【刑事 振り込め詐欺事案での保釈と弁護活動 保釈の可能性と条件 示談の必要性】
質問:私の息子が振り込め詐欺に関与していたとして逮捕,起訴されました。警察の方に聞いたところ,高齢者から振り込まれたお金をATMから引き出す,「出し子」を担当していたとのことです。
息子には,国選の弁護士の方が付いていますが,「振り込め詐欺は実刑だから覚悟して下さい」とだけ言われています。しかし,インターネットで保釈という手続により,裁判の間釈放してもらうことができると知りました。弁護士に,この保釈の手続を依頼することは可能でしょうか。また,息子を刑務所に行かせない方法は無いのでしょうか。
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回答:
1 保釈とは,検察官に起訴された後,実際に刑事裁判の審理が行われる間,勾留されている被告人に対して,一定の条件を付けて身柄を釈放することを認める制度です。
保釈が認められれば,少なくとも裁判が行われている間は,自宅等で通常の生活を行うことも可能です。
2 詐欺事件のような法定刑が重い犯罪である場合,特に集団で行われる振り込め詐欺のような特殊詐欺事案については実刑となる可能性も相当程度存在する為,示談が成立する等の事情が無い限り,保釈が認められ辛いのが実務の現状です。
しかし,犯行への関与が限定的であり,被告人が罪を全て認めている場合,その反省の情等を詳細に証拠し化,主張することで,保釈を得ることは十分可能です。一度保釈請求が却下された事例でも,適切な主張を再構成することで保釈が認められるケースは多く存在します。どのような証拠を準備すれば良いかは,保釈の経験が豊富な弁護士に直ちに相談すべきでしょう。事例集1533番等もご参照ください。
3 判決については,特殊詐欺事案の場合,犯行への関与の度合いにもよりますが,最終的には実刑となるケースが非常に多いといえます。
もっとも,起訴されている被害者全員との間で示談が成立すれば,余罪があったとしても執行猶予が付されることもございます。また,執行猶予に至らずとも,相当な刑の減免は期待できます。
この種の事例は,被害感情が強く,また共犯者間の協力も必要となる場面が多い為,示談が難航するケースも多いです。経験のある弁護士に示談を依頼することをお勧め致します。
解説:
1 保釈について
? 保釈の手続について
まず,保釈の制度について簡単に説明致します。
保釈とは,罪を犯して勾留されている人に対して,検察官に起訴された後,実際に刑事裁判の審理が行われる間,住居の制限等の一定の条件のもとに,身柄を釈放することを認める制度です。
保釈は,起訴された後であれば,いつでも裁判所に請求することができます。
保釈を許可するか判断をするのは,裁判官です。事件の第1回公判期日が行われる前は,事件を担当しない裁判官が判断しますが,第1回公判期日の後は,実際に公判を担当した裁判官が判断します。
裁判官は,保釈の可否について決定する為には,検察官の意見も聞かなければなりませんので(刑訴法92条),保釈の請求をしてから,裁判官の判断結果が出るまでの間には,多少日数がかかります。弁護士が保釈請求を行う場合,その間に裁判官と面談を行い,具体的な事情について裁判官に直接説明することもあります。保釈を特に急ぐ場合には,事前に検察官に保釈請求する予定である旨を予告し,裁判官への意見を迅速に出すように要請しておくこともできます。
保釈が許された場合,裁判所は,被告人の出頭を確保するのに十分な金額の保釈保証金を定める必要があり(刑訴法93条),通常は,その保釈保証金を裁判所に収めた段階で,被告人の身柄が釈放されます。
保釈保証金の金額は事情によって様々ですが,通常ですと150万円〜500万円の間程度の金額が多いと言えます。
保釈には,住所の限定や旅行の制限等の条件が付されるのが通常であり,(同条3項),その条件に違反した場合には,保釈保証金が没取されてしまう場合があります(刑訴法96条)。保釈の条件に違反することがなければ,保釈保証金は,裁判終了後に全額返金されます。
? 保釈の要件について
保釈には,大きく分けて2つの種類があります。
ア 1つは,権利保釈(必要的保釈)と呼ばれるものです。
裁判所は,一定の除外事由が無い場合には,保釈を許可しなければならないとされています(刑訴法89条)。除外事由とされているのは,短期一年以上の懲役に当たる罪を犯した場合や,氏名又は住居が不明な場合等の6項目ですが,実務上問題となるのは,
「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。(4号)」
「被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。(5号)」
の2項目です。
その為,保釈を請求する際には,当該2項目について,特に重点的に非該当であることを主張する必要があります。
イ もう1つは,裁量保釈(職権保釈)と呼ばれるものです。
上記の権利保釈の除外事由に該当する場合でも,裁判所が保釈を適当と認める場合には,保釈が認められる場合があります(刑訴法90条)。
「保釈が適当な場合」とは,保釈が特に必要な場合等が該当しますが,裁判官の判断の要素は様々ですが,事案の軽重(実刑判決となる見込み),事案の性質等の犯情,被告人の経歴・職業,前科前歴,家族関係,審理の進行の度合い等が主な要素として挙げられます。
実際上は,ア,イ両方の面から保釈を請求することになりますので,上記の権利保釈除外事由の非該当性と併せて,これらの要素についても,保釈の必要性として詳細に説明する必要があります。
以下では,保釈が認められる為の具体的な主張の方策について説明します。
2 保釈を認めてもらう具体的な方策
詐欺(電子計算機使用詐欺)事件のような法定刑が重い犯罪である場合,確かに実刑となる可能性も相当程度存在する為,示談が成立する等の事情が無い限り,保釈が認められ辛いのが実務の現状です。
しかし,被告人が罪を全て認めていれば,その反省の情や早期釈放を必要とする事情を詳細に主張することで,早期の保釈を得ることが可能です。その際には,十分な示談金・保釈金の準備や誓約書等の裏付けの証拠を豊富に準備する必要があります。証拠は,裁判官や検察官の重視する法的なポイントに沿って準備することが必要ですが,以下で具体的な活動について検討します。
? 保釈罪証隠滅のおそれの払拭
保釈においてもっとも重要視されるのが,被告人が保釈中に証拠隠滅をする危険が存在するか否かという点です。そのため,この点については,多くの資料を準備し,重点を置いて主張する必要があります。
その方策としては,被告人自らが,公判廷においても罪を認めるとの誓約書を作成して提出する方法が考えられます。単なる自白の供述調書のみしかない場合,公判において否認した場合に供述の任意性が問題となる余地が生じますが,被告人が自主的に罪を認める誓約書を作成したとなると,任意性が問題となる余地も無いため,その自白は真意に基づく自白と認められます。そのような真摯な自白をしている被告人については,敢えて罪証隠滅行為を犯す可能性は小さいと認められるため,保釈される可能性が大きく上昇します。
また,本件のような特殊詐欺事件の場合,犯行が組織的に行われていることも多いですが,被告人が,共犯者や犯行の具体的な方法について口を噤んでいる場合には,保釈が認められ難いことも考えられます。必要に応じて,これらの点についても積極的に供述していることを裁判官に主張すべきでしょう。
もし,逮捕当初に罪を否認していた等の事情がある場合には,なぜ自白に転じたのかという理由を詳細に記載し,今後再度否認に転じる事が無い旨を明確に説明する必要があるでしょう。
? 被害者威迫の可能性の排除
既に起訴されている犯罪の場合,連絡用の携帯電話や,詐欺の記録等の客観的な物証は,既に捜査機関に押収されている場合がほとんどです。
その為,隠滅の対象として主に重視されるのが,被害者や第三者等の目撃証言です。裁判所や検察官は,示談が成立していない場合,被告人が釈放された後被害者等に接近して脅迫し,供述を隠滅する危険を考慮するため,この点をケアする必要があります。
ここで重要なものが,不接近誓約書及び示談金の預かり証です。不接近誓約書とは,その名の通り被害者に二度と接近しない旨の誓約書です。単なる誓約のみですと何の信ぴょう性もありませんので,誓約書には,違反した場合高額な違約金(100万円〜1000万円)を支払う旨の重い制約を課すべきです。可能であれば,家族・親戚等に違約金の支払を保証してもらうことにより,より誓約書の効果が高まります。
示談金の預かり証は,被害者の方に支払う示談金を準備し,弁護士が預かっていることの証明書です。依頼している弁護士に頼めば必ず発行してもらえるはずです。単に被告人が示談金を準備したのみでは,それが本当に被害者の為の金銭なのかが定かでありません,しかし,弁護士が手もとに示談金を預かっていれば,被害者の方の希望があれば直ちに示談金を渡すことがきますので,被告人の示談の意思がより明確になります。示談の準備をしながら被害者を脅迫する被告人はまずおりませんので,この預かり証によっても証拠隠滅のおそれが大きく減退します。
? 共犯者との接触の禁止
本件のような特殊詐欺の事案ですと,共犯者との口裏合わせをする危険も,互いの供述証拠の隠滅として,保釈不許可の一つの理由となってしまいます。
この場合は,共犯者に弁護人がついているのであれば,互いに共犯者とは一切接触しない旨の誓約書を書いてもらうことも打診してみることはできます。
? 逃亡阻止の措置の確保
保釈の際の基本的な事項として,逃亡の恐れがある場合保釈は認められません。詐欺罪のように,実刑判決も見込まれる事案の場合は,刑務所行きの恐怖から逃亡するのではないかとして,逃亡のおそれが認められてしまう危険があります。
これを払拭する為には,家族が身元引受人となるのは当然ですが,可能であれば弁護人にも保証書を作成してもらい,逃亡の恐れを抹消すべきです。弁護人という社会的責任を有する立場の第三者が身元を保証することで,保釈した場合の安心感を裁判官に与えることが出来ます。
また,逃亡の危険を回避するためには,会社員としての身分を保持していることは重要です。従って会社に事件が発覚している場合でも,懲戒免職を避けられるよう,弁護士に交渉を頼んだ方が良いでしょう。
しかし一方で,会社を自主的に退職することで,被告人のより深い反省を示すという考えもあります。会社を退職するか否かは,被告人自身で自己の責任を考慮し決定していただくことになりますが,自主退職がどれだけ刑事裁判上考慮されうる事案か否かについて,弁護人に相談した上で対応を検討すべきです。
? その他保釈が必要な事情の主張
裁量保釈の場合,単に逃亡や罪証隠滅のおそれが小さいだけでは,保釈を認めるのに十分ではありません。敢えて被告人を保釈するだけの必要性が存在することを主張する必要があります。
典型的な例が,被告人が,会社の社長等の代替不可能な職務についており,被告人の勾留が続くと会社経営に大きな悪影響が及ぶ場合です。この場合,勾留によって会社の従業員等第三者にまで不利益が波及するおそれがあるため,保釈を認める必要性が大きいと言えます。
このような必要性の主張は,裁判所への伝え方,証拠書面の作成の仕方によって,大きく印象が異なります。必要性の存在を裁判所に迫真性をもって訴えかけるためには,類似事案の経験のある弁護士に依頼した方が良いでしょう。
? 保釈の時期について
保釈の請求には,特に回数制限はありません。その為,一度却下されてしまった場合でも,事情の変更があれば,再度保釈請求をすることもできます。
特に,公判が進み,被告人が公判廷で罪を認める供述をした,検察官による証拠調べが終わった,等の事情が生じれば,保釈請求が認められる可能性は大いに高まります。
弁護人とも協議しながら,粘り強く保釈請求が認められるように行動を起こすと良いでしょう。
? 小括
上記のような活動を全て行うことにより,特殊詐欺のような重い事案の場合でも,保釈が認められる場合があります。保釈の裁判は,刑事裁判と比較して短い時間で審理がなされるため,わかりやすい証拠を迅速に準備して裁判官に提供する必要があります。そのため,じっくり活動できる刑事の本裁判と比較しても,主張方法によって結論が大きく変わります。
3 執行猶予を得る方策
なお,本件は特殊詐欺と呼ばれる類型の事件です。罪名としては,詐欺罪(刑法246条)又は電子計算機使用詐欺(刑法246条の2)により起訴されていると推測されますが,いずれにせよ,実刑の可能性が非常に高いと言えます。
もっとも,特殊詐欺の事案であっても,犯行の主犯格では無く,単に首謀者から使役されていただけの「出し子」であれば,裁判の結果として執行猶予が付される可能性はあります。
ただし,その為には,起訴されている事件について,被害者全員に対して被害弁償を行い,示談を成立させることがほぼ必須となります。
本件のような場合,息子さんが事件で得ていた金額は,実際の被害金の一部だとは思いますが,執行猶予を目標にするのであれば,原則,被害金額全額を賠償するように努めた方が良いでしょう。勿論,他の共犯者と協力してお金を出し合い,被害弁償を行うということも考えられますが,最終的な量刑の判断の際は,各被告人がどれだけお金を拠出したかという点も判断の考慮要素となる為,可能な限り,自ら多くの金銭を拠出するよう努めた方が良いでしょう。
仮に執行猶予が付されなかった場合でも,ある程度の被害弁償を行っていれば,相当程度の刑の減免は期待できます。実際に全く同じ立場で犯行を行っていた共犯者間であっても,被害弁償の金額によっては,刑期に数か月〜数年の差異が生じる場合もございます。
どこまで被害弁償金を拠出すべきかは,その他の犯行の悪質性も考慮して執行猶予の可能性も判断しつつ検討する必要はありますが,裁判官としても,被害弁償については行えばその分の評価はするのが通常です(被害弁償を推奨する政策的考慮もあるように思います)。
弁護士とよく相談しながら,息子さんの将来も見据えて最大限の方策を尽くして下さい。
なお,当然,被害弁償は,被害者に受理してもらうことができなければ意味がありません。特殊詐欺事件の被害者は,「騙された」ということで被害感情が強い方も多く,示談は難航するケースがほとんどです。また,場合によっては,被害者の方の理解力が乏しい場合も一定程度ございますので,示談の際には示談の趣旨(受け取った場合に被告人の刑が軽くなる可能性があること)を良く説明しないと,後に検察官から示談成立について否定(証拠に同意しない)ということもあり得ます。
その為,被害者の家族伴って示談をする等,注意と工夫が必要です。
いずれにせよ,経験のある弁護士に良く相談して依頼することをお勧め致します。
4 まとめ
振り込め詐欺の事案は,社会的な影響も大きいことから,処罰が非常に重くなる傾向にあります。
ただし,適切な弁護活動を行えば,早期の保釈や執行猶予を得ることも十分可能です。
弁護士に良く相談し,最善の弁護活動を尽くして貰って下さい。
《参照条文》
【刑法】
(詐欺)
第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
(電子計算機使用詐欺)
第二百四十六条の二 前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。
【刑事訴訟法】
第八十九条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。
一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
三 被告人が常習として長期三年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
第九十条 裁判所は、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。
第九十二条 裁判所は、保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定をするには、検察官の意見を聴かなければならない。
○2 検察官の請求による場合を除いて、勾留を取り消す決定をするときも、前項と同様である。但し、急速を要する場合は、この限りでない。
第九十三条 保釈を許す場合には、保証金額を定めなければならない。
○2 保証金額は、犯罪の性質及び情状、証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない。
○3 保釈を許す場合には、被告人の住居を制限しその他適当と認める条件を附することができる。
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