セクハラと懲戒処分(民間における対応)
労働|人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)|最判平成27年2月26日最高裁判所裁判集民事249号109頁
目次
質問:
私は,大手企業で働いているサラリーマンです。先日,上司に呼び出されて,「この前の飲み会の際,あなたが当社の女子社員に対して,セクハラ行為に及んでいたという情報がある。会社で調査をするまで,自宅待機をしてもらいたい。その後,厳しく処分をすることになる。」と言われてしまいました。確かに,会社の飲み会があり,二次会で女子社員と話をしたような気がしますが,酔っていてあまり覚えていません。ただ,肩ぐらいは触ったかもしれません。今後私はどうなるのでしょうか,どうすればよいのかも教えてください。
回答:
1 セクハラ行為により厳しい処分をすると、言われたということですから、まずは就業規則等にセクハラ行為による懲戒処分の規定を確認する必要があります。
2 セクハラ行為に該当するか否かについては,いわゆる雇用機会均等法11条等によって規定されている「セクハラ行為」に該当するか,という点からの検討が必要になります。同法によるセクハラとは「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」と定義されています。本件においては,「会社の飲み会の二次会」が職場といえるか,具体的なあなたの言動が,「平均的な女性労働者の感じ方」として「性的な言動」に該当し,その女子社員の「就業環境が害され」たと言えるか,という要件のいずれも問題となります。可能な限り思い出し,企業からの事情聴取に備える必要があります(下記のとおり,企業としては双方からの事情聴取が義務付けられています)。
仮に,「セクハラ」との認定があった場合,基本的には就業規則の規定にしたがって,懲戒処分を受けることになりますが,一般的にある程度解釈によって幅のある規定ぶりになっていることが多いところです。
もちろん,具体的態様(肉体的な接触があったか否か)や常習性(常習的なセクハラかどうか),反省状況等によって変わってきますが,裁判例等からすると,懲戒免職(諭旨解雇)は相当性を欠く処分とされる可能性がある一方で,降格処分や出勤停止処分はあり得るところです(下記のとおり,懲戒免職が妥当とされたセクハラもあるので,争う余地のある処分かどうかの判断は,専門家に確認されることをお勧めします)。
また,今後ですが,まずは上記のとおり,①要件の該当性判断,②処分の相当性判断の両面から,事実関係を明確にしておく必要がありますし,併せて,可能であれば当該女子社員に対する謝罪等を検討する必要があります。
いずれにしても,当事者であるあなた一人でできるものではないため,一度弁護士にご相談ください。
3 セクハラ問題に関する関連事例集参照。
解説:
1 はじめに
近年,企業内での「セクハラ」については,企業そのものの責任が厳しく問われることもあり,厳しい処分が科されることも多くなってきました(下記のとおり,現在は,雇用機会均等法11条等を根拠として,セクハラがあった場合の処分等について,就業規則に載せることが義務付けられています)。
そこで,本稿では,そもそも「セクハラ」とは何かを説明したうえで,どの程度の懲戒処分が妥当するのかその「相場」を踏まえたうえで,本件で考えられる対応についてご説明します。
2 セクハラの定義
(1) 本件について検討する前提としては,「何がセクハラに当たるか」が重要です。
ここでいう「セクハラ」(セクシャルハラスメント)ですが,雇用機会均等法11条では,事業主への雇用管理上の措置を義務付ける趣旨の条項ではありますが,セクハラを「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」と表現(定義)しています。
したがって,具体的な要件としては,①職場において行われること,②(意に反する)性的な言動であること,③(雇用されている)労働者の性的な言動への対応によって,労働条件につき不利益を受けるものであること,あるいは性的な言動によって労働者の就業環境が害されること,ということになります。以下で,各要件についてもう少し詳しく説明します。
(2) 上記①の「職場」ですが,上記雇用機会均等法11条を受けて作成された厚生労働省の定める指針(「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」)では,ここでいう職場とは「事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、「職場」に含まれる」としています。
また,本件を含め問題となる,「飲み会」ですが,雇用機会均等法の通達(「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」)では,「勤務時間外の「宴会」等であっても、実質上職務の延長と考えられるものは職場に該当するが、その判断に当たっては、職務との関連性、参加者、参加が強制的か任意か等を考慮して個別に行うものであること」としています。
(3) ②の「性的な言動」については,上記の指針においては「性的な内容の発言及び性的な行動を指し、この「性的な内容の発言」には、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報を意図的に流布すること等が、「性的な行動」には、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触ること、わいせつな図画を配布すること等が、それぞれ含まれる」としています。具体例としては,人事院規則10‐10(下記)も参考になります。
なお,この「性的な言動」の判断基準ですが,上記通達では「労働者の主観を重視しつつも、事業主の防止のための措置義務の対象となることを考えると一定の客観性が必要である。具体的には、セクシュアルハラスメントが、男女の認識の違いにより生じている面があることを考慮すると、被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適当である」としています(ただし,主観的な要素が排されるわけではないため,やはり事例ごとの判断が必要です)。
(4) ③ですが,前半部分(「労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け」ること)は「対価型セクハラ」と言われ,例えば性的な言動を注意したことにより,注意した労働者を降格すること等がこれに当たります。
後半部分(「当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」)は「環境型セクハラ」と言われており,例えば性的な言動によって就業に苦痛を感じるようになった,と言ったケースがこれに該当することになります。
仮に本件のケースが上記他の要件を充たすのであれば,この「環境型セクハラ」ということになると考えられます。
(5) 以上がセクハラの要件(定義)の大まかな説明ですが,そもそも,ここで引用している雇用機会均等法11条や,それを受けての指針及び通達は,このようなセクハラについての雇用者(使用者)としての適切な措置を義務付けるものです。この「措置」の中には,「セクハラの行為者について,厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定」することも含まれています。
以下では,セクハラがあった場合の懲戒処分の内容について,説明していきます。
3 セクハラと懲戒処分(裁判例)
(1) 上記のとおり,均等法11条とそれを具体化した上記指針(「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」)においては,雇用主(事業主)は「セクハラ」があった場合について,「厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること」を義務付けています。
そこで,具体的な「厳正に対処する」内容が問題になります。
(2) 就業規則(あるいは就業規則上の委任規定による他の規定・規律)によって定められる懲戒処分の内容については,特に指定はありません。
しかし,事業主側も,上記措置を怠った場合,使用者責任(民法719条)にとどまらず,事業主独自の不法行為や,いわゆる雇用契約上の安全配慮義務(労働契約法5条)違反による債務不履行責任を問われうるため,厳しい懲戒処分を科す,としているところも多くなっています。
ただし,いかなるケースにおいても,無制限の懲戒処分が認められるわけではありません。
例えば,東京地判平成21年4月24日労働判例987号48頁は,就業規則のなかに,「職場において,セクシャルハラスメントにあたる言動をした者」は「譴責または減給の懲戒」,「職務,職位を悪用したセクシャルハラスメントにあたる行為をした者」は「諭旨解雇または懲戒解雇の懲戒」という定めがあった会社において,支店長取締役による,会社の宴会及び日常的な言動によるセクハラ(手を握る,肩を抱く等の接触や,品位を欠く発言等を含む)をしたことを理由とした懲戒免職処分の効力が争われた事案(労働審判によって,諭旨解雇に変更されていますが,双方不服の申立てをしています)です。
ここでは,裁判所として,「原告の部下の女性らに対する前記認定にかかる本件宴会や日頃の言動は,単なるスキンシップとか,「甲野(原告)流の交流スタイル」というようなもので説明できるものではなく,違法なセクハラ行為である上,いずれも,東京支店支店長という上司の立場にあった故に,できたことであって,これらが「(支店長の)職務,職位を悪用したセクシャルハラスメントにあたる行為」に該当することは明らか」と認定したうえで,「使用者の懲戒権の行使は,企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが,就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても,当該具体的事情(当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情)の下において,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当なものとして是認することができないときには,権利の濫用として無効」とし,「本件懲戒解雇は,被告の主張する各事情を考慮しても,なお重きに失し,その余の手続面等について検討するまでもなく,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上,相当なものとして是認することができず,権利濫用として,無効」としています。
他方で,下記参照判例の最高裁判決によると,具体的な事情(下記参照)を挙げて,懲戒解雇・諭旨退職(解雇)の次に重い降格処分(及び減給処分)について,重すぎるとした第2審を覆して,有効な懲戒処分として認めています。この事例で最高裁は,身体的な接触がない「セクハラ」についても重い処分を認めています。
(3) 以上からすると,程度の差こそあれ,懲戒免職については,「重すぎる」として無効になる可能性がある一方で,その具体的内容によっては,(給与の減額を伴う)降格処分や,(一定期間給与の支払いをしない)出勤停止処分については,有効と判断される可能性がある,ということになります。
なお,もちろん,「いかなる場合も懲戒免職にはならない」わけではありません。例えば,大阪地判平成28年12月15日労働判例ジャーナル61号22頁では,「平成25年11月,マフラーで首を絞めて駐車場の奥まで引きずり,キスをするというセクハラ行為に及んだもので,その態様は粗暴かつ悪質で,刑事犯にも該当しうる行為である上,原告は平成23年12月及び平成24年7月にも深夜の公園や路上でP3に無理矢理キスをするというセクハラ行為に及び,さらに,平成24年8月にも午後11時頃にP3を公園に連れて行こうとしたのである。このような原告の一連の行為が,前記就業規則の懲戒解雇事由である「13条に定めるハラスメントと認められる行為を繰り返し,職場環境を著しく悪化させたとき」に該当することは明らかであるところ,上記態様の悪質性やセクハラ行為の回数のほか,原告が,被告による調査を受けても,セクハラ行為そのものをすべて否認し,被告やP3に対する謝罪や反省の態度を一切示していなかったことにも鑑みれば,被告が原告を懲戒解雇処分としたことについては相当性がある」と判断して,懲戒免職処分を認めています。やはり,行為の態様として,(強制わいせつや強制性交等の)「刑事犯にも該当し得る」場合については,懲戒免職処分も想定しておく必要が出てきます。
4 本件についての対応
以上を踏まえて,本件についての対応について説明していきます。
まず,事情の確認です。そもそも,ご相談の内容では,上記セクハラの要件を充たすのか(「飲み会」は「職場」に該当するか,具体的な行為の内容はどのようなものか,上記「刑事犯」の成立の可能性はあるか等)が不明確であるため,十分に思い出してまとめておく必要があります。上記指針等における事業主の措置として義務付けられている,セクハラの申告があった場合の双方からの十分な事実関係の確認(聴取)への準備になります。
その際は,上記のとおり,事実関係について思い出してもらう,と共に,会社側が把握している「セクハラ」(懲戒事由)について(可能であれば書面で)確認しておく必要があります。例えば,東京地判平成29年10月20日は,事業者が列挙するセクハラの存否について,尋問等を含む証拠関係から,「被告が主張する懲戒事由のうち,懲戒事由に該当する行為の存在とハラスメントの該当性が認められるものは懲戒事由〔10〕のみであって,懲戒事由〔1〕から〔9〕まで及び〔11〕は行為の存在が認められないか又は行為があってもハラスメントに当たるとは認め難い。そして,懲戒事由〔10〕がそれほど悪質なものとはいえないこと,原告にこれまで懲戒処分歴はないことに照らすと,懲戒解雇は重きに失し,相当性が認められない」としています。
また併せて,被害者への早期の謝罪等(いわゆる被害弁償と示談)は必須です。上記の大阪地判では,謝罪や反省の態度がないことも,懲戒免職処分を是認している一事情として挙げていますし,何より被害者に謝罪をしなければ,事態の解決には至りません(逆に,上記のとおり,懲戒処分においては,事業主からの事情の聴取が必須である以上,被害者との間で和解が成立していれば,初期の段階からプラスに働きます)。
なお,万が一,重い懲戒処分を受けるようなことがあれば,懲戒処分の効力を(労働審判や訴訟によって)争うことも念頭に入れておく必要もありますし,通常,接触が禁じられている中で,上記謝罪等をするためには,代理人を通じての接触が必須です。
いずれにしても,初動から重要なので,弁護士へのご相談をお勧めいたします。
以上