新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1814、2018/04/16 11:08 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm

【民事、前勤務先従業員の雇用と違法性、東京地裁判決平成7年10月16日、東京地判昭和51年12月22日、最高裁平成22年3月25日判決】

退職後の競業避止義務


質問:私は,もともとある建築会社に勤務しておりました。少し前にその会社を辞めて,現在は,自分で会社を立ち上げています。今の会社も建築等を主な業務としています。順調に営業していましたが,最近,前の会社の社長から,営業が邪魔されて利益が少なくなったから損害賠償として金を払えなどと言われてしまいました。私は,前の会社を辞めて新しい会社を立ち上げることを前の会社の従業員に話したり,顧客に挨拶状を送るぐらいのことはしましたが,特に引き抜きはしていません。当然,前の会社の信用を落とすような言動もしていませんでした。ただし,前の会社の従業員を数人雇用しています。また,前の会社との契約には,退職後に競業を禁止するような内容はありませんでした。また、退職の際にも特に約束はしていません。この場合でも,責任を負わなければならないのでしょうか。



回答:今回の場合は,前の会社との契約に退職後の競業避止義務の特約がなく、従業員の引き抜きなどの行為もなくまた、顧客に対して挨拶状を送っただけということですから、前の会社から責任を追及されることはありません。なお、前の会社の従業員や顧客の引き抜きの態様などによっては,前の会社から債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求をされる可能性があります。裁判例などを参考にすると,従業員や顧客の引き抜きの態様が社会通念上,相当な範囲を超えている場合や競業行為が自由競争の範囲を逸脱している場合には,その引き抜き行為や競業行為が違法と評価され,不法行為が成立し,責任を負うこととなってしまいます。
   
関連事例集1797番1300番1293番978番908番743番574番参照。


解説:

第1 競業避止義務特約について

 1 在職中の競業避止義務について

   前の会社の社長が責任を追及するといっている根拠として競業避止義務違反としての債務不履行あるいは不法行為による損害賠償が考えられますので、まず競業避止義務について説明します。

   競業避止義務とは,一定の事業について,競争行為(競業行為)を差し控える義務です。自らが競業する事業を営む場合だけでなく,競業の関係にある者(他の会社など)の利益を図るような行為をした場合にも,競業避止義務に違反すると考えられます。資本主義社会においては自由競争が原則ですから、一般的には競業避止義務はありませんが、会社を辞めた社員等が同じ職業を始める場合等問題となります。そこで、在職中と退職後に分けて検討が必要になります。

   まず、従業員として在職中は,就業規則や契約書などによる合意がなくても,当然に使用者に対して競業避止義務を負うものと解されています(金沢地判昭和43年3月27日参照)。従業員(労働者)は,会社(使用者)との間で労働契約(雇用契約)を締結しています。労働契約において,従業員の義務の中心となるのは労務提供義務といえますが,一般的に労働契約を締結した当事者間では,継続した人間関係が形成され,信頼関係が構築されるため,使用者も従業員もお互いに,信頼関係を失わせるような行為を行わないようにしなければなりません。そのため,労働者も使用者も,信義に従い誠実に権利の行使や義務の履行をしなければならないとされています(労働契約法3条4項参照)。労働契約の主たる義務以外の周辺的な義務を付随的義務といったりしますが,この付随的義務の一つとして,従業員は在職中に競業避止義務を負うことになります。

   この付随的義務ですが,他には,使用者であれば安全配慮義務,良好な職場環境を整備する義務,解雇回避努力義務などがあると解されており,労働者であれば,職務専念義務,秘密保持義務,使用者の名誉・信用を毀損しない義務などがあると解されています。

   また、裁判例では,「使用者の利益のために活動する義務がある被用者が,自己または競業会社の利益を図る目的で」「競業会社を顧客に紹介したり」した行為を,「雇用契約上の忠実義務に違反する行為である」と示しており,競業避止義務違反とは明言はしていないものもあります(東京地判平成15年4月25日)。

 2 退職後の競業避止義務について

  在職中の競業避止義務は,労働契約の付随的義務として負っているものですので,労働契約が終了した後まで,競業避止義務を当然に負うわけではありません。また,退職した従業員には,職業選択の自由(憲法22条1項)が保障されており,この自由を制限することとなる退職後の競業避止義務については,明確な合意があることが前提であり,かつ,合意内容が合理的な場合に限り有効と認められることが多いです。

  退職後に競業避止義務を負うことについて,「労働者の職務内容が使用者の営業秘密に直接関わるため、労働契約終了後の一定範囲での営業秘密保持義務の存続を前提としない限り使用者が労働者に自己の営業秘密を示して職務を遂行させることができなくなる場合」「使用者にとって営業秘密が重要な価値を有することからすると、このような職務については、労働契約終了後も一定の範囲で営業秘密保持義務が存続することが、労働契約関係を成立させ、維持させる上で不可欠の前提となるといえるから、労働契約終了後の一定範囲での営業秘密保持義務の存続を認めざるを得ない。そして、このような営業秘密の保持の必要性は、退職後の労働者が営業秘密を開示する場合のみならず、それを使用する場合にも存するのであるから、退職後の労働者が元の使用者の業務と競合する行為を行う場合には、当該競業行為が不可避的に営業秘密の使用を伴うものである限り、営業秘密保持義務を担保するものとして競業避止義務を肯定せざるを得ない。」と示した裁判例(東京地裁判決平成7年10月16日)があります。

  もっとも,退職後の競業避止義務が職業選択の自由を制約するものであり,裁判例では「退職後における競業避止義務をも含むような特約が結ばれることはしばしば行われることであるが、被用者に対し、退職後特定の職業につくことを禁ずるいわゆる競業禁止の特約は経済的弱者である被用者から生計の道を奪い、その生存をおびやかす虞れがあると同時に被用者の職業選択の自由を制限し、又競争の制限による不当な独占の発生する虞れ等を伴う」「被用者は、雇用中、様々の経験により、多くの知識・技能を修得することがあるが」「被用者が他の使用者のもとにあっても同様に修得できるであろう一般的知識・技能を獲得したに止まる場合には、それらは被用者の一種の主観的財産を構成するのであってそのような知識・技能は被用者は雇用終了後大いにこれを活用して差しつかえなく、これを禁ずることは単純な競争の制限に他ならず被用者の職業選択の自由を不当に制限するものであって公序良俗に反するというべきである。」と示したものがあり(奈良地判昭和45年10月23日),合意の内容が不当に職業選択の自由を制約する場合には,公序良俗に違反するものとして無効となると解されています(民法90条)。

  ほかにも競業避止義務特約の有効性などを示した裁判例は多々ありますが,合意が有効であるかについては,使用者の正当な利益を保護するための必要かつ合理的範囲内といえるにつき,特約が使用者の正当な利益の保護を目的としていること,従業員の退職前の地位と職務,競業が禁止される業務,期間,場所,代償処置の有無などを総合考慮して判断されています。

第2 合意がない場合の退職後の競業行為の違法性について

 1 第1では,競業避止義務及び退職後の競業避止義務特約の有効性などを述べてきました。退職後にまで,競業が禁止されるのは,原則として前の会社との競業避止義務の合意がある場合ということになります。しかし,合意がない場合には,競業行為が常に許されるかというと,行為の態様などによっては,債務不履行(民法415条)や不法行為と評価され(民法709条),損害賠償請求がされてしまうおそれがあります。

   上でも述べたとおり労働者には,退職後は職業選択の自由があり,原則として競業行為が禁止されるものではありませんが,一方で,使用者(会社)にも営業上の利益がありますので,裁判例などでは社会通念上自由競争の範囲を逸脱したものと評価されるような場合には,競業行為の違法性が認められるとするものが多いです。

   なお,債務不履行とは,契約関係にある当事者間で,一方の当事者に契約違反があった場合のことで,不法行為とは,特に契約などがない場合に,違法に他人の権利,利益を侵害することを指します。

 2 債務不履行として損害賠償請求を認めた事案(東京地判平成5年1月28日)

   裁判の原告は,電話の取次ぎ・書類作成等の秘書業務代行等を目的とする会社であり,被告は4名おり,そのうちの2名が1年ほど原告会社で勤務した後に退職し(Y1,Y2とします。),他の2名は原告会社と同種の事業を行う会社(被告会社とします。)で営業を行う者であった(この二人をY3,Y4とします。)。Y1とY2が,被告会社に入社し,原告会社に勤務している頃に知った顧客に対して,勧誘を行うなどの行為をしていたことから,被告ら4名に債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求がされた事案である(競業行為の差止めも請求されていた。)。

   裁判例は,「原則的には、営業の自由の観点からしても労働(雇傭)契約終了後はこれらの義務(服従義務、誠実義務、競業避止義務)を負担するものではないというべきではあるが、すくなくとも、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり、そのような働きかけをした場合には、労働契約上の債務不履行となるものとみるべきである。」との一般論を示しました。そして,被告らは「原告の顧客であって、既に転送機を購入済みであることを原告に在職中に知った相手方に対して訪問をして、原告より低廉な料金を提示して原告から被告らの会社へ切替えを勧誘する方法を採っていたことを認めることができる」とし,これらの行為が原告に対する労働契約上の義務違反となると認定しました。また,Y1とY2に関して,「意図的に原告の営業上の秘密を獲得する目的で原告に入社したものと推認されるところであり、その義務違反の態様は極めて悪質なものといわざるを得ない」とも判事しています。

   また,Y3とY4については,一方の責任は否定されましたが,もう一方には,息子であるY1を同業他社である原告に入社させ,原告会社を退職した後は,被告会社の電話代行業務を全て任せていたことなどを認定し,不法行為責任を肯定しました。なお,競業行為の差止めについては,請求が不特定であるなどの理由で却下されています。

 3 不法行為として損害賠償請求を認めた事案(東京地判昭和51年12月22日)

   原告は,自動車用品及び自動車用化学製品の販売を主たる業務内容とする会社であり,被告らは,被告会社及びその役員及び従業員計4名であり,その4名は原告会社の役員及び営業担当の従業員であった。被告らは,原告会社にいたころから,原告会社と類似の商品を扱う会社の設立を計画し,開業の準備行為を進めていた。そして,営業担当として,当然必要とされる得意先との事業引継ぎを行わずに,一斉に突然退職し,すぐに被告会社を設立し,原告会社の得意先に対して,被告会社の商品の販売を開始していたところ,原告から不法行為に基づく損害賠償請求がされたという事案である。

   裁判例は,まず,原告会社と被告会社の営業が競合することを認定した上で,被告らの行為が正当な経済活動として是認されるかを判断した。「一般論としては、被告らの言うように、同種の会社を設立することもまた同種の商品を販売することも、現在の我国においては、原則として、自由であることは論をまたない。しかし、一方原告においても、旧会社以来自動車用品及び自動車用化学製品を販売する会社としてその営業を継続してきたのであつて、同社の右営業活動も、違法な手段、方法によつて侵害されないという意味では法的保護の対象になることは明らかである。してみれば、被告らの言う自由も原告の営業活動を違法に侵害しないという限りにおいて自由であると言うに止まり、その限度において被告らの営業活動が制限されるのは止むを得ないことと言わなければならない。」との一般論を示した。

   そして,「被告らが原告と競合する被告会社を設立することは自由であると言つても、その設立については原告に必要以上の損害を与えないように、退職の時期を考えるとか、相当期間をおいてその旨を予告するとか、さらには被告会社で取扱う製品の選定やその販売先などにつき十分配慮するなどのことが当然に要請されるのであつて、いたずらに自らの利益のみを求めて他を顧みないという態度は許されない」「被告らは原告会社在職中から被告会社の設立を企図し、突然にしかも一斉に同社を退職して同社と営業の一部競合する被告会社を設立し、従来からの原告の得意先に対し、同社と同一若しくは類似した商品の販売を開始した」などの事情を認定し,被告らの行為は「著しく信義を欠くものと言わざるを得ず、もはや自由競争として許される範囲を逸脱した違法なものと言わざるを得ない。」と評価して,被告らの不法行為を認定しました。

 4 請求を否定した事案(大阪地判平成元年12月5日)

   原告は,学習塾を開設し,被告は大学生のときに,その学習塾でアルバイトをしていた。被告は,大学を卒業すると同時に,その学習塾を退職した。その後,被告は,自らの学習塾を開設し,営業していたところ,原告の学習塾が閉鎖してしまった。そこで,原告が,被告に対し,社会通念上正当な競争手段を逸脱した違法行為があったとし,不法行為に基づく損害賠償請求をしたという事案である。

   裁判例では,被告の学習塾が,原告の学習塾からわずかの距離にあり,講師や生徒が移ったため,原告の塾に通う可能性があった生徒がかなり被告の塾に流れたことが推認され,被告の塾が原告の塾の閉鎖倒産の一因をなしていることが認められると認定しました。しかし,原告の塾の講師が移ったのは,被告の塾は原告の塾に比べ,給与面で必ずしも有利とはいえず,被告の引き抜きがあったからというよりは,むしろ,被告の計画に賛同したからであると認められ,生徒の募集も原告の生徒名簿を利用したり,原告の塾の講師を利用して募集したなどの行為は認められないとも認定しました。そして,「被告の塾開設は、その他、近隣にも原告と同様の学習塾が存在することをも考慮すると、適正な自由競争の範囲内の行為であって、社会通念上正当な競争手段を逸脱した違法な行為であるとは到底いえない。」として,原告の請求を棄却しました。

 5 その他の参考裁判例

  (1) 退職後の競業行為が不法行為に当たるかを判断した判例では,一般論として「元従業員等の競業行為が,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には,その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである。」と示されています(最判平成22年3月25日)。この判例の事案では,退職のあいさつの際に取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの,会社の営業秘密に係る情報を用いたり,信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動は行っていないなどと認定し,競業行為の違法性を否定しています。

  (2) 「従業員は退職後に使用者に対して競業避止義務を負うものではなく,自由競争を逸脱するような方法で使用者の顧客を奪取したような場合に例外的に不法行為が成立する余地があるにすぎない。」との一般論を示し,退職のあいさつをする際に新たに会社を始めることや価格表やカタログを提示して取引が開始されたことなどの事情を認定し,自由競争を逸脱した取引とは認められないとして,請求を棄却した裁判例もあります(東京地判平成20年11月7日)。

  (3) 具体的な事情は,非常に複雑なので省略しますが,「競業行為によって使用者の営業秘密が他企業に流出し,使用者の決定的な打撃を受けるなどといった特殊な場合を除き,自ら主体となりあるいは同業他社へ就職するなどして退職前の使用者との競業行為に従事することも,これを自由に行いうるのが原則である。その際,退職前の使用者の顧客に対する営業活動を行ってはならないなどの義務が当然に生じるものでもない。したがって,退職後の競業行為が退職前の使用者に対する関係で不法行為となるためには,それが著しく社会的相当性を欠く手段,態様において行われた場合等に限られると解する。」との一般論を示した裁判例もあります(大阪地判平成12年9月22日)。この裁判例では,競業行為が違法となる場合として,「著しく社会的相当性を欠く手段,態様において行われた場合」と表現しており,かなり限定していることが分かります。

第3 まとめ

   元従業員には,退職した後に職業選択の自由が保障されていますので,競業避止義務の合意をしていない場合(仮に競業避止義務の合意があったとしても,その有効性は慎重に検討する必要があります。),裁判例では,「社会通念上自由競争の範囲を逸脱した態様で顧客を奪取した場合」や「競業行為が著しく社会的相当性を欠く手段,態様において行われた場合」など,行為態様が自由競争の範囲を逸脱しているような違法性の高い場合に,不法行為責任を肯定しています。

   他にも競業行為や従業員,顧客の引き抜き行為の違法性が争われた裁判例は多々ありますが,どのような場合に違法となるのかという一般論の部分は,大体同様のことを述べており,個別的な事情により判断が分かれています。

   質問に記載されている程度の行為であれば違法となることはないと思料されますが,判断が難しい場合は,はやめに専門家の方に相談してみるのがよいでしょう。

参照条文:
憲法
第二十二条  何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

労働契約法
(労働契約の原則)
第3条第4項  労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

民法
(公序良俗)
第九十条  公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


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