保釈が取り消された場合の対策
刑事|起訴後弁護|特別抗告|最高裁判所平成26年11月18日判決
目次
質問:
私の夫は詐欺で逮捕され、起訴されました。依頼した弁護士に保釈請求をしてもらい、一審の地方裁判所で保釈が認められましたが、検察官の不服申し立てにより高等裁判所で保釈が取り消されてしまいました。弁護士の説明では夫に「証拠隠滅の恐れがある」ことから、地方裁判所で一旦認められた保釈が取り消されたとのことです。夫の保釈が認められることはないのでしょうか。
回答:
1 最高裁に不服申立て(「特別抗告」といいます。)をすれば、保釈が認められる可能性もあります。
2 最高裁判所平成26年11月18日判決は、保釈が認められた原々審(地方裁判所)の決定に対する検察官の抗告について、「証拠隠滅の恐れがある」ことから取り消した原審(高等裁判所)について、保釈を認めた原々審の判断の不合理性を具体的に示していないとして、原審を取り消したものがあります。その結果、保釈が認められたものです。
3 保釈に関する関連事例集参照。
解説:
第1 保釈とは何か
保釈とは、保釈保証金の納付等を条件として,起訴された被告人に対する勾留の執行を停止して,その身柄拘束を解く裁判及びその執行をいいます(刑訴法93条,同法94条)。
起訴され被告人となった場合、裁判の際裁判所に出頭する必要があり、裁判所は被告人の出頭を確保するために被告人を勾留することが出来ます(刑訴法280条)。逮捕勾留中の被疑者が起訴されると、そのまま自動的に被告人の勾留に移行することになります。起訴された被告人は、捜査の対象ではなく裁判の当事者となりますから、本来は身柄を拘束されるべきものではありません。そこで、原則として保釈請求があれば保釈が認められることになっています。
保釈の請求は、勾留されている被告人又はその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹ができます(刑訴法88条1項)。
第2 保釈制度の趣旨
刑事裁判は、原則として被告人が裁判所に出頭しないと開廷することはできません(刑訴法286条)。そこで、起訴された被告人を法廷に出頭させることは裁判所の義務であり権限であるといえ、被告人の出頭を確保するもっとも有効な手段として被告人の身柄を裁判所の管理下に置く勾留が認められています(起訴前の被疑者の勾留とは異なります)。
しかし、被告人が起訴されたからとって有罪が確定しているわけではありませんから、勾留されて自由を制限されるような事態は最小限に留められなくてはなりません。現在の刑事裁判は当事者主義といって、被告人と検察官を対等な当事者として扱う構造をとっていますから、一方当事者の被告人が身柄を拘束されるということは裁判の仕組みから言っても例外といえます。
保釈制度は,被告人の裁判への出頭を確保するための勾留がやむを得ないとしても、被告人の自由を尊重してその執行を停止し、被告人が召喚を受けても出頭しなかったり,逃亡したりした場合等には保証金を没取することとして(刑訴法96条),被告人に経済的・精神的負担を与えて被告人の出頭を確保することにより,上記2つの要請を調和させる制度となります。
第3 保釈の種類権利保釈(刑訴法89条)と裁量保釈(刑訴法90条)
1 権利保釈(刑訴法89条)
権利保釈とは,保釈の請求(刑訴法88条)があったときは,一定の例外的場合を除いては,これを許さなければならない,という保釈をいいます(同法89条)。すでに説明したようにやむを得ず勾留が認められるとしても、保釈を原則とするのが刑事訴訟法の建前です。
例外的場合は,刑訴法89条に列挙されています。各号を引用します。
1号 被告人が死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。2号 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
3号 被告人が常習として長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
4号 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
5号 被告人が,被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
6号 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
上記1号、2号、6号に該当するかどうかは、ある程度明らかです。また5号は4号の場合の一場面と言えるでしょう。そのため、実際に該当するか否かが問題となるのは4号「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。」と言えるかどうかになります。
2 裁量保釈
上記の権利保釈の例外事由がある場合でも,裁判所が,適当と認めるときは,職権で許すことができる保釈をいいます(刑訴法90条)。上記の権利保釈における例外的場合に当たるとしても,裁判所の裁量により許可され得るということで裁量保釈と呼ばれます。
第4 罪証隠滅の恐れ(刑訴法89条4号)
保釈が問題となる「罪証隠滅の恐れ」の罪証とは、犯罪の成否および重要な情状に関する証拠のことを指します。実務上は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるという理由により、保釈請求が却下されることが最も多いといえます。
特に否認事件では,罪証隠滅のおそれが強いとされ,検察官請求の証拠調べが終了するまでは,保釈が認められないことが多いです。そのため,保釈を得るために否認をあきらめるという事態が生じているのですが,このような事態は真実の発見という刑事裁判の目的に反し、冤罪を生む危険性が存することはもちろん、ことの真否を問わず被告人にはいわゆる黙秘権が保障されていること(憲法38条1項,刑訴法198条2項)からすると,このような事態は深刻な問題があることは明らかといえます(いわゆる「人質司法」の問題)。
従来の裁判所の扱いは、否認しているから罪証隠滅のおそれがあるなどと、抽象的な理由から保釈を認めなかったことは否定できません。しかし、このような判断は、無罪推定の大原則や被告人の裁判の当事者
としての立場からは認められるべきものではありません。
特に、裁判員裁判においては裁判が開かれる前から事前の準備手続きの充実が必要とされていることから、第1回公判前から被告人の身柄を解放する必要性が指摘されています。
こうした被告人の身柄拘束の解放の必要性という流れの中で、最高裁判所平成26年11月18日判決は、保釈を認めた原々審判を取り消した原審(高裁)に対して、原審の判断を取消し、保釈を認めた原々審判の判断を維持しました。次の第5で紹介します。
第5 最高裁判所平成26年11月18日決定
裁判所HP
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=84641
全文
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/641/084641_hanrei.pdf
本件の事案は、共謀して詐欺行為が行われたという事案で、原々審(受訴裁判所)が保釈を許可し、原審(抗告審)が保釈を許可した決定を取り消したことに対し、被告人が最高裁判所に特別抗告をしたものです。
判決は、抗告審の審査方法について、次のように述べています。
『抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。』
として、受訴裁判所が不合理であるかどうかを具体的に指摘する必要があると判断しています。そして、本件事案について、
『原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。』
として、原審の判断が、保釈許可決定を出した受訴裁判所の決定について、その判断の不合理性を具体的に示していないものとして、原審判決を取り消し、原々審(受訴裁判所)の保釈許可決定を維持しました。
この最高裁判所の決定は、「罪証隠滅の恐れ」について個別具体的に判断する必要があるとした決定として評価されています。そもそも被告人の出頭確保は、一審裁判所の責任であり、一審裁判所が自己の責任で保釈を認めているにもかかわらず、抗告審である高裁が保釈決定を取り消すというのは、本来は避けるべき判断といえます。この点は抗告審の訴訟構造をどう取られるかという学問的な議論にもなるのでしょうが、最高裁の決定が指摘するように「受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。」といえます。
この決定を限定的に解釈すれば、保釈決定に対する抗告審のレベルでは、原審裁判所の判断を覆して保釈を取り消すには「罪証隠滅の恐れ」について具体的に検討する必要があるといっているに過ぎないとも考えられます。しかし、保釈決定をする裁判所からすれば具体的に、「罪証隠滅の恐れ」が考えられなければ保釈しても高裁で覆ることはないことから、最初の保釈決定の段階における保釈の積極判断に繋がる裁判例であったと評価することができます。
第6 終わりに
ご相談者様のご主人の保釈請求が公判審理をしている地方裁判所で認められたが、検察官の抗告があり高等裁判所で却下された、とのことですが、最高裁判所に特別抗告をすれば、上記最高裁判例のように保釈が認められる可能性もあります。特別抗告は最高裁判所を管轄とする特別の抗告で、刑訴法433条に規定があります。手続き的なことは弁護人に相談されるとよいでしょう。また、現在の弁護人で保釈が認められるか不安であれば専門の弁護士に一度相談してみるのもよいでしょう。
以上