民法改正による配偶者居住権の創設について
民事・家事|配偶者短期居住権と配偶者居住権の要件および具体的な適用|最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁
目次
質問
私の夫は、現在老人ホームに入居しています。夫の面倒は私だけが見ている状態で、現在は、息子と疎遠になっています。私は現在、夫名義の家に住んでいるのですが、仮に夫が亡くなった場合、私は出ていかなければならないのでしょうか。現時点での夫名義の預金は1000万円くらい、家と土地の価値は時価で3000万円くらいです。息子とは仲が悪いため、夫が亡くなったあと、息子に相続権を主張され、追い出されてしまわないか心配です。
回答
1 令和2年4月1日から施行される改正後の民法では、被相続人の配偶者が、相続の開始時点において無償で相続財産となる建物に住んでいた場合は、最低6か月の短期的な居住権を認め(配偶者短期居住権)、また法の定める要件を充足すると、終身も含む長期間の居住権を認めています(配偶者居住権)。
2 改正前の民法では被相続人名義の不動産は相続財産として分割の対象となりますから、遺産分割によりあなたが住んでいた建物について権利を相続しない場合、立ち退かなくてはならないという場合が生じることもありました。
3 そこで、令和2年4月1日から施行される改正後の民法では、後述のとおり、相続の開始時点において無償で相続財産となる建物に住んでいた配偶者について、最低6か月の短期的な居住権(配偶者短期居住権)を認め、また要件を充足すると、終身も含む長期間の居住権(配偶者居住権)を認めています。もっとも、この居住権を含む遺産分割については、居住権の算定や抵当権との関係に絡んで難しい問題をまだ有していますし、改正後の方が、分割協議において考慮しなければならない要素は増えています(残住宅ローン等によっては、配偶者居住権を取得するべきではない、という判断もあり得るところです)。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 はじめに
相続において問題となる場面として、本件のように、亡くなった被相続人の名義の不動産に住んでいた配偶者について、亡くなった後の不動産に住み続けることができるか、というケースがあります。後述のとおり、相続財産等によっては、確かに居住の継続が難しい展開も十分にあり得るところでした。
この点、平成30年7月に成立した改正後の民法(施行は令和2年4月1日、同日以降の相続開始案件で適用される)では、大きくその取扱いが変わることになります。もっとも、全てを解決するものではなく、検討・対応しなければならない事項は残っています。
そこで、以下では、まず、法改正前の状況について説明したうえで、改正によって新設された制度を紹介し、それらを踏まえた具体的な対応について説明いたします。
2 改正前の状況と不都合
(1) 改正前の状況
まず、法改正前の場合について説明していきます。前提として、不動産も相続財産である以上、被相続人の遺言等がなければ、遺産の分割対象となってしまい、遺産分割までは子どもとの共有になるため、子どもの意向を無視して住み続ければ、子どもの共有持ち分相当を侵害していることになりますから、場合によっては子どもから、不当利得の返還請求等を受け得る立場に立つことになります(下記最判はそのような事例です)。さらに遺産分割で単独で相続しなければ共有物の分割により立ち退かなければならない、そうでなければ共有持ち分を買い取るなど、費用が掛かってしまいました。
(2) 判例による修正
改正前においても、この不合理は、判例によって若干の修正が試みられています。最判平成8年12月17日民集50巻10号2778頁は、次のように判示し、少なくとも当面の居住権を認める(不当利得返還請求を認めない)判示をしています。
共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。
けだし、建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである」
しかし、この最高裁判例も、本件のようなケースでは十分な保障にはなりません。
(3) 本件で居住を続ける方法
まず、上記最判においても、遺産分割後(「所有関係が最終的に確定」した後)の居住の継続については、何らの言及もありません。「少なくとも」と判示しているため、その後も使用貸借による居住の継続ができる余地はありますが、確実ではありません。そのため、遺産分割後も居住を続けるためには、遺産分割であなたが不動産を取得する必要があります(遺産分割で単独所有とならず他の相続人との共有となると、さらに共有物分割の手続を申し立てられると他の共有持ち分を買い取るなどで権利を確保する必要がありました)。
しかし、例えば本件のようなケースですと、遺言等が無く、法定相続分で相続することを前提とすると、あなたと子どもはそれぞれ2分の1である2000万円相当の相続財産を取得する、ということになります。
これを踏まえて、具体的な分割案を考えると、以下の案に大別されます。
① あなたが不動産、子どもが預金1000万円を取得し、さらにあなたから子どもに対して1000万円の代償金を支払う、
② ①の逆のパターン(子どもが不動産を取得してあなたが預金と代償金をもらう形)
③ 不動産をあなたと子どもの共有名義にして、預金も半分に分ける
④ 不動産を売却して、売却代金と預金を半分ずつ分ける
このうち、本件のあなたのように、不動産に住み続けるという意向を実現するためには、①の分割案を進めるしかない、ということになります。しかし、あなたが遺産とは別に、代償金1000万円を支払える資力がある、ということを前提としています。
もちろん、①の分割案にして、あなたから子どもに払う代償金を免除(あるいは払える額まで減額)してもらったり、上記③の共有名義にして、子どもの持ち分については、あなたに(無償あるいは支払える額で)貸してもらう形をとったりすれば居住の継続は実現できますが、本件のように子どものとの関係によっては、確実な居住の継続は難しいところです。
なお、上記最判は、「特段の事情がない限り」と限定を加えています。この「特段の事情」については、一般的に、第三者に不動産が遺贈されてしまった場合や、被相続人が反対の意思を示していた場合が考えられるところ、本件のケースとは若干異なりますが、例えば夫婦仲が悪かったというような場合は、その度合いによって使用貸借契約の推認を否定する「特段の事情」が認定される可能性も否定できません。
3 配偶者短期居住権
(1) 概要
このような不都合を解消するため、法改正によって新設されたのが、改正後の民法1028条から同1041条までの配偶者居住権及び配偶者短期居住権です。まずは、配偶者短期居住権から説明します。
配偶者短期居住権は、改正後民法1037条以下に規定されているもので、上記最判の判例法理を直接的に修正するものです。
具体的には、相続開始時点において、無償で相続財産である不動産に居住していた配偶者は、①配偶者を含む相続人間で、当該不動産について遺産分割をする必要がある場合(当該不動産の遺贈等がない場合)遺産分割により当該不動産の帰属が確定した日か、相続開始時から6か月経過するまでのいずれか遅い日、②(遺贈等により)当該不動産が第三者によって取得された場合は、当該第三者による消滅の申し入れがあった日から6か月経過した日、まで当該不動産を無償で使用する権利(配偶者短期居住権)を得られる、というものです。
(2) 判例との相違点
上記判例法理と大きく異なるのは、①分割が成立した時点にかかわらず、最低6か月の居住の継続は確保できることと、②仮に被相続人が、配偶者が居住を続けることに反するような意思を示していた場合や遺贈によって第三者に取得させた場合(上記「特段の事情」)があっても、配偶者短期居住権の成立に影響しないこと、となります。
(3) 本件への適用
本件においても、仮に夫が亡くなった時点で、現在と同じように居住を続けていた場合は、配偶者短期居住権が認められ、夫の意思によることなく(この点について争いが生じることなく)最低6か月の居住を確保することができる、ということになります。ただし、この配偶者短期居住権でも、長期間の居住の継続は確保されないため、上記2で挙げた不都合の解消には至りません。
4 配偶者居住権
(1) 配偶者短期居住権との違い
この問題点について対応している、改正後民法1028条から同1036条で規定されている、配偶者居住権です。配偶者居住権は、上記「短期」居住権とは異なり、居住権の期間を原則当該配偶者の「終身」としています(改正民法1030条)。
(2) 要件および実務上の運用
配偶者居住権の要件は、上記短期居住権と同様、相続開始時点において、相続財産である不動産に居住していた配偶者について、①配偶者が配偶者居住権を取得する旨の遺産分割ができた場合か、②配偶者居住権を遺贈された場合となっています。
配偶者居住権者は、相続開始時(配偶者=被相続人死亡時)から占有を継続しているものですし、建物所有者の登記義務も定められていることから、第三者対抗力を有し、建物所有権が移転しても、新所有者に対しても権利を主張できます。
この配偶者居住権の導入によって実務運用がどのように変わるのか、見てみましょう。
改正前との具体的な違いですが、例えば本件のケース(不動産3000万円、預貯金1000万円)ですと、
①改正前の分割案
あなた:不動産のみを取得
子ども:預金1000万円とあなたからの代償金1000万円取得
4000万円の評価の遺産の内3000万円の評価の不動産を相続するわけですから、配偶者の相続分2000万円を超えてしまい、越えた1000万円分を他の相続人に分けるため代償金1000万円を支払うことになります。
②改正後の分割案(一例)
あなた:配偶者居住権(1500万円相当と仮定する)と預金500万円を取得
子ども:配偶者居住権付きの不動産所有権(1500万円)と預金500万円を取得
ということになり、あなたは代償金を支払わず、500万円を相続したうえで、ずっと居住を継続できる、ということになります。
(3) 価値の計算方法
このように、配偶者居住権という権利が創設されたことで、居住権と所有権を分けて分割できるようになり、その結果より柔軟な分割が可能ということになります。
ただし、配偶者居住権の計算については、上記のように単純ではありません。現時点での法務省の法制審議会の部会においては、「相続開始時における居住建物の財産価値を固定資産税評価額とした上で、これについて長期居住権の存続期間分の減価償却(定額法に準ずる)をすることにより存続期間満了時点の建物価額を算定し、ライプニッツ係数を使って、これを現在価値に引き直す」という方法も挙げられています(長期居居住権の簡易な評価方法について|民法部会資料)。
なお、本稿では省略していますが、当然、建物と敷地は別途計算の対象となります。
5 法改正後の流れと具体的な対応
(1) 遺言による遺贈
上記を踏まえた上での具体的な対応ですが、仮に現時点で、夫が遺言を作成できるような状況であれば、遺言により配偶者居住権を遺贈してもらうことを考える必要があります(割愛しますが、今回の相続法改正で、自筆遺言についてもその要式が緩和されることになりました)。また、その場合、20年以上の婚姻期間があることを要件として、持ち戻しの免除(相続財産に含めない)が推定されることになります(改正後民法903条4項、同1028条3項)。
その場合は、本件のケースだと次のような分割方法も考えられるところです。
あなた:遺贈により取得した配偶者居住権(1500万円相当)と同権付きの不動産の一部(750万円分の持ち分)と預金500万円 子ども:配偶者居住権付きの不動産の一部(750万円分の持ち分)と預金5000万円
(2) 遺産分割
仮に夫が遺言等を作成できない場合には、遺産分割協議の中で、子どもとの間で上記のような配偶者居住権をあなたが取得する内容の遺産分割を目指すということになります。
本件のようにお二人の仲が良好ではない場合には、裁判所での遺産分割調停を経て、審判で分割内容が定まることもありますが、その場合でも配偶者居住権を定めることが可能です(改正後民法1029条1項2号)。合意によらない場合は、配偶者による申し出と「居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき」であることを要件としているため、これらの要件が満たされれば、調停で相手が配偶者居住権を認めない場合でも審判で認められることになります。
(3) 第三者への対抗
また、配偶者居住権は登記することで、第三取得者らに対抗する(居住権を主張する)ことができます(改正後民法1031条)が、例えば不動産に住宅ローンを担保するための抵当権が付いていた場合は、配偶者居住権が設定される前に抵当権設定登記がされていることになりますから、配偶者居住権は抵当権に劣後することになり、仮に抵当権が実行され、第三者に所有権が渡ると、配偶者居住権の主張は出来ません。そのため、遺産分割協議の際には、これらの点についても気を配る必要があります。
上記のとおり、柔軟な分割が可能になり、配偶者に対する保護が厚くなってはいますが、その分考慮要素は増えており、交渉は難しくなります。事前に弁護士にご相談されておくことをお勧めします。
以上