余罪と執行猶予|判決確定前の余罪と再度の執行猶予の可能性
刑事|執行猶予付き判決が確定した後に併合罪関係にある余罪が起訴された場合、当該余罪に執行猶予を付すことはできるか|刑法25条1項2項の適用関係|最高裁昭和28年6月10日判決他
目次
質問
私は、犯罪を行ったことが発覚し、現在取調べなどの捜査を受けています。実は、私は、他にもいくつか余罪があります。
仮に、今捜査を受けている罪で起訴され、執行猶予付きの判決がなされた後に、余罪でも起訴されたとしたら、その余罪の裁判では執行猶予がつくのでしょうか。
回答
現在捜査されている犯罪に関して、起訴されて執行猶予付きの判決が下された場合は、その判決が確定した後に、余罪(裁判が確定する前に犯した他の罪)をさらに起訴されたとしても、刑法25条1項により執行猶予を付した判決が下される可能性はあります。この場合は同法2項の再度の執行猶予とはなりません(再度の執行猶予は、執行猶予の期間内に犯した犯罪について刑を言い渡す場合の規定です)。
執行猶予を付すためには、前に禁固以上の刑に処せられたことがない者という要件が必要です。そこで現在捜査対象の犯罪の裁判で、執行猶予付きの懲役刑又は禁錮刑を宣告されてしまえば、後の余罪の裁判では再度の執行猶予の要件を満たさない限り執行猶予にはできないとも考えられます。しかし、判例の解釈によりますと、刑法25条1項の「刑に処せられた」とは、実刑に処せられた場合を指しますので、同項が適用される余地があります。
したがって、最初の裁判で執行猶予を付した判決が得られたのであれば、後の余罪についての裁判においても、執行猶予が付される可能性はあります。
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解説
第1 執行猶予について
1 刑の執行がされるまで
ある者が何らかの犯罪を行い、犯罪が警察等の捜査機関に発覚した場合は、警察官や検察官により捜査が行われます。そして、その犯罪に関して、検察官が起訴すると、裁判が行われることになります。その裁判において犯罪の証明がなされたときは、裁判官は有罪の判決を言い渡しますが、その判決の際には、刑の言い渡しをしなければなりません(刑事訴訟法(以下「刑訴法」といいます。)334条1項)。なお、有罪の言い渡しの際には、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用も示さなければなりません(刑訴法335条1項)。
有罪判決を受けた者は、判決が宣告された日の翌日から14日以内に上訴(第一審に対しては控訴)することができます(刑訴法351条1項、372条、期間について373条、358条、55条1項)。そして、上記期間を経過するか、上訴権の放棄(刑訴法359条)を行うことにより、刑の言い渡しをした裁判は確定します。
このとき、刑の執行を猶予されていなければ、裁判の確定により刑が執行されることになります(刑訴法471条)。
2 執行猶予の種類
執行猶予とは、裁判において犯罪の証明があり、刑の言い渡しがされた有罪判決が確定した場合でも、刑の執行を一定期間猶予する制度です(刑法25条1項、2項、27条の2)。執行猶予には、3類型あります。
まず、刑の全部の執行猶予(25条1項、2項)と刑の一部の執行猶予(刑法27条の2)があり、刑の全部の執行猶予には、初度の執行猶予と呼ばれる類型(刑法25条1項)と再度の執行猶予(同条2項)と呼ばれる類型があります。これら3つは、それぞれ、執行猶予を付すための条件(要件)や、執行猶予を付した後の待遇(効果)が異なります。
3 それぞれの要件、効果について
(1) 初度の執行猶予について
初度の執行猶予については、まず前提として、過去に禁固以上の刑に処せられたことがないこと又は、禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行が終わってから5年以内に禁固以上の刑に処せられたことがないことが要件となります(刑法25条1項1号、2号)。
なお、「5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」(同項2号)の5年の期間ですが、前回の裁判での刑の執行が終了等してから、今回の裁判の判決の言い渡し時までの期間で計算します。つまり、禁錮刑や懲役刑の前科があり、その執行を終わってから5年以内に判決がなされる場合には、法律上、執行猶予が付くことはありませんが、刑の執行が終わってから5年以内に罪を犯した場合でも、判決の言い渡しが刑の執行の終了から5年を経過していれば執行猶予が付される可能性があることになります。
次に、今回の裁判で言い渡された刑の内容が、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金であることです(同項柱書)。これらの要件を満たした場合に、「情状により」執行猶予が付されることがあります。
執行猶予の期間は、1年以上5年以下となります(同項)。また、執行猶予期間中の保護観察は、必ず付されるものではなく任意的なものとなっています(刑法25条の2第1項前段)。
(2) 再度の執行猶予について
再度の執行猶予は、一度執行を猶予された者に対して、もう一度執行猶予を付し、社会復帰の機会を与えるという制度で、刑の全部の執行猶予を付された者が、その執行猶予期間中に犯罪を行った場合に適用され得るものです。その要件は、刑の全部の執行猶予期間中に行った犯罪についての裁判で、1年以下の懲役又は禁錮の言い渡しを受けた場合で、「情状に特に酌量すべきものがあるとき」となっています(同条2項柱書)。再度の執行猶予の期間については、初度の執行猶予と同様、1年以上5年以下となります(同項、25条1項)。
もっとも、初度の執行猶予の際に、猶予期間中に保護観察に付されていた場合には、再度の執行猶予が付されることはありません(25条2項但し書き)。
また、再度の執行猶予の場合は、初度の執行猶予と異なり、猶予期間中の保護観察が必要的となり、必ず付されることとなります(25条の2第1項後段)。
(3) 一部の執行猶予について
刑の一部の執行猶予の要件及び効果は、初度の執行猶予と大体同じですが、刑の一部の執行猶予を付すことができる者に「前に禁固以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者」があること(27条の2第1項2号)、付すことができる刑の内容に「50万円以下の罰金」が含まれていないこと、執行が猶予されるのは刑の一部であることが異なります。その他、猶予の期間が1年以上5年以下であることや、保護観察が任意的であることは同様です。
第2 執行猶予と併合罪関係にある余罪の裁判
1 はじめに
ここからは、ある犯罪についての裁判で執行猶予付きの判決が下され、その判決が確定したことを前提に、その犯罪と併合罪(刑法45条)関係にある余罪が起訴された場合を想定して説明します。
ここで、併合罪とは、確定裁判を経ていない2個以上の罪(同条前段)あるいは、確定裁判があった場合のその罪と、その裁判が確定する前に犯した罪のこと(同条後段)を指します。簡単に言えば、裁判が確定する前に犯した他の罪のことで、一般的には併合罪にあたる罪のことを余罪と呼ばれることが多いです。併合罪として処理されると、それぞれの罪を単体で処理される場合と、刑の量定や(刑法47条)刑の執行に関して差異が生じることとなります(刑法46条ないし53条参照)。
2 刑法25条2項の創設前の判例
ある者が、懲役刑又は禁錮刑で執行猶予を付した判決が確定した場合に、その後に余罪が起訴されると、その余罪の裁判時には、執行が猶予されているとはいえ、懲役刑が確定していることになります。そうすると、その者は「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」には該当しないのではないかとも思えます。もし、この「刑に処せられた」に執行猶予付きの判決が含まれるとすると、刑法25条2項が創設されていないころには、余罪の裁判では執行猶予を付すことができないことになります。
この点につき、判例は次のように示し、「刑に処せられた」とは実刑のこと、つまり執行猶予を付さない判決が確定したことを指すとしました。
最高裁昭和28年6月10日判決
併合罪である数罪が前後して起訴されて裁判されるために、前の判決では刑の執行猶予が言渡されていて而して後の裁判において同じく犯人に刑の執行を猶予すべき情状があるにもかかわらず、後の判決では法律上絶対に刑の執行猶予を付することができないという解釈に従うものとすれば、この二つの罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に比し著しく均衡を失し結局執行猶予の制度の本旨に副わないことになるものと言わなければならない。
それ故かかる不合理な結果を生ずる場合に限り刑法二五条一号の「刑ニ処セラレタル」とは実刑を言渡された場合を指すものと解するを相当とする。
従て本件のように或罪の判決確定前に犯してそれと併合罪の関係に立つ罪についても犯人の情状次第によつてその刑の執行を猶予することができるものと解すべきである。
3 刑法25条2項が新設された後の判例
上記の最高裁は、刑法25条2項の再度の執行猶予の規定が創設される前の判例です。同条2項には「前に禁固以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が」と規定されていますので、執行猶予付き判決が確定した者が、さらに余罪で起訴された場合、その裁判では刑法25条2項が適用され、同条1項は適用されないのではないかと考えることもできます。
この点につき判例は、確定裁判の罪と併合罪関係に立つ余罪は、たまたま別個に審判されるに過ぎないのであって、猶予の期間内に犯された罪の場合のような情状の差はなく、執行猶予の条件を別異にすべき合理的な理由は認められないとし、25条2項創設後も、1項を適用する立場を示しました。
最高裁昭和31年5月30日判決
新設された刑法二五条二項は、同条一項と比較すると、刑の執行猶予言渡の条件を寛大にしたものではなく、その条件を制限して厳格にしたものである。すなわち、刑法二五条一項一号によれば、三年以下の懲役若くは禁錮又は五千円以下の罰金を言い渡すにつき、情状に因り刑の執行を猶予することができるのに、同条二項は、一年以下の懲役又は禁錮の言渡につき、情状特に憫諒す可きものあるときにかぎり、刑の執行を猶予することができるものとしたのである。
そして前者においては、猶予の期間中保護観察に付することができるに過ぎないが、後者においては、猶予の期間中かならず保護観察に付しなければならないことにおいても、その処遇に寛厳の差が存するのである。おもうに、猶予の期間内さらに罪を犯した場合は、そのことだけで従前に刑の執行猶予を言い渡されたときの犯罪に比して情状が重いのであるから、かかる者に対して、刑法二五条二項によつてその刑の執行をさらに猶予する場合に、同条一項の場合よりもその条件を厳格にすることは、首肯することができる。
しかし、確定裁判のあつたときのいわゆる余罪は、起訴手続上の都合等によつて、たまたま別個に審判されるに過ぎないのであつて、すでに裁判を経た罪と、いまだ裁判を経ない余罪との間には、猶予の期間内に犯された罪の場合のような情状の差はないのであるから、その間に刑の執行猶予の条件を別異にすべき合理的な理由は認められない。
それ故、新設された刑法二五条二項は、猶予の期間内さらに罪を犯した場合にその刑の執行猶予を言い渡すときの条件のみを規定したものであつて、いわゆる余罪につき刑の執行猶予を言い渡す場合の条件までをも規定したものではなく、余罪について刑の執行を猶予することができるかどうかは、刑法の所論改正後においても刑法二五条一項の定める条件を満たすかどうかによつて定まるものと解するのを相当とする。
4 裁判言い渡し後、確定前の余罪
併合罪というのは、確定裁判を経ていない2個以上の罪ですから、ある罪によって裁判が行われる前に犯された罪だけでなく、裁判で有罪判決が言い渡された後、その裁判が確定する前に犯された罪も併合罪の関係にあることになります。
このような余罪が起訴された場合も、「いずれも別件で言渡された前掲執行猶予の判決の確定前の犯行であることには、彼此いささかも変りなく、即ち本件各犯罪は等しく右確定判決のあつた罪と刑法第四十五条後段の併合罪の関係に立つものであるから、本件第一乃至第三の各犯罪事実全部について前掲確定判決によつて執行猶予を言渡された罪の所謂余罪として論ずるになんら支障のないものである。」として、25条1項が適用されるとした裁判例があります(東京高判昭和29年6月15日)。
また、余罪の審判時期について、「法律上併合罪の関係に在ることをもつて足りるのであつて、訴訟手続上又は犯行時期等の関係から、実際上同時に審判することが著しく困難若しくは不可能であるかどうか、又は同時に審判されたならば執行猶予を言い渡すことのできる情状があるかどうかというようなことは問題とはならないのである」とした判例もあります(最判昭和32年2月6日)。
第3 まとめ
以上、執行猶予付きの判決が確定した後に、余罪が起訴された場合、裁判で執行猶予が付される可能性があるかを説明しました。まとめると、今の判例を見る限りは、執行猶予付きの判決が確定する前の余罪であれば、刑法25条1項の適用により執行猶予(初度の執行猶予)とすることは可能です。また、判決確定後の罪に関しては、刑法25条2項の適用(再度の執行猶予)があり得るところです。
なお、前の裁判で確定した判決が実刑の場合は、判決確定前の余罪について起訴された場合に、執行猶予を付すことはできません(刑法25条1項1号、最判平成7年12月15日)。ご心配なら弁護士に御相談なさり、刑事弁護手続きの御依頼を御検討なさると良いでしょう。
以上