都市再開発法に基づく賃借権者の明け渡し期限
行政|民事|都市再開発法96条1項の明け渡し期限|組合側の主張に対する対策
目次
質問:
駅前に店舗を賃借して店舗を経営しています。駅前一帯は再開発の計画が進んでおり、再開発準備組合が設立され、来年には正式組合も設立されると聞きました。既に立ち退きの通損補償の提案も来ていますが、仮店舗の賃料額が「モデル賃料」というもので計算されており、実際の店舗を移転する場合の費用には到底足りません。準備組合の担当者には「これでは到底移転できない」と苦情を申し立てていますが、「来年には権利変換期日であなたの賃借権が消滅するので、いずれにしても退去して貰う。権利が無いのに居座ったら犯罪ではないか?民事の損害賠償もある」となかば脅されてしまいました。私は単に、正当な補償が得られないと現実に移転できないと、事実を述べているだけの積もりですが、これらの法的責任を負うことがあるのでしょうか。
回答:
1、 再開発準備組合が設立され、将来正式組合も設立されるということですから、都市再開発法に基づく、都市再開発事業が進行しているものと考えられます。この手続きでは、「権利変換」という手法が定められており、権利変換により従来の建物の所有権は再開発組合に移転するとともに、従来の建物の賃貸借契約は消滅することになります。民法、借家法では、建物の所有者が変わっても原則として建物の賃借権は消滅しませんので大きな違いです。権利変換後はあなたの建物賃借権は消滅し、その後の占有は権利がない占有となってしまいます(但し、後で説明する明渡期限までは明渡は猶予されます)。その意味では、準備組合の担当者の権利変換後は「退去してもらう」という説明は誤りとは言えません。しかし、占有の権利がないからといって直ちに立ち退かないと犯罪や民事の損害賠償の問題が生じるという担当者の説明は誤りです。明渡期限後も退去しないだけで刑事や民事の責任を負うということはありませんから安心してください。
2、 なお、提案されている移転費用が低廉すぎるということですが、このような費用は移転に伴う通常の損害であり通損保障と呼ばれ、正式組合と権利者が協議して保障の金額を決めることになっています。協議が整わない場合は、審査委員会等が定めた金額となりますが、さらに収用委員会や、行政訴訟で争うことは可能です。但し、審査委員会等が決めた金額が供託されると、立ち退き義務が生じます。
3、 都市再開発手続きは、「都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与する(都市再開発法1条)」を目的として、都市の防災機能を高め、また、国民経済の振興を図るために、都市部の建物の建て替えをすすめる手続きです。区域内の宅地面積及び借地面積の3分の2以上の合意が必要ですが、権利変換手続きという手法により、ある程度強制的に、区域一帯の建て替えを進めることができます。
2、権利変換手続きは、5人以上の地権者が区域内の宅地面積及び借地面積の3分の2以上の同意を得て、事業計画を定め、再開発組合を設立し、権利変換計画案を策定し、これを都道府県知事に提出し認可された場合の法的効力を生じます。権利変換期日に、土地所有権は権利変換計画に定める者に権利が移転し、土地所有権以外の全ての土地権利と建物に関する全ての権利が一旦消滅し、建物所有権が施行者(再開発組合)に移転することになります。
3、都市再開発法では、明け渡しの期限を、権利変換期日経過後に再開発事業に係る工事のため必要があるときに30日以上の期限を定めて通知された期日と定めています(都市再開発法96条1項、同2項)。従って、その期日までは、明渡を強制されることはありません。しかし、これは再開発手続きが全て適法かつ有効である場合の「実体法」の定めです。都市再開発法の手続きの有効性について、当事者間に法的評価に関する争いがある場合、その有効性については、「訴訟法」に基づき裁判所の審理を経た司法審判により決するのが法治主義の当然の帰結です。勿論行政の認可手続きを経ているので有効であるのが原則ではありますが、「訴訟法」の手続きを経ていませんので、最終的に裁判所の判断で覆る可能性が残っていると言えるのです。準備組合の担当者はこの、「実体法」のレベルと「訴訟法」のレベルの区別が付いて居らず混乱があるようです。
4、明渡期限後に明け渡し未了となると強制執行の手続きを踏む必要があります。この手続きは、「訴訟法」の段階を考慮すると、実体法の明け渡し期限を経過し、明け渡し断行の仮処分が申し立てられて、双方審尋を経て、担保金供託の上、建物引き渡しの仮処分命令が発令されて初めて強制執行が可能となります。保全執行の場面で現場に臨場した執行官に物理的抵抗するようなことがあれば、これは刑事上も民事上も法的責任を生じる可能性があると言えます。それに至る前の段階で、再開発手続きの当事者間で法的主張を行っているだけであれば、刑罰法規違反で検挙され立件されてしまう可能性は極めて低いでしょう。民事責任も同様です。勿論権利行使、権利主張ですから、冷静に穏当に主張する必要があります。ご心配であれば、弁護士に相談し、法的主張を整理して代理人弁護士から主張して貰うと良いでしょう。
5、再開発に関する関連事例集参照。
解説:
1、 再開発手続き
都市再開発手続きは、「都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与する(都市再開発法1条)」を目的として、都市の防災機能を高め、また、国民経済の振興を図るために、都市部の建物の建て替えをすすめる手続きです。
都市再開発法第1条(目的)この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。
どういうことかと言うと、例えば駅前で木造住宅の密集区域が老朽化したまま残っていると、建物の耐震性や耐火性が低いため、自然災害や火災などの場合に、建物の倒壊や延焼により人的物的被害が拡大してしまう心配がありますし、駅前の便利な立地なのに木造2階建ての建物を維持していると、数十階建ての高層建築を建てた場合に比べて利用できる床面積が少なくなってしまい、地域経済活動の発展が阻害されてしまうおそれがあるということです。勿論、木造住宅の所有権者や賃借権者にも私的権利(私有財産権の保障、日本国憲法29条1項)はあり、自由主義経済、私的自治が通用する社会において、所有権者は自分が所有する土地建物をどのように使用収益処分することも自由に決められることではありますが、前記のような公益性の高い地区に不動産を所有している場合は、公共目的(防災機能向上、社会経済機能向上)による再開発事業がある場合は、これに協力すべきことが期待されることになります。
そこで都市再開発法では、市街地再開発組合や、権利変換の仕組みを導入することにより、地権者・借家権者の間の公平に留意しつつ、円滑に建物の建て替えを進める手続きが整備されています。都市再開発法の手続きにおいて、法律の要件を満たしている場合、地権者は建て替えすること自体について拒否することはできませんが、当事者間の公平性については主張していくことができます。再開発は、建物を取り壊して新しいビルを再建築する事業になりますので莫大な費用が掛かりますが、都市再開発法の他、都市計画法や、都市再生特別措置法、中心市街地の活性化に関する法律などにより、容積率の緩和措置や、再開発に掛かる設計費や建物除却費の一部についての補助金などが策定されています。容積率の緩和措置を受けた場合、従来の床面積を超えた部分の床面積(余剰床、保留床)を不動産デベロッパーである参加組合員に譲渡することにより事業費の負担を求めることができる場合があり、従来地権者は、建設費用の負担無しで、従来床面積と同等の建て替えビルの床面積(権利床)を取得できる場合もあります。
2、 権利変換
都市再開発法では、「権利変換手続き」という手法を使って建物の建て替えを円滑に実現する仕組みになっています。
権利変換とは、組合が定めた計画を都道府県知事や国土交通大臣が認可した場合に、権利変換期日に次の(1)~(4)の効力が生じるものです。
(1)施行区域内の土地は、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する(都市再開発法87条1項前段)。
(2)従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条1項後段)。
(3)施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者(組合)に帰属する(都市再開発法87条2項前段)。
(4)当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する(都市再開発法87条2項後段)。
建物所有権は一旦再開発組合に権利が移行しますが、建物除却及び再建築を経て、新しい建物の権利は、権利変換計画に定められた者が新たに取得することができます(都市再開発法73条1項2号)。建物に関する借家権は、都市再開発法87条2項後段により、権利変換期日に一旦全て「消滅」し、再建築後の建物に新たな借家権が割り当てられることになります。
面積と人数で3分の2以上という多数の意思形成は必要ですが、逆に言えば、区域住民の大多数が同意できるような計画を提示できれば、多少の反対があっても事業を進めることができるように法令が整備されています。
この権利変換期日に至るまでのスケジュールの概要を示します。
準備組合設立(説明会、勉強会)↓
都市計画案、事業計画案
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都市計画案提出
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都道府県の都市計画審議会(年4回程度開催)で再開発促進区を定める都市計画案承認決議
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都道府県知事による都市計画決定告示(審議会から通常1ヶ月程度)
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準備組合において、再開発事業計画案承認、及び再開発組合設立決議
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第一種市街地再開発組合設立認可申請
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都道府県の審査(数ヶ月程度)を経て事業計画案の縦覧(2週間)
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組合設立認可
↓
再開発組合において、権利変換計画案承認決議
↓
権利変換計画案認可申請
↓
都道府県の審査(数ヶ月程度)を経て権利変換計画案の縦覧(2週間)
↓
権利変換計画認可
↓
権利変換期日(権利変換の効力発生=建物借家権消滅)
3、 都市再開発法(実体法)における明け渡し期限
前記の通り、権利変換期日に、全ての建物借家権が消滅しますので、従前の建物賃借人は、権利変換期日以後は借家権という法的権限無しに建物を占有していることになります。建物所有権は全て一旦、再開発組合に移行しますから、市街地再開発組合は、占有者に対して、建物所有権に基づいて、建物明け渡し請求訴訟を提起できることになります。
しかし、都市再開発法では、従来適法な占有関係が存在していた経緯に鑑みて、法律で定める明け渡し期限まで占有の継続を認めています(都市再開発法95条)。
都市再開発法第95条(占有の継続) 権利変換期日において、第八十七条の規定により失つた権利に基づき施行地区内の土地又は建築物を占有していた者及びその承継人は、第九十六条第一項の規定により施行者が通知した明渡しの期限までは、従前の用法に従い、その占有を継続することができる。ただし、第六十六条の規定の適用を妨げない。第96条(土地の明渡し)
第1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。
第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。
第3項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地を除く。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。ただし、第九十一条第一項又は次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
明け渡し期限は、法96条1項及び2項により、「第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるとき」に、「請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日」となり、正式組合はその日を明け渡しの期限と定めて、明け渡しの請求を通知することができます。
通常、権利変換期日を経過して第一種市街地再開発事業を遂行できる条件が整った場合は、速やかに建物除却(建物解体・取り壊し工事)を行う必要がありますから、権利変換期日後すぐに約1ヶ月後を明け渡し期限とする明け渡し請求通知(内容証明郵便等)が発行されることになります。実体法上は、請求を受けた建物占有者は、通知された期限内の退去をする法的義務を負うことになります。
4、 民事執行法(訴訟法)における明け渡しの期限
他方、前記実体法の規定に従って手続きが進んでいても、建物占有者が、当該再開発の利害関係人として、再開発事業の法的有効性を争っている場合、具体的には再開発の手続きに法令及び手続き違反があり、法的に無効である(効力を生じない)と主張している場合は、占有者は「再開発の権利変換処分は無効なので法的効力を生ぜず、従って、私には退去義務もない」と主張することになり、結局のところ、占有者に退去する法的義務があるのか無いのか、再開発組合と占有者の間で、法的意見に相違を生じている状態となります。再開発準備組合の担当者から見れば、手続きは全て適法だから法律の定めに従って退去してもらうという意見を持つことも当然かもしれませんが、反対の立場から見れば、違法な処分に従うことはできないということになるのです。
参考のために、都市再開発法における組合設立認可の基準を引用します。
都市再開発法第17条(認可の基準)都道府県知事は、第十一条第一項から第三項までの規定による認可の申請があつた場合において、次の各号のいずれにも該当しないと認めるときは、その認可をしなければならない。一号 申請手続が法令に違反していること。
二号 定款又は事業計画若しくは事業基本方針の決定手続又は内容が法令(事業計画の内容にあつては、前条第三項に規定する都道府県知事の命令を含む。)に違反していること。
三号 事業計画又は事業基本方針の内容が当該第一種市街地再開発事業に関する都市計画に適合せず、又は事業施行期間が適切でないこと。
四号 当該第一種市街地再開発事業を遂行するために必要な経済的基礎及びこれを的確に遂行するために必要なその他の能力が十分でないこと。
再開発手続きの有効性に争いがある場合、占有者に法的な退去義務があるのか無いのか、最終的に判断するのは、裁判所の確定判決によることになりますが、確定判決が出る前にも、民事保全法に基づいて、明け渡し断行の仮処分という形で明け渡しを実現することもでき、実際にはほとんどのケースで仮処分による明け渡しが行われています。このように当事者間の意見に相違がある場合に当事者間の権利関係を確定させ、実際の明け渡し手続きを行う手順について定めている法律を「訴訟法」と言い、「実体法」とは区別して考えます。
それでは、「訴訟法」において、再開発の明け渡しが行われる期限を見てみましょう。
(1) 都市再開発法(実体法)の明け渡し期限到来
(2) 再開発組合が、通損補償額を供託の上、実体法による明け渡し請求権を被保全債権として、明け渡しの仮処分命令の申立を地方裁判所に提起する。
(3) 引渡断行の仮処分については,原則として双方審尋期日を開いた上で発令するものとされています(民事保全法23条4項本文)。審尋期日は、民事訴訟よりは迅速に期日調整が行われますが、期日呼び出し状が送達され、通常2週間以内の期日が指定されます。
(4) 審尋期日に当事者が自己の立場について主張立証を行います。民事保全手続きにおいては、最終的な権利確定処分ではないことから、権利関係についての厳密な「証明」は必要では無く、裁判所に対して一応当該権利の存在について理解させるだけの「疎明」で足りると解釈されています(民事保全法13条2項)。
(5) 最初の審尋期日で当事者の主張立証活動が尽きていないと判断された場合は、裁判所により続行期日の指定がなされることになります。仮処分手続きではありますが、続行期日が数回にわたる場合もあります。相互に、疎明資料と主張書面を提出します。事実上、これは訴訟手続きの書面に近いやりとりになります。
(6) 準備組合(債権者側)は、再開発の手続きが適法に進んできたことを主張立証し、占有者(債務者側)は、手続きに瑕疵(法的欠点)があり、法的に無効であることを主張立証します。裁判所は、疎明が尽きたと考えれば、仮処分の発令や、申立の却下を決定します。
(7)債権者が担保を供託し、 明け渡しの仮処分命令が発令された場合、債権者は、当該地方裁判所の執行官に明け渡し断行の保全執行の申立を行い、執行予納金を納付します。申立の数日以内に、債権者と執行官の打ち合わせ(執行官面接)が行われます。
(8) 保全執行では、発令されてから2週間以内でないと執行できませんので(民事保全法43条2項)、多くのケースでは発令されてから数日後から2週間以内の期日に、執行補助者(引越業者)と解錠業者と債権者と共に執行官が臨場し、強制執行により占有者の占有が解かれ、債権者に占有が引き渡されます(民事執行法168条1項)。保全執行では民事執行法168条の2による明け渡しの催告は行われません。
このように見てくると、実体法の明け渡し期限後に、仮処分手続きを用いたとしても、実際の明け渡しまでには数ヶ月以上の期間を要することが分かります。当事者間に意見の相違がある場合でも、この数ヶ月以内の期間に、事実上の和解(退去費用の支払い)により退去することができる場合もあります。
5、 刑事責任の検討
あなたは、権利変換期日を経過して、都市再開発法により「建物賃借権」が消滅した後も当該建物の利用を継続することについて、準備組合の担当者から刑罰法規違反の可能性があると警告を受けたということです。そこで、賃借人が権利消滅後に占有を継続する場合の刑事責任について検討することにします。
不動産侵奪罪は、他人が占有する、土地およびその定着物(建物)である不動産を、不法領得の意思をもって、他人の占有を排除し、これを自己又は第三者の占有に移すことにより既遂となります。
刑法第235条の2(不動産侵奪)他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の懲役に処する。
不動産侵奪罪の実行行為は、他人の占有を排除し、自ら(又は第三者)の占有を取得することですから、従来正当な権限に基づいて占有していた賃借人が権利消滅後に占有を継続する行為には適用できないことになります。
土地の賃借人の居座り行為について不動産侵奪罪の適用を認めた裁判例を引用しますので参考にして下さい。これは、元々与えられていた占有権原を超えて、土地に堅固な建物を設置したという事案ですので、賃借人の占有態様が変化しており、地主の占有が新たに排除されたと評価し得る事案でした。
平成12年12月15日最高裁判所第二小法廷決定、不動産侵奪被告事件『被告人は、同月下旬ころから同年一二月一日ころにかけて、(1)本件施設の側面の鉄パイプにたる木を縦にくくり付けるなどした上、これに化粧ベニヤを張り付けて内壁を作り、(2)本件土地上にブロックを置き、その上に角材を約一メートル間隔で敷き、これにたる木を約四五センチ間隔で打ち付け、その上にコンクリートパネルを張って床面を作り、(3)上部の鉄パイプにたる木をくくり付けるなどした上、天井ボードを張り付けて天井を作り、(4)たる木に化粧ベニヤを両面から張り付けて作った壁面で内部を区切って八個の個室を作り、各室にシャワーや便器を設置するという方法により、風俗営業のための店舗(以下「本件建物」という。)を作った。
6 本件建物は、本件施設の骨組みを利用して作られたものであるが、同施設に比べて、撤去の困難さは、格段に増加していた。
以上によれば、Bが本件土地上に構築した本件施設は、増築前のものは、A不動産との使用貸借契約の約旨に従ったものであることが明らかであり、また、増築後のものは、当初のものに比べて堅固さが増しているとはいうものの、増築の範囲が小規模なものである上、鉄パイプの骨組みをビニールシートで覆うというその基本構造には変化がなかった。ところが、【要旨】被告人が構築した本件建物は、本件施設の骨組みを利用したものではあるが、内壁、床面、天井を有し、シャワーや便器を設置した八個の個室からなる本格的店舗であり、本件施設とは大いに構造が異なる上、同施設に比べて解体・撤去の困難さも格段に増加していたというのであるから、被告人は、本件建物の構築により、所有者であるA不動産の本件土地に対する占有を新たに排除したものというべきである。したがって、被告人の行為について不動産侵奪罪が成立するとした原判断は、正当である。』
従って、権利変換期日後に、占有状況に何ら変更を加えることなく、ただ建物の占有を継続しているだけの事案において、不動産侵奪罪が適用される可能性は無いと考えて良いでしょう。
威力業務妨害罪は、人の自由意志を制圧するような勢力、すなわち暴行・脅迫などを示すことにより他人の業務(社会生活上の地位に基づき反復継続して行われる事務)を,行為の態様,当時の状況,業務の種類・性質等からして,普通の人であれば心理的な威圧感を覚え,円滑な業務の遂行が困難になることにより既遂となります。
刑法第233条(信用毀損及び業務妨害)虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。 第234条(威力業務妨害)威力を用いて人の業務を妨害した者も、前条の例による。
消防署の業務を妨害した事例についての裁判例を引用致しますので参考になさってください。
平成4年11月27日最高裁判所第二小法廷決定、威力業務妨害被告事件 『なお、原判決及びその是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、部下の消防署職員と共謀の上、町消防本部消防長の業務を妨害しようと企て、ひそかに、消防本部消防長室にある同人のロッカー内の作業服ポケットに犬のふんを、事務机中央引き出し内にマーキュロクロム液で赤く染めた猫の死がいをそれぞれ入れておき、翌朝執務のため消防長室に入った消防長をして、右犬のふん及び猫の死がいを順次発見させ、よって恐怖感や嫌悪感を抱かせて同人を畏怖させ、当日の朝行われる予定であった部下職員からの報告の受理、各種決裁事務の執務を不可能にさせたというのである。右のように、被害者が執務に際して目にすることが予想される場所に猫の死がいなどを入れておき、被害者にこれを発見させ、畏怖させるに足りる状態においた一連の行為は、被害者の行為を利用する形態でその意思を制圧するような勢力を用いたものということができるから、形法二三四条にいう「威力ヲ用ヒ」た場合に当たると解するのが相当であり、被告人の本件行為につき威力業務妨害罪が成立するとした第一審判決を是認した原判断は、正当である。』
このように、「威力」を用いて他人の「業務」を妨害する行為には、他人の意思を制圧するような妨害行為を要するものと考えられますので、権利変換期日後に、従来と変わらず平穏に占有を継続しつつ、損失補償額についての交渉を継続しているだけ(書面のやりとりによる法的主張を行っているだけ)の事案において、威力業務妨害罪が適用される可能性は無いと考えて良いでしょう。
但し、準備組合担当者との面談交渉の場面において、正当な権利主張行為であったとしても、相手方に対する脅迫行為があったり、相手方に対する暴力行為などがあった場合には当然、刑事事件として立件される可能性もでてきてしまいますので注意が必要です。ご心配であれば、代理人弁護士を依頼して、代わりに主張して貰うと良いでしょう。
なお、実体法の明け渡し期限を経過し、民事保全手続きを経て、執行官が断行期日に臨場した場合に、執行官の行為を妨害すれば、公務執行妨害罪や強制執行妨害罪が成立しうることになりますので注意が必要です。
6、 民事責任の検討
あなたは、権利変換期日を経過して、都市再開発法により「建物賃借権」が消滅した後も当該建物の利用を継続することについて、準備組合の担当者から「再開発の工事が遅れて莫大な損害が発生するので賠償請求される」と警告を受けたということです。そこで、賃借人が権利消滅後に占有を継続する場合の民事責任について検討することにします。
民事損害賠償責任は、契約関係に無い当事者間では、民法709条不法行為によって規律されています。これは、故意又は過失により、他人の権利を侵害するような行為があり、他人に損害を発生させた場合に、行為者の賠償責任を規定したものです。
民法第709条(不法行為による損害賠償)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
この不法行為責任は、「責任能力」、「法益の存在」、「故意・過失」、「侵害行為」、「損害発生」、「侵害行為と損害発生の因果関係」「違法性阻却事由のないこと」という法律要件を満たすことにより発生しますので、それぞれの要件を検討してみたいと思います。
「責任能力」、、、不法行為責任を問うためには、対象者に責任能力が備わっている必要があります。民事裁判では、事理弁識能力、おおむね12歳以上程度の、物事の是非を認識できる能力が必要とされています。おおむね中学生以上の行為者であれば、認知症や痴呆症、また泥酔状態などでなければ、責任能力は認められることになります。
「法益の存在」、、、これは、請求者に法的保護に値する利益があるかどうか、という問題です。建物の不法占拠であれば、建物を使用収益する利益が保護法益ということになります。また、再開発事業に関して言えば、再開発事業を円滑に遂行する利益も保護法益となり得るでしょう。
「故意・過失」、、、これは、相手方に損害を発生させるような行為を行う故意(認識)や、損害発生を回避すべき注意義務違反である過失があるかどうか、という問題です。あなたが都市再開発法97条の損失補償額について再開発組合と交渉を継続し、これがまとまらないと事実上退去できないと主張する場合に、再開発手続きを遅延させることにより損害を与えてしまう認識(故意)や、注意義務違反(過失)が有るといえるでしょうか。勿論、自分の権利を主張するという主観的状態と、不法行為に向けられた故意過失の主観的状態は併存しうるものではありますが、自分の権利を守るために権利行使の主張を行い、権利を実現するために従来の占有を継続している場合には、賃料相当額を超えた相手方の損害に向けられた主観的意図は認められないと主張することもできそうです。
「侵害行為」、、、あなたは従来占有してきた建物の占有を継続し、再開発について意見を述べているだけですが、これが法益侵害行為と評価されうるかどうかという問題です。再開発手続きに反対する意見を表現する場合の行為態様によって、不相当な方法で主張していると判断された場合は、違法な侵害行為と評価される可能性もあるでしょう。勿論、暴力暴言や、虚偽風説の流布などがありますと違法な行為と評価される危険が高くなってしまいます。
「損害発生」、、、準備組合が所有権を有する建物の占有ができないことによる損害発生は、通常、当該建物の賃料相当額と同額になります。再開発手続きが遅延したことを損害と評価できるかどうかは難しいところです。というのは、民事訴訟では必ず損害額を金銭で評価してこれを訴状に記載する必要があるからです。再開発手続きが遅れることによって具体的に何円の損害が発生したと主張するのか、どのように計算するのか、検討が必要です。
「侵害行為と損害発生の因果関係」、、、侵害行為と損害発生との間には、社会的相当性のある「相当因果関係」が必要とされています。当該行為者に対して損害発生の責任を問うことが妥当であるかどうか、という価値判断も含まれます。これは、民法416条(契約責任)の「これによって通常生ずべき損害の賠償をさせる」という規定の類推解釈によるもので、当該行為から一般に生じるであろうと認められる損害に限って賠償責任を認めるという考え方です。あなたが都市再開発法97条の損失補償に関して準備組合と協議を行っている場合に、権利実現のために占有を継続する行為によって、再開発の工事が遅れた事による損害が発生したと評価しうるでしょうか。判例の少ない分野ですが、権利の存否について司法審査が下るまでの占有継続行為と、遅延による損害発生との間に相当因果関係を認めることは困難にも思われます。
「違法性阻却事由の無いこと」、、、これは例えば消防士が消火活動中に建物を損壊させる行為や、医師が手術で患者の身体にメスを入れる行為などのように、他の法令などで権限が与えられている行為については、形式的に不法行為の要件を満たす場合でも、法令行為・正当業務行為として、民事上の責任も問われないとされているものです。再開発手続きに瑕疵があり、後日司法審査で法的に無効であったと判断されるような場合に、無効主張する行為は、正当行為として民事上の違法性が阻却される可能性があります。
マンション建設について、インターネットの掲示板やいわゆるミニコミ誌において反対運動を行った事案について裁判例がありますので御紹介致します。個人的な意見表明が通常の意見表明の範囲内にとどまるものである限り違法性は生じないとするものです。
平成15年9月24日横浜地方裁判所判決、損害賠償等請求事件 『このように,本件表現行為の主体や表現方法に照らせば,近隣住民らの反対運動を受けつつ本件マンション建築計画を進めていた会社としての原告が,近隣住民による近隣住民としての立場からの建築反対を訴える趣旨の表現行為の対象となったからといって,その表現行為の内容がマンション建築に反対する趣旨の意見の表明の範囲内にとどまるものである限り,このような表現行為に接した通常の読み手は,それらは,そのような対立関係にある一方当事者の側から一方的に発信された意見表明にすぎないものと受け取るものと認められるのである。そうである以上,このような意見表明は,それがされることによって直ちに原告の社会的評価を低下させるというような性質の行為であるということはできないというべきである。』
このように見てくると、あなたに何らかの主張すべき意見があり、実体法の明け渡し期限を過ぎても、民事保全手続きを経て引き渡し断行の仮処分の断行期日まで占有継続しつつ穏当に意見を主張する行為については、民事責任が発生することを心配する必要はないものと考えられます。
7、 まとめ
準備組合の担当者は再開発事業を推進しようとする立場にありますから、再開発手続きが円滑に進められるように様々な主張をしてくることも普通のことです。それが本当に法的に正しいかどうかは、その場ですぐに分かることではありません。従来の経緯も含めて全ての資料を用意して弁護士に御相談なさるべきですし、最終的に法的に有効かどうかは、裁判所が決めることです。裁判所も、地方裁判所、高等裁判所(控訴審)、最高裁判所(上告審)と、最後まで争った場合は相当に時間が掛かることになります。従って、準備組合側から様々な意見を言われたからといって、すぐに判断してしまわず、再開発手続きに精通した弁護士に御相談の上、御自身の権利をどのように行使していくべきなのか、御検討なさることをお勧め致します。
以上