No.1825|犯罪を犯してしまったとき

暴力行為等処罰に関する法律違反における弁護活動

刑事|家庭内における暴力行為等処罰に関する法律違反における弁護活動|刑事手続の流れ|妻に包丁を突き付けた事案

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

私の弟ですが、同居の妻に離婚を切り出されたことで,ついカッとなって,「殺すぞ」と言いながら包丁を顔に突き付けてしまい、妻が警察を呼んだため逮捕されてしまったようです。実際に傷付けるつもりはなく,単に脅かすつもりと弁解しているようです。

警察の話では,暴力行為等処罰に関する法律というものに違反したということです。今後どうなるのでしょうか。離婚もやむを得ないといっているようです。

回答

1 暴力行為等処罰に関する法律には、第一条 団体若ハ多衆ノ威力ヲ示シ、団体若ハ多衆ヲ仮装シテ威力ヲ示シ又ハ兇器ヲ示シ若ハ数人共同シテ刑法(明治四十年法律第四十五号)第二百八条、第二百二十二条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ三十万円以下ノ罰金ニ処ス」「第一条ノ二 銃砲又ハ刀剣類ヲ用ヒテ人ノ身体ヲ傷害シタル者ハ一年以上十五年以下ノ懲役ニ処ス」と定められています。

また、刑法222条は「生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。」と規定しています。脅迫罪です。

弟さんの行為は脅迫罪となり、包丁という凶器を顔に突き付けていますから,暴力行為等処罰に関する法律違反(罰条:第1条)の罪が成立しているものと考えられ,3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。

2 今後の流れとして,事件が検察庁に送致された段階で,担当の検察官が裁判所に勾留請求をすることが予想されます。

本件は,家族間の犯行ということで,類型的に再接触の危険が高いと判断される傾向にあります。そのため,勾留の要件である罪証隠滅のおそれが認められることを理由に裁判官が勾留を認める決定を出すことが強く予想されるところです。その場合,最大で20日間の身柄拘束を受けることになります(刑訴法208条1項,216条)。

ただし,上記要件を否定する資料(事実関係を認めて謝罪の意思を有していること,謝罪金を準備していること,離婚を希望された場合に応じる意向であること,親族等の身元引受人が存在すること等)を揃えた上で,検察官や裁判官に勾留請求が不要であることを記載した上申書を提出することで,少ない可能性ながら,勾留を事前に阻止できる可能性があります。

また,勾留決定が出てしまった場合でも,奥様との間で何らかの形で和解が成立すれば,事後的に勾留の必要性が否定され,勾留決定に対する準抗告の申立て(刑訴法429条1項2号)を行うことで,勾留決定が取り消され,釈放される可能性が出てきます。

3 本件の終局処分については,奥様との間で示談が成立すれば不起訴となる可能性が高く,反対に奥様の処罰感情が強く和解不能な場合は罰金刑となることが予想されます。

結局のところ,奥様との間で示談を成立させることができれば,早期釈放と終局処分の軽減を達成できることになりますので,弁護人を選任した上で早急に示談交渉を進めるのが良いでしょう。

解説

第1 本件で成立する犯罪

凶器を示して刑法上の脅迫罪(刑法222条)に該当する行為を行った者には,暴力行為等処罰に関する法律違反(罰条:第1条)の罪が成立することになります。

よって,あなたには暴力行為等処罰に関する法律違反(罰条:1条)の罪が成立します。

この法律は,暴力団員による脅迫行為等を取り締まるための法律というイメージが強いですが,本件のような一般人のトラブルにも適用されるものです。少し脅しただけだと思っていても,立派な犯罪ですので,注意が必要です。

第2 刑事手続の流れ

1 逮捕

逮捕とは,捜査機関または私人が被疑者の逃亡及び罪証隠滅を防止するため強制的に身柄を拘束する行為をいいます。

警察官によって逮捕された被疑者は48時間以内に検察官へ送致され(刑訴法203条1項),検察官は,釈放するか24時間以内に勾留請求するか選択することになります(刑訴法205条1項)。

2 被疑者勾留

勾留とは,被疑者もしくは被告人を刑事施設に拘禁する旨の裁判官もしくは裁判所の裁判,または当該裁判に基づき被疑者もしくは被告人を拘禁することをいいます。

被疑者勾留については,以下で述べる勾留の理由及び勾留の必要性が認められた場合に,裁判官による勾留決定が下されることになります(刑訴法207条1項,60条1項)。

勾留期間は原則10日間ですが(刑訴法208条1項),「やむを得ない事由」が存在する時は,更に10日間延長することが可能とされています(刑訴法208条2項)。

検察官が逮捕されている被疑者を自らの判断で釈放することがないわけではありませんが,実務上,何もしなければほぼ機械的に勾留請求されてしまうような印象を受けます。

勾留請求されてしまうと,裁判官が勾留許可決定を出すためのハードルが低いため,かなりの確率で勾留許可決定が出てしまいます。

後述するとおり,勾留許可決定後に当該決定を争うことは可能ですが,申立て等に時間が掛かることは自明であり,事前に手を回して勾留を回避する活動を行うことが懸命といえます。

具体的には,検察官が勾留請求をする前であれば勾留請求阻止の上申書を検察官に提出し,勾留請求後かつ決定前であれば裁判官に勾留請求却下を求める上申書を提出することになります。

また,本件は同居の家族間の犯行ということで,勾留の要件を否定するのは一般的に困難ですが,ご親族等の協力を得る形で環境調整を行うことで,勾留を事前に阻止できる可能性がないわけではありません。

具体的には,以下で述べるような勾留の理由や必要性を否定する事情を先取りして記載した上申書を提出することになります。

(1) 勾留の理由

ア 一般論

勾留の理由があるというためには,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(刑訴法60条1項柱書)があると共に,同条項各号のいずれかを満たす必要があります。

イ 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由

奥様の供述により,罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断されることになるでしょう。

ウ 各号該当性

次に,各号該当性ですが,本件では2号(罪証隠滅のおそれ)ないし3号(逃亡のおそれ)が問題となるでしょう。

あなたは奥様と同居されていたわけですから,釈放したら奥様の元に帰ることになり,簡単に奥様を脅迫することが出来てしまう立場にあります。そのため,2号(罪証隠滅のおそれ)を満たすと判断される可能性が高いと言わざるを得ません。

また,奥様と同居していた居宅から出て行ってしまうと,足取りが掴めなくなる可能性があり,3号(逃亡のおそれ)も満たすと判断されやすいと言えます。

とはいえ,罪証隠滅や逃亡のおそれは,抽象的にではなく実質的に判断しなければならないというのが判例の立場です。逃亡したり奥様へ接触したりするおそれがないことを示す事情を拾い集め,法的に構成して検察官へ裁判官に伝えれば,勾留を阻止できる可能性が残っています。

(ア)罪証隠滅のおそれを否定する事情

罪証隠滅のおそれとの関係で特に問題視されるのは,被害者である奥様に働きかけ,本件に関する証言を歪めるのではないか,という点です。

そのため,この点について否定する具体的な事情を挙げることが必要になります。

たとえば,あなたの親族の中に一時的に身元を引き受けてくれる人がいれば,その人に身元引受書を作成してもらうことが考えられます。そして,離婚を前提に,身元引受人や弁護士を通じて自宅から荷物を全て運び出してしまうのも一つの手でしょう。

離婚の細かい条件は置いておき,少なくとも離婚に同意すること,二度と本人同士で接触しないこと,話し合いは全て第三者を通じて行うこと,鍵も全て奥様に渡すこと等を記した誓約書を奥様に差し出して,受領してもらえば,罪証隠滅のおそれを否定する一つの事情となり得るでしょう。

逆に申し上げれば,これくらいのことをしないと,罪証隠滅のおそれを否定するのは難しいと考えられます。

(イ)逃亡のおそれを否定する事情

身元引受人の存在(新住所の確保)は,逃亡のおそれを否定する具体的な事情ともなります。

また,本件の終局処分がどんなに重くても罰金に止まると考えられることからすると,これまで築き上げた勤務先での社会的地位を捨ててまで逃げ出すことは考え難い,といったことも主張できるでしょう。

(2) 勾留の必要性

勾留の理由が認められても,事案の軽重,勾留による不利益の程度,捜査の実情等を総合的に判断し,被疑者を勾留することが実質的に相当でない場合は,勾留の必要性を欠き,勾留請求が却下される可能性があります(刑訴法87条参照)。

あなたの場合,同居の妻への接触可能性の観点から,罪証隠滅を防止するために身柄を拘束する必要性が高いと判断されることが予想されます。したがって,勾留の必要性を欠くことを理由として勾留請求が却下される可能性は低いと言わざるを得ません。

しかし,たとえば長期の勾留があなたの仕事に与える影響が甚大といえるような場合,前記事情を考慮してもなお勾留の必要性を欠くと判断される可能性が無いではありません。裁判官に対して勾留による不利益の方が圧倒的に大きいと思わせることができれば,勾留の必要性を欠くとして勾留請求を却下してもらえる可能性が出てきます。

残念ながら勾留許可決定が出てしまった場合,以下のとおり準抗告の申立てや勾留取消請求を行うことが考えられます。

(3) 勾留許可決定を争う手段

勾留許可決定が出たとしても,準抗告を申し立てることで,身柄の解放を達成できる可能性が残されています(刑訴法429条1項2号)。

とはいえ,一度勾留決定が出てしまうと,示談をしない限り,身柄を解放するのは困難と言わざるを得ず,早急に示談交渉に着手する必要が生じます。

本件における示談の具体的内容については第3でご説明いたします。

第3 終局処分の軽減に向けた活動

1 示談の重要性

上記のとおり,本件では奥様との間で示談が成立しない限り,身柄の早期解放が困難です。これに加え,最終的な終局処分を可能な限り軽減させるという意味でも,妻との間で示談を成立させることが必要不可欠です。すなわち,早期の身柄釈放と終局処分の軽減という両目的のために,早急に示談交渉に着手する必要性が高い事案といえます。

妻との間で示談が成立して被害届の取下げに至った場合,不起訴で終わる可能性が高いと考えられます。

他方で,示談が成立しなければ,罰金刑以上の刑罰が科されることになり,前科が付くことになってしまいます。具体的な終局処分は,犯行態様(危険性がどの程度認められるか,過去にも同様のことがあったか等),前科・前歴の有無,反省状況,被害者の処罰意思等を考慮して検察官が決定することになりますが,包丁を顔に突き付けるという行為は,一歩間違えれば重症を負わせることになりかねず,最悪の場合死に至る危険もないとはいえないことから,行為の危険性から,罰金以上の刑を科すため正式裁判となってしまう可能性も否定はできません(罰金刑相当と反出された場合は略式手続きとなり正式裁判にはなりません)。

2 本件でのポイント

本件は,同居の夫婦間での犯行ということで,見知らぬ第三者との間の示談の場合とは異なった配慮が必要となります。

謝罪金の支払いだけで解決する問題ではなく,まず,今後の夫婦関係をどうするか,といった問題を避けて通ることはできないでしょう。

妻からは,離婚に同意しなければ示談には応じられない,との返答がなされる可能性が高い場合,慰謝料や財産分与等の離婚の条件は後回しとしても,今回の事件を機に離婚に同意するか否かという大枠はご決断いただかないと,示談の成立は困難であることが予想されるところです。

また,妻が自宅であなたと二人きりになることを避けたい,との意向を示すことも予想されるところで,荷物の運び出し方法等についても協議が必要な場合があります。妻と接触する場合は,第三者立ち会いの下に行うという条件が必要となる可能性が高いでしょう。前述の身元引受人の確保とも重なりますが,ご親族等の協力者を確保していただくことが重要です。

これらの環境調整により,奥様との和解を成立させることができれば,重い処分は回避できるでしょう。

第4 まとめ

本件では,何もしなければ,長期間の勾留による身体拘束を受けた上で前科も付いてしまうことになります。

早期の身柄釈放及び終局処分の軽減をご希望されるのであれば,早急に弁護人を選任して示談を中心とした弁護活動を依頼する必要があります。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。
参照条文

暴力行為等処罰に関する法律

第一条 団体若ハ多衆ノ威力ヲ示シ、団体若ハ多衆ヲ仮装シテ威力ヲ示シ又ハ兇器ヲ示シ若ハ数人共同シテ刑法(明治四十年法律第四十五号)第二百八条、第二百二十二条又ハ第二百六十一条ノ罪ヲ犯シタル者ハ三年以下ノ懲役又ハ三十万円以下ノ罰金ニ処ス

第一条ノ二 銃砲又ハ刀剣類ヲ用ヒテ人ノ身体ヲ傷害シタル者ハ一年以上十五年以下ノ懲役ニ処ス
2 前項ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス
3 前二項ノ罪ハ刑法第三条、第三条の二及第四条の二ノ例ニ従フ

刑法

(脅迫)
第二百二十二条 生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。
2 親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

刑事訴訟法

第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
一 被告人が定まつた住居を有しないとき。
二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
2 勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。
3 三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。

第八十七条 勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。
2 第八十二条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。

第二百七条 前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
2 前項の裁判官は、勾留を請求された被疑者に被疑事件を告げる際に、被疑者に対し、弁護人を選任することができる旨を告げ、第三十七条の二第一項に規定する事件について勾留を請求された被疑者に対しては、貧困その他の事由により自ら弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を告げなければならない。ただし、被疑者に弁護人があるときは、この限りでない。
3 前項の規定により弁護人を選任することができる旨を告げるに当たつては、勾留された被疑者は弁護士、弁護士法人又は弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる旨及びその申出先を教示しなければならない。
4 第二項の規定により弁護人の選任を請求することができる旨を告げるに当たつては、弁護人の選任を請求するには資力申告書を提出しなければならない旨及びその資力が基準額以上であるときは、あらかじめ、弁護士会(第三十七条の三第二項の規定により第三十一条の二第一項の申出をすべき弁護士会をいう。)に弁護人の選任の申出をしていなければならない旨を教示しなければならない。
5 裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。

第二百八条 前条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
2 裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。

第四百二十九条 裁判官が左の裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消又は変更を請求することができる。
一 忌避の申立を却下する裁判
二 勾留、保釈、押収又は押収物の還付に関する裁判
三 鑑定のため留置を命ずる裁判
四 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
五 身体の検査を受ける者に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判
2 第四百二十条第三項の規定は、前項の請求についてこれを準用する。
3 第一項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。
4 第一項第四号又は第五号の裁判の取消又は変更の請求は、その裁判のあつた日から三日以内にこれをしなければならない。
5 前項の請求期間内及びその請求があつたときは、裁判の執行は、停止される。