公務執行妨害罪の弁護活動
刑事|公務執行妨害罪と傷害罪の罪数関係|公務執行妨害における示談の意義、地方公務員災害補償との関係
目次
質問
私の夫が警察に逮捕されてしまいました。何でも、都営地下鉄の駅で酔って女性の体を触ってしまい、さらに注意した都営地下鉄の職員を殴ってけがをさせてしまったとのことです。けがをされた方が公務員なので、公務執行妨害罪で逮捕されたようです。
公務執行妨害罪は示談が不可能という話を聞いたのですが、本当でしょうか。夫に前科が付くことを避けるためにはどうしたら良いでしょうか。
回答
1 都営地下鉄は、東京都交通局が運営しているため、その職員は公務員です。その為、本件でご主人が都営地下鉄の職員を殴ってしまった行為は、公務執行妨害罪(刑法95条1項)に該当します。ただし、殴った相手がけがをしている場合には、より刑罰が重い傷害罪(刑法204条)に切り替えられて処罰される可能性もあります。また、女性に絡んだ行為が、場合によっては東京都迷惑防止条例違反として処罰の対象となる場合もあります。
2 公務執行妨害罪(又は傷害罪)及び東京都迷惑防止条例違反で処罰される場合、初犯であれば罰金刑となる場合が多いといえます。仮に罰金で済んでも前科となりますから処罰を回避する必要がありそのためには、被害者にあたる職員の方と女性の方の両方と示談活動を行うことが必要です。
公務執行妨害罪の場合、公務の運営主体である役所が公務員に示談を許可しない、また公務員個人と示談をしても処罰をされてしまう、という場合もありますが、公務執行妨害罪であっても、公務が阻害された損害よりも当該公務員の身体等に加えた損害が大きい場合には、当該公務員と示談をすれば不起訴処分となることが多いです。そしてそのような場合には、例え公務員であっても、損害の回復のために示談に応じることを役所に許可してもらうことは可能です。
3 公務執行妨害罪は、示談による不起訴処分を諦めてしまいがちでもありますが、粘り強く担当部局や検察官と交渉をすれば示談をして不起訴となることも十分可能です。逮捕からの身体拘束については、弊所事例集『会社員が逮捕された場合の身柄解放手続き』及びこちらをご参照下さい。
4 本件は単なる痴漢事案ではなく公務執行妨害罪の弁護活動も必要となる特殊性があります。速やかに経験のある弁護士に依頼し対策を取ることをお薦めします。
解説
1 本件で成立する犯罪
(1) 公務執行妨害罪又は傷害罪
ア 公務執行妨害の要件
本件では、公務員である都営地下鉄の職員の方を殴ってしまったとのことですので、まず公務執行妨害罪(刑法95条1項)に該当することが考えられます。
公務執行妨害は、「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた」場合に成立します。
ここでいう「公務員」は、「国又は地方公共団体の職員その他法令により公務に従事する議員、委員その他の職員(刑法7条1項)」を意味します。その為、特別行政法人等の職員で、法律上公務員として扱われる者(いわゆる「みなし公務員」)も、本罪の対象となります。都営地下鉄の職員は、通常東京都の交通局に所属する職員ですので、本罪における地方公共団体の職員であり「公務員」に該当します。
次に「職務を執行するに当たり」の職務の範囲が問題となりますが、判例上、当該職務は公務員が行う職務が広く含まれると解釈されています。今回の事件も、駅の職員が職務として駅内で警備行為を行っている最中の出来事ですので、「職務を執行するに当たり」の要件に該当します。
最後に、「暴行又は脅迫を加えた」ですが、本件では殴るという直接的な暴行を加えておりますので、当然該当します。
なお、公務執行妨害においては、実際に公務の執行を妨害する現実の結果までは必要とされていません(「抽象的危険犯」といい、結果の発生が不要なことはもちろん結果発生の具体的な危険性も必要ではないことになっています。結果を発生させる危険性のあるような行為があれば既遂となってしまいます)。その為、現にご主人の取り締まりに成功していたとしても、本罪は成立します。
以上のとおり、本件での公務執行妨害罪が成立し得ることには法的に争いが無いと考えられます。
公務執行妨害罪の法定刑は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金です。初犯の場合、罰金刑の処罰を受けてしまう可能性が高いと言えます。
イ 傷害罪
なお本件では被害者の駅職員がけがをしているとのことですので、傷害罪(刑法204条)が成立する可能性もあります。傷害罪と公務執行妨害罪の両罪が成立する場合は、いわゆる観念的競合(刑法54条1項、ひとつの行為が同時に複数の罪名に該当しうる場合)の関係にあるため、法定刑の重い傷害罪のみで処罰されることになります。
傷害罪の法定刑は十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金です。
(2) 東京都迷惑防止条例違反
また、女性の体に触った行為が、場合によっては東京都公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(いわゆる「迷惑防止条例」)違反として、処罰の対象となる場合もあります。例えば、痴漢類似の行為であれば、同条例の「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」違反として処罰される可能性があります。同条例の当該条項違反の場合の法定刑は、「一年以下の懲役又は百万円以下の罰金」ですが、初犯であれば罰金刑の可能性が高いといえます。
ただし、同条例違反と、上記の公務執行妨害罪(又は傷害罪)は、全く別の犯罪として併合罪(刑法45条)の関係になります。併合罪の関係にある二個の罪について罰金に処するときは、それぞれの罪について定めた罰金の多額の合計以下で処断されることになります。その為、本件で罰金刑となる場合は、百五十万円が上限となります。仮に事案が悪質であると評価されれば、場合によっては正式裁判となる可能性も否定はできません。
なお、迷惑防止条例違反の対応については、弊所事例集『迷惑防止条例違反と勾留請求阻止』等もご参照下さい。
2 不起訴処分のための弁護活動
(1) 両罪についての示談活動
上記のとおり、本件では公務執行妨害(又は傷害罪)と東京都迷惑防止条例違反という二つの罪で処罰される可能性があります。
両罪は、いずれも単独のみでも原則罰金刑の処罰を受ける犯罪です。その為、東京都迷惑防止条例違反について被害者と示談が成立し、被害届が取り下げられたとしても、公務執行妨害罪のみで罰金刑となる危険性は残ります。
そのため、不起訴処分となるためには、原則として両方の罪について示談を成立させる必要があります。
(2) 公務執行妨害罪についての示談活動
ア 示談の有効性
なお、公務執行妨害罪の保護法益は、あくまで公務自体という社会的法益であって、公務員の身体・生命といった個人的法益ではありません。
そのため、検察官によっては、単に公務員個人と示談しただけでは、公務執行妨害について処罰が強行されてしまう可能性があります。
しかし、本件のように、個人の身体に対する傷害の度合いが大きく、また公務自体が阻害された程度がそこまで大きくない場合には、公務執行妨害罪とはいえ、実際の犯罪による被害結果は公務員個人に生じたものが大部分を占めることになります。そうすると、当該被害結果が被害弁償や示談により相当程度回復されれば、処罰すべき必要性は大きく減殺されることになります。検察官には、この点を強く主張し、示談の成立を理由に不起訴処分とすべきことを要請する必要があります。
イ 地方公務員災害補償との関係
また、公務執行妨害の示談の場合、当該公務員の勤務先である役所(本件の場合は東京都交通局)より、当該公務員に対して、個人的な示談に応じることを禁止するとの指示が事実上為されてしまうことがあります。このような指示が出されるのは、公務の公平性を保つために、一律処罰を強く希望する目的であることが窺われます。しかし、犯罪によって生じた損害の賠償金を請求することは、被害者の権利であるため、いかに公務中の出来事といえども、役所が示談の禁止を指示することは不当といえます。その為、示談を拒否された場合でも、場合によっては勤務先の上司と上記の点を交渉し、被害弁償及び示談に同意するように要請する必要もあります。
なお、示談の際に支払う示談金には、公務員に生じた民事上の損害の賠償金としての性質も含むと考えられるものですが、一般的に公務上生じた損害(公務災害による賠償)については、一般の労働者の労務災害補償と同種の補償が、地方公務員災害補償法(地公災。国家公務員の場合は国家公務員災害補償法)により補償されることになります。
そして、公務執行妨害罪の場合は、上記のように示談について勤務先の了解を得る必要が出てくる場合が多い関係上、地方公務員災害補償との関係が問題となり、被害者から「地公災により補償されるので、加害者からの示談金は、賠償金の二重取りになるから受け取れません」と言われる場合があります。
しかし、地公災による補償は、原則として「加害者から賠償を受けられない場合」の二次的な救済ですので、まずは加害者から被害弁償金を受領するのが本来の筋です。被害者には、この点を説明して示談に応じるよう説得することができます。
また場合によっては、示談合意書等に、「示談金は民事上の被害弁償金とは別である」ことをあえて明記することによって、被害者が二重取りとなる危険を回避することに協力することも検討すべきでしょう。もっともその場合、被害者が地公災から受けた賠償金について、地公災から求償請求を受けて、加害者に二重払いの負担が生じてしまう可能性がありますので、示談の必要性や金額の相当性も考慮してよく検討する必要があります。
3 まとめ
本件のよう一人の公務員個人に対する公務執行妨害罪の場合は、示談をすることによって不起訴処分となる可能性は非常に高いと言えます。
また、示談が成立しない場合でも、示談が成立しない理由や交渉の経過を検察官に報告書として提出する、被害者に示談金を供託する、その他当人の反省状況や家族による監督体制、具体的な再犯防止策等を証拠化して提出する、等の弁護活動を行うことによって、不起訴処分を勝ちうる場合も存在します。
公務執行妨害罪は、示談による不起訴処分を諦めてしまいがちでもありますが、粘り強く担当部局や検察官と交渉をすれば示談をして不起訴となることも十分可能です。
速やかに経験のある弁護士に依頼し対策を取ることをお薦めします。
以上