薬剤師の盗撮事件|常習的に盗撮行為を繰り返していた場合の刑事処分と行政処分
刑事|薬剤師が常習的に盗撮行為を繰り返し被害者が複数いる事案|常習的建造物等侵入と身柄拘束からの解放に向けた示談交渉
目次
質問
男性薬剤師です。大変お恥ずかしい話なのですが、アルバイトで勤務している病院に、以前より一方的に好意を持っていた女性看護師がおり、その人が普段使っている職員用女子更衣室のロッカー前のスペースを小型カメラで盗撮する行為を日頃より繰り返していたところ、この度、同じようにカメラを仕掛けようと、病院内の更衣室に立ち入ったところで警備員に捕まり、駆け付けた警察官に建造物侵入罪で現行犯逮捕されました。
これまでに盗撮した動画のデータは自宅のパソコンに保存してあり、その女性を含め、衣服の一部または全部を着ていない状態の女性看護師が全部で5人映っています。
取調べには誠実に対応し、余罪も含め全て正直に話していたのですが、検察庁での簡単な取調べと裁判官による簡単な質問を経て、本日10日間の勾留が決まったと言われました。2、3日で出てこられると思っていたので、大変動揺しています。
私は今後どうなってしまうのでしょうか。刑事処罰を軽減するために出来ることはないでしょうか。
回答
1 本件では、あなたが女子更衣室に立ち入った行為を捉えて建造物侵入罪(刑法130条前段)が適用されているようですが、盗撮目的での侵入という事案類型の特徴として、検察官による起訴、不起訴の決定が、盗撮行為の態様や被害実態等、盗撮に関する情状を反映したものとなる傾向が非常に強いことが挙げられます。被疑事実が更衣室への立入り行為そのものであったとしても、本件のように盗撮行為が実際に行われており、常習性があり、その中で実際に被写体となってしまった被害者が存在し、しかも複数に及んでいる、といったケースでは、基本的に公判請求が検討されることになるものと考えられます。
2 本件で不起訴処分を得られる可能性も考えられなくはありませんが、そのためには更衣室への侵入行為にかかる形式的被害者である院長等(更衣室の管理権者)に加え、盗撮行為にかかる実質的被害者である、盗撮の被写体全員との示談を成立させるくらいの有利な事情が必要でしょう。有罪判決に伴う資格に対する行政処分(最大で1年前後の業務停止処分を受けることが予想されます。)による不利益の大きさも考えれば、上記関係者ら全員との示談交渉に向けて直ちに活動開始する以外の選択肢は採り得ないように思われます。
3 被疑者が勾留されている身柄事件の場合、検察官としては勾留請求のあった日から原則10日間(最大でも20日間。刑事訴訟法208条1項、2項)の勾留期間内に起訴手続を執ろうとする可能性が高いため、示談交渉の相手方が多数に渡り、かつ処罰感情も相当厳しいものと予想される本件において、あなたが勾留されたままの現状では、示談交渉の時間的制約が非常に大きい厳しい状況に置かれていると言わざるを得ないでしょう。そこで、勾留の取消請求(刑事訴訟法207条1項、87条1項)や勾留の裁判に対する準抗告(刑事訴訟法429条1項2号)の申立てによって、まずは身柄を釈放し、終局処分決定の時期を延期させることが重要となってきます。
4 裁判所による勾留の当否の判断においては、重要な被害者(本件でいえば、あなたが盗撮しようとしていた女性や更衣室の管理者である院長等)との示談の成否という事情にかなり重きが置かれることになるため、即時の釈放が難しいようであれば、まずはこれらの相手方との示談交渉に集中し、成果が出たタイミングで準抗告等の申立てを行うといった方法が有効かと思われます。具体的な準備事項を含めた詳細については解説をご参照ください。
5 本件で弁護人の立場で適切な弁護活動を行っていくためには、勾留の要件や終局処分との関係で一つ一つの事情が持つ意味合いを的確に評価し、事件の展開を適切に見通す力、そのための経験の蓄積が不可欠であり、かつ、本件のような厳しい条件下での多数人との示談交渉を含め、不起訴処分に向けた活動を尽くすためには、弁護人に相当な熱意と力量が求められることになります。弁護人の選任にあたっては適任者を十分吟味して選ぶことを強くお勧めいたします。お近くの法律事務所に至急ご相談ください。
6 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 被疑罪名について
あなたは勤務先で女子更衣室への侵入と室内の盗撮を繰り返していたようですが、建造物侵入罪(刑法130条前段)というあなたの被疑罪名を見ると、本件で刑事手続上の被疑事実として直接問題とされているのは、あなたが女子更衣室に立ち入った行為ということになります。
建造物侵入罪というのは、一般的に、自己の看取する建造物への立入りを認めるか否かの自由を保護法益としていると解されており、当該建造物の管理権者(病院であれば院長等)を被害者とする犯罪と理解されています。室内の盗撮に伴う被害の実態やその大きさを考えると、本件で院長等を被害者とする建造物侵入罪が適用されていることに違和感を覚えるかもしれませんが、殊に侵入と盗撮が一体的に行われたようなケースにおいては、法定刑が軽い窃視罪(軽犯罪法1条23号)や被害者が「公衆」であること等が求められる(公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例2条3号参照)都道府県の条例違反ではなく、最も法定刑の重い建造物侵入罪(3年以下の懲役又は10万円以下の罰金とされています。)を適用することが捜査実務上通例となっています。
しかし、被疑事実が建造物侵入罪という管理者の意思に反して立ち入る行為であったしても、検察官による終局処分(起訴にするか不起訴にするかの決定)は盗撮行為の態様や被害実態等、盗撮に関する情状を反映したものとなる傾向が非常に強いことに注意が必要です(刑事訴訟法248条参照)。
同じ更衣室への立入りであったとしても、本件のように盗撮行為が実際に行われており、常習性があり、実際に被写体となってしまった被害者が存在し、しかも複数に及んでいる、といったケースでは、基本的に公判請求相当の事案となってくる一方、こうした事情が一切なければ(盗撮目的で初めて更衣室に侵入した場合など)不起訴処分が検討される可能性が高まることになるでしょう。
上記のようなマイナス事情がある本件でも不起訴処分の可能性がなくはないでしょうが、そのためには更衣室への侵入行為にかかる形式的被害者である院長等に加え、盗撮行為にかかる実質的被害者である、実際に映ってしまった人物全員との示談(被害弁償金の支払い及び宥恕の意思表示を得ること)が最低限必要といえます(本件の被害実態を考えれば、検察官としては、関係者全員と示談をするくらいの有利な事情がなければ、本件を不起訴処分とすることについては、検討の土台にすら乗ってこないものと思われます。)。
2 薬剤師資格に対する行政処分
あなたは薬剤師ですので、本件で起訴されて有罪となった場合、これに伴い、厚生労働大臣による行政処分を受けることになります(薬剤師法8条)。本件は診療の機会のわいせつ行為ではありませんが、盗撮の被害者の人数も多いため最大で1年前後の業務停止処分を受ける可能性が考えられるでしょう(なお、参考事例として、入浴施設の敷地内に侵入して常習的に特定の女性の裸体をビデオカメラで撮影するなどしたとして懲役10月、執行猶予3年の有罪判決を受けたケースにおいて、業務停止1年とした平成23年2月23日付医師の場合ですが処分例等が存在します。)。
このように薬剤師の場合、有罪判決に伴い受ける不利益の大きさが一般の人とは大きく異なります。かかる行政処分を回避するためには、刑事手続が開始して間もないタイミングである今のうちに、更衣室の管理者である院長等、被写体となってしまった盗撮被害者らとの示談を何としてでも成立させ、不起訴処分を獲得する他ありません。
なお、略式起訴で罰金刑となった場合も行政処分の対象となりますから、刑事事件が罰金刑で済むからと簡単に考えないよう注意が必要です。
3 身体拘束からの解放の重要性
以上のとおり、あなたとしては(実際には弁護人を通して)院長や盗撮被害者ら合計6名と示談交渉を行っていかなければなりません。
そして、示談交渉のための時間は非常に限られています。被疑者が逮捕、勾留されているいわゆる身柄事件の場合、検察官は、起訴相当かつ証拠上犯罪の立証が十分可能な事件については、勾留期限の満期のタイミングで起訴することが通常です。被疑者の身柄拘束がなく、終局処分を決定するまでの時間的余裕がある在宅事件の場合と比べて、起訴までの時間は非常に短くなります。
身柄事件でも、勾留期限が満期を迎えてもなお捜査を継続しなければ起訴可能かどうかの判断ができないような事情があれば、満期のタイミングで処分保留の形をとって釈放することがあり得ますが、そのような偶然の事情で左右されるような展開を期待することはできません。
そして、起訴前段階での勾留期限は、勾留請求のあった日から原則10日間(刑事訴訟法208条1項)、例外的に起訴、不起訴の決定にあたってさらに捜査を尽くす必要があるような場合、延長分を含め、最大で20日間(刑事訴訟法208条2項)とされています。この10日ないし20日間(最終日が土日、祝日の場合、実際にはその直前の平日まで)という限られた期間内に上記関係者ら全員と示談を成立させることは、本件の罪質から想定される被害感情の大きさに照らして、また、経験上も、至難の業と思われます。
そこで、本件では、検察官による終局処分の決定時期(不起訴処分に向けた示談交渉のタイムリミット)を遅らせるという意味でも、勾留満期前の釈放を実現できるか否かが非常に重要となってきます。
4 釈放に向けた具体的対応
伺っている事情の下で、検察官が裁判官による勾留決定を得ているにもかかわらず、あなたを任意で釈放するとは考えにくいため、釈放に向けた手続手段としては、勾留の要件該当性について改めて司法判断を求めていく他ないでしょう。
具体的には、勾留の要件が事後的になくなったとして、勾留の取消請求(刑事訴訟法207条1項、87条1項)を行う方法と、既になされた勾留の要件が存在するとの判断に対する不服申立である、勾留の裁判に対する準抗告(刑事訴訟法429条1項2号)を申し立てる方法の2つが考えられます。これらは手続としては異なる手段であるものの、申立時点での勾留要件該当性について再度の司法判断を求めるものである点で共通するものです。
あなたは、既に勾留決定がされてしまっているようですが、もしこれまで弁護人が就いておらず、勾留の当否に関する十分な主張やあなたに有利な資料の提出が何らできていない状態で勾留に至ってしまっているのだとすれば、速やかに弁護人を選任し、必要な準備を行った上で準抗告等の申立てを行ってみる価値はあるように思われます。
準抗告等の申立書に添付して提出する資料としては、現場となったアルバイト先病院に対する退職申入を行ったことを示す資料、盗撮被害者を含む病院関係者らに対して一切接触しない旨の誓約書、弁護人作成の被害弁償金預かり証等被害弁償の準備を行っていることを示す資料、病院関係者らに対する謝罪文、あなたの家族等適任者作成の身元引受書、あなたが勾留されることによって診療を受けられず、健康上の実害が予想される患者がいることを示す資料等が考えられます。
これらは、いずれも勾留の要件である「勾留の理由」(主に罪証隠滅のおそれと逃亡のおそれを指します。刑事訴訟法207条1項、60条1項各号)ないし「勾留の必要性」(諸般の事情を考慮した上での勾留の相当性の存在を意味します。刑事訴訟法207条1項、87条1項)を低下させる証拠として機能することになります。
もっとも、上記の各資料を揃えて裁判所の判断を仰いだとしても、現時点では直ちに釈放される可能性はそれほど大きいとは言えないように思われます。本来であれば公判請求相当と考えられる事案であること、盗撮被害者を含めた病院関係者らに対する(罪証隠滅目的での働きかけを含めた)接触が客観的に容易であること、本件に関する重要な情状資料である自宅パソコン等の証拠が未収集であること等からすれば、上記のような有利な事情を併せ考慮したとしても、現時点では罪証隠滅並びに逃亡のおそれが一定程度存在すると認定される可能性が高く、そのおそれの大きさとの関係で、勾留の必要性(相当性)も認められてしまう可能性が十分考えられるためです。
そこで考えられる対応の一例として、まずはあなたの一連の行為の被害者として重要性の高い人物(あなたが盗撮の対象として狙っていた女性及び更衣室の管理者である院長等)との示談交渉を集中的に行い、示談が一部の被害者との間であれ成立する等進展があったタイミングで、捜査機関の証拠収集の状況にも進捗があったこと(なお、盗撮データが入った自宅パソコンについては、家族や弁護人を通して捜査機関に任意提出する等の対応も考えられるでしょう。)を確認の上、準抗告等の申立てを行うという方法が挙げられます。これらの重要な被害者との示談の成立は、不起訴処分の可能性を一歩現実的なものとする事情といえ、罪証隠滅や逃亡のおそれを低下させるとともに、それに伴い勾留の必要性を大きく低下させることとなるためです。
本稿筆者の経験上も、本件と類似のケースにおいて、示談未了の状態で行った準抗告は棄却されたものの、盗撮行為の本来の対象とされていた人物との示談が成立したタイミングで行った勾留延長決定に対する準抗告が認容された例があり、裁判所が勾留の必要性の判断において、重要な被害者との示談の成否という事情にかなり重きを置いていることは間違いないといえるでしょう。
釈放が実現できた際には、弁護人において検察官に対して終局処分延期の上申を行った上、示談未了の相手方らとの示談交渉を継続すべきことになります。釈放により在宅事件になってしまえば、処分時期に関して身柄事件のような厳格な期間制限がないため、処分の内容に影響する事件関係者らとの示談交渉を試みている場合、一定期間は処分を保留してくれるのが通常です。示談交渉の結果を踏まえて、検察官に対して不起訴処分を求めて意見書の提出や処分に関する交渉を行っていくべきこととなります。
5 最後に
本件では、不起訴処分の獲得のためには、時間的制約が大きい中で多数の相手方と示談をしなければならないという困難性と、これを解消するための身柄釈放それ自体の困難性という2つの大きな障害を克服しなければなりません。
前述の弁護方針はあくまで簡単に伺った事情の限りでの対応方法の一例を示したものに過ぎず、実際には詳細な事情を伺った上で、事案に即した最も効果的な弁護方針を検討していかなければなりません。そのためには、勾留の要件や終局処分との関係でそれぞれの事情が持つ意味合いを的確に評価し、事件の展開を適切に見通す力、そのための経験の蓄積が不可欠です。
また、事案の性質上、被害者の処罰感情には相当厳しいものがあると推測されますので、示談交渉は容易ではないでしょう。特に本件のような厳しい条件下で多数人との示談交渉を含め、不起訴処分に向けた活動を尽くすということは、弁護人に相当な熱意がなければ成し得ることではありません。
弁護士の力量如何によってあなたの今後が大きく変わってくる事案かと思いますので、弁護人の選任にあたっては適任者を十分吟味して選ぶことを強くお勧めいたします。まずは、お近くの法律事務所にご相談ください。
以上