控訴審で執行猶予の判決を受け上告審の審理中に刑事事件を起こし起訴された事件について執行猶予を付することができるか

刑事|上告審理中の事件に刑法25条1項1号が適用されるか|最高裁昭和32年2月6日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問

タクシー会社でドライバーとして勤務している40歳・男です。一昨日の早朝、電車内で隣の座席で寝ていた男性客のズボンのポケットの財布が目に入り、出来心からスリ行為をしてしまいました。盗った財布を私のカバンにしまったところで、一部始終を目撃していた私服警官に窃盗罪で現行犯人逮捕され、取調べを受けています。

検察官からは、執行猶予中の犯行で悪質なので、あなたにはこの件でも刑事裁判を受けてもらうことになる、と言われています。私は、この件とは別に刑事裁判になっている傷害事件があり、1審では懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決の言い渡しを受け、その後、量刑不当を主張して控訴したものの、控訴棄却となり、現在上告審が係属中です。私が刑事裁判を受けるのは、この傷害事件が初めてです。

質問は、私の窃盗事件が起訴された場合、執行猶予を得ることが可能かどうかということです。刑法25条に執行猶予についての規定があることは存じ上げているのですが、条文の意味や読み方が良く分からないので、教えて頂きたいです。

回答

1 刑法第25条第1項1号には、執行猶予の要件として「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」とされていることから、上告中の傷害事件について懲役刑が確定されると、禁固以上の刑に処せられたことになり刑法25条の執行猶予の要件を欠くことになるのか、というご相談のようですが、結論を申し上げますと、あなたは先行する傷害事件の執行猶予付き判決が、窃盗事件の判決言渡しよりも前に確定するか否かを問わず、現在の窃盗事件について執行猶予を付することは法律上可能です(刑法25条1項1号が適用されることになります。)。

以上のような解釈は、問題となっている両罪が併合罪の関係にある以上(今回の窃盗事件が傷害事件の確定判決前に犯した事件なので刑法45条後段に該当する。)本来25条1項の利益を受ける立場にあり、同法の制度趣旨(被告人の収容による生活上の不利益、前科というレッテル回避、猶予取消しによる善行奨励)にも合致すると思われます。

ただし、実際に執行猶予を付してもらえるかどうかは、あくまで「情状により」決定されるため(刑法25条1項柱書)、先行の傷害事件と同時に審理されていたとしても、なお執行猶予が相当であると認めてもらえる程度に、有利な情状を主張できるよう、準備を進めておく必要があります。

2 あなたの行為は、仮睡盗と呼ばれ窃盗罪(刑法235条)の中でも重く処分される傾向にある事件類型です。初犯であっても公判請求された上、懲役刑求刑されることも珍しくなく、まして、先行事件で執行委猶予付き判決を言い渡されているにもかかわらず再び犯罪行為を行っているとなると、検察官の言うように、本件窃盗事件についても起訴(公判請求)される可能性が高いと言わざるを得ないように思います。

3 窃盗事件について執行猶予の判決を得るためには、被害者との示談、ご家族や親族による身元引受や、情状証人としての出廷依頼、打合せ等はもちろん、起訴後は速やかに保釈の申立てを行い、保釈期間中の生活状況に何ら問題がないことや、再犯防止に向けた具体的取組み等、再犯可能性がないことを示せるようにしておく必要があり、公判に向けて行っておくべき準備は多岐に渡ります。速やかに弁護人を選任の上、良く打ち合わせしながら対応なさって下さい。

4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 はじめに

あなたが電車内で眠っている男性客のポケットから財布を盗った行為は窃盗罪(刑法235条)に該当します。あなたの行為は、窃盗事件の中でも仮睡盗と呼ばれる事案類型であり、窃盗事件の中でも重く処分される傾向にあります。同じ窃盗罪でも、万引き等とは異なり、初犯であっても公判請求された上、懲役刑求刑されることも珍しくありません。

特に、あなたの場合、先行する傷害事件で執行委猶予付き有罪判決を言い渡されているにもかかわらず再び犯罪行為を行っている点で、刑事処分の量定上、通常よりも強い非難を受けるべき立場にあるため、本件窃盗事件について公判請求された上、懲役刑を求刑される可能性は高いと言わざるを得ないように思います。

未だ確定していないとはいえ、一度執行猶予付き判決の言い渡しを受けていることを考えると、本件窃盗事件が起訴された場合に、再び執行猶予を付してもらえるかどうか(刑務所に服役する事態を避けることができるか否か)は大きな関心事であると思われますので、以下、解説していきたいと思います。

なお、執行猶予には、大きく分けて、刑の全部の執行猶予(宣告刑の全部について刑の執行を猶予する制度。刑法25条)と、刑の一部の執行猶予(宣告刑の一部についてのみ刑の執行を猶予する制度。刑法27条の2)とがありますが、本稿で執行猶予と言う場合、断りがない限り、刑の全部の執行猶予を指すものとします。

2 執行猶予に関する刑法の規定

そもそも執行猶予とは、有罪判決に基づく刑の執行を一定期間猶予し、その執行猶予期間中に再び犯罪を行わないことを条件として、刑罰権を消滅させる制度のことです。刑罰の執行(特に刑務所等への服役)による社会生活上の弊害をできるだけ回避させるとともに、執行猶予の取消しによる服役を避けるためという意味で、善行保持を要請し(刑法26条、26条の2参照)、再犯抑止を図る点に制度の目的があるとされています(最高裁平成24年3月31日判決参照)。

ご指摘の刑法第25条は、その第1項で、執行猶予(刑の全部の執行猶予)の要件について、次のように定めています。

刑法第25条(刑の全部の執行猶予)

第1項 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一号 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二号 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者

あなたは禁固以上の刑の執行を受けたことはないようですので、本件窃盗事件での執行猶予の獲得の可否については、上記刑法25条1項のうち、第1号の適用の可否が検討されるべきことになります。確かに法律に馴染みのない一般人が本条の文言を見ただけでは、その意味するところが一義的に明確とは言い難いため、以下、明らかにしていきたいと思います。

まず、刑法25条1項1号の「前に」とは、執行猶予の言渡しをしようとする「判決の言渡しの前に」という意味に解されています(福岡高裁昭和31年4月17日判決等)。

次に、「刑に処せられた」とは、禁錮以上の刑に処する判決を言い渡され、それが確定したこと、を意味すると解されています(大審院大正14年5月30日判決等)。文言だけ見ると、実際に服役したことを意味するかのように読めなくもありませんが、懲役刑の言渡しを受け、その判決が確定していれば、執行猶予が付されていて実際には刑の執行がなされていなくても、「刑に処せられた」ことになります(最高裁昭和24年3月31日判決)。

あなたの場合、先行する傷害事件が最高裁に係属中とのことで、その判決は確定していないため、未だ「刑に処せられ」てはいないことになり、現時点では「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」として、窃盗事件で執行猶予付き判決を得ることは、法律上可能ということになります。

なお、刑法25条は、その第2項で再度の執行猶予について定めていますが、こちらは執行猶予付き判決が確定した後、その執行猶予期間中に再び罪を犯した場合に適用される規定であり、下記のとおり、刑法25条1項の場合(再度の執行猶予との対比で、初度の執行猶予と言われることがあります。)と比較して、極めて厳格な要件が求められています。実務上も、再度の執行猶予が付されることは極めて稀なケースに限られています。

刑法第25条(刑の全部の執行猶予)

第2項 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。

3 先行事件確定後の執行猶予付き判決獲得の可否

ところで、あなたは現在、前件の傷害事件の判決が確定していないとのことですが、今後、現在の窃盗事件が起訴され、判決が言い渡されるまでの間に、傷害事件の判決が確定してしまう可能性が考えられます。上記のとおり、「刑に処せられた」という刑法25条1項1号の文言を、禁錮以上の刑に処する判決が確定したことと読むと、既に傷害事件の判決が確定してしまった場合、文理上「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」に当たらないことになり、窃盗事件の判決で初度の執行猶予を付すことが法律上できず、殆ど適用の可能性がない再度の執行猶予(刑法25条2項)の適用の余地が残るだけのようにも思えるため、そのような場合にも、確定前の場合と同様に初度の執行猶予付き判決を得ることができるかどうか、ということが問題となるのです。

この点については、判例は「併合罪である数罪が前後して起訴されて裁判されるために、前の判決では刑の執行猶予が言渡されていて而して後の裁判において同じく犯人に刑の執行を猶予すべき情状があるにもかかわらず、後の判決では法律上絶対に刑の執行猶予を付することができないという解釈に従うものとすれば、この二つの罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言渡されたであろう場合に比し著しく均衡を失し結局執行猶予の制度の本旨に副わないことになるものと言わなければならない」との理由から、かかる不合理な結果を生じる場合に限っては、「刑に処せられた」とは「実刑を言渡された場合を指すものと解するを相当とする」としました(最高裁昭和28年6月10日判決)。この場合執行猶予が付されていれば、刑に処せられたとは言えないということです。

併合罪とは、確定裁判を経ていない2個以上の罪、または、ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があった場合のその罪とその裁判が確定する前に犯した罪のことを指します(刑法45条)。本判例の事案は、2件の賍物故買(盗品等有償譲受)事件のうち、後の事件について起訴され、執行猶予付き判決が確定した後、前の事件についてさらに執行猶予を付することができるかどうかが問題となったものですが、前の事件が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言い渡されたであろうときは、それとの均衡の見地から、先行事件において実刑を言い渡されたわけではないことから「前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者」にあたるとして、さらに執行猶予を言い渡すことができる、ということになります。

上記の事案は、同時審判の可能性があった場合の併合罪の場合ですが、判例は、かかる考えをさらに進め、同時審判の可能性がなくても同様の判断を示しました。判決文では「或る罪につき同法二五条一項により執行を猶予された者がその裁判の確定前に犯した他の罪(即ち余罪、刑法45条後段)と、右執行猶予の裁判の確定した罪とを比較すると、右余罪たる他の罪が、それより以前に確定した他の裁判により言い渡された執行猶予の期間内に犯されたものでない限りは、両者の刑の執行猶予の条件については、これを別異にすべき合理的な理由はない。」とし、法律上併合罪の関係にありさえすれば、「訴訟手続上又は犯行時期等の関係から、実際上同時に審判することが著しく困難若しくは不可能である」場合の前の判決確定前の余罪についても、刑法25条1項により執行猶予を付すことができる、としています(最高裁昭和32年2月6日判決)。

あなたの場合も、傷害事件の上告審係属中に起こした窃盗事件とのことで、2つの事件は実際上、同時審判される可能性がなかったものではありますが、窃盗事件の判決言渡し前に傷害罪の判決が確定したとしても、実刑を受けたわけではないことから、刑法25条1項の定める欠格事由にはあたらず、法律上初度の執行猶予を付することができることに変わりはない、ということになります。

4 最後に

ただし、判決において実際に執行猶予を付してもらえるかどうかは、あくまで「情状により」決定されることですから(刑法25条1項柱書)、先行の傷害事件と同時に審理されていたとしても、なお執行猶予が相当であると認めてもらえる程度に、有利な情状を主張していく必要があります。

窃盗をはじめとする財産犯においては、刑の量定に際し、犯情と並んで、被害弁償の事実や被害者の処罰感情が重視されるため、弁護人を通じての被害者との示談は最低限必須の活動といえるでしょう。

また、再犯可能性がないことを示すために、ご家族や親族による身元引受や、情状証人としての出廷依頼、打合せ等の公判に向けた準備を進めておくべきことはもちろん、起訴後は速やかに保釈の申立てを行い、保釈期間中の生活状況に何ら問題がないことや、再犯防止に向けた具体的取組み等の事情を示せるようにしておくことが重要です。

弁護人と良く打ち合わせの上、対応されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文

刑法

(刑の全部の執行猶予)
第二十五条 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。

(刑の全部の執行猶予の必要的取消し)
第二十六条 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。
一 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。
二 猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき。
三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。

(刑の全部の執行猶予の裁量的取消し)
第二十六条の二 次に掲げる場合においては、刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。
一 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。
二 第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。
三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑の全部の執行を猶予されたことが発覚したとき。

(刑の一部の執行猶予)
第二十七条の二 次に掲げる者が三年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受けた場合において、犯情の軽重及び犯人の境遇その他の情状を考慮して、再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当であると認められるときは、一年以上五年以下の期間、その刑の一部の執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者
三 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2 前項の規定によりその一部の執行を猶予された刑については、そのうち執行が猶予されなかった部分の期間を執行し、当該部分の期間の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日から、その猶予の期間を起算する。
3 前項の規定にかかわらず、その刑のうち執行が猶予されなかった部分の期間の執行を終わり、又はその執行を受けることがなくなった時において他に執行すべき懲役又は禁錮があるときは、第一項の規定による猶予の期間は、その執行すべき懲役若しくは禁錮の執行を終わった日又はその執行を受けることがなくなった日から起算する。

(併合罪)
第四十五条 確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。

(傷害)
第二百四条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。