マンション管理費の滞納と特定承継人
民事|管理費滞納|中間承継人|大阪地裁平成21年3月12日判決|最高裁判所平成16年4月23日判決
目次
質問:
私は居住しているマンションの管理組合理事長をしております。このマンションでは各区分所有者が毎月、管理費・修繕積立金合計約4万円を管理組合に支払うことが規約で定められています。また、水道代金についても、メーターの関係で管理組合が各区分所有者に請求しています。ところが、区分所有者の一人Aさんがこの半年の間、管理費・修繕積立金を支払わず、約24万円が未納となっています。最近になって、Aさんが所有するこのマンションの一室が売りに出されていると噂になっています。相談は、このマンションの一室が売りにだされた場合、Aさんの滞納している管理費・修繕積立金を新しい所有者に支払ってもらうことができるのでしょうか。水道費はどうでしょうか。
回答:
1 マンションの区分所有者Aさんの滞納している管理費・修繕積立金を新しい所有者に支払ってもらうことが出来ます。建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」といいます)第8条に規定があります。
旧所有者も、すでに負っている未払いの管理費、修繕費については、新所有者とともに責任を負うとされていますから、両者に請求が可能です。また、さらに転売された場合も新所有者は未払いの全額について支払い責任があるとされています。
2 水道代金については管理費とは異なり共有物の管理費とは異なりますが、規約もしくは集会決議で管理組合が徴収することを定めていれば管理費と同様新所有者に対しても請求できます。
3 マンションの管理組合が元の区分所有者に対して有していた債権が、その区分所有権の中間取得者・現所有者に承継されるか争われた大阪地方裁判所平成21年7月24日判決を解説の第四で紹介します。
4 その他、マンションの延滞管理費用の請求について、当事務所事例集872番、1742番等をご参照ください。管理費に関する関連事例集参照。
解説:
第一 区分所有法8条の規定
ご相談者様のご相談内容は、管理費等を滞納している区分所有者がいる場合、その者がマンションの一室を第三者に売却したとき、新所有者に滞納分の管理費等を支払ってもらうことができるか、というものです。区分所有者のマンション管理組合に対する債務について、区分所有権の特定承継人に主張できるかの問題です。この点、区分所有法8条は「前条第一項に規定する債権は、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる。」と規定しています。
同条にいう「前条第一項に規定する債権」とは、前条にあたる同法7条によると、「共用部分、建物の敷地若しくは共用部分以外の建物の附属施設につき他の区分所有者に対して有する債権」又は「規約若しくは集会の決議に基づき他の区分所有者に対して有する債権」になります。
以下、区分所有法8条について解説します。
第二(区分所有法8条の趣旨)
マンションなどの区分所有建物においては、共益部分の管理等にかかる費用として、管理規約などで定めた管理費を徴収することができます(区分所有法19条、3条)。
理論上は、管理費は、当該区分所有権者について発生している債務ですから、発生の原因となった目的物(マンション)の売買(譲渡)のような特定承継(これに対して、相続のようにある人間の権利義務一切を承継することを包括承継といいます)の場合には、いったん発生した管理費等の管理経費の支払義務は引き継がれません。個人の債務を買主に負担してもらうためには、マンション売買契約の他別個に滞納管理費の債務引受契約が必要になります。
しかし、履行確保の観点から、区分所有法(管理組合)は特定承継人(マンションの買主)にも請求が可能であるとしています(建物等区分所有法8条、7条)。これは、マンションの購入者にとり不利益な取り扱いですが、法が特に認めた責任です。購入者としても購入する場合、管理費等の未払いを確認することは容易にできますし、一般的に仲介業者が未払いの有無を管理会社に確認していますから、未払い額を考慮して購入代金を決定することが可能ですから不意打ち的な不利益を被ることはないといって良いでしょう。
どうしてこのような責任を認めたのかというと、マンションのような一棟の建物内の構造上独立した複数の部分を集団で所有、利用する集合住宅建物の所有権の保障、共有関係を適正公平に規律するためです。
従来の所有権、共有の理論、規定は、単独所有建物を対象にしており集合住宅を予想して作られていませんので、区分所有者各自の所有権を実質的に保障するために(フランス人権宣言による所有権絶対の原則。憲法29条)従来の権利関係を修正する必要が生じました。そのため作られたのが昭和37年の区分所有法です。
この法律の趣旨は集合住宅の各所有権の実質的保障にありますので、管理費の滞納放置は他の所有権者の共同の利益を侵害する危険があり、集合住宅の買主に特別な責任を認めたのです。買主に不利益ですが、区分所有法の制定により事前に不利益を告知し、買主は売買代金決定の要素にすること(その分低額にする)で利益調和を図りました。
以下に紹介する大阪地裁平成21年7月24日判決でも区分所有法8条の趣旨について『区分所有法8条は、その債務の履行を確実にするために特定承継人に特に債務の履行責任を負わせることを法定して債務履行の確実性を担保することに立法趣旨があり、いったん特定承継人となって債務を負うことになった者が所有権を他に譲渡して債務を免れるなどという責任軽減は、規定もなく、全く想定していないと考えられるからである。』として、区分所有法8条を特定承継人に債務の履行責任を負わせて債務履行の確実性を担保する法的責任としています。
第三 元所有者が負担する債務と特定承継人が負担する債務との関係
特定承継人が発生した場合、区分所有法により、これに管理費を請求できることになるわけですから、前所有者の支払い義務は消滅するのでしょうか。区分所有法8条の文言からは明らかではありませんので解釈する必要が生じます。仮に、併存する場合互いの債務の法的性質はどのように構成されるか問題になります。
この点、前所有者、特定承継人の債務は併存し、どちらにも滞納管理費を請求できることになります。なぜなら、区分所有法8条の制度趣旨は、区分所有者の所有権の適正、公平な保障を目的とするものであり、本来の債務者の責任を免除、軽減するために規定されたものではありませんので管理費滞納者の債務が消滅することはありません。又、管理費の実質的確保という面からも元所有者の債務を免除する必要性はないからです。
次に、これら両者の債務の性質ですが、不真正連帯債務の関係にあると解釈されています。連帯債務は民法432条以下に規定されていますが、不真正連帯債務について民法上規定はありません。解釈上認められた概念です。
ここで「不真正」の意味内容について説明します。不真正とは、連帯債務者間に主観的な連絡、共同関係がないということです。主観的な共同関係とは連帯して債務全額を履行する目的を持って債務を負うという債務者全員の合意を意味します。当事者間に合意がないのに連帯で債務を負担する根拠は私的自治の原則に内在する信義則、公平、公正の原理に求めることができます(民法1条)。
不真正連帯債務とは、連帯債務と同様、各債務者が全額についての義務を負うが、債務者間に主観的共同の意思連絡関係がない点が特色です。公平、公正の観点から債権者側保護の必要上偶然債務が競合したにすぎません。従って、債務者間に共同関係がない以上互いにどれだけ負担するかという負担部分もありませんし、求償関係も合意によるように簡単に決めることはできません。公正、公平上どれだけ負担を負わせるかにより負担部分、求償も個々別々に決められることになります。又、連帯債務本来の目的である弁済及びこれと同視し得る事由を除いて、一債務者に生じた事由が他の債務者に影響しないことになります。例えば、免除は、他の不真正連帯債務者に影響がありません。相対効の原則が基本的に適用されることになります。抽象的で分かりにくいと思いますが、例えば、会社の従業員が、業務上交通事故を起こすと会社、使用者も従業員と連帯して同額の不法行為責任を負担します(民法715条、使用者責任、報償責任)。従業員と使用者に債務弁済の共同の合意、意思連絡はありませんから不真正連帯債務であると判例上解釈され確立しています(最高裁判例昭和46年9月30日判決、他に民法719条共同不法行為の場合等。)。被害者が、従業員の債務を免除しても、使用者の債務は消滅しません。負担部分は、原則的に事故を起こした従業員が負いますが、事故発生について会社側にも責任があれば(超過勤務等の強制等)その割合に応じ負担部分が決められ求償の問題になります。
以上から、不真正連帯債務の根拠は、最終的に連帯債務者当事者の合意、意思連絡ではなく、私的自治の原則に内在する公正、公平、信義則の原則に求めることができます。
次に、元所有者が滞納している管理費等を、管理組合が、中間取得者を含む新所有者に承継されるか争いとなった判決を紹介します。
第四 大阪地裁平成21年7月24日判決
(判例タイムス1328号120ページ)
【当事者】
X:原告。本件マンションの管理組合
A1・A2:本件マンション一室の前々所有者。各2分の1の共有。所有当時、管理費・積立金・上下水道料・温水料等を合計約600万円滞納。
Y1:被告。本件マンション一室の前所有者。同室を取得して約1年後にY2に売却。
Y2:被告。本件マンション一室の現所有者。
【経過】
平成4年以前:本件マンション一室をAが所有。
平成4年1月~平成18年12月:Aは管理費・積立金・水道料・温水料等を合計約600万円滞納。
平成14年5月17日:XがA1に対し未払管理費等を求めて訴えを提起し、勝訴判決が確定した。
平成18年2月17日:A2の破産申立代理人弁護士が管理費等の滞納を認め、債権調査票の作成をXに求めている。また、それ以前の平成16年6月16日にはXの管理会社がA2に対し未払管理費等の支払いを求めたが、A2は債務の存在を争わなかった。
平成19年1月11日:Y1が本件マンション一室を競売により取得。
平成20年2月27日:Y2がY1から本件マンションの一室を取得。現所有者。
平成20年12月5日:XがY1・Y2に対して滞納管理費等合計約600万円を求めて訴えを提起。
【争点】
本件判決では、以下の3つ問題が争点になりました。被告側のY1・Y2が主張したものです。
1 上下水道料金・温水料金について
上下水道料金は、管理組合が親メーターで計測された全戸の使用料金を一括して市水道局に支払い、各戸のメーターに基づいて管理組合が各戸の使用量に基づいて各戸に請求するものである。また、温水料金は親メーターで計測された全戸の温水料金を管理組合が一括して支払い、親メーターによって算出された各戸のガス・水道使用料金を各戸に請求するものである。
上下水道料金・温水料金について管理組合が区分所有者に対して有する債権は、専有部分に関する立替金の求償権であり、共用部分の管理とは直接関係がなく、区分所有法30条1項の規約事項(建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項)にあたらないのではないか。あたらないとすれば、その債権は、区分所有法8条により特定承継人に対して請求することができる「規約に基づき他の区分所有者に対して有する債権」(区分所有法7条1項)にあたらないのではないか。
2 Y1の所有権喪失について
区分所有法8条が、区分所有者の特定承継人が前区分所有者の未払管理費等を負担する旨の特別の規定を定めている趣旨は、右負担につき区分所有権を引き当てにするというものと考えられる。そうすると、引き当てとすべき区分所有権を有しない者は、その負担を負わないことになるのではないか。Y1はY2に対し本件専有部分の区分所有権を売買によって移転させ、区分所有者ではなくなっているのであるから、区分所有法8条の特定承継人にあたらず、前所有者の滞納した管理費等の債務について負担を負わないのではないか。
3 管理費等の消滅時効
最高裁判所平成16年4月23日判決によれば、マンション管理において区分所有者が負担する管理費等の債権は、基本権たる定期金債権から発生する支分権として、民法169条所定の債権にあたるとされている。そのため、管理費等のうち訴え提起時において支払期限から5年を経過しているもの及びこれらに対する遅延損害金の債務については、民法169条の定期給付債権の短期消滅時効により、支払期限から5年の経過により消滅時効が完成していることになる。Y1・Y2が時効を援用すればこれらの債務は時効消滅しているのではないか。
【判決】(『 』部分は判決文の引用です。)
判決では、被告側Y1・Y2の主張を認めず、管理組合のXの管理費等請求を認めました。
『・・・被告らは、本件専有部分の元の区分所有者の特定承継人として、所有権を第三者に譲渡したか否かに関わりなく、区分所有法8条に基づき、各自原告に対し、上下水道料金・温水料金を含む管理費等を支払うべき義務があり、元の区分所有者との間で消滅時効が中断し又は時効援用権が失われているから、その承継人にあたる被告らが消滅時効を援用することは許されない・・・』
1 上下水道料金・温水料金について
判決は、上下水道料金・温水料金について、区分所有法8条により、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる「規約に基づき他の区分所有者に対して有する債権」(区分所有法7条1項)にあたるとして、被告Y1・Y2に引き継がれる債務として認めています。
『・・・上下水や温水が専有部分で使用されることから専有部分の使用に関する事項という面があるとしても、管理組合が区分所有建物全体の使用料を立て替えて支払った上で各区分所有者にその使用量に応じた支払を請求することを規約で定めることは、建物又はその附属施設の管理又は使用に関する区分所有者相互間の事項を定めるものとして、規約で有効に定めることができると解すべきである。』
『・・・上下水道料金及び温水料金は、区分所有者の全員で構成された管理組合が、区分所有者全員のために、区分所有法8条により、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができる「規約に基づき他の区分所有者に対して有する債権」(区分所有法7条1項)にあたる。』
2 Y1の所有権喪失について
判決は、債務者たる区分所有者の特定承継人として、区分所有法8条に基づき元の区分所有者の管理費等の債務をいったん負うことになった以上、その後その区分所有権を他に譲渡しても、その債務の支払を免れることはできないと解すべきとして、被告Y1の責任を認めました。
『区分所有法8条は、「規約に基づき他の区分所有者に対して有する債権」(区分所有法7条1項)については、債務者たる区分所有者の特定承継人に対しても行うことができると定めている。被告(Y1)は、債務者たる区分所有者の特定承継人として、区分所有法8条に基づき元の区分所有者の管理費等の債務をいったん負うことになった以上、その後その区分所有権を他に譲渡しても、その債務の支払を免れることはできないと解すべきである。』
『すなわち、区分所有法8条は、その債務の履行を確実にするために特定承継人に特に債務の履行責任を負わせることを法定して債務履行の確実性を担保することに立法趣旨があり、いったん特定承継人となって債務を負うことになった者が所有権を他に譲渡して債務を免れるなどという責任軽減は、規定もなく、全く想定していないと考えられるからである。』
3 管理費等の消滅時効について
判決は、被告Y1・Y2が元の区分所有者の特定承継人として、民法148条により時効中断の効力が及ぶ承継人にあたり、かつ、民事訴訟法115条1項3号により確定判決の効力が及ぶ口頭弁論終結後の承継人にあたると解すべきとして、被告Y1・Y2の本件未納管理費等についての時効援用を認めませんでした。
『元の区分所有者の特定承継人として、区分所有法8条により、元の区分所有者の債務を履行する義務を負うことになった被告らは、債務の履行を確保するために同じ債務について履行責任を負う者を広げようとする同条の立法趣旨に照らし、民法148条により時効中断の効力が及ぶ承継人にあたると解すべきであり、かつ、民事訴訟法115条1項3号により確定判決の効力が及ぶ口頭弁論終結後の承継人にあたると解すべきである。』
第五 おわりに
以上解説したことから、管理費等を滞納している区分所有者Aさんの一室が第三者に売却された場合、ご相談者様が理事長をされているマンション管理組合は新所有者にも管理費等を請求できると考えられます。ただ、どのように回収するのか、話し合いによるのか、法的手続きを行うのか等、一度、専門家である弁護士に相談されてもよいでしょう。
以上