再開発における得意先喪失補償とは
行政|民事|都市再開発法97条補償|通損補償|再開発における営業補償|東京地裁平成27年1月22日判決
目次
質問:
駅前で店舗を経営していますが、このたび駅前再開発の計画が進行しており、都市再開発法97条の損失補償総括表というものを頂きました。どうやらこの金額を受領してビル建て替えのため立ち退いて下さいということのようです。その書類の中に、「得意喪失補償」という項目があったのですが、これはどういう意味でしょうか。どのように計算され、金額が決まるものなのでしょうか。
回答:
1、ビル建て替えにより、営業所を移転する場合、営業所の場所が移転することにより一時的に売り上げが減少することが予測されますが、この損失の補償をするのが「得意先喪失補償」です。
都市再開発法97条で再建築により転居した者が「通常受ける損失」を補償すべきことが規定されています。「通常受ける損失」にはどのようなものがあるのか条文上明確では無く、また、判例の集積もありませんが、この補償には、転居費用の他、営業所の移転後に一時的に売上が減少する「得意先喪失補償」が含まれていると解釈されています。建て替え前のビルから、仮営業所へ移転したときの売上減少の他、仮営業所から建て替え後のビルに戻って来たときも、「営業所を移転した」という事情は同じですので、同様に売上減少の補償を受けることができます。
2、土地収用法88条では、「土地補償、残地補償、工事費用補償、移転料補償、物件の補償、原状回復困難な使用の補償のほか、離作料、営業上の損失、建物の移転による賃貸料の損失その他土地を収用し、又は使用することに因つて土地所有者又は関係人が通常受ける損失は、補償しなければならない。」と規定されており、政令では「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」と「国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準」及び細則で営業損害の補償基準が定められています。各自治体の用地買収部門などで構成された用地対策連絡会全国協議会が、様々な業種における損失補償に関する調査を行って定めた用地対策連絡全国協議会基準(いわゆる用対連基準)を策定しており、この基準もほぼ同様となっています。これらの基準に従って、再開発の損失補償の組合側提示額も算定されることが多くなっています。営業損害の算定に関する下級審の判例がありますので解説の項で御紹介致します。
3、「得意喪失補償」を含む建替による退去に伴う営業損害の算定では、これらの法令や基準により画一的に算定されてしまうことが多いのですが、個別事案において、勿論、転居期間や、減収補償について、個々の営業の特殊性というものがあります。同じ損失補償基準(用対連基準)であっても、適用方法次第で金額が変わってくる可能性もあります。重要なのは、実質的損害を裏付ける資料、証拠を丁寧に用意し、組合側と最終的処分である断行の仮処分まで交渉を継続することです。新たな解決策が浮上する場合があります。組合側の提示額では到底建て替え期間の営業を乗り切ることが出来ないと御不安にお感じの場合は、専門家に相談した方が良いでしょう。
4、再開発に関する関連事例集参照。
解説:
1、都市再開発法97条の損失補償
再開発に伴う退去時の損失については、都市再開発法97条1項で、施行者は、物件の引き渡しをした者が「通常受ける損失」を補償すべきことが規定されています。
都市再開発法97条1項(土地の明渡しに伴う損失補償) 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
ここで施行者というのは民間の再開発である第一種市街地再開発事業においては、地権者の集まりである市街地再開発組合を指します。地権者から見ると、自分が所属する地権者の組合に対して損失補償を請求することになります。支払原資は主に組合員が負担する組合費ということになります(勿論、組合費の中には保留床を参加組合員に譲渡した対価である参加組合員分担金も含まれます)。つまり、自分が負担する組合費から、自分が支払いを受けるということになり、地権者全員が同様に損失を受けると考えれば、迂遠で不要な手続にも思えます。しかし、市街地再開発組合の地権者には様々な権利の利用状況の地権者が含まれており、権利は沢山所有しているけれどもほとんど利用していないので退去に際してほとんど損失が発生しない組合員や、権利は少ないけれども生計のための重要な資産として利用しており退去に際して大きな損失を受ける組合員も含まれています。事業をしている場合は、事業内容によって、移転するときの費用が変わってきます。都市再開発法97条1項の規定は、組合員毎の実情に合わせ、公平な費用負担をする趣旨で規定されていると考えることができます。
この「通常受ける損害」は、民法415条や709条の様に、「(既に)生じた損害」を賠償請求するものではありません。占有者が退去してから建物を取り壊して新たな建物を建て直すという再開発手続きの性質上、事前に具体的な損害額は分かりませんので、見込額として「通常受ける損害」と規定しているのです。再開発による建て替え事業の前に、「通常生じると考えられる損害額」を事前に填補して下さいということです。事前に支払うので、都市再開発法97条では、「賠償」ではなく、「補償」という言葉を使っています。では、実際の建て替え手続きを通じて、見積もりされた「通常生じる損害」を超えて実損害が発生した場合には、どのように考えるべきでしょうか。条文上明確ではありませんが、都市再開発法97条には、実損害の賠償請求を否定する条項も含まれていませんので、組合提示の通常受ける損失額よりも実際には大きな損害が発生した場合には、これを法的に請求できる可能性はあります。但し、実務上は、立ち退き協議の中で将来の実損害も含めた清算条項付きの合意書が取り交わされており、この問題が法的に争われることはほとんどありません。
この規定だけでは条文上補償の範囲が明確では無く、また、判例の集積もほとんどありませんが、私権制限に関する法令び判例解釈と、実際の都市再開発手続における運用を観察すると、この補償には、(退去して再建築された建物に再入居する)転居費用2回分の他、営業所の移転後に一時的に売上が減少する「得意先喪失補償」が含まれていると解釈されています。「得意先」というのは、同じ場所で事業を継続している場合に、継続的に取引して売上に貢献してくれる顧客のことです。店舗を移転すると、顧客が一時的に他の取引先に移ってしまい売上が減少してしまうなどの事情が考えられますので、この売上減少を補償するのが「得意先喪失補償」です。
建て替え前のビルから、仮営業所へ移転したときの売上減少の他、仮営業所から建て替え後のビルに戻って来たときも、「営業所を移転した」という事情は同じですので、同様に売上減少の補償を受けることができます。
2、通損補償の基準
再開発組合が提示する概算額は、いわゆる「用対連基準」に基づいて算出されています。
これは、土地収用法に基づく損失補償の基準として定められた政令「土地収用法第88条の2の細目等を定める政令」に基づいて定められた国土交通省訓令である「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月29日閣議決定)」に基づいて、中央省庁、公団、公社などの関係機関により設立された用地対策連絡協議会が細目を定めた「公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)」のことを指します。現在では、国土交通省の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」も策定され、ほぼ同じ内容となっております。
※国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準
https://www.shinginza.com/kijunn.pdf
※国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針
https://www.shinginza.com/kijun2.pdf
※国土交通省損失補償取扱要領
https://www.shinginza.com/kijun3.pdf
土地収用法第88条の2の細目等を定める政令第21条(営業の休止等に伴う損失の補償)
第1項 土地等の収用又は使用に伴い、営業の全部又は一部を通常一時休止する必要があるものと認められるときは、次に掲げる額を補償するものとする。
一号 休業を通常必要とする期間中の営業用資産に対する公租公課その他の当該期間中においても発生する固定的な経費及び従業員に対する休業手当相当額
二号 休業を通常必要とする期間中の収益の減少額
三号 休業することにより、又は営業を行う場所を変更することにより、一時的に顧客を喪失することによって通常生ずる損失額(前号に掲げるものを除く。)
四号 営業を行う場所の移転に伴う輸送の際における商品、仕掛品等の減損、移転広告費その他移転に伴い通常生ずる損失額
第2項 土地等の収用又は使用に伴い、営業を休止することなく仮営業所において営業を継続することが通常必要かつ相当であるものと認められるときは、次に掲げる額を補償するものとする。
一号 仮営業所を新たに確保し、かつ、使用するのに通常要する費用
二号 仮営業所における営業であることによる収益の減少額
三号 営業を行う場所を変更することにより、一時的に顧客を喪失することによって通常生ずる損失額(前号に掲げるものを除く。)
四号 前項第四号に掲げる額
前記公共用地の取得に伴う損失補償基準の営業補償に関する項目を引用します。
第3節 営業補償(営業休止の補償)
第48条 土地等の取得又は土地等の使用に伴い通常営業を一時休止する必要があると認められるときは、次の各号に掲げる額を補償するものとする。
一 通常休業を必要とする期間中の営業用資産に対する公租公課等の固定的な経費及び従業員に対する休業手当相当額
二 通常休業を必要とする期間中の収益減(個人営業の場合においては、所得減)
三 休業することにより、又は店舗等の位置を変更することにより、一時的に得意を喪失することによって通常生ずる損失額(前号に掲げるものを除く。)
四 店舗等の移転の際における商品、仕掛品等の減損、移転広告費その他店舗等の移転に伴い通常生ずる損失額
第2項 営業を休止することなく仮営業所を設置して営業を継続することが必要かつ相当であると認められるときは、仮営業所の設置の費用、仮営業であるための収益減(個人営業の場合においては、所得減)等並びに前項第3号及び第4号に掲げる額を補償するものとする。
※国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針(抜粋)
(5)一時的に得意を喪失することによって通常生ずる損失額は、次式により算定する。
得意先喪失補償額=従前の1か月の売上高×売上減少率×限界利益率
売上減少率 営業再開後、従前の売上高に回復するまでの間において、従前の1か
月間の売上高を100とした場合の売上高の減少分
限界利益率 個々の営業体の営業実態、営業実績等に基づき次式により算出する。
(固定費+利益)÷売上高
都市再開発に伴って、権利変換期日後に、営業者が立ち退きをする場合、次のような経過を辿り、補償額も計算されることになります。
(1) 権利変換期日後の退去(転居費用、営業休止補償)
(2) 約4年間の工事期間中の営業(得意先喪失の補償)
(3) 建物再築後の再入居(転居費用、営業休止補償)
(4) 再入居後の営業再開に伴う減収補償(得意先喪失の補償)
転居費用は移転実費であり、営業休止補償は、移転のために必要な休業日数に、1日あたりの営業利益を乗算した補償額となります。移転に伴って生ずる「商品、仕掛品等の減損」や「移転広告費」や「移転通知費」や「開店祝費」なども補償されます。
※用対連細則27別表第4、建物移転工法別補償期間表
得意先喪失補償額は、次の算式により計算されます。
得意先喪失補償額=従前の1か月の売上高×限界利益率×売上減少率
ここで、限界利益率は、限界利益を売上高で割り算した数値で、収入に伴って変動する変動費率を控除した数値となります。具体的には、固定費と利益を加算した限界利益を売上高で割り算した数値となります。
売上減少率は、過去の様々な収用事例において、営業所の移転に伴って実際に減少した売上高の統計などを参考として基準となる表が作成されていますが、ほとんどの業種で、50%から200%、つまり、半月分から2ヶ月分の補償に留まっています。この表によれば、例えば喫茶店の場合は170%、つまり1.7ヶ月分の補償となっています。
※国土交通省損失補償取扱要領の第16条売上減少率表
実際に計算してみると驚くほど少額の補償となってしまうことが多いものです。建て替え期間に生ずる損害について客観的な基準に基づいて算出されますが、個別の営業における特殊事情は考慮されないことになります。また、2回転居して営業が継続できるだろうかという心理的不安に対する補償は一切ありません。
3、裁判例紹介
東京地裁平成27年1月22日判決、収用補償金増額請求事件
「得意喪失補償」の計算は、営業休止の期間、営業開始後の売上減少率を基に計算されることになり、その点が争いになった裁判例です。
『2 争点(2)(営業休止の損失補償額)について
(1) 前提
原告は,本件裁決における営業休止の損失補償額のうち得意先喪失補償額の算定に当たり,売上減少率が45%とされている点について,その前提とされた営業休止期間及び原告の業種の認定に誤りがあり,売上減少率は80%とすべきであった旨主張するので,以下では,上記算定に当たり,本件各土地の収用に伴う営業休止期間及び原告の業種をどのように認定すべきであるのかを検討する。
ここで,本件政令(土地収用法第八十八条の二の細目等を定める政令)は,土地等の収用又は使用に伴い,営業の全部又は一部を通常一時休止する必要があるものと認められるときは,休業することにより,又は営業を行う場所を変更することにより,一時的に顧客を喪失することによって通常生ずる損失額(休業を通常必要とする期間中の収益の減少額を除く。)を補償するものとすると定めている(21条1項3号)。
(2) 相当な営業休止期間
ア 証拠(甲1,12〔7,10ないし12,188,230,231頁〕)によれば,営業休止期間に関し,① 本件鑑定会社は,本件鑑定報告書において,営業休止の損失補償額については,構外再築工法における営業休止に伴う損失を算定することとし,営業休止期間について,工事の移転工程表(以下「本件工程表」という。)を基に営業休止工程表を作成し,閉店準備,動産及び機械設備等の移転期間(整理,梱包,運搬,荷解,配置)並びに開店準備を考慮した上で,休止期間を30日と認定し,その結果,本件売上減少率表のうち「構外移転・短期休業」を適用することとしたこと,② 本件工程表は,閉店準備に3日,動産の整理及び梱包に2日,動産の移転(運搬)に20日,動産の整理及び配置に2日,開店準備に3日を要するとして,営業休止期間を合計30日とし,動産の移転(運搬)期間においては,これと並行して,都民の健康と安全を確保する環境に関する条例に基づく工場設置許可申請(10日),機械設備を除く工作物の移転(3日),機械設備(トラックスケール,ユンボ等)の移設(5日)並びに廃棄物処理法に基づく産業廃棄物収集運搬業者及び産業廃棄物処分業
者の変更の届出(1日)をすることとしていること,③ 本件裁決においては,本件鑑定報告書の鑑定の内容を踏まえ,本件各土地の収用に伴う機械設備について,移転工法を判断し,移転に伴う営業の一時休止等を考慮して,休止期間が1か月と認定されたことが認められる。
イ これに対し,原告は,本件各土地の収用に伴う営業休止期間は,少なくとも3か月程度必要であり,長期休業を適用すべきである旨主張するので,以下では,その根拠として指摘する事情を踏まえて検討する。
(ア) まず,原告は,本件工場の機械設備の撤去,移転先における機械設備の設置,撤去後の片付け等の必要な作業の量に鑑みれば,原告が1か月の休止期間により移転先において営業を再開することは著しく困難であるし,動産の移転及び運搬には実際にも数か月を要したものであることからしても,動産の整理及び梱包が2日,動産の移転(運搬)が20日ということはあり得ない旨を指摘し,原告代表者も,この指摘に沿う供述をする(甲46,原告代表者〔13頁〕)。
しかし,前記1(2)アのとおり,本件鑑定会社が,本件工場等の現場調査をした上で本件鑑定報告書を作成していることからすれば,本件各土地の収用に伴い通常休業を要する期間としては,本件工程表記載の移転に係る工程のとおり認めるのが相当であり,これに対し,原告代表者の上記供述は,これを裏付ける客観的な事実又は証拠がない以上,上記の認定を覆すには足りないものというべきである。この点について,原告代表者は,原告が,本件各土地の明渡しに伴い,本件工場等の移転先が決まっていなかったことから,動産類を一旦本件倉庫に移転し,その際動産の移転に数か月を要した旨供述している(甲46,原告代表者〔13頁〕)が,本件裁決において営業休止補償の認定の基礎となる通常妥当と認められる移転方法として採用された構外再築工法は,残地以外の土地に従前の建物と同種同等の建物を建築し,移転する工法であって,上記のとおり原告が動産類を既存の建物である本件倉庫に保管したことは,構外再築工法による移転方法とは異なるものである以上,仮に原告が本件工場等の動産を本件倉庫に移転するのに数か月を要したものであったとしても,その事実は,前記の認定を何ら左右しない。
(イ) また,原告は,廃棄物処理法に基づく産業廃棄物収集運搬業者及び産業廃棄物処分業者の変更の届出に要する期間は,施設の設置場所が異なる以上,事前計画書を提出し,現場調査を受けた上で,更新申請をする必要があり,これらに要する期間が1日ということはあり得ない旨主張する。
しかし,本件各土地の収用に伴う営業休止の損失補償額の算定においては,移転先においても従前と同様の事業を行うことが前提となるため,原告についても,従前と同様の事業内容である産業廃棄物収集運搬業及び産業廃棄物処分業を行うことが前提となるところ,廃棄物処理法は,産業廃棄物収集運搬業者及び産業廃棄物処分業者が住所を変更したときは,その旨を都道府県知事に届け出なければならないと定めるのみであり(14条の2第3項,14条の5第3項,7条の2第3項),その業を新たに行う場合(廃棄物処理法14条1項,14条の4第1項参照)や事業の範囲を変更する場合(廃棄物処理法14条の2第1項,14条の5第1項参照)のように,都道府県知事の許可を得る手続を要するとされているわけではない。そして,本件工程表において,上記の産業廃棄物処理法に基づく産業廃棄物収集運搬業者及び産業廃棄物処分業者の変更の届出に1日を要するとしているのは,その手続の内容に照らし,妥当であるということができ,これを前提とした本件鑑定報告書及び本件裁決の認定に誤りがあるということはできない。
この点について,原告代表者は,廃棄物処理法14条の2第3項の規定による変更の届出について,行政書士によれば,施設の設置場所が異なる以上,東京都環境局産業廃棄物対策課からは新しい施設での事前計画書の提出が求められるとともに,現地調査が当然に行われ,変更届出に係る現地調査及び書類作成には約30から40日を要するとのことであり,また,更新許可申請に係る事前計画書は,許可期限が切れる4か月前から提出が求められている旨供述する(甲46,原告代表者〔12,13頁〕)。
しかし,仮に,廃棄物処理法14条の2第3項の住所の変更届出の手続について,廃棄物処理法14条2項の規定による産業廃棄物処理業の更新許可申請と同様の手続を要するとの実務上の運用がされているとしても,証拠(甲49,乙31)及び弁論の全趣旨によれば,事前計画書は,施設の設置に先立ち,廃棄物の処理を行う建築物の設計段階から作成し,提出すべき性質のものであり,また,現地調査は,当該施設が完成した後申請を行うまでの間にされるものであり,これらの手続は,いずれも旧施設の稼働中に新施設を建設する際に必要なものであることからすれば,損失補償の対象となる営業休止期間とは別の期間にされるべきものであるということができ,そうである以上,営業休止期間の認定とは直接関係がないものということができる。
(ウ) したがって,本件各土地の収用に伴う営業休止期間が3か月必要であり,長期休業を適用すべきである旨の原告の上記主張は,その根拠として指摘する事情を踏まえても,これを採用することができない。
ウ 以上検討したところによれば,本件各土地の収用に伴う営業休止期間は,1か月と認めるのが相当であり,短期休業を適用すべきである。
(3) 原告の業種
ア 本件裁決においては,本件鑑定報告書の認定,判断(甲12〔162ないし174頁〕参照)を踏まえ,原告が,主として,有価材を引き取り,特定の事業者へ販売する事業を行っているものと認められること,本件工場内の機械設備等からすれば,その性質,形状を大きく変更する作業を行っているとは認められないこと,法人事業概況説明書の事業内容の項目において「製鉄,非鉄金属原料の卸売」と記載していること等を根拠として,原告の業種が卸売業であるとの認定がされている(甲1〔35頁〕)。
イ これに対し,原告は,原告の業務は,卸売業とは異なり,廃材の処理というサービスの提供という面が強く,処理施設の所在地が営業に大きく影響することからすれば,サービス業であるというべきであって,「その他のサービス業」であることを前提とする売上減少率を用いて得意先喪失補償額を算出すべきである旨主張する。
しかし,証拠(甲12,乙11の1及び2,乙15〔5枚目〕)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成20年12月5日に被告に対して提出した営業申告書において,業種欄に「製鉄,非鉄金属原料の卸売」と記載していること,原告の営業形態は,顧客から鉄くず等を引き取り,これを加工した上,製鉄及び非鉄金属原料として出荷し,取扱業者を対象に販売するというものであること,原告が,平成19年3月1日から平成20年2月29日まで(第20期)において,棚卸資産として,鉄,銅,アルミ等の在庫を有していることが認められ,これらの事実によれば,原告の営業内容を業種に当てはめると,製鉄,非鉄金属原料の棚卸業であると認めるのが相当である。
この点について,原告代表者は,原告は,現在,代金の支払を受けて産業廃棄物を処分したことの証明書を発行することを主な業務としており,小売業とは異なる旨供述する(甲46,原告代表者〔13,14頁〕)。
しかし,本件全証拠によっても,原告の売上げの内訳が,その業務内容ごとに明らかにされているわけでもなく,原告代表者の上記供述は,客観的な事実又は証拠の裏付けを欠くものといわざるを得ず,上記の認定を覆すに足りるものではない。
ウ したがって,原告の業種を製鉄及び非鉄金属原料の卸売業であるとした本件裁決の認定は,相当である。
(4) まとめ
以上によれば,営業休止期間を1か月(短期休業)とし,原告の業種を製鉄及び非鉄金属原料の棚卸業であるとした上で,これらを前提として,本件売上減少率表により,売上減少率を45%として営業休止の損失補償額を算定した本件裁決の認定に誤りがあるとは認められない。』
ここで、本件売上減少率表とは、収用委員会が採用した鑑定報告書に添付された「都実施細目別表編別表第19」というもので、国土交通省損失補償取扱要領の第16条売上減少率表を踏襲しているものと思われます。
裁判所は、事業者の個別事情に留意しつつ、休業期間と事業者の業種を収用委員会の裁決通り認定し、所定の売上減少率を適用した裁決に誤りは無いと判断しています。裁決は、用対連基準及び細則(国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準及び細則とほぼ同じもの)に基づいて算出されていますから、結局、国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準及び細則を追認している形になっています。
4、通損補償の確定手続き
前記の通り、都市再開発法97条は、ビルの建て替えに際して事前に損失額を見積もりし弁済する手続きとなっていますが、手続きを円滑に進めるために、審査委員の同意や、土地収用法の裁決手続きを利用しています。都市再開発法97条及び土地収用法94条抜粋を引用します。
都市再開発法第97条(土地の明渡しに伴う損失補償)第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
第2項 前項の規定による損失の補償額については、施行者と前条第一項の土地の占有者又は物件に関し権利を有する者とが協議しなければならない。
第3項 施行者は、前条第二項の明渡しの期限までに第一項の規定による補償額を支払わなければならない。この場合において、その期限までに前項の協議が成立していないときは、審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決を経て定めた金額を支払わなければならないものとし、その議決については、第七十九条第二項後段の規定を準用する。
第4項 第二項の規定による協議が成立しないときは、施行者又は損失を受けた者は、収用委員会に土地収用法第九十四条第二項の規定による補償額の裁決を申請することができる。
第5項 第八十五条第二項及び第三項、第九十一条第二項及び第三項、第九十二条並びに第九十三条の規定は、第二項の規定による損失の補償について準用する。
土地収用法94条抜粋
第1項 前三条の規定による損失の補償は、起業者と損失を受けた者(前条第一項に規定する工事をすることを必要とする者を含む。以下この条において同じ。)とが協議して定めなければならない。
第2項 前項の規定による協議が成立しないときは、起業者又は損失を受けた者は、収用委員会の裁決を申請することができる。
第9項 前項の規定による裁決に対して不服がある者は、第百三十三条第二項の規定にかかわらず、裁決書の正本の送達を受けた日から六十日以内に、損失があつた土地の所在地の裁判所に対して訴えを提起しなければならない。
第10項 前項の規定による訴えの提起がなかつたときは、第八項の規定によつてされた裁決は、強制執行に関しては、民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第二十二条第五号に掲げる債務名義とみなす。
都市再開発法97条の補償額は次のようにして確定していきます。
(1) 当事者(組合と事業者)の協議が成立すれば、都市再開発法97条の補償額に関する合意書が作成されて金額が確定する。
(2) 施行者(組合)は、審査委員(土地及び建物の権利関係又は評価について特別の知識経験を有し、かつ、公正な判断をすることができる者のうちから総会で選任された3名以上の委員=都市再開発法43条)の過半数の同意を得た金額を法務局に弁済供託をすることができます。
(3) 施行者(組合)又は損失を受けた者(事業者)は、各都道府県に設置された収用委員会(普段は道路買収などの収用決定に関与している委員会)に土地収用法第94条第2項の規定による補償額の裁決を申請することができます。裁決は、行政委員会による決定を下す手続きですが、当事者双方が意見書を提出して、収用委員会が当事者の意見を聞く審理期日が開かれ、裁決が下される仕組みになっています。審理期日は事実上1回で決まることが多いようです。
(4) 収用委員会の裁決書の正本を送達された日から60日以内に、裁判所に訴えを起こさない場合は、当該裁決が債務名義と見なされます。事実上、これを裁判所で争うのは極めて困難となります。
(5) 裁判所に訴えが提起された場合は、都市再開発法97条の「通常受ける損失」について訴訟当事者が主張立証を行い、判決(控訴審、上告審も含む)を得て法的に確定します。
ここで注意すべきことは、補償額の確定と、再開発手続きの進捗は、法的に切り離されているということです。施行者(組合)としては、権利変換期日後(占有者の占有権原が消滅した後)に、30日以上の猶予を定めて占有者に明け渡しの請求をすることができ、その明け渡し期限までに、審査委員の過半数の同意を得た補償額(都市再開発法97条3項)を法務局に供託すれば、法的に占有者に対して建物の明け渡しを請求できることになり、民事訴訟又は仮処分手続きにより、裁判所の強制執行手続きにより強制的に建物の建て替えを進めることができます。
都市再開発法第96条(土地の明渡し)第1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。
第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。
第3項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地を除く。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。ただし、第九十一条第一項又は次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第4項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地に限る。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地を引き渡し、又は物件を移転し、若しくは除却しなければならない。ただし、次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第5項 第九十五条の規定により建築物を占有する者が施行者に当該建築物を引き渡す場合において、当該建築物に、第六十六条第七項の承認を受けないで改築、増築若しくは大修繕が行われ、又は物件が付加増置された部分があるときは、第八十七条第二項の規定により当該建築物の所有権を失つた者は、当該部分又は物件を除却して、これを取得することができる。
第6項 第一項に規定する処分については、行政手続法第三章の規定は、適用しない。
このように、再開発組合から、用対連基準に従って算出された提示を受けている場合、収用委員会の裁決も、裁判所の裁決取消訴訟も一般的に困難であると言えますが、これらの基準は一般的な事例について様々な実例調査に基づいて作成された基準に過ぎませんので、貴社の事例について実損害が大幅に基準と異なるということであれば、損益計算書や貸借対照表などの資料を用意して、裁決申請や取消訴訟も検討すべきでしょう。実際に退去した後に、移転先の店舗で営業して収入減少が生じている場合は、その減少している状況についても書証として裁判所に提出するべきでしょう。
移転に伴う損失補償を含む土地整備費については、国や地方自治体の補助金を受けることが出来る場合もありますので、粘り強く交渉していくことが必要です。
※再開発補助金の説明(国土交通省HP)
https://www.mlit.go.jp/crd/city/sigaiti/shuhou/saikaihatsu/saikaihatsu.htm
再開発準備組合や再開発組合との協議がうまくいかない場合は、再開発に詳しい弁護士に相談して、これらの法令を根拠に粘り強く交渉することにより、営業補償の増額を得られる可能性があります。一度お近くの法律事務所にご相談なさってみると良いでしょう。
以上