【親族、過去の婚姻費用を離婚による財産分与で清算することができるか。東京地裁平成9年6月24日】
質問:私は,夫と7年ほど別居しており,もう離婚しようと思っています。私たち夫婦には子供が2人いて,別居後の子供の養育費については,全て私が支払ってきました。離婚するにあたっては,夫から慰謝料や過去の養育費についてももらいたいと思っています。子供の過去の養育費などは財産分与の対象となるでしょうか。
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回答:まず,慰謝料と財産分与についてですが,慰謝料は離婚などで被った精神的苦痛に関して、相手に責任がある場合に請求するものであり,財産分与は婚姻中に夫婦が共同で築いた財産を離婚に際して,お互いの寄与分に応じて配分するものです。したがって,慰謝料と財産分与は別の請求となりますので,両方請求することができます。
次に,財産分与の対象となる財産ですが,通常は,離婚時や今回の事案でいえば別居時に存在する夫婦が共同で築いた財産が対象となります。婚姻前から有していた財産や,婚姻中でも親から相続した財産など,夫婦の財産とにはならないものは財産分与の対象とはなりません。
また,離婚前の、ご自身の生活費や子供の養育費は,婚姻中は婚姻生活に要する費用にあたりますので,本来であれば,家庭裁判所などで婚姻費用の分担の決定をしてもらうべきでしたす。過去の未払の養育費に関しては、請求があった時以降の養育費しか請求できないことになっています。
そこで、別居時に請求していなかった婚姻費用を財産分与に際して考慮できないか、問題になります。この点判例では,過去の生活費や養育費の精算額も財産分与額の決定に際しての事情の一つとして考慮することができるとされています。したがって,子供の過去の養育費等の婚姻費用に関しても,本来相手方から支払われるべきであった金額が考慮され,その金額が加算された額が分与額となる可能性が高いです。ただし,裁判例では,必ずしも全額が考慮されているわけではありません。
解説:
第1 財産分与について
1 財産分与の制度,趣旨
財産分与(民法768条(以下「法」という。)768条)とは,離婚した(内縁を解消した)夫婦の一方が他方に対し,夫婦が婚姻中に有していた実質上共同の財産の分与を求めるものであります。財産分与の趣旨は,一般的には,夫婦間においては夫側の所得の方が多く,不動産や預貯金など夫名義の財産が妻を上回ることが多いですが,婚姻中の財産の帰属をそのままの状態で婚姻関係を解消してしまうと夫婦の財産形成に対する一方配偶者の寄与度を無視する結果となり,著しく不合理な結果となります。そこで,形式的には一方の名義となっている財産を,他の配偶者にも帰属させ,夫婦共有の財産の配分を調整するところにあります。また,夫婦間での実質的に共同の財産を清算分配することにより,離婚後における一方当事者の生計の維持をはかることも目的としています。
2 慰謝料と財産分与との関係について
上記1のとおり,財産分与の制度は,夫婦の婚姻中の実質的に共同の財産を清算分配するものでありますので,慰謝料と異なり請求をする相手方が離婚について有責配偶者である必要はありません。
一方,離婚の際には,よく慰謝料請求がなされますが,離婚の際の慰謝料請求とは,相手方の有責な行為によって離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことに対するものであります。したがって,両者は性質を必ずしも同じくするものではなく,財産分与がなされた後に慰謝料を請求することもできますし,相手方に有責な行為がなければ,慰謝料の請求をすることができないことになります。
裁判所が財産分与の額及び方法を定める際には,当事者双方の一切の事情を考慮すべきものであるから,財産分与の請求の際に,慰謝料も含めて財産分与の額及び方法を定めることもできると解されています(最判昭和46年7月23日参照)。また,財産分与の際に慰謝料が考慮されていたとしても,その額及び方法によっては精神的苦痛を慰謝するに足りないと認められる場合には,さらに別個に慰謝料の請求を行うこともできます(同判例参照)。
第2 婚姻費用について
1 夫婦間では,婚姻から生ずる費用を分担することとなります(法760条)。この婚姻から生ずる費用のことを婚姻費用や婚費といいます。婚姻費用は,夫婦の共同生活において,財産や収入,社会的地位等に応じた通常の生活を維持するに必要な生計費のことを言い,各自の生活費や子の養育費などが含まれます。
また,夫婦が別居中であっても,離婚しない限りは婚姻は継続していますので,離婚するか,共同生活が回復するまでは,各自の生活費用や子の養育費は婚姻費用となります(大阪高決昭和33年6月19日参照)。
2 婚姻費用の範囲についてですが,養育費は子が未成熟子である場合に請求できるものであり,子が20歳未満であっても,就職して収入があれば未成熟子にあたらず,逆に20歳以上であっても,子が大学に進学している場合は,その子が大学を卒業するまで未成熟子と扱われる場合があります。
養育費のうち,教育費用に関しては,私立の学校や塾代なども分担を命じた裁判例があります(大阪高決平成21年11月17日参照)。具体的にどの程度の金額が認められるかについては,夫婦間の収入の割合や資産の状況などを考慮して決定されています。
3 別居中の婚姻費用の分担については,夫婦間で協議ができないときは,家庭裁判所に対し,婚姻費用の分担の調停や審判を申し立てることができま多いです(家事事件手続法150条第3号,244条,同法別表2)。この調停や審判によって,婚姻費用の分担額について具体的な義務が形成され,婚姻費用の請求を行うことができます。
この婚姻費用の支払いの始期ですが,婚姻費用支払い義務が,他の配偶者や子の生活を保持するための義務であることからすれば,別居時から支払義務が発生するとも思えます。しかし,別居してから,しばらくして突然過去の婚姻費用をまとめて請求されると,義務者にとっては不意打ちとなり酷であります。また,過去の婚姻費用が本当に必要であったのか疑問が生じることもあります。そこで,一般的には,婚姻費用を請求したときから,婚姻費用の支払義務が発生するとされています。
裁判例でも,別居時からではなく,「婚姻費用分担義務の始期は、同義務の生活保持義務としての性質と両当事者間の公平の観点から考えれば、権利者が義務者にその請求をした時点と解すべきである。」としており,この裁判例では調停の申立時を支払義務の発生の始期としました(東京高決昭和60年12月26日)。また,婚姻費用の支払いを内容証明郵便にて請求していた事案では,「その分担の始期については,婚姻費用分担義務の生活保持義務としての性質と当事者間の公平の観点からすると,本件においては,申立人が相手方に内容証明郵便をもって婚姻費用の分担を求める意思を確定的に表明するに至った平成26年1月とするのが相当である。」としており,必ずしも裁判上の手続きにて請求する必要はないようです(東京家裁平成27年8月13日)。
第3 財産分与の請求について
1 財産分与の対象となる財産
財産分与において,清算の対象となる財産は,名義が夫婦の共有財産となっている財産及び名義は一方配偶者であるが,実質的には婚姻中に夫婦の協力によって形成された実質的共有財産となります。対象財産の確定の基準時については,離婚時又は別居をしている場合は別居時ですが,妥当な解決を図るために,その後の財産の変動を考慮して多少の変動はあり得るところです。
なお,婚姻前から有していた財産や,婚姻期間中に得た財産であっても,両親からの贈与や相続などによって得た財産で,夫婦間での協力によって得た財産ではないもののことを特有財産といいます。この特有財産は,財産分与の対象とはなりません。
2 過去の婚姻費用について
過去の養育費などの婚姻費用については,すでに子を監護している親などが支払いをしているものなので,共有財産を清算する財産分与の制度の中では考慮されないとも思えます。原則は、別居時に存在する財産が対象となります。しかし,法は「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して」分与額等を決定すると定めています(法768条第3項)。また,「離婚訴訟において裁判所が財産分与の額及び方法を定めるについては当事者双方の一切の事情を考慮すべきものであることは民法七七一条、七六八条三項の規定上明らかであるところ,婚姻継続中における過去の婚姻費用の分担の態様は右事情のひとつにほかならないから、裁判所は、当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるものと解するのが、相当である」と判事した判例もあります(最判昭和53年11月14日)。
支払われるべき婚姻費用が支払われていれば、財産分与の際に分与されるべき財産が異なってくることは当然予想されますから、公平の見地から未払の婚姻費用についてどのように存在する財産を分与するかについて未払の婚姻費用を考慮することは当然といえます。この判例の原審(東京高判昭和53年2月27日)では,別居後7年以上にわたり,婚姻費用請求権者が自己及び子ども二人の生活費や教育関係費として1000万円近く支出したことが推認されるが,請求者が別居時に300万円の財産を持ち出していることや,婚姻費用請求権者に別居中の年収が156万円ほどあったことを考慮する必要があるとしました。そして,財産の清算分が600万円,過去の婚姻費用の清算額として金400万円が考慮され,1000万円の分与額が算定されました。
3 その他の参考裁判例
(1) 離婚及び財産分与が請求された事案において,「婚姻関係が破綻した後においても、婚姻費用分担請求権は認められるものであるから、離婚に際しての財産分与において、未払婚姻費用を考慮することは可能である。」と判事し,過去の婚姻費用の未払い分も財産分与に際して考慮するとした裁判例もあります(東京地裁平成9年6月24日)。この裁判例では,相手方配偶者の未払いの婚姻費用については「婚姻費用は、双方の収入に応じて負担すべきものであるから、前提として収入を認定する必要がある。この場合の収入は、家庭のために支出することが可能な金額が基礎となるから、名目収入から、税金・社会保険料・職業維持のために最低限必要な支出等(職業費)を控除した金額である。」と一般論を示し,両者の収入を認定した上で,一方配偶者の未払いの婚姻費用の金額を算定し,財産分与の額の算定の際に考慮しています。この事案では,2人の未成熟子がおり,婚姻費用の算定にあたっては,子の必要医療費や大学費用などの養育費も考慮されました。具体的な金額としては,未払いの婚姻費用が1168万円であり,実質別居に至った時点での共有財産の半額が2382万5000円,これらに扶養的要素を考慮して3650万円とされました。
なお,この裁判例では,過去の未払いの婚姻費用を考慮することについて,「本来の婚姻費用未払額は、右金額より多額になる。しかし、もともと婚姻費用分担は、婚姻関係を継続することを前提としたものであり、破綻した夫婦関係においても全額を認めるのは相当でない」として,未払い額の全額は考慮しませんでした。実際に,この裁判例が認定した未払いの婚姻費用は,1168万円の他,次男の大学授業料として年間100万円以上の負担をしていることがあります。また,母屋の修繕費として300万円の支出を主張しているが,それが事実であれば婚姻費用の分担金額の算定にあたって考慮すべきであるとしながら,これらの金額については考慮しませんでした。
(2) 同じように離婚と財産分与を請求した事案で,相手方に過去に生活費を渡していない期間があったという事案において,その支払わなかった期間につき,「この間の婚姻費用の分担額としては、平成八年四月以降について調停で定められた額である一か月七万円をもって相当ということができるから、婚姻費用の未払分は三二九万円となる。右の限度において、財産分与の額を定めるにあたり考慮すべきである」と判事しています(東京地裁平成12年9月26日)。そして,財産分与の対象となる原資が合計3085万1590円,被請求者が請求者に350万円を貸し付けがあること,未払いの婚姻費用が329万円であることを考慮し,分与額が1500万円と算定されました。なお,この事案では,未成熟子はおらず,婚姻費用に養育費は含まれていませんでした。
4 財産分与等の請求の期間などについて
財産分与請求は,離婚のときから2年以内に請求することができます(法768条第2項)。また,過去の婚姻費用については,離婚後に請求することはあまりないと思いますが,768条2項を類推して,離婚から2年以内は行うことができるとした裁判例があります(大阪高裁昭和37年10月3日)。なお,この裁判例では,原告が以前にも,裁判において財産分与の請求をしており,その財産分与の裁判が確定している以上,さらに相手方に対して,財産分与請求に含まれるべき財産上の請求をなすことは不適法であると判事しており,今回の婚姻費用分担の審判の申立てを不適法であるとしています。
第4 まとめ
過去の婚姻費用の請求については,内容証明郵便等で確定的に婚姻費用の分担を求める意思を表明していた場合には,そのときから請求できる可能性が高いといえますので,過去の婚姻費用の支払いを直接請求することが考えられます。但し、離婚訴訟において婚姻費用の請求として金員を請求することはできません。家事調停審判という手続きが必要です。しかし,また、別居してから婚姻費用の請求を行ってこなかった場合あるいは,単に口頭で伝えたのみで証拠に残るような形で請求をしてこなかった場合は,離婚時や離婚後に,過去の婚姻費用の分担を請求することは困難であり,基本的には行うことができないと考えられます。そこで、そのような場合は,未払の婚姻費用がある場合は、離婚時の財産分与において,しっかりと過去の婚姻費用についても考慮してもらえるよう主張するべきでしょう。
※参照条文
民法
(婚姻費用の分担)
第760条 夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
(財産分与)
第768条
第1項 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
第2項 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
第3項 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
家事事件手続法
(管轄)
第150条 次の各号に掲げる審判事件は、当該各号に定める地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
第三号 婚姻費用の分担に関する処分の審判事件(別表第二の二の項の事項についての審判事件をいう。) 夫又は妻の住所地
(調停事項等)
第244条 家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件(別表第一に掲げる事項についての事件を除く。)について調停を行うほか、この編の定めるところにより審判をする。