新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1764、2017/08/29 09:45 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【労働 能力不足を理由とする解雇 東京地裁平成11年10月15日決定、東京地方裁判所平成6年11月10日民事第一一部決定 、東京地方裁判所平成15年12月22日民事第11部判決】

能力不足を理由とする解雇


質問:
 私は出版社で雑誌の記事を書く仕事をしております。前職も同業の仕事をしており,大学卒業後2年間前の会社で働いた後,現在の会社にスカウトされ,社会人3年目を迎えております。
 ところが先日,上司と人事部の人に個別に呼ばれ,私の執筆する記事が稚拙であるから,来月末で解雇する,と言われてしまいました。
 就業規則には,解雇事由の一つとして,「勤務意欲が低く,勤務成績,勤務態度その他の業務能率全般が不良で職務に適さないと認められるとき」との記載があります。しかし,私の書いた記事が,周りのライターと比較して特別に稚拙であるとはいえないように思います。
 私は,普段から上司とそりが合わず,上司は私のことが嫌いなのだと思います。そうでなければ,いきなり解雇などと言い出すわけがないのです。私は今後どうなってしまうのでしょうか。辞めなければならないのでしょうか。



回答:
1 一般的に,能力不足を理由に解雇を行うことができる場合は,非常に限られています。具体的には,企業経営に現に支障が生じあるいは損害が生ずるおそれがある場合など,著しい能力不足であることが客観的に認められる場合に限って解雇が認められるものといえます。また,能力や適性に問題がある場合でも,いきなり解雇するのではなく,教育訓練や本人の能力に見合った配置(配置転換)をするなどの解雇回避の措置を尽くすことが必要とされており,そういった対策を試みないままいきなり行われた解雇は無効と考えられています。
 ただし,地位が特定された幹部職員,職種・職務が特定された専門職等,労働者が有する能力,経歴,経験に着目して労働契約を締結したような場合は,当該労働者が期待された能力・技能を発揮できなければ,一般の労働者以上に解雇が認められやすくなります。また,この場合,教育訓練や配置転換等の回避措置を採るべき必要性も低くなってきます。

2 あなたは現在の職場にスカウトされて入社したということですが,特別な役職に就くことを前提に採用されたり,高度な能力や経験を期待されて採用されたような事情がない限り,一般の労働者と同様,解雇できる場合は限定的に解釈されるべきです。

3 仮にあなたの書いた記事の内容が,そのままでは公に出せないレベルのものであったとしても,どの点が不十分であるのか,またどのように注意して執筆を行えば改善するのか,といった観点から上司が適切に教育,指導することで,記事の内容が十分に改善される可能性があります。また,ライター職ではない事務職や営業職,さらには同じライター職でも異なる媒体で実力を発揮できる可能性がないかという検討(配置転換の検討)もされなければなりません。

  会社の方で以上のような努力をしても尚,あなたに改善の余地が全くなく,このまま採用していては会社に重大な不利益が発生し続けてしまう,というような事態になって初めて,解雇は認められるのです。

  このような深刻な能力不足のケースは稀であって,解雇が認められる場合は極めて限定的であるということがわかると思います。

4 しかし,全ての会社がそのようなバランス感覚を持ち合わせているわけではありません。客観的に解雇が認められないような事案でも,実際に解雇を通告され,会社に出入り出来なくなってしまえば,労働者は困ってしまいます。

  そこで今後の対応が問題となりますが, 詳細は解説をご参照ください。

  本件では,解雇を通告されたとしても,十分に解雇の無効が認められる可能性があります。しかし,ご自身で会社と闘うのは精神的にお辛い部分もございますので,早期段階から弁護士に対応を委任してしまうのも一つの手かと思います。

5 関連事例集1410番参照。


解説:

第1 解雇権濫用法理

   使用者からの一方的意思表示による雇用契約の終了を「解雇」といいます。

   労働契約法第16条は,「解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には,その権利を濫用したものとして,無効とする。」と規定しています。

   この条項は,判例の積み重ねによって構築された「解雇権濫用の法理」が,平成15年に労働基準法第18条の2として法制化され,その後,平成20年3月から労働契約法第16条に移されたものです。いずれの条項も当事者間の特約によって排除することができない強行法規です。すなわち,労働契約法第16条に違反する内容の合意をしても,その合意は無効です。

   どのような場合に客観的合理性,社会通念上の相当性を欠くことになるのかについては,解雇理由ごとに個別具体的に考えざるを得ず,類似の事案の裁判例が指針になるでしょう。

   以下では,本件で問題となる,能力不足を理由とする解雇について言及いたします。

第2 能力不足を理由とする解雇の可否

 1 原則

  ? 能力不足や勤務成績の不良を理由とする解雇が有効とされるのは,不良の程度が著しい場合に限られます。また,人事考査等が相対評価とされている場合,相対評価が低い者は必ず生まれることになるため,単に相対評価が低いというだけでは,解雇事由に該当しません。

    この点,参考判例@のセガ・エンタープライゼス事件決定(東京地決平成11年10月15日)も,就業規則上の「労働能率が劣り,向上の見込みがない」といえるためには,「平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり,著しく労働能率が劣り,しかも向上の見込みがないときでなければならないというべき」としています。

  ? さらに,能力や適性に問題がある場合でも,いきなり解雇するのではなく,教育訓練や本人の能力に見合った配置(配置転換)をするなどの解雇回避の措置を尽くすことが必要とされており,そういった対策を試みないままいきなり行われた解雇は無効と考えられています。

    この点に関し,上記参考判例@は,「債務者としては,債権者に対し,さらに体系的な教育,指導を実施することによって,その労働能率の向上を図る余地もあるというべき」と認定し,解雇を無効と判断しています。

    他方で,参考判例Aの三井リース事件(東京地決平成6年11月10日)では,既に何度か配置転換を行ったものの,法務担当者としての能力,適性に欠けることに変わりなかった点を捉えて,「債権者をさらに他の部署に配置転換して業務に従事させることはもはやできない,との債務者の判断もやむを得ないものと認められる。」とした上で,解雇を有効と判断しています。

    裁判例をみると,解雇の回避に向けた行動をいかに尽くしたかが判断の分かれ目になっていることがわかります。

 2 例外

   上記原則とは別に,特定のポストや職務のために上級管理職などとして中途採用され,賃金等の労働条件において優遇されている場合には,勤務成績の不良の程度は,労働契約で合意された能力,地位に相応しいものであったか否かの観点から緩やかに判断されるのが実務上の考え方です。また,この場合,教育訓練や配置転換も基本的には問題とされません。

   この点,参考判例Bの日水コン事件判決(東京地判平成15年12月22日)は,「原告は,被告からコンピューター技術者としての豊富な経験と高度の技術能力を有することを前提に,被告の会計システムの運用・開発の即戦力となり,就中,将来は当該部門を背負って立つことをも期待されて,SEとして中途採用されたにもかかわらず,約8年間の同部門在籍中,日常業務に満足に従事できないばかりか,特に命じられた業務についても期待された結果を出せなかった」などと認定し,解雇を有効と判断しています。新卒者と比べて,解雇の有効性は緩やかに判断されていることがわかります。

 3 本件について

   本件では,たしかにスカウトされて入社したという事情はあるものの,管理職として高待遇で雇われたというような事情もないことから,通常どおり,解雇の有効性は厳しく判断されるべきといえます。

   一般的にみて,記事の出来が良いか悪いかということ自体,多分に主観的判断を伴うものであることから,容易に判断できるものではないと考えられます。会社側で,能力不足の事実を立証するのは相当困難ということができるでしょう。

   また,仮にあなたの書いた記事の内容が,そのままでは公に出せないレベルのものであったとしても,どの点が不十分であるのか,またどのように注意して執筆を行えば改善するのか,といった観点から上司が適切に教育,指導することで,記事の内容が十分に改善される可能性があります。また,ライター職ではない事務職や営業職,さらには同じライター職でも異なる媒体で実力を発揮できる可能性がないかという検討(配置転換の検討)もされなければなりません。

   いずれにせよ,見通しとしては,解雇の無効が比較的容易に認められるべき事案ということができそうです。

第3 解雇に対する対応

 1 退職勧奨を受けたら

   退職勧奨に応じる義務は全くありませんので,退職する気がないのであれば,一切応じるべきでありません。会社側が退職勧奨をし始めると,退職に上手く追い込むよう,嫌がらせをしてくることがよくあります。その際は,将来裁判となった際に証拠を提示できるよう,逐一その日の出来事をノートに記し,可能であれば録音等の客観的証拠も揃えておくと良いでしょう。

 2 解雇理由書,就業規則等の交付要求

   実際に解雇を通告されてしまった場合,まずは退職理由書の交付を求めるべきです。会社は,将来裁判手続きに進んだ際に,当初とは異なる解雇理由を述べてきたりする可能性がありますので,解雇の具体的理由(就業規則のどの条項に該当するのか,またそれを基礎付ける具体的事実は何か)を最初から書面で明らかにしてもらうことが肝要です。

   そのことにより,労働者側の防御対象が固定され,不意打ちを受けなくて済むようになります。

 3 会社に対する意思の表明

   会社から通告された解雇について納得できない場合,まずはその旨を会社に書面で通知し,記録に残しておくと良いでしょう。具体的には,解雇に理由がないと考えていること,会社の方で解雇を撤回するよう要求することを記載した書面を送付することになります。

   実際には,会社がそれで方針を変えることは稀ですが,後々の裁判手続のことを考えると,当初より一貫して解雇を争う意思があったことを証拠として残しておくことに意味があります。

 4 裁判手続き

  ? 裁判手続きの種類

    会社が解雇を撤回する見込みがない場合は,裁判手続きを検討することになります。裁判手続きには,労働審判,訴訟(本訴),仮処分が用意されています。

   ア 労働審判

   労働審判手続は,当事者に加え,1名の審判官(裁判官)と,2名の専門的な労働関係の経験を有する労働審判委員で構成される労働審判委員会が手続を行うことになります。当事者間の合意によって成立する調停による解決を試み,調停が成立しないときは,事案の実情に即した解決をするために必要な審判(労働審判)をします。労働審判に対して,当事者による異議の申立てがあれば,労働審判はその効力を失い,労働審判申し立て時に訴訟提起がされたものとみなされます。

   労働審判の特徴は,@原則として最大3回で完結する手続であること,A手続の内容は口頭によるやり取りをベースとする手続であること,B話し合いを目的とする手続であることなどが挙げられます。

   このような特徴から,労働審判は,少ない期日で話し合いによる解決が可能であるような事件,すなわち,具体的な事実について争いがなく,判決手続のような証拠調べを行う必要性がそれほど高くないため,労働審判委員会がその法的評価を示すことによって当事者の話し合いによる解決する見込みのある事件に用いることが適切であると考えられます。

   イ 労働訴訟

   労働関係の紛争について裁判所に訴えを提起し,裁判の手続によって問題の解決を図るものです。本件のような解雇の事件では,労働契約上の権利を有する地位の確認の訴えを行い,現在においても労働者としての地位にあることを確認することで,懲戒解雇の有効性を争うことになります。また,併せて,賃金支払請求の訴えも併合提起することになります。

   労働訴訟により争うことが適切な事件とは,逆にいえば,労働審判によって解決することが難しいような事件であるといえます。たとえば,使用者と労働者との間で複数の紛争が存在している場合,争点が複雑かつ困難な場合や専門的な場合,労働時間等の具体的事実に争いがある場合等は,労働審判での解決が困難であり,労働訴訟により争うことが適切であると考えられます。

   また,一般的には労働審判による解決が適切と思われる事例であっても,たとえば,解雇事件で労働者が現職復帰に強くこだわっているのに,使用者側がこれを受け入れる見通しがない場合等,使用者側が話し合いによる柔軟な解決をまったく考えていないような場合には,労働訴訟による解決に頼るほかないと考えられます。

   ウ 仮地位仮処分

   仮地位仮処分は,保全処分の一類型であり,本訴訟を提起する前提として行うものなので,上記2つの手段とは趣を異にします。本件においても,以下のB,Cにあるような労働訴訟を提起することを前提として行うこととなります。

   この仮地位仮処分は,労働訴訟の結論を待てないような切迫した状態にある場合等に用いられるものです。たとえば,金銭的に切迫した状況にある場合には,懲戒解雇が無効なものであることを前提に,賃金の支払いを継続してもらわなければなりません。そのような場合,労働契約法上の権利を有する地位を仮に定める「地位保全仮処分」と賃金の仮払いを求める「賃金仮払い仮処分」の双方を同時に申し立てて救済を図るべきであると考えられます。

   仮処分の申立てを行った後は,イで説明した本訴訟を提起することになります。なお,本訴訟を提起しなかった場合,上記二つの仮処分の申立ては,効力を失うことになってしまいます。

   さらに,仮地位仮処分は,上述のように,切迫した状態にあるときにのみ認められるもので,「保全の必要性」という要件を充たす必要があります。たとえば,金銭面で逼迫した状況にあることのほか,住み込みなどによる住宅の確保の必要性,精神的苦痛の継続,職場復帰の困難,特殊な職種で就労できないことによる専門的技術の低下等を具体的に主張していく必要があります。

   もっとも,本手続も,結論が出るまでの期間につき,3か月ないし6か月を要するのが現実のようであり,使用者側が話し合いに応じる姿勢があるのであれば,3か月以内で終了することが多い労働審判による解決を図った方がよいと思われます。

   ? 本件について

   本件において,あなたがどのような解決方法を希望するかによって,選択する裁判手続きも変わってきます。

   復職は希望しないということであれば,労働審判の中で金銭回収を図るのが現実的ですし,必ず復職したいということであれば,仮処分の申立てと訴訟提起を検討することになるでしょう。

第4 まとめ

   以上述べてきたとおり,本件は解雇が有効とされる可能性が低い事案といえます。しかし,実際に会社との交渉や裁判手続をご自身で行うのは精神的に辛い側面があるのも事実です。一度弁護士に相談されると良いでしょう。

以上



【参照条文】
○労働契約法
(解雇)
第十六条  解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。



【参考判例】
@地位保全等仮処分命令申立事件(セガ・エンタープライゼス事件)
東京地裁平11(ヨ)二一〇五五号
平成一一年一〇月一五日決定

 ただ、右のように、債権者が、債務者の従業員として、平均的な水準に達していなかったからといって、直ちに本件解雇が有効となるわけではない。
 債務者は、就業規則一九条一項二号「労働能率が劣り、向上の見込みがない」に該当するとして、本件解雇を行っているので、債権者の業務遂行がこれに該当するかどうかについて検討されなければならない(なお、債権者は、このようなあいまいな基準で従業員を解雇することは許されない旨主張するが、本来解雇は自由であり、それが権利の濫用に当たる場合には、解雇が許されないものであると解するのが相当であるところ、こうした観点から考慮すれば、就業規則一九条一項二号の解雇事由も、債務者が従業員を解雇し得る場合を制限する規定であることは明らかであり、必ずしもあいまいであるとはいえず、債権者の主張は採用できない。)。
 そこで、就業規則一九条一項各号に規定する解雇事由をみると、「精神又は身体の障害により業務に堪えないとき」、「会社の経営上やむを得ない事由があるとき」など極めて限定的な場合に限られており、そのことからすれば、二号についても、右の事由に匹敵するような場合に限って解雇が有効となると解するのが相当であり、二号に該当するといえるためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならないというべきである。
 債権者について、検討するに、確かにすでに認定したとおり、平均的な水準に達しているとはいえないし、債務者の従業員の中で下位一〇パーセント未満の考課順位ではある。しかし、すでに述べたように右人事考課は、相対評価であって、絶対評価ではないことからすると、そのことから直ちに労働能率が著しく劣り、向上の見込みがないとまでいうことはできない。債務者は、債権者に退職を勧告したのと同時期に、やはり考課順位の低かった者の中から債権者を除き五五名に対し退職勧告をし、五五名はこれに応じている(前記一4(三))。このように相対評価を前提として、一定割合の従業員に対する退職勧告を毎年繰り返すとすれば、債務者の従業員の水準が全体として向上することは明らかであるものの、相対的に一〇パーセント未満の下位の考課順位に属する者がいなくなることはありえないのである。したがって、従業員全体の水準が向上しても、債務者は、毎年一定割合の従業員を解雇することが可能となる。しかし、就業規則一九条一項二号にいう「労働能率が劣り、向上の見込みがない」というのは、右のような相対評価を前提とするものと解するのは相当でない。すでに述べたように、他の解雇事由との比較においても、右解雇事由は、極めて限定的に解されなければならないのであって、常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできないからである。
 債務者提出にかかる各陳述書(〈証拠略〉)には、債権者にはやる気がない、積極性がない、意欲がない、あるいは自己中心的である、協調性がない、反抗的な態度である、融通が利かないといった記載がしばしば見受けられるが、これらを裏付ける具体的な事実の指摘はなく、こうした記載は直ちに採用することはできない。
 また、学卒者の研修における業務遂行が的確ではなかったために人材開発部人材教育課から異動させられたり、企画制作部(ママ)制作一課においては、海外の外注管理を担当するだけの英語力がなかったり、国内の外注先から苦情を受けるなど対応が適切でなかった事実はあるものの、企画制作部(ママ)製作一課に所属当時、エルダー社員に指名されたこともあり(前記一2(三)、なお、債務者は、他の従業員が多忙であり、債権者には、大した担当業務もなかったことから指名されたにすぎず、債権者の能力とは関係ない旨の主張をするが、新入社員の指導は、債務者にとっても重要な事項であることは容易に推測できるところ、労働能力が著しく劣り、向上の見込みもないような従業員にこうした業務を担当させることは、通常考えられず、債務者の主張は採用できない。)、平成四年七月一日に開発業務部国内業務課に配属されて以降、債権者は、一貫してアルバイト従業員の雇用管理に従事してきており、ホームページを作成するなどアルバイトの包括的な指導、教育等に取り組む姿勢も一応見せている。
 これらのことからすると、債務者としては、債権者に対し、さらに体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり(実際には、債権者の試験結果が平均点前後であった技術教育を除いては、このような教育、指導が行われた形跡はない。)、いまだ「労働能率が劣り、向上の見込みがない」ときに該当するとはいえない。
 なお、債務者は、雇用関係を維持すべく努力したが、債権者を受入れる部署がなかった旨の主張もするが、債権者が面接を受けた部署への異動が実現しなかった主たる理由は債権者に意欲が感じられない(前記一4(一))といった抽象的なものであることからすれば、債務者が雇用関係を維持するための努力をしたものと評価するのは困難である。
 したがって、本件解雇は、権利の濫用に該当し、無効である。」



A地位保全仮処分申立事件(三井リース事件)
東京地方裁判所平成六年(ヨ)第二一一七〇号
平成六年一一月一〇日民事第一一部決定
二 右疎明事実によれば、債権者には就業規則二五条三号に該当する解雇事由が認められるというべきである。
 債権者は、配置転換することにより活用の余地が十分にあるのであるから、これをせずに債務者が債権者を解雇したのは許されないと主張するけれども、前記のとおり、債務者は、債権者と雇用契約を締結して以降、国際営業部、海外プロジェクト部及び国際審査部に順次配置転換し、担当業務に関する債権者の能力・適性等を判断してきたものであり、特に国際審査部においては、債権者が国内法務の業務を希望したことから、債権者の法務能力及び適性を調査するため、約三か月間、日常業務を免除し、法務実務に関する研修等の機会までも与えたものの、その結果は法務担当者としての能力、適性に欠けるばかりでなく、業務遂行に対する基本的姿勢に問題があると評価されたことから、債権者をさらに他の部署に配置転換して業務に従事させることはもはやできない、との債務者の判断もやむを得ないものと認められる。
 また、債権者は、自分がこれまでの部署で十分に適応できなかったのは、債務者が職場環境の整備を怠ったこと、特に債権者に対する同僚の村八分行為や嫌がらせとそれに対する上司の不適切な対応に起因する職場不適応によるものであると主張するけれども、仮に債権者に対する同僚の村八分行為や嫌がらせの事実があったとしても、前記のとおりそのもともとの原因は債権者自身の言動等にあるものと認められるうえ、そのような事実と債権者の業務に関する能力欠如との間に因果関係があるとの的確な疎明もないのであるから、これらの事情が解雇権の濫用を基礎づけるものとみることは到底できない。
三 なお、債権者は、解雇手続の瑕疵を主張するので、検討する。
 解雇は雇用契約を終了させる使用者の一方的意思表示であるから、いかなる手続によって解雇するかは、就業規則等に特段の定めがない限り使用者の裁量に委ねられているものと解すべきところ、本件においては、解雇を規定した債務者の就業規則二五条が、「次の各号の一に該当する場合は、会社は三〇日前までにその旨を予告するか又は解雇予告手当を支給して職員を解雇することができる。但し、第三号に該当する場合については、会社はその都度設ける委員会の意見を徴して決定する」と定めているが、同就業規則には右委員会の構成員や審理手続等について具体的に定めた規定は存しない(書証略)。したがって、就業規則二五条が定める委員会の構成や審理手続等は債務者の裁量に委ねられているものと解すべきであり、その委員会において被解雇者である債権者や労働組合の組合員に弁明の機会を与えなければならないものではないというべきである。
 本件において、債務者は、平成六年四月二六日に代表取締役専務取締役、総務部長、経理第二部長、国際審査部長、国際事業本部長、審査部副部長、人事部長、人事部長代理が出席する解雇検討委員会を開催して債権者の解雇問題について検討し、同委員会が債権者の解雇はやむを得ないと判断したことを尊重して債権者を解雇したことは前記のとおりであるから、その手続に何ら瑕疵はないというべきである。
四 結論
 以上によれば、本件解雇には何ら無効原因はなく、本件申立ては、被保全権利について疎明がないことに帰するから、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。
 よって、これを却下することとし、主文のとおり決定する。


B雇用関係存在確認等請求事件(日水コン事件)
東京地方裁判所平成14年(ワ)第25472号
平成15年12月22日民事第11部判決

原告は,被告からコンピューター技術者としての豊富な経験と高度の技術能力を有することを前提に,被告の会計システムの運用・開発の即戦力となり,就中,将来は当該部門を背負って立つことをも期待されて,SEとして中途採用されたにもかかわらず,約8年間の同部門在籍中,日常業務に満足に従事できないばかりか,特に命じられた業務についても期待された結果を出せなかった上,直属の上司であるAの指示に対し反抗的な態度を示し,その他の多くの課員とも意思疎通ができず,自己の能力不足による業績不振を他人の責任に転嫁する態度を示した。そして,人事部門の監督と助力の下にやり直しの機会を与えられたにもかかわらず,これも会計システム課在籍中と同様の経過に終わり,従前の原告に対する評価が正しかったこと、それが容易に改善されないことを確認する結果となった。このように,原告は,単に技術・能力・適格性が期待されたレベルに達しないというのではなく,著しく劣っていてその職務の遂行に支障を生じており,かつ,それは簡単に矯正することができない持続性を有する原告の性向に起因しているものと認められるから,被告就業規則59条3号及び2号に該当するといえる。


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