新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1765、2017/09/01 17:13 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【家事、相続に関連する手続きについて 相続放棄の手続き、遺産調査の手続き、方法】

相続財産の調査方法


質問:最近,父親が亡くなったことを知らされました。私は,息子ですが,ここ数年は,父親とほとんど連絡をとっていなかったので,父親の財産がどのようになっているのか分かりません。もし,借金があるなら,相続を放棄したいのですが,早くしないと放棄できなくなると聞きました。本当でしょうか?また,どうやって財産を調べたらいいですか?



回答:
1  まず,相続放棄の期間ですが,原則として,相続の開始を知ったときから3カ月以内に家庭裁判所に申立てて行わなければなりません。「相続の開始を知ったとき」は、原則として被相続人の死亡を知った時になります。ただし,この3カ月という期間は,家庭裁判所において伸ばしてもらうこともできます(熟慮期間の伸長)。

2 次に,財産関係の調査ですが,積極財産については,不動産・預貯金・車などの動産が考えられます。不動産(土地建物)は,名寄帳、固定資産税通知書や不動産登記簿など,預貯金は金融機関への問い合わせ,動産は住居や勤務先などの確認などの方法で調査していくことになります。
   消極財産(借金など)については,株式会社日本信用情報機構(略称:JICC),株式会社シー・アイ・シー(略称:CIC),一般社団法人全国銀行協会(略称:全銀協)などに照会してみることにより,ほぼ把握できます。ただし,知人やヤミ金からの借金などを完全に把握することは困難です。
   財産関係を調査した上で,明らかに消極財産の方が多ければ,放棄をするのが良いと思われます。また,消極財産の方が多いか分からないときは,限定承認という方法もあります。

3 関連事例集1421番、相続放棄の期間算定における「相続開始を知った時」の解釈について917番820番754番参照。


解説:(以下、民法=民,家事手続法=家手とします)

1 放棄や限定承認を行うことができる期間(熟慮期間)について

  いつまでに放棄等を行うことができるかですが,民法915条では,「相続人は,自己のために相続の開始があったことを知った時から3カ月以内にしなければならない」と規定しています。ここで,「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,どのようなときを指すかですが,判例では,「相続人が相続開始の原因たる事実の発生を知り,かつ,そのために自己が相続人となることを覚知したとき」としています(大決大15,8,3)。

  判例は,「相続開始の原因たる事実の発生」としていますが,相続は,被相続人の死亡によって開始しますので(民882条),被相続人の死亡を知ればこの要件を満たします。また、相続開始の原因たる事実には,死亡が含まれますが,他にも失踪の宣告の期間が満了したこと(民30条,31条)などもあり得ます。また、「自己が相続人になることを覚知したとき」というのは子供や配偶者の第一順位の相続人であれば、被相続人の死亡を知った時と同時と言えます。その他の第2順位以下の相続人については、先順位の相続人が相続放棄をしたことを知ったとき、と言えます。

  また,この熟慮期間は,相続人ごとに進行しますので(最判昭51,7,1),他の相続人と起算点及び終了日がずれることもありますので,注意しておく必要があります。

2 熟慮期間の伸長について

  1で述べたとおり,原則として,熟慮期間は3カ月となりますが,同居していなかったなどの事情で,被相続人の財産の状況をほとんど知らない場合は,3カ月で財産を調査することは難しいので、そのような場合は,家庭裁判所に熟慮期間を伸ばしてもらうことができます(民915条1項ただし書き)。

  熟慮期間伸長の手続ですが,熟慮期間内に,相続が開始した地を管轄する家庭裁判所に申立てをします(家手201条1項,別表1の89)。相続は,被相続人の住所において開始するので(民883条),被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てをすることになります。申立ての際には,申立ての理由も記載することになりますが,相続財産の調査に相当期間を要するなど,期間伸長の必要性を記載します。この期間伸長の必要性に関して,裁判例では,「相続財産の構成の複雑性,所在地,相続人の海外や遠隔地所在などの状況のみならず,相続財産の積極,消極財産の存在,限定承認をするについての共同相続人全員の協議期間並びに財産目録の調整期間などを考慮」するとしています(大阪高決昭50,6,25)。

  この期間の伸長について,どの程度伸ばしてもらえるかについては,条文上規定はありませんが,裁判実務では6カ月程度が多いように思われます。また,期間の伸長の回数についても,条文上規定がなく,6カ月ずつ2回,伸長が認められる場合もあります。

3 熟慮期間などのことを知らず,熟慮期間が経過してしまった場合

  民法では,相続開始後に,単純承認,つまり被相続人の財産を消極財産も含めて全て承継したものとみなされてしまう場合が規定されています(法定単純承認,民921条)。その中に,「相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。」という規定があります(民921条2号)。つまり,放棄や限定承認をせず,熟慮期間が経過したときは,単純承認したものとみなされ,被相続人の財産全てを引き継ぐことになります。

  なお、被相続人に借金等がないと思っていて,熟慮期間を経過してしまった場合には,例外的に熟慮期間の起算点を繰り下げることができる場合もあります。この点,判例では,民法915条1項の趣旨は,相続人が相続開始の原因たる事実及び自己が相続人であることを知った場合には,通常,3カ月以内に,財産を調査することができ,単純承認,限定承認,放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備される点にある示した上で,かかる趣旨から,相続財産が全くないと信じ,かつ,信ずるにつき相当な理由がある場合は,(その後の債権者からの請求により)相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識し得べき時が起算点となる,と示したものがあります(最判昭59,4,27)。

  いずれにしろ、過大な負債を相続しそうな時は,早めに対応する必要があります。また,相続財産がない、負債もないと思っていて熟慮期間が経過してしまったときも,早めに対応することで相続放棄が可能となることもあります。最高裁の判例の指摘する「相続財産が全くないと信じ,かつ,信ずるにつき相当な理由がある」ということを理由に熟慮期間の起算点を遅らせること、すなわち被相続人の死亡後3ヵ月を経過していたとしても、債権者からの通知があって初めて負債に気がついたということを家庭裁判所に提出する書類に記載し、放棄の申述を家庭裁判所に申し立てることは可能です。

4 相続財産はどうやって調べたらいいのか

  ここからは,被相続人の財産関係をどのように調査していくのか,一例となりますが,述べていきたいと思います。

 (1) 積極財産について

   積極財産については,不動産,動産,預貯金が考えられます。

   まず,不動産については,住んでいた建物住居及びその土地の登記事項証明書を法務局に請求することにより(不動産登記法119条),土地・建物の権利関係を知ることができます(請求手続きについては,不動産登記規則193条以下を参照。)。また,住居以外の不動産については、不動産の所有者には,固定資産税が課されますので,固定資産税納税通知書(地方税法13条参照)などにより所有関係を知ることも可能です。他には,固定資産課税台帳(名寄せ帳)を閲覧する方法もあります(地方税法382の2,同条の3)。ただし,この方法は,請求した市町村内の不動産しか分かりません。

   動産については,自宅や勤務先,別荘などを調べる,自動車に関しては登録情報を確認するなどが精一杯と思います。

   預貯金等についても,思い当たる銀行等に対して,預金残高証明書の申請などの照会をすることで特定していくことになります。

 (2) 消極財産について

   個人の消極財産として考えられるのは,消費者金融からの借金,クレジットカードによるショッピング・キャッシングなどの債務,ローンなど銀行からの借入があると思います。

   消費者金融からの借金については,株式会社日本信用情報機構(以下,「JICC」という。)に対し,信用情報の開示の請求を行うことで,大抵の借金は把握することが可能です。また,クレジットカードによる債務については,JICCとともに,株式会社シー・アイ・シー(以下,「CIC」という。)に対し,情報開示の請求をすることで,利用履歴,支払い状況等を確認できます。

   銀行や信用金庫,信用組合などからの借入等については,一般社団法人全国銀行協会(以下,「全銀協」という。)の全国銀行個人信用情報センターに対し,登録情報の開示の請求をすることで,センターに加盟している金融機関から借り入れの確認をすることができます。

   これらの手続きで,大抵の消極財産は把握できると思いますが,上記の機関に登録・加盟していない業者や個人からの借金については,被相続人本人への通知書などで確認するなどで把握することになります。

5 終わりに

   簡単に,相続手続きの流れと,相続財産の調査方法について紹介してきました。相続財産の調査には,除籍謄本、戸籍謄本などで被相続人の死亡と自分が相続人であることを証明する必要があり,印鑑登録証明書が必要になることなども考えられますので(必要な添付書類が機関によって異なるため),調査には意外と時間がかかることが多いです。被相続人の財産が,借金などの負債の方が多そうであれば,すぐに相続手続きを進めたほうが良いでしょう。

<参照条文>
民法     相続関係
(相続開始の原因)
第八百八十二条  相続は、死亡によって開始する。
(相続開始の場所)
第八百八十三条  相続は、被相続人の住所において開始する。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条  相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2  相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
(法定単純承認)
第九百二十一条  次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一  相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二  相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三  相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
家事手続法  相続の熟慮期間の伸長
第二百一条  相続の承認及び放棄に関する審判事件(別表第一の八十九の項から九十五の項までの事項についての審判事件をいう。)は、相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
不動産登記法 不動産登記簿の謄本の請求
(登記事項証明書の交付等)
第百十九条  何人も、登記官に対し、手数料を納付して、登記記録に記録されている事項の全部又は一部を証明した書面(以下「登記事項証明書」という。)の交付を請求することができる。
2  何人も、登記官に対し、手数料を納付して、登記記録に記録されている事項の概要を記載した書面の交付を請求することができる。
3  前二項の手数料の額は、物価の状況、登記事項証明書の交付に要する実費その他一切の事情を考慮して政令で定める。
4  第一項及び第二項の手数料の納付は、収入印紙をもってしなければならない。ただし、法務省令で定める方法で登記事項証明書の交付を請求するときは、法務省令で定めるところにより、現金をもってすることができる。
5  第一項の交付の請求は、法務省令で定める場合を除き、請求に係る不動産の所在地を管轄する登記所以外の登記所の登記官に対してもすることができる。
地方税法   固定資産税関係
(納付又は納入の告知)
第十三条  地方団体の長は、納税者又は特別徴収義務者から地方団体の徴収金(滞納処分費を除く。)を徴収しようとするときは、これらの者に対し、文書により納付又は納入の告知をしなければならない。この場合においては、当該文書には、この法律に特別の定がある場合のほか、その納付又は納入すべき金額、納付又は納入の期限及び納付又は納入の場所その他必要な事項を記載するものとする。
2  地方団体の徴収金(滞納処分費を除く。)が完納された場合において、滞納処分費につき滞納者の財産を差し押さえようとするときは、地方団体の長は、政令で定めるところにより、滞納者に対し、納付の告知をしなければならない。
(固定資産課税台帳の閲覧)
第三百八十二条の二  市町村長は、納税義務者その他の政令で定める者の求めに応じ、固定資産課税台帳のうちこれらの者に係る固定資産として政令で定めるものに関する事項(総務省令で定める事項を除く。以下この項において同じ。)が記載(当該固定資産課税台帳の備付けが第三百八十条第二項の規定により電磁的記録の備付けをもつて行われている場合には、記録。次項、次条及び第三百九十四条において同じ。)をされている部分又はその写し(当該固定資産課税台帳の備付けが第三百八十条第二項の規定により電磁的記録の備付けをもつて行われている場合には、当該固定資産課税台帳に記録をされている事項を記載した書類。次項及び第三百八十七条第三項において同じ。)をこれらの者の閲覧に供しなければならない。
2  市町村長は、前項の規定により固定資産課税台帳又はその写しを閲覧に供する場合には、固定資産課税台帳に記載をされている事項を映像面に表示して閲覧に供することができる。

(固定資産課税台帳に記載をされている事項の証明書の交付)
第三百八十二条の三  市町村長は、第二十条の十の規定によるもののほか、政令で定める者の請求があつたときは、これらの者に係る固定資産として政令で定めるものに関して固定資産課税台帳に記載をされている事項のうち政令で定めるものについての証明書を交付しなければならない。

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