青少年健全育成条例違反における淫行と真摯な交際
刑事|未成年との真摯な交際の「淫行」該当性|刑事・最高裁昭和60年10月10月23日判決
目次
質問:
私は,35歳の公務員です。現在,インターネットを通じて知り合った17歳の高校生の女性と真剣に交際しております。相手の家に行ったこともあり,その際に相手の母親と会いました。ところが先日,深夜にラブホテルから二人で出て来たところを警察に見つかり,事情聴取を受けました。警察が女性の父親に連絡したところ,父親は私との交際を知らなかった為,大変立腹されているとのことでした。警察からは,未成年と性行為をすることは犯罪だから,処罰されることになると言われています。このままですと,勤務先で懲戒処分を受ける危険が高いと思います。何とか刑事処罰を回避できる方法は無いでしょうか。
回答:
1 未成年との性的な行為で各都道府県の青少年保護育成条例に違反するのは、「みだらな性行為(いわゆる淫行)」に限られますが、刑事処罰の対象となります。前科前歴が無く,悪質な事例でもなければ,罰金刑となる可能性が高いでしょう。加えて,公務員の方が健全育成条例違反で罰金刑となった場合,停職~免職の重い処分下されることになります。
2 そこで同条例により処罰の対象となる,「みだらな性行為(いわゆる淫行)」とは、どのような性行為を言うのか問題となります。淫行とは,判例によれば,「青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為」とされています。その為,相手方未成年であっても,結婚を前提にしたような真摯な交際であれば,淫行には該当せず処罰はされないことになります。
但し,単に口頭で真摯な交際であると主張しても,警察に容易に認められるものではございません。客観的な資料をもって,真剣な交際であることを証明する必要があります。具体的には,相手の母親からの上申書面,メールのやり取り等の記録等を準備した上で,判例のいう「淫行」に該当しないことを詳細に主張する必要がございます。
3 また,万が一,「淫行」に該当すると判断されてしまう場合でも,父親との間で所謂「示談」をして,被害届を取り下げて貰うことにより,不起訴となる可能性が生じます。
この点,健全育成条例は公共の利益に関する罪であるから,示談は意味が無い,と考える見解もありますが,被害届の取下げに加えて,本人の社会的制裁,罰金前科による不利益等を理由に丹念に検察官と交渉を行えば,不起訴処分となることは十分可能です。
4 本件で処罰を回避する為には,真剣な交際で違法性が無いことを,こちらから積極的かつ迅速に警察に対してアピールしてゆく必要性が大きいといえます。
弁護活動によって,手続の流れが非常に別れやすい類型の事件でもありますので,突然の逮捕や前科等の不利益を回避する為にも,早急に弁護士に相談することをお勧め致します。
5 淫行に関する関連事例集参照。
解説:
1 該当し得る犯罪について
(1) 青少年保護育成条例違反
未成年者と性的な行為をした場合,いくつかの法律に違反してしまう可能性が考えられます。
まず,最も可能性が高いのが,各都道府県が制定している「青少年保護育成条例」違反の罪です。
例えば東京都は,「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の第18条の6において,「何人も、青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行つてはならない」と規制しております。ここでいう「青少年」とは,18歳未満の者を言います(同条例2条1号)。同条項に違反した場合,2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処されることになります。他の都道府県も,概ね類似の条例により,青少年との性行為を規制しています。
仮に同条例に違反することが認められる場合,警察が関係者を事情聴取の上,検察庁に送致し,検察官が終局的な処分を決めることになります。警察による捜査は,任意の事情聴取のみで進められる場合もありますが,多くのケースでは,容疑が固まった段階で逮捕等の身体拘束手続に移行することになります。
もっとも,あなたに前科前歴が無く,特段の悪質性が認められなければ,公判廷での正式な裁判となることは少なく,罰金刑で終結することが多いといえるでしょう。
但し,罰金刑であっても,法律上は前科として取り扱われることになりますので,前科が保有資格に影響する場合(医師,教諭等)は,注意する必要がございます。また公務員の方の場合,容疑が固まった段階で,警察が勤務先の役所に事件を通報する取り扱いとなっており,例え罰金刑であっても重い懲戒処分が科される危険は高いといえます。一般的な懲戒処分基準ですと,未成年との淫行で処罰された場合は,最低でも停職以上の処分とされており,実際には懲戒免職となることが多いのが現状です。
その為,処罰が為されないよう,最大限の弁護活動を行う必要が大きいといえます。具体的な対策については,下記の第2項以下でご説明致します。
(2) その他の罪について
その他,事案の内容によっては,条例違反以外にも,下記のような罪に該当する可能性がございます。
まず,性行為が何らかの実質的影響力を行使して行われた場合,児童福祉法違反の罪に該当することが考えられます。児童福祉法34条1項6号では,「児童(18歳未満の者・同法4条)に淫行をさせる行為」が禁止されており,その違反に対しては10年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金と言う非常に罰則が定められています。
この法律が先の青少年保護育成条例と異なる点は,「児童に対して事実上の影響力を行使して,淫行をさせる」行為を処罰の対象としている点です。
具体的には,学校の教師と生徒や,アルバイト先の上司と部下のように,その関係からして事実上の有形無形の影響力(上下関係)が認められる場合には,児童福祉法違反に該当する危険性が高いと言えるでしょう。
さらに,性行為の際に金銭を供与したり,写真を撮影する等の行為を 行っていた場合には,児童買春・児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の可能性があります。
仮にこれらの罪に該当する場合には,単なる条例違反とは異なり,非常に厳しい刑事処分を受ける可能性が存在しますので,対応にも一層の注意が必要です。これらの罪に該当することが考えられる場合は,別途『児童福祉法と淫行させるの意味|淫行させた者が淫行行為の相手方になった場合は処罰されるか』もご参照ください。
2 青少年保護育成条例における淫行の定義
(1) 判例における「淫行」の定義
ご相談では、インターネットで知り合ったということで、金銭のやり取りや写真撮影はないということですから、児童福祉法違反や児童買春・児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反は問題にはならといえます。問題となるのは、青少年保護育成条例違反の罪が成立する可能性の点です。もっとも,同条例により処罰の対象となるのは,「みだらな性交又は性交類似行為」(いわゆる「淫行」です。)に限られます。本件では,相手の女性と真剣な交際を行っていたとのことですので,交際関係において行われた性行為が法律上の「淫行」に該当するか否かが問題となります。
この点,判例(最高裁昭和60年10月10月23日大法廷判決:福岡県青少年保護育成条例違反被告事件)は,「淫行」の定義を下記のように述べております。
まず,保護育成条例違反が未成年者との性行為を規制する趣旨について,「一般に青少年が、その心身の未成熟や発育程度の不均衡から、精神的に未だ十分に安定していないため、性行為等によつて精神的な痛手を受け易く、また、その痛手からの回復が困難となりがちである等の事情にかんがみ、青少年の健全な育成を図るため、青少年を対象としてなされる性行為等のうち、その育成を阻害するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のものを禁止することとしたものである」と判示しています。
その上で,処罰の対象となる淫行は,「広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である」とされています。
つまり,上記の判例の定義によれば,例え青少年を相手とする性行為であっても,それが単に「性的欲望を満足させるためのもの」では無く,真剣な人間的関係に基づく性行為については,処罰の対象外となることになります。そのような処罰対象外となる性行為の例として,判例は,「例えば婚約中の青少年又はこれに準ずる真摯な交際関係にある青少年との間で行われる性行為等」を挙げています。
しかし,どのような性行為であれば,「性的欲望を満足させるための対象として扱っているとは認められない」のかは,明確に線引きできるものではありません。判例は,淫行となるか否かは,「当時における両者のそれぞれの年齢、性交渉に至る経緯、その他両者間の付合いの態様等の諸事情」を考慮して判断するものとしていますが,判断基準としては曖昧なものとの批判を免れないでしょう。現に上記判例でも,3名の裁判官が,条例の規定は処罰範囲の明確性に欠ける為無効であるという反対意見を付しています。
もっとも,法律上の結論としては,条例が有効となっており,実務上も単に「数か月間男女交際をしていた」程度の状況では,起訴されてしまう運用です。
その為,「淫行」に該当しないことを主張する為には,上記判例の示した考慮要素を念頭に置きながら,客観的な資料等による裏付けを示す必要があります。以下では,その具体的な手法について説明致します。
(2) 「淫行」の非該当性を主張する手法
上述のように,判例は,「婚約又はこれに準ずる真摯な交際関係」にあれば,性行為を行ったとしても淫行では無いとしています。
そのような真摯な交際関係を示す為にもっとも重要なのは,青少年の親による公認です。女性の場合,16歳以上であれば婚姻は可能ですが,その際には親の同意が必要とされています(民法737条)。その為,婚約に準ずる交際であると主張する為には,親の同意があることは大きな影響力を持つでしょう。裁判例でも,親の同意の有無について言及したものがございます。親の公認を証拠として示す為には,交際に同意していた旨の上申書等を提出すれば良いでしょう。本件では,父親が交際に反対しているとのことですが,婚姻の同意の際には父母の一方の同意で足りるとされていることからすれば(民法737条2項),最低限,母親の上申書があれば,根拠資料足りうるものと認められます。
なお,本人が同意していたことは,真摯な交際であることを示す根拠には殆どなりません。条例による規制の趣旨が,未成年者の判断能力が未熟であることを前提としている以上,当然の帰結となります。
また,判例では,「性交渉に至る経緯、その他両者間の付合いの態様等の諸事情」も考慮要素とされておりますので,交際期間が長いこと,性交渉以外の活動も行っていたこと等を示す証拠があれば,提出した方が良いでしょう。具体的には,メールのやり取りや,デートの写真(性的な物を除く)等があれば準備した上で,経緯を説明する事情説明書等を作成・提出することが必要です。
そして,これらの行動は,基本的には弁護士に依頼した上で行うことが必要です。やはりご本人による主張ですと,主観性が強く,警察としても基本的に参考の材料にしてくれません。第三者としての客観的な説明を付することが重要です。
上記のような活動が奏功すれば,警察も事件として取り扱わず,事情聴取だけで終了となることもございます。公務員の方の場合,警察が事件として受理した段階で勤務先に対する通知が為されますが,仮に「事件として取り扱わない」で終結できた場合には,勤務先に対する連絡も回避できます。
3 犯罪成立の場合の対応
一方,本件では相手女子の父親が交際に反対しているとのことですので,警察により「淫行」に該当しうるとの判断が為されて,事件として取り扱われてしまう可能性も小さく無い状況です。
もっとも,万が一,「淫行」に該当すると判断されてしまう場合でも,刑事処罰を回避できる可能性はあります。その為に最も重要なのは,本件で現実に被害の存在を主張していると推察される相手女子の父親との間で,所謂「示談」の合意を締結して,被害届を取り下げて貰うことです。
この点,検察官や一部の弁護士によっては,「青少年保護育成条例は,公共の利益を保護する為の法律であるから,処分を科すか否かの判断において示談合意の有無は無関係である」と言われてしまう場合もあります。しかし,青少年保護育成条例には,実際に不法な手段により性的自由を奪われてしまう青少年そのものを保護することもその趣旨に存在し,実務上も,青少年やその家族が被害者として取り扱われていることからすれば,刑事処罰を科すか否かの判断においては,やはり示談の成否がもっとも重要な側面を持つことは否定できません。現に,示談による被害届の取下げに加えて,本人の社会的制裁,罰金前科による不利益等を理由に丹念に検察官と交渉を行い,不起訴処分となった例は多数存在致します。
もっとも,示談をする場合は,基本的に今後は女子本人に近付かないことの約束等が必要となるケースも多い為,上記真摯な交際の主張との矛盾が生じてしまう危険性も存在致します。
真摯な交際の主張を通すべきか,それとも謝罪をベースにした示談活動をした方が良いか,矛盾なく双方を睨んだ主張ができるのか,どの方針が最も適切であるかの判断は,取り返しが付かない上に非常に判断が難しい側面がございます。対応に遅れが生じる前に,同種事案の経験が豊富な弁護士に良く相談されることをお勧め致します。
4 まとめ
条例違反の事件は,青少年の補導から発覚するケースがほとんどで、青少年の保護の必要性という点から逮捕等に至ることも多い非常に大きい事案です。本件のように,被害者の親の処罰感情が強い場合,突如として逮捕されてしまうケースも多くみられます。そのような不利益を避ける為には,真剣な交際で違法性が無いことを,こちらから積極的かつ迅速に警察に対してアピールしてゆく必要性が大きいといえます。
弁護活動によって,手続の流れが非常に別れやすい類型の事件でもありますので,突然の逮捕や前科等の不利益を回避する為にも,早急に弁護士に相談することをお勧め致します。
以上