再開発における区分所有権者の対応(賃借人との関係)
民事|都市再開発法|再開発事業対象地域における区分所有者の対応|賃借人に対する手続及び対策
目次
質問:
質問: 私は,現在サラリーマンをしていますが,居住しているところとは別に,マンションの一室を有しています。このマンションは,投資用に購入したもので,残ローンはなく,現在第三者に賃貸しています。この度,このマンションが含まれる地域が,第1種再開発の対象となる旨の連絡を受けました。
今後,どのように対応すればよいでしょうか。賃貸人との関係で何か、しておく必要があるのでしょうか。
回答:
1.第1種再開発の対象地域となった場合,再開発組合の発足,事業計画決定,権利変換計画の決定等を経て,権利変換期日において,一旦区分所有権は消滅し,再開発後の施設建築物(再開発ビル)の一部を取得する権利が与えられることになります。一旦区分所有権等は消滅するため,現在あなたと第三者との間で結ばれている賃貸借契約に基づく賃借権(借家権)についても,一旦消滅することになります(希望した場合,再開発後両者の関係はもとに戻ります)。
2.このような流れの中で,所有権者であるあなたが採り得る方法としては,①今の時点で所有しているマンションを,任意で他に売却してしまう方法,②再開発法71条1項に基づき,権利変換を希望しない旨の申し出をおこない,法91条及び法97条による補償費用を受ける方法,③権利変換手続を受けて,法77条1項により,再開発後の建築物の所有権の一部を取得し,併せて法97条による補償を受ける方法,の三つが大まかに考えられるところです。具体的な内容とそれぞれのメリット・デメリットは解説で詳述しますが,基本的には③の権利変換手続を受けることをベースに検討することをお勧めいたします。なお,その場合は,補償や権利変換の具体的な内容について,施行者(再開発組合)とのかなり難しい交渉が求められるところです。
3.加えて,あなたのように,対象物件を第三者に賃貸している場合には,賃借人との関係をどのようにするか,も併せて問題となります。例えば,上記①ないし②の方法を選択する場合は,賃借人の存在によって補償金額等に直接的に影響が出てきますし,再開発後の建築物において,賃貸借契約が改めて生じる以上,③の場合でも,事案によっては賃貸借契約を整理したほうが良いことも十分に考えられるところです。ただし,通常の賃貸借契約の場合,賃借人は借地借家法による保護を受けることになりますから,そう簡単に整理できるものではありません。そのため,時間や経済的なマイナスも覚悟することになりますし,早い段階での検討と対応の着手が必要になります。
4.再開発組合との補償金額等の交渉,賃借人との賃貸借契約に絡む交渉は,いずれも困難です。上記のとおり期間の経過によって,採り得る選択肢は狭まりますから,早い段階で弁護士に相談することをお勧めします。
5.都市再開発法に関する関連事例集参照。
解説:
1.第1種再開発の概要と,今後の流れ
(1)第1種再開発の概要
市街地再開発事業とは,「市街地内の、土地利用の細分化や老朽化した木造建築物の密集、十分な公共施設がないなどの都市機能の低下がみられる地域において、土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新を図ることを目的としています。建築物及び建築敷地の整備並びに公共施設の整備に関する事業」(国土交通省ホームページ)です。
そのため,再開発においては,①定めた施工地区内の全ての建築物を一旦除去し,②新たに「再開発ビル」等の災害に強く,かつ高度利用が可能な建物を建てて,③併せて公園や街路等を整備する(ことで都市機能を増加させる),といったことが内容となります(このうち「権利変換方式」を採るものが第1種,「用地買収方式」を採るものが第2種と呼ばれます)。
全ての建築物を「一旦除去」する以上,ある時点で,施工区域内の全ての所有権や,そこに付随する借家権等はすべて消滅することになります。
再開発は,自分の財産である所有権等が,一旦強制的に消滅させられ,明け渡しを求められる,という極めて強度の制約を課すものです。もちろん,権利の消滅についての補償がなされることになりますし,希望する場合は,再築後のビル(再開発ビル)の所有権等の権利を取得することができます(もっとも補償の内容や,取得する権利については交渉の余地が大いにあるところで,そのままにしていても必ずしも十分な補償が得られないことも散見されます。この点については,本ホームページ事例集の1512番(都市再開発法97条の損失補償について)等をご参照ください)。
また,再開発の概要については,本ホームページの再開発のページに詳細がございますので,併せてご確認ください。
(2)今後の流れ
続いて,今後の流れについて簡単に説明いたします。
第一種市街地再開発事業は,大まかに①準備組合の発足,②都市計画決定,③本組合設立の認可と事業計画決定(の公告),④権利変換計画の決定・認可(の公告),⑤権利変換期日(所有権の消滅),⑥土地の明渡し,⑦再開発工事,⑧工事の完了(の公告),⑨所有権の(再)取得と入居,⑩本組合の解散,清算,という流れをたどります。現在,あなたのマンションが含まれる再開発事業が,どの段階まで進んでいるかは不透明ですが,重要なのは,③~⑥ということになります(その後は比較的自動的に流れることになります)。もっとも,後述のとおり,あなたのように賃借人がいる物件の所有者は,⑧までに借家条件について協議をする必要もあるため,注意が必要です。
以下では,区分所有者として考えられる選択肢を説明していきますが,基本的に上記①ないし③の時点で採り得る選択肢,ということになります。後述のとおり,期間が定められている手続等もあるため,時間の経過に注意が必要です。
2.区分所有者の再開発への対応
(1) 区分所有者の取り得る対応
ア 以上のとおり,再開発手続によって,あなたの区分所有権は,一旦消滅することになります。
この再開発手続において,区分所有者であるあなたが採れる選択肢は,大まかにいって3つあります。以下,順に説明していきます。
イ まず,①今の時点で所有しているマンションを,任意で他に売却してしまう,という方法が考えられます。これは,上記権利変換期日等による区分所有権の喪失前に,所有者(あなた)が任意で売却するものであり,再開発手続上の制度ではありません。そのため,厳密には「再開発手続における対応の選択肢」ではないのですが,再開発が密接に関連することになります(後述します)。
次に,②再開発法71条1項に基づき,権利変換を希望しない旨の申し出をおこない,法91条及び法97条による補償費用を受ける,という方法があります。これは,上記再開発に伴う権利変換に参加せず,再開発による区分所有権の喪失を前提として,その対価や,明け渡しに伴う損失を求める,というものです。イメージとしては,上記①が再開発手続外での売却であることと比して,こちらは再開発手続の中でおこなう売却,ということになります。
最後に,③権利変換手続を受けて,法77条1項により,再開発後の建築物の所有権の一部を取得し,併せて法97条による補償を受ける,という方法です。これは,まさに上記再開発手続の流れに乗る方法です。
ウ 以上が,再開発に絡んで,区分所有者であるあなたが採り得る選択肢です。以下では,それぞれのメリット・デメリットについて説明します。
(2)それぞれのメリット・デメリット
ア 任意での売却
まず,①任意での売却ですが,メリットとしては,やはり再開発手続を待つ必要がないため,迅速でかつ比較的簡易に売却資金を得ることができる,という点が挙げられます。再開発の際には,地権者を減らして再開発組合設立の際に必要な同意権者の数を減らす等の理由により,他の地権者(デベロッパー等)が,再開発に先行して買い取りを申し出てくることがあり得るため,売却できない,ということもあまりありません。
他方で,デメリットとしては,再開発手続上の売却ではないので,(法91条,同97条に定める,再開発に伴う各補償が受けられないこと,任意での売却なので,急ぐと買いたたかれる可能性が高いことが挙げられます。しかし、売却するのは現在の建物としても、再開発後の建物の価値の増加が見込まれるわけですから(一般的には現在の建物より面積の広い新築の建物になるのですから)、価値の増加をを見越した価格で売却しないと損をしてしまうことになります。一方で買主としては再開発前の価格(その時点での実勢価格)での買い取りを求めることになりますので,難しい交渉になります。
先行買取については,本ホームページ事例集1733番(先行買収の提案に対する対応)も併せてご確認ください。
イ 権利変換を希望しない旨の申し出
続いて,②再開発法71条1項に基づき,権利変換を希望しない旨の申し出をおこない,法91条及び法97条による補償費用を受けるという方法です。
この方法では,事業計画決定あるいは組合設立認可の公告等(施行者がだれか,によってタイミングは変わります)から30日以内に,申出書を書面で提出する必要がありますが,それさえおこなえば,区分所有権を喪失する代わりの補償金(法91条に基づく補償)と併せて,明け渡しに関する損失補償(法97条に基づく補償)を受けることができます。法97条に基づく補償を受けることができる,という点では,上記①任意での売却よりもプラスになります。
しかし,現状,この方法はあまりお勧めできないところです。なぜなら,ここでの明渡しに対する補償(法91条に基づく補償)は,法80条1項により,上記権利変換を希望しない旨の申し出の期限を経過した日(公告から30日経過後)に,「近傍類似の土地,近傍類似の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価格」を算定して,これに物件の変動に基づく修正を加え,支払いまでの利息(6%)を加えたものになるためです。つまり,再開発後の価値上昇を(直接は)算定に組み入れない,ということになります。この点では,設立の際の同意権等に絡んで柔軟に交渉が可能である,任意での売却の方がより高い売却が可能であるケースも考えられるところです。
この点については,法97条の補償金額や,任意での売却額等を考慮して,よく検討する必要がありま す。
ウ 権利変換手続
最後に,③権利変換手続を受けて,法77条1項により,再開発後の建築物の所有権の一部を取得し,併せて法97条による補償を受ける,という方法です。
この方法のメリットは,やはり再開発後の建築物の一部を取得できる,というところにあります。基本的に,再開発後の建築物の方が価値の上昇が見込めるところではありますし,任意売却と異なり,土地の明渡しの際の補償(法97条に基づく補償)も受けることができます。
デメリットとしては,再開発後(建築物完成後)に引渡しを受けることになりますので,数年後の引渡しということになる点,価値の上昇がどの程度になるか,売却したくなった際に売却できる可能性がどれだけあるか不明である点,固定資産税の負担増加がある点等が考えられるところです。
もっとも,上記のとおり,価値の上昇は原則的に認められるところですし,それに伴って売却可能性も十分に見込めるため,あまりデメリットはないと考えられます。
エ 小括
以上からすると,すぐに資金が必要である,面倒な手続に一切参加したくない等の特別な事情がない限り,③権利変換手続きを受けて,法77条1項により,再開発後の建築物の所有権の一部を取得し,併せて法97条による補償を受ける,という方法が最も利益を高める可能性が高い,ということになります。
なお,この法97条の補償は,交渉によってその価額が大きく上がる可能性が高いところです(基本的に最初に提示される金額は,かなり低いのが一般的です)。法97条補償に関する交渉については,本ホームページ事例集の1684番(都市再開発法による個人住居の明渡し損失補償)等をご参照ください。
3.賃借人との関係
(1)再開発と賃借人
ア 以上が,区分所有者であるあなたが採り得る選択肢のメリット・デメリットです。
もっとも,あなたのように当該マンションを第三者に貸している場合,この賃借人との関係をどのようにするか,も考える必要があります。
イ まず,上記のとおり②権利変換を希望せず,法91条及び法97条による補償費用を受ける,という方法においては,所有権(資産)の算定を行うことになりますが,この場合,資産の額は,借家権(賃借権)の価額を控除して判断されることになります。
また,①任意売却の場合であっても,通常であれば借家権の価額は控除されることになります。
これは,借家人も,再開発によって消滅するわけではなく,権利変換によって,再築後の施設に借家権を有することになる(法77条5項)ため,その分を控除される,ということになります。なお,賃借人の立場からの補償等については,上記本ホームページ事例集1684番(都市再開発法による個人住居の明渡し損失補償)等に詳細がございます。
ウ そして,あなたが③権利変換手続を受けることを選択し,かつ賃借人も同様に権利変換を希望した場合,あなたの受け取る施設の所有権の一部について,借家権が与えられることになります(法77条5項)。つまり,従前どおり,大家と賃借人の関係は続くことになります。その場合の賃料等の借家条件ですが,基本的に当事者(あなたと賃借人)で協議をして決する必要があり,仮に協議によって決まらなければ,審査委員会の同意等によって決定されることになります(法102条)。
基本的には賃料の増額が見込めるところですが,当事者同士で協議をしなければならず,また協議が成立しなかった場合には,当事者の意見を聞いたうえで,その増額の程度(賃料)を審査委員会が決定することになるため,増額の程度は不明確です(賃料を決するにあたっては,「賃貸人の受けるべき適正な利潤」を考慮して定める,ということになっています)。
エ 以上が,再開発における賃貸人であるあなたと賃借人との関係になります。
売却(上記①あるいは②)を採るのであれば,賃貸借契約を終了させて,退去してもらうほうが,基本的にはプラスということになります。他方で,③権利変換手続を受ける場合には,従前通りの賃借人が確保できるというメリットと,家賃の増額の程度が不透明であり,協議等の手続きが面倒である,というデメリットが考えられるため,判断は難しいところです。
他方で,賃借人との契約が,賃貸借契約である場合,契約の存続・打ち切りは賃貸人の自由にできるわけではありません。以下では,賃借人との関係で区分所有者であるあなたが採れる方法について説明していきます。
(2)区分所有者として考えられる選択肢
ア そのままの契約を継続する場合
まず,特に現状の賃貸借契約を消滅させることなく,そのまま権利変換期日を迎える,という場合です。上記のとおり,あなたが所有権を手放す選択(①及び②)をせず,また賃借人も再入居を希望した場合,それまでの賃貸借契約は継続することになります。
この方法によれば,賃貸借契約を終了させる必要がないため,特に負担が増大することはありません。
なお,再開発のための賃借人の退去・明渡しについては,法97条に基づき施行者が補償を行うため,賃貸人であるあなたが負担することはありません。権利変換期日後については,一旦所有権・借家権が消滅する関係上,家賃は発生しませんが,家賃等の減収分は,基本的に法97条によって補てんされることになります。
イ 退去を求める場合(解約申し入れあるいは更新拒絶)
続いて,賃貸借契約を終了させ,退去を求める場合です。上記のとおり,区分所有権を手放す場合には,特に検討の必要があるケースということになります。
ただし,賃借人は,借地借家法により保護を受けています。そのため,更新の拒絶あるいは解約の申し入れをする場合には,6か月前に通知する必要があります(借地借家法26条1項,同法27条1項)し,通知だけではなく,「正当の事由」があることを求められます(同法28条)。ここでいう「正当の理由」は「建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮」する,とされています。
「財産上の給付」とは,いわゆる立退料を指します。他の理由がなければ,基本的に再開発は「正当の事由」には該当しないため,その分立退料を支払う必要がある,ということになります。
なお,賃貸人と賃借人の合意によって解約をすること自体には,何らの制限もありません。ただし,賃借人として退去に同意する,ということは,基本的に金銭による解決を伴いますから,いずれにしても,賃借人が納得する程度の立退料を支払う必要がある,ということになります。
経済的な合理性を考えれば,「賃借人がいることによる評価額の減少(あるいはデメリット)」>「賃借人に支払う立退料」になる範囲で,賃借人と交渉をする,ということになります。
ウ 退去を求める場合(定期借家への切り替え)
基本的には,解約と同趣旨なのですが,解約の前に,契約を通常の賃貸借契約から定期借家契約に切り替える,という方法が考えられます。
定期借家契約とは,借地借家法38条以下に規定がある契約類型で,契約を書面にする,事前にその内容を説明する等の要件を充足することで,上記の「正当の事由」等の誓約なく,定めた期間で契約が終了し,立ち退きを求めることができる,というものです。
この契約を改めて締結することができれば,立退料等を支払う必要はありませんし,立ち退き交渉の際の紛争は回避することができます。しかも,再開発手続は,進み方が不定で,基本的に時間がかかるため,即座の立ち退きを求めると,立ち退き後,評価基準日までの家賃(賃借人)の確保ができなくなるところ,定期借家契約を締結し,ある程度解約を柔軟におこなえる状態にしたまま賃料を確保することで,回避ができるメリットもあります。
ただし,いずれにしても賃借人との契約の改定になるため,賃借人との交渉は必須ですし,基本的に賃貸人側に有利な改定になるため,難しい交渉になります。
(3)小括
以上が賃借人との関係で,区分所有者としての選択肢です。現在の賃借人が優良である等の事情がなければ,退去を求める方がプラスに働きますが,立ち退きのことを考えると,そう簡単にはいかない,ということになります。
4.まとめ
以上,再開発の対象地区の区分所有者となった場合,それぞれの段階で様々な選択をしたうえで,かなり難しい交渉が必要になります。しかも,これらの選択や交渉や選択によってあなたの利益は大きく変わるところです。
権利変換に参加する等については,時間の経過によって選択が狭まりますし,速やかに経験のある弁護士にご相談されることをお勧めします。
以上