【民事、不倫相手に対する求償請求、不真性連帯債務と支払いの事前通知義務、民法443条2項の解釈、最判昭和57年12月17日】
質問:
私は,都内の会社に勤める30代の会社員です。恥ずかしながら,同僚の既婚女性A子(結婚3年目,子どもはいない)と不倫関係になってしまい,そのことがA子の夫にばれてしまいました。私は,A子の夫から請求を受け,謝罪と慰謝料500万円の支払いをしました。その際,特にA子には支払いの事実は話していませんでした。その後,支払った慰謝料については,半額をA子に請求できると聞きましたので,A子に半額の250万円の支払いを求めたのですが,A子からは,「夫とは離婚した。自分も夫に500万円の慰謝料を払っているので,あなたに支払う必要は無い。」と言われてしましました。
この場合,私は,自分の払った慰謝料について,A子に負担を請求することはできないのでしょうか。逆に私がA子に支払いをしなければならないのでしょうか。正直,A子も夫に慰謝料を払ったというのは疑わしいと思っています。
↓
回答:
1 不貞行為をしてしまったことが事実であれば,基本的に相手方の配偶者であるご主人に対して,不法行為が成立し(民法709条)、慰謝料を支払う義務が存在します。この慰謝料の支払い義務は,不倫相手(A子)との共同不法行為に基づき生じる債務ということになりますので,法律上は「不真正連帯債務」となり、なり、債務者各自が全額を支払う責任を負います。従って,500万円という慰謝料が生じる事案であるならば,その支払い義務はあなたとA子の二人で分担して支払うのですが、ご主人との関係では二人がそれぞれ全額を支払う責任を負うということになります。
2 本件では,あなたが単独で慰謝料全額を弁済したとのことですが,この場合,あなたはA子に対して,A子が負担すべき範囲について請求することができます。これを,「求償請求」と言います。通常の不倫関係(片一方がよほど強制的に不貞関係を迫った,等の事情が無い場合)であれば,負担割合はお互い2分の1となりますので,あなたはA子に250万円を請求することができます。
3 しかし,本件では,A子も夫に慰謝料の支払いをしているとのことです。この場合,あなたがA子に求償請求をすることができるかは,あなたとA子のどちらが先に支払ったかによって変わります。A子による慰謝料支払いががあなたの支払いの後であった場合,A子による慰謝料の支払いは,無効な弁済となってしまうため,求償を求めることができます。連帯債務について弁済をする場合は,他の連帯債務者に通知をして弁済の有無の事実を確認しなければならず,その確認を怠ってしまったA子は,保護を受けられなくなってしまうのです(最判昭和57年12月17日)。
4 逆に,Aが慰謝料を支払ったのがあなたによる支払よりも先であった場合,A子に対して求償請求を行うのが難しくなってしまいます。この場合は,A子の夫に対して,支払った慰謝料の返還を求めることができる可能性があるに留まります。本件のように任意の和解が成立している場合,錯誤無効等が主張できる可能性を検討することになります。
5 相手方に負担分を請求可能かどうかは,事実関係を整理した上で法的な判断をする必要があります。まずは,弁護士に相談してみることをおすすめ致します。
解説:
1 不貞行為の際の慰謝料債務の性質
(1) 不真正連帯債務の成立
配偶者のいる方と不貞行為をしてしまうと,当該不貞行為は,基本的に相手方の夫婦生活の平穏を破壊する不法行為となり,あなたには,不倫相手方の配偶者に対して,慰謝料を支払う義務が存在します(民法709条)。
この慰謝料の支払い義務は,不倫相手(A子)と共同で行ってしまった不法行為(「共同不法行為」と言われています。民法719条)により生じる債務ということになりますので,法律上はあなたとA子の「不真正連帯債務」となります。条文では「連帯して」と定められていますが、連帯保証人のような真正連帯債務ではなく、各自が全額を支払う責任を負う、ということだけの連帯債務とされています。真正連帯債務と区別するために不真正という言葉が使われています。連帯債務との基本的な違いは、偶発的理由により債務が発生し債務者間に主観的共同関係がないので(不貞の共同はあるが債務負担の共同はないので主観的共同はない。)、弁済以外(例えば免除)は互いに効力を及ぼしません。求償の規定は公平上認められるので不真正連帯債務にも解釈上準用されることになります。
不真正連帯債務は,連帯債務の一種でするから債務者各人が,債権者に対してその全額の支払い義務を負うことになります。従って,本件の不貞行為について支払うべき法的な慰謝料金額を150万円とすると(慰謝料の支払うべき金額は客観的には決まっているとは言えませんので裁判の判決で最終的には確定することになります),債権者は,あなたとA子のどちらに対しても,150万円の全額を請求することができます。ただし,あなたから150万円全額の支払いを受けた場合,それにより慰謝料債務は消滅しますので,A子からさらに150万円の支払いを受けることはできません。
(2) 求償権の発生
そして,あなたが単独で全額の弁済をした場合,あなたは,不真正連帯債務者であるA子に対して,A子が負担すべき範囲について請求することができます。これを,「求償請求」と言います(民法442条の準用)。
A子が負担すべき範囲は,当該不法行為に関する責任の度合いによって変わってきますが,不貞行為の場合,基本的には両者とも責任の割合は同一と考えられますので,求償権の範囲は,あなたが支払った額の2分の1となるのが原則です。仮に,片一方が相手を無理やりに不貞関係に持ち込んだ場合等は,負担の割合に傾斜がかけられる場合もあります。
なお,本件では,あなたは任意に500万円の弁済をしたとのことですが,当該金額は,近年の裁判所の認める法的な慰謝料の金額(150万円程度)よりも,若干高額な印象を受けます。そのため,あなたが和解により支払った金額が,本来法的に認められる慰謝料金額よりも不相当に高額であると判断されてしまう可能性があります。その場合,あなたの弁済した金額は,あなたとA子の夫との間の和解契約に基づき生じた債務であり,本来法的に認められる慰謝料額を超える金額については、A子と不真正連帯債務としての弁済ではないから,求償権が生じないと判断されてしまう危険性が生じますます。
勿論,不貞行為の慰謝料の金額は,具体的な事情によって異なるものですので,仮にA子側からこのような反論が出された場合は,あなたの支払った金額が,慰謝料の金額として不相当ではない無い旨を主張することになります。
3 不貞相手も慰謝料を支払っている場合の求償可能性
(1) A子が先に慰謝料を支払っている場合
しかし,本件では,A子も夫に慰謝料の支払いをしているとのことです。あなたは、本当に支払っているかは疑わしいということですが、その点について事実がどうなのかは裁判によって決めるしかありません。仮に本当に支払っているとした場合,あなたがA子に求償請求をすることができるかは,あなたとA子のどちらが先に支払ったかによって変わります。
A子があなたよりも先に慰謝料を支払っていた場合,原則でA子に対して求償請求を行うことは困難です。
民法443条1項では,「連帯債務者の一人が債権者から履行の請求を受けたことを他の連帯債務者に通知しないで弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得た場合において、他の連帯債務者は、債権者に対抗することができる事由を有していたときは、その負担部分について、その事由をもってその免責を得た連帯債務者に対抗することができる。」としています。
同規定の趣旨は,連帯債務について二重弁済となってしまうことを防ぐために,連帯債務の弁済をする際は,事前に他の債務者に通知することを義務付けることにあります。
つまり,あなたが他の連帯債務者であるA子に対して事前の通知をしていない限り,A子は,「弁済済み」という対抗事由をもって,あなたに対抗することができてしまうのです。
しかし,A子が慰謝料を支払ったという事実については,A子に証明する責任がありますので,この場合でも,あなたから「A子が夫に支払った金員は,不貞行為の慰謝料債務の弁済ではない」との反論を行うことで,求償請求が認められる場合があります。例えば,A子と夫が離婚していれば,A子から夫に財産分与としての金銭の支払いがされることがあります。A子の支払った金銭が,純粋に財産分与としての支払いであり,離婚の際に慰謝料の免除等もされていない,という状況であれば,あなたの弁済が慰謝料の弁済として有効となりますので,求償権を行使することが可能です。
結果として,求償権が行使できない場合には,A子の夫に対して,支払った慰謝料の返還を求めることができる可能性があるに留まります。本件のように任意の和解が成立している場合でも,その和解の前提として,A子からは慰謝料が支払われてはいないという前提が存在していた場合等は,当該和解による弁済は無効であるとして,慰謝料の返還を求めることができる場合があります。
どのような請求権を行使することが可能か否かには,詳細な事案の検討が必要ですので,弁護士への相談をお勧め致します。
(2) あなたが先に慰謝料を支払っていた場合
A子が慰謝料の支払いをしたのがあなたによる支払の後であった場合は,A子による慰謝料の支払いは,無効な弁済となってしまうため,求償を求めることができます。
この点,民法443条2項では,「連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たことを他の連帯債務者に通知することを怠ったため、他の連帯債務者が善意で弁済をし、その他有償の行為をもって免責を得たときは、その免責を得た連帯債務者は、自己の弁済その他免責のためにした行為を有効であったものとみなすことができる。」と規定されていることから,先に弁済をした者(あなた)が,A子に対して通知することを怠っていた場合には,後にしたA子の弁済も有効であり,あなたからの求償請求を拒絶できるのではないか,という問題が生じます。
しかし,この点につき判例(最判昭和57年12月17日民集 36巻12号2399頁)は,「連帯債務者の一人が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠つた場合は、既に弁済しその他共同の免責を得ていた他の連帯債務者に対し、民法四四三条二項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできないものと解するのが相当である。けだし、同項の規定は、同条一項の規定を前提とするものであつて、同条一項の事前の通知につき過失のある連帯債務者までを保護する趣旨ではないと解すべきであるからである。」として,先に弁済した者からの求償請求を肯定しています。
連帯債務について弁済をする場合は,他の連帯債務者に通知をして弁済の有無の事実を確認しなければならず,その確認を怠ってしまった第2弁済者は,法の保護を受けられなくなる,という判断です。
その為,結論としては,あなたが弁済したことをA子に通知していなくとも,求償請求は可能となります。
4 終わりに
相手方に負担分を請求可能かどうかは,不貞行為により認められる慰謝料の金額、慰謝料の支払いの時期や交渉の経緯等の事実関係を整理した上で法的な判断をする必要があります。
まずは,弁護士に相談してみることをおすすめ致します。
【参照条文】
≪民法≫
(連帯債務者間の求償権)
第四四二条 連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たときは、その連帯債務者は、他の連帯債務者に対し、各自の負担部分について求償権を有する。
2 前項の規定による求償は、弁済その他免責があった日以後の法定利息及び避けることができなかった費用その他の損害の賠償を包含する。
(通知を怠った連帯債務者の求償の制限)
第四四三条 連帯債務者の一人が債権者から履行の請求を受けたことを他の連帯債務者に通知しないで弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得た場合において、他の連帯債務者は、債権者に対抗することができる事由を有していたときは、その負担部分について、その事由をもってその免責を得た連帯債務者に対抗することができる。この場合において、相殺をもってその免責を得た連帯債務者に対抗したときは、過失のある連帯債務者は、債権者に対し、相殺によって消滅すべきであった債務の履行を請求することができる。
2 連帯債務者の一人が弁済をし、その他自己の財産をもって共同の免責を得たことを他の連帯債務者に通知することを怠ったため、他の連帯債務者が善意で弁済をし、その他有償の行為をもって免責を得たときは、その免責を得た連帯債務者は、自己の弁済その他免責のためにした行為を有効であったものとみなすことができる。
【参考判例】
(最判昭和57年12月17日民集 36巻12号2399頁)
連帯債務者の一人が弁済その他の免責の行為をするに先立ち、他の連帯債務者に通知することを怠つた場合は、既に弁済しその他共同の免責を得ていた他の連帯債務者に対し、民法四四三条二項の規定により自己の免責行為を有効であるとみなすことはできないものと解するのが相当である。けだし、同項の規定は、同条一項の規定を前提とするものであつて、同条一項の事前の通知につき過失のある連帯債務者までを保護する趣旨ではないと解すべきであるからである(大審院昭和六年(オ)第三一三七号同七年九月三〇日判決・民集一一巻二〇号二〇〇八頁参照)。