教職公務員の窃盗事件と懲戒免職回避|不法領得の意思を欠く事案
刑事・行政|教職員の非行に対する教育委員会の処分量定|懲戒処分で考慮される事情および対策|教職員が拾った財布を届け出ようとしたところ窃盗罪で誤認逮捕された事案
目次
質問
私は、東京都立中学校の教員です。先日、遊園地でベンチに置き忘れられていた財布拾って鞄に入れたところ、探しに来た持ち主に見つかってしまい、そのまま窃盗罪で逮捕されてしまいました。
逮捕中に被害者の方と示談が成立し、不起訴処分で釈放となったのですが、現在、教育委員会から呼び出されて事情聴取を受けています。担当者からは、逮捕事案の場合は原則懲戒免職となると言われていますが、何とか免職を回避する方法はないでしょうか。
なお、事件当時、確かに私は財布を拾ったのですが、係員に届け出ようと思っており、盗むつもりはありませんでした。しかし、警察では誰にも信じて貰えなかった為、罪を認めて示談をすることにしました。
回答
1 公務員の方が窃盗事件を犯した場合、勤務先において懲戒処分を受けることになります。一般的な基準(東京都の教職員の主な非行に対する標準的な処分量定)では、窃盗事件に対して免職のみとの量定が記載されており、原則としては免職処分になってしまう可能性が非常に高いものといえます。
2 一方で、本件では、刑事上窃盗罪で有罪となったわけではありません。その為、そもそも窃盗罪を前提とする処分は許されない可能性があります。
例えば、お金を取るつもりでなかったのであれば、窃盗罪の故意が認められない可能性もあります。加えて、持ち主が置き忘れていた財布であれば、そもそも該当し得る罪が窃盗罪ではなく、より軽微な占有離脱物横領罪である可能性もあります。仮に窃盗罪が成立する場合でも、犯情としては非常に軽微といえるでしょう。
懲戒処分を受けるにあたっては、これらの法律の適用関係を十分に教育委員会に対して主張し、窃盗罪を前提とした処分が誤りであることを示す必要があります。例え警察で犯罪を認めていたとしても、懲戒手続において改めて否認の主張をすること自体は、それが真実である以上問題ありません。もっとも、可能な限り矛盾が少なくなるよう、なぜ警察で認めてしまったなか等の事情を詳しく説明する必要は存在します
それ以外にも、本件に至った事情や、日常の勤務態度等、あなたにとって有利な事情を書面等で教育委員会に提出することによって、懲戒免職を回避できる可能性は十分に考えられます。
3 万が一、懲戒免職処分が下されてしまった場合には、審査請求の手続により判断の当否を争うことになります。しかし、一般的に、懲戒処分を事後的に審査請求等で覆すことは、懲戒処分を未然に防ぐことと比較して非常に困難であるといえます。重い懲戒処分が発令されることを未然に防ぐために、弁護士等に相談し迅速な対策を取る必要があるでしょう。
解説
第1 教員の処分の量定について
公務員の方が窃盗のような刑事事件を起こしてしまった場合、それを理由として、懲戒処分の手続を受けることになります(地方公務員法29条1項3号、国家公務員法82条等)。いかなる懲戒処分が科されるかについては、多くの場合、各行政機関が定める懲戒処分の指針に沿って処分が決定されることになります。
この点、東京都教育委員会では、「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」という基準を公表しております。同量定によれば、教職員の窃盗事件については、「免職」のみという非常に厳しい懲戒処分が定められています。
同指針は法的な拘束力を有するものではないため、必ずしも同指針の定める懲戒処分が科されるものではありません。そもそも、窃盗事件を一律に懲戒免職とするような処分量定の適法性については、争いの余地があります。
一方で、教職員の方は、職務の性質上一般の公務員の方に比しても重い懲戒処分が容認されやすい傾向にあり、実務上も同量定に従った運用が罷り通っている以上、本件でも、何の対応も取らなければ、不起訴処分になっていたとしても逮捕の容疑事実を前提に懲戒免職処分が下されてしまう可能性が非常に高いと言えます。
その為、懲戒免職処分を回避する為には、まず窃盗罪を前提とした処分を回避することを検討する必要があります。
以下では、その為に本件でいかなる主張が考えられるかについて述べます。
第2 窃盗事件の成否について
1 刑事事件と懲戒手続との関係
(1) 刑事手続と懲戒手続での異なる主張の可否
懲戒手続が行われる際、その対象となる非違行為がいかなる内容であったかという事実の認定は、懲戒処分を行う行政庁(教育委員会)が、懲戒対象者本人から事情聴取行うことによって、進められることになります。
ただし実際には、刑事事件となって警察に逮捕されてしまっている場合、当該刑事事件を行ったこと(罪を犯したこと)が前提として手続が進行してしまうことが多くあります。
しかし、本件のように、刑事手続において不起訴処分となっている場合には、刑事手続上は無罪の推定が働く立場であり、犯罪行為の存在が認められたことには一切なりません。
例え刑事手続上、やむを得ない理由で罪を認めていたとしても、真実には犯罪に該当する行為を行っていなかったのであれば、懲戒手続において、改めて犯行を否定する主張を行うことは全く問題ございません。警察で作成した供述調書を処分者が目にすることも基本的にはありません。
その為、まずは行政庁の誤った事実認定を回避する為にも、逮捕が単なる犯罪の「嫌疑」のみによって取られた措置であることを処分者に対して強く主張し、実際には犯罪が成立していなことを処分者に対して強く主張する必要があります。
本件の場合は、下記2以下で述べる理由により犯罪の成立が否定される可能性がありますので、この点を説得的に主張すると良いでしょう。
(2) 不起訴処分告知書の取り扱い
なお、処分者によっては、刑事事件で不起訴処分となった理由を明らかにする為に、「不起訴処分告知書」の提出を求められる場合があります。告知書は、検察庁が交付するものであり、一般的には、不起訴処分告知書には処分理由が記載されていないことが多いですが、場合によっては処分理由が記載されることもあります。
不起訴処分の理由には、「嫌疑不十分」や「起訴猶予」等がありますが、「起訴猶予」の場合は、「犯罪の成立は認められるが、情状により起訴を見送った」との処分になりますので、懲戒手続上は不利な理由であると言えます。処分理由が起訴猶予の可能性が高い場合には、告知書取得の際に処分理由不記載で取得しておいた方が無難でしょう。一方、「嫌疑不十分」の理由であれば、行政手続上も同じく犯罪の嫌疑が不十分との認定に傾く為、告知書に処分理由の記載を求めると良いでしょう。
2 故意を欠くことの主張
具体的な犯罪の成否について、まず、本件では、そもそも窃盗の故意や主観的な要件が存在しなかったとの主張が考えられます。
窃盗罪が成立する為には、「他人の財物を窃取する」という故意に加え、所謂「不法領得の意思」が存在することが必要とされています。不法領得の意思とは、一般的には「権利者を排除する意思(本来の所有者の権利を排除する意思)」と「利用処分意思(財物をその用法に従って利用する意思)」の両方により構成されることになります。
本件では、財布を手に取ったのが係員に届ける目的とのことですので、そもそも「他人の財物を窃取する」とい故意自体が存在しなかったことになります。その為、この点を処分者に対して強く主張することが必要です。
しかし、ただ単に「係員に届けるつもり」だったと主張するだけでは、嫌疑を晴らすことは困難です。
実際に逮捕に至っている以上、何らかの嫌疑の根拠となる事実が存在することが通常ですので、その点に対する具体的な反論を行うことが必要です。
例えば、本件のような事例であれば、逮捕に至ってしまったのは、「財布を自分の鞄に入れている」ことや、「係員の居る案内所が側にあるのに逆方向に歩き始めた」という事情が、嫌疑の根拠になっている可能性があると推測されます。
そうであれば、これらの点に対する具体的な返答として、「当時の服装にポケットが無く、財布をそのまま手で持ち歩くのが躊躇われたため」や、「園内が混雑しており、案内所が目に入らなかったため」等の事情を、服装や園内地図等の資料と併せて処分者に説得的に主張する必要があります。
これらの主張により、逮捕に至った嫌疑の根拠とその疑惑の払拭の過程が説明できれば、処分者において、窃盗を前提とした処分を回避する可能性が高まります。
3 占有離脱物横領に留まるとの主張
加えて本件では、仮に犯罪が成立する場合でも、窃盗罪では無く占有離脱物横領罪に留まる、という主張も考えられます。
占有離脱物は、刑法上の法定刑も「一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料」という軽微なものであり、東京都の懲戒処分量定上でも「停職又は減給」という窃盗罪よりも軽い量定とされております。
その為、窃盗罪ではなく占有離脱物横領罪に留まるとの主張が奏功すれば、懲戒免職を回避できる可能性が大きく高まります。
両罪の区別は、問題の財布について、持ち主の「占有」が認められるか否かにあります。ここでいう占有とは、「その物を支配している事実及び意思」を意味します。即ち、財布を置き忘れたとは言っても、放置されていた時間が短時間であり未だ持ち主の支配下にあったと認められれば占有が認められ(窃盗罪となる)、ある程度持ち主の支配を離れていたということであれば、占有が否定される(占有離脱物横領罪に留まる)ということになります。
このような占有の有無の判断について、裁判例を見ると、公共の場であれば、置き忘れられてからの経過時間が数分程度であったり、持ち主が離れた距離が200メートル程度の距離であれば、占有があったと認定されることが多いようです(最判昭和32年11月8日、最判平成16年8月25日等)。
ただし、占有の有無は、園内の混雑具合等や被害者側の認識等、その他の状況によっても判断が変わり得る為、園内図等の資料を基に具体的な事情に基づいて占有を否定することが必要です。
また、遊園地のような場所ですと、落し物については園の管理者の占有が認められてしまう可能性があります。
その為、持ち主の占有を否定する為には、遊園地が開かれた場所で公共の場所に近く、管理者の支配が落し物に迄は及ばない旨等も主張する必要があります(大判大正15年11月2日等)。
以上のような主張が奏功すれば、処分対象となる行為が占有離脱物横領罪であるとして、停職以下の処分とすることが十分考えられます。
4 小括
以上のように、本件のような状況においては、まず窃盗罪の成立を否定する方向での主張を諦めることなく行うことが重要であると言えます。処分者に対して説得的な主張が出来るよう、客観的な資料の裏付け等も含めて準備を行うと良いでしょう。
第3 その他、情状面の主張について
1 情状面で主張すべき事項について
判例によれば、「懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきである。すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」判断するとされています。その為、懲戒権者に対して懲戒処分の回避・軽減を意見する場合には、単に犯罪の成否について述べるだけではなく、上記判例で言及されているような様々な事項を主張した上で、妥当な裁量権を行使した結果、軽減された懲戒処分となるのが妥当である旨を論じる必要があります。
具体的には、家庭・家計の状況、これまでの日頃の勤務の状況等、逮捕による報道の有無やその内容等について、有利な点を細かく主張すべきでしょう。
この点については、『公務員の万引きと懲戒免職回避』で裁判例の動向を検討しているので、ご参照ください。
2 示談の是非について
なお、本件では既に刑事手続において示談が完了しているとのことですが、仮に示談が未了であった場合、懲戒手続に臨むにあたって示談を行うべきか否かは、判断が非常に難しい問題です。
当然、示談をすれば、「犯罪行為をした」との印象を与えてしまいますので、犯行を否定する以上、示談を行うのは不自然です。
しかし、事例によっては、犯罪ではなくとも一定の謝罪を行うことが自然な類型の事故もあります。また、仮に否認の主張が通らなかった場合に備えて、情状面の補完として、被害者から「一切の懲戒処分を科すことを希望しません。」という上申書面等を貰っておくことは、善後の策としては非常に有効です。被害者がそのような上申書を出している事実は、懲戒処分においても大きく有利に考慮され得る事情です。
その為、示談を行うべきか否かについては、事案の見通しも含めて、弁護士とよく相談して決定するようにして下さい。
なお、示談が完了しているということですが、示談書の内容によってはさらなる示談金等の支払いの上で、被害者としては懲戒処分も望まないという内容の示談書を作成することも検討する必要があります。
3 処分量定自体の当否について
また本件では、処分量定が窃盗事案を一律に「懲戒免職」のみと定めた非常に過酷なものである為、そもそも処分量定自体が違法であると主張することも考えられます。
もっとも、裁判所が懲戒処分の違法性を判断する場合は、前提となる処分量定の当否というよりは、処分量定の基準を基礎としつつ、あくまで当該事案自体において第3-1で上げたような考慮要素を検討した結果、免職処分が処分者の裁量権の逸脱濫用と認められるか否かという点で判断している事例が多いと言えます。その為、重要なのは、当該事案における個別の情状を詳細に主張することであるといえます。
逆に言えば、例え窃盗罪の成立が回避できない事例であっても、裁判所の基準に基づいて具体的な事情を詳細に主張することによっては免職を回避できる可能性は十分に考えられます。
第4 懲戒免職処分が為されてしまった場合の対応
万が一、懲戒処分が課された場合、その適法性は、審査請求又は処分の取消訴訟の手続において事後的に判断されることになります。
教員に対する懲戒免職の場合、原則としては、処分を知った日の翌日から三カ月以内に人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができます(地方公務員法49条の2、同法49条の3)。
審査請求によっても懲戒免職の処分が維持されてしまった場合には、裁判所に対して懲戒免職処分の取消訴訟を提起し、司法判断を仰ぐことになります(同法51条の2)。
各手続には申立て・出訴の期間制限がありますので、十分な準備の時間を確保する為にも、早めに専門家に相談することが必要です。
この事後的な司法判断は、「懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会概念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最判平成2年1月18日民集44巻1号1頁)」とされています。
すなわち、事後的な司法判断においては、行政機関の裁量権を尊重する余り、例え当該懲戒処分が社会通念上妥当性を欠く場合でも、それが著しく不当で無い限りは、適法と判断されてしまうことになります。そのため、処分の軽減を図るのであれば、懲戒権者が懲戒処分の方針を固める前に、迅速な対応をすることが何よりも重要であるといえるでしょう。
第5 まとめ
逮捕に至ってしまった事例であっても、事案の内容を詳細かつ説得的に主張することができれば、懲戒免職処分を回避することは十分可能です。
例え刑事事件で止むを得ず犯罪を認めてしまった場合でも、諦めずに懲戒手続において真実に沿った主張を行うことが重要です。
懲戒免職処分は、生活の基盤の安定に係る重大な処分であり、その不利益は刑事処分に比べても非常に過酷な処分です。早急に弁護士に相談するなどして、万全の状態で回避できるよう努めるべきでしょう。
以上