不当訴訟と反訴による損害賠償請求の可否

民事|不当訴訟を受けた場合の反訴による損害賠償請求|不倫関係にある間の婚約の成否|元不倫相手から婚約不履行を理由とする損害賠償請求を受けた事案|最判昭和63年1月26日

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照判例

質問

私は、35歳の女性です。申し訳ない話ですが、実は、2年ほど前から、インターネットで知り合った既婚男性A男と、不貞関係になってしまいました。

昨年末、男性の奥様B子に不倫が発覚してしまい、私は慰謝料200万円をB子にお支払いしました。A男からは、「妻と別れて私と結婚する」と言われましたが、私としては、奥様に申し訳ない気持ちもありましたので、男性との関係は一切断つと伝えました。

その後、A男からは、「妻とは別れたから結婚して欲しい」とのメールが来ましたが、私はお断りしました。そうしたところ、先日、A男から、「別れたら結婚してくれると言ったから妻と離婚したのに、その婚約を破棄された。慰謝料を請求する。」との民事訴訟を、弁護士を通じて起こされました。私としては、別れたら結婚する等とは一切約束していませんし、そもそも奥様が居る状態で、婚約など、法律上ありえない、無茶な話だと思います。

私は、A男に慰謝料を払わなければならないのでしょうか。また、このような無茶な訴えを起こされたことに対して、私は反論できないのでしょうか。

こんな訴えを起こされた以上、私としてはB子に支払った慰謝料についても半分は負担してもらいたいと思っていますがどうでしょうか。

回答

1 婚約破棄を理由として慰謝料が生じる場合はありますが、法律上、既婚者との間の婚姻の予約は、公序良俗に反し無効となります。例外的に、A男と妻との婚姻関係が破綻していて、尚且つあなたから積極的に婚姻の約束をした、などの前提事実が存在すれば、離婚の後の婚姻を信じて婚姻の約束をしていたA男の期待も法的保護に値するとして、婚約が有効となる場合はありますが、そのような前提事実も無い場合には、男性の請求が認められる余地は、ほぼ無いと言えます。

2 一方で、民事訴訟である以上、あなたとしては応訴する必要がありますし、弁護士を依頼すれば、その費用等の負担を強いられることになります。そのような被害を回復するためには、A男による民事訴訟の提起が不当訴訟であるとして、あなたから逆に損害賠償請求を求める反訴を提起することも考えられます。不当な訴訟と認められるには、その訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くという厳しい条件が必要となりますが、本件のような請求ですと、上で述べたような前提事実が存在しなければ、当該条件を満たすと判断される可能性は高いです。

3 すでに支払った慰謝料については、共同不法行為としてその負担部分は2分の1となっていますから、相手の男性が別途不定の慰謝料を支払っているなどの事情がない限り半額の支払いを請求できます。不当な訴訟提起を受けたことによる負担を少しでも軽くするためにも、まずは弁護士に相談し、適切な対応を検討することをお勧め致します。

4 B子に支払った慰謝料の求償については『不倫相手に対する慰謝料の求償請求の可否』をご覧ください。

5 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 不貞関係にある間の婚約の成否

(1)婚約破棄を理由とした損害賠償

今回あなたは、元不倫相手の男性から、婚約を破棄したとの理由で慰謝料の請求を受けているとのことです。

まず、法律上、婚約破棄を理由として慰謝料が請求できる一般的な条件について説明すると、裁判例上、①有効な婚約が成立していて、その婚約を②正当な理由なく破棄した場合には、慰謝料や損害賠償を支払う義務が存在するといえます。

このうち、「①有効な婚約が成立したと認められる」ためには、お互いの間に、結婚をするという意思の合意が存在していたことが必要です。その成否については、

等の、外形的な事実関係が存在するか否かによって判断されることになります。

「②婚約の破棄に正当な理由があるか否か」については、具体的な事情によるところが多いですが、典型的なのは、法律上の離婚事由に該当するような場合、すなわち、婚約相手に不貞行為や暴力があった場合などです。これらの事情があれば、婚約の破棄もやむを得ないですから、慰謝料を支払う必要は全くありません。

上記の点については、弊所事例集『婚約解消を理由とする慰謝料請求|専業主婦となるように言われ退職した後に婚約破棄された事案』もご参照下さい。

(2)不貞関係における婚約の成否

もっとも、本件では、相手の男性A男には、法律上の妻(配偶者)としてB子が存在していたとのことです。日本では、重婚が禁止されているため、そもそも配偶者のいる男性との間に、有効な婚約が成立するのか否かという問題があります。

この点、判例上、配偶者のいる男性との婚約は、公序良俗に反するものとして、当然に無効となるとされています(大審院大正9年5月28日判決)。

一方で、その後裁判例においては、配偶者のいる男性との間でも、有効な婚約が成立する(その婚約の破棄が、不法行為として慰謝料請求の対象となる)としたものもあります。

例えば、大阪地裁昭和52年6月24日判決は、原告女性が、既婚の被告男性と婚約をしたが、既婚男性がそれを一方的に破棄したため、慰謝料を請求したという事例ですが、裁判所は、既婚男性側の婚姻関係が既に破綻していたこと、男性の妻が離婚届けに署名していたが、その提出は子どものために少し先になるとの念書を原告女性に提示していたこと等から、重婚的になされた原告女性への婚姻の約束も、公序良俗に反するものではないと判断しています。詳細は、弊所事例集『重婚的な婚姻予約の有効性|予約の破棄に基づく賠償責任の有無』もご参照下さい。

もっとも、これらの裁判例は、「配偶者のいる側の男性が、不貞相手の女性に対して、妻とは離婚して再婚する等の甘言を用いて不貞関係を継続していたにも関わらず、婚約を一方的に破棄した」という事例です。また、既婚男性側の婚姻関係が破綻していることも重要な要素とされています。

これらの判断からすると、裁判所が婚約を有効とした背景には、例え不貞関係であったとしても、事実上婚姻関係が既に破綻しており、遠くない時期に離婚の可能性が高いのであれば、離婚の後の婚姻を信じて婚姻の約束をしていた女性の期待も、法的保護に値する、という価値判断が強く存在すると言えます。

(3)本件について

以上の法律上の規範を前提に、本件でA男からの慰謝料請求が認められるか否かを考えると、A男の請求が認められる可能性は、限りなく低いと言えるでしょう。

そもそも、あなたとしては結婚の約束をしていないのですから、婚約の事実自体が認められませんし、仮に婚約の事実が認められたとしても、上述のとおり、不貞関係にある中で婚姻の予約は、公序良俗に反して無効となるのが原則です。

また本件は、既婚者であったA男が慰謝料を請求しているという事案であり(裁判例は未婚者が不倫相手の既婚者の、離婚して結婚するという約束を信じていたのに廃棄されたという事案です)、上で述べた例外的に重婚的な婚約が法的保護に値するというケースでもありません。

万が一、A男とB子の婚姻関係が既に破綻し離婚が確実となっていて、更にあなたがA男に対して離婚成立後の婚姻を約束し、婚姻の約束を守らないことに正当な理由がない等の事情が認められれば、A男の請求が認められる余地も残されていますが、それを裏付けるような客観的な証拠が無ければ、Aからの請求は、そもそも法律上、根拠がない請求として直ちに棄却されるべき訴えであると言えます。

民事訴訟である以上、請求を棄却する答弁をして、適切な反論を行う必要はありますが、対応を間違えなければ、あなたが損害賠償義務を負う可能性はございません。

2 不当訴訟に対する反訴の提起

(1)判例の基準

上記のように、A男の請求は、法律上まず認められない請求となりますが、それでも、あなたとしては、民事訴訟上の応訴は必要となりますし、弁護士を依頼する費用等の負担を強いられることも多いです。

このような場合には、あなたの対応として、A男による民事訴訟に対して請求棄却を求める答弁書を提出のもちろんですがそれだけでなくA男による民事訴訟の提起が不当な訴訟の提起であるとして損害賠償請求を求める反訴を提起することが考えられます。

この点、民事訴訟を提起し、裁判所での適正な審理・判断を求めること自体は、法治国家である日本において、憲法上国民に保障された重要な権利ですので、たとえそれが法律上認められない請求であるとしても、そのような訴訟の提起自体が直ちに違法な行為となることはありません。

一方で、訴えを提起された側にとっては、裁判の対応や、その為の弁護士費用など、経済的、精神的負担を余儀なくされることも事実です。

そこで、最高裁判所は、一定の場合には、訴えの提起自体が、違法な行為となり得ることを判断しました。

すなわち、「①提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、②提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき(最判昭和63年1月26日。」には、訴えの提起自体が、違法な行為になると判断しています。

もっとも、裁判所の上記要件は、幅の広いものであり、どのような内容の訴えであれば、事実的、法律的根拠が欠くかなどは明確ではありません。結局は、提訴者がどのような目的で訴訟を起こしたかや、訴訟追行の対応等、様々な事情を考慮した上で、「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」か否かを判断することになります。

(2)本件について

以上の最高裁判所の示した要件を、本件について検討します。

まず、①提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くか否かですが、上述のとおり、本件では、A男とB女との夫婦関係が破綻していた、あなたの方からA男に積極的に婚姻の約束をしていた、などの事実が無い限り、Aと相談者の不貞関係による婚姻の約束(婚約)は、そもそも法律上保護に値する関係となりません。従って、そのような前提を欠くような、A男の請求は、事実的、法律的根拠を欠くものであるといえます。

また②提訴者(A男)が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したといえるか否か、という点についてですが、一般的に、不貞関係は違法で保護されない関係であるという事実は、通常人でも当然知り得ている事実です。

従って、そのような不貞関係を基礎とした婚約について、破棄されたとして損害賠償を請求することが認められないことは、通常人であれば容易に知り得たとも言えます。

なお、この点、A男が弁護士を通じて訴訟を提起していることから、仮にA男が弁護士から「この訴訟提起を起こしても不当ではない」旨の説明を受けていたのであれば、A男は自分の訴えが不当であることを知り得なかったとして、損害賠償義務が否定される可能性があります。もっとも、弁護士が不当訴訟についてお墨付きを与えるということはまずあり得ず、むしろ弁護士から不当であるとの忠告・説明が事前にあるのが通常です。そのため、弁護士を通じて訴訟を提起していることは、特段、A男の責任を否定する事情とはならないでしょう。

そして、訴訟の動機や経緯を考えても、A男は、自身が既婚者でありながら、不貞関係を構築し、その相手の女性に対して損害賠償を請求しているのであり、そのような請求は、妻と離婚し、不倫相手からも分かれを告げられたことに対する腹いせとも評価される行為です。そのため、その訴え提起の目的や訴訟追行が相当な行為であるとも評価し難いでしょう。

以上を考慮すれば、本件では、A男による訴訟提起が不当な訴訟であるとして、あなたから逆に損害賠償を請求することを考えても良い事案であると言えます。

なお、仮に、訴えの提起自体が違法な行為になるとした場合、請求できる損害賠償の内容としては、訴訟に要した弁護士費用や、訴訟の負担に対する精神的な慰謝料などが存在します。但し、慰謝料の金額は50万円程度で、損害として認められるのは慰謝料の1割が原則で、かかった弁護士費用全額とはなりませんので注意してください。

また、訴訟の代理人となった弁護士についても、訴訟提起の経緯によっては不法行為が成立する可能性もあります、弁護士会による懲戒という問題も出てくる可能性もあります。

(3)反訴の可否について

上記の最高裁判例は、既に請求棄却で確定している前訴について、その後に不当訴訟として損害賠償を請求したという事例ですが、請求棄却の判決が先に確定していることは、不当訴訟と判断される要件ではございません。

そのため、不当訴訟を提起された際に、判決が確定している前訴がないとしても反訴として、不当訴訟を理由とする損害賠償請求を起こすことは可能です。

更に、あなたが相手の妻B子に支払った慰謝料についても半額を負担するよう反訴で請求することが出来ます。反訴として提起すれば、1つの訴訟手続きでA男の請求と、あなたの請求が両方決着することになりますので、追加での訴訟手続きの負担が少なくて済みます。

そのため、まずは弁護士に相談して、対応を検討されることをお勧めします。

3 まとめ

法律についての専門的な知識がない場合、裁判所からの訴状には驚かれてしまうかと思いますが、弁護士がついていても、不当な請求が行われている場合もあります。

不当な請求に対しては、毅然とした対応が必要です。無用な損害を負うことを避けるためにも、まずは冷静に弁護士に相談することをお勧め致します。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

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参考判例

大阪地裁昭和52年6月24日

一 原告請求原因(一)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、被告は昭和九年頃訴外花子と婚姻し、その間に長女咲子長男一郎をもうけたが、花子とは昭和三三年八月頃から別居をしていたこと、被告花子は協議離婚をすることに異議がなかったが、離婚が子供達の結婚や就職の障害になるとして子供達が結婚や就職をすませた後にその届出をすることに合意していたこと、妻花子は昭和四〇年九月七日付で「私は貴方との協議離婚届は昭和四二年四月には必ず致します。これは咲子の結婚と一郎の就職問題もありますのでそれ迄待ってもらいたいのです。右期日が到来したら必ず協議離婚届に署名捺印致します。後日の為本念証を差入れます」と書きその母親らと共に署名捺印した念証を作成し、別に協議離婚届に署名捺印してこれらを被告に交付していたこと、被告は見合いの後右の離婚届を原告に呈示したことが認められる(《証拠判断省略》)ので、当時被告に法律上の妻があったとはいえ、原被告の本件婚姻予約は公序良俗に違反せず、予約の破棄が正当な事由に基くものでないときは、双方はこれによって生じた損害の賠償を求めることができるというべきである。

最判昭和63年1月26日

しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するにあたつては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされることは当然のことである。したがつて、法的紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、提訴者が敗訴の確定判決を受けたことのみによつて、直ちに当該訴えの提起をもつて違法ということはできないというべきである。一方、訴えを提起された者にとつては、応訴を強いられ、そのために、弁護士に訴訟追行を委任しその費用を支払うなど、経済的、精神的負担を余儀なくされるのであるから、応訴者に不当な負担を強いる結果を招くような訴えの提起は、違法とされることのあるのもやむをえないところである。

以上の観点からすると、民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。けだし、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となり妥当でないからである。