ネットオークション落札者からの法外な金銭要求
民事|刑事|インターネットトラブル|刑事事件の可能性|昭和23年3月16日最高裁判所第三小法廷判決
目次
質問:
大学生です。外国旅行をしてきた友人からブランドバッグをプレゼントして貰いましたが、気に入らなかったのでネットオークションで販売したところ、落札者から「これは偽物であり、詐欺罪・商標法違反・不正競争防止法違反にあたるから刑事告訴する。告訴されたくなかったら商品代金返却と、迷惑料として和解金50万円を払え」という要求が来ました。私は、その商品が偽物とは告げられておらず、偽物とは知りませんでしたが、それでも刑事事件になってしまうのでしょうか。落札者に対してどのように対応すべきでしょうか。
回答:
1、 偽ブランド品を本物と偽って故意に売却し、不当な利益を取得する行為は、刑法246条1項の詐欺罪にあたる可能性があります。
2、 また、他人の登録商標に関して何の権限も無いのに、商標が使用された偽ブランド品を故意に売却し譲渡する行為は、商標法37条違反、同78条の2違反として、刑事処分されるおそれがあります。
3、 他人の商品に関し何の権限も無いのに、他人の商品等表示として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用した商品を譲渡する行為は、不正競争防止法2条1項1号、同21条2項1号違反として刑事処分の対象となってしまうおそれがあります。
4、 いずれの罰則規定も、あなたが当該ブランド品が偽物であることについて、認識していることが要件となりますが、どの程度の認識があるかによって、立件されるかどうかが決まります。一般的な「確定的故意」の他、「認識ある過失」や、「未必の故意」というものもありますので、単に偽物と知らなかったというだけで犯罪とならないとは言えませんので注意が必要です。
5、 正式に刑事告訴・告発がなされると、あなたに対する取り調べが始まってしまいますし、当然、ブランド品を譲ってくれた友人にも事情聴取の要請が来ることになります。しかし和解金50万円を支払えというのも不当な請求ですから応じる必要はないでしょう。とはいえ慎重な対応が必要ですから、放置せずにお近くの弁護士事務所に御相談なさると良いでしょう。
6、 詐欺罪に関する関連事例集参照。
解説:
1、 詐欺罪の可能性
今回の偽ブランド品の売却行為は、刑法246条詐欺罪が成立してしまうおそれがあります。
刑法第246条(詐欺)人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
詐欺罪の構成要件は、「欺罔行為」「相手方の錯誤」「財物の処分行為」「財物の移転」によって構成されます。欺罔行為とは、人を騙して財物を交付させるような行為であり、偽ブランド品の売買であれば、「これは本物のブランド品だから、中古品であっても○○万円の価値がある」と売買を持ちかけるような行為です。
ネットオークションであれば、写真や説明文を添付して商品を本物として出品する「欺罔行為」、相手方がこれを本物のブランド品であると誤信する「相手方の錯誤」があり、この錯誤に基づいて、売買代金の支払い行為「財物の処分行為」があり、あなたがこれを受領「財物の移転」することにより、犯罪が成立します。
問題は、あなたが、当該ブランド品が偽物であることを知らなかったということです。この点については、後ほど「故意」の成否について説明致します。
2、商標法違反の可能性
今回の偽ブランド品の売却行為は、商標法37条違反、同78条の2違反として刑事処分の対象となってしまうおそれがあります。
※条文抜粋商標法第37条(侵害とみなす行為)次に掲げる行為は、当該商標権又は専用使用権を侵害するものとみなす。
第二号 指定商品又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品であつて、その商品又はその商品の包装に登録商標又はこれに類似する商標を付したものを譲渡、引渡し又は輸出のために所持する行為
第78条の2 第三十七条又は第六十七条の規定により商標権又は専用使用権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
商標法違反は、5年以下の懲役ですから、実刑判決となる可能性もあり、非常に重い刑罰法規になっています。企業が商標を考案し登録し、商品を育てて販売していく企業活動が保護法益として保護されています。商標の保護が不十分となり、コピー品や粗悪品があふれてしまうと、結局は国民全体の不利益が大きくなってしまうためです。
商標法37条、同78条の2違反の構成要件は、「商標使用権限が無いのに」、「商標またはこれに類似する商標を付した商品」を、第三者に交付若しくは到達させて「販売譲渡」する行為です。
あなたが、ネットネットオークションで、「商標使用権限が無いのに」、写真や説明文を添付して商品を本物として「商標またはこれに類似する商標を付した商品」出品し、落札者にこれを送付到達させて「販売譲渡」すれば、商標法37条及び78条の2違反の行為と法的に評価されるおそれがあります。この場合の被害者は、オークションの落札者ではなく、商標登録者ということになります。落札者は被害者ではありませんので、刑事告訴(刑訴法230条)ではなく、刑事告発(刑訴法239条1項)をすることになります。
問題は、あなたが、当該ブランド品が偽物であることを知らなかったということです。この点については、後ほど「故意」の成否について説明致します。
3、 不正競争防止法違反の可能性
今回の偽ブランド品の売却行為は、不正競争防止法2条1項1号、同21条2項1号違反として刑事処分の対象となってしまうおそれがあります。
※条文抜粋不正競争防止法第2条(定義)
第1項 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為
同第21条(罰則)
第2項 次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の目的をもって第二条第一項第一号又は第十四号に掲げる不正競争を行った者
商標法違反とは異なり、不正競争防止法違反の場合は、商品に登録商標が使われていなくても法律違反となる可能性があります。
不正競争防止法2条1項1号、同21条2項1号違反の構成要件は、「他人の商品等表示に関して何ら権限が無いのに」、「需要者の間に広く認識されている商品表示と同一または類似の商品等表示を使用した商品を譲渡し」、「他人の商品と混同を生じさせる」行為です。
あなたが、ネットネットオークションで、「権利者の了解無く」、写真や説明文を添付して商品を本物として「需要者の間に広く認識されている商品表示と同一または類似の商品等表示を使用した商品」を出品し、落札者にこれを送付到達させて「譲渡」し、「他人の商品と混同を生じさせ」れば、不正競争防止法2条1項1号、同21条2項1号違反の行為と法的に評価されるおそれがあります。この場合の被害者は、オークションの落札者ではなく、正規の商品販売者ということになります。落札者は被害者ではありませんので、刑事告訴(刑訴法230条)ではなく、刑事告発(刑訴法239条1項)をすることになります。
問題は、あなたが、当該ブランド品が偽物であることを知らなかったということです。この点については、次項で「故意」の成否について説明致します。
4、 故意の成立について
本邦の刑法典は「責任主義」を採用しており、刑罰法規違反の結果を生ぜしめる行為があったとしても、「故意」または「過失」が無ければ責任がなく罰せられないこととされています(刑法38条1項)。例えば、寝ているときに、無意識で寝返りを打って、足が隣に寝ている人の頭にぶつかって、相手が怪我をしてしまったとしても、意識が無い行為なので罰せられないということになります。刑法38条1項但し書きで、特別規定がある場合は、故意犯の他、過失犯も処罰されると規定されています。
刑法38条(故意)第1項 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
第2項 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
第3項 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。
刑法38条1項では「故意」のことを、「罪を犯す意思」と規定されていますが、故意には、「確定的故意」の他、「未必の故意」も含むと解釈されています。
「確定的故意」とは、刑罰法規違反の犯罪事実の確定的実現を表象しつつ、これを認容することを意味すると解釈されています。個別の刑罰法規についての認識は必要ありませんが、刑罰法規の規範に直面しつつ、つまり「悪いことだとは分かっていながら」行為をすることとされています。例えば、人を殴ったら怪我をしてしまうだろうなという認識が傷害罪の故意であり、人の心臓付近をナイフで刺したら死んでしまうだろうなという認識が殺人罪の故意ということになります。
これに対し「未必の故意」は、犯罪事実が必ず実現すると表象しているわけではないが、それでも構わない、犯罪事実が実現しても構わないと認容することを意味すると解釈されています(大審院昭和2年11月15日判決、最高裁昭和23年3月16日判決など)。裁判所は、そのような認識状態が故意と同様に法的非難に値すると法解釈をしているのです。
昭和23年3月16日最高裁判所第三小法廷判決 『しかし賍物故買罪は賍物であることを知りなからこれを買受けることによつて成立するものであるが、その故意が成立する為めには必すしも買受くべき物が賍物であることを確定的に知つて居ることを必要としない或は賍物であるかも知れないと思いながらしかも敢てこれを買受ける意思(いわゆる未必の故意)があれば足りるものと解すべきである故にたとえ買受人が売渡人から賍物であることを明に告けられた事実が無くても苛くも買受物品の性質、数量、売渡人の属性態度等諸般の事情から「或は賍物ではないか」との疑を持ちながらこれを買受けた事実が認められれば賍物故買罪が成立するものと見て差支ない(大審院昭和二年(れ)第一〇〇七号昭和二年十一月十五日言渡判決参照)』
比較のために、故意には含まれない「認識ある過失」についても説明します。「認識ある過失」とは、犯罪事実の実現可能性のある事実を認識しながらも、犯罪事実の実現については表象せず、従って、犯罪事実の実現を認容していない精神状態を意味します。例えば、向かい合った人物に対して殴るそぶりを見せたが、向かい合った距離が離れているのでぶつからないと考えていた場合に、殴る動作をしたときに拳が相手に接触し相手が怪我をしてしまったような場合は、認識ある過失と評価されうることになります。
それでは、今回の偽ブランド品の譲渡行為について、故意の成否はどのように考えるべきでしょうか。友人から品物を譲り受けたときに「偽ブランド品だよ」とは告げられていないのですから、偽ブランド品であることを確定的に認識していないともいえますが、未必の故意つまり、「偽ブランド品かもしれないが、それでも人に譲ってしまおう」という認識があるかどうかは、注意を要します。
未必の故意の有無は、友人とあなたの詳細な供述や、友人が品物を購入したときの購入場所や購入価格や、友人からあなたに商品が渡されたときの言動、あなたがオークションに出品したときの入札代金、説明状況など、様々な事情を総合的に判断して、最終的に裁判所が事実認定することになりますが、未必の故意が成立しないかもしれないと検察官が判断した場合は、嫌疑不十分により不起訴処分とされることになります(刑事訴訟法248条)。
5、 対応方法
このように見てくると、本件における刑罰法規違反の立件可能性は必ずしも明確であるとは言えないことになります。オークションの取引相手の主張には一応の法的根拠が有ると言えます。
このような事案では、刑事事件化される前に、相手方(オークション落札者)との間で、二度と事件を蒸し返さないという趣旨の「清算条項付き」和解合意書・示談書を作成し、刑事事件の可能性も含めて問題を全て解決してしまうことが良いでしょう。
その際の和解金は、当該商品の返却と落札代金の返還に加えて、偽ブランド品であることの確認(鑑定)に要した作業時間・日当・費用や、返却のために連絡に要した作業時間・日当など、迷惑料を加算することは一般的なことですが、これが数十万円以上になってしまうことは不当な要求であると言わざるを得ないでしょう。冷静な第三者である代理人弁護士を通じて穏便に和解成立できるよう交渉することをお勧め致します。
万一相手方が高額の迷惑料に固執する場合は、そのような不当要求は恐喝罪の恐れがあると通告することも一つの交渉方法になってくるでしょう。但し、このようなことは当事者同士で連絡すると相手方が激昂してしまい、却って事態を悪化させてしまいかねませんので注意が必要です。お近くの弁護士事務所に御相談なさるのが賢明でしょう。
以上