養育費の増額請求
民事|養育費・扶養料の増額請求|子からの扶養料増額請求|仙台高裁昭和56年6月4日決定
目次
質問:
私と元夫は、5年前に離婚しました。離婚の1年前に息子が生まれましたが、そのころから元夫との夫婦仲が悪くなり、結局は協議離婚をしました。そのとき、元夫との約束で、私が息子の親権者となり息子を引き取り、元夫は養育費として毎月2万円を私に支払うことになりました。元夫との離婚後、私は息子を連れて実家に戻り、私の両親と一緒に暮らしています。元夫からは離婚後、毎月2万円の養育費は支払われています。
ところが、息子は病気がちで医療費がかかるようになり、物価の上昇で、毎月2万円の養育費では不足してしまいます。元夫からの養育費を増額してもらうことはできるのでしょうか。一旦決めた合意はなかなか変えられないとも聞いたことがあるので、不安です。
回答:
1 離婚の際に、子供の監護に要する費用の分担について協議あるいは裁判所の審判によって定めることになっていますが(民法767条1項)、同条3項で家庭裁判所は、離婚の際の定めを変更して監護についての相当な処分を命ずることができると定められています。従って、父親が増額に応じない場合は、養育費の増額を命じる家庭裁判所の審判を申し立てることができます。
2 更に、父親は子供を扶養する義務があります(民887条以下)。扶養に関し、義務者(誰が)、扶養の程度(いくら負担するか)については当事者間の協議あるいは家庭裁判所の審判により定められることになっています(民879条)。また、その変更については、民法880条が規定しています。
3 養育費の増額変更が認められる理由としては、物価の高騰や止むを得ない生活費の増加等が考えられます。
4 養育費に関する関連事例集参照。
解説:
1. 養育費について
養育費とは、未成熟子(一般的には高校卒業あるいは大学卒業までの子)が独立の社会人として自立するまでに要する費用をいいます。費用には、衣食住に関する費用の他に、教育費、医療費等も含まれます。住居費や食費、被服費など衣食住に関する生活費だけでなく、医療費等も含まれます。両親の離婚により子どもを実際に育てる監護者から非監護者に対して、未成熟子の養育に要する費用を請求するのが養育費請求です。民法上養育費という特別の規定はありませんが民法766条1項所定の「子の監護に必要な事項」の一つとして扱われており、婚姻中の養育費は民法760条で婚姻費用として規定しています。
子どもの側からみれば、扶養を受ける権利があるのであり、直系血族である親は扶養義務を負っています(民法877条1項)。養育費の請求は子どもを引き取って育てている監護者ですが、実際は子どもの扶養についての請求権を代わりに行使していると見ることもできます。そこで、養育費の内容を検討するには扶養義務の内容を明らかにする必要があります。
この扶養義務には、扶養義務者と権利者の関係に応じ、いわゆる生活保持義務と生活扶助義務があると考えられています。親の未成熟の子に対する扶養義務は生活保持義務とされています。
生活保持義務というのは、自己の最低限の生活を割り込んでも自分と同程度の生活をさせなくてはならないという義務の程度の高いものであり、本来家族として共同生活をすべき者である夫婦間の扶養義務や親の未成熟子に対する扶養義務がこれであると考えられています。その根拠は未成熟で成長過程にある子供の個人の尊厳(憲法13条)を確保し、幸福追求権を実現することにあります(憲法13条)。
他方、生活扶助義務というのは、自分の身分相応の生活を犠牲にすることなく与えることができる程度の扶養をすればよいというものであり、子の親に対する扶養義務や兄弟姉妹相互間の扶養義務がこれであると考えられています。
2. 養育費の金額の変更について
民法880条は「扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。」と規定して、扶養の内容が決まった後に事情が変更した場合について、扶養の内容を家庭裁判所が変更することが可能としています。
例えば、諸物価の高騰や生活費の増加し、被扶養者の生活が苦しくなった場合、扶養者の生活保持義務から増額の変更を認めています。
算定のための資料については、
や労働科学研究所発表の消費単位などが参考となるでしょう。
また、裁判所のHPでは、養育費算定表が公開されています。
養育費請求の調停についても、家庭裁判所のHPを参照されるとよいでしょう。
次に、両親が離婚当時に決められた養育費の金額では、生活費などに不足が生ずるとして、離婚から2年後に子が父親を相手にして扶養料請求した判例を紹介します。
審判では、離婚時の養育費月2万円の支払いはそのまま、扶養義務として子に対して月2万9000円の支払いを命じています。実質は養育費の増額といえます。
3. 判例
仙台高裁昭和56年8月24日決定 扶養料請求申立審判に対する即時抗告申立事件(原審 仙台家裁昭和56年6月4日審判)
参照:家裁月報35巻2号145頁 家族法判例百選100頁
【当事者】X:YAの子。Yに対して扶養料請求の申立を家裁に提起。
A:Xの母。
Y:Xの父。
【事案の経過】
昭和48年 YAが結婚。
昭和49年 YAの間にXが生まれる。
昭和49年9月 YAは別居。
昭和53年6月 YA間で裁判上の和解が成立。
和解内容は
1 YA間で協議離婚をする。
2 YはAに対し和解金130万円を支払う。
3 Yは養育費として月額2万円を支払う。
4 その他の請求は放棄する。
であった。
・昭和53年6月以降、Yは養育費を毎月、指定口座に支払った。
・Aは別居後はXとともに実家に戻り両親と暮らしていたが別居後からAは病気となり、行政書士、宅地建物取引主任の資格をとるが、無職であった。またXは発作があったり、喘息を患ったりして、病気がちであり、また手術も受けた。
・Xが小学校に入学するころから、生活費の増加や諸物価の高騰、医療費の支出が重なった。その結果、母A、子Xともに生活が苦しくなっていた。
・昭和55年、XはYに対して、生活費の増加、医療費の支出、諸物価の高騰という事情の変更を理由に扶養料として4万円を支払うことを求めて申し立てをした。申立当時、Xは未成年だったため、母AがYの法定代理人として申し立てをしている。
【仙台家裁昭和56年6月4日審判】
・YA間で離婚当時、Xの養育費について和解が成立したとしても、当事者ではないXには効力は生じない。ただし、養育費に関する和解条項は、本件扶養を求める審判について有力な斟酌事由となる。
・労働科学研究所の消費単位や総理府発表の消費者物価指数も増加していることを考えると、和解後の生活費の増大や諸物価の高騰、医療費の支払いで、養育費を増額すべき事情の変更があるとして、Yが支払うべき額は月額2万9000円に増額する。
・Yは、現在、Aとの離婚事件の和解調書による養育料を支弁中であるがそれと本件審判とは別個の関係にあるから、本件においてはそれとの差引計算はしないが、これを許さないとするものではない。
この審判に対して、Yが不服を申し立てた(抗告)。
【仙台高裁昭和56年8月24日決定】
抗告審の仙台高裁も原審の家裁審判を維持して、Yの抗告を却下した。
・離婚時の和解はYとAとの間で成立したもので、YとXとの間に直接の権利義務の関係を生じさせるものではない。この和解内容は扶養料算定のときに斟酌される一事情となるにすぎない。
・原審と同じくYが支払うべき額は月額2万9000円とするのを相当とする。
4. 最後に
父母が離婚した当時に養育費の合意があったとしても、その後の生活費の増額などで、養育費を増加してもらいたいという場合、家庭裁判所に調停を申し立てれば増額が認められる可能性もありますので、資料を用意して一度お近くの弁護士に相談に行かれると良いでしょう。
以上