った事案では,そもそも検察官からの勾留請求自体を阻止できる事案が増え ております。これは,検察官が仮に勾留請求をしたとしても,裁判所に勾留請求を却下されるのでは,勾留請求をしても意味がないと検察官が判断しているためであ ると考えられます。このような実務の運用の変化は,裁判所のみならず,検察官にまで浸透してきていると言えるでしょう。
以上の実務上の運用も踏まえ,検察官に対し,具体的に罪証隠滅のおそれがないことを主張し,勾留請求をしないよう交渉していくことになります。
イ 勾留の必要性がないこと
上記の主張に加え,念の為,あなたに勾留を認める必要性がないことも主張しておく必要があります。ここでいう必要性とは相当性を意味し、具体的事情 上勾留が被疑者にとって著しく過酷ないし不当となる場合は勾留に相当性がないとして勾留請求が認められないことになります。
具体的には,3日後に重要な会議を控えており,出席できないと仕事上の支障が生じてしまうこと、その為解雇の危険性もあることを主張し,勾留が過酷 なことを主張していくことになります。
3 不起訴処分を獲得するための活動
上記の身柄解放の活動に併せて,不起訴処分を獲得するための活動を行っていく必要があります。不起訴処分の獲得のための活動は、身柄の早期開放にも役立つ ものでスから早い段階で実行に移すことが必要です。
本件は,女性に対する痴漢事件ですので,痴漢を行われた女性は被害者であると言えます。そこで,女性との間で示談を成立させ,宥恕(許し)を獲得し,不起 訴処分にするよう,検察官と交渉していくことになります。時間的に難しいかもしれませんが、勾留請求前に被害者との示談が成立すれば、勾留請求されることはな いでしょう。また、示談が成立していないとしても、示談交渉をしているという事実は勾留の理由や必要がないということに結び付きますから、早い時期で示談交渉 を始める必要があります。
示談交渉に関してですが、検察官によっては,迷惑防止条例違反の保護法益は,都民や県民の生活という公益にあるので,痴漢の被害者との間の示談は,処分を 決定する上で一考慮要素に過ぎないなどと述べられることがあります。たしかに、迷惑防止条例は,その目的に,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防 止し、もつて都民生活の平穏を保持することを目的とする。」(東京都公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例1条)と規定されており,都 民や県民といった平穏な保持が目的に含まれており,個人の法益は明示的には含まれておりません。そこで検察官によっては被害者との示談交渉を重要視しないなど と主張される場合もあります。
しかしながら,特に痴漢では,明確に痴漢の対象となる人物がいるのであって,その人物は当然被害者といえる立場にあります。迷惑防止条例では,都民や県民 の平穏の保持といった公益の保護の目的が掲げられておりますが,都民や県民の平穏の保持のためには,個々人の個人的な法益を保護する必要がありますし,特に痴 漢などといった個人に対する犯罪であれば,個人的な法益の側面が強いと言えます。したがって,迷惑防止条例の保護法益には,個人の法益も含まれるというべきで す。東京地裁平成16年12月20日判決も,個人の法益が含まれていることを否定しておりません。迷惑防止条例の保護法益に個人の法益も含まれる以上,被害者 の方と示談ができ,宥恕(許し)を得ているという事実は,処分を決定する上で極めて重要な事実になるということができます。
そこで,被害者の方と示談をし,宥恕(許し)を得て,検察官との間で不起訴処分とするよう交渉していくことになります。
4 弁護人の必要性
上記のように身柄の早期解放のためには、検察官や裁判官との交渉、準抗告の申し立てが必要となり、どうしても法律の専門家である弁護士を弁護人に選任する 必要があります。被害者との示談についても被疑者本人やその家族、友人では相手に名前や住所も知ることもできませんし、被害者から面談を拒否されてしまうのが 通常です。実務上、「弁護人の弁護士限りの連絡先開示」という取り扱いが行われること多く、起訴前の示談交渉には専門家である弁護士に依頼することが必要で す。弁護士は、「示談成立及び弁護活動に必要な限りで開示された連絡先を用い、被疑者に対して一切開示しない」ということを誓約した上で、弁護人限りの連絡先 開示を受けます。
また、身柄の早期解放の弁護活動のためには、迅速な対応必要ですから、依頼してすぐに接見、被害者らとの示談交渉等が可能な弁護士に弁護人就任を依頼する 必要があります。弁護士に相談依頼する際、その点について確認しておいた方が良いでしょう。
以上