盗撮目的の建造物侵入罪(余罪含む)における身柄釈放
刑事|窃盗|建造物侵入罪|軽犯罪法違反|迷惑防止条例違反
目次
質問:
1 息子が,建造物侵入罪で逮捕されました。息子は,私立中学校で教員をしているのですが,前の勤務先の別の中学校の職員用の女子更衣室から出てきたところを警備員に見つかって逮捕されました。息子は,今回の動機について,担当していた子ども達の様子が気になって侵入してしまった,と言い訳をしているそうですが,小さいペン型カメラを所持していたそうです。逮捕後,10日間の勾留が決まってしまいましたが,早期釈放のためには,どうしたら良いでしょうか。
2 現在、息子は,当時同僚だった女性Aに好意を持っており,その方の盗撮をするために,小型カメラを持って,以前の勤務先の女子更衣室に忍び込んだと話しているそうです。また,息子の自宅からは,その他にも学校で盗撮したものらしい動画が複数発見されたようです。
現在,国選の弁護士の方が,建造物侵入の被害者に当たる学校の校長先生と示談の交渉をしていますが,難航しているようです。その結果,今回,10日間の勾留延長が決まってしまいました。弁護士の方からは,「余罪の捜査がたくさんあるし,学校との示談も難航しているので,早期の釈放や不起訴は難しい。」と言われておりますが,何とか,早期に釈放する方法はないでしょうか。
回答:
1 建造物侵入罪は,それ自体,法定刑の重い罪ではありませんが,窃盗や盗撮等の,より悪質性の高い犯罪の手段として行われることも多いため,侵入の目的・動機の解明が重要であり,この点の捜査の必要から,一定期間の勾留が認められやすい傾向にあります。特に本件のように,現行犯による単純な逮捕で長期間の勾留が認められてしまっている場合には,動機,目的の点について,捜査機関が何かしらの嫌疑をもって捜査しているケースが非常に多いです。
早期釈放を求めるのであれば,可能な限り目的・動機を解明させた上で,その対策を講じることが必要です。
ただし,目的・動機が別罪を構成する場合もあるので,その判断は慎重に行う必要がります。
2 本件は,特定の女性Aを盗撮するという目的があったようですが,この場合,本件の実質的な被害者は,学校というよりも,ストーカーのような被害を受けて恐怖を感じていることが推察される女性Aであると言えます。
そのため,学校との示談交渉に加えて,当該女性Aとの示談を行うことによって,実質的な被害回復を行ったと評価され,早期釈放,処分の軽減につながる場合があります。早急に,女性Aに示談の申し入れをすべきでしょう。
3 本件では,余罪の操作も勾留の理由とされているようですが,盗撮行為は,別罪(迷惑防止条例違反等)として処罰される危険性もあるほか,建造物侵入罪の重要な情状事実として,勾留や刑事処分の重要な判断要素とされます。
このような場合,余罪についても示談の準備を進めることで,早期の釈放に繋がる場合があります。具体的には,想定される余罪の被害者(動画に映っている人物)への被害弁償に足りるだけの示談準備金を示すこと等が有効です。
4 建造物侵入罪は,単に形式的な被害者(建造物の管理者)に示談を申し入れるだけですと,事件の本質を掴めず,捜査が長引く傾向が強いといえます。
動機や余罪をどこまで説明した方が良いか,示談の対象をどこまで準備するかについては,勾留に関する判断を行う検察官や裁判所と十分に協議し,検察官の捜査方針や,裁判官の懸念事項を探った上で,対応を検討する必要があります。
5 建造物侵入罪に関する関連事例集参照。
解説:
1 勾留時の動機の説明について
(1) 勾留の判断要素としての重要性
本件で息子さんは,建造物侵入罪の嫌疑で逮捕されたとのことです。
建造物侵入罪の法定刑は,3年以下の懲役または10万円以下の罰金(刑法130条)であり,法定刑がそこまで重い罪ではありません。しかし,その罪質上,窃盗罪等の犯罪より悪質性の高い犯罪の手段として行われることも多いです。
故に,捜査機関としては,建造物侵入の目的・動機といった点を非常に重視する傾向があり,この点について不合理な説明をしたりして詳細が明らかでないと,補充捜査が必要であるとして,長期間の勾留が認められてしまいやすい傾向にあります。
特に本件のように,現行犯による単純な逮捕で長期間の勾留が認められてしまっている場合には,逮捕前の捜査は行われていませんから、動機,目的の点について,捜査機関が何かしらの嫌疑をもって捜査しているケースが非常に多いです。
そのため,早期の釈放を目指すのであれば,侵入の動機,目的といった点についても,合理的な筋道がとおるよう,積極的に説明をした方が良い場合もあります。
本件でも,「こども達の様子が気になった」というのは,やや不自然な説明のようにも感じられます。女子更衣室から出てきたという点や,小型のカメラを所持していたという点からしても,捜査機関や裁判所としては,盗撮目的等の強い疑いをもつ事案と言えます。息子さんご本人から,事情を良く聞き取る必要があるでしょう。
(2) 別罪の危険性
ア 盗撮目的について
もっとも,上記のとおり,侵入の目的によっては,窃盗(未遂)罪等の,別罪としても事件捜査が為されてしまう危険性があります。
本件でも,逮捕時の状況等によっては,盗撮行為として,都道府県の迷惑防止条例違反等の別罪に抵触してしまう危険性があります。
盗撮行為については,未遂罪の規定はありませんので,目的があっただけで,処罰の対象となることはありません。ただし,仮にカメラを設置していた場合などは,下記の条例などに抵触する可能性があります
(東京都迷惑防止条例)第5条(抄) 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
(2) 次のいずれかに掲げる場所又は乗物における人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること。
イ 住居、便所、浴場、更衣室その他人が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいるような場所
ロ 公共の場所、公共の乗物、学校、事務所、タクシーその他不特定又は多数の者が利用し、又は出入りする場所又は乗物(イに該当するものを除く。)
しかし,これらの条例は,現行犯や,実際に設置されたカメラが押収された場合でなければ,別罪として処罰されることは多くありません。また,既に捜査の対象となっている以上,遠からず証拠が確保され,言い逃れできなくなる可能性も高いでしょう。
これらの観点からすると,ある程度,動機については積極的に供述してしまった方が良い場合も多いと言えます。
イ 特定の女性Aへの接近行為について
また本件では,特定の女性Aの盗撮が目的であったとのことですので,ストーカー行為として,別罪を構成する危険がります。
この点,法律上,ストーカーとして処罰の対象となるのは,尾行や待ち伏せ等のつきまとい等の行為を「反復して」行った場合に限られています。そのため,1回だけの行為であれば,ストーカー行為として処罰される危険性は高くはありませんが,ストーカー類似の行為については,被疑者への再度の接近の危険性への懸念が強く,身柄釈放に向けては大きな障害となります。
もっとも,この懸念については,示談成立あるいはその準備により,払拭してカバーすることも可能です。
そのため,示談等の見通しが立つのであれば,やはり早期に動機の供述を進めた方が良いといえるでしょう。
(3) 小括
以上のとおり,建造物侵入罪で早期の釈放を得るためには,自らある程度動機について詳細な供述をすることが必要ですが,一方で,別罪や,悪い情状として評価されてしまう危険も注意する必要があります。また,警察や検察官が,動機についてどこまで捜査し,嫌疑を持っているかを把握することも重要です。
そのため,どこまで動機を供述すべきか否かは,別罪による処罰の危険性や,その危険を示談などの弁護活動によってどこまでカバー可能かの見通しも踏まえて,よく弁護人が検察官と協議をした上で,ベストな方法を検討する必要があります。
2 建造物侵入罪において必要な示談
(1) 実質的な被害者との示談の重要性
建造物侵入罪の被害者は,その建造物を管理する者です。そのため,本件の被害者は,形式的には学校の管理者であり,早期の釈放や処分の軽減のためには,まず学校との示談を行う必要があります。
一方で,本件の主な動機は,特定の女性Aを盗撮するという目的にあったとのことです。
このような場合,本件による実質的な被害としては,単に侵入された学校よりも,ストーカーのように付け狙われて盗撮される恐怖を感じていることが推察される女性Aであるとも考えられます。
そのため,早期釈放を目指すのであれば,形式的に学校にだけ示談を申し入れるのではなく,実質的な被害者と言える女性Aにも示談の申し入れを行うべきでしょう。形式的な被害者である建造物の管理者としても,示談に応じるか否かに当たっては,このような実質的な被害者(建造物を利用する顧客や従業員)の被害感情を気にする傾向は強いですので,女性との示談がきっかけとなり,管理者との示談も好転する場合は多く存在します。
(2) 釈放における有用性
また,上記1(2)でも述べたとおり,捜査機関や裁判所としても,このような動機の建造物侵入罪の場合,ストーカー行為に類似して捉え,被害者への接近の危険性を重視する傾向はあります。
そのため,実質的な被害者との示談が成立を判断材料として,勾留の理由や必要性が少ないと認められ,釈放が認められる場合も多く存在します。もっとも,本件の被害者はあくまで建造物の管理者ですので,単に女性と示談をしたというだけでは,勾留の判断を行う検察官や裁判所には,建造物侵入罪と無関係の第三者と示談をしたとしか取り扱われず,その重要性が伝わらない危険性もあります。
この点は,弁護人により,女性との示談が,建造物侵入罪の勾留の要件とどのように関わりあうのか,本件の構造,核心がどの点にあるのかを,意見書などにより明快に説明する必要があります。
このような説明が奏功すれば,例え建造物管理者との示談が成立していなくとも,早期に釈放となる可能性は十分に存在します。
3 余罪について
なお,本件では,その他の盗撮の捜査も勾留の理由とされているようです。
上述のとおり,盗撮行為は,別罪(迷惑防止条例違反,軽犯罪法違反等)として処罰される危険性もあるほか,建造物侵入罪の重要な情状事実として,勾留や刑事処分の重要な判断要素とされます。このような余罪の捜査の必要性も,建造物侵入罪における勾留の理由・必要性の一つの根拠として取り扱われてしまう傾向は強いです。
その対策として,余罪についても,先回りして弁護活動を行うことが必要です。具体的には,想定される余罪の盗撮の被害者(動画に映っている人物)との示談が考えられますが,仮に動画に映っている人物が特定できない場合(公共の場所での盗撮など)には,公共の福祉に被害を与えたということで,贖罪のための寄付などを行うことを検討すべきです。
もっとも,本件についての示談が必要な状況で,余罪についてまで示談を行うことは容易ではなく,またどこまで余罪が存在するか不明な状況では,適切な金額の贖罪寄付を行うことも困難です。
このような場合には,余罪の弁護活動に必要なだけの準備(示談金や,贖罪寄付に足りるだけの準備金を)を示すこと等が有効です。具体的には,十分な金額を弁護人に預託し,その証明書を弁護人から発行してもらうことが有効です。
この点,多くの金額を準備すれば,早期釈放に繋がるという関係性には,違和感を覚える方も多いかもしれません。しかし,裁判所や検察官にとって,最終的に被害者への被害弁償が果たされるか否か,被疑者が経済的な負担を負うことにより実質的制裁を受けるか否かというのは,判断において重要な関心事となることは事実です。
そのため,客観的にそのような被害弁償を担保できることを先だって客観的に示すことは,まだ捜査が進捗していない場面でも非常に有効な手段です。
もちろん,経済的な負担を伴いますので,早期釈放の必要性との兼ね合いにもなりますが,直截的に有効な手段ではありますので,弁護人と相談して検討しても良いでしょう。
4 まとめ
建造物侵入罪は,単に形式的な被害者(建造物の管理者)に示談を申し入れるだけですと,事件の本質を掴めず,捜査が長引く傾向が強いです。動機や余罪をどこまで説明した方が良いか,示談の対象をどこまで準備するかについては,勾留に関する判断を行う検察官や裁判所と十分に協議し,検察官の捜査方針や,裁判官の懸念事項を探った上で,対応を検討する必要があります。経験の豊富な弁護士に相談することをお勧めします。
以上