再開発の都市計画決定を法的に争った場合の判断基準
再開発|不当な都市計画決定を争う場合における判例の判断基準|都市計画決定前と後の適切な対応方法|最高裁判所平成18年11月2日判決「小田急線連続立体交差事業認可処分取消事件」他
目次
質問
駅前で土地建物を所有して喫茶店を経営しております。10年程前から駅前商店街で再開発の勉強会が発足して、不動産デベロッパーも参画して、一昨年には再開発準備組合が設立されました。私は一貫して再開発計画には反対でしたので準備組合には加入していません。
ところが、この度、「再開発促進区を定める都市計画決定」と、「都市計画道路を設置する旨の都市計画事業の認可決定」が都市計画審議会で決定され、知事の告示もなされたというニュースが報道されました。人口減少で交通量も減っているので道路の拡幅も必要無いものですし、再開発の区割りもデコボコで合理性に欠けるものです。
この都市計画決定は不当な決定だと思いますが法的に争うことはできませんか。
回答
1 都市再開発法が定める再開発には、民間の再開発事業である第一種市街地再開発事業と、公的な再開発事業である第二種市街地再開発事業がありますが、いずれも、都市計画法に基づいて都道府県に設置された都市計画審議会の答申を受けて都道府県知事による都市計画決定を経て告示されます。
2 都市計画決定は都市計画法に基づく行政決定であり、これは都市行政に関する裁量行為と解釈されています。裁量というのは、決定権者の判断に、その能力や得られた情報に従って総合的に考慮することが必要とされ、判断内容にある程度の幅が認められ裁量の範囲内であれば適法となります。
3 当該都市計画決定に不都合があるとしても、違法とまで言えるかどうかは、その不都合が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる裁量権の逸脱のレベルにあるかどうか問題になります。様々な証拠を用意して、弁護士と一緒に考えてみると良いでしょう。
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解説
1 市街地再開発事業
御相談の建替え事業は「第一種市街地再開発事業」として計画されていると思われます。第一種市街地再開発事業は、都市再開発法に基づいて行われる、都市再開発事業です。
都市再開発法の制度趣旨は、「この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。(都市再開発法1条)」とされています。つまり、市街地の高度利用を促進することにより、公共の利益を増進させるということになります。
市区町村の都市計画で「高度利用地区(都市計画法第9条第18項)」に指定されている地区内に存在する建物については、地権者が市街地再開発組合を設立して都市再開発法の権利変換手続に従って手続すれば、土地所有者の個別の同意を得ることなく、権利変換手続きにより強制的に土地所有権を市街地再開発組合に移転させ、既存建物を除去して建て替えすることができます(都市再開発法3条1号、87条1項)。
市役所で、営業されている店舗の地域の都市計画図を確認してみると良いでしょう。高度利用地区の指定がなされていれば、将来「再開発促進区」の都市計画決定と「市街地再開発事業」の都市計画決定を経て、第一種市街地再開発事業が進行していく可能性が高いと言えるでしょう。
今回の再開発で言えば、駅前地区の機能を向上させ、駅周辺一帯としての利便性を向上させるという目的で再開発事業が行われることになります。都市再開発法では、当事者の権利の公平性を図りつつ、「市街地の再開発」については、公共の利益が高いものについては、どんどん認めていく、ということになります。地権者に対して、金銭補償したり、新しい建物の所有権を割り当てたりしますが、公共の利益が高い案件について、建替えや再開発については強制的に行う、というのが、都市再開発法の基本的な考え方です。
このようなことは、私有財産制の保障(憲法29条)という観点から問題がないとは言えませんが、国民経済の発展や都市防災機能の向上という公共の福祉のため、権利保障に内在的制約、つまり、土地の権利者が元来負担すべき制約があると考えられ、このように制限することも法的に可能であると考えられています。
2 第一種市街地再開発事業と第二種市街地再開発事業
市街地再開発事業には、第1種と第2種があり、第1種が「権利変換方式」であり、第2種が「管理処分方式」とされています。
「管理処分方式」とは、再開発地域に不動産の権利を所有する者の権利を強制的に買い取ることを認める方式です。公共的観点から考えて再開発事業の必要性と緊急性が高い事業において認可される方式です。
第2種市街地再開発事業では、事業主体として「個人施行」や「(地権者の)市街地再開発組合」による手続が認められず、主に、市区町村や都道府県などの地方自治体や、独立行政法人都市再生機構が、市役所整備などの公共性の高い事業において用いることができる手続方法です。その他、例えば、オリンピック開催をするために必要だということで競技場を建設したりするような場合にも、利用することができると考えられます。具体的には阪神淡路大震災被災地再開発、東京亀戸、大島、小松川再開発があります。
これに対し、第一種市街地再開発事業は、前記の第2種事業よりは緊急性や公共性が認められませんが、一定の必要性が認められる事案で、都市再開発法の定める手続に従って処理することにより、「権利変換」をすることが認められるものです。
権利変換とは、権利変換期日において、市街地再開発区域内の土地建物の旧来の権利が全て消滅し、代わりに、市街地再開発後の新しい土地や建物等の権利が与えられることを意味します。権利変換により、円滑な建物の建替え工事が促進されることになります。
都市再開発法第87条
都市再開発法第87条(権利変換期日における権利の変換)
第1項 施行地区内の土地は、権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する。この場合において、従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。
第2項 権利変換期日において、施行地区内の土地に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者に帰属し、当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。ただし、第六十六条第七項の承認を受けないで新築された建築物及び他に移転すべき旨の第七十一条第一項の申出があつた建築物については、この限りでない。
この第一種市街地再開発事業は、いわゆる「民間の再開発事業」と呼ばれるもので、区域内の土地所有者と借地権者が5名以上で、区域内の敷地(土地所有権と借地権)の面積と人数で3分の2以上の同意を得て、都道府県知事に認可申請を行い、認可を得て市街地再開発組合の法人格が成立し、手続を進めることができるようになります(都市再開発法11条1項、14条1項)。
3 都市計画決定
都市計画法は、限られた行政資源を有効活用して、都市の調和の取れた健全な発展と秩序ある整備を図って国民の福祉の増進を図る目的で定められる都市計画について規定した法律です。
道路や上下水道や、学校や病院や商業施設や、農地などを適切に配置することが必要ですから、それぞれの土地所有者に、土地の利用方法を指定したり制限することも必要になります。
所有権者は本来自己の所有物の利用方法について誰からも制限されないのが原則ですが(所有権の絶対性、民法206条)、周りの土地と隣接して存在し道路などの公共施設も共同利用しているという土地の特性から、公共の福祉に基づく制限が課せられているのです(日本国憲法29条2項)。
例えば、古い木造家屋が密集しており、耐震性や耐火性で劣る建物が多く、消防車が通行することも出来ないような区域があると、万一災害が起こった場合には多数の死傷者を出してしまう恐れがあります。このような状態を是正するためには、区域一帯をまとめてコンクリート造など不燃耐震建物に建て替えする必要がありますが、ひとりでも反対者が居ると建て替えが出来ないというのではいつまでも多数の住人の生命財産が危険にさらされたままになってしまうのです。
民法第206条(所有権の内容)所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する。
日本国憲法第29条第1項 財産権は、これを侵してはならない。民法第206条他
第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。
第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
このような都市計画法の基本的な考え方が、都市計画法1条(目的)と2条(都市計画の基本理念)に規定されていますので引用致します。
都市計画法第1条(目的)この法律は、都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。
第2条(都市計画の基本理念) 都市計画は、農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきことを基本理念として定めるものとする。
都市計画は、行政区画内で、住居地域、商業地域、工業地域などを適切に配置して、それぞれの土地の用途や建物の容積率(高さ)を定めたりするものですが、どのように用途地域や容積率を定めることが最も効率良く、将来にわたって公共の福祉増進に役立つことになるかは、極めて技術的かつ政策的な判断を含む問題です。数学の問題のように答えは一つではなく、このようにもできるし、あのようにもできる、という性質があります。このような都市計画の策定は、都道府県知事が、地権者への説明会や意見集約を経て行政機関としての素案を作成し、有識者を集めた都市計画審議会に諮って答申を得て判断していくことになります。
都市計画の決定や改訂は、都市行政に関する裁量行為と解釈されています。裁量というのは、決定権者の判断に、その能力や得られた情報に従って総合的に考慮することが必要とされ、判断内容にある程度の幅が認められるということです。当該裁量の内容についていくつか判例がありますのでご紹介致します。
最高裁判所平成18年11月2日判決「小田急線連続立体交差事業認可処分取消,事業認可処分取消請求事件」
都市計画法は,都市計画について,健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと等の基本理念の下で(2条),都市施設の整備に関する事項で当該都市の健全な発展と秩序ある整備を図るため必要なものを一体的かつ総合的に定めなければならず,当該都市について公害防止計画が定められているときは当該公害防止計画に適合したものでなければならないとし(13条1項柱書き),都市施設について,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な都市環境を保持するように定めることとしているところ(同項5号),このような基準に従って都市施設の規模,配置等に関する事項を定めるに当たっては,当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で,政策的,技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると,このような判断は,これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって,裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である。
東京地方裁判所平成31年1月30日判決「都市計画事業認可処分取消請求事件」
昭和41年決定の適法性について
旧法は,都市計画決定の実体的要件について規定していないものの,都市計画の定義を「交通,衛生,保安,防空,経済等ニ関シ永久ニ公共ノ安寧ヲ維持シ又ハ福利ヲ増進スル為ノ重要施設ノ計画」と定めている(1条)。そして,都市施設は,その性質上,土地利用,交通等の現状及び将来の見通しを勘案して,適切な規模で必要な位置に配置することにより,円滑な都市活動を確保し,良好な都市環境を保持するように定めなければならないものであるから,都市計画に都市施設を定めるに当たっては,当該都市施設が適切な規模で必要な位置に配置されたものとなるような合理性をもって定めるべきであり,このような見地から都市 施設の規模,配置等に関する事項を定めるには,当該都市施設に関する諸般の事情を総合的に考慮した上で,政策的,技術的な見地から判断することが不可欠であるといわざるを得ない。そうすると,このような判断は,これを決定する行政庁の広範な裁量にゆだねられているというべきであって,裁判所が都市施設に関する都市計画の決定又は変更の内容の適否を審査するに当たっては,当該決定又は変更が裁量権の行使としてされたことを前提として,その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となるとすべきものと解するのが相当である
いずれも都市計画決定は、諸般の事情を総合的に考慮して、政策的、技術的見地から判断することが不可欠であるので、行政庁の広範な裁量に委ねられていると判じています。どのようにしたら良いのか一義的に決めることは困難だから、行政庁の能力と責任において、行政目的に従って判断(権限行使)して良いということです。
この裁量を逸脱したと判断されるためには、「その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法」になるとしています。
行政処分が違法であれば、取消訴訟により処分が取り消しされる可能性がでてきます(行政事件訴訟法10条1項)が、これはなかなか困難な要件と言えます。
行政事件訴訟法第10条
行政事件訴訟法第10条(取消しの理由の制限)
第1項 取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない。
第2項 処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。
4 再開発手続への対応方法
以上の事情から、都市計画決定が出てしまった段階では、当該都市計画決定に不都合があるとしても、その不都合が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる裁量権の逸脱のレベルにあるかどうか精査することが必要になります。
一般的には、都市計画審議会の議題になる前の段階、都市計画決定が出る前の段階で、市街地再開発準備組合と、都道府県の都市計画課に対して、再開発区域に組み入れられることは希望しないので外して貰えるように交渉することが重要になります。再開発区域の周辺部であって、1981年6月以降に建築確認を受けた、いわゆる「新耐震基準」を満たしており(従って都市の防災機能の問題が無い場合で)、既存の再開発計画の遂行に支障が無いと認められる場合には、再開発予定区域の変更ということも有り得ることになります。
都市計画決定が出てしまった後の段階で、前記裁量権の逸脱も主張し難いという場合には、再開発手続が進行することを前提として、都市再開発法の手続内で、正当かつ公平な権利行使が可能かどうかを検討して主張していくことが重要になっていきます。具体的には、都市再開発法73条の権利変換計画に定められる取得床面積(権利床)の面積と(都市再開発法73条1項4号)、都市再開発法97条で補償される明け渡しの通常損害の補償額が問題となってきます。
権利変換比率を高めるには従前資産の評価を正当に行う必要がありますし(都市再開発法80条1項)、建物の明け渡しによって通常受ける損失補償を適正に受けるためには、組合が作成する物件調書まかせにせず、損失額の見積もり資料を主体的に用意して組合に主張して行かなければなりません。
これらの面積や補償額を妥当なものとするために、組合が持参してくる原案を鵜呑みにせず、自ら収集した資料を基に主張できるところは主張して、正当な権利を得られるべく努力することが必要です。御心配であれば経験のある法律事務所に御相談なさると良いでしょう。
以上