従業員の違法行為と継続的取引終了との因果関係
民事|身元保証法|東京地判平成18年2月15日判時1938号93頁|福岡高判平成18年11月9日判時1981号32頁
目次
質問:
取引先で現金を盗んでしまい,勤務先から懲戒解雇を言い渡されました。その後,取引先との関係では,全額被害弁償を行い,何とか被害届を出されずに済んだので,事態は収束したものと思っていました。ところが,約1年半経過した今,突然裁判所から訴状が届きました。勤務先は、事件から1年経過後,私のせいで取引先から取引を打ち切られてしまったということで,将来得られるはずであった利益を損害として多額の損害賠償請求を受けています。
なお,事件が発覚した際,私の父が会社に呼び出され,本件に関する一切の損害の支払いを連帯保証するという誓約書への署名・捺印を求められ,父は断ることが出来ずにその場で署名してしまいました。そのような経緯で,父も共同被告として同じ金額の損害賠償を求める訴状が届いています。
今度は父を巻き込むような形で紛争となってしまい,金額も非常に大きいことから不安に感じております。訴訟の見通しと今後の対応のアドバイスをお願いします。
回答:
1 あなたの取引先での犯罪行為と継続的取引の打ち切りとの間に相当因果関係が認められるか問題となります。
取引が終了するに至った直接的な要因があなたの犯罪行為である,という点について,会社側が立証責任を負うことになりますが,その立証は必ずしも容易ではありません。特に本件では,事件発生から1年経過してから取引を打ち切られた,という事情があり,別の要因で取引終了となった可能性も否定できません。
従業員の違法行為と取引の終了との間の因果関係を否定した裁判例として東京地判平成18年2月15日判時1938号93頁があり,参考になります。詳細は解説をご参照ください。
訴訟においては,裁判官をして因果関係の存在に疑念を抱かせる活動を行うべきでしょう。
2 仮にあなたが賠償義務を負うことになったとして,会社はお父様に対して連帯保証契約を根拠にどこまで請求できるか,ということも争点となります。
そもそも責任の限度に関する定めのない包括的な保証契約は,過度に広汎な責任を負わせることになり,公序良俗に反し無効ではないか,という疑問も生じますが,本件連帯保証契約は一種の身元保証契約と捉えることができ,身元保証法5条により裁判所が責任の範囲を制限することが可能な以上,契約自体が公序良俗に反し無効とはならないでしょう(最判昭和34年12月28日民集13巻13号1678頁)。
その上で,裁判所は「被用者の監督に関する使用者の過失有無,身元保証をすることとなった事由及びこれをするとき注意をした程度,被用者の業務又は身元の変化,その他の事情を考慮し」て損害賠償額を算定することになり(身元保証法5条),お父様との関係では,あなたに対して認定する損害賠償額から一定程度減額した金額が言い渡されることになると思われます。
また,これとは別に,お父様が誓約書に署名を求められた際のやり取り次第では,詐欺や脅迫による意思表示の取消し(民法96条1項,3項)あるいは錯誤無効(民法95条本文)の主張が可能な場合もあります。
3 場合によっては請求棄却ないし大幅な減額が見込まれますが,金額も大きいので,早急に弁護士に相談されることをお勧めいたします。
4 身元保証に関する関連事例集参照。
解説:
第1 従業員の不祥事と継続的取引の終了との因果関係
1 因果関係の立証責任について
本件訴訟は,従業員(あなた)による取引先での犯罪行為が原因で,当該取引先からの信用を失い,結果としてこれまでの継続的取引を打ち切られてしまったという理屈のもと,当該従業員(あなた)に対して,不法行為(民法709条)に基づき,将来得べかりし利益(逸失利益)の損害賠償を請求する事案です。
あなたの取引先での犯罪行為と継続的取引の終了との間に相当因果関係が認められるか,つまり取引が中止された原因があなたの犯罪行為なのか、ということが争点となります。その他,損害をどのように算定するのか,という問題もありますが,ここでは割愛いたします。
不法行為に基づく損害賠償請求は,損害賠償を請求する側が,加害行為,故意・過失,損害の発生,加害行為と損害との間の因果関係を主張・立証する必要があり,したがって,因果関係についても会社側が立証責任を負います。
一般論として,従来からの継続的取引が更新されることなく,期間満了と同時に終了となることは珍しいことではなく,需要の減少,コスト削減,競合他社への乗り換え等,様々な要因が考えられるところです。このような様々な要因を排斥して,継続的取引の終了の直接的原因が特定の従業員の不祥事であるという立証を行うのは,簡単なことではありません。すなわち,他の要因で終了となった可能性を否定できない,という状態では,因果関係の立証として不十分であり,裁判所はその状態のままでは因果関係のある損害として認定することは出来ないのです。
どのような証拠があれば因果関係の立証として十分かという点を断定的に論じることは難しいですが,たとえば,取引先から発行された契約終了通知書等に,従業員の横領行為による信用失墜が契約終了の原因であることが明記されている場合は,立証材料として強いといえるでしょう。また,従前の取引期間の長短,更新の回数等の事情から,今後も取引が継続できる蓋然性がどの程度高いと言える状況であったか,という点も重要な判断材料となってきます。継続的取引といっても,たとえば1年前後しか取引実績しかない場合は,取引継続が確実といえるだけの事情とはならないでしょうし,反対に何十年にもわたって付き合いがある取引先ということであれば,従業員の不祥事が影響している可能性が高いという判断に結び付きやすいといえます。
2 参考判例について
東京地判平成18年2月15日判時1938号93頁(参考判例①)は,生鮮魚介類の卸を業とする会社の従業員が,独断で,安価なキハダマグロをメバチマグロと偽って取引先に納入するという違法行為を働いたことに関し,取引先との和解が成立したものの,1年半以上経過してから取引が終了したため,当該従業員に逸失利益の損害賠償請求を行った事案です。
裁判所は,「本件偽装販売行為による紛争は,原告とK及びS間で和解により解決したにもかかわらず,その和解が成立した時点から一年半以上経過した後の原告とKとの間の取引の終了による損害が,被告のした本件偽装販売行為により通常生ずべき損害,すなわち相当因果関係に立つ損害であると認めるに足りない」と判示して,当該請求を退けました。
契約終了の直接的原因が従業員の不祥事であるという点を基礎付ける証拠が乏しく,さらに取引先との和解成立という点が,従業員の不祥事との関連性を希釈させている,という判断です。
3 本件について
本件でも,契約終了の直接的原因があなたの横領行為であるという点を基礎付ける証拠の有無や,取引先との取引期間の長短,更新の回数等によって,因果関係の認定が左右されることになります。
また,被害弁償を行なってから1年経過した時点で取引終了となっている点は,参考判例の考え方からすると,因果関係を否定する方向の事情となり得るとも考えられます。しかし,たとえば取引先との契約が数年単位での更新を前提とする取引であったような場合,次回の更新はしないものの契約期間満了までは契約を存続せざるを得ないとの判断のもと,事件後1年経過した時点で更新せずに取引終了となった可能性もあり,その場合はあなたの犯罪行為との関連性が希釈されたわけではない,との判断になる可能性もありますので注意が必要です。
いずれにせよ,裁判官をして,因果関係の存在に疑念を抱かせることができれば,会社の請求は認められないことになります。
第2 包括的連帯保証契約の有効性と責任の制限について
1 本件誓約書の法的性質
仮にあなたが賠償義務を負うことになったとして,会社はお父様に対して連帯保証契約を根拠にどこまで請求できるか,ということも争点となります。
本件誓約書は,あなたの犯罪行為によって会社に発生する一切の損害の支払いを連帯保証する,というものです。
期間を定めずに被用者の行為によって使用者の受ける損害を賠償することを約束する契約を「身元保証契約」といいます(身元保証に関する法律(以下「身元保証法」といいます。)1条)。本件保証契約は、退社後に生じた損害について保証責任おうということですから、本来の身元保証契約とは異なりますが、期間や金額も定められていないことから、も一種の身元保証ということができます。
2 本件誓約書の有効性
そもそも責任の限度に関する定めのない包括的な保証契約は,過度に広汎な責任を負わせることになり,公序良俗に反し無効ではないか,という疑問も生じますが,本件誓約書が身元保証書としての性質を有していると判断される限り,身元保証法5条により裁判所が責任の範囲を制限することが可能な以上,契約自体が公序良俗に反し無効とはならないでしょう(参考判例②:最判昭和34年12月28日民集13巻13号1678頁)。
なお,誓約書作成当時の状況に応じて,詐欺や脅迫による意思表示の取消し(民法96条1項,3項)あるいは錯誤無効(民法95条本文)の主張が可能な場合もありますが,立証は簡単ではないです。
3 責任の制限について
身元保証法5条は,裁判所が,身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるとき,被用者の監督に関する使用者の過失の有無,身元保証人が身元保証をするに至った事由及びそれをするときにした注意の程度,被用者の任務または身上の変化その他一切の事情を斟酌する旨規定しており,裁判所が身元保証人の責任に制限を課すことを可能にしています。
本件でも,お父様が誓約書に署名する際に断ることができない状況であった点や,請求金額の支払能力がない点等が斟酌されれば,一定の制限がかけられる可能性が高いといえます。お父様の責任が制限されたからといって,あなたの責任が制限されない限り意味がないのではないか,との疑問が生じるかもしれませんが,執行のリスクという観点からすれば,一人だけでも責任を軽減しておくことが重要です。
具体的にどの程度制限されるかについては,個々の裁判官の判断によるとしか申し上げられません。具体的な計算根拠等は特に示されず,「諸般の事情を考慮して全体の○割の責任を認めるのが相当」という判示がされるだけだからです。賠償の原因となった行為、損害の種類、保証契約締結の経緯、被害者や加害者の資力などすべての事情を考慮して判断されることになります。
なお,参考までに,福岡高判平成18年11月9日判時1981号32頁(参考判例③)は,既に確定している従業員の犯罪行為による多額の損害に関して,会社が親族に連帯保証契約を結ばせた事案で,契約全体を公序良俗により無効と解することはできないが,身元保証法5条の趣旨にしたがい,5分の1相当額に責任を制限し,これを超える部分の連帯保証契約は公序良俗に反し無効になるとの判断を示しました。
身元保証契約は,雇用契約の締結と同時期に締結し,顕在化していない責任を広く負うことになるのが一般的です。身元保証法5条は,このように広汎かつ不明瞭な責任を負うことになる身元保証人の負担を軽減する目的で,裁判所が後見的にその責任に一定の歯止めをかけられるようにしているものと考えられます。
参考判例③は,この身元保証法5条項の規定の趣旨が,既に金額が確定しており予測不能とはいえない損害を連帯保証する際にも及ぶ場合がある,ということを示唆したものと評価することが可能でしょう。その背景には,親族が身内の犯罪行為による損害について連帯保証を求められた際にこれを拒むのは容易でなく,全額の負担を負わせるのは酷である,という価値判断があるものと考えられます。
第3 まとめ
以上のとおり,本件では,因果関係の存在に疑念を抱かせることで請求を排斥できる可能性があり,仮に因果関係が認定されても,身元保証人であるお父様との関係ではさらに責任の制限を受けられる可能性がございます。請求金額が大きく,代理人弁護士を通じて可能な限りの防御活動を行うことが懸命かと思いますので,お近くの法律事務所にご相談に行かれることをお勧めいたします。
以上