強制わいせつ罪の非親告罪化
刑事|強制わいせつ罪の起訴前弁護活動|非親告罪化に伴う告訴取り下げの意義
目次
質問
今朝方、突然警察官数人が自宅に来て、29歳、会社員の息子が逮捕されました。刑事さんによれば、被疑罪名は強制わいせつ罪で、半年ほど前の深夜、通行人の女性に抱き付いて胸を揉むなどしたことで、女性が告訴しているとのことであり、息子は取調べで事実関係に間違いはないと話しているようです。
最近のニュースで、法改正により、強制わいせつ罪は親告罪ではなくなり、被害者の告訴の有無にかかわらず処罰できるようになったと聞きました。
もはや、弁護人を付けて被害者と示談したとしても、起訴は避けられないのでしょうか。今後、どのように対応していけばよいのでしょうか。
回答
1 息子さんの被疑罪名となっている強制わいせつ罪(刑法176条前段)は、法定刑が6月以上10年以下の懲役とされる(罰金刑の定めがない)重罪です。何ら必要な対応をすることなく放置するとなると、逮捕に続く勾留(起訴前段階で最大で20日間)を経て起訴(公判請求)されることが確実視され、情状が悪いと初犯であっても実刑となることもあります。
2 従来、強制わいせつ罪は、被害者の告訴がなければ起訴することができない親告罪とされていましたが、近時、これを非親告罪化する法改正が行われており、改正法は平成29年7月13日に施行されています。改正法施行以前の事件であっても遡及的に非親告罪として扱われるため(刑法の一部を改正する法律・附則2条2項)、息子さんの場合も、強制わいせつ罪を非親告罪として扱う法改正を前提とした対応を考えなくてはなりません。
3 非親告罪になったとはいえ、法改正に際しての議論や法務省の検察庁に対する通達、検察官に期待される適正な訴追裁量権の行使の見地(刑事訴訟法248条参照)から、検察官が、加害者の処罰を求めるか否かについての被害者の意思を無視して起訴するような運用は考え難いところです。したがって、法改正後も、告訴の取消し、被害者の宥恕、加害者の処罰を求めない旨の意思の表明等を内容とした示談が成立した場合については、従来と同様に、終局処分としては不起訴処分が見込まれるとともに、不起訴処分を前提とした身柄釈放がなされる運用がなされるものと考えられます。
4 以上のとおり、息子さんの場合であっても、被害者と示談を成立させることで、不起訴処分の獲得、さらには示談成立のタイミングによっては早期の身柄解放も十分に見込まれるといえ、そのためには弁護人の助力が不可欠といえます。同種事案の弁護経験があり、直ちに活動開始してもらえる適任者の選任をお勧めいたします。
5 弁護人としても、強制わいせつ罪の非親告罪化に対応して、告訴取消書のみならず、被害者による宥恕や息子さんの刑事処罰を求めない旨の意思等を盛り込んだ内容の示談合意書を作成すること、宥恕や告訴取消し等が被害者の真意に基づくものであることにつき疑いを差し挟まれないような交渉過程を心掛けること、示談成立後もただ不起訴処分を待つのではなく、終局処分に関する検察官との交渉や意見書の提出等の活動を尽くすこと、等の対処が求められることになるでしょう。
6 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 強制わいせつ罪
息子さんの被疑罪名となっている強制わいせつ罪とは「暴行又は脅迫を用いて」「わいせつな行為をした」場合に成立する犯罪です(刑法176条前段)。ここでの「暴行又は脅迫」とは、相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫を意味し、息子さんのケースでは、被害女性に抱きつく行為、胸を揉む行為が同罪にいう「暴行」に該当することになります。
そして、被害女性の胸を揉む行為は、「暴行」にあたると同時に「わいせつな行為」でもあるため、被疑事実に争いがないことを前提とすれば、息子さんが被害女性に対して行った行為については、強制わいせつ罪が成立していることになります。強制わいせつ罪は法定刑が6月以上10年以下の懲役とされており(罰金刑の定めは置かれていません)、情状が悪いと初犯であっても実刑となることがある、性犯罪の中でも重い犯罪類型ということができます。
事件から半年ほど経過したタイミングでの逮捕ということですが、息子さんも事実関係については認めているとのことであり、警察で犯人特定のための慎重かつ地道な捜査を尽くした結果、息子さんに行きついたものと考えられます。
息子さんは現在、通常逮捕されている状態ですが、今後、事件が警察から検察官に送致(送検)された上(逮捕から48時間以内)、検察官が裁判官に対して勾留請求を行うこと(送検から24時間以内、逮捕と合わせて72時間以内)がほぼ確実視されます(刑事訴訟法203条1項、205条1項・2項)。勾留とは逮捕に引き続き行われる比較的長期間の身柄拘束処分のことをいい、検察官の勾留請求が認められた場合、原則10日間(刑事訴訟法208条1項)、検察官が起訴・不起訴の決定にあたって追加で取調べや証拠収集をする必要があると判断した場合、さらに10日間身柄拘束が続くことになります(刑事訴訟法208条2項)。
検察官は、この最大20日の勾留期間中に、息子さんを起訴(公判請求)するか否かを決定することになります。項目を改めて説明しますが、息子さんが起訴を回避するためには、この最大20日間の勾留期間中に、弁護人を通じて被害女性と示談を成立させる以外に途はありません。
2 改正による強制わいせつ罪の非親告罪化
ところで、ご指摘の通り、強制わいせつ罪を始めとする性犯罪の処罰規定について、最近重要な法改正がありましたので、ご説明いたします。これは、刑法の規定の見直しにより、性犯罪の厳罰化や、これまで被害者の告訴がなくても起訴できるように非親告罪化することなどが盛り込まれたものであり、改正刑法は平成29年7月13日に施行されています。
性犯罪処罰規定の厳罰化について、具体的には、①これまで行為の客体を女性に限定していた強姦罪を、性別にかかわらず被害者となりうる「強制性交等罪」に変更するとともに、処罰対象となる行為を「性交、肛門性交又は口腔性交」に拡大する(改正後刑法177条)、②18歳未満の者に対し、その者を現に監護するものであることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為や性交等をした場合、暴行や脅迫がなくても強制わいせつ罪や強制性交等罪と同様に処罰の対象とする「監護者わいせつ罪」、「監護者性交等罪」を新設する(改正後刑法179条、176条、177条)、③強制性交等罪の法定刑の下限を、これまでの強姦罪の懲役3年から5年に引き上げる(改正後刑法177条)、等の改正がなされています。これらの詳細についての解説は別稿に譲ることとしますが、本件では、これらと併せて、④これまで被害者の告訴を必要としていた旧刑法180条を削除して、すべての性犯罪で告訴がなくても起訴できるようにする改正がなされている点が重要です。
これまで、強姦罪や強制わいせつ罪は、被害者の告訴がなければ起訴することができない親告罪とされていました。これは、犯罪の性質上、加害者を訴追することによって被害者の名誉やプライバシーが害される等の二次被害が発生する場合があることから、被害者保護の見地から規定されていたものです。
しかし、実際には、告訴すべきか否かを被害者の意思にかからしめることは被害者にとって大きな負担となっており、被害者が躊躇した結果、加害者が処罰されない、といったケースも一定数存在していました。今回の改正による非親告罪化は、こうしたケースで被害者の負担を軽減するとともに、加害者が処罰されない事態を避ける点に狙いがあります。
なお、一度なされた告訴が取り消された等によって法律上告訴されることがなくなっている(刑事訴訟法237条1項、2項)場合を除き、改正法施行以前の事件であっても遡及的に非親告罪として扱われることになるため(刑法の一部を改正する法律・附則2条2項)、息子さんの場合も、強制わいせつ罪を非親告罪として扱う刑法改正を前提とした対応を検討すべきことに変わりはありません。
3 刑事処分への影響
強制わいせつ罪が親告罪とされていた旧刑法下では、検察官による起訴前のタイミングで、被害者との示談成立による告訴の取消等があった場合、被疑者の終局処分としては不起訴処分が見込まれる状態となり、検察官も、このことを前提に勾留中の被疑者を釈放する措置を執ることが通常でした。
しかし、強制わいせつ罪の非親告罪化によって、仮に被害者との間で示談が成立し、被害者が告訴を取り消し、あるいは加害者の処罰を求めない旨の意思を表示している場合であっても起訴されてしまう事態があり得るのではないかという疑問が生じることになります。
結論として、今後については、検察官が、起訴裁量の枠組みの中で、個々の事件ごとに、被害者の意思を最大限尊重した上で適正な終局処分の決定をすることになると考えられます。この点については、改正に際しても議論がなされており、改正法の施行にあたっては、法務省から、全国の検察庁に対して、終局処分を決定する際には被害者の意思を丁寧に確認するよう求める通達が出されています。
強制わいせつ等の性犯罪事案において、被害者の名誉やプライバシー等の保護に特に配慮すべきことは法改正の前後で何ら変わりないはずであり、検察官が被害者の意思を無視して起訴するとなると、それは最早適正な訴追裁量権の行使とはいえないでしょう(刑事訴訟法248条)。被害者の意思如何にかかわらず起訴する運用は、被害者の告訴の負担を軽減するとともに、被害者の躊躇によって加害者が処罰されない事態を避けるという法改正の趣旨からも外れるものであり、実務上かかる運用が定着する可能性は皆無といってよいと思われます。
したがって、告訴の取消し、被害者の宥恕、加害者の処罰を求めない旨の意思の表明等を内容とした示談が成立した場合については、改正以前と同様に、終局処分としては不起訴処分が見込まれるとともに、不起訴処分を前提とした身柄釈放がなされる運用がなされるものと考えられます。現に、筆者が弁護を担当した事件でも、被害者との示談が成立した強制わいせつ事案で法改正後に不起訴処分となるなど、実例も蓄積されてきています。
また、被親告罪となったことに伴い、犯罪後できるだけ早い段階で示談をすることが重要になります。示談、告訴の取り消しが起訴前に行われた場合、親告罪であれば起訴はできないことになりますが、被親告罪となったことにより、起訴の直前に示談、告訴の取り消しがあったとしても、法律上は起訴することは可能です。しかし、犯罪直後に示談をして告訴をしないあるいは、告訴後であっても告訴の取り消しをすることによって、起訴するだけの容疑なり証拠が準備できなくなり、結局不起訴処分となることが可能となるからです。
4 具体的対応について
以上のとおり、息子さんのケースでも、弁護人を選任し、被害者と示談を成立させることで、不起訴処分の獲得、さらには示談成立のタイミングによっては早期の身柄解放も十分に見込まれるといえるでしょう。強制わいせつ罪の非親告罪化は、被害者による告訴の躊躇に伴う不起訴処分の可能性がなくなったことを意味するため、何ら必要な対応をせずにいた場合、改正前に増して起訴が確実視されるものといえ、これを回避するためには弁護人の助力が不可欠になります。特に会社員の場合、事件を会社に知られずに済んだとしても、欠勤が長期化すれば失職の危険性が高まるため、早期の示談成立を目指す必要があります。そのためには、逮捕後速やかに、同種事案の弁護経験がある弁護士を弁護人に選任し、直ちに示談に向けて活動開始してもらうことが重要です。
なお、弁護人としては、性犯罪の非親告罪化に対応した弁護活動を意識すべきことになるでしょう。強制わいせつ罪においては、改正前であれば、被害者の告訴の取消しを得られさえすれば、訴訟要件が欠けることになるため、後は不起訴処分を待つだけでした。しかし、改正後は検察官の訴追裁量の枠組みの中で(特に被害者の処罰意思を重視して)起訴、不起訴の決定がなされるため、不起訴処分を得るためには、単に告訴の取消しを得るだけでは不十分であり、被害者による宥恕、加害者の訴追を求めない旨の意思等を盛り込んだ内容の示談合意書を作成する必要があります。
また、改正前においては、告訴に伴う二次被害への不安から、被害者が性犯罪事案における示談金の相場よりも著しく低額な示談金での示談に泣く泣く応じざるを得ないケースも想定されました。しかし、改正後においては、示談ないし告訴取消しが被害者の真意に基づくものであるかどうか疑わしい事案においては、形式上示談の形をとっていたとしても起訴される可能性が考えられることになります。したがって、弁護人としては、示談交渉の際は適正妥当な条件提示を意識し、宥恕や告訴取消し等が被害者の真意に基づくものであることにつき疑いを差し挟まれないような交渉過程を心掛ける必要があることになります。
そして、当然ながら、示談の成立によって自動的に不起訴処分となるわけではないことから、示談成立後も、検察官に対する不起訴処分を求める働きかけ(終局処分に関する検察官との交渉や意見書の提出)は必須の弁護活動になります。犯情面での有利な事情の主張はもちろんのこと、釈放後も、犯行の根本的な原因を明らかにした上での再犯防止策の明示や家族による監督、環境調整等のフォローに至るまで、検察官に不起訴処分を選択させる上でプラスになる事情は全て主張できるよう努力する姿勢が求められることになるでしょう。
以上