キャッシュカード等の「詐取」と犯罪収益移転防止法違反
刑事|最高裁平成19年7月17日判決|東京高裁平成26年6月20日判決
目次
質問:
私は,中小企業の社長をしている35歳です。ここ最近,資金繰りが厳しいと感じていたところ,先日,ファックスで融資の広告がきました。初めて融資の申し込みをしました。電話をしたところ,担当者から「融資のためにまず,指定する銀行で指定する暗証番号で口座を作り,その口座のキャッシュカードと暗証番号をこちらに送ってもらいたい。月々の返済は,その口座に入金してくれればよい。返済が終われば,キャッシュカードは返す。返した口座は暗証番号を変えて,自由に使えばよい。」と言われました。
少し怪しいと思いましたが,私自身は,業者に一円も払っていませんし,低金利かつ無審査で100万円を貸してくれるとのことでしたので,つい言われるままにキャッシュカードを送ってしまいました。
しかし,キャッシュカードを送ってから,一切担当者と連絡が取れなくなりました。2週間ほど経つのですが,100万円の融資も受けられていません。私の作ったキャッシュカードが詐欺などの犯罪に利用された場合、私にも刑事責任があるのでしょうか。どうすればよいでしょうか。
回答:
まず、銀行に行って口座を解約する必要があります。口座が、すでに詐欺等に利用されていしまった場合は弁護士に相談する必要があります。
あなたはキャッシュカードを詐取された(だまし取られた)可能性が高いです。だまし取られたキャッシュカードは,いわゆる振り込め詐欺等の犯罪に利用されることになります。
仮に振り込め詐欺等に使用されてしまった場合,①当該名義の預金口座がすべて凍結される可能性があり,②振り込め詐欺の共犯として疑われることになりますから,すぐに銀行に行き,口座の解約等を行うべきです。
それだけではなく,今回のキャッシュカードの送付は,③「犯罪による収益の移転防止に関する法律」に反する可能性があります(銀行に対する詐欺罪が成立する可能性もあります)。
類型としてはごく軽微な犯罪とまでは言えず,罰金刑を科された例は多くあるため,「だまし取られただけ」であっても,自分に前科がつく,という厳しい状況になってしまうこともある,ということになります。銀行へ行って、口座の解約ができれば問題はありませんが、すでに、詐欺等に利用されてしまっている場合は、すぐに弁護士に相談されることをお勧めします。
なお,本件に関連・類似するものとして,当事務所ホームページ事例集の1143番,785番等を併せてご参照ください。
犯罪収益移転防止法に関する関連事例集参照。
解説:
1 はじめに
まず,あなたは、キャッシュカードをだまし取ることを目的とした詐欺の被害にあったと思われます。業者に対して,一切金銭の支払いをしていないため,一見すると、だまし取られたものはない、「詐欺ではない」と思いがちですが,振り込め詐欺等をおこなう者にとって,他人名義のキャッシュカード(口座)の需要は高く,本件のように金銭ではなくキャッシュカードを狙う詐欺も頻発しています。
しかも,あなたは単にキャッシュカードをだまし取られた「被害者」ではなく,各種の犯罪の「加害者」の立場に置かれることがあります。そのため,単にだまし取られてしまったから口座を止める,という対応では足りない可能性がある,ということになります。
以下では,本件のようなキャッシュカードの送付によってどのようなリスクを負うことになるのかについて説明したうえで,特に「犯罪による収益の移転防止に関する法律」との関係について説明致します。
2 キャッシュカードの送付によるリスク
(1)被害届提出
送付してしまったキャッシュカード(口座)が,実際に詐欺に使用された場合,その詐欺の被害者は,当然に警察に通報し,被害届を提出することになります。
被害届を受けた警察は,当該金融機関に当該口座が犯罪利用されていること通知します。そして,通知を受けた金融機関は,「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律」(いわゆる「振り込め詐欺救済法」)3条1項により,取引停止(口座の凍結)措置を採ることになります。
加えて,例えば同じ名義の口座等については「当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等」として,他の金融機関であっても取引停止措置が採れることになっています(振り込め詐欺救済法3条2項)。
つまり,送付してしまったキャッシュカードの口座だけではなく,現在のあなた名義の口座の全てが取引停止措置を採られてしまう可能性がある,ということになります。
さらに,その場合,警察が管理するいわゆる「口座凍結人のリスト」に載せられることになりますので,新規で口座を開設することもできなくなってしまいます。
そして,この口座凍結(及び口座凍結人のリスト)の解除については,法律上の規定等がなく,警察との交渉をしてリストから削除されたタイミングで,各金融機関と交渉をする必要があります。ただし,法定された手続ではないため,ケースによっては難航することになります(基本的には,ご自身では難しく,弁護士等を代理人とすることをお勧めします)。この点については,本ホームページ事例集1644番に詳細がございます。
(2)口座名義人の身元割り出し
また当然,被害届を受けた警察によって,最も早く身元の割り出しがされる可能性が高いのは,口座の名義人であるあなたということになります。もちろん誤解だとしても,振り込め詐欺等の共犯者としての疑いをかけられることになりますから,取り調べ等を受ける必要が出てくることになります。取り調べ等を拒否すると,(可能性は低いとはいえ)逮捕等の身体拘束の危険もあります。
(3)銀行に対する詐欺罪の可能性
なお,本件とは若干事案が異なりますが,初めから完全に他人に譲渡するつもりであるにも関わらず,それを黙って自分名義で口座を作成して,通帳とキャッシュカードをもらった場合,「通帳とキャッシュカード」を被害品(財物)とする銀行に対する詐欺罪(刑法246条1項)が成立することになります(最判平成19年7月17日・下記参考判例1)。
(4)本件における詐欺罪の成否
上記(2)及び(3)で挙げた詐欺罪については,基本的に本件のケースで犯罪が成立する,というものではありません。(3)の銀行に対する詐欺罪は,若干難しい判断になりますが,「疑われるリスク」にとどまると考えられます。
銀行口座の開設は自由ですから、開設の時点で口座を他人に譲渡する意思で口座を作ったというのは主観的なことですから、初めは自分で使うつもりで銀行口座を開設した、とい弁解があると犯罪を証明することは困難になります。
他方で,本件のように騙されてのキャッシュカードの送付でも,それ自体が「犯罪」に該当してしまう可能性が高いのが,「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(いわゆる「犯収法」)28条2項違反です。適正に開設された口座であっても他人に譲渡すれば犯罪となるので、銀行に対する詐欺罪とは異なり、犯罪の立証は容易になります。以下ではこの点に絞って,説明していきます。
3 キャッシュカードの送付と犯罪による収益移転防止に関する法律
(1)犯収法の制度趣旨
まず,犯収法は「犯罪による収益の移転防止を図り、併せてテロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約等の的確な実施を確保し、もって国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与することを目的」(1条)とする法律です(特定の個人に対する法益の保護ではないということになります)。そのため,基本的には,口座を管理する各金融機関に対して,本人確認や取引の目的の確認等を義務付けたり,「疑わしい取引」についての通告義務を課す規定が主なものとなっています。
(2)犯収法28条法違反
したがって,基本的に金融機関等以外の一般個人が気にするべき法律ではないのですが,一部適用されるものがあります。
それが,今回問題になる同法28条です。
犯収法28条は,1項において,①他人になりすまして金融機関等から役務の提供を受けること(つまり,預金の引き出し等をすること)を目的として,キャッシュカードや通帳等を譲り受け(あるいは交付・提供され)た者,②通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに,有償で,通帳等を譲り受けた者,同条2項で,③①の目的があること(つまり,他人になりすまして口座を利用すること)を知りながら通帳等を譲り渡した者,④通常の商取引又は金融取引として行われるものであることその他の正当な理由がないのに,有償で,通帳等を譲り渡した者について,罰則を科す規定です。
これらの法定刑は,すべて1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金となっています。
平成28年の検察統計によれば,2666件中865件が起訴され,976件が不起訴処分となっており(その余は未済あるいは移送等),起訴率も低くはありません(犯収法違反全体の数ですが,他はほとんど金融機関等を対象にしたもので,件数自体は多くないと考えられるため,28条違反の参考にもなります)。
(3)犯収法28条2項後段の成否
以上のとおり,犯収法28条違反は,起訴率も一定程度ある,決して軽視できない犯罪類型なのですが,具体的に本件のケースでは,上記④の28条2項後段の該当が疑われます。
つまり,本件のキャッシュカード等の交付が,
・「通常の商取引又は金融取引として」行われておらず
・「その他の正当な理由」もないにもかかわらず,
・「有償」で
・通帳等を譲り渡し等した
ことになるのではないか,という問題です。
4 本件における犯収法違反成立の可能性(判例)
(1)東京高裁平成26年6月20日判決
この点について,同種の裁判例があります。東京高判平成26年6月20日(下記参考判例2)は,30万円の融資を受ける際,業者(アサダと名乗る者)から,「月1回3万円ずつ12回支払って合計36万円を返済すること,担保として本件キャッシュカードをアサダに交付し,その暗証番号を伝えること,月々の返済金を本件キャッシュカードに係る被告人の通常貯金口座に入金し,アサダは本件キャッシュカードでこれを払い戻して返済を受け、返済完了後に同カードの返還を受けること」 を条件として提示され,その指示通りにキャッシュカード等を「郵便代行A内『B』」宛てに発送し,この荷物は同住所の「渋谷私書箱A」に配達されたものの,その後融資等が実施されることはなかった,という事例です。
この事案で,1審及び高裁は,(改正前の)犯収法28条2項違反を認めています。
高裁は,上記各要件について
・「貸金債務の返済又は担保のためにキャッシュカードを交付することについては,キャッシュカードを他人に貸与することが一般に取引規定(約款)等で禁じられていることに照らし,それが「通常の商取引又は金融取引として行われるもの」に該当しないことは明らか」であり,
・「金銭の貸借に際してキャッシュカードを返済の手段又は担保とすることが,およそ正当な理由に当たらないといえるかについては,本罪の規制の趣旨に照らしての検討が必要」としながらも,上記の事情からは,「被告人は,アサダが本件キャッシュカードを悪用しないだろうと信頼できる状況にはなく,アサダを追跡するための情報も有しておらず,アサダによるカードの悪用を防止する手立てが全くなかった。キャッシュカードの利用規定に反して,このような相手にかかる態様でカードを交付することは,健全な経済行為として保護する必要性が欠ける一方,本罪が予防しようとしている預貯金口座の不正利用につながりやすいものであって,正当な理由がある場合には該当しない」とし,
・「融資を受けるという対価を得る約束で本件キャッシュカードを交付したといえるから,原判決が説示するとおり,有償性を肯定できる」
としたうえで,故意についても,「被告人は,アサダに対する貸金債務の返済手段及び担保として本件キャッシュカードを交付する意図であり,また,その交付に正当な理由がないことの根拠」となる事情を認識していたことから,故意を認定しています。
(2)上告審棄却
以上の高裁判決については,上告されていますが,棄却で終結しています。つまり,事案によって結論は変わり得る(特に上記「正当な理由」該当性)ものの,騙された形で送付していたとしても,犯収法28条2項違反に問われる可能性が高い,ということになります。
私見としては,本件のような「詐取」については,有償性もなく,また交付に「正当な理由」があるとも評価できない,あるいは「詐取」は「譲り渡した」等とは言えない,とも考えられます。しかし、キャッシュカードを譲渡する行為自体が禁止されているわけですから、譲渡という行為自体に欺罔が行われ、譲渡するつもりがないのに騙されてしまったという場合は別として、譲渡の原因について騙されてしまったという場合は犯罪が成立することになってしまうのはやむをえないと考えられ、少なくとも現在の判例上,このケースでも犯罪が成立してしまう可能性が高いという前提で対応することが必要,ということになります。
5 実際の対応
これを踏まえた実際の対応ですが,当然のことながら,まずは銀行での取引停止と口座解約が不可欠です。仮に,実際の詐欺に使われる前に止めることができたら,被害申告をする者はいないことになるため,本件が捜査機関に発覚する可能性も低いですし,そもそもこういった犯罪では,「実害を受けた者がいるか」は量刑を決める上で重要です(下記参考判例1の事実審でも,この点について言及されています)。
仮に既に利用されてしまっている場合には,刑事事件化する(あるいは既にしている)可能性は高まります。
上記のとおり,有償性,正当な理由該当性,譲渡該当性,故意等,犯罪成立を争う余地はあると思いますが,上記判例等からすると不安が残るため,検察官等と協議をしながら,実際の詐欺の被害者との示談等についても視野に入れていく必要があります。
いずれにしても,騙された「被害者」であるはずなのに「加害者」として刑事処分を受ける,といった事態を避けるためには,早期に弁護士に相談されることをお勧めします。
以上です。