キャッシュカード等の「詐取」と犯罪収益移転防止法違反

刑事|最高裁平成19年7月17日判決|東京高裁平成26年6月20日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

私は,中小企業の社長をしている35歳です。ここ最近,資金繰りが厳しいと感じていたところ,先日,ファックスで融資の広告がきました。初めて融資の申し込みをしました。電話をしたところ,担当者から「融資のためにまず,指定する銀行で指定する暗証番号で口座を作り,その口座のキャッシュカードと暗証番号をこちらに送ってもらいたい。月々の返済は,その口座に入金してくれればよい。返済が終われば,キャッシュカードは返す。返した口座は暗証番号を変えて,自由に使えばよい。」と言われました。

少し怪しいと思いましたが,私自身は,業者に一円も払っていませんし,低金利かつ無審査で100万円を貸してくれるとのことでしたので,つい言われるままにキャッシュカードを送ってしまいました。

しかし,キャッシュカードを送ってから,一切担当者と連絡が取れなくなりました。2週間ほど経つのですが,100万円の融資も受けられていません。私の作ったキャッシュカードが詐欺などの犯罪に利用された場合、私にも刑事責任があるのでしょうか。どうすればよいでしょうか。

回答:

まず、銀行に行って口座を解約する必要があります。口座が、すでに詐欺等に利用されていしまった場合は弁護士に相談する必要があります。

あなたはキャッシュカードを詐取された(だまし取られた)可能性が高いです。だまし取られたキャッシュカードは,いわゆる振り込め詐欺等の犯罪に利用されることになります。

仮に振り込め詐欺等に使用されてしまった場合,①当該名義の預金口座がすべて凍結される可能性があり,②振り込め詐欺の共犯として疑われることになりますから,すぐに銀行に行き,口座の解約等を行うべきです。

それだけではなく,今回のキャッシュカードの送付は,③「犯罪による収益の移転防止に関する法律」に反する可能性があります(銀行に対する詐欺罪が成立する可能性もあります)。

類型としてはごく軽微な犯罪とまでは言えず,罰金刑を科された例は多くあるため,「だまし取られただけ」であっても,自分に前科がつく,という厳しい状況になってしまうこともある,ということになります。銀行へ行って、口座の解約ができれば問題はありませんが、すでに、詐欺等に利用されてしまっている場合は、すぐに弁護士に相談されることをお勧めします。

なお,本件に関連・類似するものとして,当事務所ホームページ事例集の1143番,785番等を併せてご参照ください。

犯罪収益移転防止法に関する関連事例集参照。

解説:

1 はじめに

まず,あなたは、キャッシュカードをだまし取ることを目的とした詐欺の被害にあったと思われます。業者に対して,一切金銭の支払いをしていないため,一見すると、だまし取られたものはない、「詐欺ではない」と思いがちですが,振り込め詐欺等をおこなう者にとって,他人名義のキャッシュカード(口座)の需要は高く,本件のように金銭ではなくキャッシュカードを狙う詐欺も頻発しています。

しかも,あなたは単にキャッシュカードをだまし取られた「被害者」ではなく,各種の犯罪の「加害者」の立場に置かれることがあります。そのため,単にだまし取られてしまったから口座を止める,という対応では足りない可能性がある,ということになります。

以下では,本件のようなキャッシュカードの送付によってどのようなリスクを負うことになるのかについて説明したうえで,特に「犯罪による収益の移転防止に関する法律」との関係について説明致します。

2 キャッシュカードの送付によるリスク

(1)被害届提出

送付してしまったキャッシュカード(口座)が,実際に詐欺に使用された場合,その詐欺の被害者は,当然に警察に通報し,被害届を提出することになります。

被害届を受けた警察は,当該金融機関に当該口座が犯罪利用されていること通知します。そして,通知を受けた金融機関は,「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律」(いわゆる「振り込め詐欺救済法」)3条1項により,取引停止(口座の凍結)措置を採ることになります。

加えて,例えば同じ名義の口座等については「当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等」として,他の金融機関であっても取引停止措置が採れることになっています(振り込め詐欺救済法3条2項)。

つまり,送付してしまったキャッシュカードの口座だけではなく,現在のあなた名義の口座の全てが取引停止措置を採られてしまう可能性がある,ということになります。

さらに,その場合,警察が管理するいわゆる「口座凍結人のリスト」に載せられることになりますので,新規で口座を開設することもできなくなってしまいます。

そして,この口座凍結(及び口座凍結人のリスト)の解除については,法律上の規定等がなく,警察との交渉をしてリストから削除されたタイミングで,各金融機関と交渉をする必要があります。ただし,法定された手続ではないため,ケースによっては難航することになります(基本的には,ご自身では難しく,弁護士等を代理人とすることをお勧めします)。この点については,本ホームページ事例集1644番に詳細がございます。

(2)口座名義人の身元割り出し

また当然,被害届を受けた警察によって,最も早く身元の割り出しがされる可能性が高いのは,口座の名義人であるあなたということになります。もちろん誤解だとしても,振り込め詐欺等の共犯者としての疑いをかけられることになりますから,取り調べ等を受ける必要が出てくることになります。取り調べ等を拒否すると,(可能性は低いとはいえ)逮捕等の身体拘束の危険もあります。

(3)銀行に対する詐欺罪の可能性

なお,本件とは若干事案が異なりますが,初めから完全に他人に譲渡するつもりであるにも関わらず,それを黙って自分名義で口座を作成して,通帳とキャッシュカードをもらった場合,「通帳とキャッシュカード」を被害品(財物)とする銀行に対する詐欺罪(刑法246条1項)が成立することになります(最判平成19年7月17日・下記参考判例1)。

(4)本件における詐欺罪の成否

上記(2)及び(3)で挙げた詐欺罪については,基本的に本件のケースで犯罪が成立する,というものではありません。(3)の銀行に対する詐欺罪は,若干難しい判断になりますが,「疑われるリスク」にとどまると考えられます。

銀行口座の開設は自由ですから、開設の時点で口座を他人に譲渡する意思で口座を作ったというのは主観的なことですから、初めは自分で使うつもりで銀行口座を開設した、とい弁解があると犯罪を証明することは困難になります。

他方で,本件のように騙されてのキャッシュカードの送付でも,それ自体が「犯罪」に該当してしまう可能性が高いのが,「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(いわゆる「犯収法」)28条2項違反です。適正に開設された口座であっても他人に譲渡すれば犯罪となるので、銀行に対する詐欺罪とは異なり、犯罪の立証は容易になります。以下ではこの点に絞って,説明していきます。

3 キャッシュカードの送付と犯罪による収益移転防止に関する法律

(1)犯収法の制度趣旨

まず,犯収法は「犯罪による収益の移転防止を図り、併せてテロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約等の的確な実施を確保し、もって国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与することを目的」(1条)とする法律です(特定の個人に対する法益の保護ではないということになります)。そのため,基本的には,口座を管理する各金融機関に対して,本人確認や取引の目的の確認等を義務付けたり,「疑わしい取引」についての通告義務を課す規定が主なものとなっています。

(2)犯収法28条法違反

したがって,基本的に金融機関等以外の一般個人が気にするべき法律ではないのですが,一部適用されるものがあります。

それが,今回問題になる同法28条です。

犯収法28条は,1項において,①他人になりすまして金融機関等から役務の提供を受けること(つまり,預金の引き出し等をすること)を目的として,キャッシュカードや通帳等を譲り受け(あるいは交付・提供され)た者,②通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに,有償で,通帳等を譲り受けた者,同条2項で,③①の目的があること(つまり,他人になりすまして口座を利用すること)を知りながら通帳等を譲り渡した者,④通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに,有償で,通帳等を譲り渡した者について,罰則を科す規定です。

これらの法定刑は,すべて1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金となっています。

平成28年の検察統計によれば,2666件中865件が起訴され,976件が不起訴処分となっており(その余は未済あるいは移送等),起訴率も低くはありません(犯収法違反全体の数ですが,他はほとんど金融機関等を対象にしたもので,件数自体は多くないと考えられるため,28条違反の参考にもなります)。

(3)犯収法28条2項後段の成否

以上のとおり,犯収法28条違反は,起訴率も一定程度ある,決して軽視できない犯罪類型なのですが,具体的に本件のケースでは,上記④の28条2項後段の該当が疑われます。

つまり,本件のキャッシュカード等の交付が,

・「通常の商取引又は金融取引として」行われておらず

・「その他の正当な理由」もないにもかかわらず,

・「有償」で

・通帳等を譲り渡し等した

ことになるのではないか,という問題です。

4 本件における犯収法違反成立の可能性(判例)

(1)東京高裁平成26年6月20日判決

この点について,同種の裁判例があります。東京高判平成26年6月20日(下記参考判例2)は,30万円の融資を受ける際,業者(アサダと名乗る者)から,「月1回3万円ずつ12回支払って合計36万円を返済すること,担保として本件キャッシュカードをアサダに交付し,その暗証番号を伝えること,月々の返済金を本件キャッシュカードに係る被告人の通常貯金口座に入金し,アサダは本件キャッシュカードでこれを払い戻して返済を受け、返済完了後に同カードの返還を受けること」 を条件として提示され,その指示通りにキャッシュカード等を「郵便代行A内『B』」宛てに発送し,この荷物は同住所の「渋谷私書箱A」に配達されたものの,その後融資等が実施されることはなかった,という事例です。

この事案で,1審及び高裁は,(改正前の)犯収法28条2項違反を認めています。

高裁は,上記各要件について

・「貸金債務の返済又は担保のためにキャッシュカードを交付することについては,キャッシュカードを他人に貸与することが一般に取引規定(約款)等で禁じられていることに照らし,それが「通常の商取引又は金融取引として行われるもの」に該当しないことは明らか」であり,

・「金銭の貸借に際してキャッシュカードを返済の手段又は担保とすることが,およそ正当な理由に当たらないといえるかについては,本罪の規制の趣旨に照らしての検討が必要」としながらも,上記の事情からは,「被告人は,アサダが本件キャッシュカードを悪用しないだろうと信頼できる状況にはなく,アサダを追跡するための情報も有しておらず,アサダによるカードの悪用を防止する手立てが全くなかった。キャッシュカードの利用規定に反して,このような相手にかかる態様でカードを交付することは,健全な経済行為として保護する必要性が欠ける一方,本罪が予防しようとしている預貯金口座の不正利用につながりやすいものであって,正当な理由がある場合には該当しない」とし,

・「融資を受けるという対価を得る約束で本件キャッシュカードを交付したといえるから,原判決が説示するとおり,有償性を肯定できる」

としたうえで,故意についても,「被告人は,アサダに対する貸金債務の返済手段及び担保として本件キャッシュカードを交付する意図であり,また,その交付に正当な理由がないことの根拠」となる事情を認識していたことから,故意を認定しています。

(2)上告審棄却

以上の高裁判決については,上告されていますが,棄却で終結しています。つまり,事案によって結論は変わり得る(特に上記「正当な理由」該当性)ものの,騙された形で送付していたとしても,犯収法28条2項違反に問われる可能性が高い,ということになります。

私見としては,本件のような「詐取」については,有償性もなく,また交付に「正当な理由」があるとも評価できない,あるいは「詐取」は「譲り渡した」等とは言えない,とも考えられます。しかし、キャッシュカードを譲渡する行為自体が禁止されているわけですから、譲渡という行為自体に欺罔が行われ、譲渡するつもりがないのに騙されてしまったという場合は別として、譲渡の原因について騙されてしまったという場合は犯罪が成立することになってしまうのはやむをえないと考えられ、少なくとも現在の判例上,このケースでも犯罪が成立してしまう可能性が高いという前提で対応することが必要,ということになります。

5 実際の対応

これを踏まえた実際の対応ですが,当然のことながら,まずは銀行での取引停止と口座解約が不可欠です。仮に,実際の詐欺に使われる前に止めることができたら,被害申告をする者はいないことになるため,本件が捜査機関に発覚する可能性も低いですし,そもそもこういった犯罪では,「実害を受けた者がいるか」は量刑を決める上で重要です(下記参考判例1の事実審でも,この点について言及されています)。

仮に既に利用されてしまっている場合には,刑事事件化する(あるいは既にしている)可能性は高まります。

上記のとおり,有償性,正当な理由該当性,譲渡該当性,故意等,犯罪成立を争う余地はあると思いますが,上記判例等からすると不安が残るため,検察官等と協議をしながら,実際の詐欺の被害者との示談等についても視野に入れていく必要があります。

いずれにしても,騙された「被害者」であるはずなのに「加害者」として刑事処分を受ける,といった事態を避けるためには,早期に弁護士に相談されることをお勧めします。

以上です。

関連事例集

Yahoo! JAPAN

参照条文・判例

犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律

第三条 金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるものとする。

2 金融機関は、前項の場合において、同項の預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対して必要な情報を提供するものとする。

(公告の求め)

第四条 金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、次に掲げる事由その他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、速やかに、当該預金口座等について現に取引の停止等の措置が講じられていない場合においては当該措置を講ずるとともに、主務省令で定めるところにより、預金保険機構に対し、当該預金口座等に係る預金等に係る債権について、主務省令で定める書類を添えて、当該債権の消滅手続の開始に係る公告をすることを求めなければならない。

一 捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があったこと。

二 前号の情報その他の情報に基づいて当該預金口座等に係る振込利用犯罪行為による被害の状況について行った調査の結果

三 金融機関が有する資料により知ることができる当該預金口座等の名義人の住所への連絡その他の方法による当該名義人の所在その他の状況について行った調査の結果

四 当該預金口座等に係る取引の状況

2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当するときは、適用しない。

一 前項に規定する預金口座等についてこれに係る預金等の払戻しを求める訴え(以下この章において「払戻しの訴え」という。)が提起されているとき又は当該預金等に係る債権について強制執行、仮差押え若しくは仮処分の手続その他主務省令で定める手続(以下この章において「強制執行等」という。)が行われているとき。

二 振込利用犯罪行為により被害を受けたと認められる者の状況その他の事情を勘案して、この法律に規定する手続を実施することが適当でないと認められる場合として、主務省令で定める場合に該当するとき。

3 金融機関は、第一項の預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用されたと疑うに足りる相当な理由がある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対し、同項の預金口座等に係る主務省令で定める事項を通知しなければならない。

(公告等)

第五条 預金保険機構は、前条第一項の規定による求めがあったときは、遅滞なく、当該求めに係る書面又は同項に規定する主務省令で定める書類の内容に基づき、次に掲げる事項を公告しなければならない。

一 前条第一項の規定による求めに係る預金口座等(以下この章において「対象預金口座等」という。)に係る預金等に係る債権(以下この章において「対象預金等債権」という。)についてこの章の規定に基づく消滅手続が開始された旨

二 対象預金口座等に係る金融機関及びその店舗並びに預金等の種別及び口座番号

三 対象預金口座等の名義人の氏名又は名称

四 対象預金等債権の額

五 対象預金口座等に係る名義人その他の対象預金等債権に係る債権者による当該対象預金等債権についての金融機関への権利行使の届出又は払戻しの訴えの提起若しくは強制執行等(以下「権利行使の届出等」という。)に係る期間

六 前号の権利行使の届出の方法

七 払戻しの訴えの提起又は強制執行等に関し参考となるべき事項として主務省令で定めるもの(当該事項を公告することが困難である旨の金融機関の通知がある事項を除く。)

八 第五号に掲げる期間内に権利行使の届出等がないときは、対象預金等債権が消滅する旨

九 その他主務省令で定める事項

2 前項第五号に掲げる期間は、同項の規定による公告があった日の翌日から起算して六十日以上でなければならない。

3 預金保険機構は、前条第一項の規定による求めに係る書面又は同項に規定する主務省令で定める書類に形式上の不備があると認めるときは、金融機関に対し、相当の期間を定めて、その補正を求めることができる。

4 金融機関は、第一項第五号に掲げる期間内に対象預金口座等に係る振込利用犯罪行為により被害を受けた旨の申出をした者があるときは、その者に対し、被害回復分配金の支払の申請に関し利便を図るための措置を適切に講ずるものとする。

5 第一項から第三項までに規定するもののほか、第一項の規定による公告に関し必要な事項は、主務省令で定める。

犯罪による収益の移転防止に関する法律

(目的)

第一条 この法律は、犯罪による収益が組織的な犯罪を助長するために使用されるとともに、これが移転して事業活動に用いられることにより健全な経済活動に重大な悪影響を与えるものであること、及び犯罪による収益の移転が没収、追徴その他の手続によりこれをはく奪し、又は犯罪による被害の回復に充てることを困難にするものであることから、犯罪による収益の移転を防止すること(以下「犯罪による収益の移転防止」という。)が極めて重要であることに鑑み、特定事業者による顧客等の本人特定事項(第四条第一項第一号に規定する本人特定事項をいう。第三条第一項において同じ。)等の確認、取引記録等の保存、疑わしい取引の届出等の措置を講ずることにより、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律 (平成十一年法律第百三十六号。以下「組織的犯罪処罰法」という。)及び国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律 (平成三年法律第九十四号。以下「麻薬特例法」という。)による措置と相まって、犯罪による収益の移転防止を図り、併せてテロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約等の的確な実施を確保し、もって国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与することを目的とする。

第二十八条 他人になりすまして特定事業者(第二条第二項第一号から第十五号まで及び第三十五号に掲げる特定事業者に限る。以下この条において同じ。)との間における預貯金契約(別表第二条第二項第一号から第三十六号までに掲げる者の項の下欄に規定する預貯金契約をいう。以下この項において同じ。)に係る役務の提供を受けること又はこれを第三者にさせることを目的として、当該預貯金契約に係る預貯金通帳、預貯金の引出用のカード、預貯金の引出し又は振込みに必要な情報その他特定事業者との間における預貯金契約に係る役務の提供を受けるために必要なものとして政令で定めるもの(以下この条において「預貯金通帳等」という。)を譲り受け、その交付を受け、又はその提供を受けた者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、有償で、預貯金通帳等を譲り受け、その交付を受け、又はその提供を受けた者も、同様とする。

2 相手方に前項前段の目的があることの情を知って、その者に預貯金通帳等を譲り渡し、交付し、又は提供した者も、同項と同様とする。通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに、有償で、預貯金通帳等を譲り渡し、交付し、又は提供した者も、同様とする。

3 業として前二項の罪に当たる行為をした者は、三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

4 第一項又は第二項の罪に当たる行為をするよう、人を勧誘し、又は広告その他これに類似する方法により人を誘引した者も、第一項と同様とする。

【参照判例】

1 最判平成19年7月17日 刑集61巻5号521頁(抜粋)

「1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は次のとおりである。

(1)被告人は,第三者に譲渡する預金通帳及びキャッシュカードを入手するため,友人のAと意思を通じ,平成15年12月9日から平成16年1月7日までの間,前後5回にわたり,いずれも,Aにおいて,五つの銀行支店の行員らに対し,真実は,自己名義の預金口座開設後,同口座に係る自己名義の預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘し,自己名義の普通預金口座の開設並びに同口座開設に伴う自己名義の預金通帳及びキャッシュカードの交付方を申し込み,上記行員らをして,Aが,各銀行の総合口座取引規定ないし普通預金規定等に従い,上記預金通帳等を第三者に譲渡することなく利用するものと誤信させ,各銀行の行員らから,それぞれ,A名義の預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通及びキャッシュカード1枚の交付を受けた。

(2)被告人は,A及びBと意思を通じ,平成17年2月17日,Bにおいて,上記(1)と同様に,銀行支店の行員に対し,自己名義の普通預金口座の開設等を申込み,B名義の預金口座開設に伴う同人名義の普通預金通帳1通及びキャッシュカード1枚の交付を受けた。

(3)上記各銀行においては,いずれもA又はBによる各預金口座開設等の申込み当時,契約者に対して,総合口座取引規定ないし普通預金規定,キャッシュカード規定等により,預金契約に関する一切の権利,通帳,キャッシュカードを名義人以外の第三者に譲渡,質入れ又は利用させるなどすることを禁止していた。また,A又はBに応対した各行員は,第三者に譲渡する目的で預金口座の開設や預金通帳,キャッシュカードの交付を申し込んでいることが分かれば,預金口座の開設や,預金通帳及びキャッシュカードの交付に応じることはなかった。

2 以上のような事実関係の下においては,銀行支店の行員に対し預金口座の開設等を申し込むこと自体,申し込んだ本人がこれを自分自身で利用する意思であることを表しているというべきであるから,預金通帳及びキャッシュカードを第三者に譲渡する意図であるのにこれを秘して上記申込みを行う行為は、詐欺罪にいう人を欺く行為にほかならず,これにより預金通帳及びキャッシュカードの交付を受けた行為が刑法246条1項の詐欺罪を構成することは明らかである。被告人の本件各行為が詐欺罪の共謀共同正犯に当たるとした第1審判決を是認した原判断に誤りはない。

よって,刑訴法414条,386条1項3号,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)」

2 東京高判平成26年6月20日 東京高等裁判所(刑事)判決時報65巻1~12号47頁(抜粋)

「(1)関係証拠によれば,以下の各事実が認められる。

被告人は,30万円の融資を勧誘する電子メールを携帯電話に受け取ったことから,記載された番号に電話をかけてアサダと名乗る者と交渉し,アサダの提示した条件に従って30万円を借り受けることを合意した。その条件は,被告人は,月1回3万円ずつ12回支払って合計36万円を返済すること,担保として本件キャッシュカードをアサダに交付し,その暗証番号を伝えること,月々の返済金を本件キャッシュカードに係る被告人の通常貯金口座に入金し,アサダは本件キャッシュカードでこれを払い戻して返済を受け、返済完了後に同カードの返還を受けることであった。

そして,被告人は,本件キャッシュカード等をアサダに指定された東京都渋谷区内の「郵便代行A内『B』」宛てに発送し,この荷物は同住所の「渋谷私書箱A」に配達された。しかし,発送から5日後の融資予定日になってもアサダから融資金の振込はなく,以後アサダとは連絡がとれず,振込もなかった。なお,配達の数日後,被告人の口座は振り込め詐欺に利用され,本件キャッシュカードによって詐取金が引き下ろされた。

(2)アサダは,振り込め詐欺に使用するために被告人を騙して本件キャッシュカードの交付を受けており,正当な理由がないことは明らかであるから,被告人の故意について検討すべきことになる。被告人は本件キャッシュカードが犯罪に使われることを未必的に認識していたという検察官の主張は認められない。しかし,被告人は,少なくともアサダがヤミ金融等の違法な金融業者であると認識していたと認められ,違法な金融業者から融資を受ける目的で,その返済手段又は担保として本件キャッシュカードを交付し,相手が取引に使用するのを認めることを正当な理由に該当するということは難しい。また,被告人に正当な理由の認識があるということも難しく,被告人には本罪の故意がある。

3 所論は,被告人の本件キャッシュカードの交付は正当な理由のある場合であるから,本罪の構成要件に当たらない,そうでないとしても本罪の故意を欠くと主張する。

(1)原判決の前記2,(1)の認定は,被告人の原審公判供述その他の関係証拠に照らして是認することができる。そして,アサダは,同(2)のとおり,振り込め詐欺に使う目的で被告人を騙して本件キャッシュカードの交付を受けたと認められるから(アサダについては改正前の本法26条1項前段の罪が成立し得る。),そのような目的をもったアサダに本件キャッシュカードを交付した被告人の行為についても,客観的には正当な理由のあるものではないとの見解も成り立ち得る。もっとも,被告人としては,アサダとの前記2,(1)の合意に基づき,後日アサダから融資を受ける約束のもとで,その返済の手段及び担保の提供のために本件キャッシュカードを交付したのであるから(なお,所論は担保の目的だけを主張するが誤りである。),この点を基礎として,構成要件該当性に関して正当な理由の有無を検討することとする。

(2)「通常の商取引又は金融取引として行われるもの」について

金銭の貸借は通常の取引である。しかし,貸金債務の返済又は担保のためにキャッシュカードを交付することについては,キャッシュカードを他人に貸与することが一般に取引規定(約款)等で禁じられていることに照らし,それが「通常の商取引又は金融取引として行われるもの」に該当しないことは明らかである。

(3)「その他の正当な理由」について

金銭の貸借に際してキャッシュカードを返済の手段又は担保とすることが,およそ正当な理由に当たらないといえるかについては,本罪の規制の趣旨に照らしての検討が必要である。例えば,親族間や友人間で信頼関係がある者の間の貸借(後記の有償性を満たすこともある。)であれば,キャッシュカードを貸主に渡しても悪用されるおそれは比較的低いし,口座名義人が信頼できる相手に預貯金の引出しを依頼することはしばしば行われているから,債務を簡便に返済するためにキャッシュカードを貸主に交付したとしても,それが直ちに正当な理由がないといえるかについては疑問の余地がある。

しかし,本件に即して考えると,被告人はアサダとは電子メールで勧誘を受けて電話で話をしただけであり,アサダが本名かどうか,どこかの組織や事務所に属しているのかも分かっていなかった。融資について契約書等を交わしておらず,貸主が誰かも不明であったし,カードの送付先は「郵便代行A内『B』」(実際には私書箱)であった。そうすると,被告人は,アサダが本件キャッシュカードを悪用しないだろうと信頼できる状況にはなく,アサダを追跡するための情報も有しておらず,アサダによるカードの悪用を防止する手立てが全くなかった。キャッシュカードの利用規定に反して,このような相手にかかる態様でカードを交付することは,健全な経済行為として保護する必要性が欠ける一方,本罪が予防しようとしている預貯金口座の不正利用につながりやすいものであって,正当な理由がある場合には該当しないというべきである。

4 有償性については,本件キャッシュカードを交付することは,選択可能な複数の返済手段の一つではなく,むしろアサダから30万円を借り受けるための条件になっていたと認められる。そうすると,被告人は,融資を受けるという対価を得る約束で本件キャッシュカードを交付したといえるから,原判決が説示するとおり,有償性を肯定できる。

5 故意については,被告人は,アサダに対する貸金債務の返済手段及び担保として本件キャッシュカードを交付する意図であり,また,その交付に正当な理由がないことの根拠となる前記3,(3)の事実関係を認識していたことは明らかである。したがって,原判決が問題とするアサダがヤミ金融業者であることの認識を問うまでもなく,被告人には本罪の故意が認められ,また所論が指摘する諸点は故意の有無とは関係がない。

以上によれば,被告人は正当な理由がないのに有償で本件キャッシュカードを交付し,その暗証番号を提供したものであり,この行為は本罪の構成要件に該当し,また被告人にはその故意があったと認められる。被告人の故意及び本罪の成立を認めた原判決の結論は正当であり,事実誤認及び法令適用の誤りの論旨は理由がない。

(角田正紀 半田靖史 伊藤敏孝)」