教師の長期間経過後の懲戒処分の是非|交際の信用失墜行為該当性
行政|教員と生徒の交際は信用失墜行為にあたるか|非行から長期間経過後の懲戒処分の可否と弁護活動|大阪地裁平成2年8月10日判決他
目次
質問
東北地方で公立高校の教師をしている50歳・男性です。この度、教育委員会より、25年前の独身時代に当時私が勤務していた高校の女子生徒(当時2年生)と性的な関係を持ったとの非行事実が疑われており、懲戒処分に向けた事情聴取を受けています。しかし、その女子生徒とは交際関係にはあったものの、キスまでの関係であり、キス以上の性的な関係を持ったことなど一切ありません。当時、彼女と夜間にラブホテル街で一緒に歩いていたところを偶々居合わせた教員複数名に目撃され、学校内で問題とされたことがありましたが、結局、学校内で穏便に処理されたことで、事態は終息したものと思っていました。
しかし、最近になって、教育委員会に対して、ホテル前で私たちを目撃した時の様子やその後の学校内での話し合いの経過等を詳細に記した投書が送られてきたようで、この件が教育委員会の知るところとなりました。投書の差出人は、当時の目撃者である元教員の1人と思われ、最近教頭職に昇進した私の失脚を意図しているのかもしれません。既に当時のことを知る教員らの事情聴取も行われているようです。
私は懲戒免職になってしまうのでしょうか。今後の対応方法について相談させて下さい。
回答
1 懲戒権者である教育委員会があなたに対して懲戒処分を行うにあたっては、大きく分けて、①教え子との交際が懲戒の対象となるべき非違行為にあたるか、②25年も以前の非違行為に対して懲戒処分を行うことができるか、③処分対象事実としてどこまでの行為が認定されるか、という問題があると考えられます。
2 あなたは、元教え子と、キスまでの関係とはいえ交際関係にあったとのことですが、社会的、常識的に見て、たとえ相手の同意があったとしても、教師と生徒が交際関係にあること自体、生徒、保護者、教員、その他学校関係者、地域住民等、多方面に多大な不信感、教育上の支障をもたらすものであり、あなたの行為は信用失墜行為(地方公務員法33条)として懲戒事由に該当する可能性が非常に高いといわざるを得ないでしょう。あなたには恋愛の自由があるとはいえ(憲法13条後段参照)、それはあくまで「公共の福祉」による制約の範囲内で認められるに過ぎません。
3 本件は25年前の出来事ですが、年数がたっているからと言って、懲戒の対象とならないとは言えません。もちろん非違行為から長期間が経過しているという事情は、いかなる懲戒処分を決定するかの検討にあたって、当然考慮されることになりますが、かかる事情は一考慮要素という位置付けに過ぎません。懲戒処分を軽減するためには、その間にあなたが教員として積み重ねてきた教育上の実績や貢献、その他の有利な事情の主張、立証を尽くす努力が必要です。本件の類似事案について判断した裁判例を解説中に示してありますので、ご参照下さい。
4 あなたは実際にはなかった元教え子との性的関係についてまで疑われているとのことであり、問題の投書の記載や当時の教員らの証言に、元教え子と性的な関係を持ったと誤認させるような内容が含まれている可能性が高いと考えられます。これらの信用性を争うためには、代理人として選任した弁護士と教育委員会担当者らとの折衝等を通じて、投書や証言の内容を可能な限り把握した上、不自然ないし不合理な点や客観的事実に反する内容等を指摘することが最低限必要であり、また、可能であれば、あなたとの交際の具体的態様について、元教え子から直接聴取した内容を陳述書等の形で証拠化しておくことが望ましいと考えられます。
5 教育委員会の事実誤認を回避できたとしても、非違行為自体は認めざるを得ませんから懲戒処分の対象となります。公務員に対する懲戒処分の量定については、懲戒権者の裁量が大きく、一度処分が出されてしまうと、当該処分を後から争うことは基本的に困難となるため、処分が決定されるまでの限られた期間内に、処分軽減に向けた対応を尽くしておく必要があります。早い段階で弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
6 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 公務員に対する懲戒処分
公立高校の教師をはじめとする地方公務員に一定の非違行為があった場合、懲戒権者(あなたの場合、教育委員会が懲戒権者になります。)は、これに対して懲戒処分を行うことが出来るとされています(地方公務員法29条1項各号)。今回、あなたはかつて教え子であった女子生徒との不適切な関係が懲戒処分の対象となるべき非違行為にあたるとして、調査が行われていると考えられます。
もっとも、お聞きした事情の下で、教育委員会があなたに対して懲戒処分を行うにあたっては、大きく分けて、①教え子との交際が懲戒事由となり得るか、②懲戒事由になりうるとして、25年も前の非違行為に対して懲戒処分を行うことができるか、③処分対象事実としてどこまでの行為が認定されるか、という問題があると考えられます。以下、順に述べていきたいと思います。
2 生徒との交際が懲戒処分の対象となる非違行為にあたるか
まず、教師の立場にありながら生徒と交際することが非違行為となるかについてですが、この点については、大阪地裁平成2年8月10日判決の事案が参考になります。本判決は、学校内外で女子生徒と人目にひく交際をし、卒業直後には肉体関係まで持った妻子ある高校教諭の行為について、以下のように述べて、公務員としての信用失墜行為の禁止を定めた地方公務員法33条に抵触するとした上、懲戒免職処分を有効と判断しました。
法三三条は、地方公共団体の職員は、住民の信託を受けて、住民全体の奉仕者として公務に従事するものであるところ、職員の行為は、当該職員の信用を左右するのみならず、地方公共団体の行政執行そのものに対する住民の信託、信頼にも大きな影響を与えるとの観点から、職員に対し職責を果たすにふさわしくない行為を禁じたもの(それ故、教員たる者には教育者にふさわしい高度の倫理と厳しい自律心が要求されている)であるから、健全な社会通念に照らし、その職の信用を損ない若しくは職全体の不名誉とみられるような行為である限り、職の内外を問わず、また、犯罪に当たるか否かを問わず、同条に違反するものと解される。
原告は妻子ある高校教師でありながら教え子であった女子生徒とその在学中から親密な交際を始め、卒業後間もなく肉体関係をもつに至り、I高校の生徒、保護者及び地域住民に動揺を与えたのである。そうすると、原告は社会生活上の倫理はもとより教員に要求される高度の倫理に反し、教員に対する社会の期待と信頼を著しく裏切ったものであり、I高校の生徒をはじめ保護者及び地域住民に与えた不信感は容易に払拭しがたいといわざるをえない。
したがって、原告は、法三三条が禁じる、その職の信用を傷つけ、職員の職全体の不名誉となるような行為を行ったものというべきである。(大阪地裁平成2年8月10日判決より抜粋)
本判決は、信用失墜行為にあたるか否かは、職の内外や犯罪に該当するかを問わず、健全な社会通念に照らして判断されるとした上で、元高校教諭である原告の行為を、教員に要求される高度の倫理に反し、多方面に容易に払拭し難い不信感を与えたとして、信用失墜行為に該当すると判断しています。
あなたの場合、教え子との交際当時独身であった点、教え子との関係がキスまでであり、性的関係を伴う交際ではなかった点、交際が人目を引く態様ではなかった点等において、本判決の事案と程度の差はあれど、社会通念上、教師の立場でありながら教え子と交際すること自体、生徒、保護者、教員、その他学校関係者、地域住民等に多大な不信感を与えるものであることは争いようがないところでしょう。
生徒の生活上ないし学校の教育指導上の弊害も当然に予想されるところであり、たとえ相手の同意があったとしても、教師と生徒の立場での交際は厳に回避すべきであることは、社会的な共通認識になっているといっても過言ではないと思われます。
憲法上、恋愛の自由が認められているとはいえ(憲法13条後段参照)、それはあくまで「公共の福祉」に反しない限りにおいて認められるものあり、殊に教師、生徒間の男女交際を回避すべきことは、各所への影響や弊害の大きさに照らし、甘受すべき最低限の制約であるといえるでしょう。
事実、自治体によっては、処分量定上、同意の有無を問わず、生徒とのキス行為を一律に免職相当と定めているところもあるほどであり、あなたの場合も、お聞きした事情のみを以ってしても、地方公務員法33条の信用失墜行為に該当する可能性が非常に高いといわざるを得ないでしょう。
3 非行から長期間経過後の懲戒処分の可否
もっとも、あなたの場合、元教え子と交際関係にあったのは25年も前のことであり、非違行為から既に長期間が経過しているため、かかる場合に懲戒処分を行うことが出来るのかどうかが問題となります。
この点については、仙台高裁平成28年11月30日判決の判示が参考になります。本判決の事案は、福島県立高校の教員であった被控訴人が、23年以上前に、県立高校勤務時に顧問をしていた部活動に所属していた女子生徒と部活動終了後に頻繁にみだらな行為を行っていたことを理由として、県教育委員会が行った懲戒免職処分等は、いずれも裁量権を逸脱するものであって違法であると主張して、県に対し、その取消しを求めた、というものです。
第一審の福島地裁平成28年6月7日判決が「20年以上前の事情と現在又は直近の事情とを比較した場合に、後者の方が公務員に対する信頼等に与える影響は当然大きいものといえるのであるから、このような時の経過は、懲戒処分の必要性及びその程度に関する判断において、当然に考慮されるべき事情であるといえる。」、「特に、本件行為から長期間経過したことは、処分行政庁において、処分の内容を量定するに当たり十分に考慮すべきであったというべきである」等と述べて、懲戒免職処分の取消しを認めたのに対し、控訴審の本判決では、以下のように述べて、懲戒免職処分は適法であると判断しました。
仙台高裁平成28年11月30日判決
被控訴人が平成2年頃本件女子生徒の母親に対し和解金として50万円を支払っていること、本件非違行為は、本件懲戒免職処分の23年以上前の事であり、被控訴人は、本件懲戒免職処分を受けるまでの間、懲戒処分を受けることなく、福島県の教育に携わってきたものであることなどを斟酌したとしても、上記のとおり、本件非違行為は極めて悪質であって、県民の学校教育に対する信頼を根底から覆す悪質極まりないものであるところ、福島県教育委員会に本件非違行為が発覚したのは平成24年2月であって、その後遅滞なく本件懲戒免職処分が行われていることからすれば、本件懲戒免職処分が社会通念上著しく妥当を欠くものとはいえず、福島県教育委員会がその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。
公務員に所定の懲戒事由があった場合の懲戒処分の選択については、懲戒権者に広い裁量が認められており、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを、その裁量的判断によって決定することができるものと解されています。
そのため、公務員に対する懲戒処分が違法となるのは、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したと認められる場合に限られる、というのが確立した判例となっています(最高裁昭和52年12月20日判決他多数)。
そして、本判決によれば、非違行為から年月が経過していることは、懲戒処分が裁量権の範囲内か否かの検討に際しての考慮要素とはされているものの、あくまで一考慮要素とされているに過ぎず、その他の事情を総合考慮してもなお処分が社会通念上著しく妥当を欠くとまではいえない場合、当該処分は有効と判断されることになります。
第一審が、懲戒免職処分が被処分者が長年にわたり積み重ねてきた功績を全て否定する処分であることに照らし、処分の有効性判断について慎重な姿勢を行っているのに対し、本判決では、勤続の功を全て抹消するに相当する重大な非違行為であると評価されている点が結論を左右しているといえます。
あなたの場合、非違行為から年月が経過しているとはいえ、そのこと自体は懲戒処分検討の際の一考慮要素となるに過ぎませんので、年月の経過を理由に懲戒処分を回避できるわけではありません。
もっとも、本判決は、元教え子との間で頻繁に性的関係を持っていた事案についてのものですが、あなたの場合、元教え子との関係はキスまでとのことであり、非違行為の重大性の点で本判決の事案とは一線を画するものといえます。少なくとも、25年前に元教え子との間で一時的にキス止まりの関係があったことの一事をもって、長年の勤続の功を全て抹消するに相当する重大な非行と捉えることは、一般的な感覚からしても無理があるように思います。
したがって、あなたが教員として積み重ねてきた貢献、その他の事情如何によっては、免職処分を回避できる可能性も十分に考えられるといえるでしょう。
4 具体的対応
ただし、お聞きした事情によれば、あなたは元教え子との単なる交際にとどまらない、性的関係の有無についても疑われているとのことですので、かかる疑念を晴らし、実際の事実関係の下での適正な処分を求めていく必要があります。今回問題となっている投書がどのような内容であるかは、伺った事情のみでは判然としませんが、教育委員会が事実調査に乗り出している以上、ある程度詳細かつ具体性のある事実が記載されていると思われ、その中に真実と異なる事実記載や、あなたが元教え子と性的な関係を持ったと誤認させるような内容が含まれている可能性は否定できません。
まずは、当該投書の内容や差出人等の情報を、教育委員会の担当者らとの折衝等を通じて可能な限り把握しておく必要があるでしょう(実際には、代理人として選任した弁護士を通して活動する必要があるでしょう。)。投書の記載に不自然ないし不合理な内容や客観的事実に反する内容等が含まれているはずであり、そうした点から、当該投書の内容が信用性に欠けるものであることを指摘し、元教え子との性的関係があったとの事実認定を阻止する努力が最低限必要です。
また、教育委員会として、実際に懲戒処分を行うに際しては、最低限、当時の状況を知る教員らに対する事情聴取を行っているはずであり、その聴取内容についても可能な限り把握した上で、性的関係があったかのような誤解をもたらしうる内容が含まれていれば、その信用性を争う主張を尽くす必要があるでしょう。
さらに、可能であれば、元教え子との性的関係があったことを疑わせる証拠の信用性を弾劾する証拠を、あなたの側でも準備、提出することが望ましいでしょう。本件では、あなたとの性的関係を疑われているまさに当事者である元教え子の証言を得ることができれば、性的関係があったとの誤った事実認定を回避できる可能性が飛躍的に高まることになると考えられます。弁護士の協力のもと、あなたとの交際の具体的態様等について、元教え子から直接聴取した内容を陳述書等の形で証拠化し、提出することが出来れば理想でしょう。
本件は、仮に元教え子との性的関係があったとの誤った事実認定の下、懲戒免職処分がなされた場合、あなたとしては、当然、人事委員会に対する審査請求(地方公務員法51条の2)や取消訴訟(行政事件訴訟法8条)等の手段で争うべきことになります。
しかし、特に、訴訟手続は公開の法廷で審理されるため、本件が懲戒処分の取消しを求める訴訟に発展した場合、元教え子としても、身に覚えのない性的関係の有無を巡って係争となることで、その名誉やプライバシーが毀損されるという不本意な事態に陥ることになります。したがって、かかる法的状況を理解してもらうことが出来れば、陳述書の作成等への協力も十分期待できるのではないかと思われます。
なお、本件では、元教え子との性的関係がなかったとしても、交際の事実自体が懲戒処分の対象となる可能性が高いことについては上記のとおりです。したがって、元教え子との性的関係がなかったことを示すための活動と並行して、懲戒処分の量定の一般的な基準である、非違行為の動機、態様及び結果、故意又は過失の程度、教職員の職責、児童生徒、保護者、他の教員及び社会に与えた影響、過去の非違行為の有無、日頃の勤務態度並びに非違行為後の対応等の見地から、あなたにとって有利な事情を主張し、懲戒処分を軽減させるための努力を尽くす必要があります。
上記のとおり、公務員に対する懲戒処分の量定については、懲戒権者の裁量が大きく、一度処分が出されてしまうと、当該処分を後から争うことは基本的に困難となるため、処分が決定されるまでの限られた期間内に、処分軽減に向けた対応を尽くしておく必要があります。早い段階で弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
以上