看護師の犯罪|罰金以上の刑に処せられた場合の医道審議会による処分
刑事・行政|看護師に対する行政処分の概要と医道審議会への具体的対応|看護師が未成年と性交渉を持った事案|最判昭和60年10月23日他
目次
質問
私は、都内の病院で看護師として勤務する男です。先日、SNSを通じて知り合った女子高生(16歳)と合意の上で性行為をしてしまいました。そのことが女児の両親に発覚し、警察に被害申告されたことで、警察から出頭要請を受けてしまいました。
私は今後どのような処分を受けることになるでしょうか。看護師の仕事を続けることができるのかも知りたいです。
回答
1 刑事処分としての罰金刑と行政処分としての看護師の業務停止が考えられます。18歳未満の青少年との性行為は、東京都青少年の健全な育成に関する条例(以下「健全育成条例」といいます。)第18条の6で禁止されており、これに違反した場合、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられます(健全育成条例第24条の3)。健全育成条例は、「青少年の健全な育成」という社会的法益の保護を目的としており(健全育成条例1条)、仮に被害児童の両親との間で示談が成立し、被害届が取り下げられたとしても、不起訴処分が約束されるわけではありません。とはいえ、示談をすることで不起訴となった例は多数あり、逆に示談をしなければ、初犯でもほぼ間違いなく罰金刑に処せられるのが実務上の運用です。そのため、本件で刑事処分を可能な限り軽減させるためには、両親との示談は必須といえるでしょう。
2 これに加え、本件では、看護師資格に関する行政処分への対応が必要となる可能性もあります。看護師が罰金以上の刑に処せられた場合や、看護師としての品位を損するような行為のあった場合は、医師や歯科医師と同様、医道審議会にかかり、厚生労働大臣による行政処分(戒告、3年以下の業務停止、看護師免許の取消しのいずれか)の対象となります(保健師助産師看護師法14条1項、9条1号)。医道審議会保健師助産師看護師分科会、看護倫理部会が公表している「保健師助産師看護師行政処分の考え方」と題するガイドラインを参考にすると、本件が罰金となった場合、業務停止処分は十分に想定されるところです。
3 とはいえ、そもそも厚生労働省が事案を把握しなければ行政処分の対象とはなり得ませんので、まずはその可能性を高めることを目標とすべきです。この点、医師の刑事事件の場合と異なり、看護師の場合は、検察庁から厚生労働省への事案報告義務が課されているわけではないため、担当の検察官から厚生労働省への事案報告がなされるかどうかは不確定要素といえます。刑事処分が不起訴となれば、報告される可能性は低いといえますが、念のため、弁護人を通じて報告しないよう働きかけるべきでしょう。他に考え得るルートとして、報道機関が事件内容を報道(特に実名報道)したことを契機として、各自治体の保健所職員が事案を把握し、保健所から厚生労働省に事案報告が行くこともあり得ます。警察や検察に対し、安易に報道機関に情報提供をしないように、早期段階から要請しておくことが望ましいといえます。その上で、仮に事案報告がされてしまった場合は、行政処分が不当に重くならないように、意見聴取・弁明聴取の手続きの中で、弁護士を通じて有利な事情を最大限主張することになります。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 成立し得る犯罪について
1 青少年保護育成条例違反
18歳未満の青少年と性交渉を行った場合、各都道府県が定める青少年保護育成条例違反に該当する可能性があります。
今回の事例で適用されるのは、東京都の「青少年の健全な育成に関する条例」(以下「健全育成条例」といいます。)です。健全育成条例第18条の6は、青少年(18歳未満の者・健全育成条例第2条1号)とみだらな性交又は性交類似行為を行うことを禁じ、これに違反した場合は2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処すると規定しています(健全育成条例第24条の3)。
「みだらな」(他に「淫行」などと規定する例あり)の意義がしばしば問題となりますが、判例は、福岡県青少年健全育成条例が規定する「淫行」概念について、「「淫行」とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である」と判示しています(最判昭和60年10月23日刑集39巻6号413頁)。
当該判示によれば、真摯な交際関係を前提とする性交渉であれば条例違反に該当しないことになりますが、真摯な交際関係を主張するためには、少なくとも何らかの客観的な裏付けは必要となるでしょう。
SNSでたまたま知り合った少女との性交渉が真摯な交際関係によるものと判断されるのは無理がありますので、本件では、健全育成条例違反の罪が成立する可能性が極めて高いでしょう。
なお、「淫行」と真摯な交際の関係については、当事務所事例集『青少年健全育成条例違反における淫行と真摯な交際』で詳述しています。
2 その他の犯罪
(1) 児童福祉法違反
その他、性行為が実質的な影響力を行使して行われた場合、児童福祉法違反の罪(児童福祉法60条1項、34条1項6号)に該当し、10年以下の懲役若しくは三百万円以下の罰金に処せられ、又はこれらを併科されることになります。
児童福祉法34条1項6号は、児童(18歳未満の者・同法4条)に「淫行をさせる行為」を禁止しているところ、当該要件は、児童に対して事実上の影響力を行使することが前提となっている、というのが裁判例の考え方です(東京高判平成8年10月30日)。健全育成条例違反と比較して、非常に重い刑罰が科されることからすれば、両罪を区別する適切な基準といえるでしょう。
単にSNSで知り合ったというだけでは、主従関係を認定するのは困難と思われ、本件で児童福祉法違反の罪が成立する可能性は低いと考えて良いでしょう。
(2) 児童ポルノ処罰法違反
さらに、性行為の際に金銭を供与したり、写真を撮影したりした場合には、児童買春・児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ処罰法」といいます。)違反(同法第4条、2条1項)の罪が成立する可能性があり、5年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられます。
本件ではそのような事情がないことを前提に論じます。
第2 刑事処分への対応
1 逮捕阻止のための活動
捜査機関から、罪証隠滅や逃亡のおそれが存在すると判断された場合、逮捕及びその後の勾留といった身体拘束を受けてしまうことになりかねません。勾留延長期間も含めれば、最大で23日間身体拘束され続けるのであり、かかる事態は、実社会生活上、重大な不利益となることは明らかです。そのため、まずは身柄拘束を回避し、在宅事件として進めてもらうように捜査機関を説得する必要があります。
あなたの場合、既に出頭要請が来ているとのことですので、必ず任意に出頭するべきです。また、早期段階から弁護人を選任し、事実関係を争わないこと、捜査に協力すること、出頭要請には必ず応じること、逃亡・罪証隠滅(特に被害関係者への接触)を行わないこと等を約する誓約書を警察宛てに提出すると共に、被害者への謝罪と被害弁償を検討している事実も警察に表明しておくべきです(示談金預かり証の提出等)。
これらの活動により、在宅のまま捜査を継続することで足りるとの判断に至りやすく、逮捕等の身体拘束を回避できる可能性が飛躍的に高まります。
2 終局処分軽減のための活動
その上で、終局処分軽減のための活動を行うことになります。終局処分軽減のために最も有効な活動が、被害児童の法定代理人である両親との間で示談を成立させることです。
本件では、最終的な刑事処分として略式手続による罰金刑又は執行猶予付きの懲役刑等が予想されるところですが、示談が成立すれば、不起訴処分となる(前科とならない)可能性が生じます。
この点、健全育成条例は、「青少年の健全な育成」という社会的法益の保護を目的としており(健全育成条例1条)、少なくとも法の構造上は、被害に遭った青少年1人1人の個人的法益を直接的に保護する形にはなっておりません。個々の検察官によっては、この点を重視し、仮に被害児童の両親との間で示談が成立し、被害届が取り下げられたとしても、保護法益が公益全体であること等を理由に、罰金刑を請求してくる場合が一定数見受けられます
たしかに、健全育成条例違反は、法律上の親告罪ではなく、法律の趣旨として社会全体の風俗・風紀を保護し、青少年の健全な育成を図るという社会的側面が強く、個人の性的自由の保護という側面が小さいという考えは存在します。
しかし、実際上同条例違反は、被害児童あるいはその両親の申告を契機として捜査が開始されることも多く、また被害児童が実際に性的被害を受ける行為類型の犯罪である以上、やはり刑事処分の決定に当たっては、被害児童及びその両親の被害感情を最も重視すべきであると言えます。加えて、そもそも被害申告がなければ事件として立件されることもなかったのですから、やはり被害者側が被害届を取り下げているような場合には、不起訴処分が相当であると考えられます。
実際に、示談成立により不起訴となった同種事案は多いと思われます。
3 小括
以上のとおり、弁護人を通じて適切に防御活動を行うことで、身体拘束の回避及び不起訴処分の獲得が十分に可能といえます。後述の行政処分との関係でも、刑事事件を不起訴処分で終結させておくことは極めて重要となりますので、至急刑事弁護に精通した弁護士に相談すべきでしょう。
第3 行政処分への対応
1 保健師助産師看護師法に基づく行政処分の概要
上記刑事処分に加え、本件では、看護師資格に関する行政処分への対応が必要となる可能性もあります。
看護師が罰金以上の刑に処せられた場合や、看護師としての品位を損するような行為のあった場合は、医師や歯科医師と同様、医道審議会にかかり、厚生労働大臣による行政処分(戒告、3年以下の業務停止、看護師免許の取消しのいずれか)の対象となります(保健師助産師看護師法(以下「看護師法」といいます。)14条1項、9条1号)。
処分権者である厚生労働大臣が行政処分を行おうとする場合には、医道審議会の意見を聞かなければならないとされており(看護師法15条1項)、実際には医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会に諮問し、処分内容の答申を受けて行われます。その上で、厚生労働大臣は都道府県知事に対して、免許の取消の場合には該当者から意見の聴取、業務停止の場合は弁明の聴取を行うように依頼します(看護師法15条3項、9項)。
処分対象者は、この意見聴取、弁明聴取の手続きの中で、自身の有利な事情等を主張することができます。
医道審議会保健師助産師看護師分科会、看護倫理部会が公表している「保健師助産師看護師行政処分の考え方」と題するガイドラインは、処分量定にあたって考慮されるべき視点について、以下のとおり示しております。
処分内容の決定においては、司法処分の量刑を参考にしつつ、その事案の重大性、看護師等に求められる倫理、国民に与える影響等の観点から、個別に判断されるべきものであり、かつ、公正に行われなければならないと考える。このため、当部会における行政処分に関する意見の決定に当たっては、生命の尊重に関する視点、身体及び精神の不可侵性を保証する視点、看護師等が有する知識や技術を適正に用いること及び患者への情報提供に対する責任性の視点、専門職としての道徳と品位の視点を重視して審議していくこととする。
その上で、事案類型ごとの考え方が公表されており、性犯罪に関する処分量定の考え方は以下のとおりです。
人の身体に接する機会が多く、身体の不可侵性を特に重んじるべき看護師等がわいせつ行為を行うことは、専門職としての品位を貶め、看護師等に対する社会的信用を失墜させるだけではなく、看護師等としての倫理性が欠落している、あるいは看護師等として不適格であると判断すべきである。特に、看護師等の立場を利用して行った事犯や、強姦・強制わいせつ等、被害者の人権を軽んじ、心身に危害を与えた事犯については、悪質であるとして相当に重い処分を行うべきである。
2 本件が医道審議会にかけられた場合に想定される処分
上記考え方によれば、健全育成条例違反の罪に問われた看護師への行政処分は、看護師としての立場を利用して行われたような場合とそうでない場合とで差異が設けられており、また、強制わいせつ罪や強制性交等罪のような強制力を背景とした悪質な犯罪類型とそれ以外とで区別する考え方が採用されていると読み取れます。
本件についてみれば、職務外の犯行であり、なおかつ強制力を用いた犯行でもないことから、免許取消処分までの重い処分が課される可能性は高くないものと考えられます。とはいえ、「倫理性が欠落」「不適格」といった重い言葉からすれば、業務停止処分は十分に想定されるところです。
ただし、後述のとおり、刑事処分が不起訴で終結したような場合は、そもそも医道審議会の対象とならない可能性が高いでしょう。
3 行政処分の回避・軽減のための活動
(1) では、本件で行政処分を回避・軽減することは出来ないのでしょうか。
まず、厚生労働省が事案を把握しないまま収束に至れば、行政処分が課されることはありません。
この点、医師の刑事事件の場合、罰金以上の刑が含まれる事件で公判請求した事件又は略式命令を請求した事件(ただし、軽微な事件については、公判請求事件に限る)について、刑事処分確定後に検察庁から厚生労働省へ事案報告を行う制度が設けられています(参考:「罰金以上の刑に処せられた医師又は歯科医師」に係る法務省からの情報提供体制について)。
これに対し、看護師の場合は、検察庁から厚生労働省への事案報告義務が課されているわけではないため、担当の検察官から厚生労働省への事案報告がなされるかどうかは不確定要素といえます。
そもそも、刑事処分が不起訴となれば、事案報告がされることはまず無いと考えられますので、刑事処分を不起訴としておくことが一番の安心材料となります。これに加え、刑事処分確定の段階で、弁護人を通じて、事案報告を行わないよう要請しておくと良いでしょう。
他に考え得る事案報告のルートとして、報道機関が事件内容を報道(特に実名報道)したことを契機として、各自治体の保健所職員が事案を把握し、保健所から厚生労働省に事案報告が行くこともあり得ます。そうならないためにも、早期段階から、弁護人を通じて警察や検察に対し、安易に報道機関に情報提供をしないよう要請しておくことが望ましいといえます。
(2) その上で、仮に事案報告がされてしまった場合は、行政処分が不当に重くならないように、意見聴取・弁明聴取の手続きの中で、弁護士を通じて有利な事情を最大限主張すべきです。
たとえば、刑事処分が不起訴となっている場合は(そもそも事案報告が行く可能性は低いですが)、不処分あるいは戒告を目指した交渉をすべきですし、略式手続による罰金に処せられた場合は、最低限免許取消処分は回避し、業務停止処分の期間短縮、戒告への引下げ等の交渉を行うことになります。
第4 まとめ
以上のとおり、本件では、速やかに被害少女の両親と示談を行い、刑事処分が不起訴となる可能性を高めると共に、報道機関への情報提供を差し控えるよう要請することで、厚生労働省への事案報告を阻止できる可能性が高まります。初動が大変重要ですので、至急刑事弁護に精通した弁護士に相談すべきでしょう。
以上