再開発における過小床借家権の処理、一坪店舗の権利変換
民事|都市再開発法|平成20年12月25日東京地方裁判所判決|名古屋地方裁判所平成16年9月22日判決
目次
質問:
再開発区域内で、いわゆる一坪店舗(アクセサリー・小物・土産物店)を20年以上経営してきました。数年前より再開発の噂がありましたが、このたび再開発準備組合事務局の担当者が尋ねてきて再開発計画の説明を受けました。我々の一坪店舗は「過小床」と言って、権利変換の対象とならず、再開発ビルに再入居することはできないということでした。同じビルの他のテナントさんにも相談してみましたが、地区外退出か再入居のどちらかを選択することができるように説明されているそうです。確かに我々の店舗は狭小区画ですが、狭くても地域のお客様に親しまれて必要とされてきた自負があります。どうしても再入居することはできないのでしょうか。我々の借家権はどのように処理されてしまうのでしょうか。
回答:
1、 市街地再開発事業は、都市部の土地高度利用や建物の不燃化や耐震化などの公共目的を推進するために、建物の建て替えや明け渡しについて一括処理を可能とする権利変換という特例を認めた都市再開発法によるビルの建て替え手続です。
2、 再開発区域内の建物に関する借家権は権利変換期日に全て消滅し、建物所有権は全て再開発組合に移転され、建物占有者は明け渡しに伴う損失補償の提供を受けて、ビルの建て替え期間の立退きをすべきことが法定されています。再開発ビルが建築されると、権利変換計画に記載された地権者(建物所有者)と借家権者が、新しいビルの所有権と借家権を取得することができます。
3、 権利変換手続による権利取得を希望しない地権者は、「権利変換を希望しない旨の申し出」を行うことにより、地外退出をすることができますし、借家権者は「権利消滅希望申し出」を行うことにより、地区外退出をすることができます。地権者は、権利変換により喪失する権利の対価の補償を受けることができます。権利消滅希望申し出を行った借家権者は、当該借家権に市場相場価格が形成されている区域の権利であれば、その権利の価額に相当する補償額を受領することができますが、昨今の不動産市況全般では借家権の市場価格が観念されることは些少であり、借家権価格をゼロと評価することも違法ではないとする判例もありますので注意が必要です。
4、 借家権者が「権利消滅希望申し出」を行わなくても、床面積が狭すぎて再開発ビルへの再入居が不適当であると判断された場合には、権利変換計画において新しい建物の借家権を与えないこととする取り扱いもできる旨の規定があります。これを「過小床」と言います。準備組合の主張は都市再開発法79条3項に基づくものですが、当該規定は、市民の権利を強制的に奪い、更に建て替え後のビルにも入居させないという、財産権侵害の度合いの強い規定ですので、厳格に解釈されるべきと考えることができます。当該条項に関する参考判例を紹介します。
5、 組合側としては、現行の一坪路面店舗を再開発計画に組み込むことは、再開発ビル全体のデザインの制約からどうしても回避したいと考えている可能性があり、都市再開発法79条3項の適用に固執してくることも考えられます。借家人としては、都市再開発法全体の趣旨などから当該事案では都市再開発法79条3項は適用できないと主張し、なんらかの妥協点(増床された建物の賃借権の主張あるいは立ち退きによる保証金の増額)を探っていくことになると思われます。権利変換手続きにおいて借家権の消滅を希望しないのに新しい建物に賃借権が認められず、どうしても再入居にこだわる場合は、権利変換計画認可決定の取消訴訟を提起することができますが、取消が認められる場合は限定されます。御心配の場合は経験のある法律事務所に御相談なさって下さい。
6、 過小床に関する関連事例集参照。
解説:
1、市街地再開発事業
市街地再開発事業は、都市部の土地高度利用(国民経済の発展)や、建物の不燃化や耐震化など、公共目的を推進するために、建物の建て替えや明け渡しについて一括処理を可能とする権利変換という特例を認めた都市再開発法によるビルの建て替え手続です。
都市再開発法第1条(目的) この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。
木造家屋を鉄骨鉄筋コンクリート造の建物などの耐震不燃建物に建て替えることにより、建物の不燃化と耐震性向上を図ることができ、都市の防災機能を向上させることができます。建物の防災機能が向上することにより、当該建物の所有者や賃借人だけでなく、当該建物の周りの建物の所有者や賃借人の安全性も向上することになります。商業区域においては、高層ビルの建設により床面積が増加すれば商業機能を高めることにより、土地の高度利用による国民経済の振興というメリットを享受することもできます。当該建物の商業機能が高まることにより、相乗効果により、当該建物の周りの建物の所有者や賃借人も商業機能の高まったメリットを享受することができます。
土地建物は私有財産ですが、特に市街地においては単独で存在しているものではなく、区域一帯の中で隣地と共に存在し利用されており、ひとつの建物が倒壊したり火災になってしまうと、周りの住人にも被害を巻き込んでしまうおそれがありますし、区域一帯が商業ビジネスで発展しているときに一区画の地主だけが反対してビルの建て替えができないことになってしまうと区域全体の経済発展が阻害されてしまいます。
そこで、市街地の木造家屋密集地区を中心に、行政による「再開発促進区」の都市計画決定(都市計画審議会の議決)などを条件として、区域一帯の一括建て替えを促進する都市再開発法の権利変換手続が整備されることになったのです。
権利変換手続の概要を示します。
(1) 区域一帯の地権者5名以上で再開発組合の設立を準備する任意団体を設立する(市街地再開発勉強会、再開発協議会、再開発準備組合など)
(2) 参加組合員予定者となる不動産デベロッパーなどと協力し、行政協議を経て、都市計画審議会が審議する「再開発促進区」「市街地再開発事業」の原案を取りまとめる。
(3) 都市計画の行政決定後に、再開発事業計画案と、再開発組合の定款など規約類を用意して、準備組合総会において、再開発組合設立認可申請を行う決議を行い、都道府県知事に対して本組合(市街地再開発組合)設立認可申請を行う。
(4) 設立認可申請書類一式の審査を経て、市区町村が事業計画の縦覧を2週間行い、意見書の提出を募集する。意見書の審査を経て、事業計画と組合設立の認可公告がなされる。
(5) 組合内において住戸選定会などを経て、権利変換計画の原案を作成し、2週間の縦覧を行い、意見書の提出を募集する。意見書の審査を経て、権利変換計画の認可申請を行う。
(6) 行政の審査を経て、権利変換計画認可公告がなされる。通常、権利変換期日は認可公告の1~4週間後の期日が指定される。
2、 権利変換期日における権利の消長と明け渡し
再開発区域内の建物に関する借家権は、権利変換計画に従い、権利変換期日に全て消滅し、明け渡しに伴う転居費用など損失補償の提供を受けて、ビルの建て替え期間の立退きをすべきことが法定されています。権利変換計画では、借家権の権利変換も記載されることになっており(都市再開発法73条1項12号、13号)、借家権者は、建て替え後のビルに新たに借家権を取得することができます。借家権者は、原則として従来の家主が取得する権利床に対して借家権を取得しますが、従来の家主が地区外転出した場合は、再開発組合が取得する保留床に対する借家権を取得します(都市再開発法77条5項)。この保留床は借家権付きの建物(いわゆるオーナーチェンジ物件)として再開発組合から参加組合員等に譲渡されることになります。
都市再開発法第87条(権利変換期日における権利の変換)第1項 施行地区内の土地は、権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する。この場合において、従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。
第2項 権利変換期日において、施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者に帰属し、当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。ただし、第六十六条第七項の承認を受けないで新築された建築物及び施行地区外に移転すべき旨の第七十一条第一項の申出があつた建築物については、この限りでない。
権利変換期日に、建物所有権は従前大家から再開発組合に移転し、建物賃借権は消滅することになります(都市再開発法87条2項)。
賃借人は、建物を占有し続ける法律上の根拠を失いますが、都市再開発法では、組合からの明け渡し請求を受けるまでは引き続き占有継続することができると規定されています(都市再開発法96条1項)。組合からの明け渡し請求は、30日以上の猶予をあけて通知する必要があります(都市再開発法96条2項)。
都市再開発法第96条(土地の明渡し)第1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。
第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。
第3項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地を除く。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。ただし、第九十一条第一項又は次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第4項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地に限る。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地を引き渡し、又は物件を移転し、若しくは除却しなければならない。ただし、次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第5項 第九十五条の規定により建築物を占有する者が施行者に当該建築物を引き渡す場合において、当該建築物に、第六十六条第七項の承認を受けないで改築、増築若しくは大修繕が行われ、又は物件が付加増置された部分があるときは、第八十七条第二項の規定により当該建築物の所有権を失つた者は、当該部分又は物件を除却して、これを取得することができる。
第6項 第一項に規定する処分については、行政手続法第三章の規定は、適用しない。
組合が明け渡しを求める場合は、事前に「権利を有する者が通常受ける損失」を補償する必要があります(都市再開発法97条1項、同96条3項)。
都市再開発法97条(土地の明渡しに伴う損失補償)第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
第2項 前項の規定による損失の補償額については、施行者と前条第一項の土地の占有者又は物件に関し権利を有する者とが協議しなければならない。
第3項 施行者は、前条第二項の明渡しの期限までに第一項の規定による補償額を支払わなければならない。この場合において、その期限までに前項の協議が成立していないときは、審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決を経て定めた金額を支払わなければならないものとし、その議決については、第七十九条第二項後段の規定を準用する。
第4項 第二項の規定による協議が成立しないときは、施行者又は損失を受けた者は、収用委員会に土地収用法第九十四条第二項の規定による補償額の裁決を申請することができる。
第5項 第八十五条第二項及び第三項、第九十一条第二項及び第三項、第九十二条並びに第九十三条の規定は、第二項の規定による損失の補償について準用する。
この補償額は、当事者の協議により定めることができますが、当事者の協議が調わない場合は、審査委員の過半数の同意を得た金額を支払って明け渡しを求めることができます。占有者がこの金額に同意せず、弁済手続に協力しない場合は、法務局に対する弁済供託をすることができます。
この明け渡しに伴う損失補償は、一般の民事事件で適用される民法415条や709条の損害賠償方法である「実損害」ではなく、都市再開発法97条で「権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない」と定められています。この補償金は、明け渡しの前に受領することができますが、明け渡し後に実損害との差額が発生しても、これを別途請求することはできない仕組みになっています。このように都市再開発法97条が実損害の弁償を求めず、損失の見込み額の補償で足りると定めているのは、再開発の建て替え手続を簡素化し、一括処理することにより建て替えのスピードアップを図る趣旨であると考えられます。
民法415条(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。民法709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
都市再開発法第97条(土地の明渡しに伴う損失補償)
第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
3、 権利変換を希望しない旨の申し出、借家権消滅希望申し出
権利変換手続による権利取得を希望しない地権者は、「権利変換を希望しない旨の申し出」を行うことにより、地区外退出をすることができますし、借家権者は「権利消滅希望申し出」を行うことにより、地区外退出をすることができます。
地区外退出を申し出た地権者(土地・建物所有者)は、権利変換により喪失する権利の対価の補償を受けることができます(都市再開発法91条1項)。この対価は、「近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額」とされています(都市再開発法80条1項)。
都市再開発法91条(補償金等)第1項 施行者は、施行地区内の宅地(指定宅地を除く。)若しくはこれに存する建築物又はこれらに関する権利を有する者で、この法律の規定により、権利変換期日において当該権利を失い、かつ、当該権利に対応して、施設建築敷地若しくはその共有持分、施設建築物の一部等又は施設建築物の一部についての借家権を与えられないものに対し、その補償として、権利変換期日までに、第八十条第一項の規定により算定した相当の価額に同項に規定する三十日の期間を経過した日から権利変換計画の認可の公告の日までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額に、当該権利変換計画の認可の公告の日から補償金を支払う日までの期間につき年六パーセントの割合により算定した利息相当額を付してこれを支払わなければならない。この場合において、その修正率は、政令で定める方法によつて算定するものとする。
都市再開発法80条(宅地等の価額の算定基準)
第1項 第七十三条第一項第三号、第八号、第十六号又は第十七号の価額は、第七十一条第一項又は第四項(同条第五項において読み替えて適用する場合を含む。)の規定による三十日の期間を経過した日における近傍類似の土地、近傍同種の建築物又は近傍類似の土地若しくは近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額とする。
権利消滅希望申し出を行った借家権者は、当該借家権に市場相場価格が形成されている区域の権利であれば、その権利の価額に相当する補償額を受領することができますが、昨今の不動産市況全般では借家権の市場価格が観念されることは些少であり、借家権価格をゼロと評価することも違法ではないとする判例もありますので注意が必要です。
事業用建物賃借権の設定時に多額の権利金を要するような不動産高騰の時代もありましたが、現在では、都心の中心地など一部の例外を除いて、賃貸の入居時に多額の権利金を要する事例は少なくなり、また、賃借権設定時に「転貸禁止」の特約が設定されることも珍しくありません。借家権の譲渡が予定されていない契約の場合、そもそも「借家権の時価」を観念し得ない(算出することができない)のではないか、問題となります。
この点、参考判例がありますので御紹介致します。
東京地方裁判所平成27年6月26日判決『(1)借家権の消滅と91条補償の要否について
ア施行者は,第一種市街地再開発事業の施行地区内の宅地若しくは建築物又はこれらに関する権利を有する者で,法の規定により,権利変換期日において当該権利を失い,かつ,当該権利に対応して,施設建築敷地若しくはその共有持分,施設建築物の一部等又は施設建築物の一部についての借家権が与えられないものに対し,その補償として,失われる宅地若しくは建築物又は権利の価額たる法80条1項所定の「相当の価額」に,所定の修正を加え利息相当額を付して支払わなければならない(法91条1項,80条1項,73条1項12号)。
この91条補償は,施行地区内に有していた権利に対応する権利が第一種市街地再開発事業完了後の施行地区内において与えられずにその権利を失う者に対して,当該権利の消滅の対価として支払われるべき補償であるということができる。
もっとも,法71条は,権利変換を希望しない旨の申出等について定めているところ,上記の申出の内容は,①施行地区内の宅地の所有者及びその宅地について借地権を有する者については,これらの資産の価額に相当する金銭の給付を希望することであり,施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者については,建築物の価額に相当する金銭の給付か又は建築物を他に移転するかを希望することであると規定されている(同条1項)のに対し,②施行地区内の建築物につき借家権を有する者については,単に,借家権の取得を希望しないことであると規定され,金銭の給付を希望することがその内容に含まれていない(同条3項)。
上記のとおり,同条の1項と3項とが権利変換を希望しない旨の申出等の内容を書き分けているのは,借家権は,賃貸人の承諾なく第三者へ譲渡し得ないものであり,取引慣行自体が存在しないことが一般であって,客観的な取引価格を認識することが困難であるのが通常であることに基づくものと解される。そうすると,同条3項の規定は,施行地区内の建築物につき借家権を有する者は,借家権の消滅の対価として当然に何らかの金銭の給付を受けられるものではないことを前提にしたものと解することが相当である。
以上によれば,法は,施行地区内の建築物について借家権を有する者が地区外転出の申出をした場合において,法91条1項に定める91条補償が支払われるべき対象者に形式的には当たるとしても,必ず借家権の消滅の対価として法91条に基づき金銭の給付による補償をしなければならないとの立場をとるものではないといわざるを得ない。』
東京高等裁判所 平成27年11月19日判決(上記地裁判決の控訴審判決)
『控訴人らは,本件建物部分の明渡しは不随意の明渡しであるから,本件借家権の価格の補償の要否を判断するに当たり,客観的な取引価格を問題とすること自体誤りであり,取引価格が存在しない限り借家権価額は0円であるとする原判決の法解釈は立法者意思にも反するものである旨主張する。
しかしながら,原判決は,借家権者が法87条2項により失う借家権の価額は,法80条1項において,所定の評価基準日における近傍同種の建築物に関する同種の権利の取引価格等を考慮して定める相当の価額と規定されていることから,この文言に従い,施行者が91条補償により補償すべき額は,借家権の取引価格を基礎として算定すべきものであるとしたものである。また,甲33号証(衆議院建設委員会議事録)によれば,都市再開発法案審議における政府委員の答弁内容は,権利変換を希望しない借家人については,施行者が直接借家権を評価して補償すること,その借家権の評価に当たっては,近傍同種の借家権の取引に権利金授受の慣行があるかどうかといった形によって借家権価額の存在が認められる場合には,取引価格を中心に,賃貸借契約の諸条件を考慮して評価するというものであって(取引価格等の「等」とはこれらの考慮要素を指すものと解される。),近傍同種の借家権取引に照らして借家権価額が認められない消滅借家権についてまで,他の評価方法によって補償を行うことを明らかにしたものとは認め難いから,このような借家権について91条補償をしないことが立法者意思に反するものともいえない。控訴人らの上記主張は,法91条の文言を離れて独自に解釈するものであり,採用することができない。』
つまり、裁判所は、法71条3項の申し出(借家権の取得を希望しない旨の申し出)が、71条1項の申し出(自己の有する宅地、借地権若しくは建築物に代えて金銭の給付を希望する申し出)とは格別に異なる定め方をしていることと、取引実勢価格の認定を根拠として、借家権の取得を希望しなかった旧借家権者に対する補償額をゼロ円と裁定することも法に反しないと判断していることになります。土地収用法の手続に関する完全補償説に立って考えても、借家権の実勢価格がゼロ円ということであれば、補償額がゼロ円、つまり「補償をしない」という結論になっても、「再開発の前と後で権利者の財産的価値を等しくさせるような補償」に矛盾しないことになり、違法ではないということになります。
結局、現在の都市再開発法の条文と裁判所の判例を前提とすれば、「借家権の取得を希望しない旨の申し出(借家権消滅希望申出)」には、補償額がゼロ円となってしまうリスクが存在すると言わざるを得ません。この申し出を検討する場合には、当該借家権の設定された区域において、具体的に借家権の流通価格を見積もりすることができるかどうか、慎重な検討が必要になります。弁護士として、この申し出を行うことに意見を求められた場合は、「一般論として、お勧めすることができない」という回答になってしまいます。
4、 過小床の処理
借家権者が「権利消滅希望申し出」を行わなくても、床面積が狭すぎて再開発ビルへの再入居が不適当であると判断された場合には、権利変換計画において新しい建物の借家権を与えないこととする取り扱いもできる旨の規定があります(都市再開発法79条3項)。これを「過小床」と言います。
都市再開発法第79条(床面積が過小となる施設建築物の一部の処理)第1項 権利変換計画を第七十四条第一項の基準に適合させるため特別な必要があるときは、第七十七条第二項又は第三項の規定によれば床面積が過小となる施設建築物の一部の床面積を増して適正なものとすることができる。この場合においては、必要な限度において、これらの規定によれば床面積が大で余裕がある施設建築物の一部の床面積を減ずることができる。
第2項 前項の過小な床面積の基準は、政令で定める基準に従い、施行者が審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決を経て定める。この場合において、市街地再開発審査会の議決は、第五十七条第四項第一号(第五十九条第二項において準用する場合を含む。)に掲げる委員の過半数を含む委員の過半数の賛成によつて決する。
第3項 権利変換計画においては、前項の規定により定められた床面積の基準に照らし、床面積が著しく小である施設建築物の一部又はその施設建築物の一部についての借家権が与えられることとなる者に対しては、第七十七条並びに前条第一項及び第二項の規定にかかわらず、施設建築物の一部等又は借家権が与えられないように定めることができる。
この過小床の基準を定める政令は、都市再開発法施行令27条です。
都市再開発法施行令第27条(過小な床面積の基準)法第七十九条第二項の政令で定める基準は、次に掲げるものとする。第一号 人の居住の用に供される部分については、三十平方メートル以上五十平方メートル以下
第二号 事務所、店舗その他これらに類するものの用に供される部分については、十平方メートル以上二十平方メートル以下
つまり、居住用物件では、過小床の基準面積が30平米以上50平米未満で指定され、商業用物件では10平米以上20平米以下で指定されることになります。この規定は、市民の権利を強制的に奪い、更に建て替え後のビルにも入居させないという、財産権侵害の度合いの強い規定ですので、厳格に解釈されるべきと考えることができます。
この解釈に際し、行政法における比例原則が妥当すると考えられます。比例原則は、行政権による不利益処分は、公益目的の実現のために最小限度でなければならず、私人の不利益が大きい場合には行政目的の重大性も比例して必要であるとする原則です。参考判例を御紹介します。
名古屋地方裁判所平成16年9月22日判決http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/978/014978_hanrei.pdf
『人間社会においては,構成員がその利益の獲得を目指して行う私的活動のみでは調和と秩序を保つことができず,国や地方公共団体のような公的団体による,社会全体の利益の実現を目的とする活動を必要とする。このような活動のうち,相手方である国民が同意すると否とにかかわらず,行政が一方的にその意思を強制することが法によって認められているものを行政処分といい,現代社会の複雑化に伴って,その対象は幅広い範囲に及んでいるが,事柄のいかんによっては,国民に義務を課し,権利・利益を制限する,いわゆる侵害処分を内容とする場合があることはいうまでもない。
ところで,法は,上記のような行政目的を達成するため,複数の種類の手段ないし一定範囲の効果をもたらす手段を用意することが通例であるところ,このうちどのような手段を採用すべきかは,第一次的には当該行政目的の実現について権限及び責務を有する行政庁が,その政策的,専門的見地に基づいて判断すべきであり,この意味において,当該行政庁に一定の裁量権が与えられていることは否定できない。
もっとも,このような侵害処分が許容されるのは,上記の行政目的を達成することが,より社会全体の利益すなわち公益の増進に資すると考えられるからである。したがって,当該侵害処分が正当化されるのは,それが上記行政目的の達成に必要と認められる上に,国民にもたらされる不利益の程度が,目的達成のために最小限度のものであることを要するというべきであり,かかる意味での比例原則が妥当することは,憲法13条の解釈上あるいは条理上,明らかというべきである。したがって,行政庁が,その裁量権を逸脱ないし濫用し,社会通念上著しく妥当性を欠く侵害処分を行った場合には,当該処分は違法となると解される』
従って、個人の借家権を消滅させる権利変換計画を行政機関が認可する場合は、ビルの建て替えに伴って、最小限度の権利侵害とするために、再建築ビルに再入居させることが必要と考えられます。これは、都市再開発法77条5項にも定められています。
ですから、床面積の少ない借家権者が居る場合でも、原則として、都市再開発法79条1項の「増し床」により処理されるべきことになります。権利者に増床負担金を納付させ、過小床基準を満たす床面積を権利変換で与えます。しかし、悪意の地権者が故意に権利を細分化させた場合など、どうしても不都合が大きい場合に限って、新しいビルの権利を与えないように権利変換計画を定めることもできるとされているのです。
当該条項に関する参考判例を紹介します。
平成20年12月25日東京地方裁判所判決
『ところで,前記認定したところによれば,本件事業において事務所,店舗等の用に供される部分の過小な床面積の基準は10m と定められ,また,Ⅲ102の1m 当たりの単価は50万円を超えるのに対し,本件私道持分の価額は58万2000円,本件景品交換所建物の価額は228万2000円であるというのであるから,これに対応する権利床の面積は10m を大きく下回るのであって,これらは,法79条3項所定の「床面積が著しく過小」な場合に当たるということができる。そして,証拠(甲5,丙16)によれば,原告P1は,本件事業認可に先立つ平成17年1月11日,P1が共有持分を有していた公衆用道路の一部を39600分の2ずつ合計62名の者に贈与し(その残余が本件私道持分である。),多数の過小床を生じさせる行為をしていたこと,また,原告P1は,本件再開発事業都市計画決定がされた後である平成15年5月に本件景品交換所建物を新築していたことに照らすと,施行者である都市再生機構が,法79条3項に基づいて,本件共有持分及び本件景品交換所建物に対応する建築物の一部を配分しないことにしたことは適法であると解すべきである。』
この判例は、結論として、79条3項による「施設建築物の一部等又は借家権が与えられないように定める」処分が適法であると判断した事例でしたが、当該事案の個別事情として、「本件事業認可に先立つ平成17年1月11日,P1が共有持分を有していた公衆用道路の一部を39600分の2ずつ合計62名の者に贈与」していたこと、また、「本件再開発事業都市計画決定がされた後である平成15年5月に本件景品交換所建物を新築」していたことがあり、再開発事業に際して、法79条1項の増し床を受けるために故意に権利の細分化を図っていたと評価しうる事案でした。
この判例は、79条3項の「権利を与えないように定める」ための具体的な要件を提示したものではありませんが、権利の細分化や、都市計画決定後の建物新築などがなければ、79条1項の増し床で対応すべきであるという価値判断を示していると評価することもできます。法79条3項の権利床を与えない処分は個人の財産権を制限する規定ですから、無制限に適用すると憲法29条1項の財産権保障に抵触するおそれがあるので、限定的に解釈していると評価することができます。このような法令解釈の方法を合憲限定解釈と言います。
5、具体的対応方法
過小床として権利変換が認められないと事前通告されている場合は、借家権者としては、法79条1項の増し床で対応すべきであると主張するのが原則になります。しかし、やみくもに「過小床処理は認められない」と主張するだけでは、組合の考えを変更させることは難しいでしょう。当該事案において都市再開発法79条3項を適用することができない法的理由を主張することが必要です。
組合側としては、現行の一坪路面店舗を再開発計画に組み込むことは、再開発ビル全体のデザインの制約からどうしても回避したいと考えている可能性があり、都市再開発法79条3項の適用に固執してくることも考えられます。借家人としては、都市再開発法全体の趣旨などから当該事案では都市再開発法79条3項は適用できないと主張し、なんらかの妥協点を探っていくことになります。
組合側の主張の通りに過小床として権利変換が認められない場合は、都市再開発法91条1項に基づき補償金が支払われる事になりますので、この補償金額について増額協議を行う手段も考えられます。地権者側は増し床の主張を取下げ、組合側は91条補償を増額するという和解になります。
どうしても協議がまとまらず、借家人として再入居にこだわる場合は、権利変換計画認可決定の取消訴訟を提起することになります。御心配の場合は経験のある法律事務所に御相談なさって下さい。
以上