【家事、相続、遺言の解釈、判断の基準、最高裁判所昭和58年3月19日判決】
No.1827、2018/07/27 13:57 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
質問:
父が最近、亡くなりました。自筆証書遺言があり、遺言書には、「現金・預金は法定相続分どおりに分ける。」「自宅土地建物について、は妻(相談者の母)に遺贈する。妻亡きあとは、長男・長女各2分の1を取得する。」とありました。
自宅の土地建物は母親が相続して、そのあと長男の私と妹の長女が2分の1づつ相続すると考えてよいのでしょうか。母親は、自分が相続したら土地建物は処分しようと考えているようです。処分されてしまうと困るのですがどうなるのでしょうか。
私たち家族は父と母、長男である私と長女である妹ですので、相続人は母と子である私、妹の3人です。遺産は、父名義の自宅土地・建物と現金・預金です。父の遺言書は家庭裁判所で母・私・妹立ち合いのもと検認済みです。
回答:
1 自宅土地建物について、「土地建物は妻(相談者の母)に遺贈する。妻亡きあとは、長男・長女各2分の1を取得する。」という遺言は幾通りかの解釈が可能です。単純に母親が相続して、その後の死亡した場合、長男長女が2分の1を取得するというのは希望を述べたに過ぎないと解することもできますし、母親が一度相続しますが、負担付の遺贈として母親は土地建物を処分できず、母親の死亡を停止条件として土地建物の所有権が長男長女に移転すると解することもできます。他にも解釈が可能でしょう。前者の結論になれば、御相談の場合、お母様が土地建物処分することは可能ですが、後者(負担付遺贈)の結論になればお母様は土地建物処分できないということになります。遺言者の最終の意思を尊重するのが遺言書の制度の原則ですから、できるだけ遺言者の意思に沿った結論を導き出す解釈が必要となります。
2 遺言の解釈の問題について、最高裁判所昭和58年3月18日判決があります。この最高裁判決では遺言書の文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきもの、という基準を示しています。具体的な結論としてはご相談と同様の遺言書について母親への単純な遺贈と、2次的な相続である長男長女への遺贈については単なる遺言者の希望と解した原審の判決を、文言の形式的な判断で遺言者の意思を十分に審理していないとして破棄差し戻しています(破棄差し戻し後の裁判所の判断については資料がないので不明です)。私有財産制の下では遺言者の意思又は合理的意思に基づいて遺産相続は行われるという制度趣旨から考えると最高裁の判断基準は妥当性を有するものと思われます。
3 遺言に関する当事務所事例集として、919番、985番、1388番等をご参照ください。
解説:
第1 遺言の自由
民法上、遺言で、自分の財産の全部又は一部を自由に処分することができると規定されています(964条)。憲法は個人の尊厳を実現するものとして幸福追求権を保障し(憲法13条)、財産権を保障しています(憲法29条)。それを受けて民法は、各人に人は生きている間は自己の所有物を自由に使用・収益・処分できることを規定し(民法第206条)、各人の財産処分の自由を認めています。
この自由な遺産の処分を可能にするのが遺言制度の趣旨です。
他方、遺言の内容が一義的に明確ではないことなどで問題が発生した時,当事者である遺言者はこの世に存在せず,その意思内容を確認できませんので、どのように遺言の内容を理解するのが、遺言者の真意なのか問題となります。
以下、遺言の解釈について、最高裁判所昭和58年3月18日判決を題材に説明をします。
第2 遺言の解釈
遺言書の文言が一義的に明確ではなく、解釈の必要が生じた場合、どのような基準で判断するか、最高裁判所昭和58年8月29日判決(詳細は第三で述べます。)は、遺言書の複数の条項の中から特定の条項を解釈するときに、次のような基準で解釈するとの基準を示しています。
『遺言の解釈にあたつては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものであり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものであると解するのが相当である。』としています。すなわち、
遺言の解釈にあたつては、
1 遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究すべきものである。
2 遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するにあたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しその文言を形式的に解釈するだけでは十分ではない。
3 遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して遺言者の真意を探究し当該条項の趣旨を確定すべきものである。
としています。
具体的には、
単に文面を形式的にみて解釈するのではなく、遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して、遺言者の真意を探求し当該条項の意味を確定すべきとしています。
このように遺言書の文言から離れて諸事情を考慮することが、遺言者の意思に合致するのか疑問もないわけではありません。そのような判断はどうしても社会通念上認められるであろう常識的な結論となり、遺言者の意思とは合致しないことも考えられます。しかし、文言上いくつかの解釈ができるような場合は、結論がつかず結局は遺言が無効という結論にならざるをえません。無効とするよりは、死亡の際の諸事情を考慮して遺言者の真意に近い一つの結論を出した方が良いというのが裁判所の見解と考えられます。
そこで、この最高裁昭和58年3月18日判決について、具体的に検討するため次の第3で事案内容を解説します。
第3 遺言の解釈に関する最高裁判所昭和58年3月18日判決
裁判所HP 最高裁判所昭和58年8月29日判決
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=66874
裁判所HPより 判決全文
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/874/066874_hanrei.pdf
なお、判例タイムス496号にも判例評釈があります。
【当事者】
D:遺言者
被上告人:遺言者Dの妻
上告人:A1、A2、A3(Dの弟、妹)
【経過】
昭和49年3月7日 Dが遺言書を作成。
昭和51年10月17日 Dが遺言書の一部を訂正
昭和51年12月24日 D死亡
Dの遺言書は複数の項目があるが、その一部に
Dの遺産の一部である本件不動産について、「被上告人にこれを遺贈する。」(以下「第一次遺贈の条項」という。)とあり、続いて、「被上告人の死亡後は、上告人A1二、訴外E二、上告人A2二、同A3三、訴外F三、同G三、同H三、同I二の割合で権利分割所有す。但し、右の者らが死亡したときは、その相続人が権利を継承す。」(以下「第二次遺贈の条項」という。)と記載されている。
昭和52年6月13日 Dの妻上告人は、本件第一次遺言の「被上告人にこれを遺贈する。」との記載を理由に、遺贈を原因とする自己単独名義の所有権移転登記を経由した。
上告人らは、Dの所有権移転登記の抹消を求めて訴えを提起した。その理由は、第二次遺贈の条項に、上告人らは「被上告人の死亡後は、・・・の割合で権利分割所有す。」とあり、上告人らが遺贈を受けたものとしている。
【原審の判断】
被上告人に対する第一次遺贈の条項は通常の遺贈として有効、上告人らに対する第二次遺贈の条項は遺言者Dの希望を述べたにすぎない。
【最高裁の判断】
前記第三「遺言の解釈」で紹介した、遺言解釈の基準を示した上で、
遺言書の内容を詳細に検討し、
『(1) 第一次遺贈の条項の前に、Dが経営してきた合資会社J材木店のDなきあとの経営に関する条項、被上告人に対する生活保障に関する条項及びF及び被上告人に対する本件不動産以外の財産の遺贈に関する条項などが記載されていること、
(2) ついで、本件不動産は右会社の経営中は置場として必要であるから一応そのままにして、と記載されたうえ、第二次遺贈の条項が記載されていること、
(3) 続いて、本件不動産は換金でき難いため、右会社に賃貸しその収入を第二次遺贈の条項記載の割合で上告人らその他が取得するものとする旨記載されていること、
(4) 更に、形見分けのことなどが記載されたあとに、被上告人が一括して遺贈を受けたことにした方が租税の負担が著しく軽くなるときには、被上告人が全部(又は一部)を相続したことにし、その後に前記の割合で分割するということにしても差し支えない旨記載されていること
が明らかである。』と判断し、
遺言者Dの真意とするところをいくつかに区別し、
1 第一次遺贈の条項は被上告人に対する単純遺贈であつて、第二次遺贈の条項はDの単なる希望を述べたにすぎないと解する余地もないではないが、
2 本件遺言書による被上告人に対する遺贈につき遺贈の目的の一部である本件不動産の所有権を上告人らに対して移転すべき債務を被上告人に負担させた負担付遺贈であると解するか、
3 上告人らに対しては、被上告人死亡時に本件不動産の所有権が被上告人に存するときには、その時点において本件不動産の所有権が上告人らに移転するとの趣旨の遺贈であると解するか、
4 被上告人は遺贈された本件不動産の処分を禁止され実質上は本件不動産に対する使用収益権を付与されたにすぎず、上告人らに対する被上告人の死亡を不確定期限とする遺贈であると解するか、
いずれかの場合が考えられるとしています。
そして、遺言の趣旨がいずれの場合か、本件遺言書の全記載、本件遺言書作成当時の事情などをも考慮して、本件遺贈の趣旨を明らかにすべきであつたとして、さらに審理を尽くさせるために原審に差し戻しています。
上記最高裁判決の差し戻し審がどのように帰結したのか、資料がなく不明です。最高裁の判断からすると、遺言者の経営する材木店は遺言者の死後も存続すること、本件不動産はこの材木店の材木置き場として賃貸をし賃料は被上告人の生前は被相続人が受け取りその後は第二次遺贈の受遺者各人が取得すること、被上告人が現金・預金を受け取ること、等が記載されていることから、遺言者Dの真意は、妻被上告人への生活保障は金銭的なもので足り、本件不動産の名義を被上告人に変更し第三者への売却も可能とすることまでは予定していなかった、と思われます。
第4 最後に
ご相談者様の場合も、上記最高裁判決の基準によれば、父上の残した遺言書の全記載、同遺言書作成当時の事情などを考慮して、内容が判断されることになるでしょう。
本件で具体的にどのように遺言書が解釈されるか、遺言書(写し)を持参し、遺言書作成の経緯、家族の生活状況等わかる資料を添えて一度専門家である弁護士に相談された方がよいでしょう。
≪参照条文≫
憲法
(個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉)
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
(財産権)
第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。
○2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
○3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
民法
(所有権の内容)
第二百六条 所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
(遺言の方式)
第九百六十条 遺言は、この法律に定める方式に従わなければ、することができない。
(普通の方式による遺言の種類)
第九百六十七条 遺言は、自筆証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない。ただし、特別の方式によることを許す場合は、この限りでない。
(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
2 自筆証書中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
(公正証書遺言)
第九百六十九条 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。
(遺言の撤回)
第千二十二条 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第千二十三条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。