合意された養育費の請求方法と訴訟類型

家事|親族|東京地判平成26年5月29日|東京地判平成29年1月31日|東京地判平成29年12月8日

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私は,3年前に夫と離婚し,4歳と7歳の2人の子どもと3人で生活しています。離婚する際に,夫との間で「生活費として月20万円支払ってもらう」という約束をしており,実際に1年間は支払ってもらっていましたが,現在はぱったり支払いが止まってしまっています。

夫の当時の年収は1000万円くらい,私の年収は200万円くらいです。なお,生活費の約束については,特に書面等にはしていませんでした。

私はどうすれば良いのでしょうか。

回答:

1、一般的に,養育費の請求をする場合,任意での交渉が困難であれば,家庭裁判所に養育費の請求調停あるいは審判を申立てて,家庭裁判所内で養育費の額等について定める,という流れが一般的です。もっとも,現在裁判所が用いている養育費の基準からすると,あなたの場合の養育費は,12万円から14万円になるため,最初の約束の20万円を大きく下回ってしまいます。また,現在の実務においては,過去の未払いの養育費は,養育費の請求調停や審判では認められないのが通常ですから,本件ですぐ調停を申し立てたとしても,2年間の未払い分は支払われないことになります。

2、他方で,仮に養育費について,双方で合意が成立している場合には,合意による請求権を理由に家庭裁判所ではなく,一般的な民事事件として地方裁判所に給付訴訟を提起することが考えられます。その場合は,合意後の未払い分も請求できますし,実務上用いられている算定表に縛られることなく,合意した金額がベースになります。合意の成立の立証は,裁判例をみると必ずしも書面でなされる必要はありませんが,口約束だけでは合意の成立が立証できないため,その他メールやLINE等の普段のやり取りから,合意の立証ができるかの検討が必要です。

3、いずれにしても,検討が必要ですので,まずはお近くの弁護士にご相談ください。

4、養育費に関する関連事例集参照。

解説:

1 婚姻費用が払われない場合の通常の対応とその流れ

(1) 養育費について

まず,本件から離れて,一般的に養育費が支払われない,というケースの流れをご説明いたします。「養育費」は,民法766条1項の「子の監護に要する費用」を指していると考えられており,子を監護していない親から、子を監護している親に対して支払われる未成熟の子の養育に要する費用である,とされています(その他,民法877条1項の扶養義務も根拠とされています)。

そのため,養育費については,具体的な金額を決定する必要があり①その代理人を含む当事者同士(父母)で協議をして,②協議がまとまらない場合は,家庭裁判所が定めることになります(同条2項)。 具体的には,「子の監護に関する処分」が家事事件手続法の別表第二で挙げられていることから,調停を申し立てることもできますし(家事事件手続法244条),いきなり審判を申し立てることもできる(同法39条),ということになります(養育費については,調停を先に申し立てなければならないといういわゆる調停前置主義は妥当しません)。ただし,同法274条1項により,審判を申し立てても調停に付されることがあるため,仮に調停ではなくいきなり審判を申し立てる場合には,調停に付してもまとまる見込みがない旨の説明が求められると考えられます。 したがって,流れとしては,①当事者同士での協議,②協議が整わなければ裁判所を介入させた話し合いである調停手続き,③調停手続が整わない(不調)あるいは初めから話し合いが困難な場合は審判手続きで定める(不調の場合は自動的に審判の申立てがあったとみなされます。家事事件手続法272条4項),ということになります。

(2) 養育費の算出法

そして,養育費は,裁判例上「自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務を負う」(生活保持義務)を負っていることを前提に計算されることになりますが,現在の裁判実務においては,具体的な養育費の算定式(標準算定方式・判例タイムズ1111号285頁)と,それを基礎にした「算定表」という表を用いて,養育費を計算しています(東京家庭裁判所のホームページ)。

当事務所ホームページにも同じ表がございます:養育費、婚姻費用の計算について

この算定表(及び算定表の元となる計算式)においては,権利者・義務者の年収と所得の内容(給与所得・事業所得)と子どもの年齢・人数を要素として養育費を定めています。

(3) あなたの場合

上記の一般的な流れからすると,例えば本件では,お伺いしている考慮要素を前提とすれば,算定表上は12万円から14万円,ということになります。しかし,その場合,最初の「約束」よりも低い金額になってしまう,ということになります。

 さらに,養育費の請求について,裁判所は,一般的に「請求した時点から」の養育費の支払いしか認めない傾向にあります。これは,養育費は現在の生計の維持のためのお金,という意識があるようです。

 そのため,本件において,今から調停を申し立てて,ということになると,①養育費は25万円から下がることが予想されるうえ,②請求していない2年間の未払い養育費については認められない,という結論になってしまうことが予想されます。

そこで,本件では,既に当事者同士で20万円という「約束」をしているという事情から,上記一般的な流れではなく,一般的な民事訴訟で請求できないかを検討するべき,ということになります。民事訴訟であれば,上記の養育費の算定方法で算出される金額ではなく,また「約束」の当時にさかのぼっての請求が可能と考えられるからです。

以下では,その可否と予想される論点について検討いたします。 

2 給付訴訟の可否

 まず,そもそもの問題として,養育費について家庭裁判所での調停ないし審判ではなく地方裁判所での民事訴訟で請求ができるか,という点についてですが,過去の裁判例は,認めています。下記参考裁判例①では,養育費については,民法上の扶養請求権に基づくものであるから,その程度や方法については,「扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,家庭裁判所がこれを定めることになるのが原則である(民法879条,家事事件手続法4条)。」としながら,養育費についての合意がある場合には,かかる合意は「私法上の合意として有効であり,これに基づいて,民事訴訟により,その給付を請求することができることは否定する理由はない。」としています。

その他多くの裁判例が同種の理由で,一般民事訴訟で請求することを認めています。わかりにくいかもしれませんが、合意によって生じた金銭を支払えという権利があるか否かについては、訴訟として地方裁判所がその権利の有無を判断することが出来る、ということです。合意が成立していなくても養育費の請求権は法律上認められるのですが、当事者による具体的な金額の約束がない段階では具体的な権利として発生しておらず、家庭裁判所が当事者の事情を考慮して決めることになるので地方裁判所の民事訴訟という形式にはなじまないということです。

また,この裁判例では,上記のとおり,単に私法上の合意に基づく金銭請求になるため,上記養育費の算定方法に従って養育費が計算されることなく,合意した金額が認められているうえ,合意締結後からの未払い金についても一括で請求が認められています。地方裁判所の審理における争点は法的に有効な合意が成立しているかどうか、ということになります。

3 給付訴訟における論点

(1) 合意の成否(立証)

 以上のとおり,養育費についての合意が成立していれば,合意した金額について,その後の未払いも含めて,通常の訴訟(給付訴訟)において請求できる,ということになります。

そこで,続いて問題になるのは,いかなる場合に合意が成立したといえるのか,という点です。

本件のように合意についての書面が存在していない場合、合意について相手が否定すると、合意の立証は請求する側がしなくてはなりません。この点については,通常の契約と同様,合意の存在を証明できさえすれば良いので,必ずしも契約書のような書面にする必要はありません。例えば,参考裁判例②は,メールのやり取りから養育費の金額や支払いの始期についての合意締結の事実を認定しています。

そのため,本件のような口約束であっても,その後のやり取り等から,合意の立証ができる可能性がある,ということです。

(2) 将来給付の可否

 もう一点検討するべきなのは,合意が成立している場合,どこまでの請求が認められるのか,具体的には,口頭弁論終結時以降の将来発生する養育費についても,この給付訴訟で認められるか,という点です。

将来発生する権利や履行期が未到来の権利についての給付を請求する訴訟を、将来請求あるいは将来給付の訴えと呼びますが、この将来給付の訴えについては,民訴法135条で「あらかじめその請求をする必要がある場合」に認められる旨規定されています。そこで、あらかじめその請求をする必要があるか否かが問題となります。参考裁判例①では,支払い義務者において合意に基づいて養育費を支払う意思がないことを表明している点,具体的な養育費の提案をしていない点から,義務者が任意に合意に基づく養育費の支払いを履行することが期待できないと認め,「あらかじめその請求をする必要がある場合」と認めています。参考裁判例③でも,大学の授業料の請求について,授業料が支払われなかった場合のデメリットの大きさから,その時点での在学を条件として,将来給付の訴えを認めています(学費については後述します)。

他方で,後述のとおり,養育費(子の監護に関する費用)の請求である以上,合意が認められたとしても,その後の事情変更によって家庭裁判所の審判によって金額が変更される可能性を残していることになります。そのため,参考裁判例②においては,「被告は,本訴が提起された後,原告を相手方として,家庭裁判所に長男の養育費についての調停の申立てを行っているところ(被告本人),証拠(甲9ないし19)からうかがわれる被告の収入額等に照らすと,原告が多くの収入を得ていないこと(弁論の全趣旨),長男に疾病ないし障害があること(甲8,弁論の全趣旨)等の事情を勘案してもなお,上記養育費の金額は,今後,家庭裁判所の調停又は審判によって大幅に減額される可能性があると認められ,このことからすると,本件の養育費のうち,いまだ履行期が到来していない部分についての請求権は,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものというべきである。」として将来分については請求を認めませんでした。

以上のとおり,合意があれば合意締結後の「過去の未払い分」については請求できる一方で,将来発生する養育費については,その請求が認められない場合があるということになります。

(3) 学費について

 上記のとおり,参考裁判例を見ると,いわゆる毎月の養育費の他に,学費についても合意のとおり,柔軟にその請求を認めています。家庭裁判所における養育費の請求(調停・審判)においては,例えば公立学校の学費については上記算定において算出される「養育費」に含まれているため認められず,また成人後の大学の学費や,私立校の学費についても認められないケースも散見されるところですから,この点も事前の合意さえできていれば請求が可能,ということになります(私法上の契約に基づく請求であるため,学費の負担も合意している以上当然に請求できるという考え方です)。

なお,この際の合意については,具体的な金額ではなく「大学に進学した場合には,大学の入学金及び授業料の半額を支払う」という曖昧な内容でも,曖昧な内容であるからこそ,執行できる程度に特定された時点での民事訴訟の提起が必要である(この事件は裁判上の和解が成立し和解条項に「大学に進学した場合には,大学の入学金及び授業料の半額を支払う」という条項があったという場合です。和解条項に記載があるのであれば改めて給付訴訟を提起する必要はないとも考えられますが、強制執行の申し立てに必要となる債務名義としては金額が記載されていないことから、債務名義と認められずに強制執行ができない場合があることから給付判決をもらって債務名義とする必要があると判断したものです),という理由で請求が認められています(参考裁判例③)。

(4) 合意後の養育費の変更

 以上のとおり,学費を含む「子の監護に関する費用」(養育費)であっても,いったん合意が成立すれば,単なる私法上の請求権になるため,合意に基づく請求として,合意後から提訴までの未払い分も請求できるし,養育費の算定方法にも影響されないことになります。

他方で,参考裁判例①が「私法上の合意についての債務名義であっても,その内容が,養育費に関する限りは,当該の内容は,家事審判事項であるから,事情の変更があったときは,原告又は被告の申立てにより,家庭裁判所において,その取消,変更をすることができると解されるから(民法880条)」と判示するとおり,この「私法上の請求権」は,養育費としての性格が無くなっているわけではなく,将来の事情の変更(再婚・養子縁組や相手方の給与の低下等)によっては養育費増額及び減額の調停・審判によって合意された金額の変更が可能,ということになります。

4 本件における具体的な対応

 以上を前提として,本件の場合ですが,双方の年収が正確なのであれば,上記裁判所の実務上の算定方法から算出するおおよその養育費は12万円から14万円のレンジということになりますから,20万円よりも低額ということになります。そのため,過去分の請求が可能になることも含めて,まずは合意の成立を前提とした,民事訴訟の提起の余地を検討することになります。

そのための「合意」の立証については,メールやLINE等での立証が可能かを判断する必要がございます。なお,平成30年12月現在,最高裁判所において,上記で挙げた養育費の算定表の金額を増額する方向での検討が進められているようです。そのため,この増額の有無や程度,時期についても考慮する必要があります。

民事訴訟の提起が可能であっても,まずは任意の支払いの余地を探ることになりますし,立証の可否等難しい検討が必要なので,すぐに弁護士にご相談されることをお勧めいたします。

以上

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

民法

(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)

第七百六十六条 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。

2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。

3 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。

4 前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。

(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)

第七百六十六条 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。

2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。

3 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。

4 前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。

(扶養の程度又は方法)

第八百七十九条 扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める。

(扶養に関する協議又は審判の変更又は取消し)

第八百八十条 扶養をすべき者若しくは扶養を受けるべき者の順序又は扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その協議又は審判の変更又は取消しをすることができる。

家事事件手続法

(審判事項)

第三十九条 家庭裁判所は、この編に定めるところにより、別表第一及び別表第二に掲げる事項並びに同編に定める事項について、審判をする。

(調停事項等)

第二百四十四条 家庭裁判所は、人事に関する訴訟事件その他家庭に関する事件(別表第一に掲げる事項についての事件を除く。)について調停を行うほか、この編の定めるところにより審判をする。

(調停の不成立の場合の事件の終了)

第二百七十二条 調停委員会は、当事者間に合意(第二百七十七条第一項第一号の合意を含む。)が成立する見込みがない場合又は成立した合意が相当でないと認める場合には、調停が成立しないものとして、家事調停事件を終了させることができる。ただし、家庭裁判所が第二百八十四条第一項の規定による調停に代わる審判をしたときは、この限りでない。

2 前項の規定により家事調停事件が終了したときは、家庭裁判所は、当事者に対し、その旨を通知しなければならない。

3 当事者が前項の規定による通知を受けた日から二週間以内に家事調停の申立てがあった事件について訴えを提起したときは、家事調停の申立ての時に、その訴えの提起があったものとみなす。

4 第一項の規定により別表第二に掲げる事項についての調停事件が終了した場合には、家事調停の申立ての時に、当該事項についての家事審判の申立てがあったものとみなす。

【参考裁判例】全て抜粋

①東京地判平成26年5月29日 判例集未搭載

「2 争点〔2〕(養育費の給付請求の可否)について

(1)原告は,本件請求により,長女Cの養育費の請求を行うものであるが,かかる請求については,民法上の扶養請求権に基づくものであるから,その程度又は方法については,まず当事者間で協議をして定め,当事者間の協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは,扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,家庭裁判所がこれを定めることになるのが原則である(民法879条,家事事件手続法4条)。 他方で,扶養権利者である長女Cの親権者として同人を養育する立場にある原告が被告との間で,長女Cを養育するために要する費用の給付について合意したときは,その合意は,私法上の合意として有効であり,これに基づいて,民事訴訟により,その給付を請求することができることは否定する理由はない。

この点,被告は,家庭裁判所において,養育費については後見的に扶養に関する処分として定めるべきものであって,後に事情変更もある事案については、特に地方裁判所において,強制執行力のある債務名義を作成することはできない旨を主張する。しかし,私法上の合意についての債務名義であっても,その内容が,養育費に関する限りは,当該の内容は,家事審判事項であるから,事情の変更があったときは,原告又は被告の申立てにより,家庭裁判所において,その取消,変更をすることができると解されるから(民法880条),被告の主張には理由がない。

(2)以上から,本件請求は,家庭裁判所の専属管轄であり,不適法である旨の被告の主張は採用できない。 

3 争点〔3〕(将来請求の可否)について

(1)前記第2の1前提となる事実で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件合意書の効力を否定し,本件合意書に基づいて養育費を支払う意思がないことを表明していること,本件訴訟手続においても,養育費の支払について具体的な提案をしていないこと,原告に十分養育できる資力があり,他方で,自らの収入が十分でないとの事情変更を理由に,履行を拒否しているものの,家庭裁判所に対する養育費の減額申立てについては取り下げるなどしていることからすると,被告が今後,任意に本件合意書に基づく養育費の支払いについて,その履行することが期待できず,したがって,弁済期未到来のものについても,あらかじめその請求をする必要があるというべきである。

(2)ただし,本件に顕れた一切の事情を踏まえ,かつ,本件合意書の記載に鑑み,将来給付の必要性については,長女Cが成人に達する日の属する月までに限定して認めるのが相当であり,これを超える請求については,理由がないというべきである。

4 原告の請求の検討 以上を踏まえて,原告の本件請求について検討する。

(1)前記説示のとおり,本件合意書は,有効であり,原告は,被告に対し,本件合意書に基づき,平成25年8月分までの未払養育費95万円の支払を求めることができるほか(前記第2の1前提となる事実(3)で認定),これに対する平成25年9月19日(弁済期以降の日)から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

(2)前記第2の1前提となる事実(3)(5)で認定した事実に加え,証拠(甲5から甲12)及び弁論の全趣旨までによれば,原告は,長女Cのために下記アないしエの合計93万0844円を負担したことが認められる。

ア 学費 前期分36万7400円     後期分35万4600円

イ 制服代 合計 3万6844円

ウ 課外講習代    8000円

エ 塾代 合計 16万4000円

そして,前記第2の1前提となる事実(2)で認定した本件合意書の記載によれば,上記支出については,被告は,原告に対し,特別の費用として,その負担を約したものに含まれることは明らかであって,かつ,前記第2の1前提となる事実(5)記載のとおり,原告は,被告は支払の催告をしたことが認められ,上記93万0844円及びこれに対する平成25年9月19日(履行期の翌日)から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

(3)前記3で説示したとおり,被告は,原告に対し,平成25年9月分から平成28年9月まで,本件合意書に基づき,毎月末日限り,23万円の支払を求めることができる。

5 よって,原告の本件請求は,主文の限度で理由あるので,これらを認容し,その余は,理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第64条但書及び第61条を,仮執行宣言につき同法259条第1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第15部

裁判官 澤井真一

②東京地判平成29年1月31日判例集未搭載

「第3 争点に対する判断

1 争点(1)(原告と被告との間に養育費についての合意が成立したか。)について

(1)証拠(甲2ないし4,23の1ないし3)によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告は,平成25年10月1日,原告に対し,「2014年1月から養育費(17万円)指定口座に振込ます。」,「養育費はCが成人する(2029年○月)まで支払います。」などと記載したメールを送信した。

イ 被告は,同月2日,原告に対し,「賞与を含めた年間総支給額(税込み)を基に,養育費を計算しています。その計算した額よりも多い額が17万円です。」,「2014年1月25日分から毎月30日までに,養育費(17万円)を指定口座に振込む。養育費(17万円)は,2029年○月25日分まで支払う。」,「お金のことは,これで締結したいと思います。」などと記載したメールを送信した。ウ これに対し,原告は,同日,被告に対し,「年内(11月分,12月分)は,27万円ということで締結したいと思います。」などと記載したメールを送信した。エ 被告は,同日,原告に対し,上記ウのメールを引用した上で,「すべて了解。」と記載したメールを送信した。

(2)上記事実によれば,原告と被告は,離婚に先立つ平成25年10月1日及び同月2日,被告が支払うべき長男の養育費につき,〔1〕平成25年11月及び同年12月については各月27万円ずつを支払い,〔2〕平成26年1月から長男が20歳に達する平成41年6月までは各月17万円ずつを毎月30日までに支払う,とすることで合意したものと認められる。

これに対し,被告は,その後に原告による借金が判明し,また,原告が被告と長男とを交流させないことから,養育費を順次減額したと主張するが,養育費の減額について原告と被告との間で合意が成立したと認めるに足りる証拠はなく,また,上記の養育費を定めた合意が,原告による借金がないことや原告が被告と長男とを交流させることを条件としていたなどと認めることもできないから,被告の主張は採用することができない。

したがって,被告は,原告に対し,上記の合意に基づいて養育費を支払う義務を負う。なお,各月の支払日については,上記〔2〕については原告の主張する「各月末日限り」との限度で合意を認め,また,上記〔1〕については必ずしも明らかでないものの,上記〔2〕について合意したところに照らし,遅くとも各月の末日限り支払う旨合意したものと認める。

これによれば,平成28年11月30日の時点において未払となっている養育費の金額は,別紙養育費支払状況一覧表のとおりとなる。

(3)もっとも,被告は,本訴が提起された後,原告を相手方として,家庭裁判所に長男の養育費についての調停の申立てを行っているところ(被告本人),証拠(甲9ないし19)からうかがわれる被告の収入額等に照らすと,原告が多くの収入を得ていないこと(弁論の全趣旨),長男に疾病ないし障害があること(甲8,弁論の全趣旨)等の事情を勘案してもなお,上記養育費の金額は,今後,家庭裁判所の調停又は審判によって大幅に減額される可能性があると認められ,このことからすると,本件の養育費のうち,いまだ履行期が到来していない部分についての請求権は,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものというべきである。したがって,本件訴えのうち上記将来請求に係る部分は不適法であるといわざるを得ない。」

③東京地判平成29年12月8日判例集未搭載

「第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(訴えの適法性)について

原告は,本件請求により,長男Cの大学進学に係る養育費の請求をするものであるところ,このような子の監護に要する費用の負担については,まずは当事者である原被告間の協議で定め,協議が調わないとき等は家庭裁判所がこれを定めるものであるが,当事者間において協議が調うなどして具体的な金銭請求権が形成されたのであれば,これを民事訴訟において請求することは可能であることは,原告も主張するとおりであり,前記前提事実に示した本件和解条項の内容に照らせば,原告と被告との間で,長男Cの父である被告が,親権者として長男Cを監護する原告に対し,大学進学に係る養育費として,長男Cが進学した大学の「入学金及び授業料」の半額を負担するとの協議が調ったということができる。

そして,裁判上の和解が成立し,これが調書に記載されたときは,その記載は確定判決と同一の効力を有して債務名義となる(人事訴訟法37条1項本文,民事訴訟法267条,民事執行法22条7号)ところ,本件和解条項は給付条項であるから,本来であれば,債務名義としての効力を有する給付条項に基づき強制執行をすることができるのであって,重ねて給付判決を得る必要性はないとも考えられるところであり,裁判上の和解の効力に関する説の対立も相俟って,給付の訴えの必要性について疑義が生じるところである。この点,原告はどのような見解であるのか明らかではないが,その訴訟態度を見るに,本件和解条項では強制執行に耐えられないことを当然の前提としているようであり,そうだとすると,何故本件和解条項につき給付条項の形をとって本件和解を成立させてしまったのか甚だ疑問ではあるが,本件和解条項は,上記判示のとおり,原被告間において長男Cが進学した大学の「入学金及び授業料」の半額を負担する旨の協議が調ったという限りにおいて確定しているものの,現在の強制執行の実務に鑑みると,殊に迅速性と画一性が重視される執行裁判所が判断するに当たり,金銭支払のための債務名義としてその内容は必ずしも明確であるとは断じ難く,このような場合においては,さらに給付の訴えを提起して強制執行に耐え得るほどに一義的な内容の給付判決を得る利益があると解するのが相当であって(最高裁判所昭和42年(オ)第523号同42年11月30日第一小法廷判決・民集21巻9号2528頁参照),本件についても,訴えの利益がある(ただし,将来請求に関するものについては,下記2で判断する。)ということができる。

2 争点(2)(将来請求の必要性)について

(1)一般に,大学の学費については,経済的事情等により所定の期限までに納付できない学生等のために,納付期限の猶予(延納)等の措置が講じられているが,このような措置にも一定の限界があり,学費を納付できない状況が継続すれば,これを理由として除籍処分を受けるおそれがあり,もし除籍処分を受けることとなれば,当該学生等において回復し難い重大な不利益を被ることとなる。

本件においても,原告が請求する将来の給付は,長男Cが在籍する本件大学に対して2年次以降納付しなければならない「授業料」のうち被告が負担するべき半額について,あらかじめその支払を求めるものであるところ,納付期限の猶予を受けたり,原告において一時的に全額を負担しておくなどの対処を講じることはできたとしても,それにも限界があるのであって,2年次以降の「授業料」の半額につき被告が適時に原告に対する支払をしないことにより,本件大学への「授業料」等の納付が遅滞し,これを理由として長男Cが除籍処分を受けるような事態になれば,長男Cにおいて重大な不利益を被ることになってしまう。加えて,前記前提事実に示したこれまでの被告の養育費の支払状況等に照らすと,被告において害意をもって養育費の支払をしないというような暴挙に出ることは想定し難いが,経済的その他の事情からやむを得ず支払が滞ってしまうことも考えられるところ,繰り返すとおり,被告から原告に対して適時に「授業料」等の半額が支払われないことにより長男Cに生じ得る不利益が極めて重大であることに照らせば,2年次以降の「授業料」の半額につき,現時点であらかじめ請求をする利益があるというのが相当である。

(2)ところで,本件和解条項は長男Cの大学への進学を前提とすることを明示しており,長男Cが本件学科に進学したことは前記前提事実に示したとおりであるところ,2年次以降の「授業料」について検討すると,長男Cが2年次以降も本件学科に在籍(ただし,休学を除く。以下同じ。)していなければ,その監護者である原告が本件大学に対して2年次以降の「授業料」を支払う必要性はないと考えられることに鑑みれば,本件和解条項に基づく原告の被告に対する養育費支払請求権は,被告が原告に対して支払うべき「授業料」の半額に対応する長男Cの大学在籍をもって初めて発生するものと解するのが相当である。したがって,確定期限が付されているものとして将来の給付を求める原告の請求は,その限度において認容することができない。

もっとも,弁論の全趣旨に照らせば,原告の将来の給付の請求は,原告主張の期限付き請求権であることが認められない場合には棄却されてもやむを得ないという趣旨ではなく,これより後の時点における一定の将来請求が認められるというのであれば,これも含んで請求しているものと解することができる。そして,一般に,我が国の大学においては,学年を毎年4月1日から翌年3月31日までとし,更にこれを毎年4月1日から同年9月30日まで(前期)及び同年10月1日から翌年3月31日まで(後期)のふたつの学期に分けており,かつ,授業料等の学費については,各学年ごとの徴収とするが,半期ごとに分納することも許容していることが多く(前記前提事実に示したとおり,本件学科の授業料や施設設備費も半期ごとの金額が定められ,原告が1年次前期分を平成29年3月下旬に支払っていることからすると,本件大学も,このような学年及び学期の制度並びに学費の納付方法を採用しているものと推察される。),また,各学期の初日時点において在籍している学生等に対して,その前後頃を納付期限として,これに対応する学費の納付を求め,既に納付された学費についてはその後退学するなどしても返還されないという規程を設けている大学が多いことに照らせば,本件和解条項に基づく原告の被告に対する養育費支払請求権については,2年次前期分につき平成30年4月1日時点において,2年次後期分につき同年10月1日時点において,3年次前期分につき平成31年4月1日時点において,3年次後期分につき同年10月1日時点において,4年次前期分につき平成32年4月1日時点において,4年次後期分につき同年10月1日時点において,長男Cが本件学科に在籍しているときに将来において発生するものと解するのが相当である。」

「4 争点(4)(支払の範囲)について

本件和解条項において,被告が原告に支払う範囲として定められているのは「大学の入学金及び授業料の半額」である。

ところで,一般に,我が国の大学においては,「入学金」や「授業料」のほか種々の名目で金員の納付が求められることが多いことは公知の事実であり,かつ,子が将来大学に進学したときに備えてその学費等に関する養育費の分担を協議するに当たっては,上記のような実情を踏まえて,名目の如何を問わず子が進学した大学に納付しなければならない金員につき分担することを意図する場合には文言上もそれが明らかになるような条項とすることも容易であるのに,本件和解条項においては「入学金及び授業料」とだけ記載されていることに鑑みれば,原告の内心はともかくとして,少なくとも被告との間で意思が合致し,協議が調ったのは「入学金」と「授業料」の半額という範囲であると解さざるを得ない。

そして,前記前提事実のとおり,平成29年度本件学科入学者についての「入学金」は15万円,「授業料」は半期ごとに29万円であるから,本件和解条項に基づき被告が原告に対して支払うべき養育費の額は,1年次前期分は22万円,それ以降の分は半期ごとに14万5000円となる。」