名誉棄損・被害者側からの損害賠償請求訴訟等の対応
民事|インターネット上で誹謗中傷|書き込みの削除手続|大阪地判平成29年8月30日
目次
質問:
私は,小さな医院を経営している医師です。ある日,患者さんの一人から,私の医院と私が,インターネット上で誹謗中傷されている,ということを聞きました。確認してみると,過去に私の医院が医療過誤を起こした,というものや,私が痴漢でつかまった,といったものです。もちろん,全くそのような事実はありませんし,そういった書き込みをする人に心当たりもありません。私の医院の名前で検索すると,かなりすぐ当たってしまいます。削除は当然として,この書き込みをした人に対して,何らかの請求はできないのでしょうか。
回答:
本件のように,インターネット上の書き込み等により,法人・個人問わずその名誉等が害されることがあります。
このような書き込みをされた側としては,大まかに①書き込みの削除,②書き込みをした人物に対する損害賠償請求(民事上の請求),③刑事告訴の3つの対応が考えられるところです。
①書き込みの削除については,サイト管理者に任意での削除を求める方法,プロバイダ責任制限法を根拠とした送信防止措置依頼をする方法,削除の仮処分(法的手続)を求める方法が考えられ,②損害賠償請求には,プロバイダ等から書き込みをした者の特定をしたうえで,任意での請求(交渉)か損害賠償請求訴訟の提起があり得るところです。特に,②損害賠償請求においては,書き込みをした者の特定について(事実上の)時間制限があるため,迅速な対応が求められます。
③刑事告訴については,そもそも告訴が受理されるハードルは高く,悪質な事案であっても,法律上の犯罪の構成要件を意識した,きちんとした告訴状を用意したうえで,粘り強い捜査機関との交渉が求められるところです。
そこで,以下の解説では,上記3つの対応について,それぞれ対応に付随する問題点等について,簡単に説明していきます。
削除手続に関する関連事例集参照。
解説:
1 書き込みの削除
(1) 現在においても書き込みが残っているのであれば,まずは該当する書き込みの削除を検討することになります。
(2) 削除の流れ
ア まず削除の前にすることとして,当該書き込みの「保存」があります。書き込みが削除され,確認できなくなってしまうと,証拠がなくなってしまうためです。書き込まれた掲示板のURLと書き込みの内容,保存した日時が分かる必要があるため,具体的な方法として,印刷したり,スクリーンショットを撮っておく等が考えられます。
イ その上で,削除ですが,①任意での削除交渉,②送信防止措置の依頼,③書き込み記事削除の仮処分を求める,という方法が考えられるところです。
ウ まず,①任意での削除交渉ですが,上記のとおり,交渉先は当該書き込みがなされたサイト管理者(あるいはサーバー管理者)ということになります。具体的な方法としては,サイト上あるいはドメインから住所が分かる場合には内容証明等の手紙,オンラインフォームによる連絡先がオープンになっている場合には,フォームを通じて,ということになります。
ただし,①任意での削除交渉については,比較的容易かつ迅速に消してくれる管理者,(対象となっている本人からの請求ではなく)弁護士名での正式な請求があった場合には削除に応じる管理者がいる他,任意での削除請求には一切応じない管理者や,削除請求の事実自体をさらに取り上げる管理者等もいるため,注意が必要です。また,サイトごとで(独自に)定めた削除基準があるため,そちらを確認することも重要です。
エ 次に,送信防止措置の依頼ですが,これは,プロバイダ(サービス提供事業者)やサーバの管理・運営者に対して,当該情報の送信の防止(実質的には削除)を求める手続で,プロバイダ責任制限法(「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)3条を根拠としています。具体的な要件等は「一般社団法人 テレコムサービス協会」(http://www.telesa.or.jp/consortium/provider)がガイドラインを定めており,http://www.isplaw.jp/にはその書式も公表されています。この書式に,侵害されている書き込みと,その書き込みによって侵害されている権利(名誉権,プライバシー権等),侵害(被害)の状況を記載して送付することで,プロバイダ等によって削除される可能性があります。
なお,この手続では,①任意での削除交渉と異なり,書き込んだ者(発信者)に対してプロバイダ等から「送信防止措置」をとることの可否についての意見を求める(照会をする)ことになっていますから,書き込んだ者に対して,「本気で動いている」ということが伝わることになります。そのため,被害の拡大(同人による更なる書き込み)の防止や,(可能であれば)自主的な削除にもつながります。ただし,この照会は特段プロバイダの義務ではないので,プロバイダ等が発信者の連絡先(メールアドレス等)を把握していない場合には,照会はありません。
オ 最後の,③削除の仮処分ですが,訴訟手続であっても,上記の①任意での削除交渉,②送信防止措置の依頼の実施が要件ではないので,いきなり③仮処分を申し立てることも可能です(申立先は,自分の住所地を管轄する裁判所で可能です)。任意での削除や送信防止措置の履行が期待できない場合には,いきなり仮処分を求めた方が早い,ということになります。仮処分が認められるためには,法律上の要件(保全されるべき権利とその侵害,保全の必要性)を充たしていることを,証拠(疎明資料)をもって示す必要がありますし,(基本的に返還されますが)30万円から50万円程度の担保金も納めることになりますが,仮処分さえ出れば,基本的にプロバイダは削除に応じています(仮の処分ですが,このようなケースで「本訴」に移行した例は基本的にありません)。
以上が,まず考えるべき「書き込みの削除」対応です。なお,(仮処分も含む)削除についての詳細は,本ホームページ事例集の1406番、1754番等をご参照下さい。また,削除については,上記の個別のサイト(上の書き込み)の削除のほかに,検索エンジンによる検索結果等の削除の問題もございます。この点についても,本ホームページ事例集の1772番を併せてご参照ください。
2 損害賠償の請求
(1) 対象者の特定までの流れ
ア 上記のような流れで,該当する書き込みの削除が認められた場合であっても,書き込みがなされたことによって既に生じてしまった「損害」を回収するためには,別途損害賠償を求めることが必要です。また,本件のように対象が個人にはとどまらず,病院や会社等の場合は,損害賠償等の毅然とした対応をすること自体が,内部のスタッフや関係者から求められているところです。
イ ただ,上記削除と異なり,損害賠償請求をするためには,書き込んだ相手方を特定する必要があります。
具体的な特定のためには,①各ホームページあるいは掲示板のデータが保管されているサーバを管理しているプロバイダ(コンテンツプロバイダ等)に対して,IPアドレス(識別番号)とタイムスタンプ(当該サーバにアクセスされた時間)の開示を求める,②開示されたIPアドレスとタイムスタンプを元に,書き込んだ者が契約しているプロバイダ(インターネットサービスプロバイダ)に対して,契約者情報の開示を求める,という流れを経ることになります。
ウ まず,①IPアドレスとタイムスタンプの開示請求ですが,これも上記の削除と同様に,テレコムサービス協会が示している書式にしたがって作成した発信者情報開示請求書を送付することで,コンテンツプロバイダ等に対して任意での開示を求める方法と,発信者情報開示の仮処分を申し立てる,裁判による方法があります。
上記削除と同様,いきなり仮処分の申し立てをすることも可能ですから,ケース(プロバイダ)によっていずれを選択するか検討する必要があります。ただし,仮処分命令が出た場合には,プロバイダはそれに従うのが通常ですから,仮処分のほうがかえって早いことが多く,また下記のとおり開示請求にはかなり厳しい事実上の時間制限があるため,原則としては仮処分を選択することになります(書き込みから長期間が経過しているようなケースでは,そもそも仮処分の要件である保全の必要性が認められないこともあるため,)。
この仮処分ですが,削除とは異なり,コンテンツプロバイダ等の所在地を管轄する裁判所に申し立てることになります(削除の仮処分と同じ裁判所であれば,一緒に申し立てることは可能です)。
エ IPアドレスとタイムスタンプの開示がなされた場合,次に行うのは②契約者情報の開示請求です。
ただし,その前に,インターネットサービスプロバイダが保管する,上記IPアドレスとタイムスタンプのアクセスログがプロバイダによって消去されていないかを確認する必要があります。それぞれのプロバイダによって異なりますが,おおよそ3か月から6か月,長くても1年でアクセスログが消去されてしまいます。このアクセスログが消去されてしまうと,書き込んだ者の特定は不可能になってしまいます。
そのため,上記IPアドレスとタイムスタンプの開示がなされたら,早急にインターネットサービスプロバイダに対してアクセスログの保存を求めることが求められます。保存については,各プロバイダによっても異なるところですが,(上記発信者情報開示の事実等があれば)訴訟外での申し入れによって任意に保存してくれるところが多いため,まずは保存を求める通知の送付等により,任意でのアクセスログの確保を試みることが必要です(タイミングやプロバイダの対応によっては,上記発信者情報開示と同様,仮処分申し立てによることが求められることもありますが,その場合でも,仮処分の手続の中で,プロバイダとの和解によるアクセスログの保存を試みる方が早い決着が見込めるところです)。
アクセスログの保存をしたうえで,②契約者情報の開示に進みます。これにも,上記削除や①発信者情報開示と同様,任意での請求用にテレコムサービス協会が書式を作っていますが,こちらは①発信者情報開示と比べても,より任意での開示は期待できません。プロバイダと直接契約している者の個人情報に当たるためです。
そのため,基本的には任意での開示請求は飛ばして,いきなり契約者情報開示訴訟をするべき,ということになります。ただし,上記削除の場合と同様,任意での開示を求めた場合,プロバイダは契約者に対して,開示請求があった旨の照会をすることになっているため,ある程度書き込んだ者に対して自制を求めたいような場合には有効な方法ではあります。
なお,②契約者情報開示請求については,①発信者情報開示請求と異なり,仮処分ではなく,訴訟でおこなうのが基本です。これは,既にアクセスログも確保されており,一刻も早い判断を求める必要がない(イコール「保全の必要性」に欠ける),という判断になってしまう可能性が高いためです。
(2) 損害賠償請求
ア 以上で,ようやく「書き込みをした者が使っていたインターネットサービスプロバイダを契約していた者」が特定できたことになるので,続いて具体的な損害賠償請求,ということになります。
ただし,インターネットサービスプロバイダの契約者イコール書き込みをした者である,とは必ずしも言えないところがあります。
例えば,一軒家で,両親がプロバイダ契約をしており,その回線を利用している子どもが書き込みをしている場合や,書き込みをした者の配偶者が契約者になっている場合には,開示された契約者と書き込みをした者が一致しないことになります。
そのため,(特定できるような事情がない限り)基本的には,開示された契約者に対して,書き込みをした者であるかどうか,書き込みをしていないのであれば,心当たりがあるかどうか等について,(内容証明郵便等で)照会する方がスムーズです。例えば,参照裁判例①は,書き込んだ者が(自分の親である)契約者に成りすまして書き込みをしていたという事案で,事前に当該契約者にした照会結果等を踏まえて,「自分ではない」という被告の主張を排斥しています。
照会と併せて,相手方との間で,任意による解決を図ることができるかどうか,賠償額や対応等を踏まえて検討することが最も早期解決に資するところです。
他方で,任意での照会や請求に返答がなかった場合や,事案が悪質だった場合等においては,任意での交渉を打ち切り(あるいは交渉をすることなく)損害賠償請求訴訟を提起することも考えられるので,事案ごとの判断が求められます。
イ 以上を踏まえて,具体的な損害賠償請求ですが,理屈としては,(本件のような)人の名誉を棄損したり,病院の信用を傷つけるような書き込みをしたことを不法行為として,その損害賠償請求を求める(民法709条),という形になります。
その上で(名誉棄損等の不法行為の成否を除いて)問題となるのが,損害賠償請求訴訟において認められるであろう金額です。もちろん任意での交渉においては,ある程度自由に請求金額を設定することができますが,支払いがなかった場合には訴訟に移行することになるため,訴訟をした場合の「相場」をある程度把握しておく必要があるところです。
まず,同種の類型で認められているのは,名誉棄損等に当たるような書き込みをされたこと等によって生じた精神的苦痛に対する「慰謝料」です。なお,法人の場合,精神的苦痛が観念されないので,慰謝料ではなく「無形の(経済的)損害」と表現されています(最判昭和39年1月28日最高裁判所民事判例集18巻1号136頁)。
具体的な慰謝料等の相場ですが,例えば加害者・被害者の属性や書き込みの内容,その後の対応(当該書き込みを放置していたか),書き込みによって生じた社会的評価や営業上の不利益の程度等の種々の事情によって当然変動はあるものの,おおよそ100万円以下という印象です。
また,上記のとおり不法行為に基づく損害賠償請求なので,裁判実務上,認容された額の1割程度の弁護士費用も認められる傾向です。
ウ そのほかに考えられる費目としては,「調査費用」があります。
上記のとおり,損害賠償請求の前提として,書き込みをした者の特定をするためには,(他の手段もあるものの)基本的には仮処分や訴訟手続を経る必要がある上,これらの手続は容易なものではありません。そして,上記のとおり,これらの仮処分や訴訟手続については(知識がない場合)は個人で行うことは事実上困難です。そのため,これら特定のための手段にかかった費用(主に弁護士費用)については,「損害」として請求が認められないか,という考え方です。
この点,下記参照裁判例②,③,④については,書き込んだ者の特定及び削除についてかかった弁護士費用について,その全額が損害として認容されています。ただし,参照裁判例⑤については,52万5000円のうち10万円を損害として認容しているため,必ずしもかかった全額が認められるものではないようなので,注意が必要です。
なお,その他の損害として,「書き込みによって売り上げが下がったことでの差額」を請求している裁判例もありますが,たとえ書き込みの前後で売り上げが下がっていたとしても,その売り上げの減少が,本当に書き込みに起因するものであるか(「相当因果関係があるか」)の立証は難しく,一般論としては認められるのは困難です。
3 刑事告訴
(1) 刑事事件化のメリット
以上の対応とは別に,書き込みを犯罪として,刑事事件として取り扱ってもらう,ということも考えられます。該当が考えられる犯罪としては,(法人・個人問わず)名誉毀損罪(刑法230条1項),侮辱罪(同231条),偽計業務妨害罪(同233条前段),威力業務妨害罪(同234条),信用毀損罪(同233条後段)があります。
仮に,刑事事件として捜査機関に取り扱ってもらうことができれば,大きく①刑事処分の対象となる,②示談金名目で,上記損害賠償金が高額になり,支払いも速やかになる可能性が出てくる,というメリットがあります。
①刑事処分については,よほどの悪質なケースでなければ(例えば名誉毀損の場合),基本的には不起訴あるいは罰金刑にとどまってしまいますが,罰金になった場合には前科となりますし,不起訴であっても記録には残ります。
②示談金ですが,上記刑事処分を避けるため,書き込んだ者からいわゆる「示談」の申し入れを受けることがあります。その場合,刑事処分の回避というインセンティブがあるため,上記相場よりも高い金額が提示されることもありますし,また早期に確実な支払いを受けることが可能になります。
(2) 刑事事件化までの流れと問題点
これらを踏まえて,刑事事件化までの流れですが,まず,該当する書き込みが,いかなる犯罪を構成するかを検討する必要があります。例えば本件の場合,可能性としてあり得るのは,名誉毀損罪です。他に、業務妨害罪も検討すべきです。
その場合,名誉毀損罪は親告罪(刑法232条1項)なので,こちらから捜査機関に対して告訴をする必要があります。告訴は,犯人を知った日から6か月以内にする必要があるため(刑事訴訟法235条1項),こちらについても速やかな対応が要求されます。
ただし,捜査機関(警察)はすぐに告訴状を受け取るわけではありません。一般論としては,受理までのハードルは高いという印象です(書き込みの悪質性等も影響します)。刑事告訴については、傷害罪等の生命身体の安全に対する罪など被害発生が明らかな犯罪に関しては比較的容易に受理されます。証拠となる客観的資料についても、医師の診断書があれば十分ともいえます。しかし、名誉棄損や業務妨害となると、被害の発生について必ずしも明らかではないため、犯罪の成立を説明するのが困難な場合が多く、告訴が受理されるためには、犯罪の要件の充足等についてきちんとまとめた説得力のある告訴状を作成したうえで,早い段階から捜査機関と協議・打ち合わせをし,粘り強く受理を求めることになります。
4 まとめ
以上が,名誉毀損等の書き込みをされた被害者としての対応です。書き込みをした者の特定に必要なアクセスログの削除までの期間が制限されていること,告訴の期間が6か月と定められていることから,短い期間内で,複雑な訴訟手続を複数おこなう必要があります(プロバイダについても,一度の開示請求で特定しきれない可能性もあります)。
また,本稿では省いておりますが,実際の事件においては「そもそも当該書き込みが(民事上・刑事上の)名誉棄損等にあたるか」という点も問題です。
そのため,まずはお近くの専門知識のある法律事務所にご相談されることをお勧めいたします。
以上