DNA鑑定により親子関係に無いことが判明した場合の親子関係不存在確認の訴え
家事|元夫は妻が婚姻中に不倫相手との間に儲けた子との親子関係を否定されるか|DNA検査により生物学上の父子関係が存在しないことが明らかな子の「推定を受けない嫡出子」該当性|最高裁判所平成26年7月17日判決
目次
質問
私は昨年、妻と離婚をしました。2歳になる娘がいますが、娘の親権は妻としました。
離婚後、娘のことで妻から話し合いを持ち掛けられました。妻によると、3年前、妻は私以外の男性と隠れて交際をし、その男性との間で妊娠をし、出産をしてしまったとのことです。その男性と娘との間でDNA鑑定をしたら、100%に近い確率でその男性の娘であるとの結果が出たようです。
娘を自分の子と信じていたので、私はこの話を聞き、大変ショックを受けました。親権は妻に渡しておりますが、娘との親子関係は断ちたくありません。今後、私と娘との親子関係が否定されてしまうのでしょうか。
回答
1 親子関係を否定する裁判は、嫡出否認の訴え(民法774条)と親子関係不存在確認の訴え(人事訴訟手続法2条2号)の二つしかありません。嫡出否認の訴えは父親しかできませんから、子供(法定代理人の母親)から親子関係の不存在確認の訴えを起こすことが出来るか、検討が必要になります。ご相談の場合は2歳の娘さんということですから、親権者である母親が子供の法定代理人として訴えを提起でいるかという問題になります。
結論から言うと、娘さんは、父親の子と推定される嫡出子にあたり、推定される嫡出子については外形的に妊娠の可能性がないという特殊な場合を除いては、親子関係不存在確認の訴えはできないというのが判例の見解です。従って、娘さんとの親子関係を否定さることはありません。
2 最高裁判所平成26年7月17日判決は「夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。」として、母を子の代理人として提起された親子関係不存在確認の訴えを不適法としました。
解説
第1 嫡出推定
「妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定」されます(民法772条1項)。そして,「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定」されます(同条2項)。以上のことを,嫡出推定といいます。嫡出子とは、婚姻中に生まれた子を言いますが、父親の子と推定することを嫡出推定と呼びます。
このような嫡出推定の趣旨は,父子関係は,分娩の事実があれば認められる母子関係と異なり,生物学上その存否を明らかにすることが困難であることに鑑み,法律上父子関係の確定を容易にし,もって父子という身分関係の法的安定、及び家庭の平和を保持することにあります。
第2 嫡出否認
嫡出推定が及ぶ場合,夫は,子が嫡出であることを否認することができます(民法774条)が,この否認権の行使は制限されています。すなわち,「否認権は,子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行」わなければならず(同法775条前段),この嫡出否認の訴えは,夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければなりません(同法777条)。
このように否認権の行使が制限される趣旨は,法律上法律上の父子関係を早期に確定し,もって嫡出子の身分関係の法的安定を図り、家庭内の平穏を図ろうというものです。
第3 推定を受けない嫡出子
妻が婚姻中に懐胎した嫡出子は、父親の子と推定されるのですが、婚姻中に懐胎してはいない子については嫡出子であっても、親子関係不存在の確認の訴えが可能となります。
さらに、最高裁判所は、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子であっても、同条の推定を受けない嫡出子があること、そのような場合は嫡出否認の訴えの他に親子関係不存在確認の訴えを認めています(最高裁判所昭和44年5月29日判決。同平成10年8月31日判決。同平成12年3月14日判決。なお、後述の同平成26年7月17日判決でも前記判決が引用されています)。
判決内容は、「民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である。」とするものです。
離婚届けを役所に提出するまでの別居期間が相当長期間にわたり夫婦の実態が失われていた場合や遠隔地に居住して夫婦間に性的関係を持つ機会がなかった場合(例えば、長期服役中や出征中の場合)には、推定を受けない嫡出子として、親子関係不存在確認の訴えが適法となるとしています。
上記裁判所HPのリンクは参照判例欄に掲示しておきます。
第4 DNA検査と嫡出推定|親子関係不存在確認訴訟の適否
以上の通り、判例は、婚姻中に懐胎した子であっても「推定を受けない嫡出子」に当たり得ることを認めています。では、DNA鑑定により夫と子との生物学上の親子関係が認められないことが明らかな子は「推定を受けない嫡出子」に含まれるのでしょうか。
この問題は最高裁判所平成26年7月17日判決(親子関係不存在確認請求事件)で扱われました。同判例は、子の出生時には夫婦で平穏な家庭が営まれていた事案で、前記最高裁判例のように、夫婦の実態が失われていた場合でもなく、長期間夫婦の接触がなかった場合でもないという事案です。当事者、事案の経緯、推定されない嫡出子と判断した原審判決、嫡出推定が働くとした最高裁判決の順で紹介します。
・当事者 X:Yの戸籍上の父親。上告人。 Y:Xの戸籍上の子。被上告人。 甲:Xの妻。 乙:DNA検査によると、Yの生物学上の父の可能性である確率は99.999998%との結果が出ています。
・事案の経過
①Xと甲は,平成11年〇月〇日,婚姻の届出をした。
②甲は,平成20年頃から乙と交際を始め,性的関係を持つようになった。しかし,Xと甲は同居を続け,夫婦の実態が失われることはなかった。
③甲は,平成21年〇月,妊娠したことを知ったが,その子が乙との間の子であると思っていたことから,妊娠したことをXに言わなかった。甲は,同年〇月〇日にXに黙って病院に行き,同月〇日にYを出産した。
④Xは,平成21年〇月〇日,入院中の甲を探し出した。Xが甲に対してYが誰の子であるかを尋ねたところ,甲は,「2,3回しか会ったことのない男の人」などと答えた。Xは,同月〇日,YをXと甲の長女とする出生届を提出し,その後,Yを自らの子として監護養育した。
⑤Xと甲は,平成22年〇月〇日,Yの親権者を甲と定めて協議離婚をした。甲とYは,現在,乙と共に生活している。
⑥甲は,平成23年6月,Yの法定代理人として,本件親子関係不存在確認の訴えを提起した。
⑦Y側で私的に行ったDNA検査の結果によれば,乙がYの生物学上の父である確率は99.999998%であるとされている。
・原審
本件訴えは適法とし、XY間の親子関係が不存在であるとしました。理由は、次のとおりです。
嫡出推定が排除される場合を妻が夫の子を懐胎する可能性がないことが外観上明白な場合に限定することは,相当でない。民法が婚姻関係にある母が出産した子について父子関係を争うことを厳格に制限しようとした趣旨は,家庭内の秘密や平穏を保護するとともに,平穏な家庭で養育を受けるべき子の利益が不当に害されることを防止することにあると解されるから,このような趣旨が損なわれないような特段の事情が認められ,かつ,生物学上の親子関係の不存在が客観的に明らかな場合においては,嫡出推定が排除されるべきである。
上告人と被上告人との間の生物学上の親子関係の不存在は科学的証拠により客観的かつ明白に証明されており,また,上告人と甲は既に離婚して別居し,被上告人が親権者である甲の下で監護されているなどの事情が認められるのであるから,本件においては嫡出推定が排除されると解するのが相当であり,本件訴えは適法というべきである。
・最高裁判決
上記原審判決に対して、最高裁は本件事案では、親子関係不存在確認の訴えは不適法として却下しています。その理由は次のとおりです。
民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる
そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。
このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。
もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である。しかしながら,本件においては,甲が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず,他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。
第5 結論
仮に、生物学上の父子関係が認められないからといって、いつになっても親子関係不存在確認の裁判ができるとすると、訴えの利益がある場合、たとえば、相続人間で親子関係を否定して相続人でないと主張することも可能となるわけですから、家族間の平穏を害する危険性は高いといえます。
裁判所は、法的な親子関係の有無を判断する場合に、生物学上の親子関係だけでなく、懐胎時の夫婦の生活状況や出生後の親子関係の状況なども総合的に考慮して判断していることになります。人間は社会的動物ですから、長年平穏に継続した生活実態も考慮に入れて法的な親子関係の有無を判断することにも合理性はあると考えられるのです。これは自然科学と法律解釈学の違いを示す興味深い事例です。
勿論、そのような平穏な家族関係を保護する必要はあるにしても、親子関係がないと判明した当事者自身が訴えを起こす場合に限るのであれば、親子関係不存在確認の訴えを認めても弊害は少ないのではないかとも考えらますが、それは立法論の問題であるということになります。
以上のとおり前記最高裁判決を前提とすれば、裁判により親子関係が否定される可能性はないといって良いでしょう。
以上