都市再開発法に基づく賃借権者の明け渡し期限

行政|民事|都市再開発法96条1項の明け渡し期限|組合側の主張に対する対策

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考判例

質問:

駅前に店舗を賃借して店舗を経営しています。駅前一帯は再開発の計画が進んでおり、再開発準備組合が設立され、来年には正式組合も設立されると聞きました。既に立ち退きの通損補償の提案も来ていますが、仮店舗の賃料額が「モデル賃料」というもので計算されており、実際の店舗を移転する場合の費用には到底足りません。準備組合の担当者には「これでは到底移転できない」と苦情を申し立てていますが、「来年には権利変換期日であなたの賃借権が消滅するので、いずれにしても退去して貰う。権利が無いのに居座ったら犯罪ではないか?民事の損害賠償もある」となかば脅されてしまいました。私は単に、正当な補償が得られないと現実に移転できないと、事実を述べているだけの積もりですが、これらの法的責任を負うことがあるのでしょうか。

回答:

1、 再開発準備組合が設立され、将来正式組合も設立されるということですから、都市再開発法に基づく、都市再開発事業が進行しているものと考えられます。この手続きでは、「権利変換」という手法が定められており、権利変換により従来の建物の所有権は再開発組合に移転するとともに、従来の建物の賃貸借契約は消滅することになります。民法、借家法では、建物の所有者が変わっても原則として建物の賃借権は消滅しませんので大きな違いです。権利変換後はあなたの建物賃借権は消滅し、その後の占有は権利がない占有となってしまいます(但し、後で説明する明渡期限までは明渡は猶予されます)。その意味では、準備組合の担当者の権利変換後は「退去してもらう」という説明は誤りとは言えません。しかし、占有の権利がないからといって直ちに立ち退かないと犯罪や民事の損害賠償の問題が生じるという担当者の説明は誤りです。明渡期限後も退去しないだけで刑事や民事の責任を負うということはありませんから安心してください。

2、 なお、提案されている移転費用が低廉すぎるということですが、このような費用は移転に伴う通常の損害であり通損保障と呼ばれ、正式組合と権利者が協議して保障の金額を決めることになっています。協議が整わない場合は、審査委員会等が定めた金額となりますが、さらに収用委員会や、行政訴訟で争うことは可能です。但し、審査委員会等が決めた金額が供託されると、立ち退き義務が生じます。

3、 都市再開発手続きは、「都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与する(都市再開発法1条)」を目的として、都市の防災機能を高め、また、国民経済の振興を図るために、都市部の建物の建て替えをすすめる手続きです。区域内の宅地面積及び借地面積の3分の2以上の合意が必要ですが、権利変換手続きという手法により、ある程度強制的に、区域一帯の建て替えを進めることができます。

2、権利変換手続きは、5人以上の地権者が区域内の宅地面積及び借地面積の3分の2以上の同意を得て、事業計画を定め、再開発組合を設立し、権利変換計画案を策定し、これを都道府県知事に提出し認可された場合の法的効力を生じます。権利変換期日に、土地所有権は権利変換計画に定める者に権利が移転し、土地所有権以外の全ての土地権利と建物に関する全ての権利が一旦消滅し、建物所有権が施行者(再開発組合)に移転することになります。

3、都市再開発法では、明け渡しの期限を、権利変換期日経過後に再開発事業に係る工事のため必要があるときに30日以上の期限を定めて通知された期日と定めています(都市再開発法96条1項、同2項)。従って、その期日までは、明渡を強制されることはありません。しかし、これは再開発手続きが全て適法かつ有効である場合の「実体法」の定めです。都市再開発法の手続きの有効性について、当事者間に法的評価に関する争いがある場合、その有効性については、「訴訟法」に基づき裁判所の審理を経た司法審判により決するのが法治主義の当然の帰結です。勿論行政の認可手続きを経ているので有効であるのが原則ではありますが、「訴訟法」の手続きを経ていませんので、最終的に裁判所の判断で覆る可能性が残っていると言えるのです。準備組合の担当者はこの、「実体法」のレベルと「訴訟法」のレベルの区別が付いて居らず混乱があるようです。

4、明渡期限後に明け渡し未了となると強制執行の手続きを踏む必要があります。この手続きは、「訴訟法」の段階を考慮すると、実体法の明け渡し期限を経過し、明け渡し断行の仮処分が申し立てられて、双方審尋を経て、担保金供託の上、建物引き渡しの仮処分命令が発令されて初めて強制執行が可能となります。保全執行の場面で現場に臨場した執行官に物理的抵抗するようなことがあれば、これは刑事上も民事上も法的責任を生じる可能性があると言えます。それに至る前の段階で、再開発手続きの当事者間で法的主張を行っているだけであれば、刑罰法規違反で検挙され立件されてしまう可能性は極めて低いでしょう。民事責任も同様です。勿論権利行使、権利主張ですから、冷静に穏当に主張する必要があります。ご心配であれば、弁護士に相談し、法的主張を整理して代理人弁護士から主張して貰うと良いでしょう。

5、再開発に関する関連事例集参照。

解説:

1、 再開発手続き

都市再開発手続きは、「都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与する(都市再開発法1条)」を目的として、都市の防災機能を高め、また、国民経済の振興を図るために、都市部の建物の建て替えをすすめる手続きです。

都市再開発法第1条(目的)この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。

どういうことかと言うと、例えば駅前で木造住宅の密集区域が老朽化したまま残っていると、建物の耐震性や耐火性が低いため、自然災害や火災などの場合に、建物の倒壊や延焼により人的物的被害が拡大してしまう心配がありますし、駅前の便利な立地なのに木造2階建ての建物を維持していると、数十階建ての高層建築を建てた場合に比べて利用できる床面積が少なくなってしまい、地域経済活動の発展が阻害されてしまうおそれがあるということです。勿論、木造住宅の所有権者や賃借権者にも私的権利(私有財産権の保障、日本国憲法29条1項)はあり、自由主義経済、私的自治が通用する社会において、所有権者は自分が所有する土地建物をどのように使用収益処分することも自由に決められることではありますが、前記のような公益性の高い地区に不動産を所有している場合は、公共目的(防災機能向上、社会経済機能向上)による再開発事業がある場合は、これに協力すべきことが期待されることになります。

そこで都市再開発法では、市街地再開発組合や、権利変換の仕組みを導入することにより、地権者・借家権者の間の公平に留意しつつ、円滑に建物の建て替えを進める手続きが整備されています。都市再開発法の手続きにおいて、法律の要件を満たしている場合、地権者は建て替えすること自体について拒否することはできませんが、当事者間の公平性については主張していくことができます。再開発は、建物を取り壊して新しいビルを再建築する事業になりますので莫大な費用が掛かりますが、都市再開発法の他、都市計画法や、都市再生特別措置法、中心市街地の活性化に関する法律などにより、容積率の緩和措置や、再開発に掛かる設計費や建物除却費の一部についての補助金などが策定されています。容積率の緩和措置を受けた場合、従来の床面積を超えた部分の床面積(余剰床、保留床)を不動産デベロッパーである参加組合員に譲渡することにより事業費の負担を求めることができる場合があり、従来地権者は、建設費用の負担無しで、従来床面積と同等の建て替えビルの床面積(権利床)を取得できる場合もあります。

2、 権利変換

都市再開発法では、「権利変換手続き」という手法を使って建物の建て替えを円滑に実現する仕組みになっています。

権利変換とは、組合が定めた計画を都道府県知事や国土交通大臣が認可した場合に、権利変換期日に次の(1)~(4)の効力が生じるものです。

(1)施行区域内の土地は、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する(都市再開発法87条1項前段)。

(2)従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条1項後段)。

(3)施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者(組合)に帰属する(都市再開発法87条2項前段)。

(4)当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条2項後段)。

建物所有権は一旦再開発組合に権利が移行しますが、建物除却及び再建築を経て、新しい建物の権利は、権利変換計画に定められた者が新たに取得することができます(都市再開発法73条1項2号)。建物に関する借家権は、都市再開発法87条2項後段により、権利変換期日に一旦全て「消滅」し、再建築後の建物に新たな借家権が割り当てられることになります。

面積と人数で3分の2以上という多数の意思形成は必要ですが、逆に言えば、区域住民の大多数が同意できるような計画を提示できれば、多少の反対があっても事業を進めることができるように法令が整備されています。

この権利変換期日に至るまでのスケジュールの概要を示します。

準備組合設立(説明会、勉強会)

都市計画案、事業計画案

都市計画案提出

都道府県の都市計画審議会(年4回程度開催)で再開発促進区を定める都市計画案承認決議

都道府県知事による都市計画決定告示(審議会から通常1ヶ月程度)

準備組合において、再開発事業計画案承認、及び再開発組合設立決議

第一種市街地再開発組合設立認可申請

都道府県の審査(数ヶ月程度)を経て事業計画案の縦覧(2週間)

組合設立認可

再開発組合において、権利変換計画案承認決議

権利変換計画案認可申請

都道府県の審査(数ヶ月程度)を経て権利変換計画案の縦覧(2週間)

権利変換計画認可

権利変換期日(権利変換の効力発生=建物借家権消滅)

3、 都市再開発法(実体法)における明け渡し期限

前記の通り、権利変換期日に、全ての建物借家権が消滅しますので、従前の建物賃借人は、権利変換期日以後は借家権という法的権限無しに建物を占有していることになります。建物所有権は全て一旦、再開発組合に移行しますから、市街地再開発組合は、占有者に対して、建物所有権に基づいて、建物明け渡し請求訴訟を提起できることになります。

しかし、都市再開発法では、従来適法な占有関係が存在していた経緯に鑑みて、法律で定める明け渡し期限まで占有の継続を認めています(都市再開発法95条)。

都市再開発法第95条(占有の継続) 権利変換期日において、第八十七条の規定により失つた権利に基づき施行地区内の土地又は建築物を占有していた者及びその承継人は、第九十六条第一項の規定により施行者が通知した明渡しの期限までは、従前の用法に従い、その占有を継続することができる。ただし、第六十六条の規定の適用を妨げない。

第96条(土地の明渡し)

第1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。

第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。

第3項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地を除く。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。ただし、第九十一条第一項又は次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。

明け渡し期限は、法96条1項及び2項により、「第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるとき」に、「請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日」となり、正式組合はその日を明け渡しの期限と定めて、明け渡しの請求を通知することができます。

通常、権利変換期日を経過して第一種市街地再開発事業を遂行できる条件が整った場合は、速やかに建物除却(建物解体・取り壊し工事)を行う必要がありますから、権利変換期日後すぐに約1ヶ月後を明け渡し期限とする明け渡し請求通知(内容証明郵便等)が発行されることになります。実体法上は、請求を受けた建物占有者は、通知された期限内の退去をする法的義務を負うことになります。

4、 民事執行法(訴訟法)における明け渡しの期限

他方、前記実体法の規定に従って手続きが進んでいても、建物占有者が、当該再開発の利害関係人として、再開発事業の法的有効性を争っている場合、具体的には再開発の手続きに法令及び手続き違反があり、法的に無効である(効力を生じない)と主張している場合は、占有者は「再開発の権利変換処分は無効なので法的効力を生ぜず、従って、私には退去義務もない」と主張することになり、結局のところ、占有者に退去する法的義務があるのか無いのか、再開発組合と占有者の間で、法的意見に相違を生じている状態となります。再開発準備組合の担当者から見れば、手続きは全て適法だから法律の定めに従って退去してもらうという意見を持つことも当然かもしれませんが、反対の立場から見れば、違法な処分に従うことはできないということになるのです。

参考のために、都市再開発法における組合設立認可の基準を引用します。

都市再開発法第17条(認可の基準)都道府県知事は、第十一条第一項から第三項までの規定による認可の申請があつた場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、その認可をしなければならない。

一号 申請手続が法令に違反していること。

二号 定款又は事業計画若しくは事業基本方針の決定手続又は内容が法令(事業計画の内容にあつては、前条第三項に規定する都道府県知事の命令を含む。)に違反していること。

三号 事業計画又は事業基本方針の内容が当該第一種市街地再開発事業に関する都市計画に適合せず、又は事業施行期間が適切でないこと。

四号 当該第一種市街地再開発事業を遂行するために必要な経済的基礎及びこれを的確に遂行するために必要なその他の能力が十分でないこと。

再開発手続きの有効性に争いがある場合、占有者に法的な退去義務があるのか無いのか、最終的に判断するのは、裁判所の確定判決によることになりますが、確定判決が出る前にも、民事保全法に基づいて、明け渡し断行の仮処分という形で明け渡しを実現することもでき、実際にはほとんどのケースで仮処分による明け渡しが行われています。このように当事者間の意見に相違がある場合に当事者間の権利関係を確定させ、実際の明け渡し手続きを行う手順について定めている法律を「訴訟法」と言い、「実体法」とは区別して考えます。

それでは、「訴訟法」において、再開発の明け渡しが行われる期限を見てみましょう。

(1) 都市再開発法(実体法)の明け渡し期限到来

(2) 再開発組合が、通損補償額を供託の上、実体法による明け渡し請求権を被保全債権として、明け渡しの仮処分命令の申立を地方裁判所に提起する。

(3) 引渡断行の仮処分については,原則として双方審尋期日を開いた上で発令するものとされています(民事保全法23条4項本文)。審尋期日は、民事訴訟よりは迅速に期日調整が行われますが、期日呼び出し状が送達され、通常2週間以内の期日が指定されます。

(4) 審尋期日に当事者が自己の立場について主張立証を行います。民事保全手続きにおいては、最終的な権利確定処分ではないことから、権利関係についての厳密な「証明」は必要では無く、裁判所に対して一応当該権利の存在について理解させるだけの「疎明」で足りると解釈されています(民事保全法13条2項)。

(5) 最初の審尋期日で当事者の主張立証活動が尽きていないと判断された場合は、裁判所により続行期日の指定がなされることになります。仮処分手続きではありますが、続行期日が数回にわたる場合もあります。相互に、疎明資料と主張書面を提出します。事実上、これは訴訟手続きの書面に近いやりとりになります。

(6) 準備組合(債権者側)は、再開発の手続きが適法に進んできたことを主張立証し、占有者(債務者側)は、手続きに瑕疵(法的欠点)があり、法的に無効であることを主張立証します。裁判所は、疎明が尽きたと考えれば、仮処分の発令や、申立の却下を決定します。

(7)債権者が担保を供託し、 明け渡しの仮処分命令が発令された場合、債権者は、当該地方裁判所の執行官に明け渡し断行の保全執行の申立を行い、執行予納金を納付します。申立の数日以内に、債権者と執行官の打ち合わせ(執行官面接)が行われます。

(8) 保全執行では、発令されてから2週間以内でないと執行できませんので(民事保全法43条2項)、多くのケースでは発令されてから数日後から2週間以内の期日に、執行補助者(引越業者)と解錠業者と債権者と共に執行官が臨場し、強制執行により占有者の占有が解かれ、債権者に占有が引き渡されます(民事執行法168条1項)。保全執行では民事執行法168条の2による明け渡しの催告は行われません。

このように見てくると、実体法の明け渡し期限後に、仮処分手続きを用いたとしても、実際の明け渡しまでには数ヶ月以上の期間を要することが分かります。当事者間に意見の相違がある場合でも、この数ヶ月以内の期間に、事実上の和解(退去費用の支払い)により退去することができる場合もあります。

5、 刑事責任の検討

あなたは、権利変換期日を経過して、都市再開発法により「建物賃借権」が消滅した後も当該建物の利用を継続することについて、準備組合の担当者から刑罰法規違反の可能性があると警告を受けたということです。そこで、賃借人が権利消滅後に占有を継続する場合の刑事責任について検討することにします。

不動産侵奪罪は、他人が占有する、土地およびその定着物(建物)である不動産を、不法領得の意思をもって、他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すことにより既遂となります。

刑法第235条の2(不動産侵奪)他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。

不動産侵奪罪の実行行為は、他人の占有を排除し、自ら(又は第三者)の占有を取得することですから、従来正当な権限に基づいて占有していた賃借人が権利消滅後に占有を継続する行為には適用できないことになります。

土地の賃借人の居座り行為について不動産侵奪罪の適用を認めた裁判例を引用しますので参考にして下さい。これは、元々与えられていた占有権原を超えて、土地に堅固な建物を設置したという事案ですので、賃借人の占有態様が変化しており、地主の占有が新たに排除されたと評価し得る事案でした。

平成12年12月15日最高裁判所第二小法廷決定、不動産侵奪被告事件

『被告人は、同月下旬ころから同年一二月一日ころにかけて、(1)本件施設の側面の鉄パイプにたる木を縦にくくり付けるなどした上、これに化粧ベニヤを張り付けて内壁を作り、(2)本件土地上にブロックを置き、その上に角材を約一メートル間隔で敷き、これにたる木を約四五センチ間隔で打ち付け、その上にコンクリートパネルを張って床面を作り、(3)上部の鉄パイプにたる木をくくり付けるなどした上、天井ボードを張り付けて天井を作り、(4)たる木に化粧ベニヤを両面から張り付けて作った壁面で内部を区切って八個の個室を作り、各室にシャワーや便器を設置するという方法により、風俗営業のための店舗(以下「本件建物」という。)を作った。

6 本件建物は、本件施設の骨組みを利用して作られたものであるが、同施設に比べて、撤去の困難さは、格段に増加していた。

以上によれば、Bが本件土地上に構築した本件施設は、増築前のものは、A不動産との使用貸借契約の約旨に従ったものであることが明らかであり、また、増築後のものは、当初のものに比べて堅固さが増しているとはいうものの、増築の範囲が小規模なものである上、鉄パイプの骨組みをビニールシートで覆うというその基本構造には変化がなかった。ところが、【要旨】被告人が構築した本件建物は、本件施設の骨組みを利用したものではあるが、内壁、床面、天井を有し、シャワーや便器を設置した八個の個室からなる本格的店舗であり、本件施設とは大いに構造が異なる上、同施設に比べて解体・撤去の困難さも格段に増加していたというのであるから、被告人は、本件建物の構築により、所有者であるA不動産の本件土地に対する占有を新たに排除したものというべきである。したがって、被告人の行為について不動産侵奪罪が成立するとした原判断は、正当である。』

従って、権利変換期日後に、占有状況に何ら変更を加えることなく、ただ建物の占有を継続しているだけの事案において、不動産侵奪罪が適用される可能性は無いと考えて良いでしょう。

威力業務妨害罪は、人の自由意志を制圧するような勢力、すなわち暴行・脅迫などを示すことにより他人の業務(社会生活上の地位に基づき反復継続して行われる事務)を,行為の態様,当時の状況,業務の種類・性質等からして,普通の人であれば心理的な威圧感を覚え,円滑な業務の遂行が困難になることにより既遂となります。

刑法第233条(信用毀損及び業務妨害)虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。 第234条(威力業務妨害)威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。

消防署の業務を妨害した事例についての裁判例を引用致しますので参考になさってください。

平成4年11月27日最高裁判所第二小法廷決定、威力業務妨害被告事件 『なお、原判決及びその是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、部下の消防署職員と共謀の上、町消防本部消防長の業務を妨害しようと企て、ひそかに、消防本部消防長室にある同人のロッカー内の作業服ポケットに犬のふんを、事務机中央引き出し内にマーキュロクロム液で赤く染めた猫の死がいをそれぞれ入れておき、翌朝執務のため消防長室に入った消防長をして、右犬のふん及び猫の死がいを順次発見させ、よって恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ、当日の朝行われる予定であった部下職員からの報告の受理、各種決裁事務の執務を不可能にさせたというのである。右のように、被害者が執務に際して目にすることが予想される場所に猫の死がいなどを入れておき、被害者にこれを発見させ、畏怖させるに足りる状態においた一連の行為は、被害者の行為を利用する形態でその意思を制圧するような勢力を用いたものということができるから、形法二三四条にいう「威力ヲ用ヒ」た場合に当たると解するのが相当であり、被告人の本件行為につき威力業務妨害罪が成立するとした第一審判決を是認した原判断は、正当である。』

このように、「威力」を用いて他人の「業務」を妨害する行為には、他人の意思を制圧するような妨害行為を要するものと考えられますので、権利変換期日後に、従来と変わらず平穏に占有を継続しつつ、損失補償額についての交渉を継続しているだけ(書面のやりとりによる法的主張を行っているだけ)の事案において、威力業務妨害罪が適用される可能性は無いと考えて良いでしょう。

但し、準備組合担当者との面談交渉の場面において、正当な権利主張行為であったとしても、相手方に対する脅迫行為があったり、相手方に対する暴力行為などがあった場合には当然、刑事事件として立件される可能性もでてきてしまいますので注意が必要です。ご心配であれば、代理人弁護士を依頼して、代わりに主張して貰うと良いでしょう。

なお、実体法の明け渡し期限を経過し、民事保全手続きを経て、執行官が断行期日に臨場した場合に、執行官の行為を妨害すれば、公務執行妨害罪や強制執行妨害罪が成立しうることになりますので注意が必要です。

6、 民事責任の検討

あなたは、権利変換期日を経過して、都市再開発法により「建物賃借権」が消滅した後も当該建物の利用を継続することについて、準備組合の担当者から「再開発の工事が遅れて莫大な損害が発生するので賠償請求される」と警告を受けたということです。そこで、賃借人が権利消滅後に占有を継続する場合の民事責任について検討することにします。

民事損害賠償責任は、契約関係に無い当事者間では、民法709条不法行為によって規律されています。これは、故意又は過失により、他人の権利を侵害するような行為があり、他人に損害を発生させた場合に、行為者の賠償責任を規定したものです。

民法第709条(不法行為による損害賠償)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

この不法行為責任は、「責任能力」、「法益の存在」、「故意・過失」、「侵害行為」、「損害発生」、「侵害行為と損害発生の因果関係」「違法性阻却事由のないこと」という法律要件を満たすことにより発生しますので、それぞれの要件を検討してみたいと思います。

「責任能力」、、、不法行為責任を問うためには、対象者に責任能力が備わっている必要があります。民事裁判では、事理弁識能力、おおむね12歳以上程度の、物事の是非を認識できる能力が必要とされています。おおむね中学生以上の行為者であれば、認知症や痴呆症、また泥酔状態などでなければ、責任能力は認められることになります。

「法益の存在」、、、これは、請求者に法的保護に値する利益があるかどうか、という問題です。建物の不法占拠であれば、建物を使用収益する利益が保護法益ということになります。また、再開発事業に関して言えば、再開発事業を円滑に遂行する利益も保護法益となり得るでしょう。

「故意・過失」、、、これは、相手方に損害を発生させるような行為を行う故意(認識)や、損害発生を回避すべき注意義務違反である過失があるかどうか、という問題です。あなたが都市再開発法97条の損失補償額について再開発組合と交渉を継続し、これがまとまらないと事実上退去できないと主張する場合に、再開発手続きを遅延させることにより損害を与えてしまう認識(故意)や、注意義務違反(過失)が有るといえるでしょうか。勿論、自分の権利を主張するという主観的状態と、不法行為に向けられた故意過失の主観的状態は併存しうるものではありますが、自分の権利を守るために権利行使の主張を行い、権利を実現するために従来の占有を継続している場合には、賃料相当額を超えた相手方の損害に向けられた主観的意図は認められないと主張することもできそうです。

「侵害行為」、、、あなたは従来占有してきた建物の占有を継続し、再開発について意見を述べているだけですが、これが法益侵害行為と評価されうるかどうかという問題です。再開発手続きに反対する意見を表現する場合の行為態様によって、不相当な方法で主張していると判断された場合は、違法な侵害行為と評価される可能性もあるでしょう。勿論、暴力暴言や、虚偽風説の流布などがありますと違法な行為と評価される危険が高くなってしまいます。

「損害発生」、、、準備組合が所有権を有する建物の占有ができないことによる損害発生は、通常、当該建物の賃料相当額と同額になります。再開発手続きが遅延したことを損害と評価できるかどうかは難しいところです。というのは、民事訴訟では必ず損害額を金銭で評価してこれを訴状に記載する必要があるからです。再開発手続きが遅れることによって具体的に何円の損害が発生したと主張するのか、どのように計算するのか、検討が必要です。

「侵害行為と損害発生の因果関係」、、、侵害行為と損害発生との間には、社会的相当性のある「相当因果関係」が必要とされています。当該行為者に対して損害発生の責任を問うことが妥当であるかどうか、という価値判断も含まれます。これは、民法416条(契約責任)の「これによって通常生ずべき損害の賠償をさせる」という規定の類推解釈によるもので、当該行為から一般に生じるであろうと認められる損害に限って賠償責任を認めるという考え方です。あなたが都市再開発法97条の損失補償に関して準備組合と協議を行っている場合に、権利実現のために占有を継続する行為によって、再開発の工事が遅れた事による損害が発生したと評価しうるでしょうか。判例の少ない分野ですが、権利の存否について司法審査が下るまでの占有継続行為と、遅延による損害発生との間に相当因果関係を認めることは困難にも思われます。

「違法性阻却事由の無いこと」、、、これは例えば消防士が消火活動中に建物を損壊させる行為や、医師が手術で患者の身体にメスを入れる行為などのように、他の法令などで権限が与えられている行為については、形式的に不法行為の要件を満たす場合でも、法令行為・正当業務行為として、民事上の責任も問われないとされているものです。再開発手続きに瑕疵があり、後日司法審査で法的に無効であったと判断されるような場合に、無効主張する行為は、正当行為として民事上の違法性が阻却される可能性があります。

マンション建設について、インターネットの掲示板やいわゆるミニコミ誌において反対運動を行った事案について裁判例がありますので御紹介致します。個人的な意見表明が通常の意見表明の範囲内にとどまるものである限り違法性は生じないとするものです。

平成15年9月24日横浜地方裁判所判決、損害賠償等請求事件 『このように,本件表現行為の主体や表現方法に照らせば,近隣住民らの反対運動を受けつつ本件マンション建築計画を進めていた会社としての原告が,近隣住民による近隣住民としての立場からの建築反対を訴える趣旨の表現行為の対象となったからといって,その表現行為の内容がマンション建築に反対する趣旨の意見の表明の範囲内にとどまるものである限り,このような表現行為に接した通常の読み手は,それらは,そのような対立関係にある一方当事者の側から一方的に発信された意見表明にすぎないものと受け取るものと認められるのである。そうである以上,このような意見表明は,それがされることによって直ちに原告の社会的評価を低下させるというような性質の行為であるということはできないというべきである。』

このように見てくると、あなたに何らかの主張すべき意見があり、実体法の明け渡し期限を過ぎても、民事保全手続きを経て引き渡し断行の仮処分の断行期日まで占有継続しつつ穏当に意見を主張する行為については、民事責任が発生することを心配する必要はないものと考えられます。

7、 まとめ

準備組合の担当者は再開発事業を推進しようとする立場にありますから、再開発手続きが円滑に進められるように様々な主張をしてくることも普通のことです。それが本当に法的に正しいかどうかは、その場ですぐに分かることではありません。従来の経緯も含めて全ての資料を用意して弁護士に御相談なさるべきですし、最終的に法的に有効かどうかは、裁判所が決めることです。裁判所も、地方裁判所、高等裁判所(控訴審)、最高裁判所(上告審)と、最後まで争った場合は相当に時間が掛かることになります。従って、準備組合側から様々な意見を言われたからといって、すぐに判断してしまわず、再開発手続きに精通した弁護士に御相談の上、御自身の権利をどのように行使していくべきなのか、御検討なさることをお勧め致します。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文・判例

日本国憲法

第11条

国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第29条

第1項 財産権は、これを侵してはならない。

第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

民事執行法

(不動産の引渡し等の強制執行)

第百六十八条 不動産等(不動産又は人の居住する船舶等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の引渡し又は明渡しの強制執行は、執行官が債務者の不動産等に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法により行う。

2 執行官は、前項の強制執行をするため同項の不動産等の占有者を特定する必要があるときは、当該不動産等に在る者に対し、当該不動産等又はこれに近接する場所において、質問をし、又は文書の提示を求めることができる。

3 第一項の強制執行は、債権者又はその代理人が執行の場所に出頭したときに限り、することができる。

4 執行官は、第一項の強制執行をするに際し、債務者の占有する不動産等に立ち入り、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすることができる。

5 執行官は、第一項の強制執行においては、その目的物でない動産を取り除いて、債務者、その代理人又は同居の親族若しくは使用人その他の従業者で相当のわきまえのあるものに引き渡さなければならない。この場合において、その動産をこれらの者に引き渡すことができないときは、執行官は、最高裁判所規則で定めるところにより、これを売却することができる。

6 執行官は、前項の動産のうちに同項の規定による引渡し又は売却をしなかつたものがあるときは、これを保管しなければならない。この場合においては、前項後段の規定を準用する。

7 前項の規定による保管の費用は、執行費用とする。

8 第五項(第六項後段において準用する場合を含む。)の規定により動産を売却したときは、執行官は、その売得金から売却及び保管に要した費用を控除し、その残余を供託しなければならない。

9 第五十七条第五項の規定は、第一項の強制執行について準用する。

(明渡しの催告)

第百六十八条の二 執行官は、不動産等の引渡し又は明渡しの強制執行の申立てがあつた場合において、当該強制執行を開始することができるときは、次項に規定する引渡し期限を定めて、明渡しの催告(不動産等の引渡し又は明渡しの催告をいう。以下この条において同じ。)をすることができる。ただし、債務者が当該不動産等を占有していないときは、この限りでない。

2 引渡し期限(明渡しの催告に基づき第六項の規定による強制執行をすることができる期限をいう。以下この条において同じ。)は、明渡しの催告があつた日から一月を経過する日とする。ただし、執行官は、執行裁判所の許可を得て、当該日以後の日を引渡し期限とすることができる。

3 執行官は、明渡しの催告をしたときは、その旨、引渡し期限及び第五項の規定により債務者が不動産等の占有を移転することを禁止されている旨を、当該不動産等の所在する場所に公示書その他の標識を掲示する方法により、公示しなければならない。

4 執行官は、引渡し期限が経過するまでの間においては、執行裁判所の許可を得て、引渡し期限を延長することができる。この場合においては、執行官は、引渡し期限の変更があつた旨及び変更後の引渡し期限を、当該不動産等の所在する場所に公示書その他の標識を掲示する方法により、公示しなければならない。

5 明渡しの催告があつたときは、債務者は、不動産等の占有を移転してはならない。ただし、債権者に対して不動産等の引渡し又は明渡しをする場合は、この限りでない。

6 明渡しの催告後に不動産等の占有の移転があつたときは、引渡し期限が経過するまでの間においては、占有者(第一項の不動産等を占有する者であつて債務者以外のものをいう。以下この条において同じ。)に対して、第一項の申立てに基づく強制執行をすることができる。この場合において、第四十二条及び前条の規定の適用については、当該占有者を債務者とみなす。

7 明渡しの催告後に不動産等の占有の移転があつたときは、占有者は、明渡しの催告があつたことを知らず、かつ、債務者の占有の承継人でないことを理由として、債権者に対し、強制執行の不許を求める訴えを提起することができる。この場合においては、第三十六条、第三十七条及び第三十八条第三項の規定を準用する。

8 明渡しの催告後に不動産等を占有した占有者は、明渡しの催告があつたことを知つて占有したものと推定する。

9 第六項の規定により占有者に対して強制執行がされたときは、当該占有者は、執行異議の申立てにおいて、債権者に対抗することができる権原により目的物を占有していること、又は明渡しの催告があつたことを知らず、かつ、債務者の占有の承継人でないことを理由とすることができる。

10 明渡しの催告に要した費用は、執行費用とする。

※参考判例

平成15年9月24日横浜地方裁判所判決、損害賠償等請求事件

主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 請求の趣旨

(1) 被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成13年10月27日から完済まで年5分の割合による金銭を支払え。

(2) 被告は,原告に対し,Yまちづくりの会の発行する「M TIMES」に,別紙第1記載の謝罪広告を別紙第2記載の掲載条件で掲載せよ。

(3) 訴訟費用は被告の負担とする。

(4) 第1項につき,仮執行宣言

2 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第2 事案の概要

本件は,マンション等の企画,設計等を業とする原告が横須賀市内においてマンションの建築を計画したところ,これに反対する近隣住民の一人である被告が,インターネットの掲示板やいわゆるミニコミ誌等において,建築予定地は地盤や交通の面で危険があり,原告の近隣住民らに対する説明も不十分であるなどとして,その建築に反対する旨の表現行為をしたことから,原告が,これによって名誉及び信用を毀損されたとして,不法行為に基づく損害賠償金の支払及び謝罪広告の掲載を求めている事案である。

第3 基礎となる事実

(以下の事実は,争いのない事実又は記載した証拠ないし弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

1(1) 原告は,マンション等の企画,設計並びに不動産の売買,賃貸,仲介及び管理等を業とする株式会社である。

(2) 原告は,平成13年ころ,別紙物件目録記載1及び2の土地(以下,併せて「本件土地」という。)上に,原告及びその関連会社である株式会社LT建築計画(以下「LT社」という。)を建築主として,地上7階,地下3階のマンション(以下「本件マンション」という。)を建築

する計画(以下「本件マンション建築計画」という。)を立て,同年7月までに本件土地の所有権を取得した〔甲6ないし9号証〕。

そして,原告及びLT社は,本件マンション建築計画について,平成13年7月12日付けで,横須賀市長から,開発許可を要しない旨の証明書の交付を受け〔甲37号証〕,さらに同月27日付けで,建築主事から,建築確認を受けた〔甲36号証〕。

2 本件土地は,ST二丁目の東端の丘陵の外縁に位置し,その東側は,急傾斜地となっており,その下には,KK電鉄株式会社(以下「KK」という。)の線路が敷設されている。この傾斜地のうち,北側約半分については,ST二丁目C番aに含まれ,原告が所有権を有しているが,南側約半分の土地については,平成5年5月12日に同番bから同番cとして分筆がされ,この同番cの土地部分は現在KKが所有権を有している。なお,現在の同番cに当たる同番bの土地部分において,平成4年5月2日,がけ崩れが発生し,KKの路線がほぼ終日不通となったことがあった。

また,本件土地は,その南西側において2軒の住宅の敷地と接し,さらに,西側から北側にかけては,ST二丁目の住宅地と国道16号とを結ぶ,片道1車線でS字型の,勾配のある道路に接している。

〔甲41号証,乙1,4ないし6,41,71,106号証〕

3(1) 被告は,昭和59年ころから,ST二丁目内に居住している者である。

(2) ST二丁目においては,住民らが,昭和56年,建築基準法第4章の規定に基づき「ST2丁目建築協定」(以下「本件建築協定」という。)を締結し,横須賀市長による認可を得ている〔乙11,12号証〕。

被告は,平成4年から,本件建築協定の協定運営委員会の委員となり,平成12年からは同委員会の委員長を務めている。また,ST2丁目自治会は,本件マンション建築計画を受けて,平成13年7月,Lマンション対策専門委員会を設置したが,被告はこの委員長の立場にある。〔乙237号証〕

4(1) 平成13年7月26日,「ST2丁目自治会 マンション対策専門委員会」の名義で,「2丁目だより マンション問題特別号」と題する書面(以下「2丁目だより」という。)が作成され,ST2丁目自治会の会員に配布された。この書面には,本件マンションについて,原告が計画したものであること及び

下記①ないし④等の記載がされていた。〔甲4号証,乙237号証〕(以下,これらの各記載を「本件記載(1)-①ないし④」というように表記する。)

① 危険を招くマンション計画

② そう数年前に線路上に崩落を起こし,あわや大惨事…と心配させた丘です。

③ マンションができれば64台の自動車と77台の自転車(いずれも計画駐車台数)が道路を出入りすることになります。危険なことだと思いませんか。

④ ここにコンクリートの巨大な壁ができれば,緑の眺望やビル風害,日照,電波障害,プライバシーなどに大きな影響を受けるでしょう。

(2) 被告は,平成13年9月3日,主にマンションの建築に関する問題を扱っているインターネット上の掲示板「地下室マンションに反対する市民ネットワーク」に,「D(匿名)」との名義で,本件マンション建築計画について,建築業者が原告であることや住民らが反対していることとともに,下記①ないし③の記載を含む書き込みをした。また,被告は,同月24日,同掲示板に,自己名義で,下記④の記載を含む書き込みをした。〔甲3号証,乙155号証〕(以下,これらの各記載を「本件記載(2)-①ないし④」というように表記する。)

ア 9月3日分

① ST2丁目は建築協定地域であり,・・・建築協定に沿った建物を建てて欲しい。地上7階地下3階の集合住宅などもっての外です。

② こんな所に64世帯が入居し64台の車が出入りしたら交通渋滞・交通事故の続発する名物道路(!?)の誕生。私たちは事故の被害者・加害者になる可能性が!!

③ 説明会を行ったところ,強引に計画を進めている割には顔ぶれがお粗末,説明会の体をなさないのです。

イ 9月24日分

④ それ以外ろくな回答も無く,我々がもっとも問題にしている交通問題・地盤の危険性についてなんら納得のいく説明をできないのです。

(3) 平成13年10月16日ころ,横須賀市議会議員Yの所属する「Yまちづくりの会」が定期的に刊行する,「M TIMES」と題するいわゆるミニコミ誌が,新聞の折り込みビラとして,横須賀市内の5万2000世帯に配布された〔甲1号証,乙154号証の1ないし3〕。同誌は,両面刷りの1枚紙のものであるが,その裏面に,本件マンションに関する記事が掲載されており,この記事において,下記のとおり,表題として①の,文中には②ないし⑨等の,文中に挿入された本件土地周辺の写真の下部に説明として⑩及び⑪の各記載がされ,記事の末尾には「ST2丁目自治会 マンション対策専門委員会委員長 A」と記載されていた〔甲1号証〕(以下,これらの各記載を「本件記載(3)-①ないし⑪」というように表記する。)。

ア 表題

① このままでは地下室マンション横須賀に集結?

イ 文中

② 横須賀の最北端の町,ST2丁目の外縁斜面緑地に降って涌いたようにマンション建設計画が持ち上がったのが7月6日。突如「地下3階,地上7階の10階建て(64戸)。8月15日着工。㈱L(横浜市中区)」という驚くべき内容の表示板が予定地に建てられたのです。即座に住民運動が始まりました。

③ 予定地は建築協定地域内にあり,10階建てマンションなどもっての外。

④ しかも,9年前に大崩落があり,京急が終日不通となったいわくつきの危険地なのです。

⑤ こんなところに64台もの車及び関係車両が出入りしたら,交通渋滞・交通事故の連続,そしてST8自治会の住民は,全員が交通事故の加害者・被害者になる可能性が!!

⑥ 敵はマンション建設を予定しているLという会社だけではなかったのです。

⑦ しかも,確認そのものもいかにもズサン。

⑧ 大手ゼネコンの方々何人かに聞いたところ,「これが開発でないなら,全国の業者が横須賀全域に集結して斜面緑地に地下室マンションを建てることになる。」と憂慮しています。

⑨ 住民が最も知りたい交通対策,地盤の安全性などには納得できる回答を何ひとつ寄せていません。

ウ 写真下部の説明

⑩ マンション計画地……急カーブ,登り坂の上,歩道がない危険なところ

⑪ 計画地を京急側からみる この急なガケの真上に10階建てのマンションが!!

第4 主要な争点及び争点に関する当事者の主張

1 主要な争点

(1) 本件表現行為が原告の名誉・信用を毀損するものとして不法行為を構成するかどうか。

(2) 本件表現行為と因果関係のある損害の有無及びその回復方法。

2 争点(1)について

<原告の主張>

(1) 被告は,本件マンション建築計画に対する反対運動の中心的な人物である。そして,本件記載(1)-①ないし④を含む「2丁目だより」を作成して,地域住民らに配布し,インターネットの掲示板上に本件記載(2)-①ないし④などの書き込みをし,さらに,「M TIMES」の中で,本件記載(3)-①ないし⑪などの記載をした(以下,これらの行為を「本件表現行為」という。)のは,被告である。

(2) 本件表現行為は,原告について,10階建てのマンションを建てることができない危険な土地に,マンションを建築して販売するため,交通に対する配慮もせず,住民に対して何らの説明もしようとしないまま建築を強行しようとする,住民の「敵」であり,横須賀市中に斜面地マンションを建築させる元凶であるとの社会的評価を作り出すものである。このような本件表現行為の内容や,表現の時期,方法を併せ考えると,本件表現行為は,原告の客観的評価を大いに低下させ,原告の名誉・信用を著しく侵害するものである。

(3) 本件表現行為は,原告に対する営業妨害の意図で,原告を誹謗中傷するものである。

また,本件表現行為の内容は,多くの点で真実に反している上,被告は,原告から,複数回の説明会等において,地盤や交通の安全性等の事実関係について十分な説明を受けていたにもかかわらず,相当な根拠に基づくことなく,本件表現行為に及んだのであって,およそ社会的に相当な表現行為とはいえない。

(4) 以上のとおり,被告は,本件表現行為により,故意又は過失に基づき,違法に原告の名誉・信用を侵害したものである。

<被告の主張>

(1) 「2丁目だより」は,Lマンション対策専門委員会の,被告とは別の委員が作成したもので,配布したのも被告ではない。

また,「M TIMES」中の表現のうち,本件記載(3)-②ないし⑨は被告が作成した部分であるが,同①,⑩及び⑪は,同誌の編集者が作成した部分であり,被告が記載したものではない。

(2) 「地下室マンションに反対する市民ネットワーク」は,地下室マンションに反対する各地のグループが情報交換等を行っている場である。また,「M TIMES」は,横須賀市議会議員であるYの所属する団体の定期刊行物である。

これらの市民的なメディアに掲載される言論は,公共性,社会性,政治性の高いものであり,そこでの自由な言論行為は,表現の自由によって強く保護されなければならない。

(3) 本件表現行為は,本件土地及び周辺土地の性状を指摘し,あるいは住民の原告の説明に対する受け止め方を述べているものにすぎず,本件マンションそれ自体が危険であるとか,原告が何らの説明をしていないなどと言っているものではないから,原告の名誉・信用を侵害するものではない。

(4) 被告は,本件マンションの建築に関する問題を市民に知らせ,情報交換を行うことにより,住環境を守る運動を広げるために本件表現行為をしたのであり,本件表現行為は,公共の利害に関する事実について,公益を図る目的でされたものにほかならない。

そして,本件表現行為における摘示事実又は意見の前提となる事実は,真実であり,相当な根拠に基づいたものである。また,本件表現行為のうち,意見の表明に当たる部分については,その表現が意見ないし論評としての域を逸脱したものであるとは到底いえない。

(5) 以上のとおり,本件表現行為は,原告の名誉・信用を毀損するものではなく,仮に名誉・信用を毀損するとしても,違法性ないし故意・過失はないから,不法行為を構成するものではなく,原告の請求は理由がない。

3 争点(2)について

<原告の主張>

(1) 原告は,被告の本件表現行為による名誉・信用の毀損によって,以下のとおりの有形,無形の損害を受けた。

ア 宣伝広告費

原告は,本件表現行為によって原告に不信感を抱いた顧客に対する宣伝広告費として,平成13年10月から同14年1月まで,合計1173万7683円の支出をした。

イ モデルルーム開設費

本件表現行為により,本件マンションの完売まで通常よりも長期間を要することとなった。これによって原告が支出を強いられた費用は,本件マンションのモデルルームを平成13年10月16日から同14年1月まで開設しておくのに要した,人件費1067万8660円,賃料245万0000円,電話代87万2258円及び電気代54万2879円である。

ウ 無形の損害

原告は,被告の名誉・信用毀損行為により,無形の損害も受けた。

エ 損害額の合計

上記ア及びイの財産的損害のうち,被告の行為と直接的な因果関係を認められるものを少なくとも3割と計算し,これに無形の損害もあわせると,原告の受けた損害の額は1000万円を下らない。

(2) 本件訴訟を追行するための弁護士費用は,請求金額の1割である100万円が相当である。

(3) 原告の毀損された名誉及び信用を回復するためには,請求の趣旨2項記載のとおり,謝罪文を掲載する必要がある。

<被告の主張>

原告の主張する損害の発生及び被告の行為との因果関係は,否認する。

第5 当裁判所の判断

1 特定の表現行為が,その対象とされた者の名誉・信用を毀損するものか否かは,当該表現行為の内容,方法等とともに,その者の社会における位置,状況等を考慮し,当該表現行為により,その者に対する社会的な評価が低下するものと認められるか否かによって判断すべきである。

2 そこで,本件表現行為ないし原告に関する事情を見ると,証拠〔甲5,13ないし18,20,21,24,25,27,63,67,68号証,乙3,11,12,14,15,18ないし23,25ないし28,32,34,35,38,39,106,119,137,154,236,237号証及び被告本人の供述〕及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1) ST二丁目は,主に住宅地として利用されている地域である。そして,前記第3,3(2)のとおり,昭和56年,同地域における建築協定として,本件建築協定が認可を受けた。本件建築協定の協定運営委員会は,協定の成立以来,ST二丁目内において新たに建築計画がある場合には,その敷地所有者に対し,協定への加入を働きかけており,本件建築協定の協定区域は拡大傾向にある。現在,本件建築協定の建築協定区域は,学校,公園等の公共用地や駐車場等の非居住用地を除けば,ST二丁目の居住可能地域の大部分を占めている。

本件建築協定は,建築協定区域内の建築物について,用途は一戸建専用住宅(2世帯住宅を含む),医院併用住宅,又は店舗兼用住宅とすること,建築物の高さは現状地盤面から10メートル,軒の高さは6.5メートルをそれぞれ超えないこと,地階を除く階数は2以下とすること,建築面積及び延面積の敷地面積に対する割合(建ぺい率及び容積率)は,それぞれ10分の4及び10分の8を超えないことなどの基準を定めている。

(2) 本件土地は,第1種住居地域にあり,建築基準法上許容される建ぺい率及び容積率は,それぞれ10分の6及び10分の20である。また,本件土地は,本件マンション建築計画が立てられるまでは,駐車場としての利用がされていたものであり,現在まで,その所有者による本件建築協定への加入はされていない。

(3) 原告は,本件土地上に本件マンションを建築する計画を立て,平成13年7月6日,本件土地付近に計画表示板を設置した。また,原告又はその関連会社の社員は,同日,本件土地の近隣住民宅及び被告宅を訪れ,本件マンション建築計画を説明した。

これに対し,被告は,本件建築協定に加入してもらいたい旨の依頼をし,本件建築協定の協定書を交付した。

(4) 同月15日,ST2・3丁目自治会館において,LT社ほか原告側の社員ら並びに被告ほかST二丁目及び三丁目の住民らの出席の下,本件マンションの建築に関する話合いの場が設けられたが,原告側が本件建築協定には加入しない旨を言明したことから,話合いは短時間で終了した。

(5) ST2丁目自治会は,同月24日,役員等の会議により,Lマンション対策専門委員会の設置を決定した。また,この場で,本件マンションの問題を自治会員に知らせるため,「2丁目だより」の作成が合意された。そして,同委員会委員のBがその原稿を作成し,前記第3,4(1)のとおり,同月26日,同委員会名義の「2丁目だより」が発行され,自治会員に配布された。また,同月28日,同委員会の委員20名の互選により,被告が同委員会の委員長に選出された。

(6) このころから,本件土地付近において,近隣住民らによって,本件マンションの建築に反対する旨が記載された看板,横断幕等が設置された。

また,ST2丁目自治会は,原告及び横須賀市に対して本件マンションの建築に着工しないことや住民らと話し合うことを求める内容で,ST地区の住民らから署名を集めるとともに,横須賀市長に対して同趣旨の要請を行うなどの活動をした。

(7) 同年8月4日及び9月9日,ST2・3丁目自治会館において,原告及びLT社ほか原告側の社員ら並びにST2丁目自治会長及び被告ほかST地区の住民らの出席の下,本件マンション建築計画の説明会が開かれた。説明会においては,当初原告側が住民を無視して計画を進める気はない旨を述べたものの,その後,工事に着工する意向を言明したことから,住民側が反発し,また,住民側から,地盤の危険性や各種の被害の対策,原告側の出席者の妥当性等について質問や不満が出されるなどし,原告側と住民側の主張は折り合わなかった。

(8) 原告は,遅くとも同年8月中に,本件マンションの販売広告を開始した。

(9) ST2丁目自治会及び住民らは,同月31日,横須賀簡易裁判所に,原告及び本件マンションの建築施工業者に対する建築差止等公害調停を申し立てた。また,ST2丁目自治会及び住民らは,同年9月21日,横須賀市建築審査会に対し,本件マンション建築計画に係る建築確認の取消しを求める審査請求をした。

(10) 被告は,同月3日及び24日,前記第3,4(2)のとおり,インターネット掲示板上に書き込みをした。

(11) 横須賀簡易裁判所は,同年10月3日,原告及び本件マンションの建築施工業者に対し,上記調停事件の調停前の措置として,本件マンションの建築工事及びこれに付随する工事と,本件土地の現状の変更を禁止する旨の命令を出した。

(12) 同月6日,原告による近隣住民らへの本件マンション建築計画についての説明会が予定されていたが,開催場所等について折り合わず,実質的な話合いは行われなかった。

(13) 同月上旬,被告は,横須賀市議会議員Yから,市政に関する問題を取り上げているいわゆるミニコミ誌である「M TIMES」への寄稿を依頼され,本件マンションに関する記事を作成した。そして,同月16日,前記第3,4(3)のとおり,この記事が掲載された同誌が発行された。なお,掲載された記事のうち,表題部分(本件記載(3)-①)と写真下部の説明部分(同⑩,⑪)は,編集段階で編集者側が付加したものである。

(14) 同月22日,上記調停事件の第1回調停期日が開かれたが,原告側が調停の打ち切りを主張したため,同調停は即日不調となった。これを受けて,原告は,翌日から,本件土地において本件マンションの建築工事に着手した。

3 以上のように,ST二丁目においては,居住可能地域の大部分が本件建築協定の対象となっており,自治会や協定運営委員会により,本件建築協定に沿った住環境の維持が図られていたところ,マンション等の企画,設計等を業とする株式会社である原告が,本件土地において本件マンションの建築を計画したことから,ST2丁目自治会や近隣住民らにより,本件マンションの建築に反対する運動が起こったものであって,本件表現行為も,いずれも,この反対運動の一環としてされたものと認められるところである。

そして,本件表現行為の内容は,「2丁目だより」,「MTIMES」及びインターネット掲示板の書き込みのいずれについても,全体としてみれば,本件マンションの建築予定地の近隣に居住する住民らによる,マンションの建築に反対する意見の記載であることは明らかであり,その表現媒体がいずれも一般の市民が自由な意見を表明する際に用いられる私的な性質の媒体であることからすれば,本件表現行為に接した通常の読み手は,本件表現行為は,マンションの建築の際にしばしば見られるような,マンションの建築によって住環境等を害されると考える近隣住民らが,その建築に反対する立場からの意見表明として,マンション建築反対の趣旨を訴えようとしているものと受け取るものと認められるのである。

このように,本件表現行為の主体や表現方法に照らせば,近隣住民らの反対運動を受けつつ本件マンション建築計画を進めていた会社としての原告が,近隣住民による近隣住民としての立場からの建築反対を訴える趣旨の表現行為の対象となったからといって,その表現行為の内容がマンション建築に反対する趣旨の意見の表明の範囲内にとどまるものである限り,このような表現行為に接した通常の読み手は,それらは,そのような対立関係にある一方当事者の側から一方的に発信された意見表明にすぎないものと受け取るものと認められるのである。そうである以上,このような意見表明は,それがされることによって直ちに原告の社会的評価を低下させるというような性質の行為であるということはできないというべきである。

4 そこで,上記の観点を踏まえて,原告がその名誉・信用を毀損されたものと主張する本件表現行為についてさらに個別的,具体的に検討することとする。

(1) 本件マンションの建築予定地が危険地である旨の表現(本件記載(1)-①,②,(3)-④,⑪)及び本件マンションの建築により交通の危険が生じる旨の表現(本件記載(1)-①,③,(2)-②,(3)-⑤,⑩)について前者の表現行為は,本件マンションの建築予定地が数年前にがけ崩れを起こした傾斜地であるとの事実を指摘し,同土地が「危険地」であると主張して,同土地上のマンションの建築に反対する趣旨を表明しているものであり,それ以上に,原告が(倒壊のおそれがあるような)危険なマンションを建築しようとしているなどと具体的に主張しているものではない。また,後者の表現行為は,本件土地周辺の道路状況を指摘した上で〔甲2号証の2,3号証の1,2,4号証〕,本件マンションが建築されることによって,入居者の車両等により本件土地付近の交通量が増加し,交通事故の危険が高まることを主張し,本件マンションの建築予定地の近隣住民の立場から,その建築に反対するとの趣旨を表明しているものにすぎない。いずれにせよ,これらの表現行為においては,原告の建築計画の不備等を何ら具体的に指摘しているものではないから,上記の観点に照らして,これにより原告の社会的評価が低下するものと認めることはできない。

(2) 建築予定地が建築協定地域内にあり,10階建てマンションはもってのほかとの表現(本件記載(2)-①,(3)-③)について

この部分は,本件土地の所有者が建築協定に加入しているというような具体的事実を指摘したものではないことや,任意加入という建築協定の性質からすれば,原告に建築協定違反の事実があるということを摘示しようとしたものではなく,現状のマンション建築計画に反対する立場の近隣住民らが,建築協定の内容に沿った建築をするように訴えようとしているものと受け取られるのが通常といえるから,この表現行為により原告の社会的評価が低下するものと認めることはできない。

(3) 原告の住民への説明が不十分であるとの表現(本件記載(2)-③,④,(3)-⑨)について

近隣住民がマンションの建築に反対する意見を表明するという各文章全体の趣旨からすれば,この部分は,本件マンション建築計画に関する原告ら建築主側の説明について,その計画に反対する立場の近隣住民の意見として,住民側とすれば十分に納得することができるような内容のものではないとの趣旨を述べたものと受け取られるのが通常といえるから,この表現行為が直ちに原告の社会的評価を低下させるものと認めることはできない。

もっとも,本件記載(2)-④及び(3)-⑨は,原告が住民の意思を無視しては着工しないという住民との約束に違反したという趣旨の表現に引き続くものである〔甲1,3号証の各2〕ところ,これと合わせて読めば,マンション建築に反対する意見の表明の範囲を超える,原告の企業としての経営姿勢等に関する具体的な事実の摘示を伴う意見表明として,原告の社会的評価を低下させるものと認められないでもない。仮にこのように認めるのが相当であるとしても,この部分の表現行為は,いずれも,本件マンションの建築に対する近隣住民らの反対運動の一環として,本件土地周辺の住環境等の公共の利害に関する事実について,近隣住民等の理解を求めるなど専ら公益を図る目的でされたものと認めることができ,さらに,前記2(7)の認定事実に照らせば,意見にわたる部分の前提事実の重要な部分は真実と認められるのであり,また,原告の説明は納得できるようなものではないとの趣旨の意見の表明は,それが意見としての域を逸脱したものとは認められない。

したがって,いずれにしても,上記表現行為が違法性を有するものということはできない。

(4) 建築確認が杜撰である旨の表現及び地下室マンションが横須賀に集結する旨の表現(本件記載(3)-①,⑦,⑧)について

本件記載(3)-⑦,⑧の前後には,「7月6日から1週間後の13日に建築確認申請が出され,住民の反対を押し切ってその2週間後の27日には確認という異常なスピードで事は進みました。」,「地下3階分を9メートル以上掘削するのに,“開発行為にあたらないので,建築確認だけでいい”というのです。」との記載があり〔甲1号証の2〕,これらの表現を含む前後の文脈からすれば,上記表現部分は,一般の読み手に,開発行為の要否ないし建築確認申請の適否に関する判断を行う行政庁の審査手続ないし審査方法の不当性を主張していると理解されるものであることは明らかであって,原告の社会的評価に影響を与えるものということはできない。

(5) プライバシー等に影響がある旨の表現(本件記載(1)-④)について

この部分は,ST2丁目自治会の会員向けに,マンションの建築によって一般的に予想される問題点を抽象的に指摘したものにすぎず,このような指摘によって,原告の社会的評価が低下するものとは認められない。

(6) このほか,本件表現行為中には,原告の社会的評価を低下させると認められるような表現は見当たらない。

5 以上の検討のとおり,本件表現行為は,いずれも,原告の名誉・信用を違法に毀損するものと認めることはできないというべきである。

第6 結論

したがって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,すべて理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

(口頭弁論の終結の日 平成15年7月14日)