再開発における物件調書の内容に異議がある場合の対応
都市再開発|保有している備品が物件調書で正当な評価を受けていない場合の対応|物件調書への異議付記と用対連基準によらない97条損失補償交渉|福岡高等裁判所那覇支部平成8年3月25日判決他
目次
質問
再開発区域内で、店舗を賃借して飲食店を20年以上経営してきました。数年前に再開発準備組合が設立され、先日、再開発の移転補償の準備のために建物内見調査に協力して欲しいと言われ、一度店内の写真撮影をされたことがありました。
その後、準備組合の担当者が再度訪問し「物件調書」と題する書面と「立会省略同意書」という書類が渡され、補償提示に必要なのでサインして欲しいと言われました。その際に「サインをしないと補償を受けられませんよ」と言われました。
しかし、当店のメインテーブルは特別高価な一枚板を外国から輸入して造り付けしてあるもので、特別に思い入れのある貴重なものです。物件調書に記載された「●●ミリ×●●ミリ」というような画一的な記載ではとても表現しきれていないと感じています。
担当者の言うように同意書にサインしないと補償を受けることはできないのでしょうか。
回答
1 物件調書にサインしなければ補償を受けられないということもありませんし、サインしてしまうと内容に一切異議を述べることができなくなってしまうということもありません。「物件調書への異議付記」手続を経ることで、適切な補償を受けられる可能性があります。
2 市街地再開発事業は、都市部の土地高度利用や建物の不燃化や耐震化などの公共目的を推進するために、建物の建て替えや明け渡しについて一括処理を可能とする権利変換という特例を認めた都市再開発法によるビルの建て替え手続です。
再開発区域内の建物に関する借家権は権利変換期日に全て消滅し、建物所有権は全て再開発組合に移転され、建物占有者は明け渡しに伴う損失補償の提供を受けて、ビルの建て替え期間の立退きをすべきことが法定されています。
再開発ビルが建築されると、権利変換計画に記載された地権者(建物所有者)と借家権者が、新しいビルの所有権と借家権を取得することができます。
3 建て替えに伴って、一時的な立ち退きが発生し、立ち退きに伴う損失補償として、都市再開発法97条の補償を受けることができます。
補償費の見積もりのために、借家権の対象となる建物の内部状況(補償が必要な工作物等の状況、移転費用を要する動産の量などの状況)を「物件調書」に記載して、これを法的に確定させ、補償額を見積もりする仕組みになっています。物件調書の作成手続は、都市再開発法から準用されている土地収用法36条から38条の手続が踏襲されています。
4 組合には物件調書を作成するために物件・工作物に立ち入って調査する権限が与えられます(都市再開発法60条1項2項)。調査期日は3日前までに占有者に通知されます(都市再開発法60条3項)。占有者が物件調書への署名を拒んだ場合は、市町村長が署名します(同36条4項)。市町村長は、職員に署名代行させることができます。
物件調書の内容に異議がある場合は、権利者は、物件調書に付記することができます(同36条3項)。物件調書が適法に作成されると、作成された土地調書および物件調書の記載事項の真否について異議を述べることができないが、その調書の記載事項が真実に反していることを立証するときは、この限りではないと規定(同38条)されています。土地収用手続に関する判例もありますので御紹介致します。
5 従いまして、「サインしないと補償を受けられませんよ」というのは誤りです。御心配であれば、経験のある法律事務所に御相談の上、上記の「物件調書への異議付記」手続をご検討なさって下さい。物件調書作成は都市再開発法97条補償の算定のために必要となる手続ですので、実際の再開発手続においては、97条補償の協議と物件調書の同意が一括して交渉が進められる事例が多くなっています。
解説
第1 市街地再開発事業について
市街地再開発事業は、都市部の土地高度利用(国民経済の発展)や、建物の不燃化や耐震化など、公共目的を推進するために、建物の建て替えや明け渡しについて一括処理を可能とする権利変換という特例を認めた都市再開発法によるビルの建て替え手続です。
都市再開発法第1条(目的) この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もつて公共の福祉に寄与することを目的とする。
木造家屋を鉄骨鉄筋コンクリート造の建物などの耐震不燃建物に建て替えることにより、建物の不燃化と耐震性向上を図ることができ、都市の防災機能を向上させることができます。建物の防災機能が向上することにより、当該建物の所有者や賃借人だけでなく、当該建物の周りの建物の所有者や賃借人の安全性も向上することになります。
商業区域においては、高層ビルの建設により床面積が増加すれば商業機能を高めることにより、土地の高度利用による国民経済の振興というメリットを享受することもできます。当該建物の商業機能が高まることにより、相乗効果により、当該建物の周りの建物の所有者や賃借人も商業機能の高まったメリットを享受することができます。
土地建物は私有財産ですが、特に市街地においては単独で存在しているものではなく、区域一帯の中で隣地と共に存在し利用されており、ひとつの建物が倒壊したり火災になってしまうと、延焼類焼などにより、周りの住人にも被害を巻き込んでしまうおそれがありますし、区域一帯が商業ビジネスで発展しているときに一区画の地主だけが反対してビルの建て替えができないことになってしまうと区域全体の経済発展が阻害されてしまいます。
そこで、市街地の木造家屋密集地区を中心に、行政による「再開発促進区」の都市計画決定(都市計画審議会の議決)などを条件として、区域一帯の一括建て替えを促進する都市再開発法の権利変換手続が整備されることになったのです。自分が所有・賃借している土地建物だからと言って、公益性のある周辺一帯の建て替え手続に反対し続けることはできない仕組みになっているのです。
権利変換手続の概要を示します。
(1) 区域一帯の地権者5名以上で再開発組合の設立を準備する任意団体を設立する(市街地再開発勉強会、再開発協議会、再開発準備組合など)
(2) 参加組合員予定者となる不動産デベロッパーなどと協力し、行政協議を経て、都市計画審議会が審議する「再開発促進区」「市街地再開発事業」の原案を取りまとめる。
(3) 都市計画の行政決定(公告)後に、再開発事業計画案と、再開発組合の定款など規約類を用意して、準備組合総会において、再開発組合設立認可申請を行う決議を行い、都道府県知事に対して本組合(市街地再開発組合)設立認可申請を行う。
(4) 設立認可申請書類一式の審査を経て、市区町村が事業計画の縦覧を2週間行い、意見書の提出を募集する。意見書の審査を経て、事業計画と組合設立の認可公告がなされる。
(5) 組合内において住戸選定会などを経て、権利変換計画の原案を作成し、2週間の縦覧を行い、意見書の提出を募集する。意見書の審査を経て、権利変換計画の認可申請を行う。
(6) 行政の審査を経て、権利変換計画認可公告がなされる。通常、権利変換期日は認可公告の1~4週間後の期日が指定される。
第2 権利変換期日における権利の消長と明け渡し
再開発区域内の建物に関する借家権は、権利変換計画に従い、権利変換期日に全て消滅し、明け渡しに伴う転居費用など損失補償の提供を受けて、ビルの建て替え期間の立退きをすべきことが法定されています。
権利変換計画では、借家権の権利変換も記載されることになっており(都市再開発法73条1項12号、13号)、借家権者は、建て替え後のビルに新たに借家権を取得することができます。
借家権者は、原則として従来の家主が取得する権利床に対して借家権を取得しますが、従来の家主が地区外転出した場合は、再開発組合が取得する保留床に対する借家権を取得します(都市再開発法77条5項)。
この保留床は借家権付きの建物(いわゆるオーナーチェンジ物件)として参加組合員等に譲渡されることになります。参加組合員は自分自身で家賃収入を収受するか、もしくは第三者に借家権つき建物として譲渡することになります。
都市再開発法第87条(権利変換期日における権利の変換)
第1項 施行地区内の土地は、権利変換期日において、権利変換計画の定めるところに従い、新たに所有者となるべき者に帰属する。この場合において、従前の土地を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。
第2項 権利変換期日において、施行地区内の土地(指定宅地を除く。)に権原に基づき建築物を所有する者の当該建築物は、施行者に帰属し、当該建築物を目的とする所有権以外の権利は、この法律に別段の定めがあるものを除き、消滅する。ただし、第六十六条第七項の承認を受けないで新築された建築物及び施行地区外に移転すべき旨の第七十一条第一項の申出があつた建築物については、この限りでない。
権利変換期日に、建物所有権は従前大家から再開発組合に移転し、建物賃借権は消滅することになります(都市再開発法87条2項)。
建物賃借権が消滅すると、賃借人は建物を占有し続ける法律上の根拠を失いますが、都市再開発法では、組合からの明け渡し請求を受けるまでは引き続き占有継続することができると規定されています(都市再開発法96条1項)。組合からの明け渡し請求は、30日以上の猶予をあけて通知する必要があります(都市再開発法96条2項)。これは通常、内容証明郵便で通知されます。
都市再開発法第96条(土地の明渡し)
第1項 施行者は、権利変換期日後第一種市街地再開発事業に係る工事のため必要があるときは、施行地区内の土地又は当該土地に存する物件を占有している者に対し、期限を定めて、土地の明渡しを求めることができる。ただし、第九十五条の規定により従前指定宅地であつた土地を占有している者又は当該土地に存する物件を占有している者に対しては、第百条第一項の規定による通知をするまでは、土地の明渡しを求めることができない。
第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。
第3項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地を除く。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地若しくは物件を引き渡し、又は物件を移転しなければならない。ただし、第九十一条第一項又は次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第4項 第一項の規定による明渡しの請求があつた土地(従前指定宅地であつた土地に限る。)又は当該土地に存する物件を占有している者は、明渡しの期限までに、施行者に土地を引き渡し、又は物件を移転し、若しくは除却しなければならない。ただし、次条第三項の規定による支払がないときは、この限りでない。
第5項 第九十五条の規定により建築物を占有する者が施行者に当該建築物を引き渡す場合において、当該建築物に、第六十六条第七項の承認を受けないで改築、増築若しくは大修繕が行われ、又は物件が付加増置された部分があるときは、第八十七条第二項の規定により当該建築物の所有権を失つた者は、当該部分又は物件を除却して、これを取得することができる。
第6項 第一項に規定する処分については、行政手続法第三章の規定は、適用しない。
組合が明け渡しを求める場合は、事前に「権利を有する者が通常受ける損失」を補償する必要があります(都市再開発法97条1項、同96条3項)。
都市再開発法97条(土地の明渡しに伴う損失補償)
第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
第2項 前項の規定による損失の補償額については、施行者と前条第一項の土地の占有者又は物件に関し権利を有する者とが協議しなければならない。
第3項 施行者は、前条第二項の明渡しの期限までに第一項の規定による補償額を支払わなければならない。この場合において、その期限までに前項の協議が成立していないときは、審査委員の過半数の同意を得、又は市街地再開発審査会の議決を経て定めた金額を支払わなければならないものとし、その議決については、第七十九条第二項後段の規定を準用する。
第4項 第二項の規定による協議が成立しないときは、施行者又は損失を受けた者は、収用委員会に土地収用法第九十四条第二項の規定による補償額の裁決を申請することができる。
第5項 第八十五条第二項及び第三項、第九十一条第二項及び第三項、第九十二条並びに第九十三条の規定は、第二項の規定による損失の補償について準用する。
この補償額は、当事者の協議により定めることができますが、当事者の協議が調わない場合は、審査委員の過半数の同意を得た金額を支払って明け渡しを求めることができます。
占有者がこの金額に同意せず、組合提示額を受領拒否する場合は、法務局に対する弁済供託をすることができます。法務局に供託されると、法的には被供託者に弁済したのと同じ効力を有することになりますので(民法494条)、組合は、民事保全法に基づき占有者に対して明け渡しを求める仮処分を申し立てて、強制執行により明け渡しを実現することができます。
この明け渡しに伴う損失補償は、一般の民事事件で適用される民法415条や709条の損害賠償方法である「実損害」ではなく、都市再開発法97条で「権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない」と定められています。言わば「見込み額」の補償で足りると法定されているわけです。
この補償金は、明け渡しの前に受領することができますが、明け渡し後に実損害との差額が発生しても、これを別途請求することはできない仕組みになっています。
このように都市再開発法97条が実損害の弁償を求めず、損失の見込み額の補償で足りると定めているのは、再開発の建て替え手続を簡素化し、一括処理することにより建て替えのスピードアップを図る趣旨であると考えられます。
民法415条(債務不履行による損害賠償) 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
民法709条(不法行為による損害賠償) 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
都市再開発法第97条(土地の明渡しに伴う損失補償)
第1項 施行者は、前条の規定による土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転により同条第一項の土地の占有者及び物件に関し権利を有する者が通常受ける損失を補償しなければならない。
第3 物件調書作成手続、物件調書の法的効力
このように、再開発の建て替えのために、物件の明渡しが必要となりますが、転居費用や、転居期間の仮住まい費用などは、再開発組合から都市再開発法97条補償として支払いをうけることができます。この都市再開発法97条補償額を算定するために、明け渡しが必要となる建物の状況を記載した書面が「物件調書」です。
都市再開発法68条(土地調書及び物件調書)
第1項 第六十条第二項各号に掲げる公告があつた後、施行者は、土地調書及び物件調書を作成しなければならない。
第2項 土地収用法第三十六条第二項から第六項まで及び第三十七条から第三十八条までの規定は、前項の土地調書及び物件調書について準用する。この場合において、同法第三十七条第一項及び第二項並びに第三十七条の二中「第三十六条第一項」とあるのは「都市再開発法第六十八条第一項」と、同法第三十七条第一項及び第二項中「収用し、又は使用しようとする土地」とあるのは「施行地区内の各個の土地」と、同法第三十七条の二中「第三十五条第一項」とあるのは「同法第六十条第一項又は第二項」と、「同項の」とあるのは「これらの」と読み替えるものとする。
第3項 土地調書又は物件調書の記載について関係権利者のすべてに異議がないときは、前項において準用する土地収用法第三十六条の規定による立会いは、省略することができる。都市再開発法施行規則第23条(土地調書及び物件調書の様式) 法第六十八条第二項において準用する土地収用法(昭和二十六年法律第二百十九号)第三十七条第四項の規定による土地調書の様式は、別記様式第三とし、物件調書の様式は、別記様式第四とする。
再開発手続における物件調書の様式は、都市再開発法施行規則23条により定められています(【参考】物件調書の法定書式)。
記載事項は、土地収用法37条2項に法定されていますが、次のような事項です。
1)物件がある土地の所在、地番及び地目 2)物件の種類及び数量並びにその所有者の氏名及び住所 3)物件に関して権利を有する関係人の氏名及び住所並びにその権利の種類及び内容 4)調書を作成した年月日 5)その他必要な事項 6)物件が建物であるときは、前項に掲げる事項の外、建物の種類、構造、床面積等を記載し、実測平面図を添附しなければならない。
建物内の設備や動産類についての記述は、物件調書に附属する「附帯工作物調査表」や「動産調査表」などに記載されますが、建物の平面図以外は基本的に文字で記載されており、例えば、「テーブル、形状寸法2×3×4、重量、数量、又は体積24立方メートル×1」などと表示されています。
御質問にあるように、材質や部材の価値について、必ずしも網羅的に記載したり、写真や仕様書などを添付したりすることは原則として行われていません。
物件調書は、施行者=市街地再開発組合の担当者が当該建物の占有者を立ち会わせた上で建物に立ち入って調査を行い、調書を作成して、そこに占有者の署名捺印を得る必要があります(土地収用法36条2項、都市再開発法68条2項)。
第一種市街地再開発組合には、組合設立認可公告後、物件調書を作成するために建築物・工作物に立ち入って調査する権限が与えられます(都市再開発法60条1項、同条2項2号)。
都市再開発法第60条(測量及び調査のための土地の立入り等)
第1項 施行者となろうとする者若しくは組合を設立しようとする者又は施行者は、第一種市街地再開発事業の施行の準備又は施行のため他人の占有する土地に立ち入つて測量又は調査を行う必要があるときは、その必要の限度において、他人の占有する土地に、自ら立ち入り、又はその命じた者若しくは委任した者に立ち入らせることができる。
第2項 前項の規定は、次に掲げる公告があつた日後、施行者が第一種市街地再開発事業の施行の準備又は施行のため他人の占有する建築物その他の工作物に立ち入つて測量又は調査を行う必要がある場合について準用する。
第二号 組合が施行する第一種市街地再開発事業にあつては、第十九条第一項の公告又は新たな施行地区の編入に係る事業計画の変更の認可の公告
実務上、物件調書の立ち会い手続はほとんどのケースで省略されており、占有者が「物件調書立会省略同意書」にサインして組合に提出すると物件調書作成手続は完了します。
占有者が「立会省略同意書」への署名を拒んでいる場合、実際の調査期日が設定され、調査立ち会いの手続が行われます。
調査期日は3日前までに占有者に通知されます(都市再開発法60条3項)。土地又は工作物の占有者は、正当な理由がない限り、第一項又は第二項の規定による立入りを拒み、又は妨げてはならない規定になっています(同60条6項)。
これに違反した場合は、罰則規定もあり、都市再開発法142条1項で、「六月以下の懲役又は二十万円以下の罰金」に処せられることがあります。行為態様によっては刑事事件になってしまう場合がありますので注意が必要です。
都市再開発法60条3項 前二項の規定により他人の占有する土地又は工作物に立ち入ろうとする者は、立ち入ろうとする日の三日前までに、その旨を当該土地又は工作物の占有者に通知しなければならない。
第6項 土地又は工作物の占有者は、正当な理由がない限り、第一項又は第二項の規定による立入りを拒み、又は妨げてはならない。第142条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
第一号 第六十条第一項又は第二項に規定する場合において、立入許可権者の許可を受けないで、土地又は工作物に立ち入り、又は立ち入らせた者
第二号 第六十条第一項又は第二項の規定による土地又は工作物への立入りを拒み、又は妨げた者
占有者が物件調書への署名を拒んだ場合は、市町村長が署名します(土地収用法36条4項)。市町村長は、職員に署名代行させることができます(同36条5項)。
物件調書の内容に異議がある場合は、権利者は、物件調書に異議を付記することができます(同36条3項)。物件調書が作成されると、作成された土地調書および物件調書の記載事項の真否について異議を述べることができないが、その調書の記載事項が真実に反していることを立証するときは、この限りではない(同38条)とされます。すなわち、物件調書への記載が真実に反していることを立証して真否を争うことができます。
土地収用手続に関する事案ですが、物件調書について判例もありますので御紹介致します。
福岡高等裁判所那覇支部 平成8年3月25日判決
次に土地収用法三六条の土地・物件調書の作成又は同条五項の都道府県知事による署名等代行の各手続の趣旨、性質等について検討する。
土地収用法は、起業者に対し、事業認定の告示後、土地・物件調書を作成し、その場合に土地所有者等を立ち会わせた上右調書に署名押印させること(三六条一項、二項)、収用委員会に対し裁決を申請しようとするときは土地調書若しくは物件調書又はその写しを提出すること(四〇条一項三号、四七条の三第一項二号)を義務づけている。
これは、裁決申請後の収用委員会の審理において収用・使用に係る土地に関する事柄の真偽をめぐって起業者と土地所有者等との間で争いがあるときに、収用委員会が自ら現地調査や測量等を行って確認しなければならないとすると、裁決手続が長期化し望ましくないことから、起業者に対し、裁決申請の準備手続として、当該土地及びその土地の上にある物件に関する事実及び権利の状態についての土地調書又は物件調書を作成してこれを裁決申請の際に添付することを義務づけ、右調書作成の際には、土地所有者等にその記載内容を確認させて異議がなければそのまま署名押印させ、記載事項が真実でない旨の異議を有する者についてはその内容を当該調書に附記して署名押印することができることを認め、このようにして作成された土地・物件調書の記載事項については異議が附記された事項を除き一応真実であるとする推定力を与え、土地所有者等は、それが真実に反していることを立証しない限り、異議を述べることができないこととして収用委員会における審理を円滑かつ迅速に進行させようとしたものである。
ところが、土地所有者等が土地・物件調書に署名押印しない場合、調書が作成されないことになり、裁決の申請に必要な書類の一つが整わず、起業者が裁決の申請をすることができなくなる。
そこで、同法三六条四項及び五項は、市町村長及び都道府県知事による署名等代行を認めたものであるが、右規定は、土地所有者等が立会及び署名押印並びに土地・物件調書に異議内容を附記してその点について推定力が付与されるのを排除する機会を与えられたにもかかわらず署名押印を拒み又は署名押印できない場合に、調書の作成が完了しないことによる弊害を避け、収用委員会における審理の円滑かつ迅速な進行を図るために、市町村長又は都道府県知事が自ら立ち会って署名押印し又は吏員に立ち会わせて署名押印させることにより調書の作成を完了させて、裁決の申請に必要な書類の一つを整えさせるとともに、公的立会人をして土地・物件調書を確認させ、もって、調書の作成手続の適正を保障しようとしたものであり、同条六項が、署名等代行に際し、起業者と一定の関係にある者は立会人になることができないと規定していることもその趣旨の表れといえる。
そうすると、右立会人は、土地所有者等の代理人として当該調書の記載事項の真実であることまで調査した上これを確認しなければ署名押印することができないというものではなく、土地・物件調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものであることを確認すれば署名押印することができ、また、署名押印しなければならないものと解するのが相当である。このように署名等代行事務は、事業認定により公用使用・収用権を付与された起業者が裁決手続の円滑かつ迅速な進行を図るために義務づけられた土地・物件調書の作成について、その手続の適正を保障しつつ、これを完成させて、裁決申請に必要な書類の一つを整えさせる補充的事務であり、事業認定手続又は裁決手続に付随し、公共の利益となる事業に必要な土地等の使用収用について、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るために起業者を監督する観点から行われる事務と解される。』
この判例では、土地収用法36条5項の署名代行は、「右立会人は、土地所有者等の代理人として当該調書の記載事項の真実であることまで調査した上これを確認しなければ署名押印することができないというものではなく、土地・物件調書が測量、調査その他の資料に基づき一応の合理性が認められる方法により作成されたものであることを確認すれば署名押印することができ、また、署名押印しなければならないものと解するのが相当である。」とされ、いわゆる民法上の「善良なる管理者の注意」義務(民法400条)を負担するような立場ではなく、「一応の合理性が認められる方法で作成されたかどうか」を確認する程度の注意義務しか負担しておらず、かつ、これを確認したら署名する義務を負っているとされています。
つまり、占有者が物件調書に署名しなくても手続は粛々と進み、市町村長およびその職員による署名代行手続により、法的に効力のある物件調書が作成されることになります。
第4 具体的対応方法
従いまして、物件調書にサインしなければ補償を受けられないということもありませんし、サインしてしまうと内容に一切異議を述べることができなくなってしまうということもありません。組合担当者の「サインしないと補償を受けられませんよ」という言葉は誤りです。
占有者の署名あるいは市町村長らの署名がある有効に成立した物件調書を基礎として、物件の明け渡しに伴う都市再開発法97条による通常損失補償の提示が来る事になります。この提示は、いわゆる「用対連基準」に基づいて算出されているのが一般的です。
用対連基準は、土地収用法に基づく損失補償の基準として定められた政令の一種(国土交通省訓令)である「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和37年6月29日閣議決定)」に基づいて、中央省庁、公団、公社などの関係機関により設立された用地対策連絡協議会が細目を定めた「公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和37年10月12日用地対策連絡会決定)」のことを指します。現在では、国土交通省の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」も策定され、ほぼ同じ内容となっております。
【参考】 ・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準 ・国土交通省の公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針 ・国土交通省損失補償取扱要領
この基準に従って算出された提示を受けている場合、収用委員会の裁決も、裁判所の裁決取消訴訟も困難であると言えますが、これらの基準は一般的な事例について様々な実例調査に基づいて作成された基準に過ぎませんので、貴社の事例について実損害が大幅に基準と異なるということであれば、関係資料を用意して、裁決申請や取消訴訟も検討すべきです。
都市再開発法97条では「通常生じる損失」を補償せよとは規定していますが、「用対連基準で補償しなさい」と規定しているわけではありません。占有者の立場で、用対連基準とは異なる計算方法で補償額を算出しても何ら問題はありません。再開発組合(準備組合)との交渉では、貴社の個別事情も最大限主張して納得のできる補償額が得られるよう努力すべきです。
用対連基準に一定の合理性を認めた下級審判例がありますので御紹介致します。
東京地方裁判所平成29年5月30日判決 東京都市計画△西地区第一種市街地再開発事業に係る損失補償事件
ところで,用対連基準33条及び用対連細則17条-2にも家賃減収補償に係る規定が設けられているところ,用対連基準等は,公共事業の用地取得に係る補償について,公正妥当を期するため,補償基準の適正化と統一を図ることを目的として,閣議決定あるいは閣議了解がされた「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」及び「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の施行について」を受けて,用地対策連絡協議会が策定したものであり,かかる用対連基準等の規定はその制定経過等に照らして,所有者が通常受けるであろう損失に対する補償の基準として合理的なものということができる。そして,本件補償基準等は,補償契約締結前の1年間における家賃収入額を12で除した額とするか否かにおいて用対連基準等とその算定方法に差異があるものの,補償契約締結時を基準として「従前の建物の家賃」を定めるものであるという基本的な考え方に変わりはなく,本件補償基準等により定められた家賃減収補償の内容は,特段の事情がない限り,合理的なものというべきである。
このように裁判所も用対連基準に一定の合理性を認めていますが、個別事情が一切採用されないというわけはありません。
御心配であれば、経験のある法律事務所に御相談の上、上記の「物件調書への異議付記」と、「用対連基準によらない97条損失補償交渉」手続をご検討なさって下さい。物件調書作成は都市再開発法97条補償の算定のために必要となる手続ですので、実際の再開発手続においては、97条補償の協議と物件調書の同意が一括して交渉が進められる事例が多くなっています。
以上