事前の同意がある電車内でのわいせつ行為と刑事責任
刑事|公然わいせつ罪と手続|対策方法|最高裁昭和26年5月10日判決
目次
質問:
私は都内に住む会社員です。本日,通勤中の電車内で,女性の下着の中に手を入れて陰部を触ったという疑いで,目撃者の男性に駅員室まで連れて行かれ,そのまま臨場した警察官に逮捕されてしまいました。被疑罪名は強制わいせつということでした。
事実関係に間違いはないのですが,実は相手の女性は,「痴漢待ち合わせサイト」という痴漢プレイを楽しみたい男女が集う掲示板で数日前に知り合った女性であり,陰部を手で触ることに関して事前の同意がありました。
私の行為は犯罪なのでしょうか。出来ることならば,前科を付けたくないですし,同居の家族の下に早く戻りたいので,今後について相談したいです。
回答:
1 電車内での痴漢行為については,その態様に応じて,迷惑防止条例違反と強制わいせつ罪(刑法176条)のいずれかが成立します。
両者の区別基準ですが,実務上は,着衣の上から女性の胸や臀部を触る行為は迷惑防止条例違反の罪に止まり,被害者の下着の中に手を入れて乳房や陰部を直接触る行為については,強制わいせつ罪として立件されることが多いです。
本件では,下着の中から手を入れて陰部を触っていることから,迷惑防止条例違反ではなく強制わいせつ罪の捜査対象となっているのでしょう。
2 ところが,本件では被害女性による事前の同意があったという事情があります。インターネットサイトなどで同じ性的嗜好を有する者同士が連絡することが増えているのも事実です。
強制わいせつ罪は「暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした」者に成立する犯罪ですので,被害者の同意がある場合,「暴行又は脅迫」を加えたとはいえず,基本的には同罪は成立しないことになります。相手の女性が、事前に同意していたということを認めるのであれば強制わいせつ罪は成立しません。ただし,その場で被害女性が明らかに嫌がる素振りを見せている等,事前の同意を打ち消すような事情があれば,話は別となります。
また,相手の女性が事前の同意について認めない場合、捜査機関が被害女性による事前の同意があったことを信じるに足りる証拠(メール等のやり取り等)が残っていなければ,あなたの供述を信じてもらうことは難しいでしょう。
捜査機関に対し,相手方女性が事前同意を認めるか、否定する場合でも相手方女性との間の事前のやり取りの存在を十分に説明し,納得してもらうことが出来れば,強制わいせつでの立件を回避できることになります。
3 もっとも,電車内という公共の場において,普通人であれば羞恥心を抱くような行為を行っている点で,別途,公然わいせつ罪(刑法174条)が成立します。これは男女の同意があっても一般公衆との関係で成立しうる犯罪です。
立件を防ぐためには、相手の女性並びに目撃男性との示談交渉をする必要があります。公然わいせつ罪は,善良な風俗という社会的法益の保護を目的としているものとされ,被害者との示談が成立しても不起訴が約束されることはありません。特に,本件では,単なる目撃者(通報者)の男性が被害者といえるのか疑問が残りますし,陰部を触った相手方女性との関係でも,同意がある以上,被害者とは言い難いところがあります。
しかし,実務上の慣行として,被害者と考え得る人との間で示談が成立しているという事情が,事実上終局処分にあたって考慮されていることは間違いありません。検察官の意見も聞きながら,目撃者の男性及び相手方女性との間で示談交渉をすることも検討すべきでしょう。両名とも,今回の件で捜査機関から事情聴取を受け,時間的・精神的負担を感じている可能性は高いことから,迷惑料として一定の金銭を受け取ってもらうことも不自然とまでは言えないと考えます。
以上に加え,社会に対する贖罪の意思を表明する趣旨で,任意の団体に贖罪寄付を行うことも,終局処分との関係で有利な事情となります。
4 最後に,あなたは現在逮捕されておりますが,事実関係を全て正直に話し,反省を示すことで,早期の釈放は十分に見込めます。弁護人による勾留阻止の活動は事例集1603番,1654番等をご参照ください。
身体拘束からの解放に加え,強制わいせつ罪での立件回避,公然わいせつ罪を不起訴にするための活動等,弁護活動が多々必要な事案ですので,早急にこのような案件に経験のある弁護人を選任されることをお勧めします。以下,詳細な解説を行います。
5 公然わいせつ罪に関する関連事例集参照。
解説:
第1 本件で成立する犯罪
1 強制わいせつの成否
(1) 迷惑防止条例違反と強制わいせつの区別基準
電車内での痴漢行為については,その態様に応じて,迷惑防止条例違反の罪と強制わいせつ罪(刑法176条)のいずれかにより問擬されることになります。
東京都の公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例5条1項は,「正当な理由なく,人を著しく羞恥させ,又は人に不安を覚えさせるような行為」の類型として,「公共の場所又は公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」(1号)を処罰対象としており,法定刑は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金とされています。
一方,強制わいせつ罪は,「13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした」ことを処罰対象としており,法定刑は6月以上10年以下の懲役とされています。
両罪の法定刑を比較すると,強制わいせつ罪の方が圧倒的に重い(罰金刑なし)ことがわかると思います。両罪の区別の基準としては,実務上,着衣の上から女性の胸や臀部を触る行為は迷惑防止条例違反の罪に止まり,被害者の下着の中に手を入れて乳房や陰部等を直接触る行為については,強制わいせつ罪として立件されることが多いです。通常,面識のない人の下着の中にまで手を入れていれば,強制力が働いていると考えるのが自然である,というのがその理由だと思われます。
あなたの場合,下着の中に手を入れて,陰部を触っていることから,客観的には強制わいせつ罪の構成要件に該当することになります。
(2) 相手方の同意の存在と犯罪の成否
しかし,あなたと相手方女性は,事前に痴漢行為を行うことについて合意をしております。被害者の同意がある場合,暴行・脅迫を用いたとは言えませんので,同罪は成立しないことになります。
なお,仮に本件が迷惑防止条例違反として立件されたとしても,やはり同罪の成立は認められないでしょう。相手方女性の事前の同意がある以上,「人を著しく羞恥させ」たとは言い難いからです。
ただし,以上の話は,相手方女性の事前の同意が真摯な意思に基づくものであり,電車内でも特にその意思は変わっていなかったことが前提となります。相手方女性が,捜査機関からの事情聴取において,実は嫌がっていたというような話をしてしまうと,同意があったとの主張をと貫き通すのは難しくなりますので,注意が必要です。
事前の同意があったことが明らかとなっても、行為の時点で拒否していたとすれば上記の通り強制わいせつ罪が成立します。しかし、あなたとすれば、痴漢プレイということで、行為の時点で拒否しているのは演技であり、相手の女性も納得していると思って行為を続けたのでしょうからこの点、犯罪の成立に影響はないのか疑問が残るところです。行為の時点での具体的な態様により結論は異なるでしょうが、強制わいせつの故意を欠くとして犯罪の不成立となる場合もあると考えられます。
2 公然わいせつ罪の成否
強制わいせつ罪が成立しないとしても,本件では,別途公然わいせつ罪(刑法174条)での立件が可能な事案です。同罪は,文字どおり「公然とわいせつな行為をし」たことを処罰対象としており,法定刑は6月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料とされております。
ここにいう「公然」とは,不特定または多数人が認識しうる状態を指すとされ(最決昭和32年5月22日),「わいせつ」とは,徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するものを意味するとされています(最判昭和26年5月10日)。電車内という公共の場で陰部を直接触る行為がこれに該当することは間違いないでしょう。
罰金が規定されている分,強制わいせつ罪よりは軽い罪だとしても,やはり,前科が付いてしまうことは社会生活上不利益となりますので,出来れば回避したいところです。
以下,本件の刑事手続き上の流れと弁護活動の必要性についてご説明いたします。
第2 刑事手続の流れと早期の身柄釈放に向けた活動
1 あなたの置かれている状況
現在あなたは警察署にて逮捕による身体拘束を受けており,刑事手続上の被疑者として扱われております。
逮捕とは,捜査機関または私人が被疑者の逃亡及び罪証隠滅を防止するため強制的に身柄を拘束する行為をいいます。
警察官によって逮捕された被疑者は48時間以内に検察官へ送致され(刑訴法203条1項),検察官は,釈放するか24時間以内に勾留請求するかを選択することになります(刑訴法205条1項)。
検察官が逮捕後送致された被疑者を自らの判断で釈放することがないわけではありませんが,実務上,一般的には何もしなければほぼ機械的に勾留請求されてしまうような印象を受けます。今回の逮捕は、現行犯逮捕と思われますが、相手の女性もその場で事前の同意があったことを警察官に説明すれば逮捕とはならなかったと思われます。とすると、あなたが事前同意の弁解をしていることは痴漢行為を否認しているということになり、そのため逮捕に至ったと考えらえますから、検察官に対しても否認を続ければ勾留請求がなされるものと考えてよいでしょう。
勾留請求されてしまうと,裁判官が勾留許可決定を出すためのハードルが低いため,あなたのように罪を認めていて罪証隠滅や逃亡のおそれが低いと思われる場合であっても,勾留許可決定が出てしまう可能性が大いにあるところです。
後述のとおり,勾留許可決定後に当該決定を争うことは可能ですが,一般的に,被害者との間で示談が成立する等の事情の変化がなければ認められる可能性が低く,時間が掛かることは自明であるため,事前に手を回して勾留を回避する活動を行うことが懸命といえます。具体的には,検察官が勾留請求をする前であれば勾留請求阻止の上申書を検察官に提出し,勾留請求後かつ決定前であれば裁判官に勾留請求却下を求める上申書を提出することになります。
弁護人が上申書を提出することで,勾留を回避できたということは,ままあることです。特に,本件は勾留を事前に阻止できる可能性が比較的高い事案かと思われます。上申書には,以下で述べるような勾留の理由や必要性を否定する事情を先取りして記載することになります。
2 被疑者勾留の要件該当性と勾留阻止に向けた活動
勾留とは,被疑者もしくは被告人を刑事施設に拘禁する旨の裁判官もしくは裁判所の裁判,または当該裁判に基づき被疑者もしくは被告人を拘禁することをいいます。被疑者勾留については,以下で述べる勾留の理由及び勾留の必要性が認められた場合に,裁判官による勾留決定が下されることになります(刑訴法207条1項,60条1項)。勾留期間は原則10日間ですが(刑訴法208条1項),「やむを得ない事由」が存在する時は,更に10日間延長することが可能とされています(刑訴法208条2項)?
(1) 勾留の理由?
ア 一般論
勾留の理由があるというためには,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(刑訴法60条1項柱書)があると共に,同条項各号のいずれかを満たす必要があります。
イ 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由
目撃者や駅員,そして被害者自身の供述により,罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断されることはほぼ確実といえるでしょう。
ウ 各号該当性
次に,各号該当性ですが,本件では2号(罪証隠滅のおそれ)ないし3号(逃亡のおそれ)が問題となるでしょう。
本件犯行の証拠として,まず目撃者,駅員の証言が挙げられます。しかし,いずれもあなたと面識がないので,罪証隠滅の客観的可能性がそもそも存在しないといえます。
次に,相手方女性の証言が挙げられますが,事前の同意があった点含め,接触して有利な証言をするように働きかけるという可能性は一般的に想定されるところです。女性のメールアドレス程度しか把握していないのであれば,そもそも接触可能性がありませんが,念のため,女性に対して接触しないことを誓約する書面を作成して検察官に提出しておくことが望ましいといえます。
また,本件では,強制わいせつが成立せず,処罰されるとしても公然わいせつに限られるため,想定される処分は,重くても罰金といえ,罪証隠滅の主観的可能性も限りなく低いといえます。
次に3号ですが,あなたは会社員とのことで,比較的身分が安定していると言えますし,ご家族と同居されているため,ご家族による監督の実効性が高いともいえます。そのため,逃亡のおそれがないと言いやすいです。
以上のように,本件は2号や3号の要件を満たさないと十分に主張できる事案です。
(2) 勾留の必要性??
勾留の理由が認められても,事案の軽重,勾留による不利益の程度,捜査の実情等を総合的に判断し,被疑者を勾留することが実質的に相当でない場合は,勾留の必要性を欠き,勾留請求が却下される可能性があります(刑訴法87条参照)。
あなたの場合,勾留による長期の身体拘束によって,会社で懲戒免職処分を受ける等の重大な損害を被るおそれがあり,本件で想定される罪証隠滅や逃亡のおそれは極めて抽象的なものに過ぎないにも拘らず,このような不利益を被るのは,余りに均衡を失する旨主張すべきです。
(3) 勾留の阻止に向けた活動
以上のとおり,本件では勾留の要件を満たさないとの主張を十分に行える事案ですが,検察官は抽象的な危険を理由に勾留請求してくることが予想されます。
弁護人を通じて,勾留請求を差し控えるよう求める上申書を担当検察官宛てにあらかじめ提出しておき,もし勾留請求されてしまった場合でも,直ちに勾留請求却下を求める上申書を裁判官に提出することで,勾留の回避を一定程度見込めるでしょう。
3 事後的に勾留許可決定を争う手段
万が一勾留許可決定が出たとしても,準抗告を申し立てることで,身柄の解放を達成できる可能性が残されています(刑訴法429条1項2号)。
また,弁護人を通じた目撃者との示談交渉によって,事後的に勾留の要件を否定する事情を作り出し,勾留の取消請求をすることもできます(刑訴法207条1項,87条1項)。
ただ,いずれも時間が掛かりますので,出来る限り事前の勾留阻止を狙っていくべきでしょう。
4 小括
以上のように,本件は弁護人を選任して勾留阻止の活動をすれば,早期に身柄の解放を実現できる可能性が十分にあります。仕事への影響を最小限にするためにも,早期に弁護人を選任する必要性が高いといえるでしょう。
第3 終局処分軽減のための活動
1 強制わいせつ罪との関係
勾留を阻止できたとしても,罪に問われることが無くなったわけではありませんから,刑事処分を軽減するための弁護活動の必要性が残ります。
まず,強制わいせつ罪との関係では,あなたに犯罪が成立しないことを積極的に主張していく必要があります。相手方女性との間のメールのやり取りが残っているようであれば,検察官にその旨伝え,併せて弁護人からの意見書でも犯罪の不成立を強く主張していくことになります。
これに加え,後述のとおり,弁護人の方で相手方女性との接触ができる場合は,事前の同意があったことを記載した検察官宛ての上申書の作成に協力を求めることも検討すべきです。また,被害女性の告訴がなければ起訴できませんので,今後告訴しないことを誓約する書面への署名協力も得ておくことが肝要です。
2 公然わいせつ罪との関係
公然わいせつ罪との関係では,犯罪自体は成立していますので,それを前提に不起訴処分の獲得を目指す弁護活動が必要となります。
(1) 公然わいせつ罪の特殊性
通常は,刑事責任の軽減のためには被害者との示談が一番重要な事項です。しかし,公然わいせつ罪の場合の示談の対象となる被害者が誰なのか,誰と示談すればよいのか,という問題があります。
公然わいせつ罪は,善良な風俗を害する罪とされ,個人的法益に対する罪である強制わいせつ罪(刑法176条)等と異なり特定の被害者に対する犯罪とはされておりません(社会的法益に対する罪)。また,同じ社会的法益に対する罪でも,いわゆる痴漢や盗撮といった迷惑防止条例違反行為は,行為の対象が明確であるために事実上の被害者を観念しやすいですが,本罪の場合,単なる目撃者(通報者)に過ぎない人や事前に承諾をしている相手方女性が果たして被害者といえるのか,といった疑問が生じます。
(2) 目撃者や相手方女性との示談交渉
上記のとおり,示談といっても,今回のような事案では,目撃者や相手方女性がそもそも被害者的な立場にあるのかという疑問が残ります。
しかし,両名とも,今回の件で捜査機関から事情聴取を受け,時間的・精神的負担を感じている可能性は高いことから,迷惑料として一定の金銭を受け取ってもらうことも不自然とまでは言えないと考えます(個々の検察官の考え方にもよりますので,適宜意見を求めながら弁護活動を進めていくべきです。)。
一定の金銭を迷惑料として支払う代わりに,有利な内容の書面を獲得することを目指すべきでしょう。検察官に具体的な資料を提示する関係上,口頭ではなく,被害者の方に複数の書面に署名・捺印してもらう必要があります。
弁護人が示談交渉をする際は,示談合意書という客観的な書面を作成し,被疑者のことを許す旨の宥恕文言を取り入れます。これに加え,相手方女性との関係では,強制わいせつの立件回避をも確実にするために,本件行為について事前の同意があったこと,そのため被害感情は有していないこと,寛大な処分を希望すること等を記載した捜査機関宛ての上申書及び告訴しないことを誓約する書面への署名に協力してもらえると安心です。
これらの書面を揃えることで,事実上の被害者といえる人達がもはや処罰を望んでいないことを示すことができ,検察官の終局処分に有利な影響を与えることができるのです。
(3) その他の反省方法
担当検察官が終局処分の決定において示談の状況を考慮する意思が全くない場合,そもそも被害者情報の開示を弁護人が要請した段階でその旨告げる場合が多いものと思われます。その場合,検察官と協議しながら,被疑者がどういった方法で反省を示せば考慮してもらえるかを探る必要があります。
社会的法益に対する罪ということを強調すれば,考えられる最良の選択は,社会に対する贖罪の意思を示すという趣旨から,任意の団体への贖罪寄付ということになりそうです。
また,再犯可能性の有無も終局処分決定の上で重要な意味を持ちますので,再犯防止策を具体的に検討していることをアピールすることも効果的です。たとえば,心療内科等で性犯罪に関するカウンセリングを継続的に受けて問題を克服していくことを誓約する方法等が考えられます。
第4 まとめ
以上述べてきたとおり,本件では,身柄の早期解放を達成できる可能性が十分にあり,また不起訴処分を獲得できる可能性も十分に認められます。刑事弁護に精通した弁護士に弁護人活動を依頼することをお勧めいたします。
以上
以上