質問:私は,広告代理業を中心とする会社の代表取締役をしております。1年4か月前からの顧客の支払いが4か月ほど遅れているので、その対応について相談します。
この顧客は、旅行会社で,注文に従って雑誌等への記事掲載手続の代行及び写真・記事の作成を行いました。請求は月毎に弊社からの請求書の送付に応じて先方が支払うというものでした。ただ,契約書というもの自体は存在しません。業界としても作成をしないケースが多いといえます。先方は当初1年程度は支払を続けていたのですが,徐々に支払が遅れるようになり,今では4か月分の支払の遅延が出るようになってしまいました。相手方によれば,支払はもう少し待ってほしいということでした。聞いたところによると,その会社は他の債務も支払が遅れているということを聞いており,今後の支払に強い不安を覚えております。この会社とはこれ以上取引を継続する必要はないという話になり,現在滞っている支払い分については法的な手続も含めて支払いを求めていきたいと思っています。今後,手続をどのように進めて行けばよいでしょうか。
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回答:
1 契約書がなく請求書しかないということですから、まずは現時点での未払の金額について相手から書面による確認をもらう必要があります。初めから法的な対応をとるというと、相手も警戒するので、支払いが遅れて困っているので金額の確認だけさせてくださいなどと説明して、とりあえず相手の印鑑の押された書面で金額を確認する必要があります。
その際、分割払いの合意をして支払総額、分割払いの合意書を作成することも方法としてはあります。その再注意することは、分割払いの支払いが遅れた場合は、期限の利益の喪失といって、その後の支払いは分割払いではなく一度に全額支払うという文言を入れておく必要があるという点です。このような約束を期限利益喪失約款といいます。
2 相手が金額の確認の書面を提出しないような場合は、法的な手続きをとる必要がありますが、まずは,内容証明を出して,任意の支払を求めていくことになるでしょう。ここで相手から何らかの反応があれば,粘り強く交渉を行い,金額の確認、任意の支払,和解合意を進めていくこととなります。
内容証明に対しても、相手の反応がない場合には,仮差押え(仮処分)と訴訟及び強制執行を検討することになります。なお、未払い金額の確認の際、相手の対応で支払う意思がないと判断できれば内容証明は省略してもよいでしょう。
今回の事案では,一方当事者が請求書しかなく権利の立証が難しい可能性がありますが,これまでの取引経過(請求書及び相手がそれに応じて支払ってきたこと),関係者の陳述などの周辺事情を固めていくことによって,立証を目指していくこととなります。なお、法的な手続きをとる場合は、強制執行まで念頭に置いておく必要があり、相手の資産については事前に会計資料等を持って把握しておくことが望ましいですが,最低限取引銀行が分かっていれば,本店所在地付近の複数の支店に仮差押えを行うことによって,効を奏する場合もあります。
仮差押えが成功しないか難しい場合には,訴訟を提起し,判決をもらってから,強制執行を行うこととなります。強制執行には不動産の執行、預貯金、売掛金等の債権に対する債権執行、その他動産に対する執行が可能です。最近では,判決を取得した場合,弁護士会照会によって主要な銀行では支店を開示する全店照会制度がありますので,これによって相手の預貯金を差し押さえる債権の強制執行が一定の効果を示す場合があります。
債権回収においてはスピーディーな対応が必要となりますので,お困りの場合には一度弁護士に相談されることをお勧めします。
3 その他,請負契約に関する事例集としては,1114番,1532番,1035番などを御参照下さい。
解説:
第1 広告代理契約の内容・法的性質
1 今回の相手方への請求の前提として,御社が有している権利の性質について検討していきます。広告代理契約とは,広告代理店が広告を希望する顧客からの依頼を受けて行う様々な業務の委託契約となります。
このように一口に広告代理といっても,業務内容としては様々なものが考えられ,内容に応じて権利の性質も変わってくるものと考えられます。
第一に挙げられる業務としては,各種広告媒体(雑誌,インターネットなど)において,広告(記事)の枠を買取り掲載手続の代行を行うことが挙げられます。これは,出稿といわれることもあります。
第二に挙げられる業務としては,依頼者の集客などを目的とした紹介記事・原稿の作成,それに付随する業務(写真の撮影・取得など)といったものが挙げられます。
上記の業務内容は一例となります。広告代理契約においては,行う業務の内容,いつからいつまで業務を行うのか,業務委託料の具体的金額など自由に決めることが可能です。しかし,その分契約内容が不明確になりがちなところで,当事者双方に認識の齟齬が発生しやすい分野であるといえます。したがって,事前に紛争を避けるためには,当事者双方で協議の上契約書を作成しておき,権利義務の内容・範囲(時期),業務委託料の金額,紛争が起きた場合の解決に関する条項といった内容を明確に定めておくことが有用と思われます。もっとも,本件のように契約書を明確に作成しないケースも多いと思われますので,その場合の債権回収の手法については後述していきます。
2 次に,広告代理契約の法的性質について検討していきます。業務内容の性質を分析的に検討していくことが必要であると思われます。
(1)上記における出稿業務については,委託先が広告媒体を選択の上,広告枠(記事枠)を購入・予約し,紹介記事を掲載させる手続を行うというものですが,委託先である御社には依頼者の意向に従い適切な広告媒体において,適切な広告枠を選択するという結果が求められますので,基本的には民法上の請負契約の性質を有すると解されるケースが多いといえます。
この点,税法上の話にはなりますが,国税庁の見解としては「広告契約は、広告という仕事を行い、それに対して報酬を支払う契約ですから請負契約に該当し、広告契約書は第2号文書(請負に関する契約書)に該当することになります。」とされています。
<参考HP>国税庁HP
https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/shitsugi/inshi/12/22.htm
裁判例(東京地方裁判所平成28年2月19日判決)においても,「表題を「広告代理契約書」とし,本文に,〔1〕契約期間を同年6月1日から平成26年6月末日までとして,原告がR美容外科の広告出稿業務を被告Rに委託し,委託料として毎月2250万円を支払うこと」,「同年3月,Eが代表取締役を務める被告Rとの間で,同被告からR美容外科クリニックの広告宣伝業務を請け負う旨の契約(以下「平成24年広告委託契約」という。)を締結した」という認定がなされており,基本的に広告出稿業務を委託することは,請負契約であるという判断がベースになっているように思われます。
(2)また,上記第二として述べた依頼者の集客などを目的とした紹介記事・原稿の作成,それに付随する業務(写真の撮影・取得など)といった業務については,まさに依頼者の意向に沿った内容の記事・原稿の作成が求められますので,一定の成果物(仕事)の完成を目的とする請負契約に該当するといえるでしょう。
(3)上記のとおり,御社の広告代理契約については,(準)委任契約(委任事務の処理それ自体を義務とする契約)というよりは,請負契約(仕事の完成を目的とする契約)の性質を持つものと考える必要がありそうです。
この契約の性質の違いについては,後述の具体的な請求の際の,裁判所から求められる立証内容が異なることとなります。委任の場合には委任事務の履行をしたことを立証することになりますので,事務の履行の経過を立証していくことになります。請負の場合には,仕事の完成をしたことが求められますので,請求の前提となる成果物及びそれが依頼者の意向に沿ったものであることを,一定の証拠をもって立証する必要があります。
以上の点については,契約書やこれまでの交渉経過から権利義務内容を確定して,その上で適切な請求内容を検討していく必要がありますので,一度弁護士に相談されることをお勧めいたします。
第2 具体的な債権回収の方法
1 交渉(内容証明による通知)
次に,具体的な債権回収の方法について検討していきます。重要なのは,請求する権利の立証の堅さと,実際の回収見込みといった視点になります。
(1)まず,実際の回収見込みにおいて重要なのは,相手の資産状況になります。最も有効なのは,相手方から決算,会計資料を受け取っておくことです。税務関係資料は,当該相手方が保有している不動産,預貯金,債権(売掛債権)などの情報の宝庫であり,これが分かれば後の交渉及び強制執行についてかなり有利になります。しかし,相手から事前にこういった資料を取得しておくことは難しいようにも思われます。普通の会社であれば本店所在値から最寄の支店に銀行口座を持っていることが通常です。これまでの取引で相手方の口座が分かっているようであれば,そこの差押を考えることが可能です。また,相手方のホームページに主要取引銀行などが記載されている場合には,当該銀行から本店所在地の最寄の支店において,銀行預金の差押の可能性が出てきます。
また,事前に担保(不動産であれば抵当権,動産であれば譲渡担保など)を設定しているのであれば,それを実行して金銭に換価して債権回収を図ることとなります。
(2)次に,権利関係の立証の堅さも手続の選択において重要となります。権利関係,今回では広告代理契約,請負契約に基づく請負代金支払請求権となります。立証が必要な請求原因事実としては,請負契約の成立,及び仕事の完成になります。
請負契約の成立の立証において,もっとも有効なのは両当事者が署名押印して作成した契約書となります。しかし,今回は請求書しかないので,そこまで確実な証拠といえるものではありません。請求書は一方当事者が作成した書面であり,先方の意向に沿わない内容での作成も可能であることから,裁判所もこれのみでの請負契約の成立の認定には慎重な態度を取る可能性があります。そこで,周辺事情の立証が重要になるかと思われます。特にこれまでの請求書,及び,それに基づいて相手方が支払っていたこと(通帳,取引履歴,会社の帳簿など)は,先方が継続的契約を締結していたことの重要な間接事実となります。また,これまでの相手方とのやり取り(メールなど)で,契約を前提とするやり取りが行われているのであれば,重要な証拠となり得るでしょう。なお,契約の立証を補強するものとして,取引関係者の陳述書(事実の経過を報告する文書)を作成しておくことも重要です。
いずれにせよ,具体的な証拠関係によって,権利の主張・立証の容易さは変動してくるところです。
権利の立証に不十分な点があり,法的請求(2以下)が難しいようであれば,まずは内容証明にてソフトな請求をしていくことから考える必要があります。内容証明においては,契約が成立したこと(仕事が完成したこと),支払期限が経過していること,未払の具体的な金額,支払がない場合の措置(仮処分,訴訟などの法的措置)を記載し,支払を促していくことになります。相手に何らかの反応があった場合には,支払に関する交渉を粘り強く行っていくこととなります。相手が一定の支払を行うということになり,支払条件がまとまれば和解合意書などの書面を交わしておくことが重要でしょう。場合によっては,担保(抵当権などの物的担保,保証人)を立てたり,いつでも強制執行できるよう公正証書にしておくことも検討する必要があります。
2 仮処分(仮差押え)
(1)権利の立証について,ある程度の物証がある場合であって,交渉による解決が見込めない場合には,法的手続に移行することとなります。相手が資力の十分にある会社であれば最初から本訴訟(3)を提起してもよいですが,相手の資力にやや疑問があり,資産が散逸してしまう可能性があるような緊急性の高い場合には,仮処分(仮差押え)の手続を選択することを検討すべきです。
仮差押えを行うためには,まず相手方が持っている仮に差押える資産を特定しておく必要があります。何ら資産関係が分からないような場合には,仮差押えの手続を取ることはできません。上記のとおり,会社であれば通常本店所在地付近の銀行の支店に口座を持っていることが多いので,銀行預金の仮差押えを行うことを選択肢に入れることができます。ただ,注意が必要なのは,最高裁判所の判例上,銀行口座の差押のためには,支店名まで特定しておくことが要求されていることです。ただ,最低限取引銀行まで判明していれば,最寄りの支店を複数店選択し,請求金額で等分して仮差押えを行うということもあり得るところです。
(2)仮処分を申し立てるためには,被保全権利の存在(請負代金請求権が存在すること)と保全の必要性(仮差押えをしておかなければ財産が散逸してしまう可能性)を疎明(一応確からしいといえる状態)する必要があります。東京地方裁判所では,裁判官との面接が必須となっておりますので,ここで裁判官を説得する必要があります。
また,裁判官が仮処分を発令する判断を下した場合,債権者である御社には,債権額の15%から30%程度の担保金を法務局に納める必要があります。仮処分は一方当事者の言い分のみで発令されるため,債務者である相手方には不測の損害を被る可能性があるため,その損害を担保する必要があるためです。
裁判所から告げられた担保金の告知を踏まえ法務局にこれを納付すると,仮差押命令が発令されることとなります。決定書については銀行に送達され,口座がある場合には,無断で引出しをすることができなくなります。会社であれば,銀行口座が凍結することは大変な経済的打撃になる可能性が高いですので,ここで観念して任意の支払を行う業者も多いところです。また、仮差押えがあると、銀行としても貸金について回収せざるを得なくなることから、債務者に対して支払うなり和解するなりして仮差押を取り下げてもらうよう指導なり指示をすることも期待できます。なお、差押えの段階では、押さえた預貯金から回収するということはできませんので、任意の支払いがない場合は訴訟、判決による差押手続きを再度とる必要があります。
仮差押えが成功しなかったり,相手がまだ支払をしないような場合には訴訟提起の上,強制執行を行うこととなります。
3 訴訟及び強制執行
訴訟においては,請負契約の存在について疎明より高い証明度の立証が求められますが、仮差押えの場合は証拠となるのは書面だけですが、訴訟となれば証人尋問等で立証することもできます。権利関係の立証が可能との見込みが立った場合には,訴状(証拠)を裁判所に提出して,判決を取得することになります。場合によっては,裁判所から和解勧告がなされることもあります。和解等にならなかった場合には,判決を取得し,相手方の資産に強制執行を行っていくこととなります。和解になると、請求金額は減額されるので、勝訴の見込みがあるなら、判決の方が良いとも考えられますが、判決の場合は控訴してさらに時間と経費が掛かること、被告が任意に支払わないと強制執行の手続をとらなくてはなりませんが判決の場合、不服のある債務者は任意に支払いをしない場合が多くなること、などを考えると減額しても和解により解決することも考える必要があります。
預金債権の強制執行については、取引銀行の支店を特定して差し押さえしなければならないという問題があったのですが、最近では,弁護士会と主要銀行との協定で,判決などの債務名義がある場合には,債務者が有している口座の支店を弁護士会照会によって開示してもらうこと(全店照会)も可能ですので,積極的に活用していくことも検討してよいでしょう。
債権回収は,他の債権者がいる場合もありスピーディーな対応が要求されます。お困りの場合には,弁護士への相談をお勧めします。
以上
<参照条文>
民法
第九節 請負
(請負)
第六百三十二条 請負は、当事者の一方がある仕事を完成することを約し、相手方がその仕事の結果に対してその報酬を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
(報酬の支払時期)
第六百三十三条 報酬は、仕事の目的物の引渡しと同時に、支払わなければならない。ただし、物の引渡しを要しないときは、第六百二十四条第一項の規定を準用する。
(請負人の担保責任)
第六百三十四条 仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第五百三十三条の規定を準用する。
第六百三十五条 仕事の目的物に瑕疵があり、そのために契約をした目的を達することができないときは、注文者は、契約の解除をすることができる。ただし、建物その他の土地の工作物については、この限りでない。
(請負人の担保責任に関する規定の不適用)
第六百三十六条 前二条の規定は、仕事の目的物の瑕疵が注文者の供した材料の性質又は注文者の与えた指図によって生じたときは、適用しない。ただし、請負人がその材料又は指図が不適当であることを知りながら告げなかったときは、この限りでない。
(請負人の担保責任の存続期間)
第六百三十七条 前三条の規定による瑕疵の修補又は損害賠償の請求及び契約の解除は、仕事の目的物を引き渡した時から一年以内にしなければならない。
2 仕事の目的物の引渡しを要しない場合には、前項の期間は、仕事が終了した時から起算する。
第六百三十八条 建物その他の土地の工作物の請負人は、その工作物又は地盤の瑕疵について、引渡しの後五年間その担保の責任を負う。ただし、この期間は、石造、土造、れんが造、コンクリート造、金属造その他これらに類する構造の工作物については、十年とする。
2 工作物が前項の瑕疵によって滅失し、又は損傷したときは、注文者は、その滅失又は損傷の時から一年以内に、第六百三十四条の規定による権利を行使しなければならない。
(担保責任の存続期間の伸長)
第六百三十九条 第六百三十七条及び前条第一項の期間は、第百六十七条の規定による消滅時効の期間内に限り、契約で伸長することができる。
(担保責任を負わない旨の特約)
第六百四十条 請負人は、第六百三十四条又は第六百三十五条の規定による担保の責任を負わない旨の特約をしたときであっても、知りながら告げなかった事実については、その責任を免れることができない。
(注文者による契約の解除)
第六百四十一条 請負人が仕事を完成しない間は、注文者は、いつでも損害を賠償して契約の解除をすることができる。
(注文者についての破産手続の開始による解除)
第六百四十二条 注文者が破産手続開始の決定を受けたときは、請負人又は破産管財人は、契約の解除をすることができる。この場合において、請負人は、既にした仕事の報酬及びその中に含まれていない費用について、破産財団の配当に加入することができる。
2 前項の場合には、契約の解除によって生じた損害の賠償は、破産管財人が契約の解除をした場合における請負人に限り、請求することができる。この場合において、請負人は、その損害賠償について、破産財団の配当に加入する。