合意された養育費の請求方法と訴訟類型
家事|親族|東京地判平成26年5月29日|東京地判平成29年1月31日|東京地判平成29年12月8日
目次
質問:
私は,3年前に夫と離婚し,4歳と7歳の2人の子どもと3人で生活しています。離婚する際に,夫との間で「生活費として月20万円支払ってもらう」という約束をしており,実際に1年間は支払ってもらっていましたが,現在はぱったり支払いが止まってしまっています。
夫の当時の年収は1000万円くらい,私の年収は200万円くらいです。なお,生活費の約束については,特に書面等にはしていませんでした。
私はどうすれば良いのでしょうか。
回答:
1、一般的に,養育費の請求をする場合,任意での交渉が困難であれば,家庭裁判所に養育費の請求調停あるいは審判を申立てて,家庭裁判所内で養育費の額等について定める,という流れが一般的です。もっとも,現在裁判所が用いている養育費の基準からすると,あなたの場合の養育費は,12万円から14万円になるため,最初の約束の20万円を大きく下回ってしまいます。また,現在の実務においては,過去の未払いの養育費は,養育費の請求調停や審判では認められないのが通常ですから,本件ですぐ調停を申し立てたとしても,2年間の未払い分は支払われないことになります。
2、他方で,仮に養育費について,双方で合意が成立している場合には,合意による請求権を理由に家庭裁判所ではなく,一般的な民事事件として地方裁判所に給付訴訟を提起することが考えられます。その場合は,合意後の未払い分も請求できますし,実務上用いられている算定表に縛られることなく,合意した金額がベースになります。合意の成立の立証は,裁判例をみると必ずしも書面でなされる必要はありませんが,口約束だけでは合意の成立が立証できないため,その他メールやLINE等の普段のやり取りから,合意の立証ができるかの検討が必要です。
3、いずれにしても,検討が必要ですので,まずはお近くの弁護士にご相談ください。
4、養育費に関する関連事例集参照。
解説:
1 婚姻費用が払われない場合の通常の対応とその流れ
(1) 養育費について
まず,本件から離れて,一般的に養育費が支払われない,というケースの流れをご説明いたします。「養育費」は,民法766条1項の「子の監護に要する費用」を指していると考えられており,子を監護していない親から、子を監護している親に対して支払われる未成熟の子の養育に要する費用である,とされています(その他,民法877条1項の扶養義務も根拠とされています)。
そのため,養育費については,具体的な金額を決定する必要があり①その代理人を含む当事者同士(父母)で協議をして,②協議がまとまらない場合は,家庭裁判所が定めることになります(同条2項)。 具体的には,「子の監護に関する処分」が家事事件手続法の別表第二で挙げられていることから,調停を申し立てることもできますし(家事事件手続法244条),いきなり審判を申し立てることもできる(同法39条),ということになります(養育費については,調停を先に申し立てなければならないといういわゆる調停前置主義は妥当しません)。ただし,同法274条1項により,審判を申し立てても調停に付されることがあるため,仮に調停ではなくいきなり審判を申し立てる場合には,調停に付してもまとまる見込みがない旨の説明が求められると考えられます。 したがって,流れとしては,①当事者同士での協議,②協議が整わなければ裁判所を介入させた話し合いである調停手続き,③調停手続が整わない(不調)あるいは初めから話し合いが困難な場合は審判手続きで定める(不調の場合は自動的に審判の申立てがあったとみなされます。家事事件手続法272条4項),ということになります。
(2) 養育費の算出法
そして,養育費は,裁判例上「自分の生活を保持するのと同程度の生活を保持させる義務を負う」(生活保持義務)を負っていることを前提に計算されることになりますが,現在の裁判実務においては,具体的な養育費の算定式(標準算定方式・判例タイムズ1111号285頁)と,それを基礎にした「算定表」という表を用いて,養育費を計算しています(東京家庭裁判所のホームページ)。
当事務所ホームページにも同じ表がございます:養育費、婚姻費用の計算について
この算定表(及び算定表の元となる計算式)においては,権利者・義務者の年収と所得の内容(給与所得・事業所得)と子どもの年齢・人数を要素として養育費を定めています。
(3) あなたの場合
上記の一般的な流れからすると,例えば本件では,お伺いしている考慮要素を前提とすれば,算定表上は12万円から14万円,ということになります。しかし,その場合,最初の「約束」よりも低い金額になってしまう,ということになります。
さらに,養育費の請求について,裁判所は,一般的に「請求した時点から」の養育費の支払いしか認めない傾向にあります。これは,養育費は現在の生計の維持のためのお金,という意識があるようです。
そのため,本件において,今から調停を申し立てて,ということになると,①養育費は25万円から下がることが予想されるうえ,②請求していない2年間の未払い養育費については認められない,という結論になってしまうことが予想されます。
そこで,本件では,既に当事者同士で20万円という「約束」をしているという事情から,上記一般的な流れではなく,一般的な民事訴訟で請求できないかを検討するべき,ということになります。民事訴訟であれば,上記の養育費の算定方法で算出される金額ではなく,また「約束」の当時にさかのぼっての請求が可能と考えられるからです。
以下では,その可否と予想される論点について検討いたします。
2 給付訴訟の可否
まず,そもそもの問題として,養育費について家庭裁判所での調停ないし審判ではなく地方裁判所での民事訴訟で請求ができるか,という点についてですが,過去の裁判例は,認めています。下記参考裁判例①では,養育費については,民法上の扶養請求権に基づくものであるから,その程度や方法については,「扶養権利者の需要,扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して,家庭裁判所がこれを定めることになるのが原則である(民法879条,家事事件手続法4条)。」としながら,養育費についての合意がある場合には,かかる合意は「私法上の合意として有効であり,これに基づいて,民事訴訟により,その給付を請求することができることは否定する理由はない。」としています。
その他多くの裁判例が同種の理由で,一般民事訴訟で請求することを認めています。わかりにくいかもしれませんが、合意によって生じた金銭を支払えという権利があるか否かについては、訴訟として地方裁判所がその権利の有無を判断することが出来る、ということです。合意が成立していなくても養育費の請求権は法律上認められるのですが、当事者による具体的な金額の約束がない段階では具体的な権利として発生しておらず、家庭裁判所が当事者の事情を考慮して決めることになるので地方裁判所の民事訴訟という形式にはなじまないということです。
また,この裁判例では,上記のとおり,単に私法上の合意に基づく金銭請求になるため,上記養育費の算定方法に従って養育費が計算されることなく,合意した金額が認められているうえ,合意締結後からの未払い金についても一括で請求が認められています。地方裁判所の審理における争点は法的に有効な合意が成立しているかどうか、ということになります。
3 給付訴訟における論点
(1) 合意の成否(立証)
以上のとおり,養育費についての合意が成立していれば,合意した金額について,その後の未払いも含めて,通常の訴訟(給付訴訟)において請求できる,ということになります。
そこで,続いて問題になるのは,いかなる場合に合意が成立したといえるのか,という点です。
本件のように合意についての書面が存在していない場合、合意について相手が否定すると、合意の立証は請求する側がしなくてはなりません。この点については,通常の契約と同様,合意の存在を証明できさえすれば良いので,必ずしも契約書のような書面にする必要はありません。例えば,参考裁判例②は,メールのやり取りから養育費の金額や支払いの始期についての合意締結の事実を認定しています。
そのため,本件のような口約束であっても,その後のやり取り等から,合意の立証ができる可能性がある,ということです。
(2) 将来給付の可否
もう一点検討するべきなのは,合意が成立している場合,どこまでの請求が認められるのか,具体的には,口頭弁論終結時以降の将来発生する養育費についても,この給付訴訟で認められるか,という点です。
将来発生する権利や履行期が未到来の権利についての給付を請求する訴訟を、将来請求あるいは将来給付の訴えと呼びますが、この将来給付の訴えについては,民訴法135条で「あらかじめその請求をする必要がある場合」に認められる旨規定されています。そこで、あらかじめその請求をする必要があるか否かが問題となります。参考裁判例①では,支払い義務者において合意に基づいて養育費を支払う意思がないことを表明している点,具体的な養育費の提案をしていない点から,義務者が任意に合意に基づく養育費の支払いを履行することが期待できないと認め,「あらかじめその請求をする必要がある場合」と認めています。参考裁判例③でも,大学の授業料の請求について,授業料が支払われなかった場合のデメリットの大きさから,その時点での在学を条件として,将来給付の訴えを認めています(学費については後述します)。
他方で,後述のとおり,養育費(子の監護に関する費用)の請求である以上,合意が認められたとしても,その後の事情変更によって家庭裁判所の審判によって金額が変更される可能性を残していることになります。そのため,参考裁判例②においては,「被告は,本訴が提起された後,原告を相手方として,家庭裁判所に長男の養育費についての調停の申立てを行っているところ(被告本人),証拠(甲9ないし19)からうかがわれる被告の収入額等に照らすと,原告が多くの収入を得ていないこと(弁論の全趣旨),長男に疾病ないし障害があること(甲8,弁論の全趣旨)等の事情を勘案してもなお,上記養育費の金額は,今後,家庭裁判所の調停又は審判によって大幅に減額される可能性があると認められ,このことからすると,本件の養育費のうち,いまだ履行期が到来していない部分についての請求権は,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものというべきである。」として将来分については請求を認めませんでした。
以上のとおり,合意があれば合意締結後の「過去の未払い分」については請求できる一方で,将来発生する養育費については,その請求が認められない場合があるということになります。
(3) 学費について
上記のとおり,参考裁判例を見ると,いわゆる毎月の養育費の他に,学費についても合意のとおり,柔軟にその請求を認めています。家庭裁判所における養育費の請求(調停・審判)においては,例えば公立学校の学費については上記算定において算出される「養育費」に含まれているため認められず,また成人後の大学の学費や,私立校の学費についても認められないケースも散見されるところですから,この点も事前の合意さえできていれば請求が可能,ということになります(私法上の契約に基づく請求であるため,学費の負担も合意している以上当然に請求できるという考え方です)。
なお,この際の合意については,具体的な金額ではなく「大学に進学した場合には,大学の入学金及び授業料の半額を支払う」という曖昧な内容でも,曖昧な内容であるからこそ,執行できる程度に特定された時点での民事訴訟の提起が必要である(この事件は裁判上の和解が成立し和解条項に「大学に進学した場合には,大学の入学金及び授業料の半額を支払う」という条項があったという場合です。和解条項に記載があるのであれば改めて給付訴訟を提起する必要はないとも考えられますが、強制執行の申し立てに必要となる債務名義としては金額が記載されていないことから、債務名義と認められずに強制執行ができない場合があることから給付判決をもらって債務名義とする必要があると判断したものです),という理由で請求が認められています(参考裁判例③)。
(4) 合意後の養育費の変更
以上のとおり,学費を含む「子の監護に関する費用」(養育費)であっても,いったん合意が成立すれば,単なる私法上の請求権になるため,合意に基づく請求として,合意後から提訴までの未払い分も請求できるし,養育費の算定方法にも影響されないことになります。
他方で,参考裁判例①が「私法上の合意についての債務名義であっても,その内容が,養育費に関する限りは,当該の内容は,家事審判事項であるから,事情の変更があったときは,原告又は被告の申立てにより,家庭裁判所において,その取消,変更をすることができると解されるから(民法880条)」と判示するとおり,この「私法上の請求権」は,養育費としての性格が無くなっているわけではなく,将来の事情の変更(再婚・養子縁組や相手方の給与の低下等)によっては養育費増額及び減額の調停・審判によって合意された金額の変更が可能,ということになります。
4 本件における具体的な対応
以上を前提として,本件の場合ですが,双方の年収が正確なのであれば,上記裁判所の実務上の算定方法から算出するおおよその養育費は12万円から14万円のレンジということになりますから,20万円よりも低額ということになります。そのため,過去分の請求が可能になることも含めて,まずは合意の成立を前提とした,民事訴訟の提起の余地を検討することになります。
そのための「合意」の立証については,メールやLINE等での立証が可能かを判断する必要がございます。なお,平成30年12月現在,最高裁判所において,上記で挙げた養育費の算定表の金額を増額する方向での検討が進められているようです。そのため,この増額の有無や程度,時期についても考慮する必要があります。
民事訴訟の提起が可能であっても,まずは任意の支払いの余地を探ることになりますし,立証の可否等難しい検討が必要なので,すぐに弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
以上
以上