【刑事、強制猥褻、わいせつとは、最高裁平成29年11月29日判決】
質問:
逮捕された息子に関する相談です。息子は,都内に住む成人男性(会社員)ですが,知人からお金を借りようとしたところ,その知人から「女児とわいせつな行為をしているところを写真に撮って送ってきたら貸してやる」と言われため,息子は,インターネットで知り合った12歳の小学生の女子とわいせつな行為(陰茎を手で触らせる等)を行い,写真を送ったそうです。
警察には,強制わいせつ罪や,児童ポルノ禁止法違反等の罪で逮捕されています。
私は以前,強制わいせつ罪の成立には,性的な意図が必要であると聞いたことがあるのですが,息子は,特に女児に対していやらしい気持ちは無かった,お金を借りるために仕方がなかったと言っています。
このような場合でも,息子には強制わいせつ罪が成立してしまうのでしょうか。罪を軽くするためには,どうしたら良いでしょうか。
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回答:
1 息子さんの行為には,強制わいせつ罪が成立する可能性があります。
この点,過去の判例では,強制わいせつ罪の成立が認められるためには,行為者の性的な意図が必要であるとされており,息子さんのようにお金を借りる目的の場合は強制わいせつ罪が成立しないとされていました。
しかし,わいせつ罪に対する国民の規範意識の高まりを受けて,平成29年11月29日最高裁判所の判例変更により,強制わいせつ罪の成立には,必ずしも行為者の性的な意図は必要ではなく,外部から観察して明確に性的性質が認められる行為については,例えわいせつ目的が認められなくても,強制わいせつ罪が成立し得るとされました。
本件での息子さんお行為(手で陰茎を触らせる)も,客観的に見て性的性質が強い行為ですので,息子さんの目的とは無関係に,強制わいせつ罪が成立する可能性は高そうです。
2 強制わいせつ罪で起訴された場合,本件では被害者の年齢も小さいことからすると,懲役刑の実刑となってしまう可能性も否定できません。
処罰を回避するためには,被害者(の親権者)との間で,速やかに示談を成立させることが重要です。
本件のような児童を被害者とする強制わいせつ罪の場合,示談活動は非常に困難です。
同種事案の経験のある弁護士に速やかに依頼することをお勧め致します。
解説:
1 強制わいせつ罪の成否
(1) 強制わいせつ罪の構成要件
あなたの息子さんは,12歳の女子に,自分の陰茎を触らせる等の行為をさせたとのことですが,当該行為については,強制わいせつ罪が成立する可能性が高いと言えます。
強制わいせつ罪は,原則として,「暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした」ことが要件となっておりますが,13歳未満の者に対しては,例え暴行や脅迫は不要です。単に「わいせつな行為」をしただけで,強制わいせつ罪が成立します。
「わいせつな行為」の意味については,判例上「徒らに性慾を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するもの(最判昭和26年5月10日)」とされていますが,本件のように陰茎を触らせる行為については,「わいせつな行為」に該当することは基本的に争いがありません。
(2) 性的な意図の必要性
ア 過去の判例
しかし,これまでの判例では,強制わいせつ罪が成立するためには,単に「わいせつな行為」をしただけでは足りず,性的な意図をもって行う必要があるとされてきました。
最判昭和45年1月29日では,「刑法一七六条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しないものというべきである。」としています。
この判例によれば,あなたの息子さんのように,女子に対して特にわいせつな意図(性欲を刺激興奮させまたは満足させるという性的意図)を持たずに,陰茎を触らせた場合には,強制わいせつ罪は成立しないことになります。
イ 最判平成29年11月29日による判例変更
しかし,上記判例(法令解釈)は,近似の判例により一部変更がなされています。
最判平成29年11月29日では,強制わいせつ罪が成立するか否かの判断について,次のように判示し,性的意図がなくとも強制わいせつ罪が成立する場合があることを示しました。
最高裁平成29年11月29日判決
「刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。」
つまりこの判例によれば,ある行為がわいせつな行為に該当するか否かは,その行為がもつ性的性質の有無や程度,行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情を,具体的事実関係をもとに個別の判断がされるものであり,性的意図がなくとも,具体的な状況によっては,わいせつな行為に該当することになります。
従前の判例が性的意図を強制わいせつ罪の成立要件としていたのは、わいせつの意図のもとに行われた犯罪であるからこそ重く処罰されるのだという考え方があったと考えられます。基本には刑罰をできるだけ避けるという謙抑主義的な考え方があったと考えられます。他方被害者の保護という点からは、加害者にわいせつの意図があるか否かは、関係がないといえます。報復目的であっても性的な行為があれば被害者の性的羞恥心は害されるからです。被害者の保護の重視、刑法の厳罰化という近時の傾向からすると、判例の変更は時流に沿ったものといえます。しかし、それまでわいせつの意図が要件となっていたのに、判例変更で不要とされてそれまでは強制わいせつとはならなかったのに強制わいせつとして処罰されるというのは自由の侵害ではないか、という疑問も残ります。限界の事例においては、性的な行為か否かは厳密に判断すべきといえます。
その上で,この判例の事例(被害者(当時7歳の女子)に対し,自己の陰茎を触らせ,口にくわえさせ,被害者の陰部を触る等した)については,「当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから,その他の事情を考慮するまでもなく,性的な意味の強い行為として,客観的にわいせつな行為であることが明らか」として,行為者の性的意図が有無を問うことなく,強制わいせつ罪の成立を認めました。
つまり,当該事例のように,明らかに性的性質が強い行為については,当事者の主観的性的意図を不要と判断したのです。犯罪成立の要件としては性的意図は不要であるが、限界的な事案においては行為者が性的な意図を持っているか否かについても検討が必要ということになると考えられます。もっとも,行為者が性的性質の強い行為であることを認識している(強制わいせつ罪の故意)は必要となります。
ウ 本件の適用
以上を踏まえると,本件で息子さんが行った行為(陰茎を触らせること)は,判例の事例と比較すれば性的な意味合いは小さいと言えなくもありませんが,基本的には性的な意味が強い行為として,その意図に関わらず強制わいせつ罪の処罰対象となると考えられます。
2 処罰軽減のための弁護活動
(1) 強制わいせつ罪について
上記のとおり,本件では強制わいせつ罪が成立する可能性が高いと言えます。また,写真を撮影しているので,別途児童ポルノ禁止法違反にも該当します。
これらの罪で何の弁護活動もせずに起訴された場合,被害者の年齢も小さいことからすると,息子さんに前科・前歴がなくても,懲役刑の実刑となってしまう可能性は非常に高いといえます。
このような厳しい処罰を回避するためには,まず,被害者(の親権者)との間で,速やかに示談を成立させることが重要です。
強制わいせつ罪は,被害者の性的自由を保護する罪であるため,被害者との示談が成立し,処罰を求めない意思を示してもらうことができれば,処罰の必要性は著しく減少し,場合によっては不起訴処分の可能性も出てきます。
なお,かつては強制わいせつ罪が親告罪であったため,示談が成立し告訴の取り下げがなされれば,不起訴処分となることが確実でしたが,平成29年の法改正により,親告罪ではなくなったため,現在は示談が成立しても不起訴処分となるとは限りません。
もっとも,従前の法律運用も考慮すれば,被害者が処罰を希望しないことは,処罰を非常に軽くする方向に作用することは間違いありません。
まずは,早急な謝罪と被害弁償を試みるべきでしょう。
(2) 児童ポルノ禁止法違反について
なお,本件では,児童ポルノ禁止法違反の罪も成立していますが,同法は,被害者個人を保護する強制わいせつ罪とはことなり,社会全体を保護する法律ですので,示談が成立しても処罰を軽くすることはできないようにも考えられています。
しかし,児童ポルノ禁止法も,実際に児童ポルノを作成されてしまった被害者個人を保護する趣旨も一部含まれていることは実務上明らかであり,やはり示談の成立は処罰を軽減する重要な指標の一つとなります。この点は,担当検察官に法律上の意見として強く述べる必要があります。
3 まとめ
本件のような事例は,迅速に対応して示談の合意成立ができれば,場合によっては不起訴処分となる可能性も存在する事案です。
一方で,本件のような児童を被害者とする強制わいせつ罪の場合,示談活動は非常に困難であり,また児童ポルノ禁止法違反の点も含めた処分結果については,検察官との強い交渉が不可欠です。
同種事案の経験のある弁護士に速やかに依頼することをお勧め致します。
【参照条文】
※刑法
第176条(強制わいせつ)
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
【参照判例】
(最判平成29年11月29日)
『ウ 以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。
(5) もっとも,刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。
そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。
(6) そこで,本件についてみると,第1審判決判示第1の1の行為は,当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから,その他の事情を考慮するまでもなく,性的な意味の強い行為として,客観的にわいせつな行為であることが明らかであり,強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決の結論は相当である。』