代襲相続が生じた場合の遺留分の扱い
家事|相続|被代襲者への贈与|代襲相続が発生する前の代襲者への贈与は特別受益として遺留分請求の対象となるか|福岡高裁平成29年5月18日判決
目次
質問:
遺産相続の相談です。先日,私の母Aが死亡しました。長男(私の兄)Bは,5年前に死亡しておりますので,母Aの相続人は,兄の代襲相続人である子YとC,そして私の3人になると思います。母Aは,Bの生前,BやYに対して,実家の土地を含む複数の不動産を贈与しており,死亡時には財産がほとんどありませんでした。そこで,私は,Yに対して,上記のBやYに対する贈与が,特別受益として私の遺留分を侵害することを理由に,遺留分減殺請求を行いました。するとYは,「Bに対する贈与は,自分には関係が無いから,特別受益とならない」,「自分に対する贈与は,自分が相続人ではないときの贈与だから,特別受益として減殺の対象とならない」と主張してきました。しかし,Yは今でも,Aから贈与された不動産を所持しています。Yの主張は正しいのでしょうか。
回答:
1 裁判例では,被代襲者Bに対する贈与が特別受益として認められる場合,代襲相続人Yに対しても,原則として特別受益に該当すると判断されています(福岡高裁平成29年5月18日判決)。一方で,代襲相続人Yが,被代襲相続人Bの特別受益による利益を一切享受していないような場合には,代襲相続人Yへの特別受益の持ち戻しの主張が認められない可能性もあります。
2 また同裁判例では,Yが法定相続人となる前になされた贈与について,Yが代襲相続人となった場合に,特別受益となるか否か,という点については,原則として,特別受益とはならないと判断しています。しかし,「その贈与が実質的には被代襲者Bに対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情」がある場合には,特別受益に該当し,遺留分減殺請求の態様となるとしています。
具体的には,代々A→B→Y受け継がれる予定の家の土地を,一代Bを飛ばしてYに贈与しているような場合には,Yへの贈与もBへの遺産の前渡しであると評価し,遺留分減殺請求の対象とすることも可能です。
3 特別受益の該当性,遺留分減殺請求の可否については,事実認定は法律の解釈を含めて,多岐にわたる問題が存在しますので,まずは具体的な事情をもとに弁護士に相談されることをお勧め致します。
4 遺留分に関する関連事例集参照。
解説:
1 本件の法定相続人と相続分
まず,本件の法定相続人となる方を確認します。本件では,まず被相続人Aの次男である相談者が相続人となります。また,母Aの長男Bが死亡しておりますので,Bの子であるYとCが,Bに代わって母Aの相続人となります(民法887条)。この場合のYとCを代襲相続人,Bを被代襲相続人と言います。
各相続人の相続分は,相談者が二分の一,YとCがそれぞれ四分の一となります(民法900条,901条)。
しかし本件では,被相続人Aの相続開始時(死亡時)において,財産を有していなかったとのことですので,このままでは分割すべき遺産は存在しないことになります。
2 特別受益となる贈与に対する遺留分減殺の請求
もっとも,共同相続人の中で,被相続人の生前に贈与を受けている方が居る場合には,その贈与された財産が法律上の「特別受益」となり,相続財産とみなされる場合があります。
そして,その特別受益となる贈与が他の相続人の遺留分を侵害している場合には,遺留分を侵害された相続人は遺留分の減殺を請求することができます。
法律上,特別受益となる贈与は,「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として」の贈与であることが必要です。たとえば婚姻するときの持参金や嫁入り道具,養子縁組するときの資金,大学の学費や留学の費用,不動産や自動車の贈与,事業資金の援助などがあれば,特別受益と評価されます。
遺産分割の審判等においては,特別受益の存在は,それを主張する側で証明する必要があります。一般論として不動産の贈与の場合は登記簿上贈与であることが明白ですから容易に証明できますが、それ以外の贈与になると証明は困難になります。
本件では,共同相続人であるYが,生前にAから不動産等の贈与を受けており,その結果,相談者が取得すべき相続財産が無くなっているとのことですので,相談者からYに遺留分の減殺を請求することができる可能性はありそうです。
不動産の贈与の場合は,名義の移転が登記により証明できますし,また自宅などの不動産の贈与は,特別な事情が無い限り,生活の資本の贈与として,比較的特別受益であるとの立証はしやすいです。(特別受益の該当性が問題になる場合の具体的な主張立証等については,別途弊所事例集214番,1236番,1190番,1429番,1486番等もご参照ください。)
しかし,ここで問題となるのは,当該贈与は,被代襲相続人であるBの死亡前になされたものですので,贈与のときには,Yは未だ法定相続人ではありませんので,そのような時期の贈与でも特別受益となるか否か,という点です。
また,被代襲相続人であるBに対しても,贈与が為されているとのことですが,代襲相続人であるYに対する特別受益に該当する否かも問題となります。
3 被代襲代襲相続人が受けた特別受益の扱い
(1) まず,被代襲相続人が受けた特別受益が,代襲相続人の特別受益になるか否かについて検討します。この問題について,裁判例(福岡高裁平成29年5月18日判決)では,下記のように判示し,被代襲相続人が受けた特別受益も,代襲相続人の特別受益に該当するとしています。
(福岡高裁平成29年5月18日判決)「亡Aから特別受益を受けたのは被代襲者である亡Bであり,当時,被控訴人らは亡Aの推定相続人でもなく,その後の亡Bの死亡によって代襲相続人になったにすぎない。
しかし,特別受益の持戻しは共同相続人間の不均衡の調整を図る趣旨の制度であり,代襲相続(民法887条2項)も相続人間の公平の観点から死亡した被代襲者の子らの順位を引き上げる制度であって,代襲相続人に,被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はないこと,被代襲者に特別受益がある場合にはその子等である代襲相続人もその利益を享受しているのが通常であること等を考慮すると,被代襲者についての特別受益は,その後に被代襲者が死亡したことによって代襲相続人となった者との関係でも特別受益に当たるというべきである。」
(2) ここでは,そもそも特別受益の制度が共同相続人間の不均衡の調整を図る趣旨の制度であることを前提に次の2点ついて言及しています。まず,「代襲相続人に,被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はないこと」です。代襲相続人は,被代襲者の代わりに相続人となるものですから,相続の面においては,代襲相続人と実質的に同一の地位にあるものと考えられますので,被代襲相続人には特別受益(の持ち戻しによる不利益)が認められるのであれば,代襲相続人にも同様の不利益を科しても問題が無いと考えられます。
もう一点は,「被代襲者に特別受益がある場合にはその子等である代襲相続人もその利益を享受しているのが通常であること」ですが,この点は,事例により異なる判断もあり得るところかと思われます。この裁判例の事例では,問題となった特別受益は,自宅土地の贈与であり,被代襲相続人Bの遺産分割において,当該土地は代襲相続人Yが相続していました。そのため,被代襲者の特別利益が,その子である代襲相続人にも帰属していると認められる事例です。一方で,代襲相続人が,被代襲相続人から特別受益による利益を一切享受していないような場合には,特別受益による不利益のみを科すと,却って不公平となりますので,そのような場合には,代襲相続人には特別受益の持ち戻しが認められないとの折衷的な判断もあり得るかと思われます。
以上からすると,本件でも,Bが生前に受けた贈与が,Yの特別受益にあたることを主張し,遺留分の減殺を請求することが可能であると考えられます。ただし,そのためには,Bが受けた贈与の利益を,Yも享受していることを,補足的に主張しておく必要があるでしょう。
4 代襲相続人となる前に受けた贈与の扱い
(1) 次に,Yが法定相続人となる前になされた贈与について,Yの特別受益となるか否か,という点について解説します。
この点についても,前出の福岡高裁平成29年5月18日判決が判示しており,下記のように述べて,法定相続人となる前に受けた贈与については,原則とし特別受益とならないと判断しています。
(福岡高裁平成29年5月18日判決)「相続人でない者が,被相続人から直接贈与を受け,その後,被代襲者の死亡によって代襲相続人の地位を取得したとしても,上記贈与が実質的に相続人に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り,他の共同相続人は,被代襲者の死亡という偶然の事情がなければ,上記贈与が特別受益であると主張することはできなかったのであるから,上記贈与を代襲相続人の特別受益として,共同相続人に被代襲者が生存していれば受けることができなかった利益を与える必要はない。また,被相続人が,他の共同相続人の子らにも同様の贈与を行っていた場合には,代襲相続人と他の共同相続人との間で不均衡を生じることにもなりかねない。
したがって,相続人でない者が,被相続人から贈与を受けた後に,被代襲者の死亡によって代襲相続人としての地位を取得したとしても,その贈与が実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り,代襲相続人の特別受益には当たらないというべきである。」
(2) 相続人でない者に対する贈与は,原則として,死亡の1年以内に為されたものでない限り,遺留分減殺請求の対象とはなりません(民法1030条)。つまり,被代襲相続人が死亡という偶然の事情が発生しない限り,他の相続人は,当該贈与について遺留分を主張できないのですから,上記判示は,当然のことと言えます。
一方で,上記裁判例は,「その贈与が実質的には被代襲者に対する遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情がない限り」という限定を付しており,「遺産の前渡しに当たるなどの特段の事情」が主張立証されれば特別受益に該当する可能性が肯定されています。同事例での該当の贈与は,概要,被相続人,被代襲者,代襲者が居住する実家の建物の敷地二分の一の贈与であり,当時の使用状況からしてあえて代襲者に贈与をする必要はなく,実質的には被代襲者に遺産の前渡しを,代襲者(将来の承継人)名義で行ったというべきである,と判断しています。
つまり,この事例のように,代々受け継がれているような土地について,単に被代襲者を一代飛ばして,代襲者に贈与しているような場合には,上記遺産の前渡しに該当する特段の事情が肯定される可能性が高いと言えます。
そのため,本件でも,母Aから孫Yにされた贈与が,実質的には,長男Bへの遺産の前渡しに該当することを,当該贈与の対象となった財産の内容,使用状況,贈与の経緯に等に照らして詳細に主張すれば,特別受益に該当する可能性は十分に考えられます。
5 まとめ
以上のとおり,本件については,亡き長男Bに対する贈与についても,相手方Yに対する贈与についても,遺留分減殺の対象とすることは十分考えられます。
なお,当該贈与が相続開始よりも相当以前に為されたものであって,遺留分減殺請求を認めることが酷である特段の事情がある場合には,遺留分減殺請求が不可能な場合もございます(最判平成10年3月24日)。
特別受益の該当性,遺留分減殺請求の可否については,事実認定は法律の解釈を含めて,多岐にわたる問題が存在しますので,まずは具体的な事情をもとに弁護士に相談されることをお勧め致します。
以上