親権者変更の申立|裁判例における判断基準の動向
家事|親権者変更の手続の流れ|親権者の変更と裁判例の動向|福岡高裁平成27年1月30日決定他
目次
質問
半年前、私は妻と協議離婚しました。10歳の子供の親権者は母親にしました。元妻が強固に親権の取得を希望したため、協議に疲れてしまった私は、親権者を元妻にすることに同意しました。
ただし、元妻は専業主婦で、助けてくれる親族も近くには住んでいなかったため、仕事が見つかって生活が安定するまで、一時的に私の両親のもとで預かることになりました(私と私の両親は別居していますが、近所に住んでいます)。元妻は絶対に親権者を渡さないと言っています。仕事も見つかったようです。
この状況で、どのように手続きを進めていけばいいのでしょうか。そもそも、親権者を私に変更することはできますか。
回答
1 親権者の変更は、可能ですが、父母の同意によってただちに実現するわけではなく、家庭裁判所の調停、審判によってなされる必要があります(民法819条6項家事事件手続法167条、244条、257条)。
具体的には、子の親族が家庭裁判所に親権者の変更調停を申し立て、その中で調査官の調査等を受けながら合意形成を目指すとともに子の利益のために必要と裁判所が認める場合に限り変更が認められます。
また、本件のように合意形成が難しいような場合には、調停から引き続いて審判によって裁判官の判断(決定)を受けることになります。この審判については、調停からそのまま移行するため、別途の申立ては不要ですが、基本的に調停内での調査や主張を引き継ぐため、審判になってから主張や環境の調整をしても遅いといえます。そのため、調停中に行われるであろう調査官による調査までが重要です。
2 親権者の変更の判断要素(考慮要素)は下記で詳述しますが、従来要件であると考えられていた「初めに親権者を定めた後の事情の変更」は要素の一つに過ぎず、様々な事情(特にこれまでの監護状況や監護補助者、親権者をいずれかに定めた経緯等)を踏まえて条文上の唯一の要件である「子の利益」に資するかを判断しているため、事案に応じた主張(の強弱)が必要です。
本件においては、親権者を定めた経緯が不明ですが、最初の親権者を決める際に調停や審判等によって十分な調査が行われていないこと、離婚後、子供と住んでいるのが元妻ではなくあなたのご両親であること等は有利に働きます。
いずれにしても、調停手続等の法的手続が必要になりますので、まずは弁護士にご相談ください。
3 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 親権者変更の制度と手続
(1)はじめに
未成年者の子がいる夫婦が離婚する場合、離婚時に必ず親権者を定めておく必要があります(民法819条1項ないし2項)。
そして、一度決めた親権者を変更するためには、離婚時のように、両者の同意だけでは足りません。家庭裁判所が変更をする必要があります(民法819条6項)。
親権者変更については、家事事件手続法の別表2に記載されている類型の事件ですので、まず家庭裁判所の調停を経る必要があります(家事事件手続法257条、同244条)。調停が成立しない場合は、審判に移行することになります。
以下では、まずその手続きの流れを説明したうえで、その要件と具体的な主張内容(対応方法)について説明します。
(2)親権者変更の手続と流れ
ア 親権者変更の調停
上記のとおり、本件のような親権者変更については、裁判所を介さない交渉(話し合い)によって解決することはないため、まず調停を起こす必要があります(この点、話し合いでの解決の余地を考えるべき離婚とは異なります)。
調停とは、調停委員の下で行われる話し合いですが、本件のような親権者変更調停の場合、単に両当事者が合意をしていても結論を出すことは原則としてありません。調停は原則当事者間の合意が成立すれば、調停成立となるはずですが(家事事件手続法268条1項)、親権の変更は裁判所が行うと定められていますから、子の利益のために親権の変更が必要か否かは裁判所が調査して判断することになっています。
このように調停においても、基本的に家庭裁判所調査官(裁判所法61条の2)が調査を行うことになります。調査官の調査は、専門的な知見から、親権者変更の適否を判断することを目的としてなされます。
つまり、親権者変更の調停は、①両当事者の合意と②子どもの利益(子の福祉といいます)の観点から親権者変更に問題がないこと、を要件として成立する、ということになります。
イ 親権者変更の審判
どのような要素を調査官が重視するのか、親権者変更に求められる事項については後述しますが、仮に両当事者の合意が整わない限り、調停は成立しません。
調停が成立しないまま終了した場合、続けて親権者の変更を求める場合には、審判へ移行することができます。調停から審判への移行に際しては、特に申立書等を提出する必要等はありません(家事事件手続法272条4項)。
審判では、上記の調査官の調査結果や、これまでの両当事者の聞き取りの結果を踏まえて、裁判官が決定します。
この審判の中で両当事者が事実調査や主張を追加して出す、というよりも、調停の中での主張や調査結果がそのまま審判において用いられます。特に調査官による調査結果が重視されるため、調査官の調査結果が出る前に、主張・証拠資料を揃えて提出しておく必要がある、ということになります。
審判での決定に不服がある場合、2週間以内であれば即時抗告が可能です(家事事件手続法85条1項、同86条、同156条4号)。その場合、抗告状を家庭裁判所に提出し、高等裁判所で決定がなされることになります。
なお、親権者ではなく、監護権者の指定を求めて調停等をすることもできますが、親権者とは別個に監護権者を設定することができるのは、特殊な例ですし、両者は併せて申し立てることができるため、以下では親権者の変更について説明していきます。
2 親権者変更の要件|判断基準
(1)一般的な親権者変更の考え方
上記のとおり、両当事者の合意だけでは親権者変更は実現しない以上、重要なのは、「いかなる場合に裁判所は親権者の変更を認めるか」ということになります。
そのためには、まず裁判所は「どのような基準で親権者を決するか」という要素を考える必要があります。
実際の考慮要素は多岐に亘り、事案によっても異なるところですが、①監護能力と監護の意欲、②判断までの監護の状況(家庭環境)、③子の意思、④面会交流の実施状況や意欲等が主に考慮されます。
なお、特に子どもが幼い場合、母親が親権者としてより有利に取り扱われるべきである、という母性優先の原則も考慮要素としてあるのですが、現在においては、母性的な役割を有している親が夫婦のいずれかであるのか、を重視する傾向に変化しています。これらの点については、当事務所ホームページ事例集『裁判上の離婚と親権者の指定|判断基準と主張内容』、『離婚に伴う子供の取り戻し方法|別居中の妻が子供を連れ去った事案』をご参照ください。
(2)親権者指定後の事情の変更の要否
親権者変更に際しても、上記の判断要素が重視されるのは当然なのですが、これらに加えて「先になされた親権者の指定後の事情からの変更」が要求されるとの見解があります。つまり、離婚届を出した時点から、親権者の変更が認められるような事情の変更が必要、ということです。
しかも、この「事情の変更」は、「親権者の指定当時に予想(予定)された事情(の変化・変更)」とは異なるものであることを要するとされていました。例えば、本件において、離婚後の「元妻」の就労等については、離婚届提出後に生じた事情ではあるものの、「当時予想されていた事情」であるため、「事情の変更」に該当しない、と考えられるところです。
東京高裁昭和31年9月21日決定(家庭裁判月報8巻11号37頁)も、協議離婚時に決めた親権者の変更申立てについて、「現在においてはまだ相手方に事件本人を養育できないような著しい事情の変化が生じているとは認め難いとして抗告人の申立を却下した」原審(家庭裁判所における審判)を維持しました。ここでは、「事情の変化(変更)」では足りず「著しい事情の変化」を求めています。
これは、一度決めた親権者をころころ変えることは、法的安定性を害し、かえって子どもの利益にならない(子の福祉を害する)と考えられているからです。
もっとも、上記「事情の変更」という要件についてですが、上記親権者変更について規定している民法819条6項では定められていません。同条では、「子の利益のため必要があると認めるとき」のみが要件とされています。
そのため、「事情の変更」は特に(絶対的な)要件としては求められていない、とするのが現在の主たる考え方です。特に、本件のように調停や審判・裁判等を経ずに協議離婚によって親権者を決めた場合、上記のような考慮要素等をしっかり検討せずに、つまり子の利益について十分に検討しないままどちらか一方に親権者を決めることがあり得るため、親権者を変更しないことはかえって(条文上の唯一の要件である)「子の福祉」に反することになりかねません。
この点について、下記参考判例である福岡高裁平成27年1月30日決定判例タイムズ1420号102頁は、本件と同様に協議離婚において母親と定めた親権者を父親に変更する申立において、「事情の変更」は要件ではなく、一つの考慮要素に過ぎないとして、親権者の変更を認めました。
相手方は、親権者の指定の後に事情の変更がない限り親権者の変更は認められるべきではない旨主張する。
しかし、親権者の変更の判断において、事情の変更が考慮要素とされるのは、そのような変更もないにもかかわらず親権者の変更を認めることは子の利益に反することがあり得るからであって、あくまで上記考慮要素の1つとして理解すべきであり、最終的には親権者の変更が子の利益のために必要といえるか否かによって決するべきである。
そうすると、抗告人と相手方の監護意思、監護能力、監護の安定性等を比較考慮すれば、親権者を抗告人とすることが未成年者らの利益のために必要であると認められることは前記のとおりである。相手方の主張は採用できない。
相手方は、婚姻期間中に未成年者らを監護養育してきたし、監護能力もあると主張する。
しかし、前記認定判断のとおり、相手方が未成年者らを一定程度監護養育したとしても、その監護の安定性は抗告人の方が勝るし、監護補助者が見当たらない点で監護能力も抗告人が勝っているといわざるを得ない。
以上のとおり、本件のように離婚後の事情の変更がないケースであっても、親権者の変更は認められ得る、ということになります。
(3)親権者変更において重視される事項
同決定においては、親権者変更の考慮要素(変更を認めた決め手)として、①子どもの現在の監護状況、②婚姻生活中の夫婦の監護状況(食事の世話や入浴・就寝、子どもの通園状況)、③保育園への行事の参加状況(監護意欲)、保育料の支払い状況、④監護補助者(子どもの世話を助けてくれる人)、⑤もともとの親権者を決める際の協議の内容や経緯、⑥両当事者(夫婦)の生活(不貞の有無等)を挙げています。そのうえで、子どもが小さい(5歳と4歳)ために母性が求められるうえ、元の親権者である母親の就労が決まったという事情があっても、親権者の変更を認めるべき、と判断しました。
上記①から⑥のいかなる要素が特に重視されたかについては不明ですが、他の親権者の変更を認めた裁判例等からすると、特に①子どもの現在の監護状況が大きな考慮要素になっているようです。つまり、現在の監護状況に問題がなければ、その安定を図るため、実態に親権者を合致させる、という考え方です。
ただし、例えば名古屋高決昭和50年3月7日家庭裁判月報28巻1号68頁は、協議離婚時に父親が親権者となり、監護養育を続けていた事案において、「相手方に引取られて昭和四九年五月一一以降今日まで、平穏無事に成育している現状にあり、特に不都合とする点もないにかかわらず、今にわかにその生活環境を変えることは、本人のために好ましいことではない」としながら「しかし、これとても不可変更的のものではあり得ず、本件にあつては、全く新たな環境に移るのではなく、本人もかつて一年有余暮した母と兄が待つ家庭に入るのであつて、現に抗告人が幼稚園に本人を在籍させているなど物心両面にわたる迎入れの態勢を整えている点に徴すれば、環境の変更自体、多少の弊害が予想されるにしても、それは最少限度に止められるのであり、前段説示の諸事情に照らすときは、引き続き相手方のもとにおくよりは、なお本人の幸福に資することになると考えられる」として母親への親権者変更を認めました。したがって、必ずしも現在の監護状況がそのまま維持されるとは限らない、というところに注意が必要です。
この決定は、両親の監護の意欲や経済状況等について差異はないとしながらも、①母親の愛情と配慮のもとでの監護教育が可能であること、②兄妹での生活があること、③接触する時間が長いことを重視しているようです。上記のとおり「母親の愛情」(母性優先の原則)があまり重視されない(という建前がある)近年においては、どこまで参考にすることができるか難しいところですが、単に現在(親権者変更の申立て時)における監護の継続(による環境の安定)だけが基準ではない、ということは明白です。
3 本件における親権者変更の可否
以上を踏まえて、本件について説明します。
上記のとおり、親権者変更の手続きにおいては、話し合いだけでは完結せず、調停の申し立ては必須です。ただし、調停においても両当事者の意見は当然参考にされるため、例えば既に相手方(「元妻」)が親権者の変更に同意し、協力してくれる可能性が高い、というような状況であれば、調停の前に協議して固めておく、ということもあり得るところです。とはいえ、調停にはある程度の時間もかかるため、本件のように、合意形成が困難な(少なくともある程度の時間がかかる)場合には、やはり話し合いに時間をかけず、早々に調停の申し立てに移行する、ということが求められます。
また、調停において、重要であるのは、調査官の調査(と調査前の主張)です。調査官の調査は、家庭訪問等の多岐に及びますが、調査のポイントは上で挙げている親権者の考慮要素です。特に子どもと暮らす場合の生活スタイルを想定しておくことや監護を手伝ってくれる人(監護補助者)の用意等、監護に向けた環境の調整を十分にする必要があります(そういった姿勢が監護意欲の認定にもつながります)。
加えて、本件においては、既にあなたの両親が監護しているため、親権者になっても監護が(ある程度)継続する、というメリットがあります。上記のとおり、監護の継続は裁判所も重視する(傾向)があるため、この点は強調する必要があります。その場合、現在の監護によって子の利益は十分確保されている(子の福祉、という観点から何ら問題は無い)というところまで示しておくべきです。
いずれにしても、本件は調停(ひいては審判)という法的な手続きを前提としますし、主張するべき内容も事案によって多岐にわたる上、調停委員や調査官、裁判官の心証を踏まえた対応が必要になってきますので、弁護士に相談することをお勧めします。
以上