【民事、不動産売買において当該不動産の取得時効完成前と完成後の買主では法的地位が異なるか、最高裁昭和46年11月5日判決】
このような事前に判明するトラブルはもちろん、トラブルを事前に防止し、仮に事後にトラブルが生じた場合に売主との間に入って話を進めてくれるのが不動産仲介業者の仕事です(不動産業者により、トラブルは避けられると考えられますが、高額な買い物ですから、見たこともない不動産を購入するのは止めた方が良いと言わざるを得ません)。
以上のように、不動産仲介業者の仕事は多岐に渡ります。特に@の重要事項説明書では売主自身も気づかずにいるような不動産の問題点が明らかにされることが期待できます。現地を見ずに購入を検討されているようであれば、余計に不動産仲介業者への仲介手数料を安心料ととらえて、依頼されることを検討されてもよいと思います。仲介業者の手数料は、売り主側も買い主側も、上限で物件売買価格の3パーセントプラス6万円、つまり、あわせて6パーセント程度掛かるのですが、それでも一般的には依頼なさった方が良いと言えます。但し、契約当事者が決まっているのであれば、宣伝等の手間や費用はかからないのですから、仲介手数料については話し合いで決めることが可能ですから、事前に相談しておくのが良いでしょう。
2、登記の対抗力
1で述べたような点を検討してもやはり不動産仲介業者を入れずに契約され、無事登記を自分名義にした場合でも起こりうる問題点についてご説明します。
民法学では、不動産の「二重譲渡」の処理方法が常に重要な論点となっています。二重譲渡というのは、ある権利の売り主が、その権利を2回売却してしまう事です。例えば、不動産の所有者Aさんが、その不動産を、BさんとCさんに売却してしまい、売却代金を2回受領してしまったようなケースが問題となります。所有権の取得を主張できるのは、Bさんでしょうか、Cさんでしょうか。
そのような場合に、所有権の移転という物件変動を受けるのは誰なのか決めるため、物件変動の対抗要件が定められています。
対抗要件・対抗力を備えた譲り受け人は、他の譲り受け人に対して、自分が権利取得したことを法的に主張することができます。本邦の民法典では、不動産物件変動については法務局に対する登記(民法177条)、動産物権変動については引き渡し(占有の移転、民法178条)を対抗要件と定めています。なお、登録自動車は動産の一種ですが、例外的に陸運局への登録が第三者対抗要件とされています(道路運送車両法第5条)。その他、権利の種類によって様々な例外規定もあるので注意が必要です。
民法177条(動産に関する物権の譲渡の対抗要件)不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法 (平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
民法178条(動産に関する物権の譲渡の対抗要件)動産に関する物権の譲渡は、その動産の引渡しがなければ、第三者に対抗することができない。
道路運送車両法第5条第1項 登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ、第三者に対抗することができない。
不動産と動産とで対抗要件を変えているのは、一般的な価値の違い(不動産55の方が一般的に高価)と、取引回数の違い(動産は日常的に無数の取引がありますが、不動産は普通の人なら一生で数回取引する程度でしょう)により、真の権利者保護と、取引の円滑保護をバランスさせているからと考えられます。
不動産売買において、登記には対抗力がありますので、所有権移転の時期にかかわらず、登記を備えた第二買受人は、登記を備えていない第一買受人にその所有権を主張することができます。つまり、第一買受人に対して第二買受人はその登記の欠缺を主張できる第三者となるのです。
これが登記制度の原則で、原則とおりであれば登記のある人が優先することになるのですが、登記をしないのもやむを得ないという場合は例外的に、登記がなくても権利を主張できる場合があるとされています。
3、時効取得
あなたが登記を取得した不動産について、第三者が所有権を時効取得していた場合は、あなたが登記した権利は、時効取得者に主張できないことになります。時効取得は原始取得とされ、登記に関係無く(登記を備えなくても)誰にでも主張できる法的地位とされているからです。原始取得というのは、承継取得の反対概念で、誰かの権利を譲り受けるのではなく、誰にも制限されない権利をゼロから取得することを指します。民法239条1項の無主物先占「所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する=空から降ってきた雨をコップに溜めたなど」が典型例とされていますが、時効取得も、前所有者が居ても居なくても、取得者自身の行為によって制限の無い権利を取得できることから、原始取得の一例とされています。
今回のケースで問題になる時効取得には要件があります(民法162条)。
それは、「他人の物」を「所有の意思」をもって「平穏・公然・善意・無過失」で10年間占有を続けたこと(同法2項)又は「平穏・公然」に20年間占有し続けたこと(同法1項)です。「所有の意思」に基づく占有を、自主占有と言います。不動産であれば、現実の占有をするだけでなく、所有の意思を持って、固定資産税の支払いを為すことなどが必要と考えられています。所有の意思が無い占有は他主占有と言い、例えば賃借人は何十年住み続けても所有権を時効取得できません。
ここで問題となるのは、第一買受人は売買により「自己」の土地を占有しているに過ぎないのに、何故「他人」の物を占有しているときに認められる時効取得に該当すると考えられたのでしょうか。
これについて前出の「最高裁昭和46年11月5日判決」は、
「不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない。」
として、物権変動とは別に、登記の欠缺を主張する第三者との関係では第一買受人も所有権を取得していないと判断しています。つまり、所有権は売買契約により第一買受人に移転しているが、第三者に登記を対抗できるか否かという点からは、登記を受けていない第一買受人はその対抗できる所有権を取得していないから、その第三者との間では所有権を取得していないものとして、当該第一買受人の占有を「他人」の土地の占有と判断しているのです。
その後「当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者」となり「登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになる」として、第二買受人が登記を備えたことにより、第一買受人は最初から売買契約上の所有権をも取得していなかったことになるとしています。
以上の通り、登記を受けていない第一買受人は第三者との関係では「他人」の物を占有していると判断されますので、売買後に当該不動産を占有している状態が10年(自己に所有権があるものと信じる善意無過失占有)ないし20年(所有権が無いことを知っている悪意占有、又は過失のある善意占有)継続している場合には、その所有権を時効取得によって取得することができるのです。不動産の買主であれば、悪意占有ということはありませんから、自己に所有権があるものと信じることにつき過失があるかどうかで、時効完成期間10年か20年か違ってくることになります。この善意無過失については、占有開始時の認識によって判断すべきものとされています(最高裁昭和53年3月6日判決など)。占有者は善意占有が推定されますので(民法186条1項)、無過失を立証できれば、時効主張者は10年間の時効取得を主張できることになります。
民法第162条 (所有権の取得時効)
第1項 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
第2項 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
民法第186条(占有の態様等に関する推定)
第1項 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
第2項 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。
4、時効完成前の第三者と時効完成後の第三者
以上の通り、第一買受人の占有による時効取得が認められますので、貴方への売買が第一買受人の時効取得が完成する前に行われた場合には、第一買受人は第二買受人と貴方との関係は、時効完成時において(登記簿上の所有権者と時効取得者という)当事者同士の関係に該当することになり、例え貴方が登記を備えた場合であっても、第一買受人は登記なくしてその所有権を貴方に主張することができるのです。
貴方が、時効取得した第一買い受け人に対して所有権を主張できない場合、結局のところ、貴方は第一買受人との間の所有権確認訴訟で敗訴し、登記訴訟でも敗訴し、所有権の移転登記を抹消させられてしまうことになってしまいます。当然、売買代金を支払っていたとしても、物件の占有を引き渡すように求めることはできないことになります。この場合、貴方は売主との間の売買契約を解除し、売主に対して支払い済みの売買代金の返還請求をすることができます。
一方で、貴方への売買が第一買受人の時効完成後に行われた場合には、貴方と第一買受人との間は、通常の第三者の関係になりますので、先に登記を備えた貴方がその所有権を相手に主張できることになります(大審院大正14年7月8日判決)。時効取得者は、時効完成後に、登記名義人に対して登記名義を引き渡すよう権利主張できるのですから、時効完成後の第三者との関係では、時効完成時点から、新たに二重譲渡が発生したのと同じと評価することができ、時効取得者と、第二買受人との優劣は、登記の先後によって決することができると解釈されているのです。
5、対策
以上のように登記簿上の所有者から不動産を購入し、代金を支払って登記を備えていたとしても、場合によっては所有権を失う可能性が存在します。ではそれを防ぐにはどのようにしたら良いのでしょうか。
ポイントは第三者が「時効取得」する可能性があるか否かを現地で確認することです。第三者が時効取得するにはその「占有」が条件となりますので、実際に現地を見て、占有者が本当に登記簿上の所有者であるのかを確認することが重要になってきます。
通常は現地を見て、売主である登記簿上の名義人が占有していれば問題はありません。ただ不審な点がある場合は、日記やメモに残すことも可能ですが、弁護士など第三者が報告書という形で記録を残しておいた方が、より客観的な証拠となり、後日紛争となった場合の証拠としては証拠の価値は高いものとなります。更に、弁護士から公証役場に手配してもらって、「事実実験公正証書」を作成する方法もあります。事実実験公正証書とは、公証人が、五感の作用により直接見聞した事実を記載した公正証書です(公証人法35条)。事実実験は、裁判所の検証に似たもので、その結果を記載した「事実実験公正証書」は、裁判所が作成する「検証調書」に似たものであり、作成年月日における事実関係についての証拠を保全する機能を有し、占有関係を含む、権利に関係のある多種多様な事実を対象としています。
※公証役場解説ページ
http://www.koshonin.gr.jp/ji.html
なお、「占有」には賃貸に出した場合の「間接占有」も含まれますので、その不動産が借地になっている、賃貸に出されているような場合には実際の貸主が誰であるのかをも確認することも必要になります。賃貸物件の場合は、賃貸契約書の確認と、賃料支払い実績の確認が必要ですし、前払い家賃の精算(日割り家賃を新所有者が取得する)や、賃借人への賃料振込先変更通知が必要となります。
勿論、不動産仲介業者(宅建業者)を依頼することにより、重要事項説明書の交付などを通じて、ある程度、時効取得のリスクを低減させることはできます。宅建業者が用いる一般的な重要事項説明書には、第三者の占有の有無が説明項目に含まれていますので、確認すべきでしょう。
どうしても心配な場合は、法律専門家による法律関係調査をすることを御検討なさって下さい。法律事務所では不動産売買に関する手続はもちろんのこと、売買契約締結に当たっての法律関係調査も行っておりますので、万が一、不安、不審な点がある場合にはお気軽にご相談ください。
※参考条文
公証人法第35条 公証人証書ヲ作成スルニハ其ノ聴取シタル陳述、其ノ目撃シタル状況其ノ他自ラ実験シタル事実ヲ録取シ且其ノ実験ノ方法ヲ記載シテ之ヲ為スコトヲ要ス
※参考判例
土地所有権確認等所有権取得登記抹消登記手続本訴並に建物収去明渡反訴請求事件
昭和四二年(オ)第四六八号
昭和46年11月5日最高裁第二小法廷判決
【上告人】 被控訴人 原告 NH 代理人 峰島徳太郎
【被上告人】 控訴人 被告 MR有限会社 代理人 前田常好 外一名
主 文
原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。
右破棄部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人峰島徳太郎の上告理由について。
原判決の適法に確定した事実関係によれば、上告人は昭和二七年一月二六日KRの代理人南野幾太郎から本件各土地を買い受け、同年二月六日その引渡を受け、爾来これを占有してきたが、いまだ登記を経由していなかつたものであるところ、AKがKRの死亡後である昭和三三年一二月一七日その相続人である中西英子および桑名輝子から本件各土地を買い受け、同月二七日その旨の所有権移転登記を経由し、その後、昭和三四年六月頃中西浅右衛門に対し買掛代金債務の代物弁済としてその所有権を譲渡し、被上告人は同月九日中西浅右衛門から本件各土地を買い受け、中間省略により同月一〇日AKから直接その所有権移転登記を受けたというのである。
右事実関係のもとにおいて、上告人は本件各土地の所有権を時効取得したと主張し、原審はこれを排斥したが、その理由として判示するところは、「同一不動産についていわゆる二重売買がなされ、右不動産所有権を取得するとともにその引渡しをも受けてこれを永年占有する第一の買主が所有権移転登記を経由しないうちに、第二の買主が所有権移転登記を経由した場合における第一の買主の取得時効の起算点は、自己の占有権取得のときではなく、第二の買主の所有権取得登記のときと解するのが相当である。けだし、右第二の買主は第二の買主が所有権移転登記を経由したときから所有権取得を第一の買主に対抗することができ、第一の買主はそのときから実質的に所有権を喪失するのであるから、第一の買主も第二の買主も、ともに所有権移転登記を経由しない間は、不動産を占有する第一の買主は自己の物を占有するものであつて、取得時効の問題を生ずる余地がなく、したがつて、不動産を占有する第一の買主が時効取得による所有権を主張する場合の時効の起算点は、第二の買主が所有権移転登記をなした時と解すべきであるからである。」との見解のもとに、上告人はAKが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日から民法一六二条一項、二項の定める時効期間を経過したときに本件各土地の所有権を時効取得するものというべきであつて、上告人の本件各土地に対する占有は、被上告人が所有権移転登記をした昭和三四年六月一〇日からはもちろんのこと,AKが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日からでも民法一六二条一項、二項の定める時効期間を経過していないこと明らかであるから、上告人が本件各土地の所有権を時効取得したとの上告人の主張は理由がない、というのである。
しかし、不動産の売買がなされた場合、特段の意思表示がないかぎり、不動産の所有権は当事者間においてはただちに買主に移転するが、その登記がなされない間は、登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者に対する関係においては、売主は所有権を失うものではなく、反面、買主も所有権を取得するものではない。当該不動産が売主から第二の買主に二重に売却され、第二の買主に対し所有権移転登記がなされたときは、第二の買主は登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者であることはいうまでもないことであるから、登記の時に第二の買主において完全に所有権を取得するわけであるが、その所有権は、売主から第二の買主に直接移転するのであり、売主から一旦第一の買主に移転し、第一の買主から第二の買主に移転するものではなく、第一の買主は当初から全く所有権を取得しなかつたことになるのである。したがつて、第一の買主がその買受後不動産の占有を取得し、その時から民法一六二条に定める時効期間を経過したときは、同法条により当該不動産を時効によつて取得しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四〇年(オ)第一二六五号、昭和四二年七月二一日第二小法廷判決、民集二一巻六号一六四三頁参照)。
してみれば、上告人の本件各土地に対する取得時効については、上告人がこれを買受けその占有を取得した時から起算すべきものというべきであり、二重売買の問題のまだ起きていなかつた当時に取得した上告人の本件各土地に対する占有は、特段の事情の認められない以上、所有の意思をもつて、善意で始められたものと推定すべく、無過失であるかぎり、時効中断の事由がなければ、前記説示に照らし、上告人は、その占有を始めた昭和二七年二月六日から一〇年の経過をもつて本件各土地の所有権を時効によつて取得したものといわなければならない(なお、時効完成当時の本件不動産の所有者である被上告人は物権変動の当事者であるから、上告人は被上告人に対しその登記なくして本件不動産の時効取得を対抗することができるこというまでもない。)。これと異なる見解のもとに、本件取得時効の起算日はAKが所有権移転登記をした昭和三三年一二月二七日とすべきであるとして、上告人の時効取得の主張を排斥した原審の判断は、民法一六二条の解釈適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである。原判決は破棄を免れない。
よつて、本件について更に右過失の有無、時効中断事由の存否等について審理させるため、民訴法四〇七条一項により、原判決中上告人の敗訴部分を破棄し、右部分につき本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一 裁判官 岡原昌男 裁判官 小川信雄)