私道に障害物が置かれるトラブル|位置指定道路と通行権の主張
民事・建築基準法|位置指定道路と妨害排除請求|最高裁平成9年12月18日判決
目次
質問
私は、20年前に分譲地内の住宅を購入しました。私は通勤で車を利用していますが、自宅から分譲地外の公道に出るためには、分譲当時から位置指定道路にされた私道を通っています。周囲の住民もこの道路を徒歩や車で通行しています。これまで、この道路の通行についてトラブルになったことはありません。
最近になり、分譲地内の宅地とその前の私道部分の所有権を取得した人(以下「Aさん」といいます)が、道路部分に障害物を置いて、私たちの自動車通行を妨害しています。地元自治会の役員によると、Aさんは近い将来、車の通行ができないようにするとも話していたとのことです。
この道路が使えなくなると、他に分譲地外の公道に出る道路もなく、自動車を利用することができなくなります。Aさんの道路通行の妨害を阻止する方法はないでしょうか。
回答
1 位置指定道路の所有者は、近隣土地の所有者に対して、道路通行の妨害をすることはできないとして、近隣住民の道路所有者に対する妨害排除請求を認めた最高裁判例があります(最高裁判所平成9年12月18日判決)。以下に解説します。
2 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 私道に物を置くことの問題点
ご相談者様は、分譲地内で位置指定道路とされている道路を自動車で通行されていました。位置指定道路とは、特定行政庁から道路位置指定を受けた私道です。位置指定道路については建築基準法上の道路として扱われ、また、位置指定された土地については建物を建てることはできないとされています。Aさんは道路が自己に所有権があることを理由に、障害物を置いたりして自動車通行を妨害しているとのことですが、Aさんが建物を建てることはできないとしても、自分の土地に物を置くこともできないのか、という点については明確にそれを禁じる条文はありません。
Aさんは、自己の所有権の行使として、道路に障害物を置いていると考えられますが、ご相談者様にとって、日常利用して、生活に不可欠な道路通行を妨害されているという点で、Aさんの所有権の行使とご相談者様の道路利用のいずれが優先されるのか問題となります。
位置指定道路として建築基準法上の道路と認められる最大の目的は建築基準法で要求されている、建物を建てられる土地は4メートル以上の道路に面していなければならない、という要件を満たすためです。消防自動車が入れないような狭い通路しかないような住宅の建築を禁止するということです。
しかし、位置指定道路だからと言って自動車で通行できる権利があるのか、自動車での通行の妨害を排除できるのか、ということは別の問題となります
以下で、位置指定道路の説明と、同様の問題が扱われた最高裁判所判決について解説します。
第2 位置指定道路とは
建築基準法(以下、「建基法」)では、建築物の敷地は原則として2メートル以上「道路」に接していなければならず、接道義務が定められています(建基法43条1項)。「道路」については原則として幅員4メートル以上でなければならないこと等の制限をし、すべての建築物が交通、安全、防火、衛生上適切な道に十分面している状態の実現を目指しています(建基法42条)。
位置指定道路は、このような「道路」の一種ですが、国や公共団体が所有、管理する道路ではなく、私人が所有する私道となっています。建基法42条1項5号により、土地を建築物の敷地として利用するため、道路法等の公法規定によらないで築造する政令で定める基準に適合する道で、これを築造しようとする者が特定行政庁からその位置の指定を受けたもので、かつ、幅員4メートル以上のものであることが要件となっています。上記の接道義務を満たすため、私道を「道路」とする必要がある場合、特定行政庁に対し道路位置指定の申請を行い(建基法施行規則9条)、指定を受けることになります。
私道が位置指定道路とされた場合、その上に建築物を建てることはできません(建基法第44条)。このように位置指定道路に指定された場合その土地の所有者は、権利の制限を受けることになります。しかし、他方でその土地通行するという権利があるのかという点については、法律で特に定めがありません。そこで、通行を妨害された場合に、妨害を排除できる権利があるのか問題となります。
憲法第29条は、国民に財産権を保障しています。そして、民法第206条は、所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する、としています。土地があっても建物が建てられない場合、所有権の制限となり、憲法第29条に違反するのか問題となります。ところが、所有権といえども国民全体の公共の福祉の観点から制限されることは憲法も認めるところです。建築基準法による所有権の制限も国民の生命、身体および財産の保護を図るという「公共の福祉」の見地から認められるものです。
それでは、道路通行が道路所有者に妨害されている場合、どのような要件で道路通行者が道路所有者に対し、妨害排除を請求することができるのか、最高裁判決がありますので、以下に紹介します。
問題点は、位置指定道路について、通行をする権利、通行を妨害されない権利があるかということと、道路の所有者の所有権が通行権によって制限されるのか、という点です。最高裁判所は、『敷地所有者に対して右妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有するものというべきである。』として、人格的権利として妨害行為の禁止を求める権利を認めました。
第3 最高裁判所平成9年12月18日判決
当事者
Xら:分譲地内で位置指定道路となっている土地(以下「本件土地」といいます)の所有権を取得した者。自己の所有権を理由にYらの自動車通行を妨害した。
Yら:30年以上にわたり、本件土地を道路として利用し、自動車通行に利用をしている。
事案の経過
- 本件土地は、昭和33年ころ、本件土地周辺が大規模分譲住宅として開発された際、各分譲地に至る通路として開設された幅員4メートルの道路である。
- 本件土地は昭和33年に、〇〇市長より道路位置指定を受けた。
- 本件土地は道路位置指定後30年以上にわたり、Yらを含む近隣住民等の徒歩及び自動車の通行に利用されている。
- Yらは、同分譲地に居住し、自動車を利用している。Yらが居住地から公道に出るには、公道に通じる他の道路が階段状であって自動車による通行ができないため、本件土地を道路として利用することが不可欠である。
- Xらは、本件土地が分譲住宅として開発されてから約30年後の昭和61年、本件土地の所有権を贈与により取得した。
- 平成3年、Xらは、Yらを含む本件土地周辺の住民に「Xらと本件土地の通行に関する契約を締結しないと、車両等の通行を禁止する。」とのビラを配り、本件土地上に簡易ゲートを設置し、Yらの自動車通行を妨害した。
- 平成4年、Xらは、Yらの所属する自治会に対し、「道路通行を不可能とする工事を行うことがある。」との通知をした。
- Yらは、Xらに対して、道路通行の妨害排除を求めて裁判所に訴えを提起した。
判例の基準(『 』は判決文の引用です)
- どのような者が妨害排除請求が可能なのか。 『建築基準法四二条一項五号の規定による位置の指定(以下「道路位置指定」という。)を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は』妨害を排除請求する権利がある。
- どういう状況で妨害排除請求が可能となるのか。
『右道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され、又は妨害されるおそれがあるとき』 - 妨害排除請求ができない場合があるのか。
『敷地所有者が右通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り』 - 以上より『敷地所有者に対して右妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有するものというべきである。』として妨害排除請求が認められると最高裁判所は判断をしています。
本件の事情での最高裁の判断
- Yらは、Xらに対する妨害排除請求が可能である。Yらは、『道路位置指定を受けて現実に道路として開設されている本件土地を長年にわたり自動車で通行してきたもので、自動車の通行が可能な公道に通じる道路は外に存在しないというのであるから、本件土地を自動車で通行することについて日常生活上不可欠の利益を有しているものということができる。』
- Yらは妨害排除請求が可能となる状況にある。
- 『本件土地の所有者である(Xら)は、(Yら)が本件土地を通行することを妨害し、かつ、将来もこれを妨害するおそれがあるものと解される。』
- Yらの妨害排除請求を阻止する特段の事情はXらには認められない。
- XらがYらの『右通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情があるということはできず、他に右特段の事情に係る主張立証はない。』
- Yらは、Xらに対して、『本件土地についての通行妨害行為の排除及び将来の通行妨害行為の禁止を求めることができるものというべきである。』
第4 最後に
最高裁判所は、以上のように、道路通行を妨害している所有者に対して、道路利用者による妨害排除請求ができることもあることを認めました。
ご相談者様の場合、本件土地を道路として長年利用し、他に公道に通じる道もないのですから、本件土地を自動車で通行するについて日常生活上不可欠の利益を有するものといえます。
Aさんは現実にご相談者様らの道路通行を妨害し、また、ご相談者様の通行を上回る利益がAさんにあるとはいえません。こうした場合、ご相談者様はAさんに対して、通行妨害の排除を請求することが認められると考えられます。
位置指定道路だからと言って、簡単に通行の妨害を排除できることにはならないことに注意が必要です。位置指定道路の通行は本来は通行の権利を与えるものではなく、権利として認められるためには、日常生活に必要不可欠であり、通行が私道の所有者の権利を不当に侵害しないものであることが必要ですただ、裁判となった場合、どのように主張・立証をするのか、専門的な知識も必要ですので、一度お近くの弁護士にご相談された方がよいでしょう。
以上