否認事件において共犯者の自白調書が存在する場合
刑事|否認事件の弁護活動|最判昭和51年10月28日
目次
質問:
私は,ホテルで清掃員をしている者です。先日,同僚が,複数回にわたってホテル内の客室から金品を持ち出したという窃盗の容疑で,警察に逮捕されました。
その件で,私は3回ほど警察に呼ばれ,取調べを受けました。私は上記事件に一切関与していないのですが,どういうわけか,逮捕された同僚が私に指示されて窃盗を行ったという供述をしているらしく,警察は私の関与を疑っています。同僚とはいつも仲良く仕事をしていたので,何故そのような嘘を付くのか見当もつきません。同僚から,窃盗を計画しているような話は聞かされていませんでしたし,私が窃盗を指示した事実も一切ありません。
取調べを担当している刑事は,最初から私のことを疑って掛かっており,終始高圧的な態度で話をしてきます。また,取調べは朝から夕方まで長時間に及び,途中で私が緊張でトイレに行きたくなっても,行かせてもらえないこともありました。そして,ポリグラフ検査なるものを実施し,「検査結果から,お前が嘘を付いていることが分かった」などと言って自白を迫ってきます。これまで作った調書は,私が犯罪を認める内容にはなっていないと思いますが,内容を正確に把握していないので,不安です。
正直なところ,精神的に限界を感じています。このまま罪を認めてしまった方が楽になる気もして,自分に負けそうになります。私は冤罪を背負う事になってしまうのでしょうか。助けてください。
回答:
1 あなたは,ホテル内での窃盗に関して一切身に覚えが無いということですから,実行行為を行った事実も共謀を行った事実も存在せず,当然のことながら,何らの犯罪も成立しません。
とはいえ,あなたが現在警察から被疑者として扱われていることは,ほぼ間違いないと思われます不本意かとは思いますが,しかるべき防御活動をしなければ,窃盗罪としての処罰を受ける危険性があり(罰金ないし態様によっては公判請求),謂れの無い前科が付いてしまう(すなわち冤罪)ことにもなりかねません。社会生活上重大な不利益を被ることのないよう,弁護人を早急に選任した上で,無実の主張を積極的に展開していく必要があります。
2 弁護人の活動は,概ね以下のとおりです。
まず,窃盗を行ったとされる同僚(以下「実行犯」といいます。)が既に逮捕されていることから,あなたにも逮捕の危険性が相当程度あります。その危険性を可能な限り低くするために,出頭誓約書を捜査機関に提出し,逃亡のおそれを否定する事情を作り出しておくべきです。
次に,あなたの担当刑事は,供述の任意性について疑念をいだかれるような方法(犯罪捜査規範168条)を用いていると思われ,あなたが意に反して自白をしてしまう危険がありますので,取調べの環境改善を目指すべく,弁護人から警察署に対して抗議の内容証明を送付することも検討して良いでしょう。
その上で,あなたの主張を詳細にまとめた供述調書を作成し(弁面調書),弁護人の意見書や関連する証拠等と併せて捜査機関に提出することになります。捜査担当官の矛盾(共犯者の矛盾)を突くべく弁護人は積極的に捜査に協力し取り調べの内容を引き出すことが肝要です。黙秘権は逮捕を回避する方針を取る以上起訴前弁護ではあまり意味を成しません。
3 一方で,取調べを受けるあなたに心掛けていただきたい点としては,取調官から何を言われても,真実と異なる不利な調書(その最たるものが自白調書)を絶対に作らせないことです。万が一真実に反する内容の供述調書に署名・押印を求められても,あなたには調書の訂正を申し立てる権利(刑訴法198条4項),署名・押印を拒否する権利(刑訴法198条5項但書き)がありますので,焦らず冷静に対応をしてください。
4 以上の活動により,最終的に目指すべきは,事件が送検されたタイミングで,担当の検察官に,証拠不十分で起訴を断念させることです。
連日の取調べで疑われ続ける中で,無罪主張を貫くのには,精神的なタフさが求められます。弁護人というあなたの味方を就けなければ,到底精神が持たないでしょう。刑事弁護に精通した弁護士に早めに相談され,弁護人を選任されることをお勧めいたします。
5 無実主張に関する関連事例集参照。
解説:
第1 あなたが置かれている状況
1 被疑者としての地位
あなたは,警察から何度か呼ばれて取調べを受け,供述調書も作成しているということですので,刑事手続上の被疑者として扱われていると考えて良いでしょう(警察は犯罪の疑いがある場合、捜査を開始しますが、任意捜査として取り調べをされた場合、被疑者なのかあるいは被疑者以外のものとして事情を聴かれているのかは明らかになりません。しかし、取り調べが何度も行われ、しかも、長時間にわたりまたポリグラフ検査も行われているとなると被疑者となっていると考えてよいでしょう)。
警察から疑われている内容は,ホテルの客室内で起きた数件の窃盗に関し,実行犯に指示を出したというものですので,窃盗罪(刑法235条)の共謀共同正犯(刑法60条)ないし教唆犯(刑法61条1項)ということで捜査の対象となっているとお考えください。
2 刑事手続きの流れ
現在あなたは警察署で取調べの対象となっていますが,逮捕等の身体拘束は受けていません(在宅事件)。しかし,実行犯が既に逮捕されており,警察はあなたが実行犯に犯行を指示したものと疑っていますので,あなたについても今後逮捕状を請求されて,身体拘束を受ける可能性も否定はできません。
警察での必要な捜査が終了すると,事件は検察庁に送られ(刑訴法246条本文),担当の検察官が必要に応じて関係者の取調べ等を行い,証拠関係を検討して起訴するか否かを決することになります(刑訴法247条,248条)。
3 証拠関係の状況
あなたの犯行を立証するための証拠として,本件では,実行犯の供述(共犯者の自白)が挙げられます。その他,防犯カメラの映像,メールのやり取り,通話記録等の客観証拠も捜査機関が精査をしているはずですが,あなたは本件事件に一切関与していないということですから,基本的には共犯者の自白以外に証拠は存在しないはずです。
では,共犯者の自白だけであなたを有罪とすることは可能でしょうか。この点,刑訴法319条2項は,「被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。」と規定しており(いわゆる補強法則),被告人自身の自白だけでは有罪とできないこととなっています。共犯者の自白にもこの補強法則が適用されるかという議論がありますが,判例はこれを否定しています(最判昭和51年10月28日)。共犯者は被告人本人との関係においては,被告人以外の第三者(証人と同視)といえ,反対尋問権(刑訴法311条3項)も保障されているので,補強証拠を要しない,ということのようです。これに対しては,共犯者が公判廷で黙秘権を使ったような場合,反対尋問権が事実上保障されないので,補強証拠を要求すべきとの見解も主張されています。
本件では,理論的には,実行犯の供述のみによって,あなたの有罪を立証し得ることになります。
ただし,検察官が実際に起訴するかどうかは別の話です。実行犯の供述の信用性に疑念を抱くような事情があれば,起訴は難しいと考えるでしょう。
4 防御活動と弁護人の必要性
検察官は,証拠関係を精査して,裁判で確実に有罪に出来ると判断した場合でなければ起訴しませんので,被疑者側でも有利な証拠を作成・収集して捜査機関に提出し,検察官をして,本件を起訴したとしても証拠不十分で無罪になるかもしれないと思わせる必要があります。
検察官の立証の構造や実務的な相場感を把握していない状態で上記のような防御活動を行うことは不可能であり,ご自身だけで捜査機関と闘うのは現実的でありません。捜査機関と一緒に闘ってくれる弁護人の存在が必要不可欠であり,直ちに刑事弁護に精通した弁護士に相談の上,弁護人を選任すべき事案といえます。
以下,具体的な弁護活動の内容を説明いたします。
第2 本件の弁護活動
1 逮捕回避交渉
あなたは現在,逮捕等の身体拘束を受けずに,在宅事件として捜査対象となっています。しかし,既に逮捕されている実行犯が,取調べにおいてあなたの関与を仄めかす発言をしていることから,警察としては,本件を共犯事件として捉え,口裏合わせ等の危険を排除するために,双方とも身体拘束をしたいと考える可能性が否定できません。そのため,早急に逮捕の必要性がないことを示しておく必要があります。
逮捕の要件は,逮捕の理由すなわち「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」(刑訴法199条1項本文)が認められることを前提に,消極的要件として,逮捕の必要性も求められます(刑訴法199条2項但書き)。逮捕の必要性が認められない場合とは,「逃亡の虞がなく,かつ,罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認められるとき」とされていますが(刑訴規則143条の3),実務上はこの制限のハードルが低く,かなり緩やかに逮捕が認められているのが現状です。
しかし,弁護人を通じて逮捕の必要性がないことを説得的に主張することにより,何もしない場合に比べて,相当程度逮捕の危険性を軽減させることができます。
本件では,①共犯者の供述以外に証拠は存在せず,当該共犯者の供述の信用性にも重大な疑義が存在することから,逮捕の理由が存在しないとの主張を行い,併せて,②捜査機関からの出頭要請があれば必ず出頭すること,実行犯への接触を含め(接見禁止が付いていれば関係はありませんが),一切の罪証隠滅行為を行わないことを約束する誓約書を準備する等して,逮捕の必要性を否定する事情を作る活動をすることになります。
なお,万が一逮捕されてしまった場合は,検察官による勾留請求を阻止する活動を直ちに開始することになります。勾留されてしまった場合は,勾留決定に対する準抗告の申立てを行います(刑訴法429条1項2号)。
2 取調べの軟化に向けた交渉と不利な供述調書に署名させないこと
本件では,担当の取調官の手法に看過出来ない違法性が認められるため,弁護人から警察署宛に抗議を行う内容証明を送付する等して,高圧的な取調べを軟化させるように交渉することが必要となります。精神的に疲弊した状態では,冷静な判断能力を失い,真実とは異なる不利な内容の供述調書に納得して署名してしまう危険性も出てきますので,とても重要な活動となります。
一例ですが,内容証明には,①取調べを行うに当たって強制,拷問,脅迫その他供述の任意性について疑念をいだかれるような方法を用いてはならない旨定めた犯罪捜査規範168条1項,その他刑事訴訟法などの関連法規に明白に反すること,②取調べを担当している刑事を担当から外すよう要請すること,③今後も違法な取調べが続くのであれば,供述調書の任意性(信用性)を争うのみならず,国家賠償請求等の然るべき手段を考えざるを得ないこと等を記載することが考えられます。
その他,随時電話でも,取調べの際の配慮を要請していくことになります。
なお,実際に取調べを受けている最中に,高圧的な態度を取られる等,精神的に堪え難い苦痛を感じた際は,黙秘権を行使する他,弁護人との電話での打合せを希望することを伝えていただければと思います。弁護人から,直ちに抗議の電話を行うことも可能です。これを許さない警察官が大勢いらっしゃるのが現状ですが,逮捕等の身体拘束を受けていない状態での取調べは任意捜査の一環に過ぎず,身体の自由を奪うことは許されません。
また,あなた自身,自白調書を巻かれないことも大変重要となってきます。否認していても,あの手この手の手法で(本件のポリグラフ検査がその一例です。)犯行への関与を認めるような内容の言質を取られ,不利な内容の供述調書に署名・押印してしまうことがままありますが,検察官による起訴を決定付けてしまいますので,絶対にそのような供述調書には署名しないようにしてください。万が一真実に反する内容の供述調書に署名・押印を求められても,あなたには調書の訂正を申し立てる権利(刑訴法198条4項),署名・押印を拒否する権利(刑訴法198条5項但書き)がありますので,焦らず冷静に対応をしてください。
3 あなたの言い分を伝える活動(弁面調書の作成)
検察官に起訴を断念させるためには,自白調書を巻かれないということに加え,あなたの言い分をしっかりと捜査機関に提示する必要があります。具体的には,実行犯との関係性(上下主従関係の不存在),各事件発生日及びその前後の行動(実行犯との共謀の不存在,犯行時刻のアリバイ等)を具体的かつ詳細に記載した弁護人面前調書を作成することが考えられます。そして,実行犯とのやり取りの記録(メール,通話履歴等)が残っていれば,その中に不審(と捜査機関から疑われる)な点がないかを分析し,仮に誤解を招くようなやり取りの履歴が残っていれば,説得的な弁解を弁面調書に記載しておく必要があります。あなたの言い分に具体性,迫真性があればある程,嘘を付いているとは考え難いとして,信用性が高まりますので,その点を意識して作成することが肝要です。
また,本件では,実行犯があなたに指図されたとの主張を行っているようですが,このような共犯者の引っ張り込みは確かによくあることです。しかし,検察官を納得させるためには,実行犯が何故そのような嘘を付いているのかというストーリーをこちらで用意した方が望ましいでしょう。犯行の直前に仲が悪くなった,実行犯があなたに恨みを抱いていた,あなたのことを妬んでいた,常にあなたに依存しているような人であった等,思い当たる点があれば,その点も弁面調書に記載しておくと良いでしょう。
加えて,実行犯の供述に客観証拠やあなたの供述と矛盾する点があることが判明した場合は,実行犯の供述の信用性を弾劾することができますので,その点も弁面調書あるいは弁護人の意見書の形で伝える必要があるでしょう。ただし,実行犯がどのような供述をしているかを知る術はなく(起訴させていない以上,証拠の開示は原受けられません。),警察や検察の取調べから得た情報や弁護人の担当刑事,担当検察官とのやり取りから得た情報を基にする他ありません。
4 検察官との交渉
以上を前提に,検察官との交渉を行います。
本件では,共犯者の自白以外に証拠と呼べるものが存在しないと考えられること,そして共犯者の供述の信用性には重大な疑義が存在すること,仮に起訴されても,全ての証拠を不同意とする予定であること等を伝え,検察官をして,起訴したとしても無罪となる可能性があると思わせることが目標です。
弁面調書と併せて,弁護人の詳細な意見書も適宜作成し,検察官にこちらの言い分を分かってもらうように努めることになります。
第3 まとめ
以上述べてきたとおり,本件では,適切な弁護活動を行うことで,起訴を断念させられる可能性が十分に見込めます。他方で,弁護人を選任せずに何もしないでいると,精神的に追い込まれ,自白調書を巻かれてしまう危険も否定できず,取り返しの付かない事態にもなりかねません。
早急に弁護人を選任することをお勧めいたします。
以上