わいせつ行為を理由とする懲戒免職処分及び退職金全額不支給処分の可否
行政|公務員の懲戒処分|千葉地方裁判所平成30年9月25日判決
目次
質問:
私は,某県内の市立中学校の校長を務めておりましたが,数か月前,部下の女性教諭をドライブに誘い,社内で同女性の体を触る等の行為をしました。
そのことについて,その女性教諭からセクハラであるとの申告がされ,審査の結果,私は懲戒免職処分となってしまった上に,退職手当約2300万円も全額不支給との処分になってしまいました。しかし,私は,これまで30年間以上,何の問題も起こすことなく職務に真面目に従事してきました。今回,部下の体を触ったことについては,女性も概ね同意しているとの認識でしたし,仮に不快な思いをしていたとしても,免職の上,退職金全額の不支給という処分は重すぎると思います。今後の生活設計もありますので,せめて退職金を一部だけでも支給してもらうことはできないでしょうか。
回答:
1 懲戒免職により、退職金全額不支給処分となった場合でも、審査請求や、処分の取消行政訴訟により、4分の1程度の退職金の支給を求めることは十分可能と考えられます。
判例上,公務員の懲戒処分,については,人事権者の判断に広い裁量を認めています。
本件の懲戒処分の可否に当たっては,まず事実関係として,体を触ったことにつき,女性の同意があったか否か問題となります。この点は,当時の部下の女性との関係(メールのやり取り等)や,事件後の相手女性の行動等から認定されることになります。
2 仮に,同意がないものとして懲戒処分の対象となる場合,懲戒免職処分が行政の裁量の範囲内かが問題となります。詳細な事情にもよりますが,本件では,体に触れることについて概ね同意していたことを誤信するような状況であった場合には,免職を回避可能な場合もあります。
3 免職処分となってしまった場合,退職手当は,各自治体の条例や運用指針によると,全額不支給となることが多いです。しかし,退職金には,勤続報奨的,賃金後払的及び生活保障的な性格も存在することから,裁判例上は,免職処分が相当な場合でも,退職金を一律全額不支給とすることは認めず,一部の支給を命じたものもあります。
4 既に懲戒免職,退職手当不支給の処分が為された後であれば,審査請求等により,その不当性を訴えることになります。
手続きにおいては,過去の先例等とも比較した上で,免職や退職金の不支給が,不当な処分であることを法的に主張する必要があります。特に,退職金の支給については,具体的な事情を考慮せずに原則全額不処分とする濫用的な運用を取っている都道府県が多いため,事情によっては,法的手続きにより一部の支給を受けられる可能性は十分考えられます。
まずは,詳細なご事情を弁護士に相談することをお勧め致します。
5 公務員に関する関連事例集参照。
解説:
1 懲戒処分に関する判断枠組み
(1) 懲戒権者の裁量権
公務員に対する懲戒処分については,国家公務員法第82条や,地方公務員法29条に規定されています。
(地方公務員法)第二十九条(懲戒)
第1項 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合
いかなる場合に懲戒免職処分が許されるかについて,判例では,「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられる(最判昭和52年12月20日)」とされており,懲戒権者の判断に,広い裁量を認めています。
もっとも,その裁量は無限定ではなく,「懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。」として,一定の場合には,懲戒免職処分が違法となる場合も示しています。
(2) 本件における懲戒免職処分の可否
以上を前提に,本件で懲戒免職処分が相当といえるか否かを検討します。
上記のとおり,裁判所が免職処分の相当性を判断する際には,対象となる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響に加え,従前の勤務態度や処分歴,他の公務員や社会に与える影響等の初犯の事情が考慮されます。
もっとも,多くの自治体の場合は,公務員の懲戒処分につき,ある程度の指針を定めておりますので,裁判所も,当該指針に沿って判断することが多いです。
この点,例えば東京都教育委員会の懲戒処分の指針を例にあげると,本件は,下記のケースに該当すると考えられます。
【東京都教育委員会・教職員の主な非行に対する標準的な処分量定】(https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/staff/personnel/duties/culpability_assessment.html)
職場におけるセクシュアル・ハラスメント等
・ 地位を利用して強いて性的関係を結び又はわいせつな行為を行った場合 → 免職・停職
・ わいせつな内容のメール送信・電話等、身体接触、つきまとい等の性的な言動を繰り返して相手が強度の心的ストレスにより精神疾患にり患した場合 → 免職・停職
・ わいせつな内容のメール送信・電話等、身体接触、つきまとい等の性的な言動を繰り返した場合 → 停職・減給
・ 相手の意に反することを知りながらわいせつな言辞等の性的な言動を行った場合 → 停職・減給
・ 職場等において相手に性的な冗談・からかい、食事・デートへの執ような誘い等の言動を行い性的不快感を与えた場合 → 減給・戒告
上記指針によれば,職場において,「『地位を利用して』わいせつ行為を行った場合」,又は「身体接触を繰り返して相手が強度の心的ストレスにより精神疾患にり患した場合」には,免職の可能性があると定められています。
この点,刑法上の強制わいせつ罪の裁判例においては,「わいせつな行為」とは,通常,下着の下に手を入れて触る行為やキス等の行為を意味し,衣服の上からの身体接触は,「わいせつな行為」とはならないとされています。そのため,まず本件の態様が,わいせつ性の低いものであったことを,主張する必要があるでしょう。
また「地位を利用して」という点について,相手の女性が勤務先の部下という立場の場合,あなたからドライブ等の誘いをしているとなると,部下の女性は一般的に断りづらい,との評価がされてしまいますので,「地位を利用した」と認定されてしまうケースが多いです。この点を反論するためには,ドライブに誘った理由や経緯を,メールや会話のやり取り等の可能な限り客観的な証拠に基づく形で主張することが必要です。上司から部下を誘ったら必ず地位利用になってしまうわけではありません。
本件では,そもそも相手女性の同意があったと誤信していたとのことですので,そのような誤信を裏付ける証拠(積極的に誘いに応じるメールの返信等)があれば,そちらも証拠として提出すべきです。
さらに,処分においては,上記判例の基準のとおり,「事件後の態度」も,判断材料の一つとなります。処分基準上も,相手女性の精神的な損害(精神疾患の程度)の有無も,同様に重視されています。そのため,上記同意の有無等で争うことが困難な場合には,被害女性との示談を成立させ,処分に関する嘆願書を要請すること等も有効です。
これらの主張が奏功すれば,本件でも懲戒免職処分を回避できる可能性は,十分存在するとか考えられます。
なお、地方公務員の懲戒免職処分の取り消しを求めるには、地方公務員法49条の2で定められているように、人事委員会又は公平委員会に処分の審査請求を申し立てることが必要です。この申立には時間的制限があり処分説明書を受領した翌日から3か月以内あるいは、処分があった日の翌日から1年以内に申し立てをする必要があります。審査請求をしても処分の取り消しが認められない場合は、裁判所に処分の取り消しを求める行政訴訟を提起することになります。
2 退職手当全部不支給処分の適法性
地方公務員の退職手当については,各都道府県の退職手当に関する条例により規定されているところ,多くの都道府県では,条例及びその運用基準において,懲戒免職処分となった者に対しては,原則として退職手当を全部不支給とする旨を定めていることが多いです。
例えば千葉県の場合,「職員の退職手当に関する条例」第12条において懲戒免職等処分を受けて退職をした者については,退職金の全部又は一部を支給しない処分を行うことができると定めて上で,同条例の運用方針として,同条に該当する者に対しては,「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする。」定めています(下記参照条文)。
しかし,退職金は,従前の勤続に対する報奨的,賃金後払的な側面も強く,また,退職後の生活保障的な性格も存在することから,裁判例上は,懲戒免職処分が相当な場合でも,退職金を一律全額不支給とする運用を認めず,一部の支給を命じたものもあります。
例えば,千葉地方裁判所平成30年9月25日判決では,本件類似の事案について,懲戒免職は適法としたものの,退職手当を全部不支給であるとした処分は無効であるとして,退職金の4分の1の額(約557万円)の支払いを命じております。
同裁判例では,「本件退職手当条例に基づき支給される退職手当等は,退職日の給料月額に勤続期間に応じた係数を乗じた金額を基本に計算されるものであり,また,自己都合退職の場合とで計算方法を異にしていること(甲4)などからすると,退職手当等は,勤続報奨的,賃金後払的及び生活保障的な性格を有する複合的な性格のものであるということができ,このような退職手当等の性質に鑑みれば,その全部を不支給すべき場合とは,不支給処分の根拠となる非違行為が,当該職員の勤続の功績を無にするほどの重大なものであると認められる場合に限られるというべきである。」としており,「非違行為がこれまでの勤続の功績までをも無にするほどの重大なものであること」を,全額不支給の要件としております。
その上で,当該事例については,「原告は,昭和54年に中学校教諭に補された後,約36年もの間,教職員として公務に従事しており,本件懲戒免職処分以外の懲戒処分を受けていない。また,本件不支給処分によって不支給となる退職手当等は2228万9628円と高額であり,仮にその全部が支給されない場合には,原告の退職後の生活設計に少なからぬ影響が生じることは明らかである。加えて,本件非違行為は,原告が恋愛感情を抱いた本件教諭において,文面上は原告の誘いを快諾する好意的なメールを送信し,二人きりで自動車に同乗したことから,本件教諭が好意を受容してくれたものと誤解して及んだという見方が可能であり,それ自体が,既婚者としても軽率で同情に値するものとはいい難いとはいえ,確定的な故意に基づく事案とは若干異なる要素が窺われるものである。
このような事情も斟酌すると,本件非違行為については,本件中学校の校長としてふさわしくない行為として,懲戒免職処分を避け難いものであるとしても,他方で,原告の教職員としての長年の勤続の功績を皆無とし,過去の勤務に基づく賃金の後払的性格の部分をも含めて,その退職後の生活保障を全て奪い去るに値するような重大な非違行為であるとまでは直ちに評価し難い。」として,退職金の一部の支払いを命じています。
上記裁判例からすると,(1)従前の勤務実績,(2)支給予定であった退職手当の金額,(3)非違行為の事情を基に,不支給処分の相当性が判断されています。本件でも,これらの事情に基づき,例え懲戒免職処分が回避できない場合であっても,退職金の一部の支給については,認められる可能性も十分考えられます。
3 まとめ
既に懲戒免職,退職手当不支給の処分が為された後であれば,審査請求等により,その不当性を訴えることになります。
いずれにせよ,過去の先例等とも比較した上で,免職や退職金の不支給が,不当な処分であることを法的に主張する必要があります。
特に,退職金の支給については,具体的な事情を考慮せずに原則全額不処分とする濫用的な運用を取っている都道府県が多いため,事情によっては,法的手続きにより一部の支給を受けられる可能性は十分考えられます。
まずは,詳細なご事情を弁護士に相談することをお勧め致します。
以上