バイトテロ対策
刑事|信用毀損|業務妨害|器物損壊|学生バイトの民事賠償責任
目次
質問:
大学3年生の息子のことで相談です。息子は先月まで、ある居酒屋のチェーン店の厨房でアルバイトとして働いていたのですが、勤務中、ふざけて厨房内で不適切な動画をスマートフォンで撮影して、SNSにアップしてしまったようです。動画の内容は、冷蔵庫から出してきた肉や野菜を床に落とし、靴で踏みつけた上、まな板に載せて包丁で捌く様子を実況する、というものです。この動画はSNS上で拡散され、息子の勤務店や本社にはクレームの電話が鳴りやまなくなり、息子の勤務店にいたっては、騒動後間もなく閉店に追い込まれる事態となっています。息子は、会社から必要な法的措置を執ると言われており、来週には事情聴取や会社に生じた損害補填のための話合い等のため、実印と印鑑証明を持って本社に来るよう言われています。息子は怯えており、私ども親としてもどのように対応していったら良いか分かりません。アドバイスを頂ければと思います。
回答:
1 アルバイト従業員等が勤務中の飲食店等で不適切な動画を撮影し、SNSにアップする行為は、「バイトテロ」と呼ばれ、近時大きな問題となっています。その多くは悪ふざけのつもりでなされたものと思われますが、現代のインターネット社会、SNS社会では、こうした動画による影響は時として凄まじいものがあり、信用の毀損等によって会社に莫大な損失を与えるとともに、行為者自身も重い社会的制裁を受けたり、種々の法的責任を負うなど、取り返しのつかない事態となることも珍しくありません。
2 息子さんは、本件居酒屋を経営する会社に対して、労働契約上の債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償義務を負っていると考えられ(民法415条、709条)、廃棄を余儀なくされた食材の仕入費用、店舗が存続していたら将来得られたであろう利益やテナントからの退去費用、企業イメージの悪化による売上の減少分や、企業イメージ回復のために要した費用、弁護士費用等、会社からの請求額が数千万円かそれ以上の規模となる可能性も考えられるところです。
3 また、息子さんには、信用毀損罪(刑法233条前段)、偽計業務妨害罪(刑法233条後段)、器物損壊罪(刑法261条)等の犯罪が成立していると考えられ、本件動画による影響の重大さ等に照らせば、会社による告訴等によって実際に捜査機関による捜査の対象となった場合、公判請求された上で懲役刑を求刑される可能性も相応にあると言わざるを得ないでしょう。
4 上記のような民事上、刑事上の問題を一挙的かつ早期に解決するためには、会社の請求額からの減額を図りつつも、会社に対して一定の解決金を支払い、他方、会社からは本件を刑事事件化しないこと等を約束する内容で、和解合意(示談)を成立させる必要があります。そのためには、家族や親族の協力を得るなどして、一定の解決金支払いの目途を立てた上で(同種事案では、数百万円程度の解決金を支払う内容で和解となるケースも多いようです。)、会社に対して示談の申入れを行い、交渉していくべきことになります。
5 なお、会社からの呼び出しに息子さん1人で対応することは、本来の法的義務(会社が請求に含めてくるであろう様々な損害項目の中には、法的な意味での因果関係(相当因果関係)の有無を争える余地があるものも多く含まれていると思われます。)を超える多額の金銭支払義務を自認する書面への署名を事実上強いられる等、著しく不利益な証拠を作出させてしまうリスクを回避する見地から、極力避けるべきでしょう。弁護士を代理人に選任して対応すべき必要性が高い事案と思われますので、まずは早期に専門家にご相談されることをお勧めいたします。
6 業務妨害罪・器物損壊罪に関する関連事例集参照。
解説:
1.(はじめに)
息子さんのように、主としてアルバイト従業員が飲食店等での勤務中に不適切な動画を撮影し、SNSにアップする行為は、近時「バイトテロ」と呼ばれ、社会的に大きな問題となっています。そのような動画は、企業イメージを大きく毀損するものであることが多く、動画の拡散に伴い、会社は謝罪等の対応に追われ、売上げの減少や店舗の閉店を余儀なくされる等、多大な経済的損失を被る事態に至ることも珍しくありません。また、不適切行為を行い、あるいはその様子を撮影したアルバイト従業員も、SNS上で多くの人が動画を見る中で、些細な情報から個人情報が特定され、インターネット上に晒されるなどして、不適切行為に関わったという情報が半永久的にインターネット上に残ってしまうことで、社会生活上多大な不利益を被る事態となるケースも多くあります。
こうしたバイトテロ行為は、その多くが悪ふざけのつもりでなされた行為なのでしょうが、近年のインターネット社会、SNS社会の中では、会社だけでなく、行為者自身にも取り返しのつかない影響が及ぶ可能性が高い、危険な行為ということができます。当然ながら、バイトテロの行為者は、種々の法的責任を負うことになります。
以下では、本件における息子さんの今後の対応を検討する前提として、まずは息子さんが本件行為によって負っている法的責任について確認しておきたいと思います。
2.(現在の法的状況について)
(1)民事上の責任
息子さんは、本件居酒屋を経営する会社に対して、労働契約上の債務不履行及び不法行為に基づき、本件行為によって会社に発生した損害を賠償する義務を負っていると考えられます(民法415条、709条)。閉店に追い込まれた店舗や会社の規模や収支の状況等によっても異なってくるところではありますが、廃棄を余儀なくされた食材の仕入費用、店舗が存続していたら将来得られたであろう利益やテナントからの退去費用、企業イメージの悪化による売上の減少分や、企業イメージ回復のために要した費用、弁護士費用等、会社として賠償請求を検討してくるであろう損害の範囲は多岐に渡り、請求額が数千万円かそれ以上の規模となる可能性も十分考えられるところです。
もっとも、請求の法的根拠が債務不履行か不法行為にかかわらず、損害賠償を請求するには、その損害が義務違反行為(債務不履行行為あるいは加害行為)と因果関係があることが必要とされているため(因果関係のない損害については、例え請求されたとしても、支払いに応じる義務はありません。)、本件行為と因果関係がある損害の範囲が問題となります。なお、ここで言う因果関係というのは、行為との間に無限に発生しうる事実的因果関係を意味するものではなく、社会通念上相当な範囲(「相当因果関係」と呼ばれます)に限定して解釈されています。具体的には、行為から通常生じる「通常損害」と、行為者が予見し、または予見することができた特別な事情によって生じた「特別損害」が因果関係のある損害の範囲とされることになります(民法416条。なお、本条は債務不履行責任における損害賠償の範囲について定めたものですが、不法行為の場合も同条が類推適用されることになります。)。
とはいえ、バイトテロの事案において、どこまでが相当因果関係のある損害といえるのか、また相当因果関係があるとして、通常損害なのか特別損害なのかについては、裁判例の蓄積がなく、結局のところ、民事訴訟を提起された場合に、裁判所が判決で会社側主張の損害をどこまで認めるかについては、かなり不透明と言わざるを得ない状況でしょう。大規模な企業における売り上げの減少などは数十億円になることも考えられますが、バイトテロ行為の違法性から考えて数十億円の損害賠償責任を負わせるということは公平とは言えないでしょう。また、株価の下落による損害なども数十億円以上になることも予測され、バイトテロ行為と関係があるとはいえるでしょうが、これらの損害の責任を負わせることも過大な責任となってしまうことから、裁判所が認めるとは考えらえません。
なお、会社等使用者からその労働者に対する損害賠償請求の場面においては、報償責任(使用者はその指揮命令に服すべき従属的立場にある労働者の活動により事業を拡大して利益を得ているのであるから、それによる損失をも負担すべきであるとする考え方)の見地から、損害賠償請求が認められる場合や範囲を限定的に解する法理が裁判例上確立されているところですが(最高裁昭和51年7月8日判決等)、本件では本法理の適用による減額は極めて困難であると考えられます。同法理は、従業員の不注意(過失)によって会社に損害を負わせた場合を想定しており、従業員に重過失(過失の程度が著しいこと)があったケースで賠償額を減額した例まではあるものの(東京地裁平成15年12月12日判決参照)、従業員の故意による行為や悪質な行為の場合にまで減額を認めた例は不見当であるためです。
後述するとおり、息子さんの行為は犯罪にも該当しうる、故意による悪質な行為ですから、結局のところ、因果関係が認められる範囲の損害については、その全額の損害賠償義務を負う、ということになるでしょう。
(2)刑事上の責任
息子さんの本件行為は、会社に対する民事上の責任のみならず、刑事上の責任を問われる可能性が高いと考えられます。
まず、信用毀損罪(刑法233条前段)が成立する可能性が高いと考えられます。同罪は、「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損」することで成立する犯罪であり、法定刑は3年以下の懲役または50万円以下の罰金とされています。ここでの「偽計」とは、人を欺き、誘惑し、あるいは人の錯誤、不知を利用することを指し、本件不適切動画をSNSにアップした行為は、それを見た人が、本件居酒屋、さらには他の系列店が不衛生な商品を提供しているとの錯誤に陥らせるに十分と考えられるため、「偽計」に該当する可能性が高いといえます。また、同罪の「毀損」の対象となる「信用」は、「人の支払能力又は支払意思に対する社会的な信頼に限定されるべきものではなく、販売される商品の品質に対する社会的信頼を含むと解するのが相当である」とされているため(最高裁平成5年3月11日判決)、本件行為は、衛生的な商品の提供という飲食店としての社会的信用を低下させるという意味で、会社の「信用を毀損」したと言うことができるでしょう。
また、本件行為は、上記のような「偽計」の結果、本件居酒屋や会社に消費者らからのクレームの電話への対応等の余計な業務を余儀なくさせる危険性が高いものであるといえ、実際に多数の電話対応を強いられるとともに、本件居酒屋に至っては閉店にまで追い込まれているわけですから、息子さんには、偽計業務妨害罪(刑法233条後段)も成立していると考えられます。同罪は信用毀損罪と同様、刑法233条に規定されており、法定刑も同じく3年以下の懲役または50万円以下の罰金とされています。
さらに、肉や野菜を床に落とし、靴で踏みつけた行為については、器物損壊罪も成立していると考えられます(刑法261条)。本罪の「損壊」とは、物質的に物を滅失等させることのみならず、事実上あるいは感情上その物を本来の目的の用に供することができない状態にさせること、すなわち、物の本来の効用を喪失させることを指すため(大審院明治42年4月16日判決)、飲食の用に供すべき食品を床に落とし、踏みつけることで、常識的に見て、感情上再び商品としての提供、あるいは飲食ができない状態にしている以上、例え洗浄等によって衛生上飲食の用に供せる状態にできたとしても、器物損壊罪が成立することになります。同罪の法定刑は、3年以下の懲役または30万円以下の罰金若しくは科料とされています。
このように、息子さんは本件行為によって刑事上の責任を問われ得る状況にあるといえ、行為自体の悪質性や、特に本件居酒屋が閉店にまで追い込まれているという影響の重大さに照らせば、会社による告訴等によって実際に捜査機関による捜査の対象となった場合、公判請求された上で懲役刑を求刑される可能性も相応にあると言わざるを得ないでしょう。
3.(本件における対応)
本件居酒屋の経営会社としては、息子さんに対して損害賠償請求をしてくるであろうことが容易に想定できます。本件行為による影響の大きさや、会社の経済的損失の規模の大きさ等に照らせば、会社としては、当然、民事訴訟の提起をも見据えて準備を進めているものと推測されます。また、バイトテロ被害に遭った企業が行為者に対して法的措置を執ろうとする近時の傾向からすれば、会社が息子さんを刑事告訴することで、息子さんが刑事責任を追及される事態も十分に考えられるところです。
そのような状況下で、息子さんの抱える民事上、刑事上の問題を一挙的かつ早期に解決するためには、会社の請求額からの減額を図りつつも、会社に対して一定の解決金を支払い、他方、会社からは本件を刑事事件化しない(被害届の提出や刑事告訴を行わない)ことや、息子さんに対する刑事処罰を求めないことを約束する内容で、和解合意(示談)を成立させる必要があります。そのためには、一定の解決金支払いの目途を立てた上で、会社に対して示談の申入れを行い、交渉していく必要があります。
その上で、伺った事情の下で懸念されるのが、会社から、損害補填のための話合いの場に実印と印鑑証明を持って来るよう言われているという点です。この会社の要求からすると、会社として、息子さんに会社に対する高額な金銭の支払義務を認めさせるような書面に署名、押印させようとしている可能性を考えざるを得ないところです。前述したように、会社が請求に含めてくるであろう様々な損害項目の中には、法的な意味での因果関係(相当因果関係)の有無を争える余地があるものも多く含まれていると思われ、会社としては、そのような請求にあたっての法的障害を除去するため、直接会社に対する支払義務を認めさせるような合意をさせようとすることは、むしろ自然なことともいえます(会社の要求する全額を支払う等の内容の書面に署名、押印してしまった場合、元々は全額の支払義務まではなかったとしても、当該合意自体に基づいて全額の支払義務が発生することになります。そして、当該合意の成立は、あなたが署名、押印した当該書面によって容易に立証することが可能となります。)。そうでなくとも、今後の減額に向けた交渉や民事訴訟、さらには刑事手続において、あなたに不利に働くような内容の書面への署名を事実上強いられたり、あなたに不利な発言を録音等によって証拠化されたり、といった可能性も十分考えられるところでしょう。
少なくとも、そのような危険がある場に息子さん1人で行かせることは極力避けるべきであり、代理人の弁護士を選任した上で交渉等を含めた連絡窓口を弁護士に一本化する、会社とのやり取りを書面中心のものとする、仮に会社での事情聴取に応じるとしても、事前に弁護士と綿密な打ち合わせを行った上、聴取の場には弁護士を同席させる等の対応が望ましいといえるでしょう。
息子さんにとって不利益となり得る証拠を不用意に作出させないことを前提に、会社にとって、単に法的措置を執る以上のメリットとなるような提案ができるかどうかが交渉の上では重要となってくるでしょう。本件では、会社としても、たとえ民事訴訟で多額の賠償金の支払いを命じる判決を取得したとしても、アルバイト勤務の一大学生に実際に支払いができるとは考えていないでしょうから、息子さんがご両親や親族等の協力を得るなどして、現実的に履行可能な相当額の金銭支払の提案が出来れば、会社としても、示談が検討に値する選択肢の1つとなり得る可能性はあるでしょう。ただし、実際上、少なくとも、支払うべき金額が数百万円単位の高額となることは覚悟しておく必要があるでしょう(実際、同種事案においては、最終的に数百万円程度の金銭を支払う内容の和解で解決することが多いようです。)。
弁護士を代理人に選任して対応すべき必要性が高い事案と思われますので、まずは早期に専門家にご相談されることをお勧めいたします。
以上